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64 稿要約 テレビは登場初期から「家族の団らん」を促す機能が期待され、その役割を担ってきた。しかしテレビ普及 50 年の歳月を経た現在、果 たしてテレビと人々の関係に変化はないのだろうか。本論では、「家族団らん」を促してきたテレビの求心力に関し、小中学生 36 人への インタビュー調査、日記式調査(視聴番組調査、メディア利用行動調査)、アンケート調査を行い、家庭における子どものテレビ視聴実 態を分析した。その結果、小学生では個別視聴より家族視聴の傾向が強いものの、中学生になると個別視聴と家族視聴が拮抗しているこ とが明らかになった。特に個別視聴の傾向を強くもつ子どもの家庭では、個別視聴がしやすい環境が見いだせた。また、家族視聴におい ても、子どもはテレビ視聴時に並行行動として他メディア利用をし、テレビを見ながらマンガを読み、ゲームをし、ケータイを使う実像 が示された。かつて「家族の団らん装置」と位置づけられた家庭におけるテレビ視聴は、子どもの個別視聴の増加、並行視聴の増加により、 現在曲がり角にあることが調査を通じて確認された。 現代の「家族団らん装置」としてのテレビに関する考察 ──子どもの視点から── 小室広佐子(東京国際大学) 2. 家族視聴  テレビ視聴の歴史を振り返れば、初期の大型テレビによる街 頭視聴や学校教育の一環としての教室における集団視聴が、テ レビ視聴史のひとこまとして重要な意味をもつことは確かであ るが、ここでは現代の視聴習慣に密接に関わる家庭での視聴に 焦点をあて、家庭外でのいわゆる集団視聴は射程の外におくこ ととし、家庭における個別視聴と家族視聴(共視聴)について の考察を中心に進める。テレビ普及発展段階を、NHK 放送文化 研究所編『テレビ 50 年調査』 6) に基づき、以下、第一期 1953 年 ~ 74 年、第二期 1975 年~ 84 年、第三期 85 年~現在と区分する。 2-1 初期 テレビが街頭や人の集まる公共の場所から家庭にも普及した テレビ普及初期 (1953 年~ 74 年 ) 段階の視聴特徴は、「濃密な家 族視聴の誕生」 7) ととらえることができる。放送時間が延長され、 受像機が普及し、テレビを見ながら家族と交流するテレビ的一 家団らんが生まれた。「テレビは家族で話しあう機会を多くした」 との回答が 50%(1974 年調査) 8)にのぼったが、この数字から も当時の視聴スタイルを読み取れよう。「一家に一台という物理 的な状況があるにせよ、夜間の視聴好適時間帯に家族が揃って テレビの前にいた時代である。」 9) 「テレビは家族の求心力を高 めるための恰好のものであった。」 10) テレビが家具のように家庭内の場所を占拠するものとしてま ずは一家に一台ずつ導入されたことは、家族視聴を促した一つ の条件であろう。実際、NHK による 1970 年調査では「ほかの 人といっしょに見るほう」71%が、「1人だけで見るほう」21% を圧倒していた。 2-2 個別視聴の増加 テレビ普及第二期(1975 年~ 84 年)には家庭内のテレビ保 有台数が増加し、家族が別々にテレビ視聴をするようになり、 第二期は「個別視聴を促進するような『家族を分散させる力』と、 一家団らん気分を演出するような『家族の空白をうめる力』、こ の二つがせめぎあっていた時期」 11) と分析される。第三期(1985 年以降)は個別視聴が拡大し、「視聴者が『団らん』しているの は家族とではなく、番組となのである」12)との指摘もされた。 個別視聴の推移を見ると、1970 年に「1人だけで見るほう」 が 21%、「ほかの人といっしょに見るほう」が 71%であったの に対し、年を追って個別視聴が増加し、2002 年調査では、質問 の言葉は変わったものの「1人で見ることが多い」44%が、「家 族と見ることが多い」46%に迫っている 13) 個別視聴増加の理由には、1 人暮らしの増加という社会変動 的背景に加え、一家のテレビ保有台数が、例えば 82 年からの はじめに メディアは人と人をつなぐ道具であり、電話、ラジオ、テレ ビにより、遠隔地間の人間のコミュニケーションを可能にして きた。またテレビは登場以来「家族団らん装置」として、茶の 間にいる家族を結ぶ道具ととらえられてきた。しかしテレビ視 聴をめぐる環境は、テレビの多チャンネル化、インターネット・ 携帯電話等のデジタル機器の家庭への浸透、家族関係の変容1 等を背景に、21 世紀に入る前後から急激に変貌した。かつて家 庭内メディアとして「テレビは王様」といわれた時代から「多 メディアの一つ」という位置づけへと変容し「現在、人々とテ レビの関係がこれまでとは異なる新たな局面に入りつつある」 2。本論は家族の団らんという観点から、子どものテレビ視聴 の実態を実証的に分析する試みである。 1. テレビと家族団らん 団らんとは「人々が集まって楽しく語り合うこと」(大辞林)、 「親しい者たちが集まって楽しく時をすごすこと」(大辞泉)等 の意で、テレビ登場前から使われている。マス・メディアとの 関連でいえば、ラジオ開局時(1925 年)に東京放送局総裁で あった後藤新平はラジオの機能として、「文化の機会均等」「家 庭生活の革新」「教育の社会化」「経済機能の敏活」の4点をあ げ、その一つ「家庭生活の革新」を、それまで家庭の外に求め られていた慰安娯楽を家庭の中に位置づけ、「ラジオを囲んで一 家団らんし、家庭生活の真趣味を味わえるようになる」とした3実際、食後にラジオを聴くという聴取スタイルが浸透し、後藤 の目指したラジオによる家庭内娯楽が実現したのである。ラジ オは後の「テレビによる一家団らん」の下地を形成したと位置 付けられる4。食事と団らんの関係でいえば、食事と一体化し た団らんは戦後のテーブルを囲んで会話が活発に行われてから のことで、戦前までは団らんは食後とされていたという5テレビとの関連でいえば、テレビ本放送開始にあたって日本 放送協会理事金川義之は、雑誌『放送文化』(1953 年第三巻、8 月号)の「テレビ文化の開花のために」と題する巻頭言で「ま たNHKは、テレビジョンを通じてわが国の文化水準の向上を はかることを念願としているが、テレビジョンは、ラジオと同 じくあくまでも各家庭に入るべきものであり、そのためには常 に家庭の団欒の中心となるような番組を送ることこそ、放送を 担当するNHKの大きな責務であろう」と記し、ラジオ同様、 初期のNHKテレビ放送が家庭の団らんの中心となることを意 図していたことが伺える。

