23
レポート: エネルギー イオン 1 角  ( 大学)、大 (Heidelberg University)( 大学大学院 センター) * 井  (Lawrence Berkeley National Laboratory)(Brookhaven National Laboratory)垣  ( 大学)(Iowa State University)( 大学) 井  ( 大学大学院 センター) ( )( 大学)( 大学) 2 2011 4 25 3 1 Overview 4 する (QCD) 一つが、す エネルギース 5 ケールにおける づく するこ ある。 エネルギースケール ( 6 ) QCD 為にクォーク グルオン り、 7 データ 較が ある。そ エネ 8 ルギー QCD して、「クォーク め」、「カイラ 9 ル対 れ」が するこ られている。 10 クォーク グルオン ある QCD いう 11 されている [1, 2]。格 QCD 第一 により、10 12 K 12 QCD 移を こし「クォーク め」 「カイラル対 」が 13 したクォークグルオンプラズマ (QGP) される えられている [3]。また、QCD 14 によれ 10 12 kg/cc える 、クォーク クーパー対 15 カラー される えられている [1, 2]16 1 バリオン 学ポテンシャルを変 った QCD [2]。こ 17 ように、QCD 多体 いう ちうる。 18 * [email protected]エネルギー イオン エネルギー イオン 1

核物理将来レポート 高エネルギー重イオン衝突実験gunji/tmp/LRP_HIHIC_ver1.pdf · 1 核物理将来レポート:高エネルギー重イオン衝突実験 江角

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Page 1: 核物理将来レポート 高エネルギー重イオン衝突実験gunji/tmp/LRP_HIHIC_ver1.pdf · 1 核物理将来レポート:高エネルギー重イオン衝突実験 江角

核物理将来レポート:高エネルギー重イオン衝突実験1

江角 晋一 (筑波大学)、大山 健 (Heidelberg University)、郡司 卓 (東京大学大学院理学系研究科付属原子核科学研究センター)∗、

坂井 信吾 (Lawrence Berkeley National Laboratory)、坂口 貴男 (Brookhaven National Laboratory)、

志垣 賢太 (広島大学)、下村 真弥 (Iowa State University)、中條 達也 (筑波大学)†、

鳥井 久行 (東京大学大学院理学系研究科付属原子核科学研究センター)

蜂谷 崇 (理化学研究所)、平野 哲文 (上智大学)、福嶋 健二 (慶応大学)

2

2011年 4月 25日3

1 Overview4

強い相互作用を記述する量子色力学 (QCD) の究極的な目標の一つが、すべてのエネルギース5

ケールにおける強い相互作用に基づく諸現象を記述することである。高エネルギースケール (近距6

離領域)では、QCDの漸近的自由性の為にクォークとグルオン間の相互作用は弱くなり、摂動展7

開を基に実験データとの定量的な比較が容易である。その一方で、摂動展開が利用できない低エネ8

ルギー領域では、QCD真空が持つ非摂動論的側面の現れとして、「クォークの閉じ込め」、「カイラ9

ル対称性の自発的破れ」が顕在化することが経験的に知られている。10

クォークとグルオンの複雑な凝縮体である QCD真空は、高温高密度という極限状況下で様々な11

性質を持つ事が示唆されている [1, 2]。格子 QCD第一原理計算により、1012 K以上の超高温状態12

では、QCD真空が相転移を起こし「クォークの非閉じ込め」と「カイラル対称性の回復」が実現13

したクォークグルオンプラズマ (QGP)が生成されると考えられている [3]。また、QCDの有効模14

型によれば、物質密度が 1012 kg/ccを超える高密度状態では、クォーク間クーパー対生成に伴う15

カラー超伝導相が生成されると考えられている [1, 2]。16

下の図 1に温度とバリオン化学ポテンシャルを変数にとった QCD物質の相図を示す [2]。この17

ように、QCD多体系物質は高温度高密度という状況下で非常に豊かな相構造を持ちうる。18

[email protected]、高エネルギー重イオン代表† 高エネルギー重イオン副代表

1

Page 2: 核物理将来レポート 高エネルギー重イオン衝突実験gunji/tmp/LRP_HIHIC_ver1.pdf · 1 核物理将来レポート:高エネルギー重イオン衝突実験 江角

図 1 QCD相図の温度やバリオン化学ポテンシャル依存性 [2]

高エネルギー重イオン衝突は、高温高密度 QCD物質を作り出す唯一の実験的手法である。19701

年代半ばの BEVALAC 加速器 (米国ローレンスバークレイ研究所、実験室系エネルギー 2GeV/2

核子)にて重イオン衝突に関する先駆的研究が行われ、1980年代の AGS加速器 (米国ブルックヘ3

ブン国立研究所、実験室系エネルギー 10-20GeV/核子)や SPS加速器 (欧州 CERN研究所、実験4

室系エネルギー 160-200GeV/核子) における重イオン衝突実験を経て、現在はブルックヘブンの5

RHIC加速器 (2000年 ∼、重心系エネルギー 200GeV/核子)や CERNの LHC加速器 (2009年6

∼, 重イオンは 2010年 ∼、重心系エネルギー 2.76, 5.5TeV/核子)が研究中心である [4]。また、高7

バリオン密度物質の探索に向けた高中間エネルギー重イオン衝突がドイツの GSI 研究所の FAIR8

加速器で計画されている [5]。9

これまで、高エネルギー加速器研究機構 (KEK)、京都大学、筑波大学、東京大学、東京工業大10

学、広島大学、長崎総合科学大学、理化学研究所、立教大学などの日本グループは、RHICで行わ11

れている国際共同大型実験 PHENIX実験*1に参加し、RHICにおける QGP物理やスピン物理を12

先導してきた [6]。また、研究遂行と並行して、重クォークの崩壊点測定用シリコン検出器などの13

*1 13ヶ国、60研究機関、600研究者が参加。PHENIX実験の成果として、これまで引用数が 1万件近い学術論文が90本以上出版されており、100本以上の博士論文が提出されている

2

Page 3: 核物理将来レポート 高エネルギー重イオン衝突実験gunji/tmp/LRP_HIHIC_ver1.pdf · 1 核物理将来レポート:高エネルギー重イオン衝突実験 江角

