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CRDS-FY2015-FR-04 研究開発の俯瞰報告書 情報科学技術分野(2015年) Panoramic View of the Information Science and Technology Field (2015)

研究開発の俯瞰報告書 情報科学技術分野(2015年) · 本2015 年版俯瞰報告書は、2013年版の発行後、主に2014 年度にユニットの活動の中心として

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    研究開発の俯瞰報告書情報科学技術分野(2015年)

    Panoramic View of the Information Scienceand Technology Field (2015)

  • JST-CRDS センター長 吉川 弘之

    2015 年 4 月 1 日

    システム科学技術分野と情報科学技術分野について

    本 2015 年版俯瞰報告書は、2013 年版の発行後、主に 2014 年度にユニットの活動の中心として検討、作成してきたものである。 現在、情報通信技術の発達もあり、社会の構造が大きく変化しつつある。また、国費で行なわれ

    ている科学技術研究の成果を効率的に社会に還元することが強く求められている。このような状況

    の下、科学技術を社会に適用する領域の重要性を鑑み、システム科学技術分野と情報科学技術分野

    を融合して検討する活動を、新たに設置した「システム・情報科学技術ユニット」において平成 27年 4 月から開始している。

    システム科学技術も情報科学技術も、今後社会の基盤技術となることが期待され、それを社会に

    適用する過程で両者は切り離して考えられるものではない。実社会に、真に科学技術を適用するに

    は、リアル世界とサイバー世界の関係を明らかにし、それらを統合するための新たな科学技術が必

    要である。そのために、情報科学技術とシステム科学技術を高いレベルで融合し、各要素および要

    素技術の統合化、システム化を通じて新たな科学技術を社会に適用する道筋をつけたいと考える。

    このような戦略的思想に基づき、従来の活動を新しいユニットに再編・強化するものである。 当該 2015 年版俯瞰報告書は、旧システム科学ユニットと旧情報科学技術ユニットで別々に上梓する。なお、新しいシステム・情報科学技術分野の統合俯瞰としては、次の図のように考えており、

    この俯瞰に沿った報告書は 2017 年版として作成する予定である。

    以 上

  • 研究開発の俯瞰報告書

    情報科学技術分野(2015年)

    CRDS-FY2015-FR-04 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

    研究開発の俯瞰報告書概要

    セキュリティーデザインの段階からレジリエントさを作りこむための社会システムアーキテクチャー、運⽤状態の監視・管理による異常状態を早期に発⾒と被害拡⼤の防⽌、リスクとともにディペンダビリティを評価することによる適切な対策により、しなやかで強靭な社会を実現する。

    ビッグデータオープンデータ、ソーシャルメディア、パーソナルデータ、様々な機器からのセンサーデータなど多様なデジタルデータを活⽤し、サービス創出や既存事業の刷新による⾼付加価値化や社会・企業コスト低減を実現する。異種データの統合技術、迅速な意思決定のためのリアルタイム解析技術、データ共有基盤の整備が必要である。

    トレンドと課題

    社会的・経済的インパクトITの社会的役割 諸外国のR&D動向

    IT要素技術の進化は、ITの使い⽅(ITアーキテクチャー)の変化を促し、それにより新たなITのアプリケーションが⽣まれ、社会的役割が拡⼤する。役割の拡⼤が、要素技術やアーキテクチャーの重要性を増⼤させ、それが次の進化に向けた技術⾰新を加速する。

    社会的役割

    ITアーキテクチャー

    IT要素技

    IT要素技術の進化 ⾼性能計算、⾼速⼤容量通信 ビッグデータ、ロングテール、リアルタイム処理 数値計算から事務処理、知識処理へ モジュール化とミドルウェアの発展

    ITアーキテクチャーの変化 集中と分散の動的バランス 実世界とサイバー世界の融合 ⼈がつながる、モノがつながる 産業のサービス化を⽀える

    社会的役割の拡⼤ ビジネスのクリティカルインフラから

    社会のクリティカルインフラに 森羅万象(⼈、集団、機械)を⽀える技術に

    CPS / IoT物理世界とサイバー世界が融合する。実空間に埋め込まれたセンサーからのデータを収集・蓄積して、深くリアルタイムに分析することで新たな価値を創出する。あらゆるものがネットワークに接続され、クラウド基盤により組織を越えた情報融合を進め、⽇常⽣活やビジネス、社会インフラなどの効率化と⾼度化を実現する。

    <⽶国> Cyber Physical Systems(2009年)

    NSFを中⼼にCPSを構築するためのサイエンスと基盤技術の研究開発を⽀援。規模:2012年までに73プロジェクトに65百万ドル

    ビッグデータイニシアチブ(2012年)ビッグデータから知⾒を引き出すための技術開発。規模:総額200百万ドル

    製造⾰新機構と全⽶イノベーションネットワーク(NNMI)構築(2012年)産学コンソーシアムとネットワークを通じた新技術の拡散と技術導⼊を加速規模:各コンソーシアムに70百万ドルの政府資⾦と同額の外部資⾦

    <欧州> Internet of Things and Platforms for Connected Smart Objects(2014年)

    IoTプラットフォームのアーキテクチャと相互運⽤性に係る研究開発規模:51百万ユーロ(Work Programme 2014-2015)

    FI-PPP:Future Internet Public-Private Partnership(2011年)インターネット技術による公共サービスのインフラと業務プロセスのスマート化規模:5年で総額3億ユーロ

    Digital Catapult (2014年)私有データの共有促進により、中⼩企業が迅速かつ低リスクでイノベーションを実現することを可能とするプラットフォームを複数の都市に開設

    Industrie 4.0(2013年)⽣産拠点としてのドイツの未来を実現するアクションプラン。規模:2億ユーロ

    <中国> ハイテク・サービス業の研究開発と産業化に関する通知(2012年)<韓国> スマート国家具現のためのビッグデータマスタープラン(2012年)

    社会システムのデザインと運⽤による効率的な社会の実現 デザインの段階からITを意識し、公共サービスの質を向上 防災・減災に向けた、柔軟でロバストな社会システムの構築社会・企業コストの低減による産業競争⼒の強化 ITによる⾒える化や効率的な設計、実装による企業コストの⼤幅

    な低減新しい価値の創造による新産業の育成 ITによる従来産業の付加価値向上 新たなビジネスモデルによる新産業開拓知の創造と伝播による豊かな社会の実現 科学的発⾒の加速、科学技術研究からイノベーションまでの時間

    短縮を⾏い、持続的イノベーションを可能とする(科学研究→社会的価値の創出→科学研究への還元のサイクル)

    トレンド 挑戦課題

    社会と産業・経済へのインパクトをコスト削減という守りと、価値創造という攻めからとらえる。

    ITの社会浸透(社会インフラ化)の進展

    少⼦・⾼齢化 インフラ⽼朽化と⾃然災害の

    脅威 資源の不⾜・枯渇 社会的格差の拡⼤と社会の不

    安定化 セキュリティーの脅威

    社会システムの統合と再構築 防災・減災・復旧の⾼度化 社会制度、倫理の研究

    (ELSI) ⼈間と共存するロボット

    社会・環境

    ITの加速度的進歩が続く 様々なモノ・⼈が繋がる ビッグデータ処理技術が進む クラウド化の進展

    森羅万象を対象とした処理形態 異種データ、⼤量データ処理 データの信頼性、プライバシー

    保護 社会基盤に求められるディペン

    ダビリティー

    技術

    ITによる新ビジネス創出 市場のグローバル化 インターネットを介したサー

    ビスの進展 ロボットによる効率化 機械による雇⽤の喪失

    ビッグデータによる社会コスト低減や付加価値の創造

    クラウド基盤によるサービス経済の進化

    ITを他の領域の基盤とする 社会・経済インパクトの評価と

    モデル化

    経済

    教育の新たな試み(MOOCs) ネット依存症(スマートフォ

    ン、ゲーム) ⼈間と機械の融合(ウェアラ

    ブル、インプランタブルデバイス)