現代の「家族団らん装置」としてのテレビに関する …64 投 稿 要約 テレビは登場初期から「家族の団らん」を促す機能が期待され、その役割を担ってきた。しかしテレビ普及50年の歳月を経た現在、果

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Page 1: 現代の「家族団らん装置」としてのテレビに関する …64 投 稿 要約 テレビは登場初期から「家族の団らん」を促す機能が期待され、その役割を担ってきた。しかしテレビ普及50年の歳月を経た現在、果

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投 稿

要約テレビは登場初期から「家族の団らん」を促す機能が期待され、その役割を担ってきた。しかしテレビ普及 50 年の歳月を経た現在、果たしてテレビと人々の関係に変化はないのだろうか。本論では、「家族団らん」を促してきたテレビの求心力に関し、小中学生 36 人へのインタビュー調査、日記式調査(視聴番組調査、メディア利用行動調査)、アンケート調査を行い、家庭における子どものテレビ視聴実態を分析した。その結果、小学生では個別視聴より家族視聴の傾向が強いものの、中学生になると個別視聴と家族視聴が拮抗していることが明らかになった。特に個別視聴の傾向を強くもつ子どもの家庭では、個別視聴がしやすい環境が見いだせた。また、家族視聴においても、子どもはテレビ視聴時に並行行動として他メディア利用をし、テレビを見ながらマンガを読み、ゲームをし、ケータイを使う実像が示された。かつて「家族の団らん装置」と位置づけられた家庭におけるテレビ視聴は、子どもの個別視聴の増加、並行視聴の増加により、現在曲がり角にあることが調査を通じて確認された。