PHENIX実験のアップグレード計画を主導的に牽引してきた。1

筑波大学、東京大学、広島大学の日本グループは CERN-LHC で行われている国際共同大型実2

験 ALICE実験*2に参加し、最高エネルギーでの重イオン衝突を通じた QGPの物性研究を展開し3

ている [7]。広島大学が光子測定を主眼においた鉛タングステンカロリメータ (PHOS)に、筑波大4

学が高横運動量荷電粒子測定が可能な遷移輻射検出器 (TRD)やジェット測定用鉛電磁カロリメー5

タ (DCAL) に、東京大学が重クォークやクォーコニア測定を目指し電子同定用遷移輻射検出器6

(TRD)や smal-xで実現される研究を目的とした前方方向電磁カロリメータ (FoCAL)開発・建設7

に貢献している。このうち、DCALと FoCALは ALICE実験の検出器増強計画の一環である。8

このWGで展開する研究テーマは「極限状況下での素粒子・ハドロン物性」である。極限状況9

下での、ハドロン物質の存在形態、QGP物性、QCD真空構造、QCD物質の相構造などの解明を10

めざし、以下の研究テーマを掲げていく予定である。11

1. QGP物性の精密研究12

2. QCD物質の相構造の解明、相転移機構の解明13

3. カイラル対称性の回復に関する研究14

次章以降に、上記項目に対する研究の現状、今後の取り組みとその具体案を纏める。15

2 Recent Achievement16

このWGの掲げる研究内容に対する、これまでの到達状況を纏める。17

2.1 QGP物性の精密研究18

極限状態におけるハドロン物質多体系の研究、新しい物質相である QGP の探索、を目的とし19

て、BEVALAC加速器、AGS加速器、SPS加速器にて、重イオン衝突実験が精力的に行われてき20

た。BEVALAC加速器での実験は、participant-spectator描像などの重イオン衝突のベースとな21

る基礎的な描像を与え、AGSにおけるハドロンの系統的測定では、ストレンジネス収量増大、動22

径方向のハドロンフローが測定され、加えて SPSでは、鉛・鉛中心衝突における J/ψ 収量の異常23

抑制、低質量レプトンの収量増大が測定されてきた [4]。特に J/ψ の収量抑制は、”QGPの尻尾”24

を捉えた実験結果として大きな注目を浴びる事となった。この様な背景を受けて QGP生成を確証25

すべく満を持して 2000年より RHIC加速器が稼働を開始した。RHICでは SPSの約 10倍の衝突26

エネルギーで金・金衝突実験を行ってきた。また、様々なコントロール実験として、原子核効果を27

検証する為の重陽子金衝突実験や、小さな系での QGPの検証を目的とした銅・銅衝突実験を行っ28

てきた。RHICにおける重要な実験的成果を以下に纏める [8]。29

*2 33ヶ国、113研究機関、1000研究者が参加。

3

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• Jet Quenchingの発見1

RHICにおける QGP探索において、我々が得た強力なプローブが、これまでの重心系エネ2

ルギーではほぼ不可能であったハード過程で生成される高横運動量パートン、重クォークで3

ある。そして、このハード過程を通じて、RHICでは、高横運動量パートンの QGP中でエ4

ネルギー損失 (Jet quenching)に起因する高横運動量ハドロンの収量抑制やジェット対の消5

失を測定し、Jet quenching過程を通じた QGPの初期エネルギー、グルオン数密度や阻止6

脳、輸送係数といった力学量を議論できることとなった [8, 10]。(図 2、図 3参照)7

• 楕円フロー、流体的な振舞の発見8

系が熱平衡に達すると、熱力学量の時間・空間発展が、時空発展の結果として放出される低9

運動量ハドロンの運動量分布や衝突反応面からの方位角分布に反映される。RHICの金・金10

衝突では、流体模型が予想するのと同程度の大きさの方位角異方性が測定された。その運動11

量依存性はハドロンの構成クォーク数でスケールし、粘性ゼロの理想流体に基づく計算結果12

と良い一致を示した。これは、生成された物質の性質を明確な形で示した最初の例であり、13

生成された物質が、自由気体的なものではなく、むしろ相関の強い流体的なものであること14

示す事となった [8, 10]。(図 4参照)15

• 熱的光子の発見16

熱的光子の測定は高エネルギー重イオン衝突における長年の目標の一つであった。それこそ17

が局所熱平衡状態形成の証拠であり、熱的光子の発生量とそのエネルギー分布は、系の自由18

度や生成された物質温度の時空発展を反映する。これまでの電磁カロリメータを用いた測定19

では、π0 からのバックグランド光子と低エネルギーでのエネルギー分解能の劣化が相俟っ20

て有意な測定が出来ていなかった。今回は、高エネルギー光子の電子・陽電子への内部変換21

過程を利用して、熱的光子由来の電子対を測定し、光子のエネルギー分布と収量を算出し、22

熱的光子由来と無矛盾な収量増大を測定した。この結果と流体模型を用いた計算より、系の23

初期温度は擬相転移温度の 2-3倍である事が明らかになった [9]。(図 5参照)24

低運動量ハドロンの方位角異方性、平均 pT の揺らぎや、重クォークの半レプトン崩壊起源の単25

電子に対するの抑制因子と方位角異方性などのデータを用いて、比粘性 (粘性/エントロピー)を算26

出する試みが行われている。得られた比粘性は、強結合系における最小値 (η/s = 1/4π)近傍であ27

ることが分かり、従来の予想を覆す強結合 QGPの形成が確証しつつある [12]。(図 6、図 7参照)28

比粘性の大きさが小さいであろうという結果はあるものの、その定量性は、衝突前の系の初期条29

件に強く依存する。流体計算の初期条件 (初期エネルギー密度やエントロピー密度)には、反応関30

与核子数を用いてパラメタ化する Glauber 初期条件か高エネルギー極限 (small-x) で顕在化する31

であろうグルオン飽和状態からパラメタ化する CGC初期条件がある。前者は強結合系の最小値近32

傍の η/sを与え、後者は大きな比粘性 (η/s = 1/4π×XX)を仮定しないと実験結果を再現しない33

のが現状である [13]。η/sの決定には系の初期条件の確定が必須であるが、現在の RHICでの実験34

*4 金・金衝突における粒子収量を陽子・陽子衝突における収量 × 平均核子衝突回数で割ったもの。1 と無矛盾であれば、収量は陽子・陽子衝突の重ね合わせで記述される。

4

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図 2 収量抑制因子*4の運動量依存性。金・金衝

突において π0 と η は抑制されているが、QGP

に対して透過的なハード過程生成光子は抑制さ

れていない [11]

図 3 STAR実験で測定された 2粒子の角度相

関。金同士中心衝突の時のみ、対相関 (ϕ ∼ π)

が失われている [8]。

図 4 RHIC-PHENIX 実験で測定された方位

角異方性 (v2)の粒子・横運動量依存性。点は実

験データ、実線は理想流体を計算結果 [8]

(GeV/c)T

p1 2 3 4 5 6 7

)3 c-2

(m

b G

eV3

/dp

σ3)

or

Ed

3 c-2

(GeV

3N

/dp

3E

d

-710

-610

-510

-410

-310

-210

-110

1

10

210

310

4104AuAu Min. Bias x10

2AuAu 0-20% x10

AuAu 20-40% x10

p+p

Turbide et al. PRC69

図 5 仮想光子崩壊からの電子対測定で得られ

た光子の横運動量分布 [9]

5

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図 6 色々な測定を通じて算出された比粘性 [12]

