9
米国における農生態学(Agroecology)の取組みについて 誌名 誌名 農業および園芸 = Agriculture and horticulture ISSN ISSN 03695247 巻/号 巻/号 832 掲載ページ 掲載ページ p. 233-240 発行年月 発行年月 2008年2月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

米国における農生態学(Agroecology)の取組みについて米国における農生態学(Agroecology)の取組みについて 誌名 農業および園芸 = Agriculture and

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

米国における農生態学(Agroecology)の取組みについて

誌名誌名 農業および園芸 = Agriculture and horticulture

ISSNISSN 03695247

巻/号巻/号 832

掲載ページ掲載ページ p. 233-240

発行年月発行年月 2008年2月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

233

米国における農生態学 (Agroecology) の取組みについて

国際農生態学ショー トコースに参加して一

小松崎将 一 *

〔キーワード):農生態学,持続性,コミュニティ,

食料主権,フェアトレード

は じめに

農生態学 (Agroecology)は, 1980年代, Gliessman

ら(198])によって,南アメ リカなどの途上国で展

開している“暮らじ'をベースに置いた自給自足的

農業と先進国の大規模農業経営の生態学的比較解

析を通して,持続可能な農業への転換へ向けたアプ

ローチを体系化した科学である (Altieri1983) .そ

の後,アメリカ生態学会では農生態学の部会が設立

され,境界領域である農学諸分野との協働関係を築

くなど,徐々に各界に浸透してきている.とりわけ,

世界における食糧 ・資源の不足,広域的な環境汚染

など人類の生存に関わる環境問題が深刻化する中

で,人間生存を支える生物システムとしての生態系

に関する研究の中には,農生態学的アプローチが広

く認められるようになってきた(たとえば,瀬戸

1992) .

国際農生態学ショー卜コースは,農生態学の概念,

研究手法,取り組み方などを,最新の研究成果をも

とに講義,実習農家見学および議論を通じて,それ

ぞれの地域 ・国での取組みへと発展させることを目

的として開催されている.このコースは今年で 8回

目を迎え, 2007 年 7 月 8~2 1 日 までの 2 週間にわた

り,カリフオノレニア大学サンタクルーズ校にて開催

された.今回は, 11カ国から 29名の参加者があっ

た.筆者はこのショートコースに参加したが,これ

らの取組みの中にはわが国の農業や農学教育を考

えていくうえで示唆の多い項目を含んでいるもの

と考えられた.ここでは,アメリカにおける

Agroecologyの展開について紹介し,あわせて大学

における農学分野で、の地域連携について報告する.

*茨城大学農学部附属フィーノレドサイエンス教育研究センター

(Masakazu Komatsuzakil

1 .農生態学 (agroecology)とは?

日本では農業生態学というと,水田や里山など二

次的自然の生態系や生物多様性の保全や再生の科

学という イメージが強く,そこでの人間は農作業を

通じて生態系への管理を施す主体として位置づけ

られている場面が多い.しかし,農業は人間にとっ

て必要不可欠な食料を生産する産業あるいは生業

であり,その動向は消費行動に大きく制御されてい

る事実がある.

Agroecologyは,人と自然の関わりとして農業を

捉えていることから農Jの生態学ともいえる.

農生態学は,生態学に基づく科学であると同時に,

人類学 ・社会学 ・農学にも立脚している.人と自然

の関わりの過程として農業を理解し,食料獲得のた

めの農業システムを生態学的に解析し,持続可能な

農業生態系のあり方を提案していくのが役割であ

る.そこでは,社会的に公平で、,経済的に実現可能

であり,環境的に安全でかつ文化的に多様な社会実

現に貢献する持続的な農業あるいは食料システム

の形成をめざしている (Gliessman2006) .

このような農生態学の考え方は,自然科学として

の純粋な生態学とは異なる分野を内含している.す

なわち,生態学は,生物の分布と量を決める生物と

非生物的環境因子あるいは生物同士の相互作用を

研究する科学であり,各々の生物が,それを取り巻

く環境を作りあげる他のあらゆる要素との聞に,進

行的・継続的な関係を持つことを原理とする.しか

し,エコロジーの概念(エコロジーな視点,エコ

ショップ,エコロジーライフ)に中には,環境問題,

人間活動による環境への影響と ,それらから派生す

る社会問題を扱う「環境学Jの側面がある.このよ

うな純粋科学としての生態学と環境学としてのエ

コロジーを考えた場合,農生態学は,農耕地や農村

地域を生態系として捉える純粋科学と しての生態

0369-5247/08/¥500/1論文/JCLS

234 農業および園芸 第 83巻

学に立脚しながら,農産物の流通を通じた農村 ・都

市との物質循環とそれを制御する 「食」のあり方を

含めた環境学あるいは社会学的側面を併せ持つも

のと理解される.

