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建物収去土地明渡請求により 強制執行が可能とされている建物補償の考察 山下大輔1 山本一也1 1 富山河川国道事務所 用地第二課 (〒930-8537 富山県富山市奥田新町2番1号) 国道改築事業のために必要な土地の取得にあたり、土地、建物の権利調査を実施したところ、 破産会社名義の建物が存在していることが確認された。また、この建物は、土地の所有者から 建物収去土地明渡請求訴訟を提起され、その判決及び執行文により、土地の所有者が建物収去 について強制執行できることが判明した。更に、この建物には登記上、根抵当権が設定されて いる状況にある。 本稿は、このような事情のある建物の移転補償方針について考察したものである。 キーワード 建物収去土地明渡請求 破産 清算人 抵当権 1. はじめに 本稿は、私が担当する国道改築事業のために必要な土 地に存する建物の移転にあたり、様々な事情が絡む関係 者が存在する場合における補償方針について考察したも のである。 建物所有者は破産廃止決定が確定しており、土地所有 者は建物収去土地明渡を強制執行できる権利が付与され ている。当該建物には根抵当権が設定され担保権者が存 在する。こうした中で、建物移転補償は誰に行うべきな のかという問題意識が生まれた。 本稿では、補償を行うにあたっての各権利者の問題 点を整理した上で、補償方針案を検討し、誰に建物移転 補償を行うことが妥当なのかを考察する。 図-1 国道改築事業を実施する市街地の現状 2. 事例からの考察 (1) 土地・建物の概要 本事案は、××市の市街地における国道改築事業のた めに必要な土地の取得であり、市街地であるが故、その 土地、建物の権利関係が複雑な状況にある。 本事案の対象となる土地、建物の主な権利関係は次の とおりである。 国道改築事業のために必要な土地の所有者:A 国道改築事業のために必要な土地:A所有地 A所有地に存する建物の所有者:B社(破産) A所有地に存する建物2棟:b1(取壊済)、b2 建物b2の根抵当権者:C社 また、A所有地の概要図及び建物b2の登記記録を以 下に示す。 A所有地の概要図

建物収去土地明渡請求により 強制執行が可能とされている建 …で、任意売却が行われる。この売却益は、抵当権者への 弁済に充てられ、残額があれば、破産財団に組み込まれ

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建物収去土地明渡請求により

強制執行が可能とされている建物補償の考察

山下大輔1 山本一也1

1 富山河川国道事務所 用地第二課 (〒930-8537 富山県富山市奥田新町2番1号)

国道改築事業のために必要な土地の取得にあたり、土地、建物の権利調査を実施したところ、

破産会社名義の建物が存在していることが確認された。また、この建物は、土地の所有者から

建物収去土地明渡請求訴訟を提起され、その判決及び執行文により、土地の所有者が建物収去

について強制執行できることが判明した。更に、この建物には登記上、根抵当権が設定されて

いる状況にある。

本稿は、このような事情のある建物の移転補償方針について考察したものである。

キーワード 建物収去土地明渡請求 破産 清算人 抵当権

1. はじめに

本稿は、私が担当する国道改築事業のために必要な土

地に存する建物の移転にあたり、様々な事情が絡む関係

者が存在する場合における補償方針について考察したも

のである。 建物所有者は破産廃止決定が確定しており、土地所有

者は建物収去土地明渡を強制執行できる権利が付与され

ている。当該建物には根抵当権が設定され担保権者が存

在する。こうした中で、建物移転補償は誰に行うべきな

のかという問題意識が生まれた。 本稿では、補償を行うにあたっての各権利者の問題

点を整理した上で、補償方針案を検討し、誰に建物移転

補償を行うことが妥当なのかを考察する。

図-1 国道改築事業を実施する市街地の現状

2. 事例からの考察

(1)土地・建物の概要

本事案は、××市の市街地における国道改築事業のた

めに必要な土地の取得であり、市街地であるが故、その

土地、建物の権利関係が複雑な状況にある。

本事案の対象となる土地、建物の主な権利関係は次の

とおりである。

国道改築事業のために必要な土地の所有者:A

国道改築事業のために必要な土地:A所有地

A所有地に存する建物の所有者:B社(破産)