    グローバル化に伴う稀少⽂化の消失

    ⼈と機械の新たな関係 多様性・個別性に対応した質の

    ⾼い教育・再教育・学習 ⽂化、知の理解と継承 ⼈・集団を賢くするIT

    ⼈間・⽂化

    知のコンピューティング⼈・集団と機械の協働により、知の創造、科学的発⾒、社会への適⽤を加速する。⼈・集団の賢い判断の⽀援や納得性の⾼い合意形成、社会システムの最適運⽤などを実現する。科学研究の成果の社会適⽤加速と発⾒の促進、社会コスト削減、QOL向上に貢献する。

    俯瞰と戦略的研究領域 ビジョン

    ビジョン達成のためにITが社会・経済・⽂化・⼈類に影響を与える

    ITの継続的な進展を図る ITによる経済発展を本格的

    にする ITを社会基盤の⼀つとする ITの研究フロンティアとし

    て、⼈・集団の精神や⾏動原理を探求し、知の向上をめざす

    CRDSが考えるビジョン(出典:社会的期待と研究開発領域の邂逅に基づく「課題達成型」研究開発戦略の⽴案)

    国際連携ができる社会 地球環境・エネルギー問題

    への対応⼒がある社会 社会インフラの保守・補

    修・構築⼒がある社会 ⼼⾝の健康寿命がのばせる

    社会 ⼀⼈ひとりが能⼒を発揮で

    きる社会

    研究開発の俯瞰報告書(2015) 情報科学技術分野の概要 JST 研究開発戦略センター情報科学技術ユニット

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    情報科学技術分野(2015年)

    CRDS-FY2015-FR-04 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

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    エグゼクティブサマリー

    情報科学技術分野は、科学としてよって立つ基礎理論から、その実装としての電子部

    品・デバイスから情報通信機器や組込み機械、さらには情報システム・情報サービスま

    での広範な産業を支える技術分野である。同時に、その汎用ツール的な性質から第二次、

    第三次産業はいうに及ばず、従来は直接関係ないと思われていた第一次産業や社会イン

    フラ、社会システムの実装にまで深くかかわっている。本書では情報科学技術分野の技

    術を、社会と IT (Information Technology) の観点から、特に、社会システムをデザインするという観点で戦略的に取り組むべき戦略レイヤーと、それを下支えする基盤レイヤ

    ーに整理し、それぞれのレイヤーで今後わが国として注目すべき研究開発領域を特定し

    た。情報科学技術分野の範囲と構造を下図に示す。情報科学技術分野の知見は、要素技

    術としての技術に関する知見、それを社会システムデザインとして活用するための知見、

    および重点応用エリアとしての事業に関する知見に大別できる。 技術に関する知見は、学問的に体系化された研究開発領域からなる「基盤レイヤー」

    と個別の要素技術だけではとらえられない時代の変化に対応するための研究開発領域か

    らなる「戦略レイヤー」の二つに分けた。 活用に関する知見は、当分野の将来展望において、情報科学技術が社会基盤として広

    く浸透し、その発展が社会に及ぼす影響が非常に大きいことから、情報通信技術そのも

    のだけでなく、社会システムデザインという文脈での研究開発領域からなる「情報を活

    用した社会システムデザイン」とした。 事業に関する知見は、情報科学技術を重点的に応用すべき事業ドメインでの事業化に

    関する研究開発領域からなる「重点応用エリア」に整理した。

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    Panoramic View of the Information Science and Technology Field (2015)

    CRDS-FY2015-FR-04 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

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    情報科学技術は、半導体、回路実装、通信、ソフトウエア等多方面の技術革新により、

    コスト・性能面で格段の進歩をとげてきた。今日、コンピュータや情報通信ネットワー

    クとして広く社会に浸透し、その技術進歩はあらゆるものを劇的に進歩させ続けている。

    システムの形態は、メインフレームから、クライアントサーバ型システム、そしてクラ

    ウドコンピューティングへと、集中と分散を繰り返し発展してきた。また、SNS (Social Network Service) や Wikipedia では、従来、システムの利用者であったユーザーの役割がプロシューマー(生産消費者)へと大きく変化した。情報サービスは、クラウドコンピューティングの登場によって、計算機環境やアプリケーションを所有することから、

    インターネット上のものを使用する形態へと移っている。カーナビや携帯電話による位

    置情報サービスは、ユーザーの所有する端末や、その場所での状況を判断した新しいサ

    ービスを普及させた。 20 世紀後半に生まれた情報ネットワーク社会(サイバー社会)は、21 世紀に入り、実

    世界と有機的に連携、統合化する動きが出てきた。米国では、サイバーフィジカルシス

    テムのプロジェクトが進められ、すべてのモノがインターネットに接続される IoT (In-ternet of Things) という言葉も生まれた。これらによりもたらされる大量のデジタルデータはビッグデータという新たな潮流を生み出しビジネスや社会に大きな影響を与え始

    めた。一方で、人間の知的活動に関する研究の成果は、将棋やクイズ番組でトップクラ

    スの人間を打ち負かすレベルにまで向上してきた。そして、その研究のフロンティアが、

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    情報科学技術分野(2015年)

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    脳そのものや知の獲得・発見・伝播の仕組みや集合知の構造などの解明に向かっている。

    これらの研究が、人類知の質的向上を促し、革新的な進歩を遂げる科学的成果を有効に

    速く社会に還元することにより、社会的インパクトを適正にもたらすことが期待される。

    このように、電子情報通信分野の技術開発や研究の対象は、半導体、ソフトウエア、通

    信ネットワークから人間の行動様式やビジネス活動、社会活動そのもののデザインにま

    で広がりつつある。 以下に、当該分野における俯瞰調査による日本、米国、欧州、中国、韓国の主な特長

    について記す。

    <日本>

    2014 年 6 月に改定された世界最先端 IT 国家創造宣言において、ブロードバンドなどのインフラ整備において世界最高水準となったものの、利用者ニーズを十分把握せず、

    組織を超えた業務改革(BPR)を行わなかったことで、IT の利便性や効率性が発揮できていないという反省を踏まえて、2020 年までに世界最高水準の IT 利活用社会の実現とその成果を国際展開すること、震災からの復興の加速化にも資することを目標に掲げて

    いる。そして、革新的な新産業・新サービスの創出及び全産業の成長を促進する社会、

    健康で安心して快適に生活できる世界一安全で災害に強い社会、公共サービスがワンス

    トップで誰でもいつでも受けられる社会を目指すべき社会の姿として、成功モデルを実

    証するプロジェクトの推進や取り組みの進捗状況を定量的に評価するための KPI 設定など見える化を重視して取り組むことを掲げている。

    <米国>

    インターネットハイパージャイアントや伝統的 IT 企業が市場と技術開発を世界的にリードしている。政府としても米国イノベーション戦略において、次世代の教育と労働

    力創出、科学研究のリーダーシップ強化、先進的な社会インフラ構築、先端情報技術の

    エコシステム構築をイノベーションの基盤と位置づけて積極的に投資を行っている。エ

    コシステムを構築すべき先端情報技術として、高速インターネットへのアクセス拡大、

    電力グリッドの近代化、高付加価値利用のための無線スペクトルの可用性拡大、セキュ

    アなサイバー空間を挙げている。このような政策のもとで情報科学技術を活用した社会

    的課題に解決に加えて、基礎研究や人材育成についても国立科学財団(NSF)を中心に継続的に投資を行っている。

    <欧州>

    中長期の成長戦略 Europe 2020 の重要なイニシアチブの一つが情報通信戦略の欧州デジタルアジェンダである。このアジェンダでは高速インターネットと相互運用可能な