2 カリフオルニア大学サンタ

クルーズ校農生態学 4持続的食

料システムセンタ

カリフォルニア大学サンタクノレーズ校 (UCSC)

は,サンフランシスコから約 120kIη 南下し,モン

卜レー湾に面した農業と観光の町にある.サンタク

ノレーズ郡は北米における有機農業発生地のひとつ

で有機農業が盛んな地域として世界的に知られて

いる.郡内には約 27,000haの作付農地があり ,そ

の 15%が有機栽培認証農地である.UCSCの農生態

学 ・持続的食料システムセンター (Centerfor

Agroecology and Sustainable Food System,以下,

CASFS)は, 小規模農家による有機農業事業を支援

するための教育と研究を実施している ここでは有

機農業を中心とした「持続的農業Jの研究開発を行

い,大学の学生,研究者に利用されるのと同時に,

大学を核とした地域経済活性化プロジェクトをも

展開している.さらに,10haの研究農場と 1.6ha

の菜園において,大学のコースとは別の一般市民向

けの6カ月有機農業研修プログラムを行なっている.

また,閉じ敷地内には,学校農園を小学校の理科教

育に統合するユニークなカリキュラムの開発と実

践で知られる LifeLab Science Programの本部があ

る.

UCSC で農生態学の教鞭をとる Stephan R.

Gliessman教授は,アメ リカ生態学会の農生態学部

会の初代会長を務めるなど,アメリカにおける農生

態学の第一人者であり,今回のショートコースの責

任者である.カリフオノレニア大学サンタ ・パーパラ

校で植物生態学の学位を取得し,メソアメリカ滞在

中に“緑の革命"を目の当たりにした Gliessman教

授は,農業生産性向上の裏側に認められる地域環境

破壊や貧困層の創出など “負"の側面に対し,伝統

的農法を営む小規模農家が生態的に健全で,社会的

にも安定した生活を持続していることに注目し,農

業資源管理と社会システムの両面から農業生態系

の関係について数々の研究成果を報告している(写

真 1)

第 2号 (2008年)

写真 l 有機庭園で agroecologyの意義を解説する Gliessman教授(右)

国際農生態学ショートコースは, Gliessman教授

により 8年前より開催され, UCSCの会場とメキシ

コやコスタリカなどメソアメ リカ の会場とを毎年

交互に実施している.今回は, Mexico, Thailand ,

Japan, West A仕ica,lndia, USA, South Africa ,

Samoa, Spain , Canada , Chinaなど 11の固と地

方から 29名の参加があった.参加者の多くは,大

学教員,研究者, NGO職員などであり,大学の学

生寮を利用して,2週間にわたり毎日 朝8時 30分か

ら夜 9時まで講義,実習および討論が実施された.

3 農生態学の原点

農生態学の原点は,ラテンアメリカにあるとされ

る.メキシコでは, 2害IJの農家が全農地の 8害IJを所

有し,南半球の気候的条件を活用し大規模経営を

行っている大規模経営の多くは購買能力の高い北

アメリカ向けに野菜,果物などの輸出用の農産物生

産を行っている.Gliessman教授らは,熱帯の植物

生態に関する調査研究を進める中で,残り の8割の

農家が小規模ながらジャガイモの 50%,ト ウモロコ

シの 60%,豆類の 80%を生産するなど,小規模農

家がメキシコにおいて生態的,環境的,あるいは食

料安全保障的にきわめて重要な位置にあることを

強く認識した

このような小規模農家が地域の生態系保全に貢

献する一方で,国際的市場の原理に支配された大規

模農業が大きく発展している.とりわけ,コーヒ一

生産は世界の一次産品貿易における代表的な産品

小松崎・米国における農生態学 (Agroeco1ogy)の取組みについて 235

であり ,メキシコなどのメソアメリカにおいては主

要農産物である産地となる熱帯・亜熱帯地方では,

その経済をコーヒー貿易に大きく依存している

国々が多い.そして今日,先進国側の消費停滞にも

かかわらず,ブラジルの生産増大とベトナムの大規

模な新規参入による供給過剰が生産農家の生活を

直撃している.1997年以降,コーヒーの生産者価格

が大暴落し,いまだかつてない「世界的コーヒー危

機」が進んでいる.コーヒー危機により,大規模企

業の支配下にある農家は価格競争に敗れ,コーヒー

畑を放棄し,都市への流民となるなど問題化してい

る.

