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燃焼方式の基礎知識
吉田 幸司(日本大学理工学部)
1.は じ め に
「燃焼方式の基礎知識」を執筆するにあたり,読書は機械
工学や自動車関連学科で,熱力学の基礎を学んだ学生諸君と
した.よって,エンジンに造詣の深い学生諸君や内燃機関,
燃焼工学のような科目を学んだ学生諸君には,物足りないも
のと思うが,復習と思って読んで戴ければ幸いである.
2.エンジンの歴史とガスサイクル
現在、自動車用として用いられている機関は,ガソリンエ
ンジンとディーゼルエンジンである.但し,ガソリンエンジ
ンという名称は,燃料として主にガソリンを用いているため
に呼ばれるもので,タクシーではLPG(液化石油ガス),バスで
は CNG(圧縮天然ガス)も燃料として用いられている.よって,
点火方式で区別し,ガソリンエンジンは火花点火機関,ディ
ーゼルエンジンは,圧縮着火機関と呼ぶ方が適切である.
4ストローク火花点火機関は,1876年にドイツのNicolaus A.
Otto によって初めて運転された.圧縮着火機関は,Rudolf
Dieselによって1892年にその基本的な構想が述べられ,その
5年後に最初の実用的な機関が運転された.(1)2ストローク機
関は,4ストローク機関が開発された後に開発されている.
二種類のエンジンが作動しているガスサイクルは,火花点
火機関は図1左図のP-V線図に示すオットーサイクルであり,
圧縮着火機関は右図に示すディーゼルサイクルである.(2)こ
こでP-V線図とは,シリンダ内に閉じ込められた気体(閉じた
系ぶ)の圧力Pと体積Vの関係を示したものである.
二つのガスサイクルの気体の状態変化における唯一の相違
点は受熱である.熱量 Q1 を一定容積の下で受熱する(等容受
熱)のがオットーサイクルであり,一定圧力の下で受熱(等圧
受熱)するのがディーゼルサイクルである.その他のサイクル
を構成している気体の状態変化は,断熱変化(圧縮と膨張)と
等容変化(等容排熱)と,全く同じである.実際のエンジンに
おいて,「受熱」とは燃焼であるから,二種類のエンジンの
相違は,点火方式にあると共に本質的にはその燃焼にある.
3.予混合燃焼と拡散燃焼
エンジンの燃焼は,火花点火機関では予混合燃焼,圧縮着
火機関では拡散燃焼と呼ばれる.予混合燃焼とは,その名前
の通り,「予め」燃料と酸化剤である空気とを「混合」した
混合気をエンジンに供給して燃焼させる方式である.拡散燃
焼も,その名前の通り,燃料と空気を別々に供給し,燃料と
空気が「拡散」・混合しながら燃焼が進行する方式である.
よって,火花点火機関では混合比(=吸入された空気質量/供給
された燃料質量)の均一な混合気が吸入され,圧縮着火機関で
は空気のみを吸入し,燃料は燃焼室に直接噴射される.
実際のエンジンで用いられている燃料にはガソリン,軽油
のような液体燃料と,LPG,CNG のような気体燃料がある.予
混合燃焼の場合,液体燃料もキャブレターなどで気化した後
に空気と混合するため,燃料が気体でも液体でも燃焼に相違
はない.しかし,拡散燃焼の場合は,液体燃料を噴射した場
合は,拡散・混合の前に燃料が気化する過程が必要であるた
めに気体燃料と比較して現象は複雑になる.
また燃焼は,エンジンのように閉じられた空間内部で起き
る容器内燃焼(間欠燃焼)と開いた開放雰囲気中で起きるバー
ナー燃焼(連続燃焼)に分けられる.(3)
顔写真
Volume
Pressure
Volume
Pressure
Fig.1 P-V diagrams of Otto cycle and Diesel cycle
Q1 Q1
Fig.2 Pre-mixed flame and diffusion flame
図 2 は,ライターすなわちバーナー燃焼における予混合燃
焼(左)と拡散燃焼(右)の例である.予混合燃焼では,青い火
炎の内部により明るい部分があるのに対して,拡散燃焼の場
合は,火炎基部が青黒く,全体的には,すすの発光により黄
色い火炎となる.しかし,燃料に相違はなく,両方のライタ
ーとも主にプロパンやブタンを混合したものである.
