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自然科学には、物理学、化学、生物学などと、様々 な分野があります。現在は、専門化がさらに進んで、研 究領域はより細分化されています。分野が違えば、研究 対象はもちろん、謎を解き明かす手法も違います。多く の場合は、分野ごとに話されている専門用語も違います ので、専門外の人が理解するのは難しい状況です。 しかし、それぞれの分野の背景にある論理的な構造を 調べてみると、意外と共通点が存在することがあります。 実際に、異分野の研究者同士が話をしてみると、問題を 解くための数理的な手法は分野を超えて利用できること もわかってきました。数理創造プログラム iTHEMS (Interdisciplinary Theoretical and Mathematical Sciences Program)は、理論科学、計算科学、そし て数学の研究者が、様々な科学のしくみを支えている数 理科学を軸に交流することで、科学の研究をさらに前に 進める新しい理論を生みだそうとしています。 iTHEMSの前身である理論科学連携推進グ ループ(iTHES)の時代には、異分 野の研究者が交流し、共同研 究を進めた結果、生物学 の分野で長年、謎の ままだった魚の網 膜上に4種類の 色感知細胞が放 射状のパターン をつくって並ぶ 理由を、物理学の問題に置き換えて、数学的に解き明か しました。その他にも、原子核物理学の研究者が、生物 物理学の研究者と一緒に染色体分離のメカニズムを明ら かにするといった成果も上がっています。 iTHEMSでは、さらに分野横断研究を積極的に推進 するために、現代数学の本格的な活用にも取り組んでい ます。現在、理論科学で使っている数学は、そのほとん どが19世紀から20世紀の前半につくられたものばかり です。数学は20世紀半ばから抽象化が進み、大きな力 を蓄えるようになりました。 専門家以外の人には、数学の抽象的な枠組みは、と らえどころがなく、何 だかよくわからないも ののように見えます。 しかし、抽象的な枠 組みは、これまでよく わかっていなかった具 体的な現象のしくみを 解き明かす可能性を持ってい ます。しかも、抽象的な枠組 みに対応する具体的な現象は 1つだけとは限りません。まっ たく関係ないと思われ ていた物理と生物の 現象が同じ枠組みで 説明できるかもしれな いのです。そのような 現代数学の力を、あまり活かすことが できていないのが現状です。 海外では、現代数学を他の分野に活 かそうとする取り組みが盛んにおこなわ れていますが、日本ではまだ大きな流 れにはなっていません。数学は、理論 科学や計算科学を研究するうえで共通 言語となるものです。自然科学の様々 な分野に関わる研究者に加えて、純粋数学者や応用数 学者が集まることで、科学をより豊かに表現することが 可能になります。集まってきた研究者がお互いに新しい ものの見方や考え方を提供し合うことで、これまでの発 想を超えた新しい科学が生まれる土壌が耕されることで しょう。 iTHEMSでは、1人1人の研究者が同列に並び、それ ぞれの研究を進めるようになっています。チームやグルー プをつくってしまっては、研究が小さくまとまってしまう 恐れがあります。しかし、ただ、個人が自分の研究を進 めるだけでは、iTHEMSとして集まる意味がなくなってし まいます。 そこで考えられたのが、「研究セル」という緩やかなし くみです。 セルは、小さなテーブルのようなものです。そ れぞれのセルには大きなテーマが決められていて、その テーマに沿って話し合いをするような場となります。現在 は、「極限宇宙」「生命進化」「数理AI」「新しい幾何学」 の4つのテーマについて話し合うセルが用意さ れています。 研究者は自分の興味のあるセルに行き、それ ぞれのテーマを深めていきます。もちろん、他 のセルの研究者と交流したり、セルを移ったり することもできます。セルを大きな核として、様々 な専門分野の研究者が集まり、議論することで、分野を 横断した新しい研究が生まれてくるでしょう。 セルの数は現在4つだけですが、議論が深まってくれ ば、新しいセルが誕生するかもしれません。iTHEMSを つくっているのは、参加する1人1人の研究者です。研究 者の考え方の変化に合わせて、iTHEMSという組織も柔 軟に変化していくのです。 分野を超えた研究者の連携は、 すぐにできるものではありませ ん。それぞれの専門分野で話 されている言葉は、時として違 う言語で話しているのではと思 うほど難解に聞こえることがあり、 連携を阻む障壁となってしまいます。 このような壁を乗り越えるには、研究者同士が日常的 に顔を合わせ、お互いの研究についてわかりやすい言葉 で語り合える場が必要です。そのような場をつくる取り組 みの1つが、毎週金曜日に開催しているコーヒーミーティ ングです。コーヒーミーティングでは、冒頭に15分程度、 話題提供のプレゼンテーションをしてもらい、その後は、 研究者同士が自由に交流します。たくさんの研究者が一 堂に会することで、自分の研究をわかりやすい言葉で説 明し合います。お互いに相手の研究内容を理解し合うこ とで、自分の興味も広がり、共同研究へと発展すること もあるでしょう。 iTHEMSでは、様々な分野の第一線で活躍する研究 者が集まり、お互いに刺激を与え合って、100年後の未 来の礎となる新しい科学をつくり出そうとしています。こ こからどのような科学が生まれてくるのか、注目していて ください。 directors 1 0 0 overview 理化学研究所 数理創造プログラム ithems.riken.jp Interdisciplinary Theoretical and Mathematical Sciences Program RIKEN 2018-035 宇宙はどのように始まったの? 生命はどのように誕生したの? 人間を超える知能は作れるの? 22世紀の新しい数学は? 人類の未来はどうなるの? 理化学研究所 数理創造プログラムは、 物理学、化学、生物学、医科学、 工学、情報科学、計算科学、数学など 様々な分野の最先端科学者が、 数学を共通言語として、 これらの問題に対して 常識にとらわれない発想で 共同研究を進めている 国際研究拠点です。 科学アドバイザー 巌佐 庸 専門分野 数理生物学 科学アドバイザー 小谷 元子 専門分野 : 幾何学 科学アドバイザー 小林 誠 専門分野 : 素粒子論 科学アドバイザー 森 重文 専門分野 :代数幾何学 プログラムディレクター 初田 哲男 専門分野 : 素粒子・原子核理論 副プログラムディレクター 坪井 俊 専門分野 : 数学・トポロジー 連携促進 コーディネーター 多田 司 専門分野 : 素粒子論 副プログラムディレクター 望月 敦史 専門分野 : 理論生物学 副プログラムディレクター 三好 建正 専門分野 : データ同化 副プログラムディレクター 長瀧 重博 専門分野 数値的宇宙物理学 数理科学を軸に 分野横断研究を展開 現代数学の活用で 未知の科学に挑む 柔軟に変化する組織で テーマを深める 顔の見える交流で 異分野連携を促進

