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福島大学地域創造 第26巻 第2号 2015.2(8008)
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調 査 報 告
1.は じ め に
宮城県の仙台平野から福島県新地町,相馬市,南相馬市,浪江町等の特に沿岸域に近い多くの地域では,2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の津波の被害を受けて,地下水の塩水化等の問題が発生している1)。また,同地震によって生じた東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴い,大気中に放出された放射性物質の土壌や農作物への移行,挙動についても報告されている2)3)4)など。こうした事故起源の放射性物質は地表水や地下水にも含まれており,環境中での移行の把握や将来の対策を考えるためにも,地下水や表流水の水質や地下水流動の解明が求められている。 福島県北部沿岸域では,農業用水や工業用水の需要の拡大のために,かつて多くの井戸が掘られ地下水揚水が活発に行われた。泥炭層が多いという地質学的な特徴に加え,過剰な地下水揚水を行った結果,原町市(現,南相馬市原町区)内の常磐線磐城太田駅付近を中心とした常磐線沿線から海側の太田川沿いの沖積低地にかけて,1969年(昭和44年)頃から地盤沈下の被害が認められるようになり,家屋の破損や用水路の通水不能,道路の破壊等,深刻な環境問題が生じはじめた。原町市では1965年~1974年の間に最大で約1.6m
の地盤沈下が生じた(なお,現在では地盤沈下は沈静化している)5)。こうした地盤沈下対策のために,沿岸域における複数の井戸(主に農業用井戸)において地下水位の調査等が行われているが6),詳細な水質測定の実施や結果については報告されていない。 津波や原発事故が地下水や湧水に与えた影響について把握するために,2012年に新地町,相馬市,南相馬市の3市町で19地点の調査・採水を実施した。現地調査や水質分析結果から,沿岸部の深井戸と湧水の一部ではNa-HCO3型の水質組成を示し,周辺の浅層地下水の水質組成(Ca-HCO3型)とは異なることが明らかとなった。また一部地点の3H(トリチウム)濃度は1T.U.(=0.118 Bq/L)以下と低い値を示しており,相対的に長い滞留時間を持つ水の存在が確認された7)。しかしながら,こうした地下水,湧水の涵養域や滞留時間の値は未だ明らかにされていない。 時間情報を有するCFCsやSF6の分析を実施してデータを解析することにより,地下水,湧水の滞留時間について推定することができると期待される。こうした方法は福島県北部沿岸域でも有効であると考えられる。また,一般水質や安定同位体データを用いることにより,涵養域について把握することが可能となる。本研究では,福島県北部沿岸域の地下水流動について明らかにすることを目的とし,具体的には,以下の3つの項目に着目してゆく。
福島県北部沿岸域の河川水の水質と安定同位体高度効果について
福島大学共生システム理工学類特任助教 藪 崎 志 穂
Characteristics of water quality and stable isotopes in river water at the vicinity of coast area of northern part in Fukushima Prefecture
YABUSAKI Shiho
福島大学地域創造第26巻 第2号 116~123ページ2015年2月
Journal of Center for Regional Affairs, Fukushima University 26 (2):116-123, Feb 2015
福島県北部沿岸域の河川水の水質と安定同位体高度効果について (8009)