図 7 色々な物質相に対する、比粘性の相転移

温度での振舞. 赤の六角形が実験データ

結果では初期条件を確定するに至っておらず、small-x(x ∼ pT /√s ∼ 10−2)における原子核中の1

系の初期条件の理解は、引き続き重要なトピックである。また、流体計算が適用できる以前、つま2

り局所熱平衡状態が形成される以前の時空発展は全く分かっていないのが現状である。流体計算モ3

デルによれば、QGP形成時間 (τ0)は 0.2 - 0.6 fm/cと考えられているが、多重ハードパートンの4

散乱で平衡状態に達するボトムアップ的なシナリオでは、この早期熱平衡化は説明がつかない。高5

エネルギー重イオン衝突における熱平衡化までの非平衡 QCDダイナミクスは未だ分かっていない6

のが現状である。7

衝突初期条件は原子核内のパートン分布によって決定される。深非弾性散乱実験で測定された8

陽子内のパートン分布関数によれば、高エネルギー散乱で重要となる small-x 領域においてはグ9

ルオン分布がクォーク分布を凌駕し、グルオンこそが主要な構成パートンである。より小さな x10

領域におけるグルオン分布は線形な発展方程式 (BFKL 方程式, g → gg) に従うが、グルオン数11

が膨大になるとグルオンの非線形効果により gg → g というグルオン同士の相互作用が重要にな12

り、この 2つの競合過程のバランスによりグルオンの飽和状態が実現する。(図 8参照) RHICに13

おける重陽子・金衝突でのハドロン生成に着目すると、中央 rapidityでは抑制はないものの、前方14

rapidity(x ∼ 10−3)では大きな抑制が測定されており、グルオン飽和による収量抑制と無矛盾であ15

る [14]。この効果は LHC エネルギー (x(LHC) ∼ x(RHIC) × 10−2) でより重要になると考えら16

れる為、グルオン飽和に関する研究、そして、衝突初期条件の解明は、LHCで非常に重要である。17

(図 9参照) また、衝突初期条件の理解こそが、熱平衡化ダイナミクスの理解への第一歩であるた18

め、グルオン飽和の研究は QGP物性研究と切り離せない重要な研究題目である。19

2010年 11月より、CERN-LHC加速器での鉛・鉛衝突実験が開始された。衝突エネルギーは核20

子あたり 2.76TeVと RHICの 14倍弱である。ALICE実験では、粒子多重度、荷電粒子の横運動21

6

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図 8 原子核内のパートン相図。縦軸は

Bjorken x、横軸は virtuallity

図 9 RHIC と LHC エネルギーにおけるハド

ロン生成過程でアクセスできる phase space。

横軸は rapidityで縦軸は横運動量。赤いエリア

がグルオン飽和領域

量分布と方位角依存性の中心衝突度依存性が測定され [15]、ATLAS/CMS実験では、ジェット対1

のエネルギー非対称度や高横運動量 J/ψ 収量の中心衝突依存性が測定された [16, 17]。早期結果2

を概観するに、グローバルな測定量 (粒子多重度の中心衝突依存性、方位角異方性の運動量依存性)3

に関しては RHICとほぼ同じような傾向を示しているが*5、ハード過程起源の高横運動量の収量抑4

制は RHICに比べ大きく、また、高横運動量 J/ψ の収量抑制は LHCで初めて測定された。LHC5

の早期結果は、RHICでの QGP生成の再確認とともに、今後の精密研究への足がかりとして非常6

に重要である。現在もデータ解析が進行中で、今後はさらなる実験結果を出していきたいと思って7

いる。8

2.2 QCD物質の相構造、相転移機構の解明9

極限状況下でのハドロン多体系に関する重要な研究テーマの一つが有限温度・有限密度における10

QCD相図の決定である。RHICや LHCで実現される高温度・低バリオン密度領域における QCD11

物質の静的性質は格子 QCD計算で検証可能であるが、高密度側では、例えば QCD臨界点の存在12

であっても、様々の有効模型によってその存在が予言されているものの、格子ゲージ理論による数13

値的検証は深刻な符号問題のために確定的段階に至っていない。様々な有効模型によれば、高密度14

QCD物質には、QCD臨界点 (線)、非一様混合相、非同時に起こる非閉じ込め相転移とカイラル15

相転移、di-quark 凝縮、di-quark 励起、Qurkynonic 相などという多様な相構造が示唆されてい16

る [2]。このように、有限密度における QCD物性や QCD物質の相構造の解明は、未知なる沃野17

の研究テーマであり、実験的研究結果がこれらの理解に重要な指標を与える。また、比粘性などの18

*5 この発見ですら自明な事ではない

7

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物性量が温度でなく、密度に対してどういう振る舞いを見せるのか、臨界点近傍での振舞を解明す1

ることは QCD多体系物性の理解の基本である。2

これらの系統的な実験研究には、高バリオン密度が達成可能な高・中間エネルギーでの重イ3

オン衝突 (重心系エネルギー : 1-50GeV/核子) が有効である。これまで RHIC-AGS 加速器や4

CERN-SPS 加速器を使い、核子あたりの重心系エネルギー 5-20GeVの重イオン実験が行われて5

きた (E802, E866, NA44, NA49 実験など) [4]。図 11 に QCD 相図と様々なエネルギー領域で6

のフリーズアウト時における (T , µ) をプロットしている。実験で明らかになった事は、(1)AGS7

エネルギーでバリオン密度が最大 (図 10 参照)、(2) ストレンジネスの増大、(3) 楕円的異方性の8

符号反転 (out-of-planeから in-planeへ放出粒子方位角の変化)(図 12)、(4)AGSエネルギー領域9

以上で化学フリーズアウト温度と運動学的フリーズアウト温度が異なる (図 13 参照)、などであ10

る [8, 18, 19, 20]。AGSや SPSのエネルギーでは、最大バリオン密度が達成され、かつハドロン11

の運動学的性質 (楕円フローや円形フロー)が大きく変化する領域であると言える。12

現在、QCD臨界点の探索、1次相転移に伴う混合相の探索などの QCD相図の解明と相転移機13

構の解明を目的として、CERN-SPSでは NA61(SHAINE)実験が 2009年より進行中である [21]。14

また、RHIC 加速器では、衝突エネルギーを低くする (核子辺りの重心系エネルギー 62.4GeV,15

39GeV, 11.5GeV, 7.7GeV)事により上記の物理研究を推進している。16

図 10 AGS/SPS/RHICにおける net proton

rapidity分布 [8]

図 11 粒子比と統計モデルで決定された、化

学凍結温度とバリオン化学ポテンシャルの相関

図 [18]

8

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図 12 方位角異方性の衝突エネルギー依存性 [19]

図 13 化学凍結温度 (赤)、運動学的凍結温度

(黒)の衝突エネルギー依存性 [20]

2.3 カイラル対称性の回復に関する研究1

QCD真空の構造解明とカイラル相転移時の構造変化の解明は長年に渡る QCD物理の重要な研2

究テーマである。必ずしも非閉じ込め相転移とカイラル相転移は同時に起こるとは限らないもの3

の、高エネルギー重イオン衝突はカイラル相転移、カイラル対称性回復の実験的研究に有効な手法4

である。5

カイラル対称性の (部分的)回復の検証を目的として、重イオン同士や陽子・重イオン衝突にお6

ける低質量ベクトル中間子崩壊のレプトン対測定を通じてベクトル中間子の性質変化を直接的に7

見る試みが行われてきた [22]。高核物質中での実験的研究として、陽子・原子核や光子・原子核8

を通じて、原子核内でベクトル中間子を作り、その核内崩壊を見る実験が核研 TAGX(γ + A)、9

ELSA-TAPS(γ +A)、KEK-E325(p+A)、Spring8-LEPS(γ +A)、JLab-CLAS(γ +A)で行わ10

れてきた*6。KEK-E325 は、ω/ρ より低質量側に優位な超過収量を測定し、ϕ 質量付近は、低い11

βγ 成分に対して低質量側に超過収量が測定された。結果は初田・Leeの予想するベクトル中間子12

の質量変化を無矛盾である。その一方で、JLAB-CLAS 実験はベクトル中間子の質量変化を棄却13

し、質量幅の変化を主張する実験結果が報告された。残念ながら、統一的な見解がないのが現実で14

あり、今後は高統計による測定、様々な運動学依存性、反応学依存性を通じた系統的な研究が必要15

である。16

高エネルギー重イオン衝突もカイラル対称性回復の研究に非常に強力な手法である。上の高核物17

質における研究は、密度スケールを変えて QCD真空をサーベイするのに対し、高エネルギー重イ18

オンは温度を変数とした、非閉じ込めという極限状況下での QCD 真空構造に対する知見を与え19

る。高エネルギー重イオン衝突を通じて、カイラル対称性のより完全に近い回復現象に迫り、QCD20

*6 原子核中におけるカイラル対称性の部分的回復研究は、ハドロン物理WG の主研究テーマの一つである。詳細はハドロンWGのレポートを参照されたい。

9

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真空構造やハドロン質量の発現機構を探求することが可能である。このように、高エネルギー重イ1