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リケダン・

リケジョの楽園へようこそ!

 自然科学には、物理学、化学、生物学などと、様々な分野があります。現在は、専門化がさらに進んで、研究領域はより細分化されています。分野が違えば、研究対象はもちろん、謎を解き明かす手法も違います。多くの場合は、分野ごとに話されている専門用語も違いますので、専門外の人が理解するのは難しい状況です。 しかし、それぞれの分野の背景にある論理的な構造を調べてみると、意外と共通点が存在することがあります。実際に、異分野の研究者同士が話をしてみると、問題を解くための数理的な手法は分野を超えて利用できることもわかってきました。数理創造プログラム iTHEMS(Interdisciplinary Theoretical and Mathematical Sciences Program)は、理論科学、計算科学、そして数学の研究者が、様々な科学のしくみを支えている数理科学を軸に交流することで、科学の研究をさらに前に進める新しい理論を生みだそうとしています。

 iTHEMSの前身である理論科学連携推進グループ(iTHES)の時代には、異分

野の研究者が交流し、共同研究を進めた結果、生物学の分野で長年、謎のままだった魚の網膜上に4種類の色感知細胞が放射状のパターンをつくって並ぶ

理由を、物理学の問題に置き換えて、数学的に解き明かしました。その他にも、原子核物理学の研究者が、生物物理学の研究者と一緒に染色体分離のメカニズムを明らかにするといった成果も上がっています。

 iTHEMSでは、さらに分野横断研究を積極的に推進するために、現代数学の本格的な活用にも取り組んでいます。現在、理論科学で使っている数学は、そのほとんどが19世紀から20世紀の前半につくられたものばかりです。数学は20世紀半ばから抽象化が進み、大きな力を蓄えるようになりました。 専門家以外の人には、数学の抽象的な枠組みは、とらえどころがなく、何だかよくわからないもののように見えます。しかし、抽象的な枠組みは、これまでよくわかっていなかった具体的な現象のしくみを解き明かす可能性を持っています。しかも、抽象的な枠組みに対応する具体的な現象は1つだけとは限りません。まったく関係ないと思われていた物理と生物の現象が同じ枠組みで説明できるかもしれないのです。そのような

現代数学の力を、あまり活かすことができていないのが現状です。 海外では、現代数学を他の分野に活かそうとする取り組みが盛んにおこなわれていますが、日本ではまだ大きな流れにはなっていません。数学は、理論科学や計算科学を研究するうえで共通言語となるものです。自然科学の様々