この中で,家庭菜園を営み小規模にコーヒー園を

経営する農民は「コーヒー危機Jの最中,自給食料

を生産し,一定のコーヒ一生産を継続させるなど社

会的にもきわめて適応力が高いことが認められた

また,森林皆伐し開畑されたコーヒー園が放棄され,

土壌流出などの深刻な環境問題を引き起こしてい

る反面,小規模農家はこのような荒廃したコーヒー

園に多種類の樹木を植付け,環境保全活動を実施す

るなど,生態的に健全な生産システムを持続させて

いる (Gliessman2006)

このメソアメリカで、の小規模農業の動向は,農生

態学を考えていくうえで示唆の多いものである.農

業に期待される役割としては,人類にとって必要不

可欠な 「食料」を安定的に誰にも供給できるシステ

ムづくりが求められることは言を待たない.大規模

経営農業システムを基本とした生産 ・流通システム

の追求が,途上国や中進国のみならず先進国におい

表 l 自然生態系と持続可能な農業生態系および近代農法による生態系の差異

ても環境的にも社会的にも不健全なものとなりつ

つある中で,農生態学は,生産と消費とが密接に連

携したコミュニティをベースとした小規模農業が

社会的にも環境的にも健全な農業を成立する可能

性に注目している.

4.農生 態学 がめ ざす 農業 シス テム

農生態学がめざす農業システムは,農業生産の現

場(園場レベル)から人間生活の場であるコミュニ

ティ,地域,国そして地球全体を対象として,生態

学の法則と概念を,持続可能な食料生産 ・供給シス

テム形成にむけて適用しようというものである.そ

こでは①生態学の概念と法則を基本とする,それに

基づき②現行システムをデザインする,③そのシス

テムの維持管理を行う,と同時に④その食料供給シ

ステムの民主性や持続性について絶えずチェック

し,システムのデザインにフィード、パックさせるこ

とで,持続性の向上をめざ している (Gliessman

2006)

農生態学のめざす生産システムを考えるとき,原

点となるのは当該地域 ・環境での自然生態系での物

質生産 ・循環のメカニズムである.また,当該地域

で長年にわたり継続 ・実施されてきた伝統的農法の

中には,農業生態系の持続的生産を考えたときに,

ヒントとなる点が多い.そこで,自然生態系と近代

農法による農業生態系と農生態学がめざす農業生

態系の特徴を概観すると,表 1のとおりである.

この表によれば,持続可能な農業生態系は,燃料,

有機物など自然生態系に比べてより大きな投入量

を要し,収穫, 有機物をより大きな産出物

として得るなど,より聞かれたエネルギー

の流れをもたらしている.その意味で,農

持続可能な 近代農法 生態学は必ずしも自然農法などの自然の生自然生態系

農業生態系 による生態系 産レベルを絶対視するものではない.この収量生産量 低 中間/両 I罰 ため, 一定の人為的な投入プロセスや管理生産量(中間産物含) 中間 中間 低/中間

プロセスにより ,持続可能な農業生態系は,多様性 高 中間 低生産の安定性 中間 低/中間 高 自然生態系に比べて多様性の減少,生物相

適応力 高 中間 イ民 の構造の単純化あるいは生物密度の制御な人為的投入量 低 中間 高

ど自立的にシステムを自動構築していく容人為的投入への依存度 {民 中間 高

自立性 高 高 {丘 量が減少することを認めている. しかしな

相互依存 高 高 低 がら,持続可能な農業生態系は,近代農法

持続性 高 高 低 による生態系に比べて投入/産出の絶対量出典:Gliessman 2006

は減少するが,生態系の多様性や自立性を

236 農業および園芸 第83巻 第2号 (2008年)

~ 100 、t;90

時 80起 70t(l ド 60設 50

三40Tく 30

品刻 20 ~ 市場・小売のためのコスト

10 。1910年

図 l 農産物価格に占める生産,流通および農家の利益の推移

1990年

出典 Gliessman 2006から改編

向上させることでシステムの持続性を高めている

のが大きな特徴である持続的な農業生態系の優れ

ている点は,害虫の被害の低減,生産の多様性およ

び生物種の保全などがあり,劣っている点としては,

個々の作物の生産性の低下や,より有効な管理の為

にはより多くの知識が必要など課題もある.