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1)福島県北部沿岸域の地下水,湧水の涵養域を推定する(酸素・水素安定同位体比を利用する)。2)福島県北部沿岸域の地下水,湧水の滞留時間を把握する(3H,CFCs,SF6のデータを利用する)。
3)福島県北部沿岸域の広域地下水流動を推定する。また,双葉断層と地下水流動の関連について検討する。 本研究を遂行し,対象地域の地下水流動や滞留時間を明らかにすることにより,地下水中に溶存する物質の挙動を把握する際のデータとして活用することができる。また,放射性物質を含めた今後の物質移動の予測や対策等に寄与することができると期待される。 本稿では,上述した項目1)の涵養域を把握するための基礎データとなる河川水の安定同位体の高度効果を把握するため,これまでに実施した調査結果の中から,河川水の水質および同位体比の特徴について報告する。
2.研究対象地域の概要
2.1 地形・地質 福島県北部沿岸域(新地町,相馬市,南相馬市,浪江町)では,新生代の堆積岩が広く分布しており,段丘と平地が入り組んだ地形を示している。地質は,平野部では第三紀層が基盤となっており,その上に第四紀層が堆積している。基盤岩は平野内では丘陵地として散在している。第四紀層は厚さが約20m
であり,西側の山地から流れる河川によって運搬・堆積した扇状地性の砂礫の上位に相当し,海岸に近い地域ではシルト質層や粘土層が分布している。河川沿いの沖積地では泥炭層が分布する地域もあり,こうした地域は地盤沈下が生じやすくなっている。帯水層は第四紀層の砂礫層(浅層地下水)や第三紀層(深層地下水)に認められる5)。海岸から12㎞ほどの内陸部(西側)には,双葉断層が南北に走っている。断層の西側には比高約300m,南北の長さ約100㎞に及ぶ阿武隈山地が広がっており,これらの地域には中・古生代の基盤岩類である花崗岩類や変成岩類が広く堆積している。
2.2 気象・気候 福島県北部沿岸域と,西側の阿武隈山地に位置する飯舘村周辺の降水量,気温の特徴を把握するために,気象庁の気象観測所(相馬,原町,浪江,飯舘)のデータを利用した8)。1981年~2010年の平年値デ
ータをTable1にまとめた。年降水量は,相馬,原町,飯舘で約1,330~1,370㎜,浪江では約1,510㎜となっており,日本の平均値(約1,700㎜)と比べるとやや少ないという特徴が認められる。年平均気温は,相馬と浪江では12.3℃であるが,標高の高い飯舘では10.0℃で,沿岸域と比べて2℃ほど低くなっている。また,沿岸に近い地域では降雪は殆ど生じないが,内陸部の飯舘村周辺では冬季に積雪が認められる。 降水量の季節変化をみると(Fig.1a),11月~3月にかけて,いずれの地点も100㎜以下と相対的に少なく,7月~10月では150㎜以上と相対的に多くなっている。特に9月は200㎜以上と一年の内で最も多く,秋雨前線や台風の影響を受けていると考えられる。気温の季節変化をみると(Fig.1b),いずれの地点も同様の変動を示している。相馬と浪江は月平均気温が0℃を下回ることはないが,飯舘では1月と2月で0℃を下回っており,沿岸域に比べて寒さが厳しいことが伺える。最も気温が高いのは8月で,相馬と浪江では約24℃,飯舘では約22℃となっている。福島市の8月の平年値(25.4℃)と比べて低く,比較的過ごしやすい気候であると言える。
3.研 究 方 法
3.1 現地調査と採水地点 2014年4月から,福島県沿岸域(新地町,相馬市,南相馬市,浪江町)の湧水,地下水等の調査を複数回実施している。調査地点の多くは沿岸に近い地点であるが,双葉断層が地下水流動や水質へ及ぼす影響についても把握するために,一部,内陸地域(飯舘村,浪江町西部)においても調査を行っている。また,これらの地域の安定同位体比の高度効果について検討するために,2014年7月25日に新
にい
田だ
川がわ
および上真野川の2河川を対象として標高別の河川水採
Table 1 Average of air temperature and precip i tat ion amount at Soma, Haramachi, Namie and Iitate.
