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留学レポート
京都大学薬学研究科 薬品作用解析学分野 修士課程 2 回生 中川 翔太
留学先:FriedrichMiescherInstituteforBiochemicalresearch(FMI)
期間:9/9-11/13、2017
○ 目次
l はじめに
l きっかけ
l FMI について
l 配属研究室について
l 研究概要
l 準備について
l 言語について
l 生活について
l 感想
l 謝辞
○ はじめに
私は 2017 年 9 月 9 日から 11 月 13 日の 2 か月間、スイス・バーゼルにある Friedrich
MiescherInstituteforBiochemicalresearch(FMI)という研究施設に留学させてい
ただきました。海外の研究に携わる方々との交流は初めての経験であり、サイエンス
というものがいかに世界共通の教養であるか、また日本と欧州諸国の研究環境の違い
など様々なことを学ぶことが出来た非常に実りの多い二か月でした。本当に行ってよ
かったと感じています。留学先の選定・準備にあたっては京都大学医学研究科 放射
線遺伝学分野 武田俊一先生および同研究室の方々に多大なるご支援をいただき、非
常に潤滑に準備を進めることが出来ました。心より感謝申し上げます。しかし、少な
からず海外経験の少ない学生にとっては、様々な不安を抱えた状態で留学に臨むこと
になることが多く、経験者からの情報はその不安を解消する手助けになりえます。そ
こで、今回の私のレポートが今後留学を志望する方々にとって少しでも参考に資する
ものとなることを願います。
○ きっかけ
学部生時代に語学留学としてアメリカに滞在していた経験もあり、海外での生活に非
常に憧れを抱いていた。大学院生となり日々の研究に追われ、そういった考えも希薄
になってしまっていたが、友人が海外大学の研究室に留学したことを聞き、語学留学
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ではなく自身の研究分野で世界と交流することが出来るのではと考えると、どうして
も経験してみたいと考えその友人に武田先生をご紹介していただきました。武田先生
と面談させていただくと、すぐに快諾して下さりました。修士論文の作成などの都合
で日程の都合の折り合いが難しいこともありましたが、非常に丁寧にご対応して頂き
ました。留学の第一歩として、先生に相談することから躊躇う方も多いですが、こち
らが積極的に行動すれば、先生は非常に優しく受け入れて下さると思います。
○ FMI について
FMI はスイス・バーゼルに位置しており、同市に拠点をおく世界的製薬企業 Novartis
の傘下にある研究施設である。企業傘下の研究施設でありながら、基礎研究に取り組
み、その研究成果は秘密情報として管理するのではなく、世界でも名だたる雑誌に積
極的に投稿されている。ヨーロッパにおいてトップレベルの施設であるため、スイス
以外のヨーロッパ諸国からはもちろん、アジアなどからも多くの研究員が集まり、世
界最先端の研究に取り組んでいる。分野としては epigenetics、neurobiology、cell
signaling などである。近くにあるバーゼル大学との連携により、FMI での研究により
バーゼル大学の学位を所得することが可能であるため、Novartis の社員として雇用さ
れるとともに phD 取得のための研究をすることが出来る。設備は非常に整っており、
研究者は潤沢な予算のもと研究以外のこと(雑務など)はほとんど気にすることなく、
研究に集中することが出来る。
○ 配属研究室について
私がお世話になった研究室は JoergBetschinger 研である。研究分野は細胞分化など
細胞の運命決定に関わるセルシグナルの解明であり、多能性細胞からの臨床応用のた
めの基礎的知見を提供することを目指すとともに、発生過程における様々な病態機序
の解明にも貢献することを目指している。メンバーは、グループリーダーの彼の他に
はポスドクが一人、phD 学生が 3 人という小さなラボであった。私はポスドクの Daniel
Olivieri 指導の下、彼が担当するプロジェクトの一つをさせて頂くこととなった。
○ 研究概要
二か月間様々な実験をさせて頂いたが、秘密守秘のため一部のみ記載させて頂く。
【序論】
生体の発生過程では様々なセルシグナルにより多様な転写調節因子が厳密な制御を受
けることで細胞の分化が調節されている。そのメカニズムは未解明な点が多く、その
分化制御を担うシグナル・分子群を同定することは、発生期にみられる病態の仕組み
の解明にむけて、また昨今の多能性細胞を様々な細胞に分化させ臨床に応用する再生
医療技術の向上にむけて、有用な知見を提供しうる。ES 細胞は胚盤胞から作成される
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多能性細胞であり、様々な細胞への分化能(多能性)を持つことから再生医療への応