一方で,近代農法が生産性を高め,農業の経営改

善に貢献してきたことも広く認められた事実であ

る.しかし,農産物の生産コスト当たりの生産費,

流通コストおよび農家の利益をみてみると,近代農

法は,農家の利益を最小化し,農業外の生産物であ

る生産資材を大量に投入し,流通コストを支払いな

がら成立しているシステムとも理解できる(図1).

このことは,近代農法が生産性を高め,農家の福利

厚生に貢献してきたとは言い難い事実を示してい

る一方で,生態系の機能に注目した持続可能な農業

システムが,生産性が低く,農家にとって利益の少

ないシステムであるとの認識を覆している.

5. 持続的 農 業を ど う デ ザ イ ン

す る か?

持続的農業は,当該地域での農業生産性,環境保

全性および社会経済的機能を満足させる農業シス

テムと定義され,持続的農業を考えていく場合,多

くの場面では,近代的農法の持つ矛盾点などを摘出

し,その改善手法を組み合わせることで,持続可能

な農業システムを構築する手順が取り上げられて

いる(遠藤 1999) .

しかし,農生態学では持続的農業のデザインにあ

たって, 当該地域の自然生態系を第一に注目してい

る.農業生態系の持続性を確保していくための手順

をみると,まず, 当該地域での自然生態系の生産シ

ステムをベースラインとして把録する.次に,当該

地域での伝統的農法から生産システムと管理手法

について理解を深める.伝統農法における農業生態

系の変化について時間と場所と管理との関連から

理解を深め,さらには,近代的農法の取り組みにつ

いてその功罪を理解し,その転換過程における生態

的・社会的な変化を明らかにする.この一連の検討

を通じて持続的農業のあり方について理解を深め

る,という手法を提案している (Gliessman2006) .

農生態学では,とりわけ伝統的農法に注目してい

る.伝統的農法の特徴は,①商業的製品の投入に依

存しない,②再利用可能であり地域に存在する資源

の利用,③養分循環を促す,④農場および環境に利

益がある,⑤地域の環境に適応している,⑥微気象

を最大限に活用している,⑦収量の持続性の範囲内

で高収量をめざす,③特定あるいは時期的な多様性

を維持する,⑨地域のニーズを満足させる生産を優

先する,⑩地域の生物種の多様性を保全する,およ

び⑪地域の文化や知恵、を保全するなど,時間軸を超

えて存在してきた実証がある (Gliessman2006) .

