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ダイヤモンド状カーボンの水素含有量と摩擦・摩耗特性 ダイヤモンド状カーボン(DLC)膜の摩擦・摩耗特性がDLCの種類によって変化する要因を調査するため、 本研究用に準備した基板に市販の32種類のDLCをコーティングし、そのH含有量を若狭湾エネルギー研 究センターのタンデム加速器からのHeイオンビームを用いてERDA法で測定した。これと同バッチで処理し た試験片を用いて、ラマン分光分析および微小硬さ測定でDLCの評価を行うとともに、圧縮空気で純水と 固体粒子を混合させたスラリーをノズルから高速に噴射させ、 評価材料に衝突させて摩耗速度を調べる マイクロスラリージェットエロージョン(MSE)法で各DLCの摩耗速度を評価した。また、DLCの摩擦による熱 影響を調べるため、2種類のH含有DLCを大気中で600℃まで加熱し、膜中のH含有率およびAr含有率の 変化をERDA法で調査した。 研究概要 研究成果 まとめ 神田一隆(福井工業大学)、岩井善郎(福井大学)、橋本賢樹(福井県工業技術センター) 石神龍哉、安田啓介(若狭湾エネルギー研究センター) 研究名「ダイヤモンド状炭素(DLC)膜の組成と摩擦・摩耗特性に関する研究」 ERDA法で求めたDLCの水素含有率と摩耗速度 の関係を図1に示す。摩耗率はDLCH含有率の 増大に伴い増加するが,H含有率が15%以上では 著しく増加するとともにばらつきが大きくなる.DLC H含有率と硬さは相関があり,DLC膜の硬さが 低下することに伴い摩耗率が増加するためと考え られる。この関係から大きく外れるDLCはラマン分 光分析や微小硬さ測定でも特異な挙動を示すこと がわかった。 図2 H含有DLCの加熱による硬さ変化 大気中で600s加熱した後,室温で測定したDLC硬さ変化を図2に示す.試料P-HVPCVD法で成膜 されたDLCのビッカース硬さ,同様に試料U-HMUBMS法で成膜されたDLCのマルテンス硬さを示す. PCVD法で成膜されたDLC膜は325以上の加熱 で硬さが上昇する. DLCの耐熱温度を,元の硬さを維持している間と すると,約500PCVD法で成膜されたDLCの耐 熱温度に相当し、UBMS法で成膜されたDLCの方 はこれが約400となる. 図3 H含有DLCの加熱による組成変化 図3にDLCの加熱による水素含有率とAr含有率の 変化を示す。試料UUBMS法、試料PPCVD法で 成膜されたDLCを示す。これより、PCVD法で成膜し H含有DLC600まで膜中のH含有率が減少し ないことがわかった。これは、従来のH含有DLCH は加熱で減少するという説を覆すものである。 また、UBMS法で成膜されたDLCに含まれるAr膜が軟化する400までの加熱でも抜けないことが わかった。 (1)MSE法でDLCH含有量と摩耗率の関係を調査し、両者に一定の関係があり、その関係から外れる DLCはラマンスペクトルなどで他と異なる特性を示すことが分かった。(2)PCVD法で成膜されたH含有 DLC325以上の加熱で硬さが上昇し、600まで加熱しても膜中のH比率が減少しなかった。 0 5 10 15 20 25 30 10 -3 10 -2 10 -1 10 0 Hydrogen content, at.% Wear rate, m/min SUS304 SKH4 C:H C:H Hfree Hfree Metal Metal Expected value 図1 DLC膜のH含有率と摩耗率の関係 200 250 300 350 400 450 500 550 600 0 400 800 1200 1600 2000 2400 2800 0 2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000 加熱温度,℃ ビッカース硬さ(HV) マルテンス硬さ(HM)N/mm 2 試料 P-HV 試料 P-HM 試料 U-HV 試料 U-HM

C:H C:H2 DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱でDLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に は考えられている.またHを含有しているDLC膜は,加熱により膜中のHが脱離し組成が変化す

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Page 1: C:H C:H2 DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱でDLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に は考えられている.またHを含有しているDLC膜は,加熱により膜中のHが脱離し組成が変化す

ダイヤモンド状カーボンの水素含有量と摩擦・摩耗特性

ダイヤモンド状カーボン(DLC)膜の摩擦・摩耗特性がDLCの種類によって変化する要因を調査するため、本研究用に準備した基板に市販の32種類のDLCをコーティングし、そのH含有量を若狭湾エネルギー研究センターのタンデム加速器からのHeイオンビームを用いてERDA法で測定した。これと同バッチで処理した試験片を用いて、ラマン分光分析および微小硬さ測定でDLCの評価を行うとともに、圧縮空気で純水と固体粒子を混合させたスラリーをノズルから高速に噴射させ、 評価材料に衝突させて摩耗速度を調べるマイクロスラリージェットエロージョン(MSE)法で各DLCの摩耗速度を評価した。また、DLCの摩擦による熱影響を調べるため、2種類のH含有DLCを大気中で600℃まで加熱し、膜中のH含有率およびAr含有率の変化をERDA法で調査した。

研究概要

研究成果

まとめ

神田一隆(福井工業大学)、岩井善郎(福井大学)、橋本賢樹(福井県工業技術センター)石神龍哉、安田啓介(若狭湾エネルギー研究センター)

