神経細胞って何? 1

神経細胞って何? - Nikkan...Neher (ネーアー、1944 )と Sakmann (サックマン、1942 )です。 また、膜タンパクとしてのイオンチャネル分子のア

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  • 神経細胞って何?第1章

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    神経細胞(ニューロン)は、外界からのいろいろな

    情報を生体信号として体中に伝え、処理して、行動を

    制御する細胞です。ヒトを含め動物が生きていくうえ

    で必要不可欠な働きをしています。

     

    例えば、自分に向かって飛んできたボールを避ける

    場合。ボールの接近を音で感じ、次に目で視覚的に捕

    えます。その時、視覚センサーである視細胞(④項)

    により、光の情報が電気信号に変換されます。この電

    気信号が脳へと伝達された後、今度は脳から筋肉を支

    配する神経に電気信号が送られ、筋肉を動かして、ボ

    ールから離れるように体が動きます。このような一連

    の動作も、体中に張り巡らされた神経細胞の働きなく

    しては、成り立ちません。

     

    また、いい香りを感じる場合、香りの元となるのは

    化学物質ですが、化学物質がそのまま脳へと運ばれる

    のではありません。鼻の中にあって嗅覚にかかわる神

    経細胞で、化学物質が持つ情報が生体電気信号へと変

    換されます。その電気信号が神経を通じて脳へと伝達

    され、匂いを知覚するのです。

     

    これらで使われる電気信号は、電気回路を通るもの

    とは少し異なりますが、体の中では視覚でも嗅覚でも

    同じ電気信号を利用します。

     

    私たちの身の回りの製品には、このような視覚や嗅

    覚の機構を利用した製品がたくさん存在しています。

    神経細胞の理解を深めて、外界の情報の感じ方や応答

    ・対応の仕方などの機構を知ることで、より良い商品

    開発ができるといっても過言ではないでしょう。

     

    例えば自動車の操作や、マシンの作業速度を設定す

    る際などは、情報の受取りや神経伝導の速度、遅延時

    間(⑦項)などの知識が重要になるでしょう。

    神経細胞が私たちの体を制御している

    1

  • 神経細胞って何?第1章

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    一口メモ

    中枢神経とは、その名の通り神経が多数集まって「中枢」として機能している部分を指します。具体的には、脳・脊髄(脊椎動物)です。一方で、末梢神経は、全身に散らばって分布している、中枢神経以外の神経を指します。���

    目(視覚)

    肝臓

    膀胱 脊髄

    筋肉

    心臓

    舌(味覚)

     

    映像関係、広告、IT業界などでは視覚の仕組みや

    特性を知ることが必要となります。視覚の働きでは、

    よく見える、きれいに見える、また、無意識のうちに

    注目してしまうなどの特徴があります。

     

    食品、飲料、化粧品、香料の関連では、当然、味覚

    や嗅覚の仕組みを理解することが重要です。例えば、

    アイソトニック飲料の成分は、神経細胞の信号伝達に

    必要なものですが、単に体に必要な因子を水に溶かし

    ただけのものは飲めたものではありません。

     

    音楽、警報、注意音などが必要とされる場合は、聴

    覚に関する知識が必須となります。

     

    危険察知をする場合と、温度、肌に塗布する刺激性

    の化学物質を取り扱う場合には、温感や接触感覚、痛

    中枢神経と末梢神経

  • 4

    と、膵すい臓ぞうから糖分調節のためのインシュリンが分泌さ

    れ、体中のいろいろな細胞が血糖値を下げるように働

    きます。また、女性の月経周期を調節しているのも、

    脳のう下か垂すい体たいから血液中に分泌されるホルモンによるもの

    で、この場合も液性情報が重要な働きを行っています。

    ただ、本書では液性調節についてはこれ以上触れず、

    主に神経系に焦点を置くことにします。

     

    なお、本書で使用する用語は、以下の通りに区別し

    ています。

     「生体信号」=電気だけでなく化学信号も含んだも

    の 「電気信号」=生体だけでなく電線を通る電気も含

    んだもの

     「生体電気信号」=生体に流れる電気で、外部から

    の物理・化学情報を信号化したもの

     「神経」=広い意味で神経細胞も線維も含む

     「神経細胞」=数多くある細胞の1種で、生体電気

    信号を伝える働きをもつもの

    覚などの体性感覚の知識が必要です。反対に、刺激の

    ない製品を作るためには刺激を起こさないもの、抑制

    性のもの、阻害剤などを利用すればよいことになりま

    す。そのような場合、具体例としては、刺激の少ない

    化粧品や衣類などの体に接触する材質、穏やかな光空

    間やリラックスできる背景音、心地よい香りの空間、

    などがあります。

     

    また、古代エジプトや中世ヨーロッパで活躍した香

    りの演出の目的は、よい香りの演出をする以上に、嫌

    な匂いを消す目的で利用されていました。 

     

    神経は体のあらゆる組織に投射しています。ここで

    いう投射とは、情報を受け取り(求心性)、作用する(遠

    心性)ことを示し、いずれも神経細胞の機能によって

    行われています。

     

    ところで、神経と同様にヒトの組織間の情報伝達を

    するものに液性情報があります。液性情報は、血流を

    流れるホルモンを介して体の働きを調節するもので、

    神経の中では自律神経系(後述)の働きによく似てい

    ます。

     