しかしながら,近代農法が広く普及している現代

において,持続可能な農業生態系へ転換していくに

は,やはり近代農法の改善からはじめなければなら

ない.この転換プロセスにおいて農生態学の取組み

は次の 4つの段階に分けられ,段階的に発展させて

いくことを推奨している.まず,レベル 1の取組み

としては,農業生態系での投入物に対する利用効率

や,それに関わるコスト削減などをめざしたシステ

ム改善を行うものである このレベルで、の研究や改

善提案は,現行の近代農法をベースとしていること

から多くの農業者や研究者に受け入れられ,広く展

開されている実態がある.しかし,持続的農業に関

する多くの研究ではこのレベルにとどまるものが

多い.次のステップ(レベル 2) としては,農業生

態系に慣行の投入物を削減し,代替する農法に置き

換えるものであり,有機農業などの生産手法の抜本

的転換が求められる.このレベルでの研究において

は,慣行農法と有機農業との生産性の対比など闘場

レベル,農家レベルでの取組みについてその優位性

を考究することになる そこでは,近代農法と比較

小松崎米国における農生態学 (Agroeco!ogy)の取組みについて 237

した場合,推奨される農法は必ずしも生産性など優

位を示すとは限らない.そこでの生態系の評価は,

より多面的な視点が求められる.さらにレベル 3と

して,このような生態系管理手法が地域の中で広が

るにつれて,生態系をベースとした,生物種保全や

地域の物質循環の改善などの新しい機能を加えた

農業生態系の再構成をどうデザインするかという

課題に発展させることが望まれる.たとえばCASFS

の村本博士は,カリフオルニア州、|の有機栽培イチゴ

農家と協力して,地域内の物質循環と耕地内の養分

循環機能を向上させた新しい有機栽培管理手法に

ついて,農家の生産現場において実証試験を行って

おり,そこでは有機栽培におけるイノベーションを

目的としている.そしてレベル 4として,地域の環

境保全に資する生態系バランスを重視した農法の

展開と生産者と消費者が持続的な関係を構築する

文化へ転換する.これらのプロセスを通じて,持続

可能な農業と食料システム構築をめざしている

(Gliessman 2006) .

この転換過程を通じて,農生態学の対象とする研

究項目は,①生態系の変化をモニタリングする,②

農業生態系への投入レベル,管理手法の変化と収量

のモニタリング,③エネノレギ,労力,および利益の

変化を理解する,④持続性への鍵となる指標

(Sustainability indicator)を認識し,それらのモニ

タリングする,さらに,⑤農家個々人がモニタリン

グできるような持続性への指標を適用するもので

ある.持続可能性指標とは,持続可能性を予測する

ための環境,経済,社会および個人に関するさまざ

まな指標である.これらの指標の重要性は一様では

なく,重要度については,個人あるいは世代聞を越

えて民主的に決められるべきであると考えられて

いる (Gliessman2006) 農生態学では,さまざま

な持続性指標が提案されており,農業生態系評価の

ための持続性指標については,生態系領域,経済領

域および社会厚生領域からそれぞれ指標が提案さ

れている (Gliessman2006) .

アメリカ ・カナダなどでは州レベルや市 ・群レベ

ノレでの持続可能性指標の作成が盛んで、あり,環境面

のみならず,経済,コミュニティの指標を取り入れ,

市民参加型で作成されている事例が多い.しかし日

本では,環境基本計画の進捗状況を測るための環境

指標の導入は盛んであるが,経済,コミュニティの

写真 2 土壌の健康指標についての実習を指導する村本博士(前列左)

分野を環境分野と同等に扱った持続可能性指標の

作成事例は少ない.

6. 農生態学の圃場管理

農業生態系において,持続性を念頭においた場合,

何が重要な要因となるか,資源制約となる要因は何

かを考えることが生産技術を考えていくうえでの

ベースラインとなる.構成する農業資源には,光,

温度,降雨および水分,風,土壌,土壌水,および

生物種などがある.これらは,微気象あるいはマク

ロ気象的な変動の中で交互に関連しあっているこ

とに注目する.

農業生態系での土壌は,作物生産の中で植物の生

育を支え,養分の保持供給,環境変動への緩衝作用

を示すなど多面的に機能しており,そこでは,生産

性の高い土壌を求めるのではなく,肥沃な土壌をめ

ざしている.生産性の高い土とは高い収量を得る能

力のある土壌であるのに対し,肥沃な土壌とは,土

壌の物理的,化学的および生物的な機能の特徴およ

びその交互作用をそれぞれのプロセスで持続的に

高く維持するものである.そこでは土壌有機物の保

全が鍵となり,土壌の生物種は持続的な土壌管理の

指標となり, (Muramoto and Gliessman 2006) この

ショー トコースでは,村本穣司博士により簡易な土

の健康度評価手法の トレーニングが行われた(写真

2) 農業生態系での土壌有機物の重要性について

はすでに報告しており,男IJ稿を参照されたい

(Komatsuzaki and Ohta 2007) .