A所有地に存する建物2棟:b1(取壊済)、b2

建物b2の根抵当権者:C社

また、A所有地の概要図及び建物b2の登記記録を以

下に示す。

A所有地の概要図

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A所有地の登記記録

建物b2の登記記録 (2) 経緯 平成11年、B社は、A所有地を賃借し、A所有地の上

にある建物b1、b2の2棟を売買によって取得した。

その後、建物b1、b2については、C社によって根

抵当権が設定された。

B社は、食品の製造販売、レストランの経営を目的に

平成2年に設立された有限会社であったが、平成15年に

破産宣告を受け、同年、破産廃止決定が確定している

(閉鎖法人登記記録は以下のとおり)。

B社の閉鎖法人登記記録

なお、建物b1、b2は、同年に破産管財人から放棄

され(概要は(3) で述べる。)、A所有地に存置されて

いる。

平成21年、Aは、A所有地に存置されたままの建物b

1、b2について建物収去土地明渡請求(概要は(4) で述べる。)を××地裁に提訴し、同年、Aの訴えを認め

た判決が言い渡された(判決文は以下のとおり)。 判決言い渡し後、B社に建物取り壊しの動きが無かっ

たため、平成23年、Aは、××地裁に訴えを起こし、B

社に対し強制執行できるとする執行文が付与された(執

行文は以下のとおり)。 平成24年、Aは、この執行文を受け、建物b1をA自

らの負担で取り壊したものの、建物b2については当時、

資金の都合で取り壊しを断念し、現在も存置さたままの

状況にある。

建物収去土地明渡請求事件 判決文

建物収去土地明渡 執行文

(3)破産手続きにおける不動産の取扱い 前記(2) 中、「建物b1、b2は破産管財人から放棄」

について補足する。 法人が破産した場合、抵当権等が設定されている不動

産は、一般的に、破産管財人が抵当権者の承諾を得た上

で、任意売却が行われる。この売却益は、抵当権者への

弁済に充てられ、残額があれば、破産財団に組み込まれ

る。 一方、任意売却や競売で処分できない場合においては、

破産財団から放棄され、破産手続き終了後も残存するこ

とになる。 本件では、根抵当権者への弁済額は1,000万円を超え

ている。 破産手続きが最終的には費用不足による破産廃止とな

ったことからすれば、当時、破産管財人は建物を処分で

きても、売却益は根抵当権者への弁済に充てられ破産財

団には残らないと判断し、放棄したものと推定できる

(弁護士より確認)。

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(4)建物収去土地明渡請求とは 前記(2) 中、「建物収去土地明渡請求」について補足

する。 民事訴訟手続は、原告が裁判所に訴えを提起すること

によって開始される(民事訴訟法第246条)。訴えの提

起は、訴状を裁判所に提出することによってなされる

(民事訴訟法第133条)。訴状には、当事者及び法定代

理人、請求の趣旨及び原因を必ず記載しなければならな

い(民事訴訟法第133条第2項)。「請求の趣旨」とは、

原告が裁判所に求める判決の内容を簡潔に記したもので

ある。

建物収去土地明渡請求の趣旨は、通常、次のとおりと

なる。

「被告は、原告に対し、建物を収去して土地を明け渡

せ」

土地明渡の根拠となる権利としては、一般的に、①所

有権に基づく返還請求権(民法第200条)、②賃貸借契

約の終了に基づく返還請求権(民法第541条)が考えら

れる。

本件では、賃貸借契約は解除されており、「所有権に

基づく土地明渡請求権」である。「所有権は目的物を直

接排他的に支配する権利」(民法第200条)であること

から、土地を占有する者に対して土地所有者は土地所有

権者であることを理由に土地明渡請求訴訟を提起できる。

(5)建物の移転補償を受ける者

そもそも補償は誰に行われるものなのか。

「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(以下

「要綱」という。)第4条によれば、「損失の補償は、

(中略)土地等の権利者に対してするものとする。」と

されている。

また、「土地等の権利者」とは、要綱第2条第4項に

よれば、「土地にある物件に関して権利を有する者」と

されている。

(6)建物b2における権利者

要綱の規定を踏まえ、建物b2における権利者として

推測される者は次の者が考えられる。

まず、建物所有者であるが、登記記録の権利部(甲区)

