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環境経済学入門 バリー・C・フィールド著
第Ⅳ部 環境政策分析
第11章 コマンド・アンド・コントロール:環境基準
2016年6月9日(木)48428301
小笠原 隆文
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公共政策におけるコマンド・アンド・コントロール(Command-And-Control:CAC )型政策手法とは、社会的に望ましいと考えられる行動を実現するために、
①政策当局が、そのような行動を義務付け、
②人々にその法律を遵守させるために必要なすべての手段(裁判、警察、罰金など)を行使するというもの.
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Command
Control
はじめに-1
3
排出量(トン/年)
ドル
図11-1 排出基準.
ae1e*et e0
限界被害限界削減費用
総削減費用=面積aに相当する金額総削減費用=遵守費用
はじめに-2
環境問題に対して基準を設けることで,
・「環境汚染を削減したい!!」という誰しもが持つ感覚に訴える
・「環境汚染は非合法化されるべきである」という倫理観にも調和的である
・法律制度は違法行為を定義し、阻止することで機能するものであり、その思考様式とも合致する.
⇒しかし,基準に依拠する手法は、当初の見かけよりも
はるかに複雑なものである.
4
はじめに-3
5
11-1 基準諸類型
環境基準
環境質基準
排出基準
技術基準
6
11-1ー1(1) 環境質基準
環境質:周辺環境の質的側面を意味するもの.
環境質基準:周辺環境において、ある汚染物質が決してそれを上回ったり
あるいは下回ったりしてはならない水準を定めること.
通常、ある一定期間中の平均濃度によって示される.
例1)二酸化硫黄(SO2)の大気汚染基準が24時間平均365μg/m3,
特定の河川の溶存酸素量(Dissolved Oxygen:DO)が3ppm など.
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例2)特定の河川の溶存酸素量(Dissolved Oxygen:DO)の環境質水準が3ppm.
⇒3ppmがその河川で容認されるDOの最低水準を意味する.
⇒河川の溶存酸素濃度が決して3ppm以下にならないことを保証するためには
その河川における様々な排出源からの排出が
溶存酸素濃度の変化にどれほど寄与するか理解した上で、
これらの排出源を抑制する何らかの方策を導入することが必要となる.
11-1ー1(2) 環境質基準
8
11-1ー2 排出基準
環境基準
環境質基準
排出基準
技術基準
9
11-1ー2(1) 排出基準
排出基準:汚染源から排出量に対して直接的に適用される
決して超えてはいけない水準を指す.
通常,ある時間単位当たりの物量という形で表される。
排出基準は,規制対象となる汚染者が達成すべき最終結果を
指定するものであるから,排出基準は達成基準の一種でもある.
例)グラム/秒,トン/週 など.
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11-1ー2(2) 排出基準
「環境質基準」と「排出基準」との区別を理解しておくことは重要!!
⇒ある一定の水準に排出基準を設定することは、
必ずしも一連の環境基準を満たすことを意味するわけではない.
河川下流の諸地点における水の環境質の場合、排出物の量だけでなく,
河川の流量率,温度,自然再曝気条件(natural reaeration conditions)といった
水文学諸条件(hydrology)にも、その環境質は依存する.
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11-1ー3技術水準
環境基準
環境質基準
排出基準
技術基準
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11-1ー3(1) 技術基準
技術基準:何らかの最終結果を指定するのではなく,
汚染者となりうるおそれのある者が採用すべき
技術,技法ないし作業方法を指定するような基準のこと.
例)自動車に対する触媒作用変換器取り付けの義務付け.
電力会社に対してSO2排出削減のための煙道ガス集塵器の設置要請など.
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11-1ー3(2) 技術基準
「達成基準(排出基準)」と「技術基準」との区別は境界部分では
不明瞭となる部分もあるが,両者には相違点がある!!
排出基準のような達成基準は,人々に対して何らかの達成水準面での制約を
課すものの,人々がそれを達成するために最適な手段を選択することを許容する.
技術基準は,そのような最適な手段を選択することを許容しない.汚染者が使用すべき特定の装置や操業方法といった特定の意思決定や技法を
取り決めてしまう.
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11-2-1(1) 環境基準の水準設定
環境基準に関して最初に直面する厄介な問題は,その基準をどの水準に設定すべきかという問題.
加えて,環境基準設定に関して,最も基本的である問題は,
当局は環境被害のみを考慮にいれるべきか,
あるいは
環境被害と削減費用の両方を考慮にいれるべきかという問題である.
11-2 環境基準の経済的側面
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排出量(トン/年)
ドル
図11-1 排出基準.
ae1e*et e0
限界被害限界削減費用
11-2-1(2) 環境基準の水準設定
「ゼロ・リスク」水準のとき⇒排出基準をetで示される閾値水準に設定.
基本的にすべての汚染物質についてゼロ・リスク水準を達成するのは不可能.
「適度に少ない」被害額を許容するような水準のとき⇒排出基準をe0で示される閾値水準に設定.
そのようなことは可能だが
基準が削減費用と関係なく設定されてしまう.
「環境基準を決める際は
限界被害と削減費用を均等させるべきである」という考え方を導入.