農生態学の圃場管理でもっとも特徴的なのは,病

238 農業および園芸第 83巻第2号 (2008年)

害虫のコン トロールである.基本的には, Inter

croppingや Stripcroppingなど複数種類の作物を

同時に栽培することで,植生に多様性を与え,天敵

を含めたさまざまな生物種を圃場に共存させるこ

とで,害虫の密度の増加を防ぐものである.とりわ

け,生垣 (Hedgerow)は,害虫に寄生する天敵の生

息場所を確保するため,開花する作物を栽培するも

のである. UCSCの Swezey博士らは,有機栽培イ

チゴの主要害虫である Lygushesperus (カメムシ目

の害虫)に対し,アルフアルファを Trapcropとし

て全圃場面積の 2%に作付けすることで,害虫を寄

せ集めそれらを吸収除去したり,あるいは Geocoris

spp. (オオメカメムシ)などそれらの天敵となる昆

虫を生息させ,作物への害虫被害を一定量低下させ

ることができることに注目している(写真 3)

7 コ ミュニティと

連携した農生態学

農生態学のめざす持続可能な食料システムを実

現していくために,生態系のシステムに即した農業

を営む生産者と消費者がより直接的な連携をむす

ぶことで,第 4段階のアプローチへと発展させるこ

との重要性を述べている (Gli巴ssman2006) .そこ

では,“FoodCitizenship" 食の市民権)の理念が

この生産者と消費者との連携をより強固にするも

のと考える.農業そのものは本来, “暮らし"に基

づくきわめて人間文化的な営みであったはずであ

る.しかしながら,大規模農業による集約的かっ工

写真 3 おとり作物(アルフアルファ)の管理と害虫 ・天敵との関係を解説する Swezey博士(右)

業的生産システムの拡大につれて,農産物は生態系

の枠から大きく離れた“グローパル化"の中で,食

と農が大きく分断される構図を示している.それぞ

れのコミュニティを基本として改めて食と農の連

携を展開することで,持続的な食料システムが構築

できるものと考える (Gliessman2006) .そこでは,

CSA (Community Supported Agriculture)や,コミュ

ニティガーデンなどの取組みが発展している.CSA

は「地域支援農業」と訳され, CASFSはこの西部

の拠点となっている (CSA西部の事務所を兼ねる)•

CSAはいわばアメ リカ流の提携運動で,都市の消費

者が前もって農産物の代金を払って小規模の有機

農家の生産を保証,支援するものである.日本の有

機農業運動における農家と消費者の提携がその起

源といわれており, Teikei (提携)はいまや世界に

通じるキーワードとなっている.都市の消費者がグ

ノレープをつくり年毎の契約を結ぶのが普通だが,月

ごと,週ごとなどの契約を認める場合もある.環境

教育,農業体験,農業支援,地域経済支援などの目

的も併せ持っている.多くの人々が毎日食べている

農産物が「どこで,誰がつくったのかつJわからず

消費している中で, CSAの取り組みは消費者の食に

対する安全 ・安心をもたらし,農家においては有機

農産物の新たな販売ルートを形成している.

さらに,有機農産物に対して誰もがアクセスする

機会を拡大することも目的として,コミュニティ

ガーデン(直訳すれば地域の農園J)の取組み

も広がっている コミュニティガーデンは,地域住

民が主体となって,地域のために場所の選定から造

成,維持管理までのすべて過程を自主的な活動に

よって支えられている.活動主体となるのは地域住

民ボランティアであり,農園の栽培活動は基本的に

誰が参加しでもよく,日々の農作業体験と収穫物の

シェアがある.また,農園は柵などにより因われて

おり ,管理者が不在のときは入れないなどの安全上

の配慮、がなされている.参加者は,活動の中でガー

デニングの技術や植物に関する知識などを学び,ま

た活動を通してあらたなコミュニティを形成する

ものである.運営に関する資金は,NPOや地方行政

団体が補助されるが,運営は参加するボランティア

が合議で決めるところが多いという.

CSAやファーマーズ‘マーケットを中心とした有

機農産物の流通システムでは,購買者の多くは比較

小松崎・米国における農生態学 (Agroecology)の取組みについて 239

的高所得層が該当している.しかしながら,アメリ

カは相対的貧困層の割合が世界第ーとなるなど,経

済格差が著しく進んでいる国である.とくに,アメ

リカの家庭の 11%が貧困層に該当し,その内 22%

のアフリカ系家族が貧困層に該当するなど人種問

題も含んでいる.誰もが新鮮で安全な農産物にアク

セスする権利があるという “FoodCitizenship"の実

現を考えたとき,コミュニティガーデンで収穫され

た農産物を多くの人々にシェアしてし、く活動は,低

所得者への新鮮な農産物を供給し,食の安全保障を

高めていくことに加えて,マイノリティの住民との

交流など地域のコミュニティカを強化するもので

ある.このようなコミュニティ形成は,将来予想さ

れる地球規模での環境 ・社会変動の中で高い適応力

を示す可能性があることが期待される.