の所有者は、B社とされている。

次に、登記記録の権利部(乙区)をみると、根抵当権

者としてC社が存在している。

これらの他、本事案の特殊事情として、建物b2は、

判決及び執行文により土地所有者Aが建物収去を強制執

行できるとされていることから、解体撤去できる権利を

土地所有者Aが有している。

以上、建物b2の権利者としては、①建物所有者、②

根抵当権者、③解体撤去できる権利を有する者(土地所

有者)の3名が考えられる。補償を行う上で、それぞれ

の問題点を次章より考察する。

3.問題点の整理

(1)建物所有者:B社

登記記録の権利部(甲区)の所有者として記載されて

いるものの、破産廃止決定されていることから、会社は

消滅しており、現に実態も無い。

そのため、現在の状況においては、契約を締結できる

環境にない。

(2)根抵当権者:C社

破産廃止決定したB社名義の建物に根抵当権が設定さ

れている。建物の移転補償をするにあたって、根抵当権

者は、根抵当権の被担保債権の回収を要求することが予

想される。 (3)解体撤去できる権利を有する者(土地所有者):A

土地所有者Aは、判決で当該建物を取り壊すことがで

きる建物収去土地明渡の権利を得たことから、国が移転

補償をせずとも、地主が自己の判断で取り壊すこともあ

り得る。解体撤去費を含めた建物移転料を補償すること

は、はたして適正といえるのか。

4.問題解決の方針案

(1)甲案:土地所有者に建物の解体撤去を要請

本案は、土地所有者Aに建物の解体撤去を促し、Aが

更地にした後、土地売買契約を結ぶという案である。

この案は、建物移転補償を国側が行う必要が無くなり、

補償金の支出が少なくて済む。

しかしながら、本来であれば、土地所有者は建物解体

撤去に要する費用を建物所有者に請求できるが、本件で

は事実上、自己負担しなければならなくなり、実現でき

るか不透明である。

(2)乙案:土地所有者と土地売買契約を先行締結 本来は土地・建物所有者と同時契約を行うことが原則

だが、本件は、土地所有権に基づく建物収去土地明渡の

強制執行できる権利がある土地が買収対象である。強制

執行できる権利は、土地所有権が移転した場合は、これ

に伴って移転する権利である(弁護士より確認)。土地

所有権が国に移転すれば、本件における強制執行できる

権利も国に移転する。 よって、当該土地を買収すれば、建物を国が解体撤去

できることになる。 しかしながら、本案は、根抵当権者をないがしろにす

るもので、根抵当権者側から損害賠償請求される可能性

を否定できない。 (3)丙案:清算人選任申立てを行い清算人と補償契約

破産終了後、処分されず残った土地や建物について、

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任意売却で処理を行うには、清算人の選任を地裁に申立

て手続きを行う必要がある。 本案は、清算人の選任申立を××地裁に行い、選任さ

れた清算人と建物移転補償契約を結ぶ案である。

補償金のうち、建物の現在価値分は根抵当権者の弁済

に充て、解体撤去費は清算人へ配分する。前述の弁護士

によれば、こうしたケースでは、根抵当権者が、破産管

財人だった弁護士を清算人に推薦する形で申立てを行う。

通常は、申立ての前に予め、売却額の配分案を作成した

上で裁判所に申請する。

この案は、申立てから選任まで約1ヶ月かかり、これ

に加えて事前の関係者との協議に相当の日数を要する。

5.問題解決のために

(1)当所案 公共用地の取得に伴う損失補償は、その財産に対して

行われるものであるということが、本考察の前提である。

本件における私有財産である建物の権利者は誰なのか。

建物登記簿で所有権者はB社になっている。同社は、破

産手続きが結了しており、会社法人は消滅している。し

かしながら、破産管財人が放棄した本件建物が残存して

おり、清算法人格は残っているとされ、当該建物はB社

清算法人の所有となる。

このことから、本件は、前章(3) で述べた丙案が最も

適正な方針であると考える。 (2)実務における今後の展開 実務においては、根抵当権者である金融機関と清算人

選任申立てに向けて協議を始めるが、その前に、実現の