    アプリケーションに支えられた欧州域内のデジタル単一市場により持続可能な経済的・

    社会的便益を提供することを目的に掲げている。このような戦略を背景として FP7 の後継となる研究開発・イノベーション枠組みプログラム Horizon 2020 において、産官学連携での情報科学技術の発展、社会的課題へ対応するための情報科学技術の活用の 2 つの側面から研究開発への投資を行っている。また、欧州各国においても英国におけるオ

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    Panoramic View of the Information Science and Technology Field (2015)

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    ープンデータ活用、ドイツにおける生産拠点としても競争力確保に向けた情報科学技術

    の活用(Industrie 4.0)など特色を持った取り組みがなされている。

    <中国>

    中国国内のインターネット上のコンテンツは国内固有のものとなっている場合が多く、

    グローバルな接続はファイヤーウォールで規制されているものの、百度、アリババ、テ

    ンセンなどのインターネット巨大企業が誕生している。2006 年~2020 年の科学技術政策の方針を示す国家中長期科学技術発展計画概要では、2020 年までに世界トップレベルの科学技術力を持つイノベーション型国家とすることを目標に掲げ、情報産業及び近代

    的なサービス業を重要分野の一つに特定し、優先的に研究開発に取り組むべきテーマと

    して、近代的なサービス業の情報支援技術及び大型応用ソフト、次世代のネットワーク

    コア技術及びサービス、高効率で信頼性の高いコンピューター、センサー及びインテリ

    ジェント情報処理、デジタルメディア・プラットフォーム、高解像度の大スクリーン薄

    型ディスプレイ、重要システム向けの情報安全を挙げている。また、2006-2020 国家情報化発展戦略において 2020 年までの戦略目標として、総合情報インフラの基本的普及を目指すこと、情報技術の独自開発能力を大きく向上させること、情報産業の構造を全

    体的に改善すること、情報セキュリティー保護のレベルを大幅に向上させること、国民

    の経済や社会の情報化で顕著な成果を目指すこと、新しい形の工業発展モデルの基本的

    確立を目指すこと、情報化の推進に向けた国の制度・環境・政策の基本的整備を目指す

    こと、国民の情報技術の応用能力を大きく引き上げること、情報社会への移行の基礎づ

    くりをすることが掲げられている。こうした産業的・政策的な背景と海外で経験を積ん

    だ研究者の帰国・招聘により、研究開発の国際化と研究水準の向上が図られている。

    <韓国>

    サムスンを中心とする幾つかのグローバル企業が韓国の経済を牽引している。政府の

    取り組みとして、国民の創造的なアイデアが科学技術・ICT と結びつき、創業、新産業、新市場開拓につながり、質の高い雇用を生み出す「創造経済システム」の醸成に向けて

    「創造経済実現計画」を策定している。この計画において、起業しやすい環境づくり、

    ベンチャー・中小企業支援、成長動力の創出、グローバル創意人材養成、科学技術と ICTのイノベーション革新力強化、創造経済文化の醸成の 6 つの戦略が掲げられている。また、「創造経済ビタミンプロジェクト」において、科学・ICT と既存産業を融合させ、対象産業の高度化と問題解決を支援することが掲げられており、既存産業においても情報

    科学技術との融合(Convergence)による競争力の強化を目指している。科学技術・イノベーション戦略の主軸となる第 3 次科学技術基本計画において、国家戦略技術として、IT 融合新産業の創出、未来成長動力の拡充、クリーンで便利な生活環境の構築、健康長寿時代の実現、安全安心な社会の構築を掲げ、これらに貢献する重点国家戦略技術とし

    て、知識情報セキュリティー技術、知識基盤ビッグデータ活用技術、次世代有無線ネッ

    トワーク技術(5G など)、融合サービスプラットフォーム技術、知能型インタラクティブ技術、スマートグリッド技術、健康管理サービス技術、自然災害モニタリング・予測・

    対応技術などが挙げている。

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    Panoramic View of the Information Science and Technology Field (2015)

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    Executive Summary

    Information Science and Technology (IST) spans from basic theories as scientific bases to their implementations which supports extensive industry areas of electronics, telecommunications, embedded devices, and information systems & services. Not to mention the secondary and tertiary industry, as generic tools, IST is now deeply involved in the systems implementations for the primary industry and society, which are not considered to be directly related to IST so far. This report describes the research areas of IST in two aspects or layers: the emerging layer which consists of strategically important areas in terms of the IST’s relationship with society system design, and the base layer which supports the emerging layer as the computer science foundation.

    The perspective view of IST and its focal research areas are shown in a figure below. IST body of knowledge is organized of knowledge for element technology, knowledge for application to social system design and knowledge for focal business applications.

    Knowledge for element technology is organized of two layers; one is base layer which is consisted of academically organized disciplines, another is emerging layer which is consisted of R&D areas to adapt changing circumstances.

    Knowledge for application is organized of R&D areas which include not only IST itself but also some aspects of social system design, because of growing importance of IST as social infrastructure. We defined this knowledge as “IT enabled social system design.”

    Knowledge for business is organized of R&D areas on implementations in industry domains IST should be intensively applied. We defined this knowledge as “Focal ap-plication area.”

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    Owing to the various technological innovations from the semiconductor, circuit mounting, communication, software, to the systems integration, IST accomplished remarkable progress in respect of cost, performance and benefit. Today computers and networks have widely permeated human society. Technical progress is continuously supporting all things’ dramatic progress. Systems architecture has been swinging between concentration and distribution, from a mainframe centric system to a client-server distributed system, and now cloud (centric) computing. Social Networking Services or Wikipedia have changed the user role from a consumer to a prosumer who both produces and consumes information. By the emergence of cloud computing the ownership policy of information system is shifting to utilizing computing power and applications on the internet, from possessing them. Location-based services using car navigations or mobile phones spread new types of location and context aware services.

    The information and network society, so called “Cyber Society”, born in the late 20th century is moving toward the real world in the 21st century; the US initiated “Cyber physical systems” projects, the word "IoT " (Internet of Things) in which all the things are connected to the Internet was also came out. Deluging large scale dig-ital data brought about a new trend called “Big Data”, which began to have a big influence on business and society. On the other hand, the research on human intel-lectual activity has been improved to the level which beats a top-class humans in Shogi, the Japanese chess, or in the quiz show “Jeopardy!”. The frontier of the re-search is going to the elucidation of the brain itself, the mechanism of acquisition, discovery, propagation of intelligence, and the structure of collective intelligence. The achievement of these researches is expected to lead us to the world where human intellectual quality is more improved and the innovative scientific results returns social impact quickly and properly. The research and development area of IST is spreading not only on the traditional disciplines of electronics, software, and network but also to the new areas of human behavior, business activity design and overall social activity.