P(1981-2010)㎜
AT(1981-2010)℃
Soma 1,372.6 12.3Haramachi 1,331.1 -Namie 1,511.0 12.3Iitate 1,361.6 10.0
P:precipitation amount AT:air temperature
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取を実施した。これら2河川の上流側には大きなダムが無く,高度効果の影響が比較的表れやすいと考えられるため,対象河川として選定した。また,比較のために,浪江町沿岸付近において,高瀬川と請戸川も採水した。河川水を採取した計12地点の位置をFig.2に示した。地図上において,新田川はKR-42,43,44,47,51,上真野川はKR-45,46,48,49,50,高瀬川はKR-57,請戸川はKR-61である。 調査時には,現地でEC,pH,水温,ORP,流量(概算)を測定した。採水は水質・安定同位体分析用と重金属分析用に分けて採取し,それぞれ100mLのポリプロピレン製の容器に採取した。なお,重金属分析用の試料には,その場で濃硝酸を少量添加している。
3.2 分 析 項 目 採取した河川水の試料は,一般溶存成分,SiO2,酸素・水素安定同位体の分析を実施した。 一般溶存成分の分析は,0.20μmのシリンジフィ
ルターでろ過を行った後,イオンクロマトグラフィー(ICS-1000(陽イオン),ICS-2000(陰イオン),DIONEX社製)により定量した。HCO3
-濃度の測定はpH4.8アルカリ度滴定法を用い,SiO2濃度はモリブデン黄法による前処理を実施して分光光度計により定量した。 酸素・水素安定同位体比は,近赤外線半導体レーザーを用いたキャビティリングダウン吸収分光法により分析を行った。測定精度は,δ18Oは±0.1‰,δDは±0.5‰である。また,酸素・水素安定同位体比は,標準物質(v-SMOW)からの千分率偏差であるδ値として示している。
4.結果・考察
4.1 河川水のEC,pH,水温 河川水のEC(電気伝導率)は4.93~7.72mS/mで,上流側で低く,下流側で高い値を示しているが,全体的にそれほど大きな違いは生じていない。沿岸域に近いKR-51,57,61でも海水混入の影響はみられない。 pHは7.13~8.25の範囲にあり,中性から塩基性の値を示している。傾向として,上流側で低く,下流側で高くなっている。最も高い値を示しているのはKR-51で,pH=8.25である。 水温は14.8~23.8℃の範囲にあり,上流側で低く,下流側で高くなっている。また,KR-57の高瀬川とKR-61の請戸川の水温はそれぞれ21.9℃,23.8℃で,この2地点のみ20℃を越えていた。これらの地点は沿岸近くに位置し,流速が遅いため,気温の影響などを受けて水温が高くなっていると考えられる。
4.2 河川水の水質組成 河川水の溶存成分データを用いて水質組成図を作成した。ヘキサダイアグラム(シュティフダイアグラム)をみると(Fig.3),新田川最上流部付近(KR-42)のみ(Na+Ca)-HCO3型を示し,特に溶存成分量が少なくなっているが,その他の地点では,新田川,上真野川,高瀬川,請戸川の各河川でCa-HCO3型を示している。溶存成分量は周辺の地下水や湧水と比べると少なく,上流部から下流部にゆくにつれてやや濃度が上昇する傾向が認められる。標高の高い地点(KR-42~46)では双葉断層の西側に位置しているが,新田川,上真野川の両河川では断層の東西において,水質に明瞭な変化はあらわれて
Fig.1 Meteorological data of Soma, Haramachi, Namie and Iitate (a) monthly precipitation amount and (b) month ly mean a i r temperature. These values are average over 30 years between 1981 and 2010.
Jan Feb Mar Apr May Jun Jul Aug Sep Oct Nov Dec
0
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20
30
Air temperature (°C)
SomaNamieIitate
(b)
Jan Feb Mar Apr May Jun Jul Aug Sep Oct Nov Dec0
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150
200
250
300
Precipitation amount (㎜)
SomaHaramachiNamieIitate
(a)
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475000 480000 485000 490000
UTM-E(m)[WGS-84, Zone-54]
UTM-N(m)[WGS-84, Zone-54]
495000 500000 505000 510000
Fig.2 Sampling point of river water.