また,予混合燃焼,拡散燃焼とも層流燃焼と乱流燃焼とい
う燃焼形態がある.これは,流体力学の層流,乱流と同じ区分
であり,乱流燃焼では,予混合燃焼,拡散燃焼とも火炎に乱
れやしわが生ずる.図 2 はどちらも層流燃焼の例である.し
かし,層流燃焼,拡散燃焼ともに燃焼の本質は同じであり,
乱流燃焼も瞬間的,局所的に見れば,層流燃焼と類似の火炎
形態である.但し,乱れの凹凸によって火炎面積が増加する
ために単位時間当たり燃焼する燃料は増加し,見かけ上の燃
焼速度が上がる.エンジン内は,強度の乱流場であるため,
火花点火機関,圧縮着火機関とも乱流燃焼である.
3.1. 予混合燃焼
層流予混合燃焼の例を模式的に図 3 に示す.左図は容器内
燃焼の場合で燃焼室中心で点火されている.右図はバーナー
のように開いた空間の例である.予混合燃焼の特徴は,まだ
燃焼していない未燃混合気(青い部分)とすでに燃焼してしま
った既燃ガス(茶色の部分)とが火炎面(赤色の線)で明確に分
けられている点にある.燃焼反応は,非常に薄い火炎面でお
きる.図 2 左図のライターは,層流予混合火炎であり,炎の
中で青白く輝いているのが火炎面、その内側に未燃混合気が
あり,外側の薄く青い部分が既燃ガスである.
予混合燃焼の場合,燃料と空気が均一に混合しているため,
燃料が薄すぎても(希薄混合気),濃すぎても(過濃混合気),
うまく燃焼せず,その燃料に適した可燃混合範囲が存在する.
ガソリンでは,概ね混合比9~20程度である.
図 4 に容器内での層流予混合燃焼の様子を,シュリーレン
法を用いた影写真で時系列に示す.ここで,燃焼室は横80[mm]
×縦 50[mm]の四角形であり,燃焼室の中心で点火している.
混合気は,空気-プロパンを使用した.画像の黒い球形が火炎
面であり,その内部が既燃ガス,周囲は未燃混合気である.
火炎面が,点火源から未燃混合気へ伝ぱすることで燃焼が進
行する.火炎面は,燃焼反応によって進むと共に,既燃ガス
の温度上昇による体積膨張によって推し進められる.よって,
火炎伝ぱ速度は,既燃ガスの体積膨張による速度と燃焼速度
の和になる.また,燃焼時間が非常に短い(火炎伝ぱ速度が速
い)ことも特徴であり,オットーサイクルに示されるように,
ほぼ定容の下で受熱(燃焼)を完了ができる.
容器内の予混合燃焼では,火炎が伝ぱすることで燃焼が進
行するが,図 2 のライターのようなバーナー燃焼の場合,火
炎は止まって見える.これは未燃混合気が火炎面に垂直に流
入する速度と燃焼速度が釣り合っているためである.
気筒内燃料直噴式火花点火機関の場合も,燃料は直接シリ
ンダ内に噴射されるものの,混合気が形成された後に点火す
る予混合燃焼である.しかし,シリンダ内での混合比を局所
的に不均一にすることができるため,混合比の均一な通常の
予混合燃焼とは違い,場所によって燃焼速度が異なる.