食のグローパリゼーションが進行する中で,安全

で安心の食べ物を自由に作り選択できる国民の権

利として“FoodSovereignty" 食糧主権)に関す

る議論が,わが国においても広く展開しつつある

(山崎農業研究所 2000) この中で“ Food

Citizenship"は,コミュニティガーデ‘ンの活動Jなど,

より地域と食とが連携した関係を築くことをめざ

している (Gliessman2006)

8. 国際間 コミ ュニティのネツ

ト ワークをめ ざ し て

コミュニティレベルでの食の安全保障を高めて

いくには, CSAやファーマーズ、マーケット,および

コミュニティガーデンなど取組みの有効性が期待

されるが,世界規模での食の流通システムの中で限

定された地域でのみ生産される農産物も少なくな

い たとえば,コーヒ ー,紅茶, チョコレートやス

パイスなどの多くがこれに該当する.ここにおいて

も農生態学は,生産者と消費者をできるだけ直接連

携することで持続可能な農業システムを形成し,新

しい食料システム構築をめざしている.

Gliessman教授は,生態系保全に資する有機栽培

を行うメキシコのコーヒ一生産者組合と連携し,ア

メリカの消費者へコーヒーを直送する Community

Agriculture Network (CAN)の活動を展開している.

そこでは,持続的な地域の生活や環境を保全するた

めに,研究,実践的な教育 (ActionEducation)や

貿易の改善を行っている.具体的にはメキシコにお

いて,農生態学に基づく新たな管理手法に関する研

究と教育を展開することと同時に,コーヒーの生産,

流通,消費について,生態的な最適性の評価手法を

導入している.このような活動により,環境保全と

両立し品質の高いコーヒ一生産と生産農家の安定

経営,および安全 ・安心のコーヒーをアメリカの消

費者に供給する,いわゆる “DirectFare Trade"を

実践している また,その活動実践を通じて研究者

は参加 ・行動型研究 (ParticipatoryAction Research)

を推進する一方で,インターンシップを通じた学生

の問題発見,価値ある体験および課題解決に関わる

実践教育 (ActionEducation)へと発展させている

(Gliessman 2006) .

おわりに

どのような農業システムが持続的なのか?とい

う疑問は今世紀のもっとも大きな課題の一つであ

ろう .わが国では持続可能な農業システムをめざし

て,減農薬,減化学肥料,有機栽培,あるいは自然

農法など多面的な展開をみせている.それぞれの農

法を提唱している人々は,たとえば化学肥料の必要

性に関する議論など,是か非かというような二極的

な議論が多い気がする.農生態学では,現行の農法

を段階的に生態系に適合する農業システムへと転

換するために,生産者と消費者が地域のコミュニ

ティで手を携えて取組みをすすめるためのアイデ

アの体系化をめざしている.そこでは,どちらが正

しいのかとしづ議論ではなく ,持続可能な食料シス

テムをどう作り上げるのか?という大きな目標に

向かっていくための手法とツールをそろえており,

これらを活用した教育と研究の展開に大きな魅力

を感じた.

謝辞

本文作成にあたり,カリフォルニア大学サンタク

ノレーズ校農生態学 ・持続的食料システムセンター准

研究員村本穣司博士からご助言をいただきました

こと記して謝意を表します.

文献Altieri, M. 1983. Agroecology. Div. of Biol. Control, U. C

Berkeley, Cleo' s Duplication Services Gliessmal, S., R. Gracia-Espinosa, and M. Amador 1981. The

ecological basis for the application on traditional agriculture technology in the management of tropical agroecosystem. Agro-Ecosystems 7: 173白 185.

遠藤織太郎 1999 持続的農業システム管理学.農林統計協会,

240 農業および園芸第 83巻第 2号 (2008年)

東京

Gliessman, S. R. 2006. Agroecology : The ecology of sustainable food

systems. CRC press, Boca Raton, FL

Komatsuzaki, M. and H. Ohta. 2006. Soil management practices for

sustainable agro-ecosystems. Sustainability Science 2: 103-120

瀬戸昌之 1992 生態系一人間生存を支える生物システムー.有

斐目~1.東京.