オン衝突は、陽子や光子と原子核を用いた研究に対して、相補的に留まらず一層重要な位置を占め2

ると考えられる。3

しかしながら、高エネルギー重イオン衝突において、カイラル対称性回復のシグナルを捉え4

るのは容易ではない。大きな粒子多重度や複雑な動的時空発展があるからである。例えば、ベ5

クトル中間子のレプトン対測定に対しても、ハドロン化に伴う中性子生成、ハドロン相中での6

π+π− → ρ→ l+l−、QGP中での qq̄ → l+l− がバックグランドになり、さらに実験的に測定する7

上では、無相関な combinatorial backgroundも存在する。8

この様な困難さはあるもの、これまで SPS加速器や RHIC加速器で精力的に低質量レプトン対9

の測定が行われてきた。SPS-CERES 実験では、重イオン同士衝突において電子対の低質量領域10

で大きな収量増大が測定されている [23](図 14、図 15参照)。また、同じく SPS-NA60実験では、11

インジウム同士衝突において同じく収量増大が観測されている [24]。RHICの PHENIX実験から12

も、低質量領域に通常のハドロン崩壊からでは記述できない異常収量を測定している [25](図 16参13

照)。CERESでの結果は、π+π− → ρ → e+e− の過程でかつ ρの巾が物質中で大きく広がってい14

るというシナリオと無矛盾であるが、質量変化に関しては、議論できる統計精度がないのが現状で15

ある。PHENIX実験で発見された異常収量は、1≤ pT の領域では、熱的光子からの内部変換によ16

る電子対であるとされている [9]。これより低運動量は、1≤ pT の熱的光子収量から外挿された電17

子対生成量よりも依然大きな収量があり、ρメソンの質量・巾の変化を考慮した様々なモデル計算18

で持っても超過収量を記述するに至っていない。19

図 14 CERES実験で測定された、様々な衝突系に対する電子対質量分布 [23]

10

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図 15 CERES実験で測定された、Pb+Au衝

突における電子対質量分布 [23] 図 16 RHIC-PHENIX 実験の Au+Au 衝突

における電子対質量分布 [25]

3 Future Program1

この章では、前章の現状を受けて、本WGが目指す方向性や具体的な取り組みをまとめる。2

3.1 QGP物性の精密研究3

RHIC での一連の実験結果より、QGP 物質の生成はほぼ確証されたと言えるであろう。今後4

は「発見」の場から「精密科学」へと位置づけを変え、その物性の精密解明こそが本研究の目指5

す方向性であると考えられる。他分野をお手本として、例えば、コンパクト星の質量観測から6

TOV 方程式による半径ー質量の制限と高密度核物質状態方程式の理解 [26] への繋がりや宇宙背7

景放射の観測から CMB-FAST/CAMBなどの解析ツールを用いて宇宙論パラメタを制限したよう8

に [27]、LHC/RHICエネルギーでの高エネルギー重イオン実験における様々な物理量を測定し、9

格子 QCDや相対論的流体計算などのツールを統合して、QGP物性の解明を目指す。10

QGP物性の精密解明を目的として、今後、我々は以下の研究内容を掲げる。11

1. RHIC-LHCエネルギーにおける QGP物性を特徴付ける物理諸量 (状態方程式、輸送係数、12

阻止能など)の導出、系の動的時空発展に伴う物性諸量の変化、相転移機構の解明13

• LHC-RHICエネルギーでの高エネルギー重イオン衝突実験の遂行。衝突初期に敏感な14

プローブ (ジェット・重クォーク→ パートン密度・阻止能 (フレーバ依存性)・輸送係15

11

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数、クォーコニア→温度・カラー遮蔽ポテンシャル・カラー遮蔽長)や系の時空発展に1

敏感なプローブ (熱的光子・熱的電子対→温度・時空発展)を用いた測定の遂行。2

• RHICのエネルギースキャンを通じた、QGP物性のエネルギー・温度依存性の研究3

• RHICと LHCエネルギーにおいて、時空発展の精密検証に直接的に有効となる光子・4

レプトン (対)・重クォーク (対)測定を目的とした検出器アップグレードの推進と新規5

実験の提案6

• マルチクォーク (特に生成量の大きな重クォーク)を含むエキゾチックハドロンの測定7

を通じた、QGP中での擬粒子の性質、クォークの閉じ込め機構の実験的検証8

2. QGPへの相転移機構の解明。特に、系の small-xにおけるグルオン飽和の研究、系の衝突9

初期状態の確定と熱平衡化へのダイナミクスの解明。そして、系の時空発展全体を記述する10

体系の確立11

• 高エネルギー重イオン衝突は極めて動的な過程であり、早期熱平行化機構の解明には、12

衝突初期条件の確定 (グルオン飽和) とその後の非平衡ダイナミクスの理解が重要で13

ある。系の初期条件の検証に向け、(重)陽子・重イオン衝突を遂行し、広 rapidity(広14

Bjorken x)に渡るハドロン・光子生成を検証する。現在の ALICE実験において上記を15

可能にすべく、前方方向電磁カロリメータを建設する。また、前方 rapidityや広 raidity16

での粒子相関測定を通じて、初期条件の研究と熱平衡化へのシナリオの解明を進める17

これらの実験結果を通じて、系全体の時空発展を追う枠組みも進展すると期待される。粘性流体18

計算の開発・改良や、衝突初期から平衡化までのダイナミクスと流体への接続・統合、実験状況に19

近い揺らぎの効果も入れた event-by-eventの計算など、QGP物性の精密検証の進展が期待される20

であろう。21

3.1.1 現在-10年の取り組み22

LHCでは、最初の 10年に、鉛・鉛衝突実験 (√sNN = 2.76, 5.5 TeV)や原子核効果の検証に陽23

子・鉛衝突実験 (√sNN = 8.8 TeV)、そして比較実験として軽い原子核を用いた衝突実験 (Ar+Ar)24

が予定されている。物理解析を行い、光子を用いた QGP の初期温度測定、ジェットや高横運動25

量ハドロン (中性 π 中間子)のエネルギー損失によるパートン密度や阻止能の測定、重クォークや26

クォーコニア測定による輸送係数や遮蔽長・クォーク間ポテンシャルの測定を通じた QGP物性の27

基礎的性質検証にあたる。28

この物理解析研究と並行して、本WGでは ALICE実験の検出器アップグレード計画を進める。29

現在進行中のジェット対測定用の電磁カロリメータ (DCAL)や前方方向細分型電磁カロリメータ30

(FOCAL)の開発・建設を進める。また、新規提案検出器としてハドロンカロリメータの可能性を31

精査したい。これらの背景は、32

• RHICよりも 10倍以上の大きな生成断面積を持つジェットは LHCでは QGP物性の主役33

とも言えるプローブである。また、その大きな生成量故に、RHICでは数 %の効果でしか34

なかった、高運動量パートンが失ったエネルギーと QGP の相互作用 (エネルギーの伝播、35

12

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更なる熱化)が LHCでは重要になると考えられる。DCALを建設し、ジェット対測定に対1

