1
はじめに ヌマガエルFejervarya kawamuraiは,日本では本州中部以西,四国,九州と一部の島嶼,奄美諸島,沖縄諸島などの水田や沼に生息する.本種 は近年,国内外来種として,従来の生息地以外への分布拡大が報告されており,在来ガエル類との競合が懸念されている.関東地方では1997年に 神奈川県で最初に確認され,その後,北関東を流れる利根川や渡良瀬川流域における生息の報告が相次いだ.しかし,茨城県での生息の記録は ほとんどない.今回,茨城県での分布状況を把握するため,利根川流域に属する市町を中心に生息調査を行った.さらに,本種の分布拡大が在来 ガエルにどのような影響があるのかを知るために,利根川流域に位置する坂東市と常総市において,同所的に生息するヌマガエル,トウキョウダル マガエル,ニホンアマガエルの3種のカエルの食性を調べて比較した. 茨城県の利根川流域におけるヌマガエルの分布と食性 Distribution and Food Habits of the Indian Rice Frog Fejervarya kawamurai in the Basin of the Tone River in Ibaraki Prefecture, Central Japan ○潮田 好弘(茨城県自然博物館)・柄澤保彦(茨城県自然博物館ボランティア)・池澤 広美・中川裕喜(茨城県自然博物館)・ 光武(栃木県立博物館 Yoshihiro Ushioda 1 , Yasuhiko Karasawa 2 , Hiromi Ikezawa 1 , Yuki Nakagawa 1 and Terutake Hayashi 3 Ibaraki Nature Museum 1 , Ibaraki Nature Museum Volunteers 2 , Tochigi Prefectural Museum 3 P-11 本研究の一部は, いばらきコープ環境基金 (2015年度) によって実施された. 1.生息調査 ヌマガエルの生息調査では,利根川流域に属する茨城県の全市町において ヌマガエルが確認され,県内においても利根川流域に広く分布していることが明 らかになった.このことから,ヌマガエルは,利根川を経由して分布を拡大してい ると考えられる.一方,今回,堤防が決壊して浸水した鬼怒川流域の地域にお いてはヌマガエルの生息は確認できなかった.今後は,県内の利根川流域に流 れ込んでいる宮戸川や小貝川,常陸利根川などの河川や利根川から流れ出て いる水路を北上しながらヌマガエルの生息調査を実施し,分布の実態を把握し ていく必要がある。 2.食性調査 食性調査の結果により,ヌマガエルと在来カエル類の間で餌資源をめぐる競 合がある可能性があること,また在来カエル類に対してヌマガエルの捕食圧が かかっている可能性があることが示唆された.しかし,ヌマガエルの在来カエル 類への影響を評価するためには,さらにデータを追加する必要があると考えら れる. 最後に,本調査を進めるに当たり,資料や情報などを提供いただいた多くの 方々に感謝申し上げる. アメリカザリガニの巣穴 茨城県の利根川流域における分布 調査方法 生息状況 3種類のカエルの食性 まとめと今後の課題 茨城県の利根川流域におけるヌマガエルの分布状況 現地調査と博物館に保管されている資料の調査により,利根川流域に属する 9市町(古河市,猿島郡境町,坂東市,常総市,守谷市,稲敷郡利根町,稲敷郡 河内町,稲敷市,神栖市) から26個体のヌマガエルの標本を収集したほか,2 市町(猿島郡五霞町, 取手市)から画像情報を得た.しかし,鬼怒川流域に属す 3市町 (常総市,下妻市,結城郡八千代町) の調査では,利根川流域に近い 常総市菅生町以外でヌマガエルは確認できなかった. 圃場整備された水田の中やその周辺でヌマガエルを確認し,特にアメリカザ リガニが掘った巣穴に入っている個体を多く見かけた.なお,ヌマガエルと同所 的に生息していた在来ガエルとしては,トウキョウダルマガエル,ニホンアカガエ ル,ニホンアマガエルがあげられる. 圃場整備された水田 ニホンアマガエル トウキョウダルマガエル ニホンアカガエル クモ目 広腰亜目ハバ 幼虫 ヒメモノアラガ コウチュウ目 (水棲甲虫)幼 コウチュウ目 成虫 ミミズ アブラムシ科 その他 広腰亜目ハ バチ 幼虫 ヒメモノア ラガイ 有肺類 コウチュウ目 成虫 オサムシ科ゴ ミムシ類成虫 クモ目 その他 アブラムシ クモ目 広腰亜目 ハバチ 幼虫 オサムシ科 ゴミムシ類 成虫 コウチュウ 目成虫 アリ科 その他 調査の結果,ヌマガエル,トウキョウダルマガエル,ニホンアマガエルの3に共通していた餌はハバチ幼虫などの動きの鈍いイモムシ形幼虫や徘徊性の クモ類,コウチュウ目成虫であった.ヌマガエルに特徴的に見られた餌は,水棲 昆虫や,両生類(ニホンアマガエル,ヌマガエルの幼体,カエルの幼生)であっ た. ヌマガエルの胃の内容物で確認された ニホンアマガエル ヌマガエルの胃の内容物で確認された カエルの幼生 1.生息調査 20156月から10月までの8日間,茨城県内の利根川流域と鬼怒川流域に属 する13 市町の水田とその周辺水域において現地調査を行った.これらの調査 でヌマガエルを採集したほか,生息環境の詳細をデジタルカメラで記録し,GPS で採集地点のデータを得た.併せて,これまで茨城県自然博物館と栃木県立博 物館で集積されているヌマガエルの標本や画像のデータを整理し,これらから 得られた情報を基に地図上にプロットした. 2.食性調査 ヌマガエルの分布拡大が同じ環境に生息するカエルにどのような影響がある のかを知るために,20165月から7月までの間で5日間,坂東市法師戸と常総 市菅生町に生息するヌマガエルを含む3種のカエルの食性を調べた.調査で は,ヌマガエル63個体のほか,トウキョウダルマガエル30個体とニホンアマガエ 14個体の胃の内容物を取り出し,同定して比較を行った. ヌマガエル ヌマガエルの胃の内容物 トウキョウダルマガエルの胃の内容物 