    Major characteristics of Japan, USA, Europe, China and Korea in the IST field are

    as follows:

    The Declaration to be the World's Most Advanced IT Nation updated June 2014 noticed that Japan has achieved the world’s highest levels in on broadband infra-structure development, but could not allow for IT to exhibit its full benefits and effi-ciency without an adequate understanding of user needs and adequate undertaking business process reforms that go beyond organizational boundaries. Based on this reflection, the declaration aims that Japan strives to become an IT society at the

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    Panoramic View of the Information Science and Technology Field (2015)

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    world’s highest levels in terms of IT use and a developed problem-solving country that can distribute solutions to various problems around the world by 2020. And it also will accelerate the recovery from the earthquake disaster. The declaration adopts carrying out projects to verify successful models and or visualization like KPIs as indices for quantitative measurement of target achievement.

    Internet hyper giants and traditional IT powers are leading the world in R&D and market share. According to “Strategy for American Innovation”, federal government id investing in education of next generation, creation of workforce, enhancement of nation’s leadership in science and technology, advanced social infrastructure, and construction of advanced information technology ecosystem, which have great im-portance as foundations for innovation. Expanding access to broadband, modernizing the electric grid, securing cyberspace, and expanding availability of wireless spec-trum are those advanced information technologies of which ecosystem should be con-structed. Under these measures, federal government is investing in not only R&D on IT enabled solution of social issues, but basic research and capacity building contin-uously mostly through the National Science Foundation.

    One of important flagship measure in European Union’s midterm strategy for growth Europe 2020 is “Digital Agenda for Europe”. The agenda aims to deliver sus-tainable economic and social benefits from digital single market based on fast and ultra-fast internet and interoperable applications. Under R&D and Innovation frame-work program Horison 2020 following FP7, European Union invests in information science and technology R&D from two perspectives, one is advancing information sci-ence and technology by industrial‐academic‐government cooperation and another is IT enabled solution of social issues. Individual countries in Europe are taking orig-inal measures such as promotion of open data utilization in UK and application of information science and technology to maintain competitiveness as a manufacturing in Germany (Industrie 4.0).

    Although domestic internet contents are not allowed to be accessed from abroad and internet accesses are restricted by grate firewall, internet giants such as Baidu, Alibaba and Tencent are founded in China. The guidelines on national medium- and long-term program for science and technology development, which indicate the directions of the nation’s science and technology policy from 2006 to 2020, picked up

  • 研究開発の俯瞰報告書

    Panoramic View of the Information Science and Technology Field (2015)

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    information industry and advanced service industry as one of important industry areas to achieve world’s top level innovative country by 2020. The guideline noticed high priority R&D themes, which include information technology supporting for advanced service industry, large scale application software, next generation network core technologies and services, highly efficient and dependable computer, sensors and intelligent information processing, digital media platform, high resolution large area thin panel display, and information safety for important systems. And the national information development strategy 2006-2020 noticed strategic targets by 2020, which include spreading comprehensive information infrastructures, improving information technology self-development ability, holistic reform of information industry, upgrading information security protection, taking obvious outcome in economy and society by applying IT, establishing new type of industrial development model, preparing national institutions, environment and policies for advancing IT application , improving people’s information technology skill, establishing foundations for information society. As outcomes of those measures and invitation or return of researchers abroad, international cooperation and level-up in R&D are being enhanced in China.

    Some global companies such as Samsung are towing Korean economy. As a national initiative, “Creative Economy Action Plan” was confirmed in order to foster “Crea-tive Economy Ecosystem”, in which high quality jobs are created through new in-dustry and markets creation by converging people’s creative ideas, science, tech-nology and ICT. In the action plan, environment that promotes the creation of startups, support of ventures and small and medium-sized enterprises (SMEs), cre-ation of growth engines to pioneer new markets and new industries, fostering global creative talent, strong innovation capacity of science, technology and ICT, and pro-motion of a creative economic culture are pursued. And “Creative Economy Vitamin Project” is pursuing to advance existing industry and support solution of issues with it by converging science, technology, ICT and the industry. And the Third Science and Technology Basic Plan noticed five national strategic area of technologies (IT convergence new industry, future growth engine, clean and comfortable environment, healthy long-living era, and security of society) and 30 major national strategic tech-nologies, which include information security, big data application, next generation wired and wireless network, converging service platform, intelligent interaction, smart grid, health management, natural disaster monitoring, prediction and re-sponse technologies.

  • 研究開発の俯瞰報告書

    情報科学技術分野(2015年)

    CRDS-FY2015-FR-04 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

    目 次

    エグゼクティブサマリー

    1.目的と構成 ····················································· 1

    1.1 「研究開発の俯瞰報告書」作成の目的 ······································· 1

    1.2 俯瞰対象分野設定 ························································· 1

    1.3 構成 ····································································· 1

    2.俯瞰対象分野の全体像 ··········································· 3

    2.1 分野の範囲と構造 ························································· 3

    2.1.1 分野の範囲 ·························································· 3

    2.1.2 俯瞰の枠組 ·························································· 3

    2.1.3 研究開発領域 ························································ 4

    2.2 分野の歴史、現状及び今後の方向性 ········································· 6

    2.2.1 分野の歴史 ·························································· 6

    2.2.2 分野の現状 ~社会とのかかわりを深める IT~ ·························· 8

    2.2.3 分野を取り巻く環境変化と IT のチャレンジ ···························· 10

    2.2.4 我が国の課題と分野の方向性 ········································· 11

    (1)ビッグデータ ·························································· 15

    (2)CPS/IoT ······························································ 16

    (3)知のコンピューティング ················································ 17

    (4)セキュリティー ························································ 18

    2.2.5 諸外国・地域における研究ビジョンや戦略 ······························ 19

    (1)米国 ·································································· 19

    (2)欧州 ·································································· 20

    (3)中国 ·································································· 25

    (4)韓国 ·································································· 26

    3.研究開発領域 ·················································· 29

    3.1 基礎理論 ································································ 29

    3.1.1 情報理論 ··························································· 33

    3.1.2 暗号理論 ··························································· 41

    3.1.3 離散構造と組合せ論 ················································· 47

    3.1.4 計算複雑度理論 ····················································· 53

    3.1.5 アルゴリズム理論 ··················································· 59

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    3.1.6 最適化理論 ························································· 68

    3.1.7 プログラム基礎理論 ················································· 75

    3.1.8 データアナリシス ··················································· 80

    3.2 デバイス・ハードウエア ·················································· 85

    3.2.1 集積回路技術 ······················································· 89

    3.2.2 MEMS デバイス技術 ··················································· 95

    3.2.3 フォトニクス ······················································ 101

    3.2.4 プリンテッドエレクトロニクス技術 ·································· 108

    3.2.5 極超低電力 IT 基盤技術 ············································· 118

    3.2.6 量子コンピューティングデバイス ···································· 124

    3.2.7 メモリーとストレージ ·············································· 131

    3.2.8 アクチュエーター ·················································· 137

    3.2.9 センサー ·························································· 143

    3.2.10 アナログ回路 ······················································ 148

    3.2.11 情報処理 ·························································· 154

    3.2.12 通信 ······························································ 160

    3.2.13 エネルギーハーベストデバイス ······································ 171

    3.2.14 電源 ······························································ 180

    3.3 通信とネットワーク ····················································· 185

    3.3.1 光通信技術 ························································ 188

    3.3.2 無線通信技術 ······················································ 193

    3.3.3 ネットワーク・エネルギーマネジメント ······························ 199

    3.3.4 ネットワーク仮想化技術 ············································ 208

    3.3.5 通信行動と QoE (Quality of Experience) ····························· 215

    3.3.6 情報ネットワーク科学 ·············································· 220

    3.3.7 新たな情報流通基盤 ················································ 226

    3.4 ソフトウエア ··························································· 232

    3.4.1 ソフトウエア工学 ·················································· 234

    3.4.2 組込みシステム ···················································· 240

    3.4.3 プログラミングモデルとランタイム ·································· 248

    3.4.4 システムソフトウエアとミドルウエア ································ 255

    3.5 IT アーキテクチャー ····················································· 261

    3.5.1 エンタープライズ・アーキテクチャー ································ 266

    3.5.2 ソフトウェア定義型アーキテクチャー ································ 277

    3.5.3 クラウドコンピューティング ········································ 287

    3.5.4 モバイルアーキテクチャー ·········································· 293

    3.5.5 ワークロード特化型アーキテクチャー ································ 303

    3.5.6 ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC) ···················· 309