するアクセプタンスやジェットエネルギー分解能の向上を目指す2

• QGPの性質解明に欠かせないのが、衝突初期の解明と衝突後のダイナミクスの理解である。3

特に LHCではグルオン飽和が実現されていると考えられており、様々な Bjorken xで系統4

系に検証することが重要である。また、衝突直後の状態検証に有効な測定量の一つに生成粒5

子の rapidity長距離相関があげられる [28]。RHICでは、∆y ∼ 4程度まで大きな相関ある6

ことが報告されており、LHCエネルギーでも長距離相関の検証を進めたい。その為に、前7

方 rapidityで、中性 π中間子、直接光子、ジェットの測定が可能な細分化型電磁カロリメー8

タが必要である。我々のWGと ALICE実験では、2.5 ≤ y ≤ 4.5(FoCAL-I)を 5年後を目9

処に、4.5 ≤ y ≤ 6(FoCAL-II)を 10年に建設することを考えている。10

RHICで、今後 5-10年を目処に、金・金衝突 (√sNN = 200 GeV)に加え、エネルギースキャン11

が行われる予定である。PHENIX実験や STAR実験では現在も検出器アップグレード計画が進行12

中であり、より詳細な検証を目指している。特に、重クォーク崩壊からの単電子測定がこれまでに13

勢力的に行われてきたが、これまでの測定ではチャームとボトムの寄与を分離することが出来てい14

ない。PHENIX実験は重クォークの崩壊点測定用のシリコン検出器を 2010年に建設し、我々は、15

今後の 2-3年にチャームとボトムの独立測定による QGPの物性研究を目指す。特に、QGP中で16

の相互作用 (阻止能)や輸送係数といった物理量の質量スケール・フレーバ依存性を検証する。ま17

た、この物理解析と並行して、次世代 PHENIXアップグレード計画を推進したい。特に、クォー18

クと QGPとの結合についての研究、高エネルギーパートンとの相互作用機構については、クォー19

ク・グルオンジェット、ダイジェット、重クォークジェット、直接光子とジェットの同時生成過程20

についての精密測定が重要である。LHCではグルオンジェットが支配的なのに対し、RHICでは21

クォークジェットが支配的であり、RHICにおけるジェット測定は引き続き重要であろう。また、22

もう一つ鍵となる重要な測定が、クォーコニウム生成である。様々な衝突エネルギーで J/ψ, ψ′,23

Υ生成とその運動量依存性を高精度で測定し、強結合中でのカラー遮蔽長が決定できる。また、系24

の時空発展に対して透過的なプローブでる光子・レプトンの精密測定も重要である。熱的光子の25

方位角異方性や熱的電子対の測定 (質量、方位角異方性、横運動量分布の同時測定)は時空発展の26

スライスに敏感である。このWGでは、上記の測定を目指し、次世代 PHENIX実験 (sPHENIX27

実験)を策定し、電子・光子の識別能力やアクセプタンス拡張を目的とした検出器、また、ジェッ28

トの精密測定に向けた、広範囲な電磁カロリメータやハドロンカロリメータの R&Dを進めたい。29

一案として、PHENIX実験のセントラルマグネットを CDF実験で使用されているコンパクトな30

ソレノイド磁場に交換し、この時までに建設を終えている最内層のシリコン Vertex検出器や前方31

rapidityを覆うシリコン Vertex検出器と合わせて、新たに |η| ≤ 1と全方位角を覆う、複数層の32

シリコン飛跡検出器、preshower検出器、電磁カロリメータとハドロンカロリメータを建設するこ33

とを考えている。大きなアクセプタンス、高性能検出器とトリガーシステム、データ収集システム34

のアップグレードを通じて、現在のデータ量の 10倍以上のデータ取得が可能となる見込みである。35

13

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3.1.2 10-20年の取り組み1

LHCの早期結果を受けて、10年後に掲げる研究内容は以下の通りである。2

• ∆y ≥ 6に渡る長距離 2粒子相関の測定と早期熱平衡化の解明3

これは FOCAL-Iと FoCAL-IIを用いて可能な研究題目である。陽子・鉛衝突や鉛・鉛衝突4

において、2粒子間の長距離相関を比較測定し、相関粒子の運動学依存性を研究する。5

• これまでの 10 年の成果を精査し、次世代 ALICE 実験に向けた検出器 R&D を推進する。6

特に現在の ALICE実験では十分な精度で測定することが出来ないであろう、低・中間質量7

レプトン対 (低質量ベクトル中間子、熱的電子対、仮想光子からの崩壊電子対)や低エネル8

ギー光子測定を目指して、高輝度性やトリガー能力に優れた次世代 ALICE実験検出器群の9

開発・建設を進めたい10

その一方で、相補的に RHICエネルギーでの sPHENIX実験を遂行していく。透過的なプロー11

ブによる時間スライスな物性研究を進め、RHICで達成できる温度領域 (Tc − 2Tc)における熱力12

学量の算出とその温度依存性や、ジェットを用いたエネルギー損失のフレーバー依存性、そして阻13

止能といった物性量のフレーバー依存性を探る。また、エネルギースキャンに対しては、electron14

coolingによるルミノシティの向上を推進し、上記の稀少事象を様々な衝突エネルギーのもとで検15

証する。20年をかけ、RHICエネルギーにおける QGP物性実験を終了させる。16

3.1.3 20年以降の取り組み17

これまでの計画により、系の初期条件、熱平衡化への理解が進み、高エネルギー重イオンにお18

ける時空発展のシナリオの完成も格段に進むものと思われる。QGP 物性の総括として、強結合19

QGPの由来に関する実験的研究を展開したい。衝突後の時空発展のタイムスライスを観測し、物20

性量の熱力学変数依存性を詳細に検討したい。この為に、系にとって透過的な光子・レプトン対、21

特に熱的光子・熱的レプトン対を様々な次元 (運動量、質量、衝突反応面からの異方性)で測定を22

目指す次世代 ALICE実験を建設し、実験遂行にあたりたい。また、LHCで進められるルミノシ23

ティアップグレード、エネルギーアプグレード (陽子・陽子で 30TeV)を重イオン衝突でも推進し、24

異なる衝突エネルギーで系統的な測定を行いたい。25

3.2 QCD物質の相構造、相転移機構の解明26

高温度・低密度側で見られる (であろう) クロスオーバー相転移や高密度側で見られる (であろ27

う) 臨界点 (線)、非一様相や超高密度相の探索を通じた QCD 相図の解明は QCD 物性研究の基28

本的な研究テーマである。これらの相境界の位置や相変化における力学量の正確な振舞は、格子29

QCD計算が適用可能な低密度領域を除いて、未だ厳密には理解されていない。従って、この研究30

の推進には、幅広い衝突エネルギーの基で、高エネルギー重イオン衝突を遂行することが重要な31

指標を与える。この研究遂行に強力な研究施設が、RHIC加速器 (BNL)、NICA加速器 (JINR)、32

14

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FAIR加速器 (GSI)、J-PARCである。各々がカバーできる衝突エネルギーとフリーズアウト時の1