    例えば、ご飯を食べて血液中の糖分濃度が上昇する

  • 神経細胞って何?第1章

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    そもそも「神経細胞」はどうやってその存在が知ら

    れたのでしょうか。

     

    神経細胞については19世紀後半、神経解剖学者であ

    るイタリアのG

    olgi

    (ゴルジ、1843─1926)が、

    神経は網状に体内で連続的に繋がっているという「網

    状説」を唱えたのに対して、スペインのC

    ajal

    (カハ

    ール、1852─1934)が神経はニューロンとい

    う単位ごとに、シナプスによって連絡し合っていると

    いう「ニューロン説」を唱え、大論争となりました。

     

    その後、電子顕微鏡による形態観察で神経細胞間に

    シナプス間隙が見られたことや、Loew

    i

    (レーヴィ、

    1873─1961)によってシナプス間隙で伝達物

    質の放出が生理学的な実験で見られたことで、カハー

    ルのニューロン説が正しいことが証明され、現在の神

    経科学の礎になっています(ゴルジとカハールは19

    06年に、レーヴィは1936年にそれぞれノーベル

    生理学・医学賞を受賞しています)。

     

    一方、神経における電気信号の伝わり方に関する研

    究では日本人が非常に大きな発見をしています。電線

    を通る電気は距離に対して減衰するために、当初は当

    たり前のように、神経研究の世界的情勢では、神経の

    信号は長い線維を通っていく間に減衰すると考えられ

    ていました。しかし、1912年に、加藤元一(18

    90─1979)が世界で初めて神経を通る信号が不

    減衰的に伝導することを発見したのです。

     

    その後、H

    odgkin

    (ホジキン、1910─1994)

    とHuxley

    (ハックスレー、1917─2012)が、

    そのような不減衰の神経興奮と伝導のイオン機構をNa+

    チャネルとK+チャネルの働きから説明しました。個々

    のイオンチャネルは開いたり閉じたりしていますが、

    神経の伝わり方を発見したのは日本人

    ─生体電気信号の伝達─

    2

  • 6

    神経細胞1個が機能単位で

    シナプスで連絡しあっている

    神経細胞は

    切れ目なくつながっている

    ニューロン説(カハール)VS網状説(ゴルジ)

    19世紀後半

    そのことを実験的に予測したのはK

    atz

    (カッツ)と

    Miledi

    (ミレディ)によるノイズ解析がさきがけです

    (㊱項)。その後、実際に1分子のイオンチャネルの動

    きを記録したのはN

    eher

    (ネーアー、1944─)と

    Sakmann

    (サックマン、1942─)です。

     

    また、膜タンパクとしてのイオンチャネル分子のア

    ミノ酸配列が明らかとなり、チャネルの各部分がどの

    ような働きをしているかについても知見が深まりつつ

    あります。現在では、産業的にも利用できる可能性と

    して、小さな電気発生器あるいは分子機械として注目

    されています。神経系で利用される電気素子の実態は

    タンパク質ですが、目的に応じてさまざまな特性のも

    のが用意されていて、各々の細胞は必要なタンパク質

    を必要な量だけ膜上に発現させて機能を達成していま

    す。それぞれの素子の電気的特性は極めて複雑で、現

    在の電気素子でもまねのできないものが多くありま

    す。そのような特性は、将来電気機器に組み込まれて

    新たなデバイスを作り出すことにつながるかもしれま

    せん。また、生体分子そのものを利用して新たな機能

    を持つ製品が出来上がる可能性も広がっています。

    神経研究のはじまり

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    神経細胞って何?第1章

     

    神経細胞は、核を持つ「細胞体」、他の神経細胞か

    ら入力を受ける「樹状突起」、信号を伝える「軸索」、

    他の細胞に出力する「神経終末」部分に分けられます。

    さらに、情報を入力したり、出力したりする部位を「シ

    ナプス(㊱項)」と言います。

     

    細胞体にある核は、さまざまなタンパク質を合成し

    たり、代謝を制御しています。細胞体の大きさは、ヒ

    トの神経細胞で直径数

    ~十数

    ですが、同じヒトで

    も細胞が異なると細胞体の大きさも異なり、同じ細胞

    でも生物が異なると大きさが異なります。

     

    樹状突起と軸索は、細胞体から伸びています。樹状

    突起は他の神経細胞からの信号を受け取るために、多

    くの突起を何本も枝分かれさせて伸ばしています。こ

    こにはシナプスによる入力が多くあり、伝達物質感受

    性の受容体やイオンチャネルなどを用いて情報の受取

    りをする場となっています。樹状突起の形や枝分かれ

    も、細胞によってまったく異なります。

     

    一方、軸索も細胞体から伸びている構造体ですが、

    樹状突起と大きく異なるのは、枝分かれしない1本の

    長い線維で、情報を電気信号として伝導するため、高

    密度にイオンチャネル(主に、電位依存性Na+チャネル

    と電位依存性K+チャネル、㉛項)が発現している点で

    す。軸索は、長さ数

    のものから1mにも及ぶものま

    で多様です。さらに、軸索は樹状突起とは異なり、内

    部に小胞体やリボソームを持ちません。�  

     

    神経系を大別すると、中枢神経系と末梢神経系に分

    けられます。中枢神経系は主に、脳神経系、脊髄神経

    系などを指し、末梢神経系は、脳・脊髄以外の神経系

    を指します。特に知覚・運動に関与するものを体性神

    経系、内臓や血管などの生体の制御にかかわるものを

    神経細胞の働き

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