    3.6 IT メディアとデータマネジメント ········································· 318

    3.6.1 ビッグデータの統合・管理・分析技術 ································ 321

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    3.6.2 ユーザー生成コンテンツとソーシャルメディア ························ 326

    3.6.3 センサーデータ統合検索分析技術 ···································· 332

    3.6.4 時空間データマイニング技術 ········································ 339

    3.6.5 次世代情報検索・推薦技術 ·········································· 345

    3.6.6 個人ライフログデータの記録・利活用技術 ···························· 350

    3.7 人工知能 ······························································· 355

    3.7.1 探索とゲーム ······················································ 357

    3.7.2 機械学習、深層学習 ················································ 365

    3.7.3 オントロジーとLOD ·············································· 374

    3.7.4 Web インテリジェンス ··············································· 385

    3.7.5 知能ロボティクス ·················································· 392

    3.7.6 統合的人工知能 ···················································· 401

    3.7.7 汎用人工知能 ······················································ 408

    3.7.8 認知科学 ·························································· 416

    3.8 ビジョン・言語処理 ····················································· 423

    3.8.1 大規模言語処理に基づく情報分析 ···································· 425

    3.8.2 言語情報処理応用(機械翻訳) ······································ 433

    3.8.3 言語情報処理応用(音声対話) ······································ 438

    3.8.4 画像・映像の意味解析 ·············································· 445

    3.8.5 言語と映像の統合理解 ·············································· 452

    3.9 インタラクション ······················································· 457

    3.9.1 BMI(ブレイン・マシン・インターフェース) ························· 459

    3.9.2 人間拡張工学 ······················································ 468

    3.9.3 ハプティクス(触覚) ·············································· 473

    3.9.4 ウエアラブルコンピューティング ···································· 480

    3.9.5 HRI(ヒューマン・ロボット・インタラクション) ······················· 489

    3.9.6 グラフィックス・ファブリケーション ································ 496

    3.10 ビッグデータ ·························································· 504

    3.10.1 ビッグデータ基盤技術 ·············································· 506

    3.10.2 ビッグデータ解析技術 ·············································· 513

    3.10.3 クラウドソーシング ················································ 520

    3.10.4 プライバシー保持マイニング技術 ···································· 525

    3.10.5 IT メディア分野におけるビッグデータ ································ 533

    3.10.6 ライフサイエンス分野におけるビッグデータ ·························· 540

    3.10.7 教育とビッグデータ ················································ 545

    3.10.8 社会インフラとビッグデータ ········································ 561

    3.10.9 オープンデータ ···················································· 567

    3.10.10 著作権とビッグデータ ·············································· 571

    3.10.11 ビッグデータとプライバシー ········································ 578

    3.11 CPS/IoT ······························································· 584

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    3.11.1 CPS/IoTアーキテクチャー ···································· 586

    3.11.2 M2M ···························································· 591

    3.11.3 社会システムデザイン ·············································· 598

    3.11.4 CPS/IoTセキュリティー ······································ 603

    3.11.5 応用と社会インパクト ·············································· 611

    3.11.6 ものづくりとIoT ················································ 617

    3.12 知のコンピューティング ················································ 623

    3.12.1 知のメディア ······················································ 626

    3.12.2 知のプラットフォーム ·············································· 632

    3.12.3 知のコミュニティー ················································ 638

    3.13 セキュリティー ························································ 644

    3.13.1 次世代暗号技術 ···················································· 648

    3.13.2 IT システムのためのリスクマネジメント技術 ·························· 654

    3.13.3 要素別セキュリティー技術 ·········································· 661

    3.13.4 認証・ID連携技術 ················································ 668

    3.13.5 サイバー攻撃の検知・防御次世代技術 ································ 673

    3.13.6 プライバシー情報の保護と利活用 ···································· 678

    3.13.7 デジタル・フォレンジック技術 ······································ 688

    (付録 1) 専門用語解説 ······················································ 694

    (付録 2) 検討の経緯 ························································ 704

    (付録 3) 執筆協力者一覧 ···················································· 710

    (付録 4) 索引 ······························································ 714

    (付録 5) 研究開発の俯瞰報告書(2015 年)

    全分野で対象としている研究開発領域一覧 ···························· 720

    謝辞 ·········································································· 734

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    1

    目的と構成 1.目的と構成

    1.1 「研究開発の俯瞰報告書」作成の目的

    JST 研究開発戦略センター(CRDS)は、社会ニーズを充足し社会ビジョンを実現させる科学技術の有効な発展に貢献することを目指し、社会ビジョンの実現および科学技術の基盤

    充実とフロンティアの拡大を目指した研究開発戦略を提案している。「研究開発の俯瞰報告

    書」(以降、俯瞰報告書)は、CRDS が政策立案コミュニティおよび研究開発コミュニティとの継続的な対話を通じて把握している当該分野の研究開発状況に関して、研究開発戦略立案

    の基礎資料とすることを目的として、CRDS 独自の視点でまとめたものである。 CRDS は 2003 年の設立以来、科学技術分野を広く俯瞰し、重要な研究開発戦略を立案す

    る能力を高めるべく、その土台となる分野俯瞰の活動に取り組んできた。この背景には、科

    学の細分化により全体像が見えにくくなっていることがある。社会的な期待と科学との関係

    を検討し、科学的価値を社会的価値へつなげるための施策を設計する政策立案コミュニティ

    にあっても、科学の全体像を捉えることが困難になってきている。このような現状をふまえ

    ると、研究開発コミュニティを含めた社会のさまざまなステークホルダーと対話し分野を広

    く俯瞰することは、研究開発の戦略を立てるうえでは必須の取り組みである。 俯瞰報告書は、科学技術に関わるステークホルダーと情報を広く共有することを意図して

    作られた知的資産である。すでに多くの機関から公表されているデータも収録しているが、

    単なるデータレポートではなく、当該分野における研究開発状況の潮流を把握するために役

    立つものとして作成している。政策立案コミュニティでの活用だけでなく、研究者が自分の

    研究の位置を知ることや、他領域・他分野の研究者が専門外の科学技術の状況を理解し連携

    の可能性を探ることにも活用されることを期待する。また、当該分野の動向を深く知りたい

    と考える政治家、行政官、企業人、教職員、学生などにも大いに活用していただきたい。

    1.2 俯瞰対象分野設定

    CRDS では、研究開発が行われているコミュニティ全体を 5 つの分野(環境・エネルギー分野、ライフサイエンス・臨床医学分野、ナノテクノロジー・材料分野、情報科学技術分野、