用が期待されている。また再生医療だけでなく、ES 細胞を用いることで生体の早期発
生メカニズムを明らかにする研究も盛んになされている。そこで当研究室ではマウス
ES 細胞をもちいて、細胞分化の決定因子の同定およびその機能について明らかにする
ことで、多能性細胞の維持・分化調節および早期発赤期の病態形成機序の解明への貢
献を目指している。
これまで発生生物学の研究により、FGFーMAPK シグナルはマウスの発生期における細
胞運命の決定に重要であるということが広く知られている。同シグナルは原始内胚葉
の形成、着床時の胚盤胞上層の上皮移行、原始線条の形成、神経外胚葉の形成などの
プロセスに重要である。ES 細胞の多能性維持の培養プロトコールは主に二種類知られ
ており、一つが血清(血清中の BMP4 が重要)と LIF を含む培地で培養する方法
(Serum/LIF)、もう一つが Wnt シグナルの下流で働く GSK の阻害薬(CHIRON)と FGF
シグナルの下流で働く MEK の阻害薬(PD03)と LIF を含む培地で培養する方法(2i/LIF)
である(Fig.1)。このように、細胞の発生に重要な FGF-MAPK シグナルを阻害するこ
とが ES 細胞の多能性維持に必要であることが知られている。BMP4 や LIF、WNT シグナ
ルなどの多能性維持経路の下流の転写調節は明らかとなっているが、FGF シグナルの阻
害によって作用を受ける転写調節分子については明らかでない。そこで、本プロジェ
クトの目的は、ESC の分化における FGF シグナルにより制御される転写調節因子は何で
あるかを明らかにすることとする。
○
(当該研究室のプレゼン資料から引用)
Fig.1マウス ESC における多能性保持シグナル
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【方法・結果・考察】
FGF シグナルの下流の分子を同定するため、ESC の
ミュータントライブラリーを用いた。ライブラリー
の細胞を CHIRON および LIF を含む培地で培養し、
多能性マーカーNanog の下流にピューロマイシン
およびGFPを発現するES細胞株を用いて選択した。
生存した細胞は FGF シグナルの下流に関わるであ
ろう遺伝子に変異があると考えられる。その分子群
の中で、ある一つの分子 A(秘密守秘のため伏せる)
に着目した。既報によると A は転写因子であり、そ
の他の多能性関連タンパク質と相互に作用するこ
とが報告されていた。次にその A のノックアウト
細胞株を作成するため、クリスパーキャス9シス
テムを用いた。得られたミュータントを分化誘導条件で培養したところ、その分化能
の欠如が確認された。(Fig.2)。
次に A の細胞内挙動を調査
するため、DOX プロモーター
の下流に mCherry でタグ付け
された A を発現するベクター
を作成し、細胞に導入した。
DOX 処置により当該タンパク
質を発現させ、多能性保持条
件で数日維持した後、FACS を
用いてその発現量を検討した。
mCherry のみを発現するコン
トロール細胞と比較したとこ
ろ、その A の発現レベルが非
常に少ないことが観察された。
その理由の検討の為、プロテ
アソーム阻害薬を用いて同様の検討をしたところ、その発現は部分的に増加した(Fig.
3)。よって A は恒常的にプロテアソームによる分解を受けることが示唆された。
既報において A はユビキチン化およびスモ化を受けることが知られている。そこで
DOX プロモーターの下流に HA タグ、Avi タグ、FLAG タグ、mCherry が付加された A を
発現するベクターを作成し、細胞に導入後 DOX 処置により当該タンパク質を発現させ
た後、多能性保持条件で培養した後、ウエスタンブロットを用いて解析した。すると
ラダー上のバンドがいくつか見られた。(Fig.4)よって A は数種のポリスモ化の修飾
Fig.2A のミュータントマウスESC は分化誘導後も多能性マーカーNanog を発現している。
Fig.3細胞内において A の発現は恒常的に低下しており、その発現はプロテアソーム阻害薬MG132 で部分的に増加する。
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を受けることが示唆された。
次にその E3 リガーゼの同定を試みた。A のプルダウ
ンアッセイを行うことで3つの E3 リガーゼを同定した。
既報ではうち2つがユビキチンリガーゼ(1,2)、もう
1つがスモリガーゼ(3)であると報告されていた。そ
れらの機能を解析するため、それぞれの gRNA を設計し、
キャス9を恒常的に発現する ESC を用いてそれぞれの
分子をノックアウトした。ノックアウトした際の A の
発現を Fig.3 と同様の手法で確認したところ、ユビ
キチンリガーゼのノックアウトによってその発現量が
増加し、スモリガーゼのノックアウトによりその発現
の低下が見られた。一方ウエスタンブロットにより同様の検討をしたところ、ユビキ