いない。KR-57と61は2011年3月の津波発生時に海水が遡上した地点であるが,水質には既に海水の影響は及んでいない。また,トリリニアダイアグラムにおいては,浅層地下水型に多くみられるアルカリ土類炭酸塩型に全て属している。 硝酸イオン(NO3
-)濃度は,KR-42~48では0.6~0.9㎎/Lで1㎎/L以下の低い値を示しているが,下流側のKR-49,50,51,57,61では1.0㎎/Lをやや上回っている。特にKR-51では2.2㎎/Lで,今回調査を行った地点の中では最も高い値を示している。KR-51は新田川の沿岸に近い地点で,付近に住宅や畑地が分布していることから,人為的な影響
が多少水質にあらわれていると考えられる。 SiO2濃度は,KR-57と61を除いた地点では14.8~16.1㎎/Lの範囲にあり,河川による違いや地点による違いなどはあまりあらわれていない。一方,KR-57は19.8㎎/L,KR-61は19.0㎎/Lと他の地点に比べてやや高い値を示している。KR-57(高瀬川)とKR-61(請戸川)の流域は殆どが花崗岩類で覆われているが,新田川と上真野川の流域では花崗岩の他に堆積岩類,変成岩類,非アルカリ苦鉄質火山岩類(安山岩・玄武岩類)等が複雑に分布してお り9),こうした地質の違いがSiO2濃度に反映されているものと考えられる。
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4.3 河川水の安定同位体比の特徴 降水の酸素・水素安定同位体比には雨量効果や内陸効果,緯度効果など幾つかの特徴が存在することが知られており10),その一つに高度効果がある。高度効果とは標高が高い地点に降る降水の同位体比は相対的に低くなるという特徴であり,結果として,降水によって涵養された地下水や湧水,表流水の同位体比も標高の高い場所ほど低い値を示すことになる。こうした特徴を利用して,地下水や湧水の涵養域を推定することが可能となる。高度効果を求めるためには,厳密に言えば,その地域の複数地点の標高別降水採取を実施し,それらの同位体比の高度効果を求めることが望ましいが,研究対象地域の周辺で数年間,降水の継続的な観測を行うことは時間的あるいは労力的な制約もあり難しい場合が多い。そこで,ある河川を対象として標高の異なる複数地点で河川水を採取し,その同位体比を利用して高度効果を求める方法が良く用いられている。河川の上流域に大きなダムが作られていたり,温泉水など特殊な水が混入したり,他の大きな河川が合流するような場合には,その河川に元々存在する高度効果が打ち消されてしまう可能性があるため,できるだけこうした条件を含まない河川を選定することが望ましい。また,同位体比の違いを把握するためには,ある程度の標高差が必要となる。このような事柄を考
慮して,本研究では新田川と上真野川を対象河川として選択した。また,比較検討のために,高瀬川と請戸川についても浪江町の河口付近で各1地点ずつ採取した。各河川の源流は,新田川は飯舘村,上真野川は南相馬市,高瀬川は田村市,請戸川は浪江町に位置しており,全て阿武隈山系を源としている。 各河川の同位体比の分布特性を把握するために,酸素安定同位体比(δ18O値)の分布図をFig.4に,水素安定同位体比(δD値)の分布図をFig.5にそれぞれ示した。全地点を対象とすると,δ18Oは-9.6~-8.4‰,δDは-64.7~-56.1‰の範囲にあり,標高が高い地点ほど同位体比は低くなる特徴があらわれている。新田川と上真野川を比較すると,新田川の方が相対的に低い同位体比を示す傾向が認められる。また,海抜標高が15~20mのほぼ等しい地点で採取したKR-50(上真野川),51(新田川),57(高瀬川),61(請戸川)の同位体比をみると,新田川が最も低く(δ18O:-9.0‰,δD:-60.2‰),次いで高瀬川(δ18O:-8.9‰,δD:-59.2‰)と請戸川(δ18O:-8.9‰,δD:-59.1‰)がほぼ同じ値を示し,上真野川(δ18O:-8.4‰,δD:-56.1‰)が最も高い値を示している。この同位体比の違いは,各河川の源流域の標高(高度効果)と海岸からの距離(内陸効果)を反映しているためであると考えられる。 d-excess値(=δD-8δ18O)は11.1~13.2の範囲で分布しており,河川による違いは明瞭には認められない。これらの値は,日本各地で測定した広域のd-excess分布図11)12)とよく一致しており,福島県沿岸地域の値を代表していると言える。
4.4 河川水のδ-diagram 河川水の同位体比を用いてδ-diagramを作成した(Fig.6)。回帰線はδD=7.7δ18O+9.1(r2=0.972)であり,Craigの天水線(δD= 8δ18O+10)13)とほぼ等しい。また,全ての地点が回帰線にほぼ沿うように分布しており,δ-diagramの状況から蒸発の影響はあらわれていないと考えられる。
4.5 河川水の同位体高度効果 本研究対象地域の高度効果を把握するため,各河川の標高とδ18Oの相関図(Fig.7),および標高とδDの相関図(Fig.8)をそれぞれ作成した。 Fig.7およびFig.8の結果において,新田川,上真野川では高度効果が確認できた。特に,上真野
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UTM-E(m)[WGS-84, Zone-54]
UTM-N(m)[WGS-84, Zone-54]
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Fig.3 Water quality of river water.