    システム科学技術分野)に分け、その分野ごとに俯瞰報告書を作成した。俯瞰報告書は、2

    年ごとを目途に改訂している。

    1.3 構成

    第 2 章「俯瞰対象分野の全体像」では、CRDS が俯瞰の対象とする分野をどのように設定し、俯瞰の枠組をどう設定しているかの構造を示す。CRDS の活動の土俵を定め、それに対する認識を明らかにしている。また対象分野の歴史、現状、および今後の方向性について、

    いくつかの観点から全体像を明らかにする。この章は、その後の章のコンテンツすべての総

    括としての位置づけをもつ。

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    2

    第 3 章「研究開発領域」では、俯瞰対象分野に存在する主要な研究開発領域の現状を概説する。専門家との意見交換やワークショップを通じて、研究開発現場で認識されている情報

    をできるだけ具体的に記載する。領域ごとに国際比較も行う。 研究開発戦略を立案する際の現状認識に最低限必要なデータおよび主要国の研究開発戦略

    については、「主要国の研究開発戦略」として別冊で作成した。 「主要国の研究開発戦略」では、主要国の政府機関が公表する文書等の中から、日本の研

    究開発戦略を作る上で最低限知っておくべき重要な文書等を抽出し概説する。

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    3

    俯瞰対象分野の全体像

    2.俯瞰対象分野の全体像

    2.1 分野の範囲と構造

    2.1.1 分野の範囲

    情報科学技術分野は、科学としてよって立つ基礎理論から、その実装としての電子部品・

    デバイスや情報通信機器・組込み機械、さらには情報システム・情報サービスまでの広範な

    産業を支える技術分野である。同時に、その汎用ツール的な性質から第二次、第三次産業は

    いうに及ばず、従来は直接関係ないと思われていた第一次産業や社会インフラ、社会システ

    ムの実装にまで深くかかわっている。本書では情報科学技術分野の技術を、社会と IT(Information Technology)の観点から、特に、社会システムをデザインするという観点で戦略的に取り組むべき戦略レイヤーと、それを下支えする基盤レイヤーに整理し、それぞれ

    のレイヤーで今後わが国として注目すべき研究開発領域を特定した。

    2.1.2 俯瞰の枠組

    情報科学技術分野の範囲と構造を図 2.1 に示す。情報科学技術分野の知見は、要素技術としての技術に関する知見、それを社会システムデザインとして活用するための知見、および

    重点応用エリアとしての事業に関する知見に大別できる。 技術に関する知見は、学問的に体系化された研究開発領域からなる「基盤レイヤー」と、

    個別の要素技術だけではとらえられない時代の変化に対応するための研究開発領域からなる

    「戦略レイヤー」の二つに分けた。 活用に関する知見は、当分野の将来展望において、情報科学技術が社会基盤として広く浸

    透し、その発展が社会に及ぼす影響が非常に大きいことから、情報通信技術そのものだけで

    なく、社会システムデザインという文脈での研究開発領域からなる「情報を活用した社会シ

    ステムデザイン」とした。

    図 2.1 情報科学技術分野の俯瞰図

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    4

    ビッグデータ CPS/IoT

    知のコンピューティング セキュリティー

    ビッグデータ基盤技術 ビッグデータ解析技術 クラウドソーシング プライバシー保持マイニング技術 ITメディア分野におけるビッグデータ ライフサイエンス分野におけるビッグデータ 教育とビッグデータ 社会インフラとビッグデータ オープンデータ 著作権とビッグデータ プライバシーとビッグデータ

    CPS/IoTアーキテクチャー M2M 社会システムデザイン CPS/IoTセキュリティー 応⽤と社会インパクト ものづくりとIoT

    社会に新たな価値をもたらす知の集積・伝播・探索

    知の予測・発⾒の促進 知のアクチュエーション(社会⾏動変容を含む)

    知の社会エコシステム・プラットフォーム 社会への影響・普及促進のための倫理・法的・社会的課題

    応⽤(超⾼齢社会、スマーターシティ、予防・未病ヘルスケア、・・・)

    次世代暗号技術 ITシステムのためのリスクマネジメント技術 要素別セキュリティー技術 認証・ID連携技術 サイバー攻撃の検知・防御次世代技術 プライバシー情報の保護と利活⽤ デジタルフォレンジック技術

    事業に関する知見は、情報通信技術を重点的に応用すべき事業ドメインでの事業化に関す

    る研究開発領域からなる「重点応用エリア」に整理した。

    2.1.3 研究開発領域

    戦略レイヤーで抽出された研究開発領域と、それを支える基盤レイヤーにおける研究開発

    領域を図 2.2 と図 2.3 に示す。 基盤レイヤーは、情報科学技術にかかわる既存の学問領域を俯瞰したものとするために、

    国内外の学会の組織構造の調査に基づき、基礎理論から、ソフトウエア、デバイス・ハード

    ウエア、IT アーキテクチャー、IT メディアとデータマネジメント、通信とネットワーク、さらに、インタラクション、ビジョン・言語処理、人工知能を積み上げた。 これに加えて、情報科学技術の進展にともない、新しい社会的価値を創造するために出現

    しつつある重要なコンセプトとして、サイバーフィジカルシステム(CPS: Cyber Physical Systems)と IoT (Internet of Things)、知のコンピューティング、ビッグデータ、及び、セキュリティーという区分を新たに定義し、戦略レイヤーとして基盤レイヤーの上位に配置し

    た。 なお、基盤レイヤーにある俯瞰区分の技術は原則として排他網羅的な包含関係にある。一

    方、上位レイヤーにある俯瞰区分の技術は、他の俯瞰区分と相互に関連しあうことがわかっ

    ており、厳密な分類は行わないことにした。 以下、本報告書にて報告する研究開発領域は、技術知に含まれる二つのレイヤーに関して

    設定している。

    図 2.2 戦略レイヤーの研究開発領域

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    5

    俯瞰対象分野の全体像

    基礎理論

    人工知能

    ITメディアとデータ管理ITアーキテクチャー

    ソフトウェア

    通信とネットワーク

    デバイス・ハードウェア

    インタラクション ビジョン・言語処理

    情報理論 暗号理論 離散構造と組合せ論

    計算複雑度理論 データ構造 アルゴリズム理論

    最適化理論 プログラム基礎理論 データアナリシス

    光通信技術 無線通信技術 ネットワーク・エネルギー管理 ネットワーク仮想化技術 通信行動とQoE 情報ネットワーク科学 新たな情報流通基盤

    集積回路 MEMSデバイス フォト二クス プリンタブル エネルギーハーベ

    スティング

    センサー アクチュエーター アナログ回路 情報処理 メモリー・ストレージ 電源

    通信 極低電力 量子コンピューティ

    ング

    システムソフトウエアとミドルウエア プログラミングモデルとランタイム 組込みシステム ソフトウエア工学

    個人ライフログデータの記録・利活用技術 次世代情報検索・推薦技術 センサーデータ統合検索分析技術 ビッグデータの統合・管理・分析技術 時空間データマイニング技術 ユーザ生成コンテンツとソーシャルメディア

    エンタープライズアーキテクチャー ソフトウエア定義型アーキテクチャー クラウドコンピューティング モバイルコンピューティング ワークロード特化型アーキテクチャー HPC

