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Vol.5 No. 3 2009 2009年3月号 “世界の中心”から野菜苗ビジネス革命 暗闇が育てるホワイトアスパラガス 異業種連携でワインづくり、人材育成 津山特産の農産物から26の加工品 弘前の伝統トウガラシをブランド化 農の力 食の夢 地域大学サミット「地域の特色を活かした大学戦略」 連載 新しい技術者像を探る 日本の技術者、世界のエンジニア 英国南西イングランド 複合的グローバル連携モデルの構築へ 京都大学 ロンドンに産官学連携欧州事務所 特集

産学官連携に関する情報サイト - 農の力 食の夢 · 2015-03-13 · Vol.5 No.3 2009 2009年3月号 “世界の中心”から野菜苗ビジネス革命 暗闇が育てるホワイトアスパラガス

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Page 1: 産学官連携に関する情報サイト - 農の力 食の夢 · 2015-03-13 · Vol.5 No.3 2009 2009年3月号 “世界の中心”から野菜苗ビジネス革命 暗闇が育てるホワイトアスパラガス

Vol.5 No. 3 2009 2009年3月号

●“世界の中心”から野菜苗ビジネス革命●暗闇が育てるホワイトアスパラガス●異業種連携でワインづくり、人材育成

●津山特産の農産物から26の加工品●弘前の伝統トウガラシをブランド化

農の力 食の夢

地域大学サミット「地域の特色を活かした大学戦略」

連載 新しい技術者像を探る

日本の技術者、世界のエンジニア

■英国南西イングランド 複合的グローバル連携モデルの構築へ■京都大学 ロンドンに産官学連携欧州事務所

特集

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http://sangakukan.jp/journal/産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 20092

CONTENTS

●巻頭言 産学官の特長を活かしメガソーラー発電計画を推進 森 詳介 ............... 3

●特集

農の力 食の夢●“世界の中心”から野菜苗ビジネス革命 ベルグアース山口社長の人材こだわり哲学 登坂 和洋 ............... 4

●暗闇が育てるホワイトアスパラガス 産地復活への希望の光 登坂 和洋 ................. 7

●霧島工業クラブ 異業種連携でワインづくり、人材育成 朝倉 脩二 ................. 11

●津山特産の農産物を原料に26の加工品 坂本 定禧・近藤 浩幸 ................. 14

●弘前の伝統トウガラシをブランド化 生産者最後の1人から反転攻勢 中村 元彦 ................. 17

●地域大学サミット2008 パネルディスカッション「地域の特色を活かした大学戦略」 遠藤 達弥 ............... 20

●英国南西イングランド 複合的グローバル連携モデルの構築へ 倉本 泰信 ............... 26

●京都大学が初の欧州事務所 木村 亮 ................. 29

●インタビュー 東北大学大学院工学研究科 教授 源栄正人氏 地震防災システムの進化 大揺れの前の安全確保に向けて 西山 英作 ................. 32

●大学における安全保障貿易管理 −自主管理体制整備の促進− 経済産業省 貿易経済協力局 貿易管理部 安全保障貿易検査官室 ................. 34

●ER流体とその応用製品をベンチャーで事業化 井上 昭夫 ................. 37

●大学におけるライフサイエンス研究と特許出願 石埜 正穂 ................. 39

●連載 新しい技術者像を探る 日本の技術者、世界のエンジニア 大橋 秀雄 ................. 42

●連載 若手研究者に贈る特許の知識 基礎の基礎 第2回 特許とは何か? 秋葉 恵一郎 ................. 44

●イベント・レポート 公開シンポジウム「イノベーションと人材育成」 イノベーションと人材育成................................................................................................................................................. 47

●イベント・レポート 全国イノベーションコーディネータフォーラム 2009 進むネットワーク、求められる若手人材育成.............................................................................................................. 50

●編集後記................................................................................................................................................................................... 51

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●産学官連携ジャーナル

http://sangakukan.jp/journal/

森 詳介(もり・しょうすけ)

関西電力株式会社 取締役社長

3 産学官連携ジャーナル Vol.5 No3 2009

◆産学官の特長を活かしメガソーラー発電計画を推進人類の喫緊の課題である地球温暖化問題の解決に向けて、電力業界では、お客さまの省エネルギー等のサポートに努めるとともに、お客さまにお届けする電気そのものの低炭素化を進めています。

電気の低炭素化については、発電時にCO2を発生しない原子力や水力発電所の安全・安定運転に加え、火力の発電効率向上を進めてきました。さらに、太陽光や風力など再生可能エネルギーの利用拡大にも力を入れています。

ただ、太陽光や風力については、現在のところコストが高いことに加え、気象条件により出力が大きく変動するという問題があります。そうしたことから、これら太陽光等による電気は、電力の系統とつなぐことによって、そのメリットをより活かせることになりますが、その一方で、こうした不安定な電気を大規模に接続した場合に、系統全体に影響を与え、お客さまへの安定供給を損なってしまう可能性がないか等を確かめる必要があると考えています。

そこで電力業界では、2020年度までに、全国約30地点に合計14万キロワット程度のメガソーラー発電所を建設し、太陽光発電の普及拡大に弾みをつけるとともに、こうした課題を検証していくことにしています。

関西電力では、産学官連携の下、大阪府堺市臨海部において、出力約1万キロワットの事業用発電所を平成21年度から着工する予定です。

堺市は、政府の「環境モデル都市」に選定されるなど、低炭素型都市の実現に熱心に取り組まれています。本プロジェクトは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の補助対象事業に採択されましたが、その申請を当社と共同で行っていただきましたし、また、今後も財政面を含め全面的な支援をいただける予定であるなど、当社と一体となって推進していただいています。

今後、学識経験者にも加わっていただき、普及拡大に向けた諸課題の検証等に努め、得られた知見については、広く公表していく予定です。

このように私どもは、今後とも一層低炭素な電気エネルギーを安全かつ安定的にお届けするとともに、ヒートポンプなど高効率機器やシステムの開発・普及、コンサルティング活動にも努め、地球環境の保全と、経済の持続的発展の同時実現に、貢献していきたいと考えています。

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http://sangakukan.jp/journal/4 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

小説『世界の中心で、愛をさけぶ』の舞台のモデルになっている宇和島市は南予(愛媛県南西部)の中核都市である。2005年8月に旧宇和島市と吉田、三間、津島の3町が合併して新市になった。JR予讃線の特急列車の終着である宇和島駅から南に向かってバスに30分ほど揺られると旧津島町役場近くの「岩松」というバス営業所に着く。その隣がタクシー営業所。「年寄りにはミカンを作っている人もいるけど、(若い人は)みんな(他の地域に)働きに出ているよ、このへんは工場が無いから」。タクシー運転手の話を聞きながら、西に10分ほど走った北灘という地域が、日本最大級の閉鎖型苗生産施設を持つベルグアース株式会社の本拠地だ。野菜の接ぎ木苗生産量日本一のベンチャー企業である(写真1)。山口一彦社長は「安定生産のためには安定雇用」と人材にこだわる熱き経営者である。

◆外の環境から隔離された生産システム閉鎖型苗生産システムとは何か。それは外の環境から隔離された空間で、光・水・温度・CO2を人工的にコントロールして苗を育てるものだ。古在豊樹前千葉大学学長らが提唱した。このシステムには病害虫の侵入を最小限に抑えられるなど、次のような特長がある。

【閉鎖型苗生産システムの特長】・病害虫の侵入を最小限に抑えられる。・温度環境の制御が可能なので、花の下の葉がほぼ7~9枚と一定になり(第一花房着生葉位の低段化)、年間を通じて安定した苗生産が可能となる。

・ハウス育苗より光合成産物を効率よく蓄積できるため、初期生育が早くなる。

・光合成が活発に行われた結果、多量のアントシアニンが発生する。・通常のハウス育苗と比べ茎径は1.2倍になる。葉に厚みがあり茎の生毛も豊富。

写真1 大型ハウスで育てている野菜の接ぎ木苗

愛媛県宇和島市にある農業のベンチャー企業、ベルグアース株式会社は野菜の接ぎ木苗生産量日本一である。ハウスでの育苗が中心だが、光、水、温度などを人工的にコントロールする「閉鎖型苗生産システム」でも日本最大級の施設を持ち、産学連携による研究開発にも積極的だ。年商24億円で、社員は160名。この社員数は同市で最大級だ。山口社長の人材へのこだわりとは?

“世界の中心”から野菜苗ビジネス革命ベルグアース山口社長の人材こだわり哲学

特集● 農の力 食の夢

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http://sangakukan.jp/journal/5 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

同システムの現場に案内してもらった。建物の入り口のエアカーテンを抜けるとエアシャワー室があり、そこで1人ずつ15秒間シャワーを浴びてから中に入る。建物の中に閉鎖型苗生産施設がある。業務用冷凍室のような扉を持った部屋が並んでいる(写真2)。さらに、その部屋に入ると棚があり、苗が並べられたトレーが置かれている(写真3)。1部屋(1基と呼んでいる)に入るトレーは120枚。こうした部屋が現在21基ある。同社は平成13年から千葉大学、太洋興業株式会社と共同で閉鎖型苗生産システムの開発に関する研究を始めた。また、同社は社団法人農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)の補助金を得て、太洋興業と共同の研究開発を行った。このときは、ベルグアースはトマト苗の育苗技術の確立を受け持った。こうした幾つかの組み合わせによる共同研究開発を経て、太洋興業が製品化した同システムを、ベルグアースは平成18年に14基導入、翌19年に7基増設した。

◆こだわりの苗の要求に応える現在、同社が同システムで作るのはトマトの苗が中心で、すべて受注生産である。発注するのは種苗会社、JA(農協)、農家・農業法人である。なぜ、閉鎖型苗生産システムなのか。「こだわりの苗、言い換えると、高い水準の要求に応えたいから」と山口社長は言う。例えば、トマトの花の咲く位置は、通常、季節などの外部環境に影響されるが、閉鎖型苗生産システムでは環境をコントロールできるため、生産者の要求に応えることができる。「通常のハウス栽培の場合、苗を納入できるようになる日が、予定日と比べ前後に最大4日ずれることがあるが、閉鎖型システムでは見込みと違っても1日程度」(山口社長)。これを支えているのが技術陣だ。生産部研究技術開発課主任の清水かほりさん(写真4)はこう語る。「トマトといっても、新しい品種が次々と作られ当社で生産しているだけでも何百種類もあるんです。それぞれ生長の仕方が異なるし、育てるための光、温度、水、肥料などの条件も違います。それを見つけるのが研究の1つの柱です。露地、ハウスのデータはそのまま使えませんし」つまり、このシステムでは野菜の品目、品種の細かなデータをそろえること、そして顧客から要求される苗の品質、納期に最適な育て方を見つけるノウハウが決定的に重要なことがわかる。そのノウハウが同社の強みなのだ。装置を導入すれば誰でも簡単に高品質の苗を作れるわけではない。清水さんはキュウリ、メロンなどのウリ科を主に担当している。「閉鎖型

写真3 苗が並ぶトレーを持つ、山口一彦 社長

写真2 閉鎖型苗生産施設

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http://sangakukan.jp/journal/6 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

で育てたウリ科の苗には課題がある。双葉の下の茎の長さが短いことなどで、いま、これらの改良に取り組んでいる」という。

◆多くの熟練技術者同社の昨年の売上高は24億円。閉鎖型苗生産施設の苗生産量が日本一とはいえ、この分野はまだ1億円程度だ。社員は約160名。このほかに年の半分は200名ほどの期間雇用を行う。160名の社員の規模は宇和島市では最大級だ。年間売上高数億円以上の農業関係の企業というと現場の労働力の大半がパートというイメージがあるが、同社はそうではない。「もっとパートの比率を高めてやろうと思えばできないこともないし、株主から指摘されることもある。しかし、安定生産のためには安定雇用が必要。それに、農業は数値化しづらく、体で覚えることが多いので、社員であれば内部に技術、ノウハウが蓄積される。どこまで社員が行うかは経営者の考え方次第」と山口社長は言う。同社が手掛けているのは接ぎ木苗。接ぎ木とは植物の一部を切り離し、別の植物とつなぎ合わせて新しい植物(苗)にする技術(写真5)。例えばカンピョウにスイカを、カボチャにキュウリを接ぐといった具合だ。連作障害や病害虫に強く、生産性に優れ、育てやすい苗になる。同社はミリ単位で切断面、角度の調節を行うなど苗に応じたノウハウを保有し、接ぎ木方法で特許出願するなど技術開発に取り組んでいる。多くの熟練の技術者、研究者を必要としているのである。

◆「農業で自立」への強い思い山口社長が「雇用」にこだわる理由がもう1つある。農業高校卒業後、花卉(かき)栽培を手掛けたが事業としては安定せず、25歳の時、野菜苗に一大転換。そして、平成13年、44歳の時にベンチャー企業、ベルグアースを設立した。その間、失敗のたびに山口氏を支えたのは「農業でも自立は可能、やっていけるんだ」という強い思いだった。いま、世界経済危機で業績不振に陥った製造業各社は社員の雇用調整にまで手を付けているが、それでもこうした企業では、研究開発、販売、知財、経理などの各部門で社員のスペシャリストが働いている。他の業種でやっていることを農業でできないはずはない、という思いだ。企業的農業で若者に夢を与えたい――山口社長は “世界の中心” で「日本農業に革命を」と叫んでいる。

(登坂和洋:本誌編集長)

写真4 生産部研究技術開発課 主任 清水かほり さん

写真5 ベルグアースの接ぎ木室    最盛期には120名が、日産14万本の接ぎ木を行う

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http://sangakukan.jp/journal/7 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

「小学生の時、夏になると毎日畑に行ってホワイトアスパラガスを採るのが私の日課だったんです。太陽に当たると頭の白い部分が黄色から緑に変色して商品価値が一気に下がるので、日の出までの薄暗いうちが収穫時間帯でした」

証券会社に勤めるAさんは懐かしそうだった。定年まであと2年というから、半世紀ほど前のことである。

ある会議の後の懇親会。筆者が前日、北海道の日高地方のホワイトアスパラガス生産者を訪ねたことを話すと、「実は…」と突然語り始めたのだった。話題にしたのは全くの偶然。Aさんが札幌市と新千歳空港の間にある北広島市出身であることを知った。

ホワイトアスパラは大正時代に北海道に導入され、飛躍的に生産が増加した。すべて缶詰に加工され欧米へ輸出。ホワイトはグリーンと同じ品種で、白くするため根株の上に土を盛り、日を遮って育てる。「盛土の上部に小さなひび割れがあると、その下にアスパラが伸びてきていると想定し、横からノミ状の刀を差して根元を切ります。そのまま梃子

(てこ)の原理で切り口を刃で押し上げ、顔を出したアスパラの頭をつぶさないように上から5センチくらい下の部分をつまんで収穫します。土から取り出したアスパラは箱の中に入れ、布切れを上にかぶせながら収穫を続ける、という手間のかかるものでした」とAさん。

しかし、その缶詰輸出の全盛期は昭和40年代から50年代。ホワイトアスパラガスの生産技術が中国などへ移転されて生産が広がり、欧米への缶詰輸出でも日本産を圧迫した。一方、40年代からグリーンアスパラガスの生産が始まり、いつしか、北海道のアスパラ畑は大半が手間のかからないグリーンに転換してしまった。ホワイトは缶詰加工用としてごく一部の生産者が手掛けるだけだった *1。

◆缶詰ではなく青果の需要そのホワイトアスパラガスにいま、農業関係者が熱い視線を注いでいる。

本格的に生産を復活させ「北海道」のブランド化を目指す機運が高まっている。しかし、かつての隆盛時とは条件が異なる。今回は生(青果)のホワイトアスパラを料理に使うレストランや消費者が増えてきたことが背景にあ

*1:ホクレン農業協同組合連合会「GREEN」No.207を参照。

北海道でホワイトアスパラガスが作られるようになったのは大正時代で、その後生産が飛躍的に増加した。欧米に輸出される缶詰用だった。全盛期は昭和40〜50年代。中国などでもホワイトアスパラ生産が広がり、欧米への缶詰輸出でも日本産を圧迫した。わが国のホワイトアスパラ生産は急減した。半ば忘れられていた農産物だが、数年前から生(青果)のホワイトアスパラを料理に使うレストランや消費者が増えてきたのを受けて産地復活に向けて産学官が動き出した。

暗闇が育てるホワイトアスパラガス産地復活への希望の光

特集● 農の力 食の夢

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http://sangakukan.jp/journal/8 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

る。ホワイト主流の欧州で修業した料理人たちが積極的に使い始め、そうしたレシピが雑誌やテレビで紹介されている。サラダやパスタの具、ピクルス、肉料理の付け合わせ、さらに、天ぷらなど用途は多彩だ。価格がグリーンの数倍するのも生産者には魅力だ。

かつてと違うもう1つの点は、土を盛る方法(培土法)に代わり、陽光を遮るフィルムを使った新しい栽培法が広がるなど、技術革新が進んだことである。「復活」というより、全く新しい品目といってもいいだろう。

◆温度、湿度の管理は研究途上訪ねたのは営農集団ファームホロ(幌村司代表、北海道新ひだ

か町)。規模が大きく販売力があり、新しい手法を積極的に取り入れていると、事前取材で関係者が一様に推薦してくれた所だ。札幌から、合併前の旧三石町役場前まで高速バスで約3時間。そこから、馬を育てている牧場の間を縫って車でさらに15分ほど奥に入るとハウス群が見えてくる。

ファームホロは230平方メートルのハウス37棟でアスパラガス(グリーン、ホワイト、一部紫アスパラ)を栽培している。ハウスの内側が遮光フィルムで覆われていて、中に入ると完全な暗闇。ライトで照らすと、グリーン(写真1)と同様、白いアスパラガスが見える。月並みだが、地表からにょきにょき生えているという表現がぴったりだ(写真2)。「地面から45センチ高くしていて、下に電熱線を入れて土を温めている。ボイラーもたいている」とアスパラリーダーの木島誠二さん。これなら収穫作業は楽だし、いつでも収穫できる。「2006年2月に始めたグリーンアスパラに続き、ホワイトを07年から手掛けたが、最初はうまくいかなかった。出荷できるようになったのは昨年3月から。昨年の収穫は12トンだった。今年はこの倍くらいになるのではないか」と副代表・場長の橋本寛隆さんは期待する。

ファームホロは、代表の幌村さんが経営する幌村建設株式会社の支援を受けて05年7月に開業したもの。アスパラと花のデルフィニウム(330平方メートルのハウス40棟で栽培)の2本柱で、橋本さんら社員4人とパート17人で動かしている。工事量が減っている建設会社にとっては貴重な雇用の受け皿である。