研究名「ダイヤモンド状炭素(DLC)膜の組成と摩擦・摩耗特性に関する研究」

ERDA法で求めたDLCの水素含有率と摩耗速度の関係を図1に示す。摩耗率はDLCのH含有率の増大に伴い増加するが,H含有率が15%以上では著しく増加するとともにばらつきが大きくなる.DLC

のH含有率と硬さは相関があり,DLC膜の硬さが

低下することに伴い摩耗率が増加するためと考えられる。この関係から大きく外れるDLCはラマン分

光分析や微小硬さ測定でも特異な挙動を示すことがわかった。

図2 H含有DLCの加熱による硬さ変化

大気中で600s加熱した後,室温で測定したDLCの硬さ変化を図2に示す.試料P-HVはPCVD法で成膜されたDLCのビッカース硬さ,同様に試料U-HMはUBMS法で成膜されたDLCのマルテンス硬さを示す.PCVD法で成膜されたDLC膜は325℃以上の加熱で硬さが上昇する.

DLCの耐熱温度を,元の硬さを維持している間とすると,約500℃がPCVD法で成膜されたDLCの耐熱温度に相当し、UBMS法で成膜されたDLCの方はこれが約400℃となる.

図3 H含有DLCの加熱による組成変化

図3にDLCの加熱による水素含有率とAr含有率の変化を示す。試料UはUBMS法、試料PはPCVD法で成膜されたDLCを示す。これより、PCVD法で成膜したH含有DLCは600℃まで膜中のH含有率が減少しないことがわかった。これは、従来のH含有DLCのH

は加熱で減少するという説を覆すものである。また、UBMS法で成膜されたDLCに含まれるArは膜が軟化する400℃までの加熱でも抜けないことがわかった。

(1)MSE法でDLCのH含有量と摩耗率の関係を調査し、両者に一定の関係があり、その関係から外れるDLCはラマンスペクトルなどで他と異なる特性を示すことが分かった。(2)PCVD法で成膜されたH含有DLCは325℃以上の加熱で硬さが上昇し、600℃まで加熱しても膜中のH比率が減少しなかった。

0 5 10 15 20 25 3010-3

10-2

10-1

100

Hydrogen content, at.%

Wea

r ra

te,

m/m

in

SUS304 SKH4 C:H C:H Hfree Hfree Metal Metal Expected value

図1 DLC膜のH含有率と摩耗率の関係

200 250 300 350 400 450 500 550 6000

400

800

1200

1600

2000

2400

2800

0

2000

4000

6000

8000

10000

12000

14000

加熱温度,℃

ビッカース硬さ

(HV

)

マルテンス硬さ

(HM

),N

/mm

2

   試料P-HV

   試料P-HM

   試料U-HV

   試料U-HM

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平成22年度 共同研究成果報告書

ダイヤモンド状炭素(DLC)膜の組成と

摩擦・摩耗特性に関する研究

平成 23 年 3 月 16 日

研究責任者 神田 一隆 (福井工業大学)

共同研究者 石神 龍哉 (若狭湾エネルギー研究センター)

安田 啓介 (若狭湾エネルギー研究センター)

岩井 善郎 (福井大学)

橋本 賢樹 (福井県工業技術センター)

Page 3: C:H C:H2 DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱でDLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に は考えられている.またHを含有しているDLC膜は,加熱により膜中のHが脱離し組成が変化す

目 次

1. はじめに

2. DLC の種類と特徴

2.1 DLCの種類

2.2 各種 DLCの特徴

3. 実験方法および供試材料

3.1 用いた DLC試料の種類

3.2 弾性反跳陽子検出(ERDA)法による H含有率の定量

3.3 マイクロスラリージェットエロージョン(MSE)法による DLC 膜の

表面特性評価法

3.4 加熱による DLC の組成変化評価法

4. 実験結果と考察

4.1 ERDA法による H含有率の定量結果

4.2 DLCの構造分析と硬さ

4.3 MSE試験の結果

4.3 DLCの加熱試験結果

5. まとめ

参考文献

研究発表

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研究題目 ダイヤモンド状炭素(DLC)膜の組成と摩擦・摩耗特性に関する研究

1.はじめに

近年の環境問題への意識が高まりつつある中で,自動車,家電,製造業などのエネルギーを多

く消費する産業や機器製造業者を中心に,省エネルギー,省資源,有害物質の低減への取り組み

が行なわれている.特に石油を多く消費し,その需給動向に敏感な自動車業界では,排出ガスの

削減や省エネルギーの観点から自動車の燃料消費量の低減が進められている.機器のエネルギー

効率を低下させる要因の一つは摩擦損失であり,したがって,機器の摺動部の摩擦係数の低減が

エネルギー消費の削減には効果的である.

近年,これらの分野では耐摩耗特性や潤滑特性に優れたダイヤモンドライクカーボン(DLC)

が注目されている.DLC膜は高硬度であり,無潤滑下でも耐摩耗性が高く,低摩擦係数を示すこ

とから切削工具,金型,各種摺動部品など多彩な用途で実用化されている.また,一部では自動

車部品への適用も始まっており,今後さらなる拡大が予想されている.しかしながら,DLC は製

造法によって様々な形態のものが生成され,さらに膜の種類によって耐摩耗性や摩擦係数が大き

く異なるという特徴がある 1,2).このことから,試行錯誤的に最適な DLC膜を選択せざるを得な

いのが現状である.