以前に議論した経済的効率性の概念に用いた論理と同じ.
環境基準は効率的な排出水準e*に設定されることになる.
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11-2-2(1) 環境基準の一律性
環境基準設定に関する実際的な問題の1つは,
基準をすべての状況に対して一律に適用すべきか,
あるいは
状況に応じて変更すべきかという問題である.
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11-2-2(2) 環境基準の一律性
図11-2 効率的環境質水準の地域的差異.
限界削減費用(MAC)
都市部の限界被害(MDu)
地方部の限界被害(MDr)
地方部の効率的排出水準(er)
都市部の効率的
排出水準(eu)
eu < erより両地域において同時に効率的排出水準を設定することは不可能.
2つの地域ごとに異なる基準を設定することで事態の回避が可能.
一方において多種多様な状況に対応するべく基準政策を調整し多様化すればするほど,環境影響をより効率的なものとすることが可能.
他方において多様化された基準を設定するために必要となる情報を獲得する費用や,それらが設定された後に掛かる実施費用はより増大する.
排出量
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11-2-3(1) 環境基準と限界費用均等化原理
効率的排出水準を定義するためには,最小の限界費用関数を用いなければならなかったということを思い出すと,同一の排出物を放出する多数の排出源が存在する場合,
限界費用均等化原理(equimarginal principle)が満足されていなければならない.
限界費用均等化原理は,ある所与の総削減費用のもとで総排出量を最大限に削減するためには,異なる排出源を通じて限界削減費用が均等となるように排出が削減されなければならないことを主張する.
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図11-3 2つの排出源の限界削減費用.
11-2-3(2) 環境基準と限界費用均等化原理
A,Bの両企業の排出量,月当たり合計20トンの排出量を削減したいと望む場合.
各企業に対して月当たり10トンの排出基準を課す.
①各排出源における最後の1単位の限界削減費用および②総遵守費用はそれぞれ【A】①トン当たり16.50ドル②75.90ドル【B】①トン当たり204.90ドル②760.30ドル遵守費用の総計760.30ドル.
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図11-3 2つの排出源の限界削減費用.
11-2-3(3) 環境基準と限界費用均等化原理
限界費用均等化原理を満足しながら月当たり合計20トンの排出量を削減したいと望む場合.
Aに月当たり5トン,Bに月当たり15トンまでの排出基準を課す.
①各排出源における最後の1単位の限界削減費用および②総遵守費用はそれぞれ【A】①トン当たり32.50ドル②204.40ドル【B】①トン当たり32.50ドル②67.90ドル.遵守費用の総計272.30ドル.
一律基準の場合と比較して
64%の費用が削減!!
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11-2-3(4) 環境基準と限界費用均等化原理
環境基準を限界費用均等化原理に従って設定することは可能か?
前の例の場合(該当の法律が一定割合での排出削減を要求するようなものでない限り),全体で20トン削減したいのであればAに月当たり5トン,Bに月当たり15トンの削減を要求する基準を設ければよい.
しかし,これを行うためには,行政当局が排出源の各々に関する限界削減費用関数を
把握する必要がある. いくつかの排出源において限界削減費用についての良質な情報を得るためには膨大な努力が必要.現実には困難が伴う.
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11-2-4(1) 環境基準の誘因的側面
規制政策を評価する上で重要となる側面の1つは,その政策が規制対象となる企業の誘因にどのような影響を及ぼすかを検討すること.
短期においては,その政策が排出源に対して,排出量を対費用効果的な方法によって
効率的な排出水準まで削減すべき誘因を与えることができるか否かという点が問われる.・・・環境基準設定に依拠するCAC型手法は誘因創出という点で欠陥がある.基準を満たしてしまえば,基準を上回ってまで削減を進める誘因は存在しない.
・・・加えて,基準は汚染者から意思決定の柔軟性を奪い去ってしまう傾向がある.これらは技術基準や排出基準に当てはまる.
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11-2-4(2) 環境基準の誘因的側面
長期においては,
汚染者に対して,排出削減費用を低減させるような技術及び運用上の改善を追及させるべき強力な誘因を創出するような特性を持つということが汚染管理対策において望まれる.
この点について,環境基準政策はどの程度うまく機能するのだろうか?
技術基準の場合,
管理当局によって,汚染者が排出削減のために合法的に使用しうる技術ないし作業方法が事細かに指定されてしまうような状況下では
排出削減のためのより安価な方法を見出すべき誘因は全くない.
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排出量
ドル
図11-4 技術進歩による費用削減:環境基準の場合.
a
e1e3 e2
限界被害(MD)
研究開発に資源が投じられる前の限界削減費用(MAC1)
11-2-4(3) 環境基準の誘因的側面
0
e
c b
d研究開発に資源が投じられた後の限界削減費用(MAC2)
仮に企業が年間e2トンという排出基準を満たさなければならない状況に直面したすると.
MAC1では,年間の遵守費用は面積(a+b)に相当する額.MAC2では,面積bに相当する額.
研究開発の努力によって面積aに相当する年間総遵守費用が節約され,
これが研究開発の努力に向けての誘因を表す!!