な分野に関わる研究者に加えて、純粋数学者や応用数学者が集まることで、科学をより豊かに表現することが可能になります。集まってきた研究者がお互いに新しいものの見方や考え方を提供し合うことで、これまでの発想を超えた新しい科学が生まれる土壌が耕されることでしょう。

 iTHEMSでは、1人1人の研究者が同列に並び、それぞれの研究を進めるようになっています。チームやグループをつくってしまっては、研究が小さくまとまってしまう恐れがあります。しかし、ただ、個人が自分の研究を進めるだけでは、iTHEMSとして集まる意味がなくなってしまいます。 そこで考えられたのが、「研究セル」という緩やかなしくみです。 セルは、小さなテーブルのようなものです。それぞれのセルには大きなテーマが決められていて、そのテーマに沿って話し合いをするような場となります。現在は、「極限宇宙」「生命進化」「数理AI」「新しい幾何学」

の4つのテーマについて話し合うセルが用意されています。 研究者は自分の興味のあるセルに行き、それぞれのテーマを深めていきます。もちろん、他のセルの研究者と交流したり、セルを移ったりすることもできます。セルを大きな核として、様々

な専門分野の研究者が集まり、議論することで、分野を横断した新しい研究が生まれてくるでしょう。 セルの数は現在4つだけですが、議論が深まってくれば、新しいセルが誕生するかもしれません。iTHEMSを

つくっているのは、参加する1人1人の研究者です。研究者の考え方の変化に合わせて、iTHEMSという組織も柔軟に変化していくのです。

 分野を超えた研究者の連携は、すぐにできるものではありません。それぞれの専門分野で話されている言葉は、時として違う言語で話しているのではと思うほど難解に聞こえることがあり、連携を阻む障壁となってしまいます。 このような壁を乗り越えるには、研究者同士が日常的に顔を合わせ、お互いの研究についてわかりやすい言葉で語り合える場が必要です。そのような場をつくる取り組みの1つが、毎週金曜日に開催しているコーヒーミーティングです。コーヒーミーティングでは、冒頭に15分程度、話題提供のプレゼンテーションをしてもらい、その後は、研究者同士が自由に交流します。たくさんの研究者が一堂に会することで、自分の研究をわかりやすい言葉で説明し合います。お互いに相手の研究内容を理解し合うことで、自分の興味も広がり、共同研究へと発展することもあるでしょう。 iTHEMSでは、様々な分野の第一線で活躍する研究者が集まり、お互いに刺激を与え合って、100年後の未来の礎となる新しい科学をつくり出そうとしています。ここからどのような科学が生まれてくるのか、注目していてください。

d i r e c t o r s

100年後の未来のために

o v e r v i e w

理化学研究所 数理創造プログラム

i t h e m s . r i k e n . j p

Interdisciplinary Theoretical and Mathematical Sciences Program

RIKEN 2018-035

宇宙はどのように始まったの?

生命はどのように誕生したの?

人間を超える知能は作れるの?

22世紀の新しい数学は?

人類の未来はどうなるの?

理化学研究所 数理創造プログラムは、

物理学、化学、生物学、医科学、

工学、情報科学、計算科学、数学など

様々な分野の最先端科学者が、

数学を共通言語として、

これらの問題に対して

常識にとらわれない発想で

共同研究を進めている

国際研究拠点です。科学アドバイザー

巌佐 庸専門分野 : 数理生物学

科学アドバイザー

小谷 元子専門分野 : 幾何学

科学アドバイザー

小林 誠専門分野 : 素粒子論

科学アドバイザー

森 重文専門分野 : 代数幾何学

プログラムディレクター

初田 哲男専門分野 : 素粒子・原子核理論

副プログラムディレクター

坪井 俊専門分野 : 数学・トポロジー

連携促進コーディネーター

多田 司専門分野 : 素粒子論

副プログラムディレクター

望月 敦史専門分野 : 理論生物学

副プログラムディレクター

三好 建正専門分野 : データ同化 副プログラムディレクター

長瀧 重博専門分野 : 数値的宇宙物理学

数理科学を軸に分野横断研究を展開

現代数学の活用で未知の科学に挑む

柔軟に変化する組織でテーマを深める

顔の見える交流で異分野連携を促進

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iTHEMSは数理を共通言語とした分野横断型国際研究拠点です。 「研究セル」というプラットフォームを通じて、 専門分野の枠を超えた連携研究が行われています。 定例のコーヒーミーティングでは、異なる分野の専門家たちが熱く語り合う姿が見られます。

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