チンリガーゼのノックアウトによってはその発現量の増加が見られたが、スモリガー
ゼのノックアウトでは、A の発現量に変化が見られなかった。(Fig.5)これらの結果
より、2つのユビキチンリガーゼは A のユビキチン化に重要であるが、当該スモリガ
ーゼは A のスモ化には部分的にしか関与していないことが示唆された。
【総括】
l A のミュータント細胞株の作成により、マウス ESC の多能性状態からの分化に FGF
シグナルの下流に関わる A が重要な役割を示すことが示唆された。
l A は細胞内で恒常的にユビキチンプロテアソーム系により分解を受けることを示
した。またその E3 リガーゼを同定した。
l A はスモ化修飾を受けることを示した。そのスモ化に関わる E3 リガーゼは同定さ
Fig.4A は数種のスモ化を受ける。2iL:2i/LIF,SL:Serum/LIF,C:control
Fig.53つのリガーゼをノックアウトした際の A の細胞内発現量。FACS とウエスタンブロットによる解析。
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れたが、そのリガーゼは部分的にのみそのスモ化を担うことが示唆された。
【取り組んだ実験手技】
細胞培養、ベクター作成、FACS の取り扱い、ウエスタンブロット、qPCR など。ほ
とんどが日本のラボで習得していたが、わからないことは優しく教えてくれた。
○ 準備について
留学が決まったのが 7 月末であり、準備のための時間が限られていたが、過去に数か
月の単身での海外滞在を経験していたのでそこまで特に大変な点はなかった。
l 研修先への留学受け入れ願いメール
インターネットで検索し、礼儀作法に則った英文メールの書き方を学んだ。
l 研修先ラボのポスドクおよび人事と数往復のメールおよびネット電話(滞在期間
や志望動機、行える実験手技の確認、コミュニケーションスキルの確認など)
メールは同上で、書いているうちに慣れてくるのを感じた。ネット電話は緊張と
接続の不安定さからほとんど会話は成立しなかったが、問題なかった。基本的な
自己紹介や簡単な志望動機が喋れれば大丈夫であると思われる。気負けしないこ
とが何よりも重要である。
l 英文履歴書の作成
インターネットで検索すると例が出てくるので参照するとよい。マスター以下の
学生だと特にアピールする点はないことが多いが、自身の英語力、習得している
実験手技、指導教官の名前などを書けばよい。
l 奨学金関係書類の用意
放射線遺伝学分野の推薦により JASSO の海外留学奨学金を頂けた。バーゼルでは
月8万円、返還不要の奨学金が頂けた。準備するものは院生の場合は自身の収入
に関する書類のみ。
l 航空券の予約・海外旅行保険
大学生協にて自分で購入した。(11 万円程度)
海外旅行保険も生協で契約した。(2-3 万円程度)
l 宿泊先
FMI に用意して頂いたので特に手続きは行っていない。ホームステイだったのでス
テイ先の方にメールで挨拶をした。
l 荷造り
インターネットで検索するとリストなどが出てくるので参照するとよい。秋冬で
寒いことが分かっていたので荷物は多くなった。インターネット環境が不安だっ
たので、海外旅行者用の wifi を契約して持参した。(6 万円程度)実際は滞在先と
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ラボではネットは使えるので、外で使用する際のみ必要である。非常に役に立っ
たが、海外旅行者用の wifi のレンタルはコストがかさむので、シムフリーのスマ
ートフォンなどを持っていくのがおすすめである。向こうでは町中でシムが安価
で売っている。
○ 言語について
スイス・バーゼルの公用語はドイツ語であるため、街中の物はほとんどがドイツ語表
記である。読めなくてもそんなに苦労はしないが、食料品を購入する際などはいった
い何がなんなのかわからないということもある。ネットがつながれば翻訳できるが、
そうでなければ辞書があると便利である。ドイツ語圏ではあるが、ラボの人はみなさ
ん英語が堪能であり、ラボ内の公用語は英語である。異なる出身の方々が集まってい
るので色々な訛りをはらんだ英語が飛び交っている。最初は慣れないが、こちらの英
語のスキルを考慮してゆっくり話してくれたりもするので時間が経つと慣れる。私は
学部生時代に短期間であるが語学留学を経験していたこと、また日本でも英会話教室
に通っていたので、まったくの英会話所初心者というわけでもなかったが色々と苦労
した。具体的にはグループでの会話に一緒に参加することなどはなかなか難しい。1
対1の会話は何とかなることが多いが、何人かで英語で雑談しているところで積極的
に自分から発言するのは能力的にも、精神的にも難しかった。耳はなれるので話題に
ついては理解できる。私は留学が急遽決定したこと、また日々の研究生活が忙しかっ
た事を理由に英語を特別に勉強したりはしなかったが、絶対に事前にしっかりと勉強
していくことを薦める。向こうに行けば勝手に上達するという側面もあるが、事前の