H含有量で DLC を分けると,①Hを含有する DLCと,②Hをほとんど含有しない H フリーDLC,

および③それらに金属を含有させた DLCがある.従来の試験から,②と③は潤滑油中で良好な摩

擦特性を示し,①は無潤滑下で良好な摩擦特性を示すと言われている.しかし,無潤滑下で 0.1

以下の低摩擦係数を示すと言われている H含有 DLCでも種類によっては 0.3程度を示すものがあ

り,その理由は明らかではない.また,DLCは特異な弾性挙動を示すことから,摩耗形態にも特

別な性質が現れる可能性があるが十分に調べられていない.

福井大学表面設計工学研究室では, MSE法が DLC膜と中間層及び基材を明確に区分して表面

強度を評価できること 3)から,様々な成膜法と成膜条件で作製された種々の DLC膜の MSE試験を

行い,硬さと摩耗率の関係を検討してきた(Fig.1-1).その結果,全体的な傾向として,DLC

膜の摩耗率は硬さの増加に伴い減尐するが,H含有 DLC膜の摩耗率は広範囲に分布するという結

果を得た.しかし,なぜ同程度の H

含有率でも摩耗率がそのような広い

範囲に分布するかは明らかでない.

そこで,本研究では様々な市販の H

含有 DLCを入手し,弾性反跳陽子検

出(ERDA)法でそれらの組成を測定

するとともに,DLCの H含有量と摩

耗特性との関係を明らかにするため,

マイクロスラリージェットエロージ

ョン(MSE)法による摩耗試験を行な

った.

Fig.1-1 DLC 膜の硬さと MSE試験の摩耗率の関係

100 101 10210-3

10-2

10-1

100

101

Kinds C:H H free Metal

Hardness [GPa]

Wear

rate

[

m/m

in]

CrN

TiN

Hardness, GPa

W

ear

rate

, μ

m/m

in

Page 5: C:H C:H2 DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱でDLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に は考えられている.またHを含有しているDLC膜は,加熱により膜中のHが脱離し組成が変化す

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DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱で DLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に

は考えられている.また Hを含有している DLC 膜は,加熱により膜中の Hが脱離し組成が変化す

るという報告 4)と,加熱しても Hが脱離しないという報告 5)がある.

そこで本研究では,DLC膜の加熱による特性変化を把握するため,形成法の異なる 2種類の H

含有 DLC膜を大気雰囲気中で加熱し,その硬さ,H含有量,Ar 含有量およびラマンスペクトルの

各変化を調べた.

2. DLCの種類と特徴

2.1 DLCの種類

1971年に Aisenberg と C:Habot6)によって,炭素イオンを加速して基板に堆積させると,硬質

な炭素膜が生成されることが見出された.同氏らはこれをi‐カーボンと呼んだ.以後,しばら

くの間その名前で呼ばれてきたが,その後様々な方法でiカーボンに相当する硬質な炭素膜が生

成されることが明らかとなった.また,それらの炭素膜は製造方法によって様々な形態をとるこ

とも判ってきた.そこで,それらの炭素膜を総称して「ダイヤモンドのような特徴を持った炭素」

という意味の Diamond Like Carbon(DLC)と呼ぶようになった.

DLCは非晶質構造(=非結晶質構造=アモルファス構造ともいう)を持っている硬質炭素膜の

総称である.最近は DLCの範囲が拡大され,必ずしも硬質ではない非晶質炭素膜も DLCと呼ぶよ

うになっている.炭素が主要構成元素であるが,生成方法によっては炭素中に Hが含有される.

また,新たな特性を持たせるために Nや W,Si,Crなどの元素を含有させた DLCもある.

DLC膜は物理蒸着法(PVD法)およびプラズマ援用化学蒸着法(PCVD法)で成膜される.PVD

法および CVD法による成膜方法はさらに細分化され,それぞれ特有の DLC膜が形成される.Fig.

2-1には代表的な炭素物質であるグラファイト,DLC,およびダイヤモンドの構造と特徴を示す.

グラファイト DLC ダイヤモンド

グラファイト構造 アモルファス ダイヤモンド構造

C C+H C

- 1000~8000HV 10000HV

構造

元素

硬さ

Fig. 2-1 グラファイト,DLC,およびダイヤモンドの構造と特徴

【DLCの種類と呼び方】

(1)a‐C:H : H含有アモルファスカーボン(aはアモルファスを示す)

C:H膜とも呼ばれる.PVDと PCVDの両方法で成膜可能である.

(2)ta-C : テトラヘドラルアモルファスカーボン(四面体構造アモルファス炭素)

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PVD法の一種であるアークイオンプレーティング(AIP)法,またはフィル

タードアークイオンプレーティング(FAD,T-FAD)法で成膜される.Hを含

まない DLC.

(3)Me-DLC : 膜中に金属を含有する DLC.Meは金属を示し,W,Si,Cr などの

金属が該当する.PVD とPCVDの両方法で成膜可能である.