ホワイトアスパラ生産は軌道に乗りつつあるように見えるが、事務長の白井正利さんは「温度、湿度をどう管理するかはまだ研究途上」と研究者との連携の重要性を強調する。地元の金融機関に長年勤めていた白井さんは、販路開拓や研究・支援機関との交渉に当たっている。顔の広さとフットワークの良さを生かし、札幌の大型店に土産用のアスパラを置きヒットさせたほか、直接販売(東京都内のホテル内のレストランなど4店)ルートも広げつつある。ホワイトアスパラ業界全体のキーパーソンの1人で、けん引的役割が期待されている。

写真1 グリーンアスパラガス

写真2 ハウス内のホワイトアスパラガス(左から、事務長・白井正利 氏、副代表・橋本寛隆 氏、

アスパラリーダー・木島誠二 氏)

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http://sangakukan.jp/journal/9 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

写真4 根株掘り取り

写真5 根株の温床への伏せ込み(写真4、5共に北海道立花・野菜

技術センター提供)

◆遮光フィルムを利用した新しい栽培法の提案培土法の代わりに、ハウスの内側に遮光フィルムで真っ暗なトンネルを

つくる方法(遮光フィルム被覆法)を確立したのは北海道立花・野菜技術センター。関心を持ち、実際に研究に当たったのは研究部野菜科の地子立(じし・たつる)さん(写真3)である。次の2つの栽培で「遮光フィルム被覆法」の利用を提案している。

北海道立花・野菜技術センター提案の新栽培法ハウス半促成栽培=培土法によるホワイトアスパラの露地栽培の場合、収穫は5月半ばから7月上旬。「遮光フィルム被覆法」を利用したハウス栽培だと、3月半ばから5月中旬に収穫できる。付加価値が付き、ギフト需要も見込める。収穫時期を露地栽培より2カ月ほど早めることができるので「半促成」という。

伏せ込み促成栽培=真冬の12月から2月にかけて収穫できるので「促成」という。歳暮、クリスマス関連の需要、観光客の土産用などの需要が見込める。「遮光フィルム被覆法」と「伏せ込み」という促成栽培法を組み合わせる。アスパラは多年生の作物で定植後3年目から収穫が可能になり、10年から15年収穫できる。「伏せ込み」は1年目の根株を掘り取り(写真4)、それをハウス内の温床にぎゅうぎゅうに詰めて伏せること(写真5)。ウド栽培などで用いられている方法という。ただし、この伏せ込み促成栽培は1シーズンしか収穫できない。

地子さんが遮光フィルムを用いた方法の予備試験を開始したのは2004年から。05~07年にセンターとして本格的な試験を行い、08年2月に上述の2つの方法を公表した。「培土法は土の中でアスパラが育つため収穫作業に熟練の技が必要。土から頭を出し日光に当たると色が付いてしまうので1日に2~3回収穫しなければならない。遮光フィルム被覆法では採り遅れもないし、作業も楽」と地子さんは利点を強調する。

現在、こうした栽培法を取り入れる生産者が爆発的に増えているようだ。地子さんが研究を始めたのと前後して、何人かの生産者は自主的に遮光フィルムを活用し始めていた。

一方、北海道立花・野菜技術センターが昨年11月、滝川市で開催したホワイトアスパラガスの新しい栽培法説明会(「アスパラガスフォーラム」)には生産者のほか、行政の農業改良普及センター、農協の営農指導関係者など約100人が参加。この人たちを通じて農家に広まっている。「生産者の関心が非常に高い。すでに北海道内で40~50戸が作り始めているのではないかとの見方があるが、あるいはもっと多いのかもしれない」と地子さん。

◆用途開発に向けクラスター始動用途開発、地域ブランド化を目指す運動も始まった。「北海道

ホワイトアスパラガスクラスター協議会」の取り組みだ。NPO法人北海道バイオ産業振興協会(HOBIA)に事務局がある。この仕掛け人は弘前大学農学生命科学部の前田智雄准教授(写真6)。北海道大学園芸学研究室修了後、企業と社団法人で研究に従事。北海道大学の社会人大学院に通い、2005年、アスパラガスの機能性の研究で学位を取得した。昨年8月から現職である。各地に足を運んでいるので、アスパラの世界ではよく知られた人である。

写真3 北海道立花・野菜技術 センター 地子 立 氏

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http://sangakukan.jp/journal/10 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

青果用のホワイトアスパラには新しい産業の可能性があるとみた前田さんは、06年秋、北海道バイオ産業振興協会の高橋達夫さん(フーズ&アグリ・バイオ・ネットワーク事業 クラスター・マネージャー)(写真7)にホワイトアスパラのクラスター構想と用途開発について提案。高橋さんは道庁OBの人脈を生かし、08年夏までに、道内12の市や町の生産者やJA、さらに加工業者のネットワークをつくり、普及活動に乗り出している。

前田さんはクラスターをつくろうと思った理由として3つ挙げている。 ● これまでの栽培法である「培土法」と新しい「遮光フィルム被覆法」では

生産されたホワイトアスパラの味が違うが、これは優劣ではない。生産者が正しい情報を共有することが重要。

● ホワイトアスパラを作りたいという機運だけが盛り上がっても、生産技術が向上し、アスパラの品質が良くならなければ長続きしない。また、市場が広がらなければ早々に生産・価格は頭打ちになってしまう。

● 市場開拓は一生産者ではできない。

◆農商工連携でピクルス開発高橋さんが前田さんから具体的に相談されたことの1つは、売り物にな

らない規格外の「細物」の活用法。伏せ込み促成法は1年ものの根株なので細くなりがちだ。そこで高橋さんがコーディネートしたのは、営農集団ファームホロと、加工品開発を担当する株式会社大金(旭川市)の農工連携。長さの規格23センチに合わせるため切り捨てた部分(切り下)、曲がったものなどの活用法を探るのも狙いだ。

開発しているのは2つ。1つは「切り下」や曲がったものを原料とした食酢。2つ目は細物アスパラのピクルス。ピクルスにはこのアスパラ酢を使うだけでなく、塩など原材料すべてに北海道産を用いることがセールスポイントだ。

ホワイトアスパラ生産への関心が高まっていることについて、ファームホロ事務長の白井さんは「北海道全体、あるいは道内の各地域が産地として認められるには、いい品質のものを安定的に供給できるかどうかにかかっている。生産者Aが規格外としてはじいている品質のものを生産者Bは出荷している、というケースもある。課題は多い。研究者、行政機関などと連携し、情報を共有化することが大切だろう」と述べている。

★     ★さて、冒頭で紹介したAさんの思い出話はこう続いた。夜明け前にホワ

イトアスパラの収穫をしていた小学生時代の弁当は麦7割に米3割。開拓農民の子どもたちはみんなそうだった。「親が学校の先生や農業試験場職員の家は白い弁当。麦が7割だと冷えても固まらないので、かき込まないと食べられないんです。弁当の代わりにトウモロコシ2本の子も。校舎の中では裸足の子どももいた時代ですから」

筆者が、土を盛らない新しいホワイトアスパラの栽培法が広がっていることを話すと、Aさんは身を乗り出して「それって、すごいイノベーションですね」。

遮光フィルムでつくられた暗いトンネル。その漆黒の闇が、ホワイトアスパラガス産地復活への希望の光となるのだろうか。

(登坂 和洋:本誌編集長)

写真6 弘前大学農学生命科学部 准教授 前田 智雄 氏

写真7 北海道バイオ産業振興協会 高橋 達夫 氏

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http://sangakukan.jp/journal/11 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

◆霧島工業クラブの概要社団法人霧島工業クラブは平成4年11月に設立、宮崎県都城市周辺の製造業を中心に建設業やIT関連企業など幅広い業種の22社で構成する異業種交流グループである。特別会員として都城工業高等専門学校(都城高専)や都城市をはじめ国・県の公設試験研究機関、支援団体なども加わって産学官のネットワークを実現している。特に都城高専とは設立以来交流を深め、共同研究や各種プロジェクトを推進してきた。例会では外部講師による講演を取り入れたり、会員企業の見学会を行ったりすることで各企業の経営力向上に取り組んでいる。都城市は人口17万人で宮崎県の西部に位置し農林畜産業が盛んである。特に牛・豚・鶏の飼育数はいずれも全国市町村別で1位の畜産王国である。市の製造品出荷額は2,924億円(平成18年度)と県内工業都市の延岡市を上回るが、産業分類別に見ると食料品・飲料・木材などの占める割合が大きく、農林業を基盤とした産業構造になっている。そこで、平成14年から霧島工業クラブの活動方針に「農工連携による産業クラスターづくり」を加え、地場特産のラッキョウの自動切断機開発や木造畜舎のプレハブ化、ハイブリッド新品種のブドウを使ったワインづくりなどに取り組んできた。また、平成18年度に中小企業庁より「高等専門学校等を利用した中小企業人材育成」の委託を受け「農商工連携をプロモートする技術者育成事業」をスタートした。さらに、会員企業の中からも農商工連携による事業を展開する事例も幾つかスタートしているので紹介したい。

◆都城ワイナリー霧島工業クラブの例会終了後は、必ず懇親会を開き活発な意見交換を行っているが、その中から生まれたものが「ワインづくりプロジェクト」である。ある会員の「夢はワインをつくること」に賛同した会員有志により、平成16年に有限会社都城ワイナリーを設立し取り組んでいる。ワインは南九州でもつくられているが、高温多湿なのでブドウの栽培が難しい。病気や裂果などが起こりやすいからである。

宮崎県都城市とその周辺の企業22社で構成する異業種交流グループ「霧島工業クラブ」は、地元の都城工業高等専門学校、市、県の公設試験研究機関などと連携して、特産の農産物を利用した製品開発や農業技術の向上などに取り組んでいる。ラッキョウの自動切断機開発や木造畜舎のプレハブ化、新品種のブドウを使ったワインづくりなどだ。

霧島工業クラブ異業種連携でワインづくり、人材育成

特集● 農の力 食の夢

朝倉 脩二(あさくら・しゅうじ)社団法人霧島工業クラブ専務理事

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http://sangakukan.jp/journal/12 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

そこで志村葡萄研究所の開発した、山ブドウと欧州品種から生まれたハイブリッドの苗を日本で初めて植え、収穫したブドウ(写真1)で試験醸造したところ、かなり期待の持てるワインが製造できる確信を得ている。栽培に当たって会員企業はもちろん都城市や宮崎大学、宮崎県総合農業試験場など文字通り産学官で取り組んでいる。これからも醸造設備の建設・醸造・販売など、まさに農商工連携して事業を進め、平成22年にワインの販売を開始することを目指している。

◆人材育成事業農商工連携して地域の産業力を向上するためには、農業・工業・商業それぞれの現場で働く中核的人材が、お互いの分野のことを学び、技術や知恵を出し合うことで創造的なものづくりにつなげることが重要である。平成18~19年度は大学・高専、公設試験研究機関、民間企業から広く講師になってもらい実習を含めた講座を行った。平成20年度は原油価格高騰によってビニールハウス等の燃料費が上がり、農業現場から暖房効率を向上できないかとの要望が多く寄せられた。そこで人材育成事業のカリキュラムの中でビニールハウスにおける「断熱素材の検討」と「暖房機の廃熱回収」を取り上げ、実習を入れながら進めた。受講者は科学的な課題解決の手法を体験し、特に身近な課題だったこともあって、今後も継続して人材育成の取り組みを希望する声が多かった(写真2)。

◆下森建装ウィンウェル事業部霧島工業クラブの会員である株式会社下森建装は総合建設業を本業とするが、平成17年に農商工連携を目的としたウィンウェル事業部を発足させた。宮崎大学農学部と機能性物質に関する共同研究を行いながら、農業生

写真1 有限会社都城ワイナリーのハイブリッド新品種ブドウ(大和撫子)

写真2 人材育成事業の講義の様子(都城高専にて)

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http://sangakukan.jp/journal/13 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

産で生じる地域農産物の未利用部分から機能性成分を抽出し、原料素材とする事業を行っている。一例として宮崎県はスイートピーの出荷量が全国一であるが、出荷量と同量が廃棄されている。この地域資源であるスイートピーの未利用部分に存在しているポリフェノールなどの機能性成分を、低コスト・高品質で抽出・精製する技術を確立した。この素材を利用しスイートピーリキュール(写真3)の製品化を目指す計画は「宮崎産スイートピーの未利用部分を原料とした機能性製品の開発」として経済産業省の平成19~20年度地域資源活用型研究開発事業に採択されている。そのほかにもサツマイモやツワブキの葉茎など、大量に廃棄されている農作物の未利用部分に機能性成分が含まれており今後の開発が期待される。

◆今後の展開平成20年に農林水産省および経済産業省が行った農商工連携88選に、霧島工業クラブの「農商工連携による人材育成及び新産業クラスターづくり」が認定された。また、平成20年9月には同じく両省から「農商工等連携支援事業計画」の認定を受けた。今後も産学官連携して地域産業発展のため活動を続けたい。

写真3 株式会社下森建装が取り組んでいるスイートピーリキュール

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http://sangakukan.jp/journal/14 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

◆はじめに津山市は平成8年に半官半民の「つやま新産業開発推進機構(平成20年に「つやま新産業創出機構」と改称)」(以下、機構と略称)を設立し、産学官連携により当地域の産業を支援している。そのなかで、食品の新商品開発は平成11年7月から、農業支援は平成18年からそれぞれ取り組んでいる。本稿では、自然薯(じねんじょ)を含む山芋の商品開発を例にしながら、当地域の産学官連携の実際とその評価(効果と課題)について紹介する。

◆産学官連携の契機とその実際津山市は岡山県北東部に位置した人口約11万人の地方都市であり、基幹産業は

農業と電子機器製造業等の内陸型工業である。当市には「日本さくら名所100選」の鶴山公園があり、シーズンには10万人の観光客が訪れている。

農業では米を中心に酪農、特産物の山芋(自然薯を含む)、新高梨、ショウガ、ピオーネ、西条柿等がある。特に、自然薯は小面積(3ha)ながら県内では1番大きな産地となっている。山芋の商品開発のきっかけは平成12年7月ごろ、当機構のアドバイザーからの「津山の特産の山芋を原料にした特産品(加工品)開発はできないか」という提案であった(図1)。当時、山芋、特に自然薯は贈答中心に販売されており、売り物にならないB級品は廃棄されていた。「B級品を何とか利用したい」というのは生産者の悩みでもあった。この提案を受けて機構は、地元の美作大学、機構会員企業、生産者が参加した「美作大学技

参加参加

山芋A級品贈答品販売

山芋B級品廃棄

生産者

開発企業・他企業・美作大学

提案とコーディネートつやま新産業開発推進機構(現、つやま新産業創出機構)

試作品作成・お好み焼粉・ラーメン用粉・冷凍すりおろし・山芋焼酎 開発企業

材料提供

参加商品化の検討美作大学技術交流プラザ(現、つやま夢みのりグループ)試食テスト・アンケート調査

技術支援等美作大学

開発商品の認証(つやま夢みのりグループ認証)・販売

つやま夢みのり認証委員会

図1 山芋(自然薯を含む)の商品化のフロー注)人見哲子.美作大学技術交流プラザの展開と方向.平成の大合併と地域社会再編・活性化−岡山県の事例.明文書房.2007.の図を基に筆者が加筆修正した。

岡山県津山市は産学官連携により地域の農業および食品の新商品開発を支援している。その1つが自然薯を含む山芋の活用。これまでに地域の業者が山芋入りのお好み焼き粉など20を上回る商品をつくり「つやま夢みのり」ブランドで販売している。

津山特産の農産物を原料に26の加工品

特集● 農の力 食の夢

共著

坂本 定禧(さかもと・さだとみ)つやま新産業創出機構産業活性化アドバイザー(農業担当)

近藤 浩幸(こんどう・ひろゆき)つやま新産業創出機構産業活性化アドバイザー(マーケティング担当)

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http://sangakukan.jp/journal/15 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

術交流プラザ」(事務局は機構)に検討を依頼し、山芋を原料にした新製品開発のプロジェクトが始まった。この検討には、フリーズドライ技術を持った企業、酒造業者、製麺業者が参加し、山芋の形を変えた(フリーズドライによる粉末化、液体窒素による急速冷凍技術、加工段階で発生する山芋の皮の再利用など)新たな商品開発について議論した。そして、山芋の粉末加工を業者に依頼する一方、生産者からの原材料提供と各加工企業の技術を応用して、製麺業者、酒造業者等がそれぞれ特産品づくりを目指した。まず、「山の芋入りお好み焼き粉」「津山らーめん」「冷凍すりおろし自然薯」「山の芋焼酎」等の試作品ができた。商品化に当たっては、毎月開催の定例会での試作品のプレゼンテーション、参加者(大学、学生、消費者、会員企業、生産者)による試食と評価、その結果を基にした商品の改善、ネーミングの募集等が行われた。これらのなかで1番の苦労は「消費者ニーズのある味覚に近づける」ことと加工企業のモチベーションの維持であった。これらの開発商品は、つやま夢みのり認証制度*1による認証を得て販売を開

始し、現在も販売されている(写真1)。商品化の過程で産学官それぞれの果たした役割を整理すると、当機構が商品化に関係する開発企業、関連企業(製麺業、酒造業等)、生産者、大学等を一同に会して検討する機会をコーディネートした。また「美作大学技術交流プラザ」では、試作品の試食や学生の評価を受けるなど、これら商品の改善を具体的に検討した。さらに、この会は開発商品の検討だけでなく、行政の施策、補助金等の情報提供、バイヤーも交えた開発商品のプレゼンテーションによる販売チャネルの開拓等も行った。なお、この会は平成15年に「つやま夢みのりグループ」に改称し、現在も活動している。生産面では、生産者の高齢化等で自然薯栽培のネックとなっていたパイプ栽培用土の粉砕処理を建設業者に委託して、栽培労力の省力化を図る農工連携にも取り組んでいる。

◆連携の効果と今後の課題山芋関連の商品化をきっかけに、ほかの加工品開発にも取り組み、これまでに地元産トマトを活用したトマトゼリー、果樹リキュール等合わせて26商品(表1)が誕生。つやま夢みのりブランド(26商品)の出荷額も年間約7,500万円になっている(平成19年実績)。このように当機構では、産学官民連携と農商工連携というスキームを早くから構築し、アイデアから素材提供、加工、販売チャネルの開拓までの一貫したサポートを実施してきた。その結果、特産物の生産拡大、加工企業の新商品開発と出荷額の増大等の効果が徐々に表れている。しかし、各商品の販売金額にはバラつきがあり、今後、これら開発商品のブラッシュアップによる販売量の拡大や「プロダクトアウトからマーケットイン」への変革が課題となっている。そのためには、地域の特徴を活かした商品のブランド化を一層進めると同時に、行政的・財政的支援も重要である。