(T ,ρ)をプロットしたのが図 17である [29]。このうち、RHICと NICAは衝突型加速器で、FAIR2

と J-PARCは固定標的型加速器である。

図 17 様々な衝突エネルギーにおけるフリーズアウト時の温度と net バリオン密度の相関図。

RHIC, NICA, FAIR, J-PARCがカバーできる衝突領域も示している [29]

3

このWGでは、RHICのエネルギースキャン、NICA、FAIR(SIS100/300)や J-PARCでの重4

イオン衝突実験を通じて、本研究の遂行にあたる予定である*7。5

RHIC では√sNN = 200 GeV の金・金衝突を継続する一方で、衝突エネルギーのスキャン6

(√sNN = 7.7, 18, 27, 39 GeV) が今後 5 年間を中心に行われる予定である。RHIC の低エネル7

ギー衝突はルミノシティが低いものの、QCD 臨界点の検証に最適な”揺らぎ”(粒子多重度、バ8

リオン数比、平均横運動量 (横エネルギー)、粒子密度相関長など)の測定が可能である。その一方9

で、π/K/pの横運動量分布の測定による QGPやハドロン物質の熱力学性質や、方位角異方性の10

測定による比粘性といった物性の解明も不可欠である。しかしながら、低いルミノシティの為に、11

測定量がグローバルな観測量に制限され、光子・レプトン対やハードな過程を通じた検証は難し12

く、これらの測定には、RHICのルミノシティの向上が不可欠である。現在、RHICでは、electron13

coolingシステムによるルミノシティ向上への取り組みが進んでいる。レプトン対の測定は高密度14

状態におけるカイラル凝縮やダイクォーク凝縮の検証に有益であると考えられるため、RHICのル15

ミノシティ向上を推進し、レプトン対測定に大きなアクセプタンスを持つ次世代 PHENIX実験検16

出器の建設を進めたい。17

*7 本レポートでは実験研究の方向性に関する順位付けは考えない。今後に綿密な策定の基に決定していきたい。

15

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FAIR の SIS100/300 では重イオンを核子あたり 15GeV/45GeV まで加速可能である。現在は1

SIS100を使って、2018-2019年の加速開始を目指しており、FAIRでの実験研究を進める一方で、2

その後約 20 年をかけて SIS300 への建設資金調達ならびにアップグレード建設を目指していき3

たい。4

J-PARCでは、30(50)GeVの 1次陽子ビームを得られる事から、重イオンビームを J-PARCの5

メインリングに入射する事が出来れば、核子あたり 12(20)GeV のビームエネルギーが得られる。6

この領域での重イオン衝突では、通常原子核密度の 5-10倍の密度が達成できると考えられ、バリ7

オン密度が最も大きくなる事が過去の実験からも分かっている [30]。8

これらのエネルギー領域はまさに SPSや AGSのエネルギーであり、これまでの先行研究と異な9

る、物理的にも新たな視点が必要である。従来の AGSでの実験結果は、低い運動量のハドロン測10

定が主であり、稀少・透過プローブを使った実験は存在しない。しかし、その後の SPSでの実験な11

どによって、レプトン測定を中心とする稀少プローブの重要性が明らかとなった。従って、FAIR12

や J-PARCの高いルミノシティを活かして、SPSや AGSで出来なかった希少・透過プローブの測13

定を進めたい。これらの測定が可能となれば、これまでのハドロン測定の結果を踏まえた上で、当14

時は存在すら知られていなかった新しい物質相や相構造の研究 (臨界点、非一様混合相、di-quark15

励起、カラー超伝導相など)に実験的な筋道を与える可能性がある。16

SIS100 のエネルギーは J-PARC のエネルギーとほぼ同じであり、実際の参画には工夫が必要17

である。SIS100 での 30GeV 陽子強度 1013 proton/sec と比較すると、J-PARC では 50GeV の18

陽子の強度として一桁大きい 1014 proton/sec を目指しており、重イオンのビーム強度に関して19

言えば FAIRよりも J-PARCの方が優位であることが予想される。今後、J-PARCにおける重イ20

オン加速を視野に入れた長期総合研究計画の策定を行っていき、研究参画を考えていきたい [31]。21

また、現在、ロシアの JINR(Joint Institute for Nuclear Research) 研究所で核子あたりの衝突22

重心系エネルギー 2-11GeV の重イオン衝突実験が計画されている [32]。現存する Nucltron 重23

イオン加速器を拡張してコライダー型の NICA 加速器を作り、2016 年くらいから MPD 実験24

(Multi-Purpose-Detector)が開始される予定である。こちらへの参画も今後検討を重ねて行く。25

3.2.1 現在-10年の取り組み26

RHICでは今後 5年程度で行われるエネルギースキャン (√sNN = 7.7, 18, 27, 39 GeV)に尽力27

し、Globalな観測量 (ハドロンの横運動量分布、方位角異方性、粒子多重度と rapidity相関、揺28

らぎの測定)を通じて、臨界点や非一様混合相に関する研究を行う。その一方で、RHICが高密度29

QCD 相探索の中心的施設となるように、電子 cooling 技術を用いたルミノシティ向上を推進し、30

sPHENIX実験での実験遂行、特に稀少・透過的プローブを用いた新しい QCD相探索実験に向け31

た検出器 R&Dを進め、検出器の建設を進める。32

FAIR加速器を用いた本研究に直結する実験として CBM実験があげられる [33]。予算状況から33

CBM実験の検出器建設は段階に分けて進める事が決まっている。現在は HADES実験で使用され34

た検出器をベースに CBM 実験の一部を建設している段階である。HADES 検出器群はリングイ35

メージングチェレンコフ検出器 (RICH)と電磁カロリメータ (EMCAL)をメインとした電子・陽36

16

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電子対測定を目指す検出器群である。提案されている EMCALはタングステンとシンチレーター1