現代の「家族団らん装置」としてのテレビに関する考察 ──子どもの視点から──

小室広佐子(東京国際大学)

2.家族視聴  テレビ視聴の歴史を振り返れば、初期の大型テレビによる街頭視聴や学校教育の一環としての教室における集団視聴が、テレビ視聴史のひとこまとして重要な意味をもつことは確かであるが、ここでは現代の視聴習慣に密接に関わる家庭での視聴に焦点をあて、家庭外でのいわゆる集団視聴は射程の外におくこととし、家庭における個別視聴と家族視聴(共視聴)についての考察を中心に進める。テレビ普及発展段階を、NHK 放送文化研究所編『テレビ 50 年調査』6)に基づき、以下、第一期 1953 年~ 74 年、第二期 1975 年~ 84 年、第三期 85 年~現在と区分する。2-1 初期 テレビが街頭や人の集まる公共の場所から家庭にも普及したテレビ普及初期 (1953 年~ 74 年 ) 段階の視聴特徴は、「濃密な家族視聴の誕生」7)ととらえることができる。放送時間が延長され、受像機が普及し、テレビを見ながら家族と交流するテレビ的一家団らんが生まれた。「テレビは家族で話しあう機会を多くした」との回答が 50%(1974 年調査)8)にのぼったが、この数字からも当時の視聴スタイルを読み取れよう。「一家に一台という物理的な状況があるにせよ、夜間の視聴好適時間帯に家族が揃ってテレビの前にいた時代である。」9)「テレビは家族の求心力を高めるための恰好のものであった。」 10) テレビが家具のように家庭内の場所を占拠するものとしてまずは一家に一台ずつ導入されたことは、家族視聴を促した一つの条件であろう。実際、NHK による 1970 年調査では「ほかの人といっしょに見るほう」71%が、「1人だけで見るほう」21%を圧倒していた。2-2 個別視聴の増加 テレビ普及第二期(1975 年~ 84 年)には家庭内のテレビ保有台数が増加し、家族が別々にテレビ視聴をするようになり、第二期は「個別視聴を促進するような『家族を分散させる力』と、一家団らん気分を演出するような『家族の空白をうめる力』、この二つがせめぎあっていた時期」11)と分析される。第三期(1985年以降)は個別視聴が拡大し、「視聴者が『団らん』しているのは家族とではなく、番組となのである」12)との指摘もされた。 個別視聴の推移を見ると、1970 年に「1人だけで見るほう」が 21%、「ほかの人といっしょに見るほう」が 71%であったのに対し、年を追って個別視聴が増加し、2002 年調査では、質問の言葉は変わったものの「1人で見ることが多い」44%が、「家族と見ることが多い」46%に迫っている 13)。 個別視聴増加の理由には、1 人暮らしの増加という社会変動的背景に加え、一家のテレビ保有台数が、例えば 82 年からの

はじめに メディアは人と人をつなぐ道具であり、電話、ラジオ、テレビにより、遠隔地間の人間のコミュニケーションを可能にしてきた。またテレビは登場以来「家族団らん装置」として、茶の間にいる家族を結ぶ道具ととらえられてきた。しかしテレビ視聴をめぐる環境は、テレビの多チャンネル化、インターネット・携帯電話等のデジタル機器の家庭への浸透、家族関係の変容1

等を背景に、21 世紀に入る前後から急激に変貌した。かつて家庭内メディアとして「テレビは王様」といわれた時代から「多メディアの一つ」という位置づけへと変容し「現在、人々とテレビの関係がこれまでとは異なる新たな局面に入りつつある」2。本論は家族の団らんという観点から、子どものテレビ視聴の実態を実証的に分析する試みである。