可能性は低いが、前章(1) の甲案も実施を検討する必要

がある。

なぜなら、土地所有者Aは、自己の土地を占有する建

物を収去し土地を明け渡させることができる権利を判決

によって得ているからだ。

しかしながら、これは権利であって義務ではないため、

建物解体撤去に多額の費用がかかるとして、実行しない

可能性が高い。国の立場としては、土地所有者Aに当該

建物の解体撤去の意思を確認しつつ、実行を促すことが

求められるだろう。

現在、清算人、根抵当権者、土地所有者に対して、法

的手続きに沿って、整然と用地取得が進められるよう準

備が調いつつある。

今後は、土地所有者に建物の解体撤去を促し、実施の

意思が無いことを確認して根抵当権者と協議し、清算人

選任申立申請を××地裁に行うことになる。その後、清

算人、土地所有者とそれぞれ契約を結び、清算人が建物

を解体撤去、土地所有者から事業用地の引渡しを受け、

用地取得の運びとなる。

6.終わりに

本稿では、公共用地取得において、判決により建物収

去土地明渡の強制執行ができる権利を有する土地所有者

が絡む建物移転補償について、事例を基に考察した。 本事案では、建物を巡って①上記の権利を持つ土地所

有者、②破産廃止決定し消滅した会社法人である建物所

有者、③当該建物に根抵当権を設定した根抵当権者の三

者が存在した。 こうした状況における建物移転補償は、誰に、どのよ

うに補償することが妥当かを検討した。 結論は、原則どおり、建物所有者に行うことが妥当で

ある。 本事案では、建物所有者は破産廃止決定されて会社は

消滅しているため、清算人選任申立てを行い、そのうえ

で、清算人と補償契約を結び、建物移転補償金の一部は

根抵当権者への弁済に充てられ、清算人が残りの補償金

で建物を解体撤去することになる。本件の検討過程で弁

護士にも確認したが、建物収去土地明渡を強制執行でき

る権利を持っていても建物移転の被補償者にはなり得な

いのだ。 以上のように、建物収去土地明渡の強制執行の権利を

持つ土地所有者が関係する用地取得において、これまで

明らかにされていなかった部分を本論文では明らかにで

きた。 最後に、本論文における考察を通じて、次のような疑

問点が生じた。執行文が付与されて建物収去土地明渡を

強制執行できる場合、担保物件の保存義務はどうなるの

かということだ。これについては、本稿で論じることは

できなかった。建物収去の強制執行を裁判所が認めてい

る訳であるから、もし、抵当権等が設定されている建物

の保存義務が無ければ、本件の対応方針が変わる可能性

がある。今後の検討課題としたい。

参考及び出典

1) 神田秀樹.会社法.第13版,東京,弘文堂,2011,p.281-285. 2) 新山雄三.会社法講義 会社法の仕組みと働き.東

京,日本評論社,2014,p.341-349. 3) 一橋大学機関リポジトリHERMES-IR.“破産管財

人とCSR”.永石一郎. http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/handle/100086/8672.(参照

2016-6-2). 4) 東洋大学学術情報リポジトリ.“要件事実原論ノー

ト”.橋本昇二. http://toyo.repo.nii.sc.jp/1060/00000033/.(参照 2016-5-23). 5)新銀座法律事務所. “民事・借地権者に対する建物収

去・土地明け渡し請求と建物賃借人に対する建物退去・

土地明け渡し請求・訴え(訴訟物)の併合・訴えの主観

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的併合(通常共同訴訟)”.法律相談事例集データベー

ス. http://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm.(参照 2016-6-2) 6)福井県. “福井県空き家対策マニュアル 法人破産に

おける残存建築物への対応について”.建築住宅課. http://www.pref.fukui.lg.jp/doc/kenchikujyuutakuka/akiyamanyuaru2_d/fil/12.(参照 2016-5-23)