の板を交互に挟んだサンプリング型カロリメータである。このデザインでは銅・銅衝突下での粒子2

多重度では動作するが、金・金衝突下での環境下で動作できるほどの 2粒子分解能を持ち合わせて3

いない。我々のWGが持つ PHENIX実験や ALICE実験におけるカロリメータ開発の叡智・経験4

を生かし、PWO結晶やさらに高性能の結晶を使った電磁カロリメータの開発を進めたい。また、5

高ルミノシティ下で、高多重度中の稀事象を探すために、事象選択のトリガーロジック・回路の開6

発や、速い読み出し系の開発を進める。7

重イオンを J-PARCで加速・利用するためには、イオン源や速い繰り返しの 3GeVシンクロト8

ロン (RCS)の代わりとなるインジェクター (例えば FFAG)が必要である。また、重イオンビーム9

に対する要求としては、重イオンの核種とエネルギーを柔軟にかえられること (QCD相のマッピ10

ング)、大強度であること (稀少プローブへのアクセス)、衝突技術のブレークスルー (例えば 3方向11

原子核衝突の実現可能性など)などが挙げられる。2020年の重イオン衝突実験開始を目指し、重イ12

オン加速に向けた加速器設備の考案を進め、J-PARCでの重イオン物理の更なる検討や実験立案、13

検出器 R&Dを最初の 5-10年程度で進め、その後に検出器建設などの実験準備を進める。実験立14

案には、RHICでの先攻研究成果を精査し、FAIRの動向に注視しながら進めていく。実験セット15

アップとしては、飛跡検出器としてのドリフトチェンバー、レプトン対測定の為の RICHや電磁カ16

ロリメータ、荷電粒子測定の為の 10ps TOF、イベント事象選別の各種カウンター (T0, ZDC, 衝17

突反応面検出器)、ミューオンカウンターを考えている。18

3.2.2 10-20年の取り組み19

電子 cooling によるルミノシティの向上を受け、RHIC のエネルギースキャンを推進し、20

sPHENIX実験で、稀少・透過的プローブを用いた高密度 QCD相解明の検証を継続する。21

FAIR では、検出器開発や建設が一段落し、SIS100 での実験遂行やデータ解析・学術論文作成22

にあたる。また、SIS300に向けた検出器アップグレード計画を推進する。検出器をより高いエネ23

ルギーでより高い多重度下での測定に対応できるように高速化ならびに高輝度下を目指しアップグ24

レーを行っていく。25

前の 10年を目処に J-PARCでの重イオン加速を実現させ、今後 10年で物理実験を行い、デー26

タ取得と物理結果の算出に尽力する。衝突核子系を変えたり、p+Aのコントロール実験を遂行し27

たり、衝突エネルギーを変える事で、系統的な物理実験を実現させ、最高バリオン密度近くでの研28

究を遂行する。29

3.2.3 20年以降の取り組み30

SIS300 に向けた検出器建設と実験準備を経て、SIS300 での重イオン衝突実験を行う。さらに31

J-PARCでの系統的な重イオン実験を継続する。SIS300と J-PARCでの早期結果を精査し、高密32

度 QCD相のマッピング完成 (臨界点、閉じ込め相転移線、カイラル相転移線など)に向けて、加33

速器の高輝度化、加速エネルギーの広範囲化を目指し、それに追従する実験アップグレードを策定34

し、実験遂行にあたる。今後 5-10年後程度の実験結果が本研究の指針を与えるものと考える。35

17

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3.3 カイラル対称性の回復に関する研究1

高温度側では、非閉じ込め状態への相転移とほぼ同時にカイラル対称性が回復すると考えられて2

いる。従って、RHICや LHCでの高エネルギー重イオン衝突で実現される QGPは、カイラル対3

称性が回復した世界として、QCD真空の本質を研究する上で非常にユニークな場となりえる。要4

検討事項は、高エネルギー重イオン衝突という高粒子多重度中で、カイラル対称性の回復の証拠を5

つかみ、クォーク対凝縮の情報を得る為に、何を測定するがベストなのか、という事である。低質6

量ベクトル中間子 (ρ、ω、ϕ)の電子対測定は、質量・巾の変化とその運動学依存性の議論に最適で7

あるが、現行の RHIC・LHC での実験では、粒子多重度と中性 π 中間子の Dalitz 崩壊や外部変8

換からの電子対が大きなバックグランドとなっており、精密な検証段階に至っていない。従って、9

バックグランドの改善に向けた既存実験の検出器増強計画や、新規実験計画の策定を進める必要が10

ある。例えば、概念的には、PHENIX実験にインストールされた CsIフォトカソードと GEMで11

構成されたチェレンコフ検出器 (Hadron Blind Detector, HBD)を Dalitz起源の電子対同定に使12

用したり、NA60実験のようにミューオン対測定を積極的に進める事が挙げられる。また、低質量13

領域のレプトン対測定に関して、特に RHIC/CERESでは低質量領域の電子対に既存のハドロン14

崩壊成分以上の超過収量を測定してきたが、ここから低質量ベクトル中間子の質量・幅の変化を引15

き出すには、QGPやハドロンガスからの熱的電子対 (π+π− → ρ → l+l−、qq̄ → l+l−)の寄与を16

正確に押さえる必要があり、その検証には、高エネルギー重イオンの時空発展の理解が必須である。17

その一方で、系統的な検証という意味では、別なプローブを用いる事も非常に重要である。η、η′18

中間子の質量変化や σ 中間子の質量変化などにも着目したい。19

高密度領域では必ずしも非閉じ込め相転移とカイラル相転移が同時に起こるとは限らない事が20

示唆されているものの、CERES や HADES でのレプトン対測定の先行研究より、高密度側での21

QCD多体系の性質に関するヒントが得られつつある。FAIRや J-PARCエネルギー領域での高エ22

ネルギー重イオン衝突で達成される高バリオン密度領域で、低質量ベクトル中間子、擬スカラー中23

間子や σ を様々な崩壊モードで系統的に測定することが最重要であると考える。24

また、p+A衝突を用いた通常原子核密度におけるカイラル対称性の部分的回復研究も同様に重25

要である。ハドロンWGの主トピックの一つであるが、本WGにおいても p+A実験を通じた本26

研究遂行を考えていく予定である。27

3.3.1 現在-10年の取り組み28

RHIC-PHENIX実験では、2007-2010年に HBD検出器を使った低質量レプトン対測定に特化29

した実験を行ってきた。現在はデータ解析が進行しており、今後数年で結果が出てくると期待され30

ている。金・金衝突における HBD検出器の性能は高粒子多重度下におけるレプトン対測定の重要31

な指針を与える為、今後数年は現在の取得データの解析を行いたい。LHC-ALICE での低質量レ32

プトン対測定の解析を行う。33

FAIR実験で金・金衝突における低質量レプトン対や様々な崩壊モードで低質量ベクトル中間子34

18

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を測定する事を目指して、高粒子多重度中でも十分な性能を持つカロリメータや RICHの開発を1