(4)HフリーDLC: Hを含有しない DLCの総称,マグネトロンスパッタ(MS,UBMS)法,

アークイオンレーティング(AIP)法で作られる.

2.2 各種 DLC の特徴

【a-C:H, C:H】

a‐C:H,および C:Hは炭素中に Hを含有する DLCである.DLC成膜時に原料ガス中に炭化 Hを

添加すると炭素と Hが結合し,H含有 DLC膜が生成される.基本的に全ての方法で成膜可能であ

る.Hが炭素と結合することでダングリングボンド(=未結合の手)が無くなり,その表面は安

定である.自由電子が無くなるので,電気的には絶縁膜となる.後述の H を含まない ta-Cに較

べると硬さが低く,H含有量が多いほど軟らかくなる.

Cが Hと結合しているので,表面が安定であり,他の物質との親和力が小さい.このため,他

の物質との摩擦係数が小さいという特徴があると言われている.

【ta-C】

ta-Cは主に物理蒸着法(PVD 法)の一種であるアークイオンプレーティング法で作られる.ダ

イヤモンドの硬さ(10000HV)に近い硬さ(約 8000HV)を発現する特徴がある.成膜したままの

状態では,表面が炭素のみから成るので活性である.このため,大気中で摩擦試験を行うと一般

に高い摩擦係数を示す.大気中に放置すると,表面に水分や空気を吸着して安定化するが,摩擦

で表面の吸着物が除かれると活性面が現れ,高い摩擦係数を示すようになる.

アークイオンプレーティング法で成膜した場合,膜表面が粗くなるので,表面の平滑さが要求

される用途に対しては Fig. 2-2に示すフィルタードアークイオンプレーティング(FCVA)法 7)

が採用されている.この方法では成膜速度が大幅に低下するが,硬質で平滑な表面を持った透明

な DLC膜が得られる.1970年代に開発されたi‐カーボンも ta-C の分類に入ると考えられる.

Fig. 2-2 フィルタードアークイオンプレーティング法模式図

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スパッタリング法で作られる HフリーDLC は ta-Cとは呼ばれないが,炭素のみから成る膜で

あり,摩擦特性などは ta-Cに似ている.最大硬さは ta-Cより低く 3000HV 程度までである.こ

の違いはアークイオンプレーティング法では蒸発元素のイオン化率が高いので,スパッタリング

法に較べ基板へ入射する炭素イオンの数が多いためと考えられている.アークイオンプレーティ

ング法より表面は平滑であるが,成膜速度がやや遅い.

【Me‐DLC】

Me‐DLCは DLC 成膜中に金属を添加できれば基本的にどの方法でも成膜可能である.金属とし

ては W,Si,および Crが多く用いられている.金属を添加することにより一般に DLCの硬さは

低下し,摩擦係数は増加する.Wや Crの添加によって DLCの硬さが低下するが,それに伴い柔

軟性が付与され,したがって耐剥離性が改善される.Siの場合には硬さの低下は尐ないが,耐

熱性や油中での潤滑特性と耐摩耗特性が改善されるという報告がある.Hを含有する DLCは表面

が安定化しているので潤滑油中の極圧添加剤との親和性が弱いが,金属を添加することでこれが

改善されるとも言われている.

3. 実験方法および供試材料

3.1 用いた DLC試料の種類

DLCコーティング用に寸法が 6mmx6mmx65mmの高速度工具鋼 SKH4製および 30mmx30mmx8mmのス

テンレス鋼SUS304製の基板を準備した.各試験片の1面は試験面として鏡面仕上げされている.

その内,基板が SKH4製の試験片は MSE試験,摩擦試験,および ERDAによる H含有量定量評価に

用い,SUS304製のものは MSE 試験 に用いた.

DLCコーティングは国内のコーティング受託加工業者 7社へ依頼し,34種類の DLCコーティン

グ試験片を作製した.それらの一覧を Table 3-1に示す.それぞれの試料には成膜方法,組成,

基板の種類,H 含有率,ナノインデンテーション硬さを示した.バッチが異なる同じメーカーの

DLCについては,H含有率の測定は行わなかったが,バッチが異なっても H 含有量に大きな違い

がないことを期待して,表中には expected value として H 含有率を記載した.

3.2 弾性反跳陽子検出(ERDA)法による H含有量の定量

DLCの H含有量は若狭湾エネルギー研究センターのタンデム加速器を用いて弾性反跳陽子検出

法(ERDA法)で評価した.ERDA 法の原理を Fig. 3-1 に示す.

ERDA法では二価の Heイオンを DLC表面へ照射し,これにより前方へ反跳される H原子核すな

わち陽子の数を半導体検出器でカウントし,DLC内の H原子数比率を求める.本研究では,2MeV

の Heイオンを試料面に対して 10°の角度で入射させ,前方 10°方向に反跳された P(=Hの原子

核)を検出した.

反跳陽子の数は入射 Heイオン数に比例するので,これを知るためにファラデーカップを用い

て二価の Heイオンの電流値を測定した.ただし,ファラデーカップの測定値は反射二次電子の

影響があるので,参考値とした.