    BMI 人間拡張工学 ハプティクス(触覚) ウエアラブル Human-Robot Interaction グラフィクス・ファブリケーション

    大規模言語処理に基づく情報分析 言語情報処理応用(機械翻訳) 言語情報処理応用(音声対話) 言語と映像の統合理解 画像映像処理・理解

    探索とゲーム 機械学習 オントロジーとLOD Webインテリ

    ジェンス

    知能ロボティクス 統合的人工知能 汎用人工知能 認知科学

    図 2.3 基盤レイヤーの研究開発領域

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    6

    2.2 分野の歴史、現状及び今後の方向性

    2.2.1 分野の歴史

    コンピューターは、1960 年代のメインフレームと呼ばれる大型計算機に始まり、1970 年代にはミニコンが実用化され、1980 年代にはマイクロプロセッサーの進展によりワークステーションが登場し、1990 年代にはパーソナルコンピューターが普及した。この進歩は半導体集積回路技術の発展によるところが大きい。この結果、コンピューターとネットワークは

    コスト、性能面で格段の進歩を遂げ、広く社会に浸透している。 ネットワークでは、ARPANET の研究に端を発するインターネットが、1990 年代の WWW

    (World Wide Web)により、爆発的な広がりを見せた。その背景には、光通信技術などの進展により高速大容量通信が可能となったことがある。また、無線通信技術により、携帯電話

    や高速無線 LAN などの普及から、すべての機器がネットワークにつながる時代となってきた。通信速度の飛躍的な向上が、電子メールから動画コンテンツへと変遷を下支えし、放送

    と通信の融合が始まっている。 システム的観点から見ると、メインフレーム全盛から、ミニコンの登場による分散システ

    ム、さらにパソコンとサーバーによるクライアントサーバー型システム、そして今日のクラ

    ウドコンピューティングへと、集中と分散を繰り返す歴史となっている。 また、SNS(Social Networking Service)や Wikipedia に代表されるような、ソーシャル

    コンピューティングと呼ばれる、人々が参加する形でのネットワーク上のコミュニケーショ

    ン活動が非常に活発になっている。ユーザーの役割が利用者であり、かつ、提供者であると

    いうプロシューマーの形へ大きく変化している。さらに、2011 年の東日本大震災時の迅速な情報共有など新たなメディアとしての役割を生み出した。 情報サービスに着目すると、インターネットやクラウドコンピューティングの登場によっ

    てサービスデリバリーの形態が一変してきている。つまり、IT 基盤やビジネスプロセスに基づいたソフトウエアやアプリケーションを所有することから、標準化されたプラットフォー

    ム上に準備されているソフトウエアやアプリケーションを使用する形態へと移っている。こ

    れにより、所有することによる技術の陳腐化やセキュリティーの脆弱さから解放されるだけ

    でなく、標準化と組み合わせによるビジネスプロセスの変化への柔軟な対応、品質の担保、

    さらには、コストの低減など多くのメリットがもたらされる。 クラウドコンピューティングは、サービスデリバリーの形だけではなく、社会におけるコ

    ミュニティーのあり方、協業の仕組み、企業活動形態にも影響を与えている。グリッドコン

    ピューティングが提唱した仮想組織を実現化するインフラといってよいだろう。さらに、質

    の高い新しいサービスを素早く展開するために、コンポーネント化と統合化の技術が 2000年代に推進されてきた。その一つが、企業のビジネスプロセスを標準化し、コンポーネント

    化し、それを組み合わせるというサービスオリエンティッドコンピューティング(SOA: Ser-vice Oriented Architecture)である。この考えは、後ほどふれる社会システムの構築にも生かされつつある。

    カーナビや携帯電話による位置情報サービスは、ユーザーの所有する端末や、その場所で

    の状況を判断したサービス、いわゆるコンテクストアウェアサービスとして広まる状況にあ

    り、ITS(Intelligent Transport Systems)などとも連携し、スマートコミュニティーでの展

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    俯瞰対象分野の全体像

    開が期待されている。 20 世紀後半に生まれた情報ネットワーク社会(サイバー社会)は、21 世紀に入り、実世

    界と有機的に連携、統合化する動きが出てきた。米国では、サイバーフィジカルシステム

    (CPS: Cyber Physical Systems)のプロジェクトが進められ、すべてのモノがインターネットに接続される IoT(Internet of Things)という言葉も生まれた。

    コンピューターとネットワークは、あらゆる社会情報システムを構成し、我々の日々の生

    活になくてはならない社会インフラとなった一方で、個人情報流出やコンピューターウイル

    スの流布による従来起こり得なかった事故や、災害、人為の結果発生したシステムの停止や

    誤動作が社会の機能を大きく停滞させるような事象が発生するようになってきた。このよう

    ないわば負の側面に対処できるような研究開発の研究も進んでいるがまだ十分とはいえない。 その昔、コンピューターは、一部の人しか扱えないものであり、クローズドなシステムと

    して構築・運用されてきた。しかし、今日では複雑で、予測不可能なオープンなシステムと

    なっている。このように、情報科学技術分野の技術開発や研究の対象は、半導体、ソフトウ

    エア、通信ネットワークから人間の行動様式や社会活動そのもののデザインにまで広がりつ

    つある。 これを、IT の社会的役割の変化という視点で見ると次のように言える。IT 要素技術の進

    化は、IT を使う仕組み(IT アーキテクチャー)の変化を促し、それにより新たな IT のアプリケーションが生まれ、社会的役割が拡大する。役割の拡大が、要素技術やアーキテクチャ

    ーの重要性を増大させ、それが次の進化に向けた技術革新を加速する(図 2.4)。 コンピューターの能力は、IT 要素技術の進化により、より高速により大量の情報を処理で

    きるようになり、その結果、情報処理システムは、企業のクリティカルな業務から、社会を

    支えるさまざまなクリティカルインフラへと、その領域と重要性を拡大する。新たな需要に

    こたえるために、時代と要求に合致した新たな情報システムの構造(アーキテクチャー)が

    考案され実装される。すると、その過程で明らかになった技術的課題が新たなドライバーと

    なって更なる要素技術の進展を促す。いわば、IT 要素技術、IT アーキテクチャーは社会システムと三位一体となって進化し続けているのである。

    社会的役割

    ITアーキテクチャー

    IT要素技術

    IT要素技術の進化 ⾼性能計算、⾼速⼤容量通信 ビッグデータ、ロングテール、リアルタイム処理 数値計算から事務処理、知識処理へ モジュール化とミドルウェアの発展

    ITアーキテクチャーの変化 集中と分散の動的バランス 実世界とサイバー世界の融合 ⼈がつながる、モノがつながる 産業のサービス化を⽀える

    社会的役割の拡⼤ ビジネスのクリティカルインフラから社会のクリティカルインフラに

    森羅万象(⼈、集団、機械)を⽀える技術に

    図 2.4 IT の社会的役割の変化

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    2.2.2 分野の現状 ~社会とのかかわりを深める IT~

    社会やビジネスとの関係の観点で、ここ 10 年の大きな流れを概観する。 まず、ビジネスのグローバル化が進み、迅速かつ柔軟な対応が必要となっている。特に IT

    企業は国際的な影響力を持たない限り生き残れなくなってきた。また、ハードウエアの低価

    格化やインターネットの普及に伴い、サービスをいかに統合化するかが重要となっている。 また、これまでの一企業の中で閉じたサービスであったものと、社会的なサービスとして

    一般大衆を対象として開かれたサービスでは、根本的な違いがある。社会的なサービスにお

    いては、開かれた系におけるサービスレベルの担保、アカウンタビリティー、社会的責任を

    持つことが大きな課題となる。 さらに、ストレージやプロセッサー、ネットワークなど様々なリソースがサービスに接続

    されるようになっており、それらは多様性を持ちつつ様々なところに分散しておかれている。 こうしたことを背景として、2000 年代初期に、コンポーネント化と標準化、インテグレー