福島県北部沿岸域の河川水の水質と安定同位体高度効果について (8013)
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UTM-E(m)[WGS-84, Zone-54]
UTM-N(m)[WGS-84, Zone-54]
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Fig.4 Distribution map of δ18O.
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UTM-E(m)[WGS-84, Zone-54]
UTM-N(m)[WGS-84, Zone-54]
495000 500000 505000 510000
Fig.5 Distribution map of δD.
Fig.6 Relationship between δ18O and δD.
-10.0 -9.0 -8.0
-65
-60
-55
δD ( ‰)
δD =7.7δ18O+9.1 (r2=0.972)
δ18O (‰)
川ではほぼ回帰線上にプロットされているのが特徴である。 個別に結果をみると,δ18Oの高度効果は,上真野川では-0.19‰/100m,新田川では-0.08‰/100mで,両者にはやや差が生じている。一方,δDの高度効果は,上真野川では-0.56‰/100m,新田川では-0.66‰/100mとなっており,ほぼ同じ値を示している。δ18Oの高度効果が2河川でやや異なっている要因として,新田川の採水地点が関わっていることが考えられる。上真野川については源流域から沿岸域にかけてほぼ均等に採水することができたが,新田川に関しては中流域が山間部(阿武隈山
0 100 200 300 400 500-10.0
-9.0
-8.0 Niida Kamimano Takase Ukedo
Altitude (m)
δ18O ( ‰)
Fig.7 Relationship between altitude and δ18O.
0 100 200 300 400 500
-65
-60
-55 Niida Kamimano Takase Ukedo
Altitude (m)
δD ( ‰)
Fig.8 Relationship between altitude and δD.
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地)に位置し,アクセスが困難な場所を流れているため,中流域において採水することができなかったという経緯がある。同位体比の高度効果を詳細に示すためにも,今回サンプルを得られなかった地域も含めて改めて調査・採水を実施し,δ18Oの高度効果について更に検討したいと考えている。 他の地域の高度効果の値について,以下に幾つか例を挙げる。日本各地の降水の安定同位体比を用いて求めた高度効果の値は,δ18Oで-0.3‰/100m,δDで-2.0‰/100mであり14),茨城県の筑波山で採取した降水の高度効果はδ18Oで-0.1‰/100m,δDで-0.9‰/100m15),福島県の磐梯山周辺の地下水,湧水等の高度効果はδ18Oで-0.1‰/100mとなっている16)。これらの結果と本研究地の高度効果の値を比較すると,日本各地の降水の高度効果よりも本研究結果の方が値は小さいが,筑波山や磐梯山の高度効果の結果とは比較的近い値を示していることがわかる。今回の調査の結果において,新田川の高度効果については再度確認をする必要があるが,上真野川では明瞭な高度効果が認められた。よって,本研究対象地域の高度効果は概ね把握できたと言える。今後は,同位体の高度効果を用いて沿岸域の湧水や地下水の涵養域を推定し,CFCs等による年代測定を実施してゆきたいと考えている。
5.ま と め
福島県北部沿岸域の河川水の調査・採水を行い,水質や同位体分析を実施した結果,以下のことが明らかとなった。1)ECや溶存物質の濃度は上流域から下流域にゆくにつれて値が高くなり,下流側の一部地点ではNO3-濃度も若干含まれている。
2)水質組成は殆どの地点でCa-HCO3型を示しており,新田川,上真野川の両河川では断層の東西において,水質に明瞭な変化はあらわれていない。