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反跳陽子の散乱断面積は比較的精度よく求められているので,入射 Heイオンの DLC中でのエ

ネルギー減衰と散乱によるエネルギー減衰,反跳陽子の DLC 中でのエネルギー減衰と散乱による

エネルギー減衰,および検出器の前に置かれた Tiフィルターにより反跳陽子が散乱と減衰を受

ける効果を考慮して,反跳陽子のエネルギースペクトルを計算することができる.

反跳陽子の正確な数は,実際に得られた反跳陽子スペクトルと,計算で求められた反跳陽子ス

ペクトル(バックグラウンドを除いた後)を比較し,測定値に誤差が入らないエネルギー範囲で

両者をフィッティングして求めた.

実際に求めたい値は Cと Hの比率であるので,DLC中の C 数も正確に見積もらなければならな

い.Cの数は C により反跳された Heイオン数を入射 Heイオンビーム方向に対して 150°方向に

置かれた検出器を用いてラザフォード後方散乱(RBS)法で計測して求めた.この時,ERDA法と同

様に Heイオンの DLC中でのエネルギー減衰と散乱の効果を計算で考慮して,反跳 Heのエネルギ

Table 3-1 供試DLC膜の種類

Nano

indentation

testActual

survey

value

expected

value

Hardness

[Gpa]

1 UBMS C:H 23.3 ― 21.5 0.0169 0.8

2 UBMS C:H 20.1 ― 43.4 0.0101 0.8

3 UBMS C-10%H 14.7 ― 47.4 0.0062 0.8

4 UBMS C 4 ― 10.2 0.3150 0.5

5 TFAD ta-C 0 ― 75.0 0.0012 0.2

6 PCVD C:H 14.5 ― 34.3 0.0029 1.0

7 PCVD C:H:Si 18.7 ― 19.4 0.0081 0.3

8 PCVD C:H:Si 14.3 ― 43.8 0.0041 1.7

9 AIP ta-C 0.5 ― 62.8 0.0014 0.2

10 UBMS C:H:W 16.7 ― 34.3 0.0029 1.8

11 UBMS C:H 22.2 ― 21.8 0.0175 0.6

14 Ion Deposition C:H 19.6 ― 35.9 0.0037 0.8

15 PCVD C:H 25.9 ― 30.6 0.0079 4.9

16 UBMS C:H 24.7 ― 18.2 0.0700 0.5

17 PCVD C:H:Si ― 18.7 17.7 0.0063 1.8

18 PCVD C:H:Si ― 14.3 28.6 0.0042 0.8

19 PCVD C:H 28.6 ― 18.7 0.5950 1.0

20 AIP ta-C ― 0.5 69.8 0.0010 0.2

21 PCVD C:H:Si 21.1 ― 18.8 0.0120 0.7

22 TFAD ta-C ― 0 72.6 0.0010 0.2

23 PCVD C:H ― 14.5 25.9 0.0031 0.5

24 UBMS C:H:W 18.8 ― 32.5 0.0023 1.8

25 UBMS C:H 25.7 ― 18.5 0.2080 0.8

26 UBMS C:H ― 20.1 28.9 0.0097 1.0

27 UBMS C:H ― 14.7 36.3 0.0035 0.8

28 UBMS C:H ― 4 9.43 0.7980 1.0

29 Ion Deposition C:H ― 19.6 27.8 0.0031 1.0

30 PCVD C:H 17.8 ― 18.1 0.0033 4.0

31 PCVD C:H 19.7 ― 24.6 0.0037 4.0

32 PCVD C:H 26.7 ― 14.4 0.0062 4.0

33 UBMS H free 4.2 ― 30.6 0.0033 0.3

34 UBMS C:H 15.8 ― 23.5 0.0033 0.3

Wear

rate

[μm/min]

Film

thickness

[μm]

SUS304

SKH4

N0. Coating method Kinds Substrate

Hydrogen

content[%]

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ースペクトルを求め,この計算値と実測値をフィッティングして反跳 He数を求めることができ

る.

RBS法により求めた C数と ERDA 法により求めた H数から,C:H比を求めることができる.この

方法により求めた各 DLC試料の H含有率も Table 2-1に示した.

Fig. 3-1 ERDAの原理

3.3 マイクロスラリージェットエロージョン(MSE)法による DLC膜の表面特性評価法

MSE試験装置の概略を Fig.3-2に示す.水に固体粒子を混在させた試験液を水槽内で攪拌しな

がら吸水口から吸い上げ,ノズル内でエアコンプレッサで加圧した圧縮空気によって加速させ,

ノズル端から噴射し試験面に衝突させる.ノズルの形状は 3 × 3 mm2の正方形で,ノズル端か

ら試験片までの距離を 10mm,圧力を p = 0.4 MPa,衝突角度を α = 90°とした.試験液は,平

均粒径 1.2 μm の不定形アルミナ粒子を純水に濃度 c = 3 mass%で含有させたもので,液温を室

温に保った.アルミナ粒子の硬さは超微小硬さ計で測定すると約 35 GPaであった 8).摩耗面の

形状を触針式粗さ計で計測し,処女面からの最大摩耗深さを求め,摩耗量の評価パラメータとし

た.