写真1 「つやま夢みのり」ブランドの商品群

*1:つやま夢みのり認証制度売れる商品づくりのために、開発した商品を外部に委託した認証委員(マーケティング、ブランディング、バイヤーなど7人)によって、市場性など11項目について審査・認証する制度であり、認証された商品には「つやま夢みのりマーク」を添付している。認証期間は2年間で、その後は更新する。

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http://sangakukan.jp/journal/16 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

商品名 製品の特徴など 販売開始・現状 製造者

山の芋入りお好み焼き粉 県北産山の芋を使用。ふんわりと仕上がる H13年12月 ブランケネーゼ(株)

津山工場

発芽玄米と山芋入りが自慢です

県内産発芽玄米と山の芋を使用したお好み焼き粉 H15年8月 ブランケネーゼ(株)

津山工場

つやま山ののり 山の芋をつなぎに使った板状の野菜シート H15年12月 ブランケネーゼ(株)

津山工場

滝のしずく 横野湧水と津山産大豆サチユタカを使用の豆腐 H14年7月 (株)佐野食品

お豆腐屋さんが作ったジャージー乳 レアチーズ豆乳デザート

蒜山ジャージー牛のチーズと津山産大豆使用

H15年。H18年2月リニューアル (株)佐野食品

おからコロッケ 津山産大豆と津山産黒豚ラード、山の芋使用 H16年2月 (株)佐野食品

津山らーめん 地場産山芋入り生麺と、黒豚・鶏ガラ・蜂蜜(地場産)を使用 H14年6月 田村製麺(有)

桜ビール「さくら物語」 紅麹を使用した桜色の発泡酒 H12年2月 (資)多胡本家酒造場

作州梅酒勝北町の厳選された南高梅と県北産の米で造った米焼酎から生まれた梅酒

H16年4月 (資)多胡本家酒造場

山の芋焼酎 津山の山の芋(自然薯、つぐね芋)と作州米が原料 H16年5月 (資)多胡本家酒造場

無添加桜ソーセージ 黒豚ソーセージに紅麹を添加 注文販売 (有)日笠農産

黒豚津山ラーメン 津山産黒豚ラード入り生麺 H14年6月 (有)日笠農産

冷凍すりおろし自然薯 津山産自然薯を独自技術で高速冷凍 H17年10月 (農)津山自然薯生産

組合

アイスどら焼き「お散歩ごんご」

生地に山の芋、豆乳クリーム(津山産大豆)、蒜山やまぶどうソース、おぐら、など5種類

H15年7月 わかな(資)

フルーツトマトジュレ「まっかなときめき」

鏡野町産のフルーツトマト使用のゼリー H17年3月 わかな(資)

つやま夢みのり弁当 地産地消をテーマにした弁当 H17年3月 (株)津山給食センター

完熟トマトケチャップ 津山市で生産されたトマト 7〜10月限定販売 津山手づくり加工研究会

あんぽ柿(津山甘干西条柿)

西条柿を原料にした水分45%の干し柿 11〜2月限定販売 津山手づくり加工研究会

びっくり杜仲地どり 地鶏の餌に杜仲の粉末を混ぜて飼育したもの H15年12月 タカラ産業(株)

クッキー「作州夢みのり」津山産のむらさきいも、鏡野町の紫黒米、作州産のもち麦、勝央町の黒豆きなこ、など5種類

H17年8月 (有)アンジェ

桜さば寿司 岡山県産の米ともち米、焼津産の寒さば、日高産の昆布を使用 H18年4月 (有)といち

美作ももちゅう 清水白桃のリキュール H18年4月 (資)多胡本家酒造場

作州だんだん畑のゆず香さん 柚子のリキュール H19年4月 (資)多胡本家酒造場

いんぷらす健康茶セット 杜仲茶、三効茶 H19年4月 ヤスダ茶香園(株)

プレノアール鶏とりどりセット

那岐山麓で飼育したプレノアールの加工品(ローストチキン、燻製、味噌漬け)

H19年4月 (有)シンノウ

お米と黒豆の純生ロール 地場産米粉と作州黒を使用したロールケーキ H16年4月 わかな(資)

表1 「つやま夢みのり」ブランドの商品一覧 ●当機構の活動については、次を参照されたい。・日本立地センター編集部.地域の話題を訪ねて第4回①岡山県津山市. 産業立地.Vol.44,No.6,2005,p.38-41.

・目瀬守男;富樫穎監修. 美作大学地域生活科学研究所編.平成の大合併と地域社会の再編・活性化-岡山県の事例.東京,明文書房,2007,p.151-158.

・目瀬守男;富樫穎監修.美作大学地域生活科学研究所編.平成の大合併と地域社会の再編・活性化-岡山県の事例.美作大学技術交流プラザ(食品グループ)の展開と方向.東京,明文書房,2007,p.159-162.

・近藤浩幸.岡山県津山市における食料産業クラスター形成について.食料産業クラスター.2008.

・社団法人食品需給研究センター. 津山の食料産業クラスター推進概況〜つやま新産業開発推進機構の取組み.食料産業クラスターの波動.2008,p.41-43.

・つやま新産業創出機構. “つやま新産業創出機構の概要” .(オンライン)入手先<http://www.t-shinsan.com/summary .html > ,(参照2009-02-02)

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http://sangakukan.jp/journal/17 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

◆「清水森ナンバ」とは?青森県弘前地域に伝わる「清水森ナンバ」というトウガラシの在来種があ

る。今から約400年前、弘前藩主津軽為信公が京都から持ち帰り広まった。大ぶりで辛み成分含有量が少なく、独特の甘みがあり、香りが極めて良い。ビタミンCやEの含有量はトウガラシの品種の中でも特に多く、栄養・機能面から見て極めて価値のある作物だ。地元の年配者にとって懐かしい味で、津軽に根付いた食文化の1つである。40年間研究に携わった元弘前大学教授・嵯峨紘一氏(写真1)が野菜の地方品種として「弘前在来トウガラシ」と命名した(写真2)。

昭和40年代までは一大産地であったが、その後輸入トウガラシ類に押され、平成に入り生産者が1名となってしまった。4、5年前から「清水森ナンバ」の生産が増加し、特産の加工品として活用されている。生産する農家は43戸にまで拡大している。復活に向けた取り組みを紹介したい。

◆「清水森ナンバ」復活のきっかけ平成10年ごろ、青森県農政審議会に出席した折、共に委

員であった筆者と弘前大学の渋谷長生教授との間でトウガラシが話題になった。以前、農林水産省が各地に残っている農産物の在来種の調査を行ったことがあった。筆者が理事長を務める青森県特産品センターは県産品の掘り起こし、商品化にも取り組んでいたので、在来種という視点は面白いと思っていた。その時に渋谷氏が、嵯峨氏は長年、弘前在来のトウガラシ品種清水森ナンバの研究に取り組んでいることを教えてくれた。

その後、清水森ナンバと嵯峨氏のことは気にはなっていたが、具体化に向けて動きだしたのは平成15年。社団法人青森県ふるさと食品振興協会の機能高度化マッチング事業で、トウガラシに関心のある人たちを対象に、嵯峨氏に清水森ナンバの研究成果を講演していただいた。さらに、同年、ただ1人になってしまった生産者を交え、意見交換会をした。青森県特産品センターは関係資料や国内で流通しているトウガラシ関連商品を集めた。こうした意見交換を通じて、清水森ナンバ復活の機運が高まった。

青森県弘前地域に伝わる「清水森ナンバ」というトウガラシは大ぶりで辛み成分含有量が少なく、独特の甘みがあり、昭和40年代までは一大産地だった。しかし、安い輸入品に押され、平成に入って生産者は1人になってしまったが、産学官の連携で、清水森ナンバを使った加工品開発に力を入れた結果、生産する農家は43戸にまで拡大している。その復活に向けた取り組みを紹介する。

弘前の伝統トウガラシをブランド化生産者最後の1人から反転攻勢

特集● 農の力 食の夢

中村 元彦(なかむら・もとひこ)在来津軽「清水森ナンバ」ブランド確立研究会 会長/青森県特産品センター 理事長/津軽藩ねぷた村 理事長

写真1 世界のトウガラシの解説をする嵯峨 紘一 氏

写真2 「清水森ナンバ」 赤トウガラシ

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http://sangakukan.jp/journal/18 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

平成16年度に産学官で在来津軽「清水森ナンバ」ブランド確立研究会(事務局:青森県特産品センター)を設立し、本格的な検討がスタートした。トウガラシについて知らない人が多かったので、当初は研修会を何度も開いて知ってもらうことに力を入れた。

◆研究の推移と産学官連携の役割復活させるシナリオは渋谷氏ら弘前大学の関係者が作成した(図1)。渋

谷氏は「産学官の連携が大事で、それがないと新たに清水森ナンバ生産を手掛ける農家はなかなか出てこないだろう」という考えであった。同大学には、研究会の運営コーディネーター、トウガラシの栽培試験(含む種子管理)をやっていただいた。清水森ナンバにかかわる研究者も増やしていただいた(本多和茂准教授、石川隆二教授、前田智雄准教授、村山成治特任教授)。

また、平成16年度に青森県ふるさと食品研究センター 農産物加工指導センターが加工品の試作(一味トウガラシなど)を始め、さらに、民間の業者にも「しょうゆ漬け」をつくるといった動きがでてきたことも、復活に向けた農家の取り組みに大きな力となった。

そのほか、各機関の役割は次の通りである。【青森県中南地域県民局地域農林水産部普及指導室】

①土壌検査 ②栽培暦作成 ③実証圃の検証 ④栽培指導(生育状況・病害虫対策)、現地を毎月数回(生育状況・病害虫対策)巡回指導

【青森県中南地域県民局地域農林水産部農業振興課】①レシピ開発、助言 ②PR

【青森県総合販売戦略課(県ふるさと食品振興協会)】①クラスター事業の導入 ②販促のためのアンテナショップ活用 ③PR

【弘前市りんご農産課】①生産者の購入苗代金の補助 ②助言

【農協】・JAつがる弘前:①播種育苗 ②監事・JA津軽みらい石川支店:①監事・JA相馬村:会員

◆会員の順守規制事項清水森ナンバは、ブランド確立研究会の厳重な栽培管理(播(は)種~育

苗~生育~収穫まで)の下に生産されている。生産地域は指定され、会員以外の栽培はできない。JAつがる弘前で播種し育苗した苗を、研究会が予

研究会の構成・役割

◎JAつがる弘前・播種・育苗・監事

◎JA津軽みらい 石川支店・監事

◎生産者・実証圃・生産データ

◎普及指導室・栽培指導(栽培暦の作成)・生産データの収集・土壌分析、改良指導 ◎(社)青森県ふるさと食

品振興協会 ・クラスター事業アンテナショップ 弘前店・東京店津軽藩ねぷた村青森県特産品センター

・加工食品の販売・新製品のテスト販売・消費者の嗜好調査

・加工食品の試作・保存試験

◎青森県特産品センター・栽培計画の策定・苗の販売

◎弘前市りんご農産課・苗の補助

種子の管理

情報

土壌提供

食品製造業者(製麺・漬物 等)・加工食品の製造・販売・新製品開発・飲食店

栽培指導(県特産品センターが調整)

新製品開発・加工技術

加工食品

・監修◎弘前大学 関係者

・トウガラシ博士(元教授)嵯峨紘一・コーディネート 渋谷長生教授基礎 研究 ・本多和茂准教授

・前田智雄准教授・石川隆二教授

・栽培技術の確立・種子の選抜・機能性の解明・遺伝子の解明

指導試作品提供

トウガラシの予約発注

トウガラシの供給

支援機関・県総合販売戦略課・中南地域県民局地域農林水産部 農業振興課・県農業試験場・弘前市農政課

改良指導

在来津軽「清水森ナンバ」ブランド確立研究会

青森県ふるさと食品研究センター つがる農産物加工センター

図1 研究会の構成・役割

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http://sangakukan.jp/journal/19 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

約販売している。余ったものは焼却処分。農家の自家採種は禁止している。タカノツメなど、ほかのトウガラシと交雑しやすいからである。ブランドを維持するため、こうした約束事が守られているかどうか、巡回してチェックしている。

◆復活の現状や開発した商品について現在、栽培は1市1町1村の43戸。県庁OBの農家中田嘉博氏

は、コストや栽培法などを精査しており、栽培農家の強力な力になっている。普及指導室は研修会を開催している(写真3)。

平成20年度の生産量は10トン。内訳は、研究会集荷分が5トン。農家直売が5トンである。

特許庁に商標登録しており、直売やスーパー、百貨店において清水森ナンバを販売する場合、生産者に研究会所定のシール添付を義務化している。

【販売されている商品】①しょうゆ漬け ②一味 ③焼き ④きのこ漬け ⑤しょうゆ煮 ⑥一升漬け ⑦ドーナツ ⑧ソフトクリームなどであり、研究会の集荷分は、10カ所の食品製造業、農家加工所、料理飲食業などが加工原料としている。

【生果は生産者が直接下記に販売】①朝市 ②農産物直売所 ③道の駅 ④デパート ⑤スーパーなど。

◆今後の展望研究会としては、生産農家の所得を安定的に向上させることを第一に考

えている。清水森ナンバは特に高齢者が栽培する農作物として有望である。このほか、この後の方針として次のような点を重点に置いている。 ・ すでに開発してある商品(約50アイテム)をベースに地産地消の段階的

販路拡大 ・ 風味を楽しむ消費者に提供(現在輸入品と比較し風味などは優れている

がコストが高い) ・ 栽培管理に注意している消費者に提供(安心・安全・顔が見える) ・ こだわりを持つ消費者に提供(マイ唐辛子愛好者向け) ・ アフラトキシン *1 を気にしている消費者に提供 ・ 周辺温泉地とのコラボレーション(カプサイシンの活用、食材、東北新幹

線のお土産)

農家からは「栽培面積をもっと増やしてほしい」などのご意見が多く寄せられている。過去の栽培データが乏しいし、連作障害にどう対処するか課題はある。栽培方法を工夫し、製造方法を検証しながら進めている。トウガラシに含まれるカプサイシンや機能性成分や遺伝子の研究、それに伴う商品開発や加工についても今以上に遂行する。また現在、加工品の生産量はまだ少ない。関連業者の設備も不十分なので今後の展開方法を模索している。

*1:アフラトキシンとは、カビ毒より生成される強力な発がん物質。

写真3 普及指導室による定植研修

清水森ナンバの商品

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地域大学サミット2008パネルディスカッション「地域の特色を活かした大学戦略」

http://sangakukan.jp/journal/20 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

科学技術振興機構(JST)は平成20年11月4日、都内で、大学の進むべき道を考えるシンポジウム 「地域大学サミット2008」を開催した。「地域大学をとりまく科学技術政策」と題する内閣府総合科学技術会議議員の薬師寺泰蔵氏の講演、宇都宮大学と徳島大学の戦略的な取り組みの紹介のほか、

「地域の特色を活かした大学戦略」をテーマにパネルディスカッションが行われた。本稿ではこのパネルディスカッションの概要を紹介する。

地域産学官連携とそれへの取り組み阿部 第3期科学技術基本計画の中に大学についての特徴的なものとして「世界の科学技術をリードする大学の形成」と「個性・特色を活かした大学の活性化(地域に開かれた大学の育成)」があります。今日はそのうちの特に後者に焦点を当てた、大学の活性化をどのように図っていったらよいかということが主題となっています。

そこでまず、パネリストの方々にご自身の取り組み、考えなどについてお話しいただければと思います。城戸 山形の有機エレクトロニクスバレーを一言で紹介すると、大学の技

術を地域に活かすということです。ただ、多くの地方都市にあるのは大企業の工場と地元の中小企業であり、そことわれわれの有機半導体の最先端技術とは接点がないわけです。ですから、私自身もほんの数年前まで地域ということを考えたことはありませんでした。

山形県と一緒に仕事をするようになったのは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトがきっかけで、山形県が43億円の予算を付けたことですが、県内の非常に素晴らしい技術を持った中小企業と共同で実用化研究を行う研究所を5年前に設立しました。

ベンチャーを創出して金持ちを生み出して「山形というのは面白い」といって若者が来る、そんなシリコンバレーのようなことを目指しています。実際に山形大学工学部では有機ELを研究したいといって受験する高校生が非常に増えています。このことが今後10年後、20年後へとつながると考えています。佐野 「地域の科学技術振興」と「科学技術による地域振興」ということは全

く意味が異なります。第3期の科学技術基本計画までは、この「科学技術による地域振興」という概念が明確には示されていませんでした。地域ごとの特徴を活かした科学技術によって多様な新産業を創出していくという「科学技術駆動型の地域発展」という思想を第4期の科学技術基本計画の中に入れることが重要ではないかと考えています。

地域活性化の観点から言えば、地方の行政と政治がまず「二番煎じ」から「日本一・世界一を目指す」という意識改革が大切で、中央依存型から

阿部 博之(あべ・ひろゆき) 前 内閣府総合科学技術会議議員/独立行政法人 科学技術振興機構 顧問

モデレーター:

パネリスト:

城戸 淳二(きど・じゅんじ)山形大学大学院 理工学研究科 教授

佐野 太(さの・ふとし)山梨大学 副学長

小島 義己(こじま・よしみ)奈良県商工労働部 次長

(商工労働部総務室長事務取扱)農林部 次長

遠藤 守信(えんどう・もりのぶ)信州大学工学部 教授

(信州大学 カーボン科学研究所 所長)

柳 孝(やなぎ・たかし)文部科学省 科学技術・学術政策局 科学技術・学術戦略官(地域科学技術担当)

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http://sangakukan.jp/journal/21 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

自らの力による駆動型の施策展開を指向するということが重要だと思っています。また、今こそ文部科学省や科学技術振興機構(JST)は5年先の目先の利益を求めるのではなく、科学技術と人材育成で20年後、30年後という近未来の発展の布石を打つために、自負と勇気を持ってさらなる施策を推進していくことが重要です。それから地方の活性化を考えた場合、道路づくり中心の公共事業に加え、これからは

「科学技術による新しいタイプの公共事業」を創出するという発想も重要だと思っています。

一方、知識基盤社会を標榜する日本において、国公私立大学の多様性が、創造の源であり、国力の基盤だと思っています。どれだけ国公私立大学が自分の個性を活かしながら教育と研究と社会貢献を行っていくのか、また、どれだけ理事側と教官側が一枚岩になれるかが重要なポイントとなります。

戦略として「山梨を燃料電池で世界一に」ということで、渡辺政廣教授をリーダーとして研究開発を行っていますが、文部科学省関連の科研費、CREST、リーディングプロジェクト、都市エリア事業と行い、その成果が今年から7年間で70億円というNEDOの事業につながりました。これからは地域に雇用が創出され、環境エネルギーに貢献するために、研究開発と人材育成だけでなく「技術とシステムの国際標準化」を目指した実用化実証を三位一体でやっていくことが重要だと思っています。小島 奈良県の特徴を産業的に見たとき、内陸県、可住地面積が少ない、

