12
群論で何を判断するか? 1.軌道の重なりの程度を判断できる 2.分子軌道波動関数を簡便に作成できる 群論による配位子群軌道の形成 1.群軌道について (a) コットン、ウィルキンソン、ガウス「基 礎無機化学第3版」、1998、培風館、pp. 489-493. (b) F. A. Cotton, Chemical Applications of Group Theory, 2 nd Ed., Wiley, New York, 1971, Chap. 8. 2.対称性について (a) 1(a), (b) 日高、安井、海崎、 Douglas・McDaniel・Alexander無機化学(上), 3rd Ed., 東京 化学同人, 1997, 3章, (c) 佐藤純夫, 化学群論序説, 講談社, 1976. 3.既約表現の求め方 (a)大岩正芳、群論と分子、化学同 人、1976、3章. まず、具体的な手順を示して説明しよう。 1.錯体が属する点群を決める。ここでは、正八面体型の錯体ML 6 を考える(Fig. 1)2.関与する配位子の軌道を選ぶ。ここでは、中心金属とσ結合を形成する軌道を選ぶ。すなわち、各配位子Lの 中心金属Mに向いている軌道(j 1 j 2 j 3 j 4 j 5 j 6 )を選び、各L上の座標は、M方向をzに選ぶ。 3.各対称要素の可約表現の指標を求める。 4.可約表現にどの既約表現が何個含まれるかを計算する(式 )。 5.4で求めた既約表現に属する分子軌道の基底をつくる。 6.5で求めた基底をもとにそのLCAOで分子軌道をつくる。 7.永年方程式を解いて分子軌道を求める。 Copyright© 2014 by Shogo Shimazu. All rights reserved.

群論による配位子群軌道の形成 - Chiba Upulsar.tc.chiba-u.jp/~shimazu/sakutai/sub2/class...群論で何を判断するか? Douglas 1.軌道の重なりの程を判断できる

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群論で何を判断するか? 1.軌道の重なりの程度を判断できる 2.分子軌道波動関数を簡便に作成できる

群論による配位子群軌道の形成 1.群軌道について (a) コットン、ウィルキンソン、ガウス「基礎無機化学第3版」、1998、培風館、pp. 489-493. (b) F. A. Cotton, Chemical Applications of Group Theory, 2nd Ed., Wiley, New York, 1971, Chap. 8. 2.対称性について (a) 1(a), (b) 日高、安井、海崎、Douglas・McDaniel・Alexander無機化学(上), 3rd Ed., 東京化学同人, 1997, 3章, (c) 佐藤純夫, 化学群論序説, 講談社, 1976. 3.既約表現の求め方 (a)大岩正芳、群論と分子、化学同人、1976、3章.

まず、具体的な手順を示して説明しよう。

1.錯体が属する点群を決める。ここでは、正八面体型の錯体ML6を考える(Fig. 1)。

2.関与する配位子の軌道を選ぶ。ここでは、中心金属とσ結合を形成する軌道を選ぶ。すなわち、各配位子Lの

中心金属Mに向いている軌道(j 1、 j 2、 j 3、 j 4、 j 5、 j 6)を選び、各L上の座標は、M方向をzに選ぶ。

3.各対称要素の可約表現の指標を求める。

4.可約表現にどの既約表現が何個含まれるかを計算する(式 )。

5.4で求めた既約表現に属する分子軌道の基底をつくる。

6.5で求めた基底をもとにそのLCAOで分子軌道をつくる。

7.永年方程式を解いて分子軌道を求める。

Copyright© 2014 by Shogo Shimazu. All rights reserved.

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M

配位子からの各σ軌道

j

j

j

j

j

j

y

x

zx x

x

z

z

z

z

z

y

y

y

y

y

x

x

L

L

L L

L

L

金属ー配位子結合に関与する個々の原子軌道

金属原子:s, p, d 軌道

配位子:金属原子と結合する配位子の軌道 ( j 1、 j 2、 j 3、 j 4、 j 5、 j 6 )

Lはx, y, z 軸上から金属原子の方向に、直接σ軌道のみを向けて相互作用する

場合を考える(σドナー型)

Fig. 1 正八面体型錯体(ML6)の各軌道

M

j

j

j

j

j

j

C4

C3

Fig. 2 正八面体型錯体の対称要素

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分子の対称操作は行列(matrix)で表現できる。

簡単な例として、NH3(点群 C3v)を表現してみよう。NH3の各原子に s軌道がある

と考え(Fig. 3)、対称操作で、どのように変換出来るかをみよう。

いま、対称操作 sv を行うと、

(sN, sH1, sH2, sH3) → (sN, sH2, sH1, sH3)