勉強および向こうでも時間をとって勉強していくことでその上達スピードはぐんと伸
びるはずである。勉強の仕方としては、もちろん英会話教室などがベターであるが、
難しければ海外ドラマや海外映画を英語音声・英語字幕で何度も繰りかえし見るのが
良いのではないかと思う。
○ 生活について
l 食事
私は自炊ができないので自炊は一切しなかった。ただ物価が非常に高いため毎日
外食などは到底できない。そこでスーパーでパンやハムなどを購入していた。実
はバーゼルはドイツ国境の街であり、簡単にドイツに行くことが出来る。国境に
大きなショッピングセンターがあるのだが、そこではスイスの半額以下でほとん
どの物を購入できるので、週一回程度、ラボが少し早く終わった日に買い物に出
かけた。土日は家族連れで非常に混雑するので注意。
l 宿泊先
FMI に用意してもらったホームステイの家であった。一軒家の一室とキッチン・バ
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ス・トイレ・洗濯機などを使わせて頂いた。ハウスメイトが他に2人いた。ただ
の間借りのような形なので、食事などを一緒に取ることはほとんどなかった。
l 通学
バス・トラムを使用して合計 30 分ほどであった。街は非常に交通網が整っており、
京都よりも便利だと感じた。定期を購入していた(月 1 万円程度)が、宿泊先か
ら定期がもらえる場合もあるようなので要確認である。
l 気候
京都よりも少し寒い程度である。東北地方などとは同じような感覚らしい。具体
的には 9 月は長袖の肌着とシャツ・薄い上着などで過ごせる。10 月後半になって
くるとコートが必要である。
l 観光
週によってはラボに行っていた(細胞を飼っていたため)が、空いた日は積極的
に旅行した。ただ交通費も非常に高いので計画性が必要である。例えば、月 8 日
分のスイス国鉄無料チケットが 5 万円くらいする。山が綺麗なのでいくつかの山
まで行ったが、その登山鉄道なども非常に高い。往復で 1 万ほど。時間がないと
きはバーゼル内の観光もしたが、都会なので博物館や美術館などの他、巨大な移
動遊園地などが見どころであった。ライン川沿いを歩くだけでも気持ち良かった。
○ 感想
l 研究
世界のトップレベルというものを近くで感じることが出来たことが一番の収穫で
ある。そこでの人々は皆さん非常に優秀で、国を変えてまで学位を取りにいく姿
勢やそのコミュニケーション能力の高さに刺激を受けた。日本でもよく phD をも
っていないと海外では相手にされないということを聞くが、それを身をもって感
じた。FMI では phD 学生にも給料が支払われ、その給料はラボリーダーの研究予算
から支払われるようである。それもあって給料をもらうに値する人材としての選
抜を受けており、その倍率も非常に高いようだ。それもマスターまではお子ちゃ
ま扱いをされ、phD になると急に認められる一つの要因かもしれない。人のレベル
だけでなく、施設や組織システムの整い方にも驚かされた。人事や事務部門は非
常に整備されており、また実験や機器のプロフェッショナルも多く在籍しており、
研究者は目の前の研究だけに集中できる環境が整っているなと感じた。またもう
一つ日本との違いとして感じたのは、かなりビジネスライクな付き合いが多いと
いうものである。言いすぎなところもあるかもしれないが、成果が出なければ残
念でした、といったような厳しさを感じた。その点で日本、とくに私の周りの研
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究室はもっと人づきあいが密で、仕事上の助け合いも多くなされているように感
じる。それはいい意味でも悪い意味でもあるかもしれないが、私は日本人の良さ
かなあと感じた。
l 生活
スイス・バーゼルは非常に刺激的で、きれいで、便利なところであった。産業的
にも文化的にも豊かなであった。物価も高いが所得も高く安定していたようであ
るし、街でも多くの人が英語で応対してくれ教育水準も非常に高い国であると感
じた。色々と日本に比べて良く感じてしまう点があったが中でも一番気になった
のは、街で数多くの小さな子供を見かけた点である。電車やバスは育児者向けの
スペースも多く取られていた。また、ラボの人も子供が風邪をひいたらお父さん
も積極的に休暇を取り、それが当たり前な風潮を感じた。こういったところから、
日本も少子化を克服する手がかりがつかめるのではないか、とか感じた。
○ 謝辞
今回の留学に際して、派遣先のご提案や推薦状のご執筆、奨学金のご紹介など、大変
熱心にお力添えしていただきました医学研究科放射線遺伝学 武田 俊一 先生に深
謝いたします。また留学の事務的な手続きにご協力していただきました同研究室秘書
の能勢様にも感謝いたします。まだまだ未熟な私を快く受け入れて下さった FMI の皆
様、特にGasser研の島田先生、受け入れ先グループリーダーのMr.JoergBetschinger、
指導教官の Mr.DanielOlivieri には非常に丁寧にご対応していただきました。心よ
り感謝申し上げます。