中小企業ばかり、繊維・プラスチック・食品など既存産業の比重が非常に高く新しい産業が興りにくい、という状況があります。一方、奈良県には奈良先端科学技術大学院大学、奈良県立医科大学、奈良女子大学、近畿大学農学部、また、京都大学、大阪大学に近いので、科学技術を使って産業をやるべきだという考え方があります。

奈良県では産業の切り口だけではなく、人材育成等と文化財の保護も含めて科学技術振興指針をつくりました。その中で産学官連携の強化と、周辺大学はバイオサイエンスや情報通信分野が非常に得意なので、重点研究分野を設定しました。現在はシーズをつくって、それをステップ・バイ・ステップに企業化に持っていくという手法を取りながら進めています。

平成14年度から18年度にかけて知的クラスター創成事業を行い、いろいろなシーズを発掘したわけですが、その中で植物や医療用のバイオのシーズをつくり上げて次のステップへ展開しています。また、奈良県の特徴的な植物の機能性を商品化していくことをJSTの地域結集型共同研究事業で行っており、県でも企業化をフォローする仕組みをつくり上げています。

地域の大学に期待したいことは、産業に資する大きなイノベーションを起こすような研究を行い、成果を出すためのコラボレーション。公設試験研究機関や企業OBを県で採用して技術移転させる仕組みを持っていますので、うまく技術移転の仕組みをコラボレートして成果が出たら資本が投下され、そうすると研究も進むということで、良いスパイラルになっていくのではないかと思います。遠藤 長野県は信州大学を中心に知的クラスター創成事業第Ⅰ期、Ⅱ期に

小島 義己氏

佐野 太氏

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http://sangakukan.jp/journal/22 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

採択され、地域の企業、行政すなわち産学官が一体化する大きな契機になりました。どちらかというと内弁慶的なビジネスを展開している地域企業も多かったのですが、大学の研究者と連携することにより国際的な視野を展開できるようになりました。また、大学においても教員がそれぞれの壁を取り払い連携することにより、連携の面白みが教員や地域企業に出てきたことは非常に大きな成果です。

長野県は今、大きく産業出荷額が減少して苦境の中にありますが、かつて生糸、養蚕で栄えていた地に戦後精密機械工業をいち早く成功させ、発展させたという成功ヒストリーに非常に大きな自信を持っています。そこで知的クラスター創成事業では、信州大学を中心にカーボン科学を進めており、主としているカーボンナノチューブはコンポジット、樹脂成型、スポーツ用品、さらに電子機械など地域産業に広く期待されています。

もともとこの技術は1987年に私共によって特許化され、現在では世界中で大きなビジネスへと発展してきています。また、知的クラスター事業参加の大学教員が中心となり、世界最大の石油探査会社と共同で技術開発も行われています。このように、大学が地域と連携して新しい地域時代を拓(ひら)くエンジンになっていきたいと思っています。柳 「21世紀は知の世紀」であり、知識を基盤としたイノベーションを

絶えず生み出していくことが重要だといわれています。そのため、国際競争力の維持・強化に向けて世界がしのぎを削る中で、知の拠点たる大学に対する期待はますます高まっています。平成18年に教育基本法が新たに制定され、その中で教育、研究に加え、第3の柱として大学に関して「成果を広く社会に提供」することが規定されています。

地域科学技術とは、国が活性化するためには地域が元気になることが重要で、地域の強いイニシアチブの下で大学の知を活用して、その地域が元気になることを意図しています。ただ、地域科学技術といったときには、当然、その地域に優れた研究開発ポテンシャル、大学の技術シーズが存在しなければなりません。

一般的に科学技術というときには、いかに最先端の知の創出を図るかが重要になってきますが、地域科学技術といったときには、最先端の知の創出よりも大学が持っているシーズをいかに活用して、地域に何を残していくのかがポイントになります。

そのように考えると、地域施策における研究資金については、大学向けのものであっても、シーズの実用化に向けて支援するための研究費で

あって、大学にとっては純粋な研究助成費というよりも社会貢献費的なものであると考えています。

地域施策の実施に当たっては、人の問題、大学、行政、民間企業なども含めてやる気のある人たちが集まり、地域構想を練り上げていくことがとても重要です。地域の持つ研究開発ポテンシャルや産業

柳 孝氏

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http://sangakukan.jp/journal/23 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

構造はさまざまな状況であり、国による画一的な施策にはなじむものではありません。だからこそ、地域が独自の発想で、自らの構想を立てていくことが重要なのです。

地域大学とそこにおける問題阿部 皆さんのお話を聞いていますと、あまり深刻に考える必要はないとい

うような印象ですが、課題が無いことはないでしょう。これまでの各パネリストのご提言、各地の紹介に対してご意見をいただければと思います。佐野 産学官連携や社会貢献に携わっている人は全国的に1、2割程度と

いう感じがしており、その1、2割を今後どれだけ増やしていくか、つまり、どれだけ多くの大学の先生方に外向きに活動していただくかが初歩的な課題だと思います。また、多くの地域大学で「ミニ東大」を目指しているような気がしますが、これでいいのか疑問が残ります。これからは地域大学の持つ多様性として特色のあるピークをどれだけ伸ばして、育てていくかに重点を置くべきだと思います。研究フィールドや社会フィールドを考えれば、地域大学の方が都心の大手の大学より勝る点は必ず何か存在すると認識しています。遠藤 日本には東京大学をはじめとして立派な大学がたくさんありま

すが、この中央集権的な社会をどうやって変えていくかがこれからの課題で、富士山に加えて日本アルプス型の峰をたくさんつくることによりイノベーションが生まれてくると思います。特徴ある研究施設や研究プロジェクトを地方の大学でしっかり確立して、そこの地域が特徴的に持っているものをコアにして分散型の科学技術国家をつくっていく。それでこそイノベーションの素地ができるのではないでしょうか。あとは、任せられた私たち大学人がタックスペイヤーの皆さんにしっかりと説明できるような成果に結び付けていくことです。城戸 地方大学にいるわれわれが一番現場レベルで危機感を感じてい

るのは、学生の偏差値がどんどんと下がってきていることで、これは定員と受験生の数、大学全入の問題です。いくら素晴らしい研究センターをつくっても、そこで働く学生が低いレベルではどうしようもない。結局、どれだけ良い学生を自分のところに引っ張ってくるか、そのために何をすべきかです。新聞や雑誌に出るなどマスコミを利用することが重要であり、そういう活動を大学はもっと評価すべきと思うのですが、大学の教員が助教から准教授、教授に昇進する際の実績欄には一切書かれません。論文数で評価される。その辺をわれわれは大学の中で改革していかなければいけないと思います。遠藤 最近理工系離れは顕著ですが、これだけ工業で身を立てた日本で工

業や技術に対して人々の尊敬心が無いことが一番の社会問題だと思います。大人の科学技術知識の調査を行っても世界13位と、技術と科学で今日の発展を勝ち得た日本の社会としてはお粗末です。社会が科学や技術というものをしっかり評価し、認識する社会に大きく変えていく必要があります。そしてそのためには、例えば、液晶テレビを見たときにその素晴らしさに感動すると同時に、それをつくり出した技術者にもっと社会が思いを寄せるような教育も必要とされます。これはまだ5年、10年

遠藤 守信氏

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http://sangakukan.jp/journal/24 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

かかると思いますが、今すぐ行っても遅くはないと思うのです。佐野 これからは、大学の経営を国の行政はもとより、県の行政とどれだ

け一枚岩になって進められるかが、地域にとっても、また大学にとっても活性化を図る上での非常に重要なポイントになるのでないかと感じています。例えば、大学のポスドクを県や市の職員や研究者として積極的に雇ってもらう人事システムを構築するといったことなどです。

地域分散と拠点化阿部 日本の場合、いろいろなところに日本一の拠点をつくっていくこと

が非常に重要だろうと思いますが、どのように考えますか。遠藤 7年前の知的クラスター創成事業に採択されたときに大変だと思い

ました。個人で研究をやるのであれば、企業の寄附金も成果も独り占めできる。ところが、知的クラスターはその成果を共有するのです。しかもその相手の多くは大学や地域の企業などで大変だと思ったのですが、一方で、私の中に地域貢献や社会貢献という新しい意識が確実に芽生えたのです。

そういう意味で、私はさらに続けたいと思います。世界の中心となる地域が企業に支えられているという現実もあります。ですから、例えば有機ELで山形県、ナノカーボンで長野県などいろいろなスマートバレーがあちこちにできて、日本の未来に地域の力が大きく寄与する。こんな期待を持っています。城戸 日本の拠点形成は、実際には産業クラスター、知的クラスター

など文部科学省、経済産業省がやっていますが、不十分であると思います。また、東京に一極集中していることは東京にとっても、地方にとってもよくありません。では、地方にどうやって人を戻すかというと、やはり研究開発を中心としたバレーをつくらないといけない。

どういう形で研究開発拠点をつくるかというと、それは単純で、例えば、有機半導体はここでやりますという国のお墨付きがあれば必ずそこに人が集まると思います。研究者というのは研究がやりたいわけで、その研究環境がそこにあれば人が集まると思います。文部科学省、経済産業省が横の連携を深めるなど国がその気になれば、各地方にそれぞれ拠点をつくれると思います。

大学発ベンチャーに対する問題阿部 日本の産業で非常に気になることの1つは、大学発ベンチャーが非

常に多くの問題を抱えていることです。アメリカではベンチャーの技術や製品を大企業がどんどん買ってくれるのに対して日本は違うと。もっと違うのは、失敗をしたことに対して日本は非常にきつい。そういう風土の問題もあると思います。

どうしたら大学発ベンチャーを増やしていけるか。あるいは実質的に実のあるものにしていけるかということです。小島 事例が少ないのですが、奈良県でできている大学発ベンチャーを見

ますと、きれいなビジネスモデルをつくり得るのが難しそうなベンチャー

城戸 淳二氏

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http://sangakukan.jp/journal/25 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

が出てきているのではないかという気がします。ベンチャーを起こして企業化し、商売をしていく上で、大学のシー

ズはある程度大事ですが、大学のシーズをどううまくビジネスにつくり上げるかが非常に大事ではないかなと。アメリカではベンチャーキャピタルが入り込んでビジネスモデルをつくり上げるというように聞きます。その辺が日本のベンチャーでは弱いのではないかなと感じています。城戸 自分自身もベンチャーを起こしたいと思っていろいろ勉強して

いますが、日本には3つ足りないと思っています。1つは、SBIR(中小企業技術革新制度)の制度がない。もう1つは、会社を立ち上げても目利きで、かつビジネスがわかるような社長が非常に少ない。それから最終的な出口です。大企業に売却するのか、自分でその製品をつくるのかというところで、大企業は日本のベンチャーに対して非常に冷たいです。ですから、この3つを何とかしないと日本のベンチャーは成功しないなと思います。特に、SBIRが直近の課題かと思います。佐野 日本の大学発ベンチャーを考える上で重要な視点の1点目は、研究

者と経営者の適切な役割分担と連携を図ることです。研究者による経営にはやはり限界があります。

2点目は成長に直結する実現可能なきちっとしたビジネスプランをつくらなければいけないということです。ここが、これまでの大学発ベンチャーは甘かったと思います。3点目は販路開拓です。大企業とのアライアンスとM&Aも必要に応じて必要ですし、グローバルマーケットを相手にする必要もあります。

なお、日本には失敗・撤退や再チャレンジに対して必ずしも寛容でない社会風土があることも事実です。阿部 ベンチャーについては成功例もかなりあると思うのですが課題も非

常に多いので、何かある機会に総点検をして日本としての方向性を示すべきと思っていますが、もう示されているのでしょうか。柳 直接の担当ではないのですが、総点検については多分行われていない

と思います。ベンチャーを立ち上げるのは意外と簡単だけど、その後うまく回していくことがなかなか難しい。第3期の科学技術基本計画がそろそろ評価というタイミングであり、そういった中でもベンチャー創業の話については議論をされていくべきであり、国としてどう取り組んでいくのか非常に重要な問題だと思っています。

阿部 いろいろな意見を伺いまして、いわゆる地域のスター教授を中心として拠点化を図っていくことが今日の1つのメッセージではないかと思います。

ただし、そういうスタープレーヤーをつくっていく前段階として、中規模総合大学を中心に国公私立含めて研究費の底上げを図っていくことが必要であると思います。地域の大学の問題は今日1回で終わることでないので、来年も続けていくことを期待して終わらせていただきます。

(文責:財団法人全日本地域研究交流協会 事業部次長 遠藤 達弥)

阿部 博之氏

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英国南西イングランド 複合的グローバル連携モデルの構築へ

http://sangakukan.jp/journal/26 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

エアバス、オレンジ、ロールス・ロイスをはじめ160もの大企業が拠点を置いている英国南西イングランド。同地域にはブリストル大学など8つの大学があり、複合的なグローバル産学官連携が動き始めている。

◆はじめに2008年10月28日、全国紙や京都新聞などに、京都大学と南西イングラン

ド地域のブリストル大学との産学官連携にかかわる覚書の記事が掲載された *1。この記事について、多数問い合わせをいただいたので、それにお答えする形で、弊地域(図1)の取り組みを紹介したい。

◆南西イングランド地域の大学弊地域にはブリストル、バース、エクセター、プリマスなどの主要都市にあ

る大学院併設の大学を含め、13の高等教育機関がある。英国の大手新聞「The Times」の英国大学ランキング2009に、ブリストル大学10位、エクセター大学13位、バース大学15位とランクされている。これらの高い評価は、各大学の近隣に集積する産業界との密接な産学官連携から生まれて来たと言われている。

◆英国南西イングランドを代表する産業は?航空宇宙産業では、エアバス、ロールス・ロイスなど主要企業12社のうち9

社の主要拠点が弊地域にあり、欧州最大のクラスター(約850社)を形成している。半導体のデザインでは、欧州の3分の1以上の設計者が集中し、英国版シリコンバレーと呼ばれている。特に次世代の無線通信関連の半導体設計では多くの有望なベンチャー企業を輩出している。PhotonicsではPCF(Photonic Crystal Fiber)、OLEP(Organic Light-Emitting Polymer)関連の開発が盛んだ。環境関連では、英国初の風力発電が建設された地域であり、2010年には潮流、波力を利用した発電機の性能評価プラットホームWave Hub(波力発電の実証実験場)が開設される予定だ。バイオ産業では、特にバース大学薬学部が長年、英国のトップ4にランクされているなど人材の輩出で評価が高い。

ブリストル大学もNHS(National Health Service)もジョイントベンチャーでアルツハイマーの治療薬の開発や他のアンタイエージングの研究で目覚ましい活躍を遂げている。このほかの産業、デザイン、クリエイティブ、デジタルメディア、スーパーコンピューティング、ソフトウエアシステム、記録媒体などの先端技術開発にも著名な研究所、企業、ベンチャーが弊地域で活躍している。

倉本 泰信(くらもと・やすのぶ)英国南西イングランド地域開発公社日本事務所 駐日代表

*1:http://www.kyoto-u .ac.jp/ja/news_data/h/h1/news7/2008/081027_1.htm

英国南西イングランド地域

CHELTENHAM

LONDON

GLOUCESTER

SWINDONBRISTOL

TAUNTON

PLYMOUTH

PENZANCE

EXETER

BODMINNEWQUAY

TRURO

WEYMOUTHBOURNEMOUTH

BATH

図1 英国南西イングランド地域

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http://sangakukan.jp/journal/27 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

◆英国南西イングランドの産学官連携の現状は?ブリストル大学やバース大学をはじめとする8校の大学院併設の大学があ

り、最先端技術を中心に産業界との共同研究は非常に盛んである。産学官連携をより強固にするため、中央政府機関のイングランド高

等助成会議(HEFCE:Higher Education Funding Council for England)と、地方政府機関の英国南西イングランド地域開発公社の支援でGreat Western Research(GWR)が2006年 に 設 立 さ れ た。2006~2010年の5年間に1,400万ポンドの予算で材料、情報通信、クリエイティブ・アート、環境技術などの6つの分野で弊地域の産学官連携の研究を支援している(図2)。2010年のプロジェクト終了時には、この中から20の共同研究プロジェクトを立ち上げ、最低4プロジェクトはグローバル・パートナーとの共同事業とする目標だ。さらに、新たに2つのワールドクラスのリサーチセンターを立ち上げる予定で、産学官連携をビジネスに結び付ける積極的支援を展開している。

◆複合的グローバル産学官連携のプラットホーム SPark(エス・パーク)

イングランド全体では6地域がHEFCEのサイエンス・シティに指定された。

ブリストルはその1つであり、選定の理由は、先進工学、情報通信技術、クリエイティブ分野において、世界的評価を受けた産学官連携の業績評価によるものである。この指定を基に、ブリストル大学、西イングランド大学、バース大学に隣接する地域を選び、10年間に3億ポンドもの資金を投じる新たな産学官連携の拠点(敷地面積54 エーカーの研究開発施設用拠点)として「SPark One」の建設を始め、2009年中に完成させる予定だ(図3)。

◆複合的グローバル産学官連携の目指すものは「SPark One」には、地域の大企業、中小零細企業や近隣大学、大学のインキュベーション・センター、また大学からのスピンアウト企業が入居する。これにより、大企業、上述の3大学、ベンチャー企業がそれぞれの人材や最先端の設備を相互に活用でき、設備投資や研究開発費の削減、開発期間短縮も可能になる。「SPark One」では、従来の1大学1企業間の連携ではなく、複数の要素技術を複合的に連携することでの相乗効果を図る(図4)。さらに「SPark One」に海外企業、海外大学、海外研究機関の参加を得て、開発当初からグローバル・スタンダードを意識した開発、事業展開を狙う。

従来の方法では、スタートアップ企業の資金、人材不足などで、当初から世界を目指した展開は難しい。一方では、開発当初からグローバル展開できるかが企業の将来的成功を左右する。今回の京都大学とブリストル大学の覚書締結もこのようなグローバル戦略を図るために実現したものである。将来的にはこの「SPark One」へもご参

南西イングランドの研究の強み・航空宇宙と先端工学南西イングランドは航空宇宙の分野で世界第2位の規模のクラスター1970年代にこの地域でコンコルドが誕生英国の航空宇宙のトップ 12 社のうち、9社が拠点

・情報通信・フォトニクス米国に続き欧州最大規模のシリコンデザイン企業が集中

・バイオメディカル抗アルツハイマー治療薬や感染症検査キットの開発

・クリエイティブとデジタルメディアロンドンに引けを取らない水準の高さ

・環境技術1,300の企業と2万人以上の従業員コーンウォールのWave Hubのプロジェクト(世界で2番目に大きい潮流の動きを利用)