の変換がおこる。この変換は、行列の掛け算を用いて次のように

表すことができる。

行列D(sv)を操作svの表示(representative)という。

これと同じような方法を用いて、他の対称操作を表わす行列を示してみよう。

例えば、C3は、 (sN, sH1, sH2, sH3) → (sN, sH2, sH3, sH1) という結果を与え、その変換は

となる。

恒等操作は(sN, sH1, sH2, sH3) を変化させないから、 である。

対称操作の表現方法

)( , , ,

0100

0010

1000

0001

, , , , , , 3H3H2H1NH3H2H1NH1H3H2N CDssssssssssss

)( , , ,

0100

1000

0010

0001

, , , , , , vH3H2H1NH3H2H1NH3H1H2N sDssssssssssss

sH3

C3

sv

sH2

sH1

sN

sv'

sv''

Fig. 3 NH3の各軌道と対称要素

1000

0100

0010

0001

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群の操作のかけ算と行列のかけ算は同形

操作 sv と 操作 C3 のかけ算を行列で示す(eq. 1)のようになり、結果は操作 sv”になる。

(eq. 1)

これは、群のかけ算の規則、

sv × C3 = sv” となり

行列表現 (matrix representation)

C3vの6つの対称要素の行列表現を以下に示す。

(eq. 2)

可約表現 (reducible representation) と既約表現 (irreducible representation)

ここまでは、NH3の4個の s 軌道を考えた(Fig. 3)。そこで、このNH3はその構造から、2種類の原子に分けられる。

すなわち、1個の N と3個の Hである。これらについて、それぞれの行列表現を行うと、N は 1×1行列、H は3×3 行

列で表現できる。

Nについては

(eq. 3)

また、この行列の対角要素の和(c )を求めると、

D(E) D(C3) D(C32) D(sv) D(sv’) D(sv”) (eq. 4)

c

)"(

0010

0100

1000

0001

0100

0010

1000

0001

0100

1000

0010

0001

)()( v3v ss DCDD

0010

0100

1000

0001

)"(,

0100

1000

0010

0001

)'(,

1000

0010

0100

0001

)(,

0010

1000

0100

0001

)(,

0100

0010

1000

0001

)(,

1000

0100

0010

0001

)( vvv233 sss DDDCDCDED

1)"(,1)'(,1)(,1)(,1)(,1)( vvv233 sss DDDCDCDED

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ここで、c はその操作の指標 (character)という。

同様に、3個の H についても c を求めてみる。まず、各行列は、

(eq. 5)

よって、その対角要素の和を求めると、指標 c が求まる。

D(E) D(C3) D(C32) D(sv) D(sv’) D(sv”) (eq. 6)

c = 3 0 0 1 1 1

ここで、気づいた人もいると思うが、Nの1次行列とHの3次行列は、元の4次の行列を2つに分解した(簡約した

(reduced))表現になっている。つまり、もとの行列をさらに低次元の行列に簡約する(reduce)ことができる(eq. 7)。もと

の行列を可約表現 (reducible representation)、もう簡約できなくなった行列を既約表現(irreducible representaion)とい

う。すなわち、n 次の行列は、 (eq. 7)のようになっていれば、既約表現 Γ1,Γ2 ,Γ3 ,Γ4に簡約化できる。ここで、

n = i + j + k + l である。従って、n 次の計算をする必要がなく、各既約表現について計算

(eq. 7)

をすれば良いので、簡便になる。

既約表現を表わす記号は、従来Γ1,Γ2 ,Γ3 ,・・・Γnが用いられていたが、現在ではほとんどの場合Mullikenによっ

て提案された記号を用いる。

001

010

100

)"(,

010

100

001

)'(,

100

001

010

)(,

001

100

010

)(,

010

001

100

)(,

100

010

001

)( vvv233 sss DDDCDCDED

可約表現(n次行列) 既約表現+可約表現 既約表現

1000000000

0100000000

0010000000

0001000000

0000100000

0000010000

0000001000

0000000100

0000000010

0000000001

Г1 (i次)

Г2 (j次)

Г3 (k次)

Г4 (l次)

0

0

0

0

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点群の指標表

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Tab. 1

Tab. 2

Tab. 3

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既約表現の表示(Mullikenの記号) (1)一次元既約表現は、A or B で表す

主軸の回転に対して対称の場合 A(指標が1)

主軸の回転に対して反対称の場合 B(指標がー1)

主軸に垂直なC2軸(D対称)

主軸に平行なσ面

(2)二次元既約表現は、E で表す

三次元既約表現は、T で表す

下付数字は数学的に決めるが複雑なので、任意と考慮してよい

(3)肩付き符号(‘)、(“)は、主軸に垂直なσh面に対して表し、対称=(’)、反対称=(‘’)

(4)反転(i )に対して、対称=下付(g)、反対称=下付(u)

を持つとき、対称=下付数字1、反対称=下付数字2をつける

既約表現

指標

対称要素 点群(Oh) 対称要素の数(h)

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Tab. 4

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さて、本題に戻って、Fig. 1の正八面体型錯体配位子の群軌道を求めてみよう。

方法1.点群 → Oh

方法2.ここでは、中心金属とσ結合を形成する軌道を選ぶ。Fig. 1の で示したもの。

方法3.可約表現(Gs)の指標を求めてみよう。可約表現の指標は、対称操作によって変わらないベクトルの数に等

しい。これは、行列の対角要素の和に等しい。

そこで、まず、6×6次行列をつくり、各対称要素の行列表現をつくる。

操作Eの場合

( j 、 j 、 j 、 j 、 j 、 j )= ( j 、 j 、 j 、 j 、 j 、 j )

すなわち、10個の対称要素(Fig. 2にC3,C4を表示)の行列表現は、以下の様になる。

etc.