1.テレビと家族団らん 団らんとは「人々が集まって楽しく語り合うこと」(大辞林)、

「親しい者たちが集まって楽しく時をすごすこと」(大辞泉)等の意で、テレビ登場前から使われている。マス・メディアとの関連でいえば、ラジオ開局時(1925 年)に東京放送局総裁であった後藤新平はラジオの機能として、「文化の機会均等」「家庭生活の革新」「教育の社会化」「経済機能の敏活」の4点をあげ、その一つ「家庭生活の革新」を、それまで家庭の外に求められていた慰安娯楽を家庭の中に位置づけ、「ラジオを囲んで一家団らんし、家庭生活の真趣味を味わえるようになる」とした3。実際、食後にラジオを聴くという聴取スタイルが浸透し、後藤の目指したラジオによる家庭内娯楽が実現したのである。ラジオは後の「テレビによる一家団らん」の下地を形成したと位置付けられる4。食事と団らんの関係でいえば、食事と一体化した団らんは戦後のテーブルを囲んで会話が活発に行われてからのことで、戦前までは団らんは食後とされていたという5。 テレビとの関連でいえば、テレビ本放送開始にあたって日本放送協会理事金川義之は、雑誌『放送文化』(1953 年第三巻、8月号)の「テレビ文化の開花のために」と題する巻頭言で「またNHKは、テレビジョンを通じてわが国の文化水準の向上をはかることを念願としているが、テレビジョンは、ラジオと同じくあくまでも各家庭に入るべきものであり、そのためには常に家庭の団欒の中心となるような番組を送ることこそ、放送を担当するNHKの大きな責務であろう」と記し、ラジオ同様、初期のNHKテレビ放送が家庭の団らんの中心となることを意図していたことが伺える。

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投 稿

10 年間で受像機3台以上所有者が 22%から 44%へ倍増するなど、大幅に増加した点も挙げられる。こうした複数所有を背景にして個別視聴が習慣化され、また番組の好みが家族と合わないからなど意識の変化もみられた 14)。2-3 子どもの個別視聴 以上、国民全体の傾向として家族視聴が減り、個別視聴が増加した歴史を概観したが、子どもの視聴スタイルは、全体の傾向と同様なのだろうか。 NHK「テレビ 50 年調査」(2002 年)によれば、小学生では

「家族と一緒に見るほう」が 70%で「1 人だけで見るほう」22%をはるかにしのいでいるのに対し、中学生では「ほかの人と見るほう」が 57%、「1 人だけで見るほう」が 32%と、年齢が上がるにつれて個別視聴する子どもの割合が増えている15)。一方、

『日本人の情報行動 2005』16)によると、中学生で「家族と一緒に見るほう」42.6%、「1 人で見るほう」27.7%、「どちらも同じ」29.8%となっている。2-4 ながら視聴 現代のテレビ視聴スタイルの特徴として、個別視聴の増加とともに、ながら視聴の増加がみられる17)。国民生活時間調査(2000年 10 月)によれば、テレビ視聴と食事時刻のピークが重なり、テレビを視聴しながら食事をとっている光景が示唆される。『日本人の情報行動 2005』によれば、ながら視聴率(ながら視聴時間÷テレビの全視聴時間)は10代で52.8%という高い比率になっている。2-5 テレビ視聴時の団らんの変容の兆し 食卓の風景と家族類型、コミュニケーション形態、中心的メディアに関して論じる中で、児島は次のように述べている。20世紀末からの類型として、「『テレビ化した家庭団らん』は現在も依然かなり大きな層で持続している」一方で、「テレビとより一体化した疑似社会的相互作用の展開、同所性を欠くことによるコミュニケーション不在の浸透、同所性をもちながらも意味空間は異にする新たな中座という3極が同時進行する食卓の風景が生じている。」18)ここで児島が言う「同所性」とは食事の場面で家族が揃って食卓につくことを指し、「中座」は食卓から席をはずすという意味である。児島論文は「食卓における」というように食事場面に限定し、かつ検証モデルの提示を試みるにとどまったが、この第二、第三番目の指摘、すなわち「同所性を欠くことによるコミュニケーション不在の浸透」「同所性をもちながらも意味空間は異にする新たな中座」は、本論が現代の家族団らん装置としてのテレビを考察する鍵となる視点である。 すなわち、家族団らん装置として期待され、その役割を担ってきたテレビというメディアが、現在なお団らん装置として機能しえているのか否かを、家族とともにテレビ視聴空間に身体