SPark One

英国南西イングランド地域開発公社と同地域の企業が資金提供ブリストル大学、バース大学、西イングランド大学の優れた大学群、エアバス、ロールス・ロイス、BAEとMBDA、ヒューレット・パッカード、東芝やST マイクロエレクトロニクスといった企業が近くにあるメリット3大学のイノベーション・センターとインキュベーション・センター並びに、テナント企業以外の国内外の企業も利用できるスペースを併設

複合的グローバル産学官連携のR&Dモデル

単一連携 複合的連携

企業A

企業A

企業B又は大学C

企業B又は大学B

企業D又は大学D

企業C又は大学C

政府の支援

相互補完関係

リサーチ・パーク 又は コンソーシアム

政府の支援

複数との協業による相乗効果

図4 複合的グローバル産学官連携のR&Dモデル

図2 南西イングランド研究の強み

図3 SPark One

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http://sangakukan.jp/journal/28 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

加いただき、複合的グローバル産学官連携実現へご尽力いただきたいと考えている。京都大学にも同大学インキュベーション・センターや近隣大学、行政機関を加えたネットワークを構築する計画があると聞いている。その実現の際は、京都大学とブリストル大学間のみではなく、双方のネットワークが連携した複合的グローバル産学官連携による一層の相乗効果が期待される。複合的グローバル産学官連携の必要性について、特に公共、社会的貢献の観点から、環境、医療分野での一例を参考までに挙げさせていただく。

1. バイオディーゼル(英国)海の藻の油成分からバイオディーゼルを精製する。要素技術として①油成分

を多く含む藻の発見 ②藻の油成分を増やすGMO ③藻の油成分以外の高付加価値成分の医薬への転用 ④藻の育成Photo Bio Reactor ⑤油抽出プロセス技術など複合的研究開発が必要で、1大学1企業の連携では不可能である。英国南西イングランド地域開発公社は、複数の大学、企業のコンソーシアムに資金助成を行っているが、グローバルな競合力を高めるためには海外の大学、企業の参加が重要だ。現在日本の企業、大学との複合的連携を進めている。

2. 波力発電(日本)本件は科学技術振興機構(JST)平成18年度大学発ベンチャー創出事業であ

り、神戸大学の神吉博教授が50キロワットの発電システムを開発中だ。課題は①漁業権との絡みで、日本での長期的な海上実験の場所の確保が困難 ②発電性能向上のための制御、さらなる部材のマイクロ化 ③淡水化システムなどとの複合化である。弊地域には地方政府、エクセター大学、プリマス大学などが設立した海洋エネルギー研究機関Peninsula Research Institute for Marine Renewable Energy(PRIMaRE)や、コーンウォールの10マイル沖合に建設されたWave Hubがある。また、1,000社以上の再生可能エネルギー製品のマイクロ部品研究開発製造企業があるので、神吉教授のビジネスプランや日本での産学官連携の構築にあわせて、英国との複合的グローバル産学官連携を進めたい。

3. 簡易式感染症診断キット(英国)バース大学からスピンオフした企業が、電極使用の独自方式によるDNA、

RNA(リボ核酸)の検出(感染症)などを主眼においたポイント・オブ・ケアDNA診断システムを開発し、2年後の事業化を目指している。課題は①検査機器としての臨床実験 ②医療機器としての認定 ③感染症以外への適用アプリケーションの開発などである。この種の検査は、従来、専門機関で行うため、検査日数がかかる。

これが、クリニックレベルで短時間に、また簡易的にできれば大きな需要が見込まれる。前述の課題解決のため、専門性の高い要素技術を有する企業や大学との複合的連携が必要である。

◆結びに私ども英国南西イングランド地域開発公社駐日事務所は、英国南西イング

ランド地域の経済振興を推進する投資誘致機関(TEL:03-5549-4184 E-mail:[email protected])である。駐日英国大使館の商務部、投資部と同様に英国貿易投資総省(UKTI)より資金を得て運営されている。英国でのビジネスを検討されている企業の現地拠点の設立、事業展開、そしてさらに成功し事業を拡張するための環境づくりを戦略的にお手伝いするサービスを無料で提供している。産学官連携プロジェクトへのご参加、または共同開発等のご要望をいただければ、弊地域大学、研究機関、企業への橋渡しをさせていただく。

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京都大学が初の欧州事務所

http://sangakukan.jp/journal/29 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

京都大学は欧州地域に開設する初めての事務所として、産官学連携欧州事務所を英国ロンドンに開設した。国際産官学連携活動の在欧拠点として設置するもので、英国のみならず欧州各国の先端大学および国際企業との国際産官学連携を企画・立案・実行する役割を担っている。

◆学学連携を基軸とした国際産官学連携の推進京都大学では、文部科学省の「産学官連携戦略展開事業(戦略展開プログラム)」(平成20~24年度)による「国際的な産学官連携活動」事業を推進している。本事業においては、海外大学・企業との共同研究の促進、国際技術移転の推進等の国際産官学連携活動を展開している。京都大学の国際産官学連携活動の特徴として、単に産(海外企業)と学

(京都大学)との連携にとどまらず、海外大学を交えた「学学産連携」(あるいは「産学学産連携」)を推進している。「学学産連携」を推進する背景としては、学術分野における京都大学の高い評価を踏まえ、また研究者・学生交流等を通じて培ってきたネットワーク、さらには個々の研究者の人的ネットワークをも最大限に活用した全学的活動として国際産官学連携をとらえていることと、現地の商的習慣・法体系等を熟知した信頼できるパートナーが必要との考えに基づいていることが挙げられる。「学学産連携」の第1段階として、既存の学術交流協定校に加え、欧米の有力大学・研究機関との間で新たに部局間協定を締結し、また共同研究を推進する等の形で「学学連携」を基軸にしたグローバルネットワークを構築しつつある。続く第2段階では、学学連携に基づく具体的な活動として、産官学連携にかかわる情報共有、イベントの共催、さらには相互マーケティング等を適宜実施し「学学産連携」の具体化を図る予定である。

木村 亮(きむら・まこと)京都大学 産官学連携センター 教授

欧州事務所の概要

名称:京都大学産官学連携欧州事務所 (EuroRepresentativeofKyotoUniversitySACI)住所:NTTEurope–KyotoUniversityCollaborativeProjectRoom c/oNTTEurope,3rdfloor,DevonHouse 58-60St.Katharine’ sWay,London,E1W1LB,UKメールアドレス:[email protected]主な設備:会議卓、電話、FAX、PC、プリンタ等

(来客によるインターネット接続も可)

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http://sangakukan.jp/journal/30 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

◆海外事務所開設に至った背景およびロンドンに開設した理由前述の「学学連携」および「学学産連携」の実現に当たっては、連携相手選択のための調査、連携に至るまでの交渉、あるいは連携に基づく個別案件の交渉・調整が必要である。交渉・調整においては担当者当事者間の信頼関係構築が最も重要であり、そのためには密接なコミュニケーションによる十分な意思疎通が肝要である。情報通信手段が発達した現在とはいえ、依然としてF2F(FacetoFace)ミーティングが最適な意思疎通手段である。必然的に、京都大学からの渡航による先方訪問が数多くなり、今後の活動本格化に向けて、稼働面および費用面での負担、および移動時間・時差による対応遅れが懸念される状況となってきた。そこで、国際産官学連携活動の最前線基地として、海外事務所の開設を検討するに至った。開設場所としては、有力な連携先候補が比較的近距離(航空機で2時間以内)に集中し、また高等教育の位置付けや契約時の商習慣の面でも(米国と比べると)日本に近いと思われる欧州をまず選択した。欧州内でロンドンを選択した理由としては、各種情報の最大の集積地であること、英国政府が科学・技術の発展に大変力を入れていることに加え、京都大学の学術交流協定校も多いこと、英語圏であること等が挙げられる。

◆産官学連携欧州事務所の狙い・役割前述のように、産官学連携欧州事務所は京都大学が進める国際産官学連携活動の最前線基地としての役割を担っている(図1)。在欧州という地の利を活かし、英国・欧州地域の大学・企業および科学技術政策等について、きめ細かく情報収集・情報集約した上で、連携先あるいは連携候補とタイ

京都大学 海外大学調査(訪問等)

連携に向けた交渉

連携のバリエーション

③A)産官学連携に関する情報共有、人的交流、相互コンサルティング③B)技術情報(特許等)の共有、学学(産)共同研究、イベント等共催③C)企業の相互紹介、相互マーケティング(相互販売)

弁護士事務所等

TLO

調査、協力依頼

具体的案件の交渉等

共同研究

マーケティング

交渉等

①連携先発掘②連携関係構築③連携関係構築後の諸活動

③B)

③C)

③A)B)C)

③B)C)

③B)

③C)

欧州事務所が調査・交渉の最前線基地

国際産官学連携活動における欧州事務所の位置付け

調整等

検討依頼

連携

図1 国際産官学連携活動における欧州事務所の位置付け

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http://sangakukan.jp/journal/31 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

ムリーかつきめ細かい交渉・調整を図っていく予定である。また、幅広い人脈を形成し、産官学各界のキーパーソンとの間で信頼関係を醸成することにより、英国・欧州地域における将来の産官学連携活動をスムーズに進めるための素地形成も期待している。これらの活動に加え、産官学連携活動にとどまらない京都大学国際化に資する活動として、例えば、大学間共同研究の推進、在欧卒業生のネットワークづくり、海外インターンシップの推進等も支援していく予定である。

◆今後の活動予定産官学連携分野における協力覚書・協定を締結したブリストル大学、MRCT(英国医学研究協議会技術移転会社)と協力し、双方の技術情報交換、共催イベント開催等の形で連携を深めるとともに、学学産連携の素地を固める。また、独仏等の欧州大陸を中心に、有力大学・研究機関を調査し、学学連携先の拡充を図る予定である。

産官学連携欧州事務所内の様子

開所式の模様

産官学連携欧州事務所開所式京都大学は、産官学連携欧州事務所の開所を記念したセレモニーを松本総長出席の下、主に英国在住の産官学各界の皆さまをお迎えして、2009年2月13日(金)夕刻に、英国RoyalSocietyにて開催した。今後、同事務所が英国および欧州地域で活動していくに際し、英国および在英の産官学界の協力・支援を仰ぐことも多いと予想されることから、京都大学および事務所をPRする絶好の機会となった。

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産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 200932http://sangakukan.jp/journal/

東北大学大学院工学研究科 教授 源栄 正人氏

地震防災システムの進化大揺れの前の安全確保に向けて

◆システムの現状と課題——気象庁の緊急地震速報の一般運用開始(平成19年10月1日)*1から1年余りが経過した。現状をどう評価しているか。源栄 一般運用開始は、科学技術を活用した地震防災システムの進化に向けた大きな一歩だと認識している。テレビ・ラジオなどによる一般向けの緊急地震速報では、震度5弱以上と推定されるときに、震度4以上が推定される地域に「強い揺れ」が予測されることだけが流される。また、専用受信機を導入すれば気象庁から震源の位置とマグニチュードの情報が送られ、予測震度に加えて余裕時間も表示される。緊急地震速報は、大揺れの前に安全確保できるチャンスを与えてくれる。課題もある。国内の約1,000点の地震観測点があるにもかかわらず、その観測点の間隔や地震観測データの伝送・処理時間の関係で、内陸型の地震における適用性は必ずしも高いとは言い難い。——昨年6月14日に発生した「岩手・宮城内陸地震」はM7.2、震度6強を記録し、多大な被害をもたらした。源栄教授は文部科学省の事業の一環として宮城県内の8つの学校に緊急地震速報システムを導入して実証試験などに取り組んでおられる。源栄 文部科学省の実証実験に参加している宮城県白石市立白石中学校では、地震の当日は土曜日にもかかわらず、部活動参加のために約100名の生徒が登校していた。S波到達の21秒前に緊急地震速報を受信し、自動放送で無事避難することができた。また、私が指導している宮城沖電気(現、OKIセミコンダクタ宮城)の半導体工場(宮城県大衡村)でも、気象庁の緊急地震速報に加え、工場敷地内に設置した独自の地震計を用いて、生産ラインの速やかな停止、危険物質の漏えい防止、従業員の安全確保など、被害を最小限に抑えることできた。

◆さらなる進化に向けたリージョナルな対応を——岩手・宮城内陸地震ではないが、揺れた後にようやく速報が届いたという話も聞いた。もっと早く受信できるような対応策は?源栄 現在のシステムはいったん気象庁(東京)に情報を集めてから震源地に情報を戻している。震源地近くで情報処理すれば、秒単位だが早く緊急地震速報を提供できる。その数秒間にできることをイメージしてほしい。危険物から離れ、安全な場所に即座に移動すれば、尊い命を救える可能性

源栄 正人(もとさか・まさと)東北大学大学院工学研究科 教授

聞き手・本文構成:西山 英作

(社団法人 東経連事業化センター 副センター長)

気象庁の緊急地震速報の一般運用の開始から1年余りが経過した。緊急地震速報の利活用も含め「早期地震警報システム」開発の中心的な人物の1人である東北大学大学院工学研究科の源栄正人教授に緊急地震速報システムの現状とさらなる進化に向けた課題についてインタビュー(平成20年12月22日)を行った。

*1:平成19年10月1日に気象庁が緊急地震速報の一般運用を開始。宮城県沖地震が起きた場合、100万都市仙台の中心部では、この緊急地震速報によって大揺れが到達する約15秒前に地震発生の警報を出すことが可能になった。

この緊急地震速報の原理は、地震波より電気信号の伝わる速さがはるかに早いことに基づいている。地震にはP波とS波があり、P波は毎秒6~8kmで伝わり、S波は毎秒3~4kmで伝わる。地震が発生すると、全国約1,000カ所に設置された地震計のうち震源により近い地震計がP波をとらえると、この情報が気象庁に送られ、震源位置と地震の大きさ(マグニチュード)が決定され、緊急地震速報として配信され、大揺れの前の警報として利用される。

インタビュー

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産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 200933http://sangakukan.jp/journal/

が広がる。安全空間の確保という事前対策につなげたい。——緊急地震速報はナショナル(国)レベルだけでなく、リージョナル(地域)レベルでも対応すべきとのご提案だと受け止めた。源栄 リトアニアのイグナリア原子力発電所では、発電所の周囲30kmの円周上6カ所に地震計を配置し、システムの自動停止等を行うシステムを構築している。イタリアのアカデミア美術館のミケランジェロのダビデ像は、免震台の上に置かれ普段は固定されているが、揺れが来ると固定装置が自動的に外され、損傷を抑える工夫をしている。これらの早期地震警報システムは、必ずしも震源情報を必要とするわけではなく、比較的低コストで実現できる。われわれは、迫りくる宮城県沖地震に備えて、石巻市牡鹿総合支所と東北大学に構造ヘルスモニタリング機能とP波検知機能を兼ね備えた地震観測システムを設置した。このシステムで直接、東北大学に送られてくる波形情報と気象庁からの緊急地震速報を組み合わせて、より高度な地震対策に適用するための研究開発を進めている。ハザードマップの作成1つとっても、リージョナルな対応なしには対策は打てない。地域の情報をきめ細かに集め、地域で処理し対策を打っていくことが基本スタンスではないか。——直接、東北大学に送られてくる波形情報の分析に力を入れ、リージョナルな対応を図ることが重要なことは理解できたが、なぜ構造ヘルスモニタリング機能を併用する必要があるのか。源栄 建物の状態によっても被害の大きさが変わってくる。構造ヘルスモニタリング機能を導入することで常に建物の状態をモニタリングし、建物のメンテナンスを適切に行うことが可能になる。地震時の危険度判定などの即時対応や、被害が生じたときの科学的検証のための重要データとして役立つ。また警報システムは、地震のときだけ役目を負うのでなく、日常的機能を付加したシステムにすることが導入の動機付けにもなる。白石中学校の事例でもシステムに付与されていた校内放送が日常的に使われていたことが、うまく機能した要因だ。このため、緊急地震速報システムに日常的に建物の状態をチェックできる構造ヘルスモニタリング機能を付加することが重要だと考えている。——構造ヘルスモニタリングと緊急地震速報との連動が地震警報システムの進化に貢献できることは理解できた。今後どのように進めていくか。源栄 高精度な地震動予測を可能にした高度活用を目指すには、P波検知を兼ねたモニタリングシステムをできるだけ多く配置し、前線波形情報*2をリージョナルの拠点に集めて発信することがポイントになる。私はこのシステムを地域展開するために、自治体の予算ばかりでなく、多くの民間企業の共同出資による産学官連携プロジェクトを企画・提案している。提案のコアは建物の構造ヘルスモニタリング装置を公共施設に設置して共有化することである。オンライン観測データの公開は学術的な貢献だけでなく、前線波形情報を利用した即時性を高めた対策も可能として、企業の地域貢献につながる。また、企業としても自社の建物にシステムを設置すれば直下型地震対策にもなり、事業継続計画*3の一環として有効に活用できる。予測の高精度化を図りシステムを進化させる最大のポイントは、できる限り前線波形情報をリアルタイムで利用できるようにすることに尽きる。

*2:震源により近い観測点の波形情報。

*3:企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事業に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと。

●インタビューを終えて地震大国といわれる日本にとって「科学技術による防災システムの進化」は最重要課題の1つである。気象庁の緊急地震速報の一般運用は進化に向けた大きな1歩だが、さらなるシステムの進化に向けては、リージョナルな地震防災システムの構築が必須だと痛感した。また、わが国が緊急地震速報システムのノウハウを蓄積し、そのシステムを発展途上国など海外にも広げていけば、国際貢献の重大な柱になると感じた。

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大学における安全保障貿易管理−自主管理体制整備の促進−

経済産業省貿易経済協力局貿易管理部安全保障貿易検査官室

350

億円

国立大学(件数)

私立大学(件数)

公立大学(件数)

国立大学(金額)

私立大学(金額)

公立大学(金額)

300

250

200

150100

50

013年度 14年度 15年度 16年度 17年度 18年度 19年度

02,0004,0006,0008,00010,000

16,00014,00012,000 ① ①

出所:文部科学省「平成19年度 大学等における産学連携等実施状況について」

図1 共同研究実施状況の推移

http://sangakukan.jp/journal/34 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

◆はじめに近年、産学官連携や国際交流の進展等により、大学や研究機関における先端的な研究成果等が大量破壊兵器等の開発等に転用される可能性も高くなってきている。ここでは、わが国や国際社会の平和および安全の維持の観点から、大学等における安全保障貿易管理の必要性や効果的な体制整備の促進等について述べることとする。

◆大学等における安全保障貿易管理の必要性大学や公的研究機関(以下、「大学等」という)の研究成果の一層の活用を図る観点から、平成10年に大学等の技術移転を促進する法律を制定するなど国を挙げて産学官連携政策を進めた結果、大学等と民間企業との共同研究件数は増加してきている(図1)。また、留学生等の急速な増加*1や国際共同研究の推進等により、大学等の国際化も進展している一方で、大学等が保有する先端的な技術や高度な資機材等が不用意に流出してしまう懸念も増大している。このため、技術移転や人的交流の進展に伴い、大学等が安全保障貿易管理により効果的に取り組む必要が生じている。

◆わが国の安全保障貿易管理制度と大学関連の施策について国際的な平和および安全の維持の観点から大量破壊兵器等の開発等を防止するため、外国為替及び外国貿易法(以下、「外為法」という)は、大量破壊兵器等の開発等に転用されるおそれのある機器等の輸出や、これらの設計図やプログラム、操作方法等の技術の提供を規制の対象とし、経済産業大臣による許可が必要としている(図2)。規制対象の貨物や技術を無許可で輸出等した場合は、5年以下の懲役または原則貨物・技術の価格の5倍以下の罰金等が科される場合がある。安全保障貿易管理においては、一般的に、次の3つの確認が重要なポイントとなっている。

(1)貨物や技術の仕様確認外為法で規制されている貨物や技術であるか否かを、法令に示された仕様等に基づき確認する。

(2)相手先の確認輸出等の相手先が、大量破壊兵器等の開発等を行っているおそれがあるか否

*1:わが国における留学生数は平成10年度は約5.6万人であったが、平成20年度には約12.4万人と平成10年度の約2.4倍となっている(独立行政法人日本学生支援機構 平成20年度外国人留学生在籍状況調査による)。

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-日本-

船積み 工場の設備 販売

設計図データ 技術指導

-外国-

注意メール送信

技術取引は日本国内においても発生する可能性あり!