行う。2

J-PARC におけるレプトン対測定を目指した検出器 R&D を行う。RICH やカロリメータ開発3

を進め、またミューオン測定の為のスペクトロメータ開発を行う。4

3.3.2 10-20年の取り組み5

FAIRや J-PARCに向けた検出器を建設し、FAIRや J-PARCでの実験を遂行する。p+A衝突6

や核種変更を通じて、低質量レプトン対や低質量ベクトル中間子の系統的な測定を行う。また、η′7

や σ 測定に向けた実験案や検出器群の策定を進めたい。特に低レネルギー側でいい分解能を持つ8

カロリメータ開発や光子の外部変換電子を効率よく検出するスペクトロメータを開発する。9

また、5-10年程度を目処に、LHC-ALICE実験でのレプトン対測定結果を精査し、次への戦略10

を練る。LHCの高エネルギーでは大きな粒子多重度によって優位な測定が難しい。これを克服す11

べく、精度のよいレプトン対・低質量ベクトル中間子測定を目指した次世代 ALICE実験の検出器12

群を考案し R&Dを進める。13

3.3.3 20年以降の取り組み14

J-PARCや FAIR-SIS300での実験の遂行。高バリオン密度中でのレプトン対、σ などの系統的15

測定を通じた高密度中でのカイラル対称性回復の実験研究を行う。同時に、次世代 ALICE 実験16

(高温度側)でのカイラル対称性回復に関する実験的研究を行う。17

4 Outlook (Facility, Detectors, Resources)18

上記の研究計画プランでも書かれたが、研究遂行に関係する Facilityや検出器のアップグレード19

計画に関する取り組みを纏める。20

4.1 Facility and Detectors21

4.1.1 LHC加速器と LHC-ALICE実験22

今後 10-20年は、1-2年間のシャットダウンが数回はあるものの、重心系エネルギー 5.5TeV/A23

の重イオン衝突ランが期待される。現在の予定では、LHCのオペレーション中の1カ月が重イオ24

ンランに充てられている。今後 10-20年で、鉛・鉛衝突のみならず、陽子・鉛衝突や軽い系の Ar・25

Ar衝突を系統的に進めて行く予定である。20年後には LHCのルミノシティ増強計画が、30年後26

を目途にエネルギー増強計画が LHCでは立案されている。現在、LHC-ALICE実験検出器増強計27

画として、我々はジェット対測定用の電磁カロリメータやグルオン飽和研究を目指した前方ラピ28

ディティ用の飛跡検出型シリコン・タングステンカロリメータの開発を進めている。我々のWG29

では今後 10年間程度は現行の ALICE実験を推進し、5年後くらいを目途に早期実験結果を精査30

し、それを基にした次世代 ALICE実験の建設・実験遂行を推進したい。特に、レプトン・フォト1

19

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ン測定に特化した検出器建設を進め、高ルミノシティに対応できる検出器群・読み出しシステムの2

開発を進めたい。3

4.1.2 RHIC加速器と RHIC-PHENIX実験4

RHICではルミノシティアップグレード計画が進行中である。特に、AGSでの electron cooling5

手法により低エネルギー領域のルミノシティ向上が進められている。QCD相図の解明には必須な6

アップグレード計画である。また、ルミノシティの向上に伴い、稀事象を大きなアクセプタンスで7

効率的に捉えるべく、次世代 PHENIX実験の計画立案を進める。このWGではレプトン・フォト8

ン・ハドロン粒子同定の強化を目指した検出器の建設を次世代 PHENIX実験で進めて行く予定で9

あり、5年度を目処に検出器 R&Dを終え、その後は建設へと進んでいく。10

4.1.3 FAIR加速器11

HADES や CBM 実験の遂行、特に金・金衝突時の高粒子多重度で動作する細分型電磁カロリ12

メータや電子同定用のチェレンコフ検出器の開発を進める。多重度中で稀事象のイベントを取得13

し、高レートで取得できるような読み出し・トリガー開発も必須である。まだ予算の目途が立って14

いないもの FAIRの SIS100から SIS300への加速器増強計画を推進したい。15

4.1.4 J-PARC加速器16

J-PARCにおける重イオン衝突は、最高バリオン密度近くの高密度 QCD物質の研究に有益であ17

る。固定標的であるが、衝突型加速器である RHIC・NICAより、大きなルミノシティが期待でき、18

かつ衝突エネルギーで言えば、FAIRと相補的な研究が可能である。J-PARCの現在の長期計画の19

一つに重イオン加速が考えられており、10年程度のタイムラインで加速器施設の準備が進められ20

ると考えられる。この推進には、もちろん、我々のWGを始めとするコミュニティからの強力な21

指針があってこそである。重イオン加速に向けて、イオン源やMRへのインジェクター (FFAGな22

どが候補)を整備する必要がある。このあたりの可能性は加速器側と綿密に議論をしていきたい。23

高ルミノシティを生かして、同じエネルギーでの実験で測られていない、稀少・透過プローブを24

用いた実験案を策定する。レプトン対測定用検出器や様々な事象分別 (中心衝突度、衝突反応面な25

ど)可能な検出器を兼ね備えた実験を考案する予定である。26

4.2 Resources27

4.2.1 資金、人的資源28

これまでの研究計画を遂行するにあたり、必要となるであろう資金・マンパワーを下に示す。コ29

ミュニティの現状を踏まえ、この資金とマンパワーを得る事は非常に難しいと言える。研究組織の30

拡充化を目指す一方で、現在の資源をどのように生かすべきか、研究題目の順位付けなどを通じ31

て、今後の研究展開に関する具体的な指針を策定していく予定である。32

20

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図 18 研究遂行に必要な資金 (左)とマンパワー (右)

4.2.2 新しい研究組織の確立1

RHICにおける QGP生成の確証を受け、LHCの稼働とともに、今後は LHC-RHICという広2

いエネルギー範囲に渡る QGP物性が花開くものと期待される。その一方で、RHICのエネルギー3

スキャンや 10年後弱で開始する FAIR、重イオン加速器として大きな可能性を持つ J-PARC、で4

の中間エネルギーから高エネルギーに渡る重イオン衝突は、高密度 QCD物質の実験的研究に新展5

開を齎すものと期待される。6

高エネルギー重イオン衝突を通じた QCDの物性研究の発展には、状態方程式などの静的な性質7

を与える格子 QCD計算や、グルオン飽和という small-xにおける核子構造や熱平衡化過程の記述8

に必要な非平衡 QCD、それらをインプットにした相対論的 (粘性)流体計算など様々な理論体系が9

必要である。実験の進展と並行して、流体模型の開発・改良、粘性流体計算の進展、計算機技術の10

急速な進歩に伴う格子 QCD計算の進展は目覚ましく、これまで以上に密なる連携は QGPの物性11

研究に必要不可欠である。12

また、得られた QCD物性を、強結合多体系の物理という括りで、包括的に見ていくことも非常13

に有意義である。半導体中の高密度電子正孔系に見られる強相関や相構造、完全流体として振る舞14

う極低温強結合 Fermi ガスは、物性、原子物理分野にとって非常に興味深い [34]。また、弦理論・15

重力理論の枠組みで強結合状態を記述する AdS/CFT 対応も強結合 QCD物性を記述するツール16

として有効性が高まっている [35]。17

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掲げる物理で繋がる大規模研究組織の確立はコミュニティの活性化に強力である。原子核コミュ18

ニティのみならず、素粒子・物性も含む、掲げる物理 (強結合物性系、初期宇宙、高密度天体)や最1

先端検出器開発で繋がる新しくかつ融合的な研究コミュニティの立ち上げをこのWGから実現し2

たいと考えている。他のWGとの協調もコミュニティの活性化に重要である。クォークの閉じ込3

め機構の解明というテーマに沿えば、本WGはハドロンWGと手法が異なるだけである。高エネ4

ルギー重イオンは、J-PARCや既存のハドロン実験施設よりも大きな衝突エネルギー故、稀事象に5

対する生成断面積が大きく、かつ大きな粒子多重度により、エキゾチックハドロンの研究、閉じ込6

め機構の研究に大きな可能性を持つ [36]。また、RHIC-STAR実験が 3ΛH や

3Λ̄H̄ の検出に成功し7

たように、高エネルギー重イオンが strangeness核物理の研究に高いポテンシャルを持つ事が示さ8

れつつある [37]。このように、他分野との積極的な融合も本研究の将来展開に有用だと思われる。9

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Collaboration), Phys. Lett. B 696 (2011) 30-39; K. Aamodt et al. (ALICE Collaboration),33

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