    ションのための SLA 保証といった技術開発が盛んに行われるようになった。 2000 年代後期になると、こうした技術を基盤として Web 2.0、SNS、グリッド、クラウド

    コンピューティングなどが進展し、世界の知恵を集める協調インフラが構築され、グローバ

    ルインフラとして広く世界に影響を与えるようになってきた。例えば、企業のあり方もネッ

    トワークを介した連携が進んできた。グリッドコンピューティングのもたらした仮想組織

    (Virtual Organization)の考え方に代表されるように、仮想的に機能を連携させることが可能になり、それがビジネスモデルに大きな変革をもたらしてきた。

    さらに、近年、仮想化、コンポーネント化などの考え方が、企業の機能だけでなく社会の

    機能として位置づけられるようになってきた。サイバーフィジカルシステム、スマータープ

    ラネットなどに代表される社会システム・社会サービスへの期待である。このような社会の

    クリティカルインフラとしての期待に応えるためには、情報技術が単に技術の進展だけを狙

    うのではなく、社会性、倫理性などにもとづいた社会デザインまで関与しなければならない。

    また、このようにして情報技術により実現される社会システム・社会サービスを支えるデー

    タ、インフラ、サービスにより構成されたプラットフォームを社会共通資本(スマートコモ

    ンズ)と考え、継続的な投資の必要性、セキュリティーに係る問題をはじめとして社会的・

    経済的に捉えることが急務である。

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    俯瞰対象分野の全体像

    このような情報技術の直接的な社会貢献だけでなく、情報技術の進展がライフサイエンス、

    ナノテクノロジー、マテリアルサイエンス、宇宙科学、地球科学、社会・人文科学など、ほ

    とんどの分野にもたらしている革新的な変化も見逃せない。研究開発の革新的加速、網羅性、

    シミュレーションなどの影響を捉えることが国力にも影響を与えつつある。また、大量のデ

    ータを捕捉し、解釈し、自動的に学習する技術の進展の目覚しさをみると、機械と人間の関

    係を新たに考え、社会的な仕組みを作り出す必要性がある。 これまで、物理世界を現実世界、サイバーの世界を仮想的な世界として捉え、その関係を

    議論してきた。その時代感を Reality 1.0 と呼べば、いまや物理世界とサイバー世界が一体となったところに現実があるという認識も必要になってきている。まさに Reality 2.0 の時代の到来であろう。本報告書はこのような時代の潮目の変化を捉えようとするものである。

    図 2.5 社会・ビジネスの要請と IT の変遷

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    2.2.3 分野を取り巻く環境変化と IT のチャレンジ

    汎用技術として社会とのかかわりを深める IT は当然のことながら取り巻く環境変化の影響を受ける。図 2.6 には環境変化(トレンド)と、その結果として IT に求められるチャレンジ(挑戦課題)をまとめた。 第 1 のトレンドは技術進歩である。加速度的な IT の進歩により IT 機器の小型化・遍在化

    とクラウドシステムの巨大化・集中化が同時進行している。その結果さまざまなモノや人が

    ネットワークで繋がり、これらが生み出す膨大なデジタルデータ(ビッグデータ)が利用可

    能となっている。これが意味することは、森羅万象が発する大量の異種データをタイムリー

    に処理する能力が IT に求められているということであり、その際には、扱うデータの信頼性や個人データの保護などの社会受容や、社会基盤に求められるディペンダビリティが IT にも不可欠になるということである。 第 2 のトレンドは経済への波及である。企業の IT 環境はインターネットを基盤とする大

    量のユーザー(顧客)ベースを取り込むことで従来とは異なる収益モデルをもつ IT(活用)企業を生み出した。一般の企業も特に米国を中心に、IT をビジネス展開に活用することが事業規模と生産性を劇的に変化させるキーであることに気づき始めている。また、進化を続け

    る人工知能の機能を取り込んだロボットやソフトウエアが、人間の定型的作業を置き換える

    レベルに達しつつある1。今後求められるのは、IT を、単に社会コストの削減や付加価値の創造に活用するという視点だけでなく、人間と機械との新たな関係に基づく豊かな社会を実

    現するという視点である。 第 3 の視点は社会や環境への浸透の進展である。我が国の課題は山積しており、それに対

    する IT の貢献が強く期待されている。また、社会のあらゆる階層で大きなリスクとなっているセキュリティー問題や、IT の機能不全がインフラサービスの停止に至るといった状態はIT が責任を持って対応すべき課題である。このような中、IT を活用した社会システムの統合や再構築、防災・減災・復旧の高度化などの実現が今後ますます求められる。その際には

    社会制度の見直しやそのための倫理の研究が必要である、と同時に、社会的・経済的インパ

    クトの評価とモデル化の研究がそのベースとなる。 最後のトレンドは人間・文化への貢献である。IT の最後のフロンティアは人間であるとい

    われる。IT は人間社会を豊かにするものでなければならない。人間の新たな役割を生み出し、そのために必要なスキルや知識を効率的に人間に提供し続け、個人や集団が今までよりも賢

    い意思決定ができるよう支援することが IT の究極の役割である。

    1 エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー 著、村井章子 訳: 機械との競争、日経 BP 社、p.174, 2013

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    俯瞰対象分野の全体像

    2.2.4 我が国の課題と分野の方向性

    IT の大きなトレンドを図 2.7 にまとめた。 IT の発展は指数関数的であり、近年ますますその進歩の度合いを高めている。ムーアの法

    則に代表される半導体デバイスの進歩だけでなく、ソフトウエアやシステムのレベルにおい

    ても急速な進化を遂げている。従来は困難であろうといわれていた自動車の自律運転が可能

    になり、チェスや将棋、あるいはクイズでも人間チャンピオンにまさるコンピューターが出

    現している。これらは、IT の技術的な進歩と、IT の社会浸透の結果としての豊富なデータ、すなわちデータの洪水の結果として現れている。IT が社会にとって十分に役立つレベルになったために、その社会浸透がいたるところで進んでいる。IT なしでは、銀行の業務や航空券の予約、会社の経営などは考えることもできない。このように、IT はますますその存在感が大きくなっている。

    しかも、その進歩は情報の世界だけにはとどまっていない。もののインターネットやサイ

    バーフィジカルシステムに代表されるように、従来は情報化とは関連のなかった実世界にも

    IT の効果が現れるようになってきた。これまでも列車や航空機の運行、製造現場の機械などはコンピューター制御が普通に行われていたが、それらが IT としてネットワーク化され、他の機器やサービスと連携することによって、さらに高度で複雑な機能を果たすようになっ

    てきている。 これらのトレンドを踏まえた上で、今後戦略的に取り組むべき技術区分として、「知のコン

    ピューティング」、「セキュリティー」、「ビッグデータ」、「サイバーフィジカルシステム、IoT」の 4 つを挙げている。

    図 2.6 環境変化と IT に求められるチャレンジ

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    IT の進歩によって、人間がより知的な生活を送ることと、より豊かで効率的な社会を築く

    ことが可能になる。つまり精神的な面と、物理的な面での人類の進化である。精神的な進化

    を助長するために「知のコンピューティング」を提唱し、人間と機械の創造的な協力関係を

    打ちたてようとしている。物理的には、「サイバーフィジカルシステム、IoT」によって、サイバーの力によってリアルの世界の進化を実現しようとしている。 これらの動きを支えるものとして、「ビ