Fig.3-2 MSE試験装置の概略

Air compressor

Solenoid valve

Timer

Air compressor

Solenoid valve

Pressure sensor

Timer

NozzleTable

Specimen

Tank

Suction hole

Mixer

RegulatorRegulator

Air compressor

Solenoid valve

Timer

Air compressor

Solenoid valve

Pressure sensor

Timer

NozzleTable

Specimen

Tank

Suction hole

Mixer

RegulatorRegulator

Air compressor

Solenoid valve

Timer

Air compressor

Solenoid valve

Pressure sensor

Timer

NozzleTable

Specimen

Tank

Suction hole

Mixer

NozzleTable

Specimen

Tank

Suction hole

Mixer

RegulatorRegulator

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

□3

□3

αTest liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

□3

□3

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

□3

□3

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

□3

□3

□3

□3

αTest liquid in

Jet Air in

3

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

□3

□3

αTest liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

□3

□3

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

□3

□3

Test liquid in

Air inJet

Test liquid in

Air inJet

□3

□3

□3

□3

αTest liquid in

Jet Air in

3

ノズル部拡大図

Page 10: C:H C:H2 DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱でDLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に は考えられている.またHを含有しているDLC膜は,加熱により膜中のHが脱離し組成が変化す

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3.4 加熱による DLC膜の組成変化評価法

DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱で DLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に

は考えられている.また Hを含有している DLC 膜は,加熱により膜中の Hが脱離し組成が変化す

るという報告 4)と,加熱しても Hが脱離しないという報告 5)がある.

そこで本研究では,DLC膜の加熱による特性変化を把握するため,形成法の異なる 2種類の H

含有 DLC膜を大気雰囲気中で加熱し,その硬さ,H含有量,Ar 含有量およびラマンスペクトルの

各変化を調べた.加熱には市販の電気炉を用い,所定の温度に達して安定した後,DLCを入れて

10分間(600s)加熱した.硬さ測定にはFischer Instruments社製 PICODENTOR HM500を用い,4.9mN

の荷重で測定した.ラマン分光分析には Horiba JobinYvon 社製 LabRAM 1Bを用いた.

調査に用いた試料は,Table 3-1中の①と⑥である.前者は UBMS法,後者は PCVD法で製造さ

れている.一般に UBMS法で作製された DLC膜には Cと Hの他にスパッタガスの Arが含まれてい

る.Ar の存在は ERDA による H 含有率評価の実験に用いる He イオンの RBS スペクトル中に観察

されるので,DLC の加熱による H含有率の変化とともに,Ar 含有率の変化も調査した.

4. 実験結果と考察

4.1 ERDA法による H含有率の定量結果

DLC膜中の H 含有量(H/(C+H))は 3.2章で述べた ERDA法で測定した.この方法では,Fig. 4-1

に示すような反跳陽子のスペクトルが得られる.(試料 1のスペクトル)図中の実線は計算値を

示し,これと実験値を高エネルギー領域で一致させるようにフィッティングし,反跳陽子の数(=

H原子数に比例)を求める.

Fig. 4-2には RBS法で測定された試料1の反跳 Heイオンのスペクトルを示す.エネルギーの

高い領域(0.6~1.4MeV)に見られるカウントは膜中に含まれていた Arによるものである.図中

の実線は Arと Cにより Heイオンが 150°方向に散乱された時の計算値である.この実験値と計

算値を Cによる Heイオンの散乱スペクトルの高エネルギー部分(0.4~0.55MeV)が合致するよ

うにフィッティングし,C原子数を計算した.ERDAと RBSの結果から Cと Hの比率が計算され,

Arを含む膜についてはその比率も計算される.得られた H含有率は Table 3-1に示した.

Fig. 4-1 ERDA法で得られた試料 1の反跳陽子のエネルギースペクトル

点は実験値,実線は計算値

Page 11: C:H C:H2 DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱でDLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に は考えられている.またHを含有しているDLC膜は,加熱により膜中のHが脱離し組成が変化す

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Fig. 4-2 RBR法で得られた試料 1 の散乱 Heイオンのエネルギースペクトル

0.6~1.4MeV は Arによる Heの散乱スペクトル.

点は実験値,実線は計算値

4.2 DLCの構造分析と硬さ

DLC膜の微細構造の違いを調べるために,供試材料のラマンスペクトルを測定した.代表例と

して,基材が SKH4 の H含有 DLC のラマンスぺクトルを Fig.4-3に示す.いずれの供試 DLCでも,

DLCに特有の 1550 cm-1付近の Gバンドを頂上としたブロードなピークが認められる.しかし,

試料 19(以後 DLC19 のように表記)の Gバンドはやや低波長側にシフトされるとともに,ラマン

スペクトルが右方向の高強度側に傾いていることが見られる.DLC16と DLC25 も同様な挙動が見

られることから,DLC16, 19, 25はそれ以外の DLC膜と膜質が異なっていることが示唆される.

DLC膜中の H 含有率は成膜法と成膜条件に依存して変化するが,非常に硬い膜の場合,DLC中

の H含有率が 15%から,非常に軟らかくポリマーに近い膜の 45%まで変化すると報告されている9).DLC16, 19, 25膜は H含有率が非常に高く,ポリマーに近い軟らかい膜と考えられる.