3.2. 拡散燃焼 拡散燃焼では,容器内燃焼の場合は等容過程,バーナー燃
焼の場合は等圧過程であることを除けば,基本的に燃焼過程
は同じものである.すなわち,燃料を空気中に噴射した場合,
燃料噴射ノズル出口では燃料 100[%]の状態であり,十分離れた場所では空気が 100[%]である.よって,拡散燃焼は,燃料と空気の境界で両者が混合することで発生する.化学反応速
度は空気や燃料の拡散速度と比較して速いため,拡散燃焼の
速度は,燃料と空気の拡散混合速度によって定まる.また,
拡散燃焼においても火炎面は存在するもが,伝ぱはしない.
図 2 右図のライターは,層流拡散火炎の典型的な例である. エンジン内での拡散燃焼では,軽油等の液体燃料を圧縮直
後の高温,高圧の空気中に噴射して発生する噴霧燃焼と呼ば
れ,その燃焼過程は非常に複雑である.燃料は,燃料噴射ノ
ズルから噴射することで数十μm 程度に微粒化され,空気との拡散・混合と表面積の増加による蒸発が促進される. 図 5 に,シュリーレン法によって撮影した燃料噴射の例を
時系列に示す.これは, 実際の燃料噴射装置のものではなく,
高電圧放電を利用した燃料噴射であり,燃料にはメタノール
を用いている.大気圧力,開放雰囲気において行った実験で
あるが,燃料が噴射,微粒化され空気と混合する様子が分か
る.尚,画像が撮影された円形部の直径は30[mm]である.
噴射・微粒化した燃料は,次の 4 つの過程を経て燃焼する. (1)着火遅れ期間:噴射した燃料が気化し,空気と混合する期間であり,物理的遅れ(微粒化,拡散,混合)と化学的遅れ(燃料自身の着火性)によって決まる. (2)無制御燃焼期間:燃料の酸化反応が起こり始め,燃焼室内Fig.3 Pre-mixed flames
Propane-air mixture Equivalence ratio 1.0 [-] 1.0 [ms] 2.0 [ms] 4.0 [ms] 8.0 [ms]
Fig.4 Flame propagation in a vessel
の最も条件の良い場所で自然着火し,それまで噴射されてい
た燃料が一気に燃焼する期間. (3)制御燃焼期間:引き続き噴射された燃料が拡散燃焼する期間.燃料噴射率により燃焼を制御することが可能である. (4)後燃え期間:燃料噴射終了後に,未燃燃料が燃焼する期間.
図 6 に拡散燃焼過程のシュリーレン写真を時系列に示す。
この燃焼も図 5 と同様にメタノールを用いた実験結果である
が,噴射された燃料の周囲から拡散燃焼する様子が分かる.
4.異常燃焼
4.1. 火花点火機関の異常燃焼 火花点火機関における異常燃焼にノッキングがある.予混
合燃焼において,燃焼室内の未燃混合気は既燃ガスの膨張よ
って断熱的に圧縮され,また火炎面からの熱伝達によって温
度が上昇する.燃焼室末端部の未燃混合気の温度が自着火温
度に達すると,未燃混合気全体が一気に燃焼する.この急激
な温度と圧力の上昇によって衝撃波が発生し,いわゆるカン
カンといった金属音が聞こえる.この現象がノッキングであ
る.圧縮比を上げればオットーサイクルの理論熱効率は当然
向上すが,圧縮比を上げると燃焼前の未燃混合気温度が上昇
し,ノッキングが発生しやすくなる.ノッキングが発生する
と,シリンダ壁面の温度境界層(シリンダ壁面の近くで温度が
燃焼温度から壁面温度まで急激に変化する部分)が薄くなり,
熱伝達が増加し,最悪の場合エンジンが破壊する.
ノッキングの防止方法としては,自着火のしにくい耐ノッ
ク性の高い燃料を使用すれば良い.燃料の耐ノック性を示す
指数が,オクタン価である.ノッキングを起こしにくい燃料
の代表としてイソオクタンのオクタン価を100,ノッキングを
起こしやすい燃料としてノルマルヘプタンのオクタン価を 0
とし,イソオクタンとノルマルヘプタンの混合燃料中のイソ
オクタン体積割合をオクタン価と定める.レギュラーガソリ
ンのオクタン価は約90,プレミアムガソリンは約100である.