をおいているかどうかの「同所性」と、身体は家族とともにテレビ視聴空間においているものの頭や心は別のところにある「意味空間上の中座」という視点とから、子どもの視聴実態を分析する。具体的には「同所性」は個別視聴あるいは家族視聴という視聴スタイルにより、また「同所性をもちながら意味空間上の中座」は家族視聴時の並行行動により実証分析を試みる。

3. 小中学生インタビュー・視聴番組調査(日記式)・メディア利用行動調査(日記式)・アンケート調査から 本論の分析は、筆者も参画した BPO(放送倫理・番組向上機構 19))放送と青少年に関する委員会による「今、テレビは子ども達にどう見られているか?-小中学生 36 人インタビュー&アンケート調査」(2006 - 2007 年実施)のデータを使用した。調査は、BPO が、子どもたちがどのような形でテレビを見ているか、多様なメディア環境下でのテレビの役割の変化はないのか等、テレビと児童の具体的かかわりを解明する目的で企画され、半構造化インタビュー調査、アンケート調査、日記式記録調査

(メディア利用行動記録、視聴番組記録)から構成された。調査対象は首都圏在住の小学生高学年 12 人、中学生 24 人、男女各18 人の計 36 人とした。サンプリングは調査会社の保有するモニターから「重視聴」(1 日 4 時間以上テレビ視聴)「軽視聴」(1日 1 時間以内視聴)等の条件に該当する児童を抽出した 20)。3-1 個別視聴 視聴番組調査(日記式)によると、調査期間中に子どもが視聴した全番組のうち、個別視聴された番組は全体の 35.8%、家族視聴された番組は 62.5%であった(図 1)。子どもごとの個別視聴番組の割合(個別視聴番組数/全視聴番組数)は 0 から 1に分布した。つまり、1週間に 30 本の番組を視聴したうち、1人で見た番組は1本も無く、すべてを家族の誰かと一緒に見た児童から、視聴した 41 本すべてを1人で視聴した児童まで、個別視聴する割合はまちまちであった。 これを属性別に見ると、重視聴(1 日 4 時間以上視聴、自己申告による)群は軽視聴(1 日 1 時間以内視聴、自己申告による)群より個別視聴の割合が高かった。小学生と中学生を比べると、中学生方が個別視聴の割合が高く、小学生から中学生に進むに従って、家族視聴から個別視聴へ移行してゆく様子が示唆された。男女別では、差はみられなかった(図1)。 また、視聴番組数が延べ 50 件を超えたジャンルで比較すると、ニュース、情報番組は家族視聴の傾向が強く、アニメは他ジャンルに比べて個別視聴の比率が高かった。(図 2)インタビュー調査からは、夕食中あるいはそのあとにニュースや情報番組を家族で視聴する習慣のある家庭が従来どおり存在することが示された。一緒に視聴する家族としては「母」が最も多く、次に兄弟姉妹で、父と見るという例は朝食時には数例あったが夕食時にはほとんどみられなかった。

図1:個別視聴と家族視聴の割合(属性別) 図2:個別視聴と家族視聴の割合(ジャンル別)