DLC膜の H含有率は膜中の SP3結合比と膜の密度と相関があるので,Gバンドの半値幅と強度

比 ID/IGを調べた.Dバンドピークと Gバンドピークは,ミックス関数(ガウス関数とローレン

ツ関数)を用いて分割した.H 含有率による Gバンドの半値幅の変化を Fig.4-4に示す.DLC膜

の H含有率が低くなるのに伴い,Gバンドの半値幅は広くなる.Fig.4-5は H含有率と ID/IGの関

係を示す.DLC 膜の H含有率の増加に伴い ID/IGは大きくなる傾向が見られる.ID/IGは結晶粒径

(La)と反比例関係にあり, DLC膜の H含有率が高くなると,DLC膜のグラファイトクラスタの

大きさが小さくなると考えられる.

Fig.4-6は H 含有率による DLC 膜の硬さの変化を示す.H 含有率が増加するのに伴い,硬さは

低下する傾向がある.しかし,DLC4, 28, 33 は,それらの傾向から外れることから膜質がその

以外の DLC膜の膜質と著しく異なるものと考えられる.

Page 12: C:H C:H2 DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱でDLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に は考えられている.またHを含有しているDLC膜は,加熱により膜中のHが脱離し組成が変化す

9

Fig.4-3 DLC 膜のラマンスペクトル

DLC16

DLC25

DLC29

DLC26

DLC27

DLC19

DLC23

Raman shift, cm-1

In

tensity,

a.u

.

D-band

G-band

0

1 1 0 0 0

5 0 0 0

1 0 0 0 0

1 0 0 0 2 0 0 01 5 0 0

% R

W a v e n u m b e r [ c m - 1 ]

In

ten

sity,

a.u

.

Fig.4-4 DLC膜の H含有率とラマンスペクトルの Gバンドの半値幅の関係

0 5 10 15 20 25 3075

100

125

150

Hydrogen content, at.%

G-lin

e w

idth

, cm

-1

SUS304 SKH4 C:H C:H Hfree Hfree Metal Metal Expected value

DLC4,28

DLC16

DLC19

DLC25

Page 13: C:H C:H2 DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱でDLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に は考えられている.またHを含有しているDLC膜は,加熱により膜中のHが脱離し組成が変化す

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Fig.4-5 DLC膜の H含有率とラマンスペクトルの強度比の関係

5 10 15 20 25 30

0.4

0.8

1.2

1.6

0

SUS304 SKH4 C:H C:H Hfree Hfree Metal Metal Expected value

Hydrogen content, at.%

I D/I

G r

atio

DLC4,28

DLC33

DLC16

DLC19

DLC25

Fig.4-6 DLC 膜の H含有率と硬さの関係

5 10 15 20 25 30

15

30

45

60

75

90

0Hydrogen content, at.%

Hard

ness,

GP

a

SUS304 SKH4 C:H C:H Hfree Hfree Metal Metal Expected value

DLC4(28)

DLC33

Page 14: C:H C:H2 DLC膜は,熱に弱く,摩擦試験を行うと摩擦熱でDLCが軟化し,摩耗が早く進行すると一般に は考えられている.またHを含有しているDLC膜は,加熱により膜中のHが脱離し組成が変化す

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4.3 MSE試験の結果

DLCの MSE試験結果の一例として,UBMS法で成膜された C-Hの DLC1(Table 1 の No.1)の摩

耗曲線を Fig.4-7に示す.試験時間に伴う最大深さの変化(摩耗曲線)は二段階に変化している.

直線の傾きが変化する摩耗深さは DLC膜の膜厚と一致している.試験開始後の摩耗曲線は DLC

膜,基材の摩耗を表している.各直線の傾きを最小二乗法により求め,摩耗率とした.その他い

ずれの DLC膜においても,Fig.4-7のような摩耗曲線が得られたので,それらの摩耗率を求めた.

Fig.4-8は DLC の H含有率と摩耗率の関係を示す.摩耗率は DLCの H含有率の増大に伴い増加

するが,H含有率が 15%上では著しく増加するとともにばらつきが大きくなる.DLCの H含有率

と硬さは相関があり,DLC膜の硬さが低下することに伴い摩耗率が増加するためと考えられる

(Fig.4-9).

Fig.4-7 DLCの摩耗曲線

0 5 10 15 20 25 3010-3

10-2

10-1

100

Hydrogen content, at.%

Wear

rate

,

m/m

in

SUS304 SKH4 C:H C:H Hfree Hfree Metal Metal Expected value

Fig.4-8 DLC膜の H 含有率と摩耗率との関係

30 60 90 120

1

2

3

4

5

0

Wear

depth

,

m

Test time, min

DLC-1

---------------------------------------------------------------------

40min 85min 80min 60min 0min

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4.4 DLC の加熱試験結果

大気中で 600s 加熱した後,室温で測定した DLCの硬さ変化を Fig. 4-10に示す.図中,試

料 P-HVは PCVD 法で成膜された DLCのビッカース硬さを示し,同様に試料 U-HMは UBMS法で成膜

された DLCのマルテンス硬さを示す.図から,PCVD法で成膜された DLC膜は 325℃以上の温度で

の加熱で硬さが上昇することがわかる.

DLCの耐熱温度を,元の硬さを維持するまでと定義すると,約 500℃が PCVD 法で成膜された

DLCの耐熱温度に相当する.これに対して,UBMS 法で成膜された DLCは約 300℃から軟化が始ま

っているように見える.