自動車を運転中にノッキングが発生した場合は,点火進角
(点火火花を飛ばすタイミング,通常は上死点前 20-30[deg.]
程度)を遅くすることでノッキングの発生を押させることが
できる.これは,点火時期を遅らせることで最高燃焼圧力を
低下させ,かつ到達する時期を遅らせることで,末端未燃混
合気の温度上昇を防ぎ,ノッキングを防止するものである.
5.2. 圧縮着火機関の異常燃焼
拡散燃焼には異常燃焼はないが,ディーゼルノックと呼ば
れる現象がある.ディーゼルノックとは,燃料の着火性が悪
い場合やシリンダ内の温度が十分に上昇しない内に燃料が噴
射された場合に起きる,つまり,着火遅れ期間に多量の燃料
が噴射され燃焼せずに溜まり,着火と同時に一気に燃焼して
温度と圧力が急激に上昇する現象であり,カラカラという音
や振動が発生する.しかし,ディーゼルノックは,正常な拡
散燃焼と本質的には変わらない.
ディーゼルノックを防止する方法としては,着火性の良い
燃料を使用すれば良い.燃料の,圧縮着火性を示す指数が,
セタン価である.セタン価が高い燃料程,高温の下で着火し
やすい.着火し易い燃料としてセタンのセタン価を100,着火
しにくい燃料の代表としてヘプタメチルノナンをセタン価 15
とする.(以前はα-メチルナフタレンのセタン価を 0 として
いた.)セタン価とオクタン価は,全く逆の性質を示す指数で
あり,セタン価の高い燃料はオクタン価が低く,オクタン価
の高い燃料はセタン価が低い.
また,燃料噴射時期を遅らせることによって,シリンダ内
が断熱圧縮によって温度が十分に上昇したところで燃料を噴
射し,ディーゼルノックを防ぐことができる.但し,燃料噴
射時期を遅らせ過ぎると,最高燃焼圧力が低下し,後燃え期
間が長くなり熱効率が低下してしまう.
4.お わ り に エンジン燃焼は,100 年以上前に実用化されたものであり,
現在でも基本的な燃焼に全く変わりはない.しかし,近年の
環境問題や省エネルギの観点から,予混合燃焼,拡散燃焼に
とらわれない全く新しい燃焼方式の研究が行われている.
予混合燃焼からは HCCI(Homogeneous Charge Compression
Ignition)燃焼のように,予混合気をエンジンに供給しながら
も,火花点火ではなく圧縮によって自着火するような燃焼が
ある.拡散燃焼からは,2段噴射ディーゼル機関のように,圧
縮行程中に一部の燃料を噴射してシリンダ内部に予混合気を
形成した後に,燃料を噴射する燃焼方式や,MK(Modulated
Kinetics)燃焼のように,あえて着火遅れ期間を長くすること
で燃焼室内に予混合気を形成するような燃焼方式がある.
参 考 文 献
(1) John B. Heywood : Internal Combustion Engine Fundamentals, McGraw-Hill Book Company, p.1-4, (1988) (2) 斎間厚他 3 名:基礎熱力学,産業図書,p.69-83 (1987) (3) 水谷幸夫:燃焼工学 第 3 版,森北出版,p.26 (2002)
Fuel: Methanol Open atmosphere
2.0 [ms] 4.0 [ms] 6.0 [ms] 8.0 [ms]
Fig.5 Fuel injection
Fuel: Methanol Open atmosphere
2.0 [ms] 6.0 [ms] 20.0 [ms] 30.0 [ms]
Fig.6 Diffusion flame
Appendix: Movie Clips (クリックで再生します ※要 QuickTime7)
Fig.2 左 Fig.2 右
Fig.4 Fig.5
Fig.6
本文ムービー
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