排出基準の場合
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排出量
ドル
図11-4 技術進歩による費用削減:環境基準の場合.
a
e1e3 e2
限界被害(MD)
技術変化以前の限界削減費用(MAC1)
11-2-4(4) 環境基準の誘因的側面
0
e
c b
d技術変化後の限界削減費用(MAC2)
技術変化以前で水準e2が効率的水準であると考えているものとする.
新技術により限界削減費用曲線を左下にシフトさせ,効率的排出水準をe3へ移動すると見込んで排出基準を変更する.
技術変化後の年間総遵守費用は面積(b+c)に相当する額になり,基準変更以前との差は面積(a-c)相当額になってしまう.これは基準変更以前と比べかなり小さくなっている.
排出基準の場合
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11-2-4(5) 環境基準の誘因的側面
この場合,新技術導入にむけての誘因が,基準設定の行い方によってまったく台無しに
なってしまったわけであり、これはまさに逆効果誘因(perverse incentives)の一例.
逆効果誘因とは,「規制の目的と逆行する方向に作用する誘因」のこと.
先の例で言うと,排出基準の設定方法のために,
かえって新技術(例えば,汚染管理技術など)の長期的改善を阻害する結果に
なってしまっている.
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排出量
ドル
図11-4 技術進歩による費用削減:環境基準の場合.
a
e1e3 e2
限界被害(MD)
技術変化以前の限界削減費用(MAC1)
11-2-4(6) 環境基準の誘因的側面
0
e
c b
d技術変化後の限界削減費用(MAC2)
誘因をより強力なものとするために,当初からいきなり厳しい排出基準e3が設定されたとすると.
新技術導入による総遵守費用の節約分は面積(a+d+e)になる.これは水準e2に排出基準が設定されていた場合の節約分であった面積aよりも大きくなる.
この種の手法は「技術強制」(technology forcing)と総称されている.
排出基準の場合
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11-3(1) 環境規制実施の経済的側面
環境規制の実施には,経済学の多くの他の問題や資源配分におけるのと同様に,
一定のトレード・オフ関係が付随し,このトレード・オフ関係の
一方においては実施活動のための機会費用を持つ資源が費やされており,
他方においては実施活動のおかげで遵守の程度が改善されることによる便益が得られる.
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図11-5 環境基準実施の経済的側面.
11-3(2) 環境規制実施の経済的側面C1,C2=限界削減費用と限界実施費用(marginal enforcement costs)を足し合わせた限界費用.限界削減費用
(MAC)限界被害(MD)
自主的な遵守が見込める領域.
C1の比較的高い実施費用の場合:総排出削減費用は総実施費用(a+b)と総削減費用(c+d)の合計.
曲線がC2へシフトし,効率的排出水準がe2に変化した場合:総排出削減費用は総実施費用(e+b)と総削減費用(f+c+d)の合計.
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11-3(3) 環境規制実施の経済的側面
実施費用を含めて分析を行うのであれば,環境基準を設定する際にも,部分的に実施費用を念頭におくべきではないかという疑問が生じる.
環境基準:厳しくする ⇒ 実施費用 高 の可能性あり
緩和する ⇒ 少 実施費用で基準達成 の可能性あり
環境当局は逼迫した予算に直面していることが多いことを考慮すると
厳しい基準を設定するよりも,緩い環境基準を設定する方が限られた予算で
大きな排出削減を実現できる可能性がある.
⇒しかし、実施において重要な要素は,汚染者に対して法律が定める制裁措置の程度.
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11-3(4) 環境規制実施の経済的側面
環境基準政策において,
「基準を設定する主体」と「基準を実施する主体」が通常,異なるというのが特徴の1つ.⇒環境基準が設定される際に,しばしば実施費用が十分考慮されない傾向がある
(基準を設定する側は地方当局が実施に必要な資源を調達できるものと仮定してしまう).
⇒基準を取り入れた環境政策は,見た目よりも柔軟性を持つ.どこにでも同様に適用されるように見える取り決めも,地方においては,そのまま適用できないこともある(地方の環境当局と地方の工場経営者や環境団体との駆け引きが行われる).
排出源の監視と政策の実施において,
環境基準に依拠する政策手法は柔軟性を発揮するということを長所とする考えもあれば,
むしろこのことが短所ではないかとする考えもある.
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11-4 要約・公的当局が汚染者に対して一定の制限を申し渡し,次いでそれを適切な実施制度を
通じて実施することから構成されるため,環境基準を設定する手法である 「コマンド・アンド・コントロール」
型の手法がよく使われてきた.
・環境基準には「環境質規準」,「排出基準」,「技術基準」がある.
・環境質基準をどの水準に設定すべきかという問題,環境基準の地域的一律適用の問題を取り上げた.
・基準設定の主要な問題の1つは,対費用効果性および限界費用均等化原理の問題である.
排出源が異なる場合には,環境基準の一律適用は対費用効果的とはなりえない.
・より優れた排出削減方法の探求に向けての誘因を介して環境基準が持つ, 長期的影響に関する問題についても扱った.
ありがとうございました!!
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