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投 稿

3-2 視聴環境 テレビ受像機の保有台数と子どもの 1 日平均視聴時間については、テレビ 1 台保有家庭の子どもの平均視聴時間は 2 時間 39分、テレビ 2 台/同 2 時間 40 分、3 台/同 3 時間 26 分、4 台以上/同 5 時間 10 分というように、保有台数が増えるにつれて視聴時間が長くなる傾向があった。 テレビ保有台数と個別視聴については、個別視聴の比率の高い(視聴番組の 50%以上を個別視聴した)子ども 6 人(内訳は重視聴児童 5 人軽視聴児童 1 人、中学生 5 人小学生 1 人)の家庭には、平均 3.3 台のテレビがあるのに対し、個別視聴が 1 度もなかった児童 10 人の家庭のテレビ所有台数の平均は 1.8 台となっていた。テレビの台数が多い家庭の児童は、視聴時間が長くなる傾向があると同時に、個別視聴の傾向が強くなることが推察される。 実際、週に 41 番組を視聴したうち、すべての番組を1人で視聴した児童の家庭には家族 5 人に対してテレビが5台あり、家庭内のテレビ配置図は(図 3)のとおりである。また、週に 46番組を視聴したうち、35 番組を 1 人で視聴した児童の家庭では、家族 5 人に対し 4 台のテレビがあり、(図 4)のように配置されていた。間取り図からわかるように、両家庭ともテレビの無い部屋はそれぞれ一部屋ずつしかなく、いつでも個別視聴が可能な住環境が整っているといえよう。 個別視聴の割合が高い児童が 1 人でテレビを見る理由として、彼らはインタビューで、家族が一緒にいると会話をするのが面倒、見たい番組の種類が違う、などをあげている。 ・ テレビは 1 人で見る。常に 1 人で見る。人と一緒に見るのは

面倒。見ているのになんか言われるのはいや。[中 1 女子 重視聴]

・ 私が 29 インチの部屋で見るとき、母は2階のキッチン 20インチの部屋で別のを見ている。[中 1 女子 重視聴]

・ (お兄さんとは一緒に見ないの?)お兄ちゃんも自分の部屋で見ているので。大体同じものを見ていますね。[中 2 男子 重視聴]

・ (1 人で見ることが多い?)自分の好きな番組は、家族は嫌い。[中 3 男子 重視聴]

・ (部屋の間取りを見ながら)朝起きて自分の部屋でテレビを見る。(夕方)5 時に帰る。だいたい母がいる。6 時からご飯。リビング。テレビはついている。その時、母とたまに兄がいる。あとテレビ。自分の部屋で。9 時くらいまで。1 人で見る。9 時からお風呂に入ったりして、あとまた自分の部屋でテレビ。23 時くらいまで。[中3女子 重視聴]

3-3 ながら視聴 現代的テレビ視聴のもう一つの特徴に「ながら視聴」が指摘される21)。テレビのもつ家族団らんの求心力を疎外する要因の一つである「ながら視聴・並行行動」に関して分析する。調査では番組記録表に視聴時の視聴スタイルを以下の 5 種から選択して記録してもらった。  ◎ ほかのことをしないで集中して見た(集中視聴)  ○ ほかのことはしないがぼんやり見た(ぼんやり視聴)  △ ほかのことをしながら見た(ながら視聴)  × とくに見ようとしたわけではないがなんとなくチラチ    ラ見た(チラチラ視聴)  □ 録画してあとで見た(録画) 視聴番組全体のうち集中視聴された番組は 29.8%、ぼんやり視聴は 21.1%、ながら視聴は 32.6%、チラチラ視聴は 9.7%、録画は 6.8%であり、ながら視聴が全体のおよそ 3 分の1を占めていた。 アンケート調査ではテレビ視聴と同時に行われている他の並行行動の種類についても尋ねた。「本や雑誌・マンガを読む」、「テレビゲーム・携帯ゲームをする」、「パソコンで E メールを読んだり、ウェブサイトを見たりする」、「自分の携帯電話でメールを打ったり読んだりする」について、それぞれ当てはまる頻度を尋ねると、以下のような結果を得た(図 5)22)。すなわち、テレビ視聴と同時に行われるメディア接触としては、本や雑誌・マンガを読むこと(よくあるという回答が 36.1%)、携帯メールのやりとり(よくあるという回答が 27.8%)が主なものであった 23)。3-4 テレビ視聴時の家族との会話 「テレビを見ながら家族で意見を交わすことがよくありますか?」というアンケート調査の問いに対しては、55.5%が「よくある」または「ときどきある」と回答し、「たまにある」を含めると 80%を超えた児童が、家族と一緒にテレビを見ている時に家族と会話をしていた。