3)2011年3月の津波発生時に海水が遡上した地点においても,現在では河川水の水質に海水の影響は及んでいない。4)各河川において,標高の高い地点ほど酸素・水素安定同位体比は低くなる特徴が認められた。また,海抜標高が15~20mのほぼ等しい地点で採取した4河川の同位体比には差が生じている。この同位体比の違いは,各河川の源流域の標高(高度効果)と海岸からの距離(内陸効果)を反映しているためで
あると考えられる。5)d-excess値は11.1~13.2の範囲で分布しており,河川による違いは明瞭には認められない。また,これらの値は,日本各地で測定した広域のd-excess分布図とよく一致している。6)河川水のδ-diagramの回帰線はδD=7.7δ18O+9.1であり,全ての地点が回帰線にほぼ沿うように分布している。また,δ-diagramの状況から蒸発の影響はあらわれていないと考えられる。7)δ18Oの高度効果は,上真野川では-0.19‰/100m,新田川では-0.08‰/100m,δDの高度効果は,上真野川では-0.56‰/100m,新田川では-0.66‰/100mとなっている。この値は筑波山や磐梯山の高度効果とほぼ等しい。 本研究で得られた河川水の水質や同位体の高度効果の結果を利用して,沿岸域の湧水や地下水の涵養域の推定を行い,またCFCsやSF6による年代測定を進めてゆき,北部沿岸域の地下水流動の解明に努めてゆく予定である。
※本研究は,平成26年度科学研究費補助金(若手(B),課題番号:26870070)の助成を受けて実施してい ます。
参 考 文 献1)森 一司・高橋朋佑・岡庭信幸・柴崎直明・大内拓哉(2012):2011年東北地方太平洋沖地震による仙台平野南部地域での地下水環境変化について.地下水学会誌,54⑴,11-23.
2)芳原新也・稲垣昌代・小島 清・山西弘城・若林源一郎・杉山 亘・伊藤哲夫(2011):福島第一原発事故に起因する放射性物質による生活環境における土壌汚染に関する調査.日本原子力学会和文論文誌,10⑶,145-148.3)山口紀子・高田裕介・林健太郎・石川 覚・倉俣正人・江口定夫・吉川省子・坂口 敦・朝田 景・和穎朗太・牧野知之・赤羽幾子・平舘俊太郎(2012):土壌―植物系における放射性セシウムの挙動とその変動要因.農環研報,31,75-129.4)山崎秀夫(2014):東京電力福島第一原子力発電所事故で放出された放射性物質の移行と蓄積.RADIOISOTOPES,63,299-316.5)環境省(2012):全国地盤環境情報ディレクトリ.
福島県北部沿岸域の河川水の水質と安定同位体高度効果について (8015)
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URL:http://www.env.go.jp/water/jiban/dir_h24/index.html (2014年12月1日閲覧)
6)中馬教允(1983):福島県原町市の地盤沈下とその対策.地質学論集,23,67-79.
7)柴崎直明・藪崎志穂(2013):地下水汚染リスク評価に関する研究 報告書.73p.
8)気象庁HP(各種データ・資料):http://www.jma.go.jp/jma/menu/report.html(2014年12月1日閲覧)9)産業技術総合研究所地質調査総合センター編(2014):20万分の1日本シームレス地質図 2014年1月14日版.産業技術総合研究所地質調査総合センター.
10)Clark, I. and Fritz, P.(1997): Environmental isotopes in hydrogeology. Lewis Publishers, 328p.
11)藪崎志穂・島野安雄(2009):平成の名水百選の水質特性.地下水学会誌,51⑵,127-139.
12)藪崎志穂(2011):地下水の水質と安定同位体の特徴およびその活用法.高村弘毅編「地下水と水循環の科学」.古今書院,41-68.
13)Craig, H.(1961): Isotopic variations in meteoric waters. Science, 133, 1702-1703.
14)早稲田周・中井信之(1983):中部日本・東北日本における天然水の同位体組成.地球化学,17,83-91.
15)藪崎志穂・田瀬則雄・辻村真貴・林 陽生(2008):筑波山南斜面における降水の安定同位体比特性.筑波大学陸域環境研究センター報告,9,15-23.
16)藪崎志穂・安原正也・浅井和由・鈴木裕一・髙橋 浩・稲村明彦(2013):磐梯山とその周辺の水質,同位体特性について.(福島大学理工学群共生システム理工学類)共生のシステム,13,58-75.