Muramoto, J. and S. R. Gliessman 2006. Bioindicators : use for

assessing sustainability of farming practices

Encyclopedia of Pest Management. DOI 10. 1081 / E -EPMー

120037741

山崎股業研究所 2000 食組主権.暮らしの安全安心のために 股

文協,東京

外国文献抄録

イネにおけるシロイヌナズナの乾燥と塩ストレス耐性遺伝子である HARDYの発現による水利用効率の向上

Karaba, A., S. Dixi t, R. Greco, A. Aharoni, K. R.

Trijatmiko, N. Marsch-Martinez, A. Krishnan, K. N.

Natarja, M. Udayakumar and A. Pereira 2007. Improvement

of water use efficiency in rice by expression of朗RDY,an Arabidopsis drought and sal t tolerance gene. PNAS

104(39):15270-15275.

近年,急激な人口地加とそれに伴う社会や経済の発展に

よる水不足が危倶されている.そんな中,世界人口の半分

以上が主食としているイネは,コムギやトウモロコシなど

他の食物に比べ 2~3倍の水を必要とし,その割合は,現在

世界中で作物生産に使用される水の約 30%である.さらに

は,水不足は乾燥や塩などの環境ストレスを引き起こし,

今日,植物の生産能力を妨げている最も重要な要素でもあ

る.環境ストレスに強し植物の多くは,ストレス条件下に

て水利用効率(附E)を上げることで水を節約しているこ

のため,収量の減少なしに即Eを高めることが,7l<を節約

するだけでなく,持続可能な農業の発展へともつながる.

本論文では,flARDY (fIRD )遺伝子をシロイヌナズナにて特

定し,シロイヌナズナ内で過熱腕現させて効果を確認した

後,fIRD遺伝子をイネ(日本晴)に導入し過乗l廃現させる

ことで附Eを高め,乾燥ストレス耐主の向上をさせること

に成功した

まず,アクティベーション ・タギンクー法を用いてシロイ

ヌナズナ群から,AP2/ERF転写因子に類似する fIRD遺伝子

(Atみ36450巴)を特定したそして,この fIRD過剰発現シ

ロイヌナズナにおいて乾燥と塩ストレス而折注を確認した.

この fIRD遺伝子をアグ、ロパクテリウム法にて日本晴に導

入し,播種後 55~75 日の T3 世代のイネにおいて fIRD遺伝

子の効果を確認したところ,収量や成長,発芽キ喋肉細胞

数には里子生株との違いはみられなかった しかし,fIRD過

乗l腕現イネでは,分げつ数が増え,葉がより深い緑色にな

り,結果,総バイオマスが上昇した また,葉肉細胞数に

違いはみられなかったが,維管東鞘細胞数に増加がみられ

た.これに伴い,炭素同化率と炭素同化量が著しく高くな

った.さらには,気孔伝導度の低下による平均蒸散値の減

少が確認され,結果,町Eが向上した

この結果をふまえ,同様の試験を乾燥ストレス条件下に

て行った.ここでの乾燥ス トレスは,ポット内の水が飽和

したときの水分量を(重さベースで) 100%としたときに

70%まで乾燥させた状態を指す.里子1全株がこの乾燥ストレ

ス条件下で,葉が巻くなどの典型的な車操ストレス時の表

現系を示したのに対して,紙汐過剰発現イネは顕著な乾燥

ストレス耐性を示したとくに,恨のバイオマスの増大は

著しかった.乾燥ストレス条件下においても通常条件下と

同様に,バイオマスの増加や平均蒸散値の低下,総炭素同

化率と炭素同化量の上昇を確認、した.

以上のことから,fIRD過乗1JJE現イネでは,気孔伝導度の

低下による平均蒸散値の減少と総炭素同化率の向上によっ

て帆厄と葉肉細胞の光合成機能効率が上がり,これがバイ

オマスの増加に寄与していることが示された.また,光化

学系Hの反応中心効率を調査したところ,この点において

も通常条件下およひ軍機ス トレス条件下両方にて,fIRD過

剰発現イネが野生株より高し値を示したここから,脱

過乗1J発現イネの高い光合成能力は,光化学系Eの反応中{;

効率の上昇によるものだと示唆された.

今後の flRD遺伝子のさらなる機能解析や,他の作物への

応用などを通じての持炉尚農業生産への貢献に期待する.

味京大学大判完農学生命科学研究科作物学研究室

倉井友寛)