図3:テレビ配置図 *○が受像機の位置。数字は画面の大きさ

図4:テレビ配置図 *□が受像機の位置。数字は画面の大きさ

図5:テレビ視聴時の並行行動(アンケート調査より)   *BPO報告書から小室作成

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投 稿

・ (家族でテレビを見ているときは?)「これおもしろいね」、「おもしろくないね」、とか。 [小 5 女子 重視聴]

・ (テレビを見ながら何を話すのか?)ニュースのこととか、「こんなのあったよ」 とか。(意見を言い合うことは?)たまにある。[中 1 男子 重視聴]

・ (テレビを見ながらの会話は?)あります。(例えば、どんなことを?)お姉ちゃんがドラマで、「これはこうだよね」、「これはこうなりそう」、それでああ、と思う。[中 1 女子 重視聴]

・ テレビを見ながら家族と話をする時もある。この次の展開、「この歌手は知らないとか」。主に父がぼそっと言ったり、母が 「私この人好き」 とか言ったり。私が 「この曲何」 と言ったり。[中 1 女子 軽視聴]

・ 弟とはよく話す。母親ともたまに話す。(弟とは?)「つまんなくない?」とか。「お笑いがつまんない」とか。「野球どうだった?」とか。弟とはテレビについてよく話す。弟とは話があう。

[中 3 男子 軽視聴] 以上のようなインタビューから家族視聴時の会話は、ドラマ、音楽番組、バラエティの場合は登場人物や歌などの情報のやりとり、おもしろいかどうかの評価や感想が中心で、ドラマでは今後の展開予想も加わるようだ。ニュース番組では、内容に関する感想、確認などがみられた。いずれのジャンルの場合も、テレビ視聴しながら子どもが家族と交わす会話は、情報の確認、表面的な感想にとどまっているようだった。3-5 家族視聴時の風景 それでは家族と一緒にテレビを見ている時に、各メンバーはどのような並行行動をとっているのだろうか。 ・ 寝転がって見てる時、家族はゲームなどしながらテレビを見

ている。[小4男子 重視聴] ・ 兄とよく一緒に見る。兄は漫画見たり、あとはチラチラ見る

程度。[中 1 女子 重視聴] ・ えっと、自分は座ってゲームしながら見たり、本、雑誌など

を読んだりとか。妹はパソコンやったり携帯やったりしながら見てて、お父さんは仕事の作業の報告書とか書きながら見たり、お母さんは、ご飯作ったり、みんなでご飯食べながら見たり。(それぞれが別々のことをしながら見るのでしょうか。)休みの日とか午前中だとバラバラの時があるけど、夜はみんなで何か食べながら一緒に見ます。[中2男子 重視聴]

 このように、家族のメンバーが1台のテレビを囲む空間にい

<注・参考文献> 1)山田昌弘 ,「家族の個人化」 ,『社会学評論』54(4), 日本社会学会 , 2004 年、目黒依子 ,「家族の個人化」,『家族社会学研究』No.13, 日本家族社会学会 ,1991 2)田中義久・小川文弥編 ,『テレビと日本人』p.5, 法政大学出版局 , 2005 3)NHK 放送協会編 ,『20 世紀放送史』, 日本放送出版協会 ,2001 4)井田美恵子「テレビと家族の 50 年 “ テレビ的 ” 一家団欒の変遷」『NHK 放送文化研究所年報 2004 年』48 号 , p.115, 日本放送出版協会 , 2004 5)井田前掲 p.114 6)NHK 放送文化研究所編 ,『テレビ視聴の 50 年』, 日本放送出版協会 , 2003 7)井田前掲 p.138 8)NHK 放送文化研究所編 , 前掲 9)白石信子・井田由美子 ,「浸透した『現代的なテレビの見方』」,『放送研究と調査』,2003 年 5 月号 p.31, 日本放送出版協会 , 200310)井田前掲 p.11711)井田前掲 p.13012)村瀬敬子 ,「『お茶の間』という空間」『クイズ文化の社会学』世界思想社 ,200313)田中・小川 前掲 p.2014)田中・小川 前掲 p.5615)NHK 放送文化研究所編 , 前掲 , p.17516)東京大学大学院情報学環編 ,『日本人の情報行動 2005』, 東京大学出版局 ,200617)NHK 放送文化研究所編 , 前掲18)児島和人 ,「食卓の風景の変貌からみたメディア・コミュニケーションの諸類型」,『専修社会学』第 17 号 , p.30, 専修大学社会学会 , 200519)BPO は NHK と日本民間放送連盟が共同で設置した放送界の自主的な第三者機関である。20) 調査は BPO 青少年委員会副委員長橋元良明を代表とする筆者を含む 6 名の研究者によって実施された。なお対象者は、本調査の主目的が「テレビの視聴スタイル」を面接により聞