各行列の指標(c)は、対角要素の和だから、(eq. 8)のようになる。

Oh E 8C3 6C2 6C4 3C2 i 6S4 8S6 3 sh 6sd (eq. 8)

cs = 6 0 0 2 2 0 0 0 4 2

方法4.可約表現に含まれる既約表現の数 aiを求める。すなわち、可約表現( G)は、(eq. 9)のように、既約表現

( Γ1,Γ2 ,Γ3 ,・・・Γn)を含む。

G= a1G1 + a2G2 + a3G3 ・・・ + aiGi +・・・ + anGn (eq. 9)

100000

010000

001000

000100

000010

000001

100000

010000

000001

001000

000100

000010

)(,

000100

000001

100000

001000

010000

000010

)(,

100000

010000

001000

000100

000010

000001

)( 43 CDCDED

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この ai 次式で求まる。

(eq. 10)

h:群の次数(指標表の対称要素の合計数)

gR:対称操作(R)の類の次数(指標表の対称操作の前にある数)

c(R):指標表の対称操作(R)の指標

cl(R):可約表現の対称操作(R)の指標

よって、既約表現は、A1g, Eg, T1uであることがわかった。

G= A1g + Eg + T1u

次に、中心金属の既約表現を調べてみよう。Ohの指標表 Tab. 4をみてみると、右側に、

の記号が書かれている。これらは、順番に

を表わしている。そして、それぞれの軌道がどの既約表現に属するかが分かる。すなわち、

A1g: T2g: T1u:

A1g :なし A1u:なし T2u:なし

Eg : A2u:なし

T1g:なし Eu:なし

RRgh

a lRi cc 1

121641301801601121321601601861148

11

gAa

120642301800602122320600601862148

1

gEa

121641300801603121321601600863148

11

uTa

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222222 2, yxzzyx zyxyzxzxyyx ,,,,,,22

xyxyzxzxyyxzpppddddds ,,,,,,,, 222

s

222 ,yxz

dd

yzxzxy ddd ,, xyx ppp ,,

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p 結合

次に、中心金属と p 結合を形成する場合の群軌道の既約表現を求めて見よう。

配位子に、px軌道やpy軌道のように、z軸に対して垂直方向にオービタルが広がる軌道が存在すると、金属原子と

p 結合を形成することができる。

例として、px軌道とpy軌道の既約表現を求めて見よう。

1.px軌道とpy軌道の可約表現

Oh E 8C3 6C2 6C4 3C2 i 6S4 8S6 3sh 6sd (eq. 11)

cp =12 0 0 0 -4 0 0 0 0(=4-4) 0(=2-2)

2.px軌道とpy軌道の既約表現

G= T1g + T2g + T1u + T2u (eq. 12)

M

配位子のPx軌道

y

x

zx x

x

z

z

z

z

z

y

y

y

y

y

x

x

L

L

L L

LL

p

p

配位子のPy軌道

p

p

p

p

Fig. 4 正八面体型錯体(ML6)のp結合を形成する各軌道

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Cf

1.LCAO (linear combination of atomic orbitals) : 球対称場である多電子原子の場合、Schröddinger方程式

は厳密に解けないので近似解を求めざるを得ない。その方法の一つにHartree-Fock法がある。しかし、球対称

でない分子系について、原子と同一のレベルで解を求めることは困難である。Roothaanは分子軌道 j を、各原

子が持つ原子軌道 c の一次結合で表し、 Hartree-Fock方程式をそれらの原子軌道の係数に関する非線形連

立法的式の形に変えて解く方法を考えた。

すなわち、 (1)

式(1)がLCAO-MOである。錯体の軌道をつくるには、配位子の軌道をLCAO法で結合した群軌道と錯体の原

子軌道とをさらにLCAO法で結合させてつくる。式で表すと以下のようになる。ただし、 jG は点群

(2)

の既約表現の変換性をもつ中心原子軌道であり、 は、同じ G の既約表現を持つ配位子の群軌道である。

s

sisi C cj

i

iia jGj )(

i

iia j

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L

L

L

LLM

1.下のD3hの指標表を利用して、三角両錐型錯体 ML5の可約表現および既約表現を求めなさい。

2.得られた既約表現から、分子軌道を描きなさい。

推薦参考書 1.井上晴夫、量子化学I、丸善、1996,pp.159-192 2.大塚、巽、錯体の立体化学上、講談社サイエンティフィック、1986,

pp.16-32.

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