技術指導等

物の輸出

技術の提供(技術データの提供、技術支援等による。)

研修員受入れ(非居住者)

図3 安全保障貿易管理に係る機微技術 ガイダンスの概要

図2 貨物の輸出と技術提供の違い

1. 技術提供管理に係る方法、体制整備(1) 組織内の機微技術の所在把握と機微度のマーキ

ング ・ 機微技術の所在把握が技術提供管理の第一歩。 ・ 記憶媒体に規制対象技術か否かのマーキングをし

ておくと便利。(2) 技術提供管理等の体制整備、輸出管理規程の策

定 ・ 研究者個人の外為法規制の理解と遵守活動の実践

が重要。 ・ 十分な管理のためには組織的対応が必要であり輸

出管理規程策定を推奨。(3) 組織内に存在する技術情報の公開に関する基準

の策定 ・ 技術情報の公表基準の策定、特許出願、論文・学

会発表の際に安全保障の観点を含めて検討。2-1. 職員や研究者等に対する組織内での技術提供

(1) 職員等の管理 ・ 採用時にこれまでの研究内容を、また採用後に大

量破壊兵器等の開発転用のおそれがないかの確認。

・ 離職時に研究に係る技術情報の返還、知り得た技術情報の提供を禁止する旨の誓約書の提出。

(2) 研修生・留学生の受け入れ及び管理 ・ 来日6ヶ月未満の留学生等の「非居住者」が外為

法規制技術へアクセスする際は役務取引許可が必要。

・ 留学生等の受け入れの際は、出身母体の活動を確

http://sangakukan.jp/journal/35 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

かを確認する。経済産業省が公表している外国ユーザーリスト*2に掲載された機関への輸出等は、慎重な判断が必要である。

(3)用途の確認貨物や技術の用途が大量破壊兵器等の開発等に関連するか否かを確認する。

経済産業省では、安全保障貿易管理のホームページを設けているので、制度に関する最新の情報の入手等にご活用いただくとともに、疑問の点については各種問い合わせ窓口にもご相談いただきたい*3。大学等における安全保障貿易管理に関しては、平成18年3月に、経済産業省からの指導要請を受けて文部科学省から全国の大学等に対して輸出管理の徹底を促す通知がなされるとともに、平成20年1月には、当省は文部科学省等の協力を得て、「安全保障貿易管理に係る機微技術管理ガイダンス(大学・研究機関用)*4」(図3)を策定して公表し、機微な技術を扱っている主要な大学に対して説明を行った。また、当省は、平成18年から、大学等向けの安全保障貿易管理説明会を全国で開催することを目標に実施し、平成20年末現在、35都道府県で開催した。以上を踏まえ、産学官連携に積極的な一部の大学においては、効果的な自主管理体制の整備に向けた取り組みが見られるようになってきている。

◆大学等における新たな環境変化と効果的な自主管理体制整備の促進国際共同研究や留学生受入等の国際化の進展への対応に加え、近年、大学等は次のような新たな環境変化への対応も求められている。

(1)知的財産権保護への対応平成16年の国立大学法人化を契機として、研究成果の社会還元を促進するため、知的財産をマネジメントする専門部署が多くの大学で設置されているが、これらの部署は、技術提供の管理にも高い意識を持っている。外為法に基づく輸出管理に関しても高い認識を有しており、これらの部署が大学内の輸出管理の対応のけん引役となっていくことが期待される。

(2)利益相反問題への対応補助金の不正処理問題や医学部の臨床試験等における利益相反問題等が社会的にも取り上げられ、これらへの対応が進んできている。大学によっては、これらコンプライアンスの問題を一元的に扱う部署を新設した。外為法関連の法令遵守についても、このような部署が中核となって関連部署間の適切な連携の下に対応していくことが期待される。

(3)国の支援事業等の採択要件への対応経済産業省と文部科学省との協力・連携の成果の1つとして、文部科学省は大学への一部の支援事業の採択基準に安全保障貿易

*2:輸出者等が自主管理を行う際の参考として、大量破壊兵器の開発等を行っている疑いのある機関等についてリストとして公表しているもの。詳しくはhttp://www.met i .go.jp/pol icy/anpo/kanri/user-list/080610user-list.pdf を参照。

*3:安全保障貿易管理全般に関する最新の情報や当省の問い合わせ窓口等はhttp://www.meti.go.jp/policy/anpo/index.htmlに掲載。

*4: 全 文 はhttp://www.meti. go.jp/pol icy/anpo/kanri/b o u e k i k a n r i / d a i g a k u /kibigijyutukanrigaidansu.pdfを参照。

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管理への対応を加えている。具体的には「産学官連携戦略展開事業」の国際的な産学官連携活動の推進事業に、本年度、北海道大学、東北大学等の17大学が採択されたが、いずれも安全保障貿易管理への対応を前提とした活動を展開していくこととなっている。今後、これらの大学が、事業成果の一環として安全保障貿易管理に係る効果的な自主管理体制整備のノウハウ等も公表し、他大学への普及促進に貢献することが期待される。

(4)大学関連機関における検討への対応安全保障貿易に係る機微技術管理ガイダンスの公表・配布、説明会の開催等により、技術提供管理に関して認識の高い一部の教職員からは、大学等の共通課題として安全保障貿易に係る自主管理体制整備に向けた検討を大学関連機関の場でも行うよう求める声が上がるようになった。社団法人国立大学協会では、このような要望を受けて、安全保障貿易管理の問題の継続的な検討に着手している。また、大学技術移転協議会や産学連携学会等においても、本問題の検討に高い関心を有している。今後、大学関連機関におけるさまざまな検討成果が公表され、各大学等の自主管理体制整備の促進につながっていくことが期待される。

このような新たな環境変化への対応等を踏まえれば、大学等の研究活動等から安全保障に係る機微な貨物や技術情報が不用意に流出することを防ぐため、また、コンプライアンスやリスクマネジメントの観点からも、各大学等が安全保障貿易に係る効果的な自主管理体制の整備に向けた検討を早期に開始することが重要である。自主管理体制の基本は、輸出等を行う教職員自らが許可取得の要否確認が必要であるという認識を持つことであり、各大学等の実情に応じて、教職員への輸出管理制度の教育・周知や所要のルール策定等を行うことが重要である。また、教職員の本来の研究活動に支障を来さないよう、安全保障貿易管理に関する相談窓口となる部署を定めるなど、適切なサポート体制づくりも重要となろう。このような基盤的環境の整備は、教職員の研究活動をさまざまなリスクから守るものであり、経営トップの強力なリーダーシップの下で、組織内外の人的・組織的資源をフルに活用しつつ、より効果的な自主管理体制を早期に構築していくことが望まれる。

◆おわりに最近の大量破壊兵器等の拡散防止に向けた輸出管理強化に関する近年の国際的な要請等を踏まえ、経済産業省は技術取引規制の見直しや輸出管理体制の整備の促進を求める制度改正の検討等を行っている。大学等においても、国際化の進展等、近年の新たな状況変化に対応したより効果的な自主管理体制構築という「チャレンジング」な課題の検討に、経営トップが的確なリーダーシップを発揮して一歩踏み出していく時期に来ているものと思われる。

認し、帰国後の軍需企業等への就職の可能性の有無等も考慮し、配属先を工夫。

(3) 外国人研究者等が大学等や民間企業との研究開発プロジェクトに従事する場合の取扱い

・ 製品化を念頭においた研究開発プロジェクトへの参加は、「基礎科学分野の研究活動」に当たらず、許可取得対象となり得ることに注意。

2-2. 技術提供に係る審査・管理の方法 ・ 提供に係る審査は、学部単位等で一元的に行う体

制が効率的。学科や研究室の責任者が審査票を用いて判定することが大切。

(1) 外為法上の該非判定 ・ 非居住者に対して、規制対象の技術情報を郵送・

電子メール・FAX送信、電話・会議等により提供する場合も許可取得が必要。

・ 確実な管理のため、学部の教授等が判断後、さらに違う部局(輸出管理部署等)が判断する等、客観的な判断が実施されると効果的。

(2) 技術に関する取引審査 ・ 経済産業省公表の外国ユーザーリストの活用等に

より、提供先の業務・研究内容、用途の確認が必要。(3) 研修生・施設見学等の訪問者管理 ・ 非居住者を対象とする施設見学についても、内容

によっては許可が必要となることに留意。(4) 論文発表の手続その他外部でのプレゼンテー

ション資料等の吟味 ・ セミナー等の参加に特別な制限がある場合は「公

知」とする活動とはいえず、発表の際、内容が許可対象であるか確認が必要。

(5) 役務取引許可の取得 ・ 許可対象取引については、大学等の組織として最

終的な取引実施の可否を判断。 ・ 海外企業等との契約時、規制対象技術の提供には

政府許可条項を盛り込むことも一案。(6) 技術提供管理 ・ 提供に際しては、許可証記載の技術と提供する技

術の内容の同一性を確認。(7) 第三者への技術移転等の禁止 ・ 提供先から第三者への規制対象技術移転禁止の取

り決め、誓約書の取得を推奨。(8) 機微度に応じた技術情報へのアクセス管理・保

管管理 ・ ID・パスワード管理等、技術情報へのアクセス管

理を実施することが大切。3. 教育・研修

(1)研究者等の技術提供管理意識の向上 ・ 判断を行う者等は、研修等を通じて最新の規制情

報を入手することが大切。 ・ 全職員対象の研修実施により、組織全体の技術提

供管理意識の底上げ。(2) 最新規制情報の収集 ・ 安全保障貿易管理HP等を活用して最新情報を入

手し、関係部署と情報を共有。4. 監査

(1) 定期的な監査の実施 ・ 組織的に、毎年監査を行うなどの取り組みが必要。

(2) 監査の体制 ・ 監査項目の選定、監査実施など、規制対象技術管

理を実施する者(部署)が主体的に関与。5. 技術情報提供に係る文書等の保存 ・ 技術提供に係る文書(審査書類など)及び電磁的記

録媒体は、提供後5年間は保存。6. 附置研究所や海外事務所への指導 ・ 日本人であっても海外事務所勤務の者は、外為法

上「非居住者」に該当。規制対象技術の提供には許可が必要。

・ 海外事務所から無審査で第三者へ提供されること等がないように、注意喚起や研修等を実施。

7. 技術提供に係る相談窓口・通報窓口の設置 ・ 組織内に輸出管理部署の設置や担当者を配置。 ・ 万一、無許可で規制対象技術を流出させた際は、

組織における対策を講じ、経済産業省へ報告。8. 実効ある体制作り、メンテナンス ・ 輸出管理部署の設置や輸出管理規程を策定するこ

とが効果的。 ・ 輸出管理規程に基づく監査を実施し、監査結果を

踏まえて、管理体制の最適化を推進。

出所:経済産業省大学等向け外為法説明会資料(平成20年度版) より抜粋

http://sangakukan.jp/journal/36 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

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ER流体とその応用製品をベンチャーで事業化

井上 昭夫(いのうえ・あきお)株式会社 ERテック代表取締役

http://sangakukan.jp/journal/37 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

旭化成は、1993年から電気通信大学の古荘純次教授(現、大阪大学大学院教授)と共同でER(Electro-Rheology)流体とその応用製品の開発を進めていたが、2003〜05年に開発を終結した。同社で研究に従事していた井上昭夫氏は定年退職後、その研究を受け継いでベンチャー企業・ERテックを起こした。旭化成は、古荘教授や井上氏が発明者となっっている同社出願特許を古荘教授に移管、ERテックが実質的に使用できるようになっている。

◆技術と経緯ER(Electro-Rheology)流体とは、粘度を電圧の強さに応じて瞬時に変化

でき、また電圧を切れば元の粘度に戻る流体である。1940年後半にW.M. Winslowが、シリカやでんぷんなどのわずかに水を含んだ微粒子を分散させた絶縁油でこの流体を発明した。図1は分散粒子に電圧がかけられた際に粒子表面の電荷が正負に分極

し、反対符号の電荷で引き合った粒子が電界の方向に架橋を形成する様子を示している。粘性の変化はこの架橋した粒子の結合を切り離す力による。Winslowは発明当初からクラッチやブレーキ、ダンパーやスピーカーなどへの応用を試みていた。

1980年代半ばに、米国の自動車専門雑誌に自動車用途への可能性が記載されたことを日産自動車の友人から聞いた。私は旭化成の技術者だったが、これを機に会社として、いち早くER流体の研究を始めた。ER流体の応用開発についても1993年から電気通信大学の古荘純次教授(現、大阪大学大学院工学研究科・機械工学専攻・教授)と共同研究を開始し、連携は現在まで続いている。

当時、自動車用途は市場が大きいことから、多くの材料や関連部品の企業が開発に加わり、1990年代前半には年に100件を超す特許が公開された。粒子の沈降防止やER効果の向上など、流体性能は改良されたが、広い温度範囲で長期間の安定使用を要求する自動車用途には適用が難しいことが分かり、開発を続ける企業は急減した。ER流体に夢を持つ企業研究者や大学研究者とともに、組織の壁を越えて新しい用途開発を目指す「ER流体コンソーシアム」を設立したが、長続きはしなかった。

旭化成は、自社関連の技術や材料を活かした部品や装置の製品化を目指し、ER流体ブレーキを転倒防止に用いた歩行器や、ER流体クラッチを力覚呈示に用いて上肢リハビリ装置の開発を行った。上肢リハビリ装置は、画像の指示に従ってゲーム感覚で自分の意思を伴いながら上肢を動かすうちに、脳に新たな回路が形成され機能が回復するとの仮説に基づく。

電極

電界

OFF

ON

絶縁油微粒子

図1 ER効果の発現機構

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http://sangakukan.jp/journal/38 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「身体機能リハビリ支援システム」プロジェクト(1999年〜2004年)に採用され、兵庫医科大学(道免和久教授)での臨床評価で、脳卒中による上肢片麻痺患者の機能回復に有効なことが実証された。

◆起業のきっかけ旭化成で長年、ER流体とその応用製品の開発をさせていただいたが、旭

化成は私の定年退職を機に、2003〜05年にその開発を終結した。ER流体の可能性に夢を持つ私は、ER流体コンソーシアム仲間や古荘教授の支援もあり、退職後にベンチャー企業のERテックを設立した。開発を断念した旭化成にとっても、私が流体の提供や歩行器や上肢リハビリ装置の開発を継続することは望ましいことと判断し、旭化成は古荘教授や私が発明者となっている旭化成出願特許を古荘教授に移管し、ERテック社が実質的に使用できることになった。

◆古荘研究室との関係ER流体は機械等の制御に期待されたことから、旭化成は大阪大学に移ら

れた古荘教授に引き続き応用研究を依頼することになり、同教授の研究を基に多くの応用特許が出願された。上肢リハビリ装置は同教授の指導の下に前述のNEDOプロジェクトや愛知万博のプロトタイプロボット展への出展などでさらに開発が加速された。古荘教授と私は、たまたま豊中高校の同窓でもあり、現在も連携が続いている。

◆ERテック社の開発、販売品ER流体クラッチ/ブレーキはコンパクトで極めて優れた応答性を示す。

ERテックは、ブレーキ/クラッチ(写真1)を中心に、顧客と共同で新しいER流体デバイスを開発しながら、主に流体込みの製品を大学や企業に提供している。上肢リハビリ装置は2005年に旭化成が装置づくりから撤退し、危機を迎えたが、その後、古荘教授の指導の下でERテックが中心となり、機械、電気、ソフトなどを専門とする中小企業の協力で、簡易でコンパクトなリハビリ装置(PLEMO、写真2)が試作され、兵庫医科大学、森之宮病院などの医療現場で評価がなされている。これらの試作・評価には大阪大学や兵庫医科大学の文部科学省助成制度(基盤研究B)が活用されている。

◆ベンチャーの悩み、課題いずれもまだ量産品でなく一品製造に近い段階であるこ

とが、製品価格や経営上の悩みである。上肢リハビリ装置は販売に厚生労働省の医療機器認定の取得が必要であり、多額の資金と長期間を要する。装置の製造は中小企業の協力で可能であるが、機器認定の取得や販売は中小企業には難しく、現在大手福祉機器企業の参画を得た実用化プロジェクトを設立して進め方を探っている。新しい商品の開発には、根気とともに公的助成制度の活用や産学官の連携が必要である。

写真1 ER流体ブレーキ/クラッチ

写真2 簡易型上肢リハビリ装置(PLEMO)

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大学におけるライフサイエンス研究と特許出願

http://sangakukan.jp/journal/39 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

論文では検証データが、特許では実験データがそれぞれ重視される。特許の中でもライフサイエンス分野は実証データの要求度がとりわけ高い。しかし、研究成果を特許にするためのバックアップ体制は驚くほど脆弱(ぜいじゃく)である。大学が抱える課題は何か。

大学における科学研究はイノベーティブな新技術の源泉であり、社会還元することが期待されている。論文と特許とではそれぞれの完成度を高めるための研究戦略が異なる。論文では検証データが、特許では実証データが重視される*1。ライフサイエンス分野では特許の実証データの要求度がとりわけ高い。日本ではそれが特に顕著であり、大学の研究成果の有効な活用に影を落としている可能性がある。当該分野の知財環境の向上について、政策的にも十分な配慮が必要と思われる。