き出すことにあるため、重視聴児童を主な対象者とした。ただし、「テレビの役割、重要性」などを分析するために対比的に軽視聴児童も対象にする必要があり、またサンプル数の制約もあり、対象児童 36 人の内訳は、重視聴児童対軽視聴児童の比率を 2:1 とした。

21)白石・井田 前掲22)BPO[放送倫理・番組向上機構]放送と青少年に関する委員会 ,『今、テレビは子ども達にどう見られているか?―小中学生 36 人インタビュー&アンケート調査―報告書』, 200723) テレビ視聴と勉強との「ながら」に関しては、日記式メディア利用調査によると、1 日平均 1.7 分であった。テレビと携帯電話 24.5 分、テレビと本や雑誌・マンガ 7.2 分、テレビと

携帯ゲーム 6.0 分、テレビとパソコン 3.6 分などメディア利用の「ながら」と比較して、テレビと勉強の「ながら」は短時間であった。

ながらも、それぞれが、ぼんやり、ながら、チラチラといった好きな視聴スタイルでテレビを見ている。しかも、家族のメンバーがとる並行行動は、ばらばらである。従来の「ながら視聴」は例えば食事をしながらテレビを見ることと捉えられ、家族は揃って食卓を囲み「ながら視聴」をすると捉えられていた。「ながら視聴」であっても、同じメニューのご飯を食べながら同じ番組を視聴するというように家族メンバーの行動に同一性がみられた。しかし、上記インタビューのような場合、たとえ同じテレビ番組を見ることのできる空間に身体をおいていても、各自がそれぞれもう一つ別のメディアに接触しているというのが、現代の家庭における家族視聴の一場面である。

おわりに 家族視聴の傾向の強い子どもの割合は小学生においては圧倒的に多いが、中学生になると個別視聴と家族視聴の割合が拮抗している。特に個別視聴の傾向が強い児童の家庭はテレビ所有台数が多く、テレビ配置図から子どもがテレビを1人で見る環境が充分に整っていることが読み取れた。一部の児童の家庭では「団らん装置としてのテレビ」を実現させるための「同所性」が後退する視聴環境が形成されているといえよう。 また、同じリビングに身体をおき、家族で共にテレビ視聴できる場にあっても、家族メンバーはばらばらな並行行動にいそしみ、それぞれ他のメディアを介した別の世界にいるという「同所にありながらの中座」という視聴形態が浮き彫りにされた。 同所性の後退、そして同所にありながらの中座の両側面から、一部の家庭では、テレビがかつてもっていた家庭内における求心力がすでに大きく低下している。団らん装置としてのテレビの役割は大きな曲がり角にきている実態が本調査を通じて明らかになった。 こうした「子どものテレビ視聴をめぐる家庭環境の変化」をもたらした背景として、個室の普及とテレビ受像機の複数台保有、テレビ番組のセグメント化、携帯電話やゲーム機等家庭内で自由に使えるメディアが子どもの身辺に浸透していること、家族の個人化が子どもにも及んでいること等々、本論で十分に考察しきれなかった要因も含めて考えられよう。また、テレビが家庭内における求心力を失ったことが子どもにどのような影響を与えるかについては、家族の凝集力はじめ検討すべき重要な課題が山積しており、今後の課題としたい。