200 250 300 350 400 450 500 550 6000

400

800

1200

1600

2000

2400

2800

0

2000

4000

6000

8000

10000

12000

14000

加熱温度,℃

ビッカース硬さ

(HV

)

マルテンス硬さ

(HM

),N

/mm

2

   試料P-HV

   試料P-HM

   試料U-HV

   試料U-HM

Fig.4-9 DLC膜の硬さと摩耗率との関係

0 15 30 45 60 75 9010-3

10-2

10-1

100

Hardness, GPa

Wear

rate

,

m/m

in

SUS304 SKH4 C:H C:H Hfree Hfree Metal Metal Expected value

Fig. 4-10 加熱による DLCの硬さ変化

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PCVDで成膜した DLCの加熱後のラマンスペクトルを Fig.4-11に示す.ラマンスペクトルで

は 500℃からその形状が尐し変化し,Dピークの高さが増すとともに,Gピーク位置が高波数う

側へシフトしている.この変化の傾向は温度とともに顕著になり,600℃ではより明確になる.

硬さ測定では 450℃程度から硬さが低下する傾向にあるので,それと同様な温度でラマンスペク

トルも変化することがわかる.

UBMS法で成膜した DLCの加熱後のラマンスペクトル変化を Fig. 4-12 に示す.この DLC は

1000HV程度のあまり硬質な膜ではないので,硬さ変化が明確ではなかったが,ラマンスペクト

ルでは 400℃から明らかに変化が始まっていることが分かる.

Fig. 4-11 PCVD法で成膜した DLC の加熱によるラマンスペクトル変化

Fig. 4-12 PCVD 法で成膜した DLC の加熱によるラマンスペクトル変化

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DLC膜の加熱による H含有量と Ar含有量の変化を Fig. 4-13に示す.当初に加熱によって

DLC膜中の H含有率が減尐するというデータと,減尐しないというデータがあることを述べたが,

本実験より,UBMS 法で成膜された DLCと PCVD 法で成膜された DLCとも,加熱によって H含有 DLC

の H含有率が減尐しないことが明らかとなった.

UBMS法で成膜された DLCについては,加熱による Ar含有率の変化も調べた.その結果,本図

から分かるように,DLCが軟化するまで加熱しても Ar含有率が大きく変化しないことが明らか

となった.

5.まとめ

市販の各種 DLCについて H含有率および Ar含有率を測定し,それらの硬さ評価,MSE 評価

試験,加熱試験,およびラマン分光分析を行い,以下の結論を得た.

【MSE試験より】

(1) DLCの H含有率が増加すると,MSE試験の摩耗率は増加する傾向を示す.

(2) MSE試験の摩耗率と H含有率の関係から大きく外れる DLC は,ラマン分光や超微小硬さの測

定結果においても特異な挙動を示すことから,MSE試験の摩耗率は H含有率の変化による硬

さだけでなく膜質の違いにも著しく影響される.

【加熱試験より】

(3) PCVD製の DLCは約 325℃以上で硬さが約 10~20%上昇し,その後約 500℃以上で徐々に軟化

する.これに対し,UBMS製の H含有 DLCは加熱による硬さの上昇がなく,約 400℃以上で徐々

に軟化する.

(4) PCVD製の DLCは 600℃まで,UBMS製の DLC 膜は 400℃まで,膜中の H 含有率は減尐しない.

(5) UBMS製の DLC膜中に取り込まれた Arの含有率は,400℃までの加熱で大きな変化はない.

Fig. 4-13 加熱による H含有 DLC の H含有率および Ar含有率の変化

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参考文献

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有 DLC膜の摩擦特性,福井工業大学紀要,第 39号 (2009) p.123-130.

2) 大竹尚登;名古屋大学 「DLCの成膜とその応用」HP 版 ver1.1.

3) 岩井善郎・他:日本機械学会論文集(C編), 75, 749 (2009) 171.

4) A. Grill, V. Patel and B. S. Meyerson; J. Electrochem. Soc., 138, p.2362 (1991).

5) 伊藤誉, 長井達哉, 杉本隆史; 熱処理, 48巻 1号, p.26-31 (2008).

6) S. Aisenberg and R. Chabot; J. Appl. Phys., Vol.42,(1971) p.2953.

7) 瀧 真,長谷川祐史,石川剛史,滝川浩史,安井治之;硬質 DLC(AC-X)被覆工具の開発,

表面技術,第 58巻,第 10号 (2007) p.589-592.

8) 佐々木翔太・他:日本機械学会北陸信越支部 48期総会・講演会講演論文集[No.0117-1]

437 (2011.3).

9) 斉藤秀俊:DLCハンドブック, (2006), 6-12, NTS.

研究発表

(1) ダイヤモンド状カーボン膜の水素含有量と摩擦係数の関係; 神田一隆, 岸上恭兵,橋本賢

樹,石神龍哉,岩井善郎,福井工業大学研究紀要,第40号 (2010) p.96-104.

(2) ダイヤモンド状炭素膜の水素含有量と摩擦係数; 橋本賢樹,神田一隆,石神龍哉,岩井善郎

,日本トライボロジー学会,トライボロジー会議予稿集 (2010) p.459-460.