◆論文は検証、特許は実証科学の世界では、研究の成果を着実に積み重ねていくことが重視される。個々の成果の質が悪いと、せっかく築き上げたはずの共通認識が根底から崩れ去ってしまう。従って、論文においては、新しい発見から概念される自然現象・メカニズムに関する新知見を確かなものとして世の中に提供するに値するだけの、客観的な検証データを提示できるかどうかが評価の決め手となる。特許の場合も、明細書中に具体的な実験データの記載が求められる。ただ、データが示すべき内容は科学の世界で必要な仮説の検証ではなく、権利請求する技術の実現可能性の有無である。これは知財担当者にとって当然のことでも、多くの大学研究者にとっては、ある意味意表を突かれる事実のようだ*2。どんな知見も、初めはただの可能性にすぎない。論文では検証データによってこの知見の確からしさを示すが、特許では実証データによって産業的適用の可能性を示す。つまり、研究過程で生じた新たな知見を境として、論文と特許に向かう道筋(研究戦略)が、それぞれ大きく枝分かれする。このことには、研究者も産学連携実務者も十分に配慮する必要がある。特許の実証データの要求度は技術分野によって異なる。この要求度がライフサイエンス分野において特に顕著である事実は意外に浸透していないようである。まず、医薬などを含む化学発明の領域においては、化合物の構造だけからはその機能や特性が不明なことから、通常「1つ以上の代表的な実施例」が求められている*3。さらに、ヒトに治療を施すための物や方法に関する発明に関しては、生体の仕組みの複雑さ(有用性についての合

石埜 正穂(いしの・まさほ)札幌医科大学医学部衛生学講座 准教授、同大学 附属産学・地域連携センター 副所長/弁理士

*1:論文と特許はいずれも実験データの提示を求められるが、ここで述べるように、求められることの趣旨が異なっている。そこで、論文で必要とされるものを「検証データ」、特許で必要とされるものを「実証データ」としてあえて使い分け、論文と特許の目的の違いに照らしつつ両者の性格の違いを明確にしたい。

*2:東京地裁平成4年10月23日(平成2年(ワ)第12094号特許権差止請求事件)では、「用途発明にあっては、既知の物質と未知の用途との結びつきのみが発明を構成するものであって、既知の物質について発見した新しい性質は単にこの結びつきを考え出すに至ったきっかけにすぎず、この新しい性質そのものは発明を構成するものではない」と判示されている裁判例があり興味深い。明快な表現だが、基礎研究者の意識を逆撫でするような物言いでもある。

*3:特許庁「特許・実用新案審査基準」第I部第1章3.2.1 (5)

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http://sangakukan.jp/journal/40 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

理的な根拠を他の事例から演繹(えんえき)的・間接的に示すことが難しい)から、発明が「使用できる」ことの根拠として、明細書に「薬理データまたはそれと同一視すべき程度の記載」をすることが求められる*4。このような要求はこの分野に独特のものである。

◆特許に結び付きにくい大学の研究大学ではデータが十分そろわないうちに出願を行うケースが後を絶たず、問題になっている。しかし、その責を研究者の認識不足ばかりに帰するのは誤りである。まず、大学の発明はイノベーティブなものが多いため、適当な前例に乏しく、求められる実施例についてもその要求度が高くなる。例えば再生医療などの先端医療の発明では、医薬の発明で常とう的に用いられる実証プロセスを用いることができず、特許の成立に必要な実施例の内容も異なり、その予見可能性も低くなる*5。しかも大学のライフサイエンス研究には用途発明が多い*6。薬物の新しい用途のほか、例えば疾患関連遺伝子をスクリーニングしても今では大抵が遺伝子データバンクに登録されており、新規かつ画期的な治療診断方法の発明であっても、既知の遺伝子の用途発明とせざるを得ない。用途特許の場合、物質特許よりも格段に実施例のハードルが高くなる。一方大学は、特許性向上のために研究成果をいつまでも秘匿することが歓迎される環境にない。論文なしでは研究者の評価に影響するし、待ったなしに修了の時期を迎える大学院生もいる。従って、成果発表前に、検証データばかりでなくあえて産業的適用のための実証データを出すことは、彼らにとって無理難題となることが多い。このような状況下、大学としては十分なデータが得られていないことが分かっていても特許出願せざるを得ない局面にしばしば遭遇する。実際、そのような出願の有効性に関しては、出願時点の内容で発明が特許性を有しているかどうかが1つのポイントとなる。ここで問題になるのが、各国の審査の違いである。例えば米国や欧州では後から証拠として提出するサポートデータの有効性が認められる一方、日本では薬理データが出願時点でそろっていないと出願の地位が認められない*7。データの要求度に関するハードルも各国で異なる。このため出願戦略においては、出願の公開時期や日本や各国における審査の違い、技術の進展状況等を十分に考慮した柔軟な対応が必要となる(表1)。しかし、そもそも事業化戦略が存在しない大学にそのような配慮まで求めることに限界があるのは明らかである。

◆大学の研究事情に合う知財政策の必要性前述のように、大学から生まれるライフサイエンスの研究成果は、特許化に必要な実証データの捻出(ねんしゅつ)ステップに重大な問題を抱えている。それにもかかわらず、これらの発明を知的財産的にバックアップする体制の現状は驚くほど脆弱(ぜいじゃく)である。例えば、大学には先端医療の基礎研究を行う人材は豊富だが、その研究を知的財産の側面でフォローすることのできる人材や体制が決定的に不足している。まず第1に、

*4:東京高裁平成8年(行ケ)第201号、東京高等裁判所 平成13年(行ケ)345号、知財高裁平成17年(行ケ)10818号、知財高裁平成17年(行ケ)10312号

*5:例えばES技術の場合、マウ スESと ヒ トESと で は 樹 立、培養、分化誘導などに必要な諸条件が異なるという技術的背景から、マウスESに関する実施例のみでヒトESに関する権利を取得するのには困難性を伴う。しかし、マウスでiPSを初めて樹立した実施例でヒトiPSの権利まで確保できるかどうかについては、結果的にマウスと同様な方法でヒトiPSを樹立できることが判明してしまった以上、容易には判断できない。さらにこの場合、公表されたマウスの技術を利用してヒトiPS樹立に成功し特許出願したとして、その特許性の有無も問題となる。この場合、最初の出願は実施可能要件を、後の出願は進歩性を満たさないと判断される可能性もある(石埜正穂;松任谷優子. iPS細胞技術における国際競争力と特許戦略. 日本知財学会第六回年次学術研究発表会要旨集. 2008, p.678-681.)。

*6:田中秀穂;青野友親. 大学は技術移転可能な特許を出願しているか 国立大学法人と創薬企業からの医薬関連特許出願の解析. 日本知財学会第六回年次学術研究発表会要旨集. 2008, p.76-79.( 研 究 技 術 計 画 in press.)

*7:前出の東京高裁平成8年(行ケ)第201号判決では、後から提出するサポートデータの有効性について厳しく限定的な解釈をしている。このほか、東京高等裁判所 平成13年

(行ケ)345号、東京高裁平成13年(行ケ)第99号。これに関する筆者の解説として、石埜正穂. 研究のアウトプットの両輪としての特許と論文. 蛋白質核酸酵素Vol.53, No.14(p.1905-2011)-No.15(p.2007-2012), 2008.

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http://sangakukan.jp/journal/41 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

大学の研究成果を拾い上げるべき日本のベンチャー企業の大部分は、特許出願するための人材にも費用にも窮している状態にある。第2に、大学の中に知財・産学連携を支援すべき適切な人材がいない。製薬会社出身者などに活路が求められているが、大学が扱うような先端医療技術、例えば再生医療や遺伝子治療技術の実用化に関する経験者は少ない。第3に、日本のバイオ特許の審査の厳しさが、大学等の先端的出願をフォローすべき環境に暗雲をもたらしている。そこで、ライフサイエンスの知的財産を保護し振興するための適切な政策が必要と思われるが、それを左右する環境にも問題があるように思う。例えば、これらの政策は大手製薬企業の発言に大きく影響されているが、製薬企業の立場はあくまでも化学薬品等の知財環境の改善を基本的前提としている。一方、再生医療等の先端技術は大学やベンチャーが推進しているのに、彼らの立場を代表する知財面での発言力は前述の経緯もあって極めて弱い。つまり、大学で生まれる先端的医療技術の有効な知的財産化を支援すべき体制も英知の集積も、日本には決定的に不足しているのである。日本の先端医療産業の振興のため、この窮状をしっかりと把握・分析し、そしてそれを打開するための然るべき施策を打ち立てることが急務である。

1)US6248722B12001.6.19(米国特許) 治療有効量のHGF遺伝子を含む発現ベクターを筋肉内注射によって対象に投与することを含む、HGFが有効な対象において疾患を治療するための方法。

2)EP0847757B12005.6.4(欧州特許) ヒトまたは動物の体を治療的に処理する方法において用いるためのHGF遺伝子。

3-1)JP3431633B22003.5.23(日本特許①) HGF遺伝子を含む発現ベクターを有効成分とする筋肉内投与用医薬であって、動脈疾患を治療するための医薬。

3-2)JP4021286B22007.12.12(日本特許②) HGF発現ベクターを含有するHVJ-リポソームを有効成分とする、関節内に投与するための医薬であって、軟骨傷害を治療するための医薬。

アンジェスMGの基本技術のPCT出願が三極で権利化されているが、その内訳を見ると、欧州では「治療用のHGF遺伝子」という幅広い範囲の用途特許が成立し、米国でも「発現ベクター」「筋肉内投与」などの限定は付されたものの、同様に広範な医療方法特許が成立している。ところが日本ではHGF遺伝子を治療一般に用いる権利が認められず、出願を分割して、一方は「HGF遺伝子発現ベクターを筋肉内に投与する動脈疾患治療薬」に、もう一方は「HGF遺伝子発現ベクターを含有するHVJ-リポソームを関節内に投与する軟骨傷害用医薬」に関する発明に限定することで権利が成立している。

表1 アンジェスMGの基本技術に係るPCT出願の特許後メインクレームの三極比較

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日本の技術者、世界のエンジニア

http://sangakukan.jp/journal/42 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

技術者って誰のこと? 一般の社会では、技術とかかわりのある仕事をする人という程度の認識しかない。中高生対象に「技術者と聞くと誰が頭に浮かぶか」を調査をすると、エジソンのような大発明家、アインシュタインのような大科学者、本田宗一郎のような大創業者が大半を占め、日々現代社会を支えている技術者は1%にも満たない。この状態を放置して、技術者の育成強化をできるのだろうか。

大橋 秀雄(おおはし・ひでお)学校法人工学院大学 理事長/日本技術者教育認定機構(JABEE)会長

◆技術者って誰のこと?当初「これからの技術者はどうあるべきか」という題で執筆のご依頼を受け

た。それを語るには、技術者って誰のことかをはっきりさせなければピントが合わない。その思いから、技術者そのものについて、日本と世界の認識を対比するテーマに変えさせていただいた。

私は、中高生を主体とする合計1,400人ほどに「技術者あるいはエンジニアと聞くと誰が頭に浮かびますか」というアンケートを試みたことがある。その結果 *1 によると、中高生が名前を挙げた人はエジソンのような大発明家(54%)、アインシュタインのような大科学者(18%)、本田宗一郎のような大創業者

(13%)が大部分を占め、日々現代社会を支えている技術者は票の1%にも満たなかった。その1%の中に、著名建築家、宇宙飛行士、大工、修理工などがひしめき、若者はもとより一般社会でも、まさに「技術者って誰のこと?」の現実がまかり通っている。社会には、技術者とは技術とかかわりある仕事をする人程度の認識しかない。この状態を放置すれば、技術者の育成強化をどんなに叫んでも、的外れの結果に終わるだろう。それは、オリンピックのメダルを狙うのに、種目も意識せずにスポーツ振興を叫ぶようなものだ。

◆世界のエンジニア技術者と対応する英語のエンジニアは、産業革命後に英国で生まれた職能集

団で、工業化の進展と歩調を合わせながら、できれば医師や法曹に比肩するプロフェッションとして社会に認知されるよう、西欧を中心に地位向上の努力を重ねてきた。しかしエンジニアには、いまでも器用な人程度のあいまいな使い方が残っている。ミュージカル「ミスサイゴン」の主役の1人が、エンジニアと呼ばれる技術と無縁な世渡り上手な男だったことは記憶に新しい。エンジニアの地位向上のためには、その役割と求められる能力を明確にする必要がある。アングロサクソン系と欧州大陸系では、表現が若干違うものの戦略の基本は同じである。まずエンジニアと称するには、それに必要な高等教育を修了しなければならない。さらに、国ごとに登録資格 *2 を制定し、能力保証と公益奉仕の証とする。米国のPE*3、イギリスのCEng*4 は代表的な例であるが、業務独占はいまだ限定的で、博士と同様な名称独占(タイトル)にとどまっている。エンジニア自体も仕事を表す普通名詞ではなく、タイトルとして扱われている国も多い。オランダでは、氏名の前にIr*5 を付けて工科大学卒業を明示しているし、IEEEではエンジニアをタイトルとして扱う声明書 *6 を公表している。

*1:大橋秀雄. 技術者が見えない. 工学教育. 56巻4号. 2008, p.10-14.

*2:Professional registration

*3:Professional Engineer

*4:Chartered Engineer

*5:Ingenieurの略

*6:http ://www. ieeeusa .o r g / p o l i c y / p o s i t i o n s /engineertitle.pdf 参照

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http://sangakukan.jp/journal/43 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

医療を担うのは医師だけでなく、看護師、薬剤師、ME技師等々、多様な職能グループが協同してこれに当たっている。それぞれのグループには、基礎となる教育や資格が明確に決められている。一方技術を担うのも技術者だけでなく、多様な能力を持つ人たちが協働している。その左の端を田中耕一氏のようなノーベル賞級研究開発者とすれば、右の端はキサゲの神様と呼ばれるような超熟練技能者だろう。その中間に、さまざまな役割を担う人たちがいる。それらを職能グループに分けることが、日本では決定的に遅れている。その全体を技術従事者 *7 と呼ぶと、技術者、技能者、技術社員、技師・技士などが混然としているのが日本の現状だろう。

◆エンジニア、テクノロジスト、テクニシャン技術従事者をどのようにグループ分けするか、これまで20年近くにわたっ

てInternational Engineering Meeting*8 を舞台に議論が進み、本年6月京都で開かれる2009年大会で改定案 *9 を再確認しようとしている。そこでは、全体をエンジニア、テクノロジスト、テクニシャン *10 の3つの職能に分けている。紙面の関係もあるので、その基本理念だけを紹介しよう。それは、それぞれの職能が向きあう問題とその解決に必要な行動が、complex か、broadly-definedか、well-definedかに基づいて分類される。強引な例えではあるが、音楽の世界では作曲家、指揮者、演奏家の仕分けに相当するだろう。無から楽想を生み楽譜として定着する作曲家、楽譜を忠実にたどりながら作曲者の意志を再現する演奏家、その中間を取り持つ指揮者というイメージである。先に例を出した田中耕一氏とキサゲの神様は、上記の基本に従ってもcomplexとwell-definedの両端にいることだろう。この3分類は、上下のランク付けを表すのでなく、まさに種目の違いを明確に示している。それぞれが、自分の特性を最大に生かせる種目を選択し、強い選手に成長する。これこそが人材活用の王道であり、産業競争力強化の基本である。

◆日本の取り組みわれわれは、世界に誇る国民性をもっている。平等と協調を重んじ、差別を

嫌う風潮は、個人から組織まで行き渡り、それが強さの源泉でもある。高度成長時代には、メダリストよりはたくさんの万能スポーツマンが重宝された。しかし時代は変わった。人口が減少する中、世界で存在感を維持するには、一人ひとりがメダルを狙える選手に育つよう方針転換をする必要がある。

日本の技術者は国際標準のエンジニアと同等である、と主張するには、その能力についても同等性の裏付けがなければならない。エンジニアに求められるcomplexな課題に対する対処能力、換言すれば知識応用力、問題分析力、デザイン力、評価力、公益・法規・環境・倫理への責任力、チーム力、コミュニケーション力、プロジェクトマネージ力、継続学習力のすべてにわたって、世界標準に欠けることがあってはならない。

日本の技術者を世界のエンジニアと同等なものに位置付けるため、教育の分野では日本技術者教育認定機構(JABEE)が、資格の分野では日本技術士会が、産学官の支援の下、過去10年にわたり取り組んできた。しかし、テクノロジストとテクニシャンについては、日本語名をどうするか、国際整合性を高めるために誰がどう取り組むかについて、まだ話し合いすら始まっていない。強い産業を支えるのは技術者だけではない。この問題に対する危機感を共有しながら、産学官が協力して取り組む必要がある。

*7:Engineering practitioner

*8:技術関係の教育や資格の世界標準を定める会議で、日本から日本技術士会とJABEEが参加している。http://www.ieagreements.org/IEM.cfm 参照

*9:http://www.ieagreements. org/Rules-and-Procedures-Aug-2007.pdf の改定案

*10:Engineer, Technologist, Technician

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若手研究者に贈る特許の知識 基礎の基礎 第2回

特許とは何か?

http://sangakukan.jp/journal/44 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

特許とは、その権利を持っている会社等が「発明」を独占できる制度。企業は開発した製品を特許として権利化し、その権利を武器に事業で利益を上げ、その収益の一部を研究開発に投じる。こうして次の特許へとつないでいくのが研究開発から見た経営の知的創造サイクルだ。

◆なぜ特許を取るか筆者が、スポーツ製品メーカー大手「ナイキ」の有名な「エアーマックス」シューズを近所のスポーツ用品店で求めようとしたら、置いていなかった。そこで、係員に「他のメーカーでもよいからエアークッション製品はないのか?」と聞いたところ、そのタイプは「ナイキ」の特許品だから他社では製造できないということだった。特許とはその会社が「発明」を独占できる制度で、特許権者しか特許製品を製造販売できないことを肌で感じた瞬間だった。そして、他社は特許権者の許可がなければその製品の製造も販売もできず、ましてお金を払いさえすれば製造・販売させてくれるかというと、そういうものでもない場合がある。企業は、例えば、開発したCDを特許として権利化し、その権利を武器にして音響製品のCDを販売して利益を得る。そしてその収益の一部を研究資金に回して次の新技術、例えば映像を蓄積できるDVDを開発し、これをまた特許として権利化し製品として販売していく。これが知的創造サイクルで、首尾よくこのサイクルを回転させることが研究・開発および経営だ。

◆特許を取らないとどうなるか独創的な発明をしていても、特許を取らなかったために他人に先を越されてしまった例がある。“独創的” といっても、他人が全く思い付いていないことはまれである。広い世界では通常 “関連する技術開発” は競争的に同時進行していることが普通だ。前回の電話の発明のように、古い時代でも同じだった。浜松高等工業学校(現、静岡大学工学部)の助教授だった高柳健次郎氏は、1926(大正15)年12月25日に世界に先駆けて電子式のテレビを完成させた。しかし、特許出願前にテレビ実験を公開すると特許を取れなくなると思った高柳助教授は、実験後1年経った1927(昭和2)年秋に2件の特許出願をした*1。しかし、同時期にアイデアを得ていた米国の技術者ツボルキンが先にそのアイデアを基にして特許出願したので、特許はウェスティングハウス・エレクトリック社のツボルキンのものになってしまった(米国の場

秋葉 恵一郎(あきば・けいいちろう)東京工業大学 グローバルCOEコーディネーター/志賀国際特許事務所 調査部/元 住友化学株式会社 知的財産担当部長/技術士(化学部門)

図1 特許申請書のツボルキンのアイコノスコープ 1931年*2

*1:http://members.aol.com/ trizj/jtat.htm

*2:アイコノスコープhttp://ja.wikipedia.org/wiki/撮像管

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http://sangakukan.jp/journal/45 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

合、特許は発明者の名前で出願されるが、実務的には特許取得前会社に譲渡されることが多い)。そのため高柳助教授は「テレビの父」と言われながら、世界的にはテレビの発明者はツボルキン(図1はアイデアを真空管を用いて具体化したもの)ということになっている。

◆論文発表と特許出願大学でも企業でも研究者は、自分自身の研究成果を外部に発表したいという欲求は強い。2002年に島津製作所のエンジニアだった田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞したことが、論文投稿への刺激になっていると思う。2007年時点で、化学分野において「博士の学位」「修士の学位」「専門職学位」を保持しない研究者でノーベル賞を受賞した研究者は田中耕一氏のみである*3ということになれば、企業研究者の論文投稿へのインセンティブはいやが上にも高くなる。ところで、発明者が自分自身で外部に発表した場合、対象発明の新規性は失われてしまうと考えている人はいないだろうか?このような発明を「新規ではない」として特許を与えないことにすれば、産業の発展上好ましくない。また、せっかくの研究成果を社会にいち早く知らせた発明者に対して厳しすぎると考え、わが国では、一定の条件のもとで救済することにしている。これが特許法第30条に規定されている「新規性の喪失の例外」で、以下の要件を満たすことが必要とされている。①“特許を受ける権利を有する者(発明者と言い換えてもよい:以下同じ)”が試験を行って新規性を失った場合。

②“特許を受ける権利を有する者”が刊行物に発表した場合。③“特許を受ける権利を有する者” が電気通信回線(インターネット等)を通じて発表した場合。

④“特許を受ける権利を有する者”が特許庁長官の指定する学術団体(大学を含む)の研究集会で、文書やスライド、プレゼンテーションソフトを使って発表した場合。

⑤“特許を受ける権利を有する者”の意に反して新規性を失った場合。⑥“特許を受ける権利を有する者” が政府等の開設する博覧会に発明品を出品した場合。

ただし、発表日や公表日から6カ月以内に所定の手続きを踏んで特許出願しなければ、例外的取り扱いは受けられないという制約がある。

【特許を受ける権利を有する者】

発明をすると “特許を受ける権利” が発生し、発明者は発明完成と同時にこの権利を取得する。この権利に基づいて、特許庁に手続きして特許を受けることを請求でき、また願書や特許証に発明者として記載される。人に譲ることもできる。公的な性質と私的な性質を併せ持つ “無体財産権” と考えるとピッタリする。もちろん“財産権”であるから対価を伴う移転もできる。また発明が共同でなされた場合、共同発明者全員が発明者になり “特許を受ける権利”は一体不可分で全員が“共有”することになる。この共有の場合、特許庁への手続きや権利を行使または処分をするに当たって、他の共有者の同意を得るか、あるいは共同で行うことが必要になる。従って、共同発明者を除いて特許出願した場合には、“冒認出願”になり、拒絶理由や無効理由を有することになってしまう。

*3:田中耕一氏http://ja.wikipedia.org/wiki/田中耕一

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企業でも大学でも、研究者はこのジレンマと戦い、外部発表と特許出願をうまく処理しなければならない。1つの方法を提案するとすれば、企業では学会発表や論文投稿の意思表示があれば、書誌事項を記載した書面に講演要旨や投稿原稿を添えて承認部署に提出し稟議(りんぎ)することになるが、稟議の承認者に知的財産担当部門を加えることだと思う。そうすれば、時間的に間に合えば特許出願後に外部発表ができるし、間に合わなければ「新規性の喪失の例外」の手続きを取って出願できるだろう。これが大学ならば、発明取扱規程を整備した上で、大学の研究者に特許出願の必要性を啓発するとともに、修士論文、博士論文、学内シンポジウム等にはTLOや他の知的財産担当部署の担当者ができるだけ出席することにしたらどうであろうか。発表前に特許出願することが大原則となるが、現実的解決を求める手順の一例を図2に示す。

1年以内

発明の完成(研究成果)

発明届出書

済外部発表の有無 ○発表後6カ月以内に出願

○発表後1年以内に米国に出願 未発表

聴講者の守秘義務の有無 通常ペースの日本出願

発表まで1週間程度

米国への仮出願*

発表まで2週間程度 特急ペースの日本出願

1年以内

発表まで1カ月程度 通常ペースの日本出願

特許法第30条適用

特許法第30条適用の日本出願

届出から発表までの期間

(特許出願までの猶予期間)

外 国 出 願

米国へは発表から1年以内

*: 米国の特有の制度で、発明を簡易な書類に基づいて先に出願しておき、1年以内に書類を整え正式な出願をするというもの。この時、仮出願の出願日を正式出願の出願日とすることができる。

図2 研究成果を外部に発表するときの措置例

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http://sangakukan.jp/journal/47 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

2009年1月16日、京都大学経済研究所と独立行政法人経済産業研究所(以下、RIETI)は、公開シンポジウム「イノベーションと人材育成」を開催した。世界同時不況が進行する中にあって景気・雇用対策の推進が焦眉

(しょうび)の急であるが、中長期的な経済成長を回復するためにイノベーションの推進が重要であることは言うまでもない。少子高齢化と労働人口減少の中にあって、イノベーション実現の鍵となるのが人材である。

◆イノベーションと人材の多様性藤田昌久氏(RIETI所長)は多様な知識を持った人材が交流することの重

要性を論じた。藤田氏が米国のクルーグマンらとともに創始した空間経済学は、企業や人口の集積と分散のメカニズムに関する一般理論を構築しようとするものである。空間経済学において、知識創造と交換のメカニズムを明らかにすることは近年の最重要テーマとなっている。藤田氏は、知識人材の多様性がどのように集積力を生み出すかという観点から知識創造と交換のメカニズムを追求してきた。本シンポジウムにおいては、自身の最新の研究成果に基づき、次のように論じた。

新たな知識を創造するためには異なる固有知識を持つ2人が協力することが重要であるが、2人の知識に共通部分がないと共同研究が成り立たないので、固有知識と共通知識の双方が必要である。固定した人物同士で長らく共同研究をしていると共通知識が肥大化して知識創造の生産性は低下するので、次々とパートナーを入れ替えて新たな知識を創造していくことが重要である。

固有知識と共通知識のどちらが重要であるかは各国の経済社会状況によって異なる。日本はどちらかというと同質性重視のイノベーションシステムであったが、1990年代のIT化とグローバル化の進展によって米国に見られるような異質性重視のイノベーションシステムが重要となっており、日本のシステムはうまく適合していないのではないか。今や異質性を持つ多様な知識人材の交流をもたらす新しいイノベーションシステムへの転換が必要である。

◆知識組替えの衝撃西山圭太氏(経済産業省産業構造課長)は、藤田氏が論じた異質性を持つ

多様な知識人材の交流について、社会の異なる分野間の「知識の組替え」がもたらすイノベーションの可能性という観点から論じた。日本には世界に誇るべき技術やブランドがあるが、各産業に蓄積された知識を業種や組織等の壁を超えて展開する力に欠けており、次のような「知識の組替え」を起

公開シンポジウム「イノベーションと人材育成」日時:2009年1月16日(金)

13:00~17:30会場:京都大学百周年時計台記

念館 百周年記念ホール主催:京都大学経済研究所、 独立行政法人経済産業研

究所URL :http://kier .kyoto-u.

ac.jp/caps/workshop/sympo_2009116.html

公開シンポジウム「イノベーションと人材育成」

イノベーションと人材育成

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こすことが必要である。第1は、顧客側の固有知識と生産者側の固有知識を組み合わせることで

あり、現実に世界のさまざまな分野で顧客のニーズをとらえることによってイノベーションが起きている。第2は、欧米でジャパンクールと呼ばれるトレンドのシーズを他産業に応用してビジネスとすることである。中国で爆発的に売れている日本のファッション誌を通じて発信されているファッションカテゴリーなどは応用可能性が高い。第3は、航空機や建機業界で見られるメンテナンス力を競争力に結び付けたり、化学業界で見られるプラントのシステム化の方式をソリューションビジネスとして外販するなど、ものづくりとサービスの融合である。政策としては、このような

「知識の組替え」が起こりやすい仕組みの整備が重要である。

◆理数教育と人材育成多様な人材の交流とそれを通じた知識の組替えが起こるために、人材そ

のものの質を維持、向上させることが必要不可欠である。西村和雄氏(京都大学経済研究所長)は、数理経済学と複雑系経済学の分野で国際的な業績を挙げるとともに、学校教育に関して活発な提言を行ってきた。本シンポジウムでは次のように論じた。

1998、99年度に日中韓主要大学の大学生に小学校の問題で数学力の調査を行ったところ、日本の有力国立・私立大学では全問正答できる学生は少なく、数学力の低下が顕著であった。数学離れは理科離れも生み出しており、このままでは日本の技術者は大幅に不足する。このようになった原因としては、1977年「ゆとり教育」、89年「新学力観」、98年「生きる力」を掲げた学習指導要領の実施に伴い小・中・高等学校の授業時間が大幅に短縮されたことなどが大きい。

この現状に対するに、西村氏らが自学自習の教科書をつくって小学校で使用したところ大きな効果が見られた。これを見習って次期学習指導要領には改善が見られるが、学力水準の回復に向けて「ゆとり教育」や知識より態度の評価を偏重する「新学力観」の全面的な見直しが必要である。

◆地域イノベーション人材をいかにして確保するか多様な知識人材の交流や知識の組替えならびに理数教育を通じた人材育

成に関する議論を受け、地域レベルでの具体的方策を検討するためにパネルディスカッションが行われた。このパネルは ①関西経済同友会「産官学人材交流委員会」および関西経済同友会、大阪ガス株式会社、近畿経済産業局が中心になって進めてきた「近畿産学官人材交流推進会議」、ならびに ②2007年11月に、やはり京都大学経済研究所とRIETIの主催により開催された公開シンポジウム「技術革新の担い手となる中小企業とは~京滋地域クラスターの可能性~」*1の議論を背景としている。同シンポジウムでは、筆者が担当した調査結果に基づき、京滋地域にはイノベーションの担い手となる製品開発型中小企業が多数存在することを確認するとともに、これらの企業には技術人材の不足に直面している企業が多いことを紹介した。

*1:本誌2008年1月号に掲載URL: http://sangakukan.jp/journal/main/200801/pdf/0801-03-2.pdf

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*2:翌1月17日に開催された「大学院生・ポストドクター向けイノベーティブ中小企業との交流セミナー」(主催:近畿経済産業局、京都ジョブパーク、(財)京都産業21、JOBカフェOSAKA)では、中小企業5社の説明に対して京都大学を中心とするポスドク、大学院生が定員いっぱいの20名集まり、双方とも高い関心を持って熱心な質疑を行った。また、参加できなかった企業からの問い合わせが相次いだ。

本パネルは、これらの会議およびシンポジウムに参加したメンバー(近畿産学官人材交流推進会議から大阪ガス株式会社・横川副社長、近畿経済産業局・尾沢地域経済部長、シンポジウムから株式会社I.S.T・阪根社長、京都大学・牧野産官学連携本部長、尾沢氏、筆者)が、地域産業界におけるイノベーション人材の確保、特に製品開発型中小企業など高度な研究開発人材を必要とする企業に、ポスドク人材を含む大学の若手研究者を活用する可能性について論じた。これについて、給料や好きな研究に取り組めるなど研究人材へのインセンティブ面での配慮(牧野氏)、若手高度研究人材と企業との出会いの場の提供 *2(尾沢氏)などの提案が行われた。

◆雇用情勢悪化の下でも企業の研究開発人材への関心は高い現下の経済情勢の悪化がどのような影響をもたらしているかとのコー

ディネーターの溝端氏(京都大学経済研究所副所長)の問い掛けに対して「確かに求人需要は量的には縮小しているが、質的に高度な研究開発人材が必要とされていることに変化はなく、中小企業にとってはチャンスである」

(横川氏、阪根氏)との発言が重要なメッセージを発している *2。

(児玉 俊洋:日本政策金融公庫 国民生活事業本部特別参与)

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2月19、20の両日、金沢市内のホテルで「全国イノベーションコーディネータフォーラム2009 ~コーディネータの役割とは?!」(科学技術振興機構=JST主催)が開催された。この会議は、産学官連携コーディネータの先駆けであった地域研究開発促進拠点支援(RSP)事業(平成8~17年度実施)科学技術コーディネータの集まりを、同事業が終了したことをきっかけに、拡大して19年度から実施している。一昨年の長崎、昨年の山梨県甲府に続いて3回目。対象は、文部科学省や経済産業省、地方自治体や大学など幅広い機関の産学官連携にかかわるコーディネータとその関係者で、この日は北は北海道から南は沖縄まで300名を上回る人々が一堂に集まった。会議終了後の交流会だけでなく、その後も場所を変えて夜遅くまで交流を深めた。

初めに、田口康文部科学省研究振興局研究環境・産業連携課長が「産学官連携の推進とコーディネータへの期待」と題して基調講演した。国内の各機関に合わせて1,700名いるといわれるコーディネータに関して、データを基にその高い役割やコーディネータ間のネットワーク形成について述べるとともに、若手人材育成の重要性を指摘した。そして「国際競争力のある『日本型』産学官連携システムの構築が必要」と述べた。

後半は「産学官連携支援活動とは」「研究シーズを適切に導く」「コーディネータの人材育成」といったテーマごとに3つの分科会に分かれ、パネルディスカッション形式で議論を行った。翌日は、各分科会のモデレーターがそれぞれの分科会における討議内容を発表。各分科会から、ネットワークの必要性や教育システム、ストーリー主導や思い込み、研究シーズそのままでは企業は使ってくれないといった問題提起、さらに若手の登用と流動化の必要性についての訴えがあり、参加者との間で活発なやりとりがあった。

会議の終了に当たりJSTの小原満穂審議役が2日間の議論を振り返り、JSTとしても大学パテントマップの作成や研修システムなどを通してコーディネータ活動を今後もバックアップしていきたいとあいさつした。今回の議論が参加者にどのくらい浸透し、また、次回の会議(8月予定)までにどれぐらいの連携が実現されているだろうか。非常に楽しみである。

(遠藤 達弥:財団法人全日本地域研究交流協会 事業部次長)

全国イノベーションコーディネータフォーラム2009日程: 2009年2月19日(木)

~20日(金)会場: ANAクラウンプラザホテ

ル金沢(石川県・金沢市)主催:独立行政法人 

科学技術振興機構

分科会の様子

全国イノベーションコーディネータフォーラム2009

進むネットワーク、求められる若手人材育成

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51 産学官連携ジャーナル Vol.5 No.3 2009

遺伝子組み換え技術によらない新品種

★昨年は食品偽装、毒物混入事件に加え、バイオ燃料が投機的な食物価格の高騰を誘発するなど、さまざまな形で食が脅かされた。低い食料自給率や硬直した農産物流通システムも浮き彫りになった。世界総人口は70億人に迫り、遺伝子組み換え作物(GMO)への依存度は高まる一方だ。ところが、世界最大のGMO輸入国といわれる日本では、それを受容する空気が甚だ薄い。にもかかわらず、誰もがそれと知らずにGMOを口にしている。原材料への混入率が5%以下ならGMO使用の表示義務がないからだ。GMOの国内生産が実現しそうにないならばというわけで、新しい品種改良法(DNAマーカー育種法)で稲の新品種が開発され、これを掲げるベンチャーが健闘している。消費者に安心して受け入れられる食の確保に向けて農政が試される一年になりそうだ。 (編集委員・谷田清一)

常に「システムの目的は何か」を考えよう

★システムには必ず作られた目的がある。時間が経つと、環境変化や当初目的の達成状況等により、システムの機能自体を変える必要がある。国立大学の法人化後、各大学が設置し活動してきた知財本部や産学連携推進本部も例外ではない。これまで、知財活用・技術移転から始まり、共同研究による外部資金獲得、地域連携、国際産学連携推進などが課題として国から示され、それらに対応するシステムを構築してきた。「なにをするか(what)」を提示されて「どのようにするか(how)」に明け暮れてきた感がある。しかし、今求められているのは大学自身のwhat対応だろう。産学官連携推進組織を見直している大学もあるが、その際、システムの目的、とりわけ顧客満足度の視点で検討されるべきであり、時々企業側からの評価を実施する必要があるのではないか。 (編集委員・高橋富男)

雇用の受け皿論議への疑問

★金融危機に陥ってから農業への関心が一段と高まり、ブームになっている。今、熱いテーマは、都市で職を失った人々の雇用の受け皿としての農業・農村への期待。政府、自治体は一斉に施策を打ち出している。しかし、佐賀県唐津市在住の農民・作家の山下惣一さんは、そもそも農山漁村に若者が残れず都市に移動しなければならない社会構造こそが根本原因で、その本質から目をそらし、面倒を見きれないから田舎へ押し付けるのは都市・企業本位のご都合主義ではないか、と農業紙に書いている。不況を脱したらどう展開するのか? 今月号の特集「農の力食の夢」で取り上げた各地の加工品開発による農業活性化は、地域の特性、特産物に着目し一歩一歩進むのが農業の自立、再生への1つの道であることを教えているようだ。 (編集長・登坂和洋)

産学官連携ジャーナル2009年3月号2009年3月15日発行

問合せ先:JST人材連携課 要、登坂〒102-8666東京都千代田区四番町5-3TEL :(03)5214-7993FAX :(03)5214-8399

(月刊) 編集・発行:独立行政法人 科学技術振興機構(JST)産学連携事業本部 産学連携推進部人材連携課

編集責任者:藤井 堅 東京農工大学大学院 技術経営研究科 非常勤講師Copyright ○2005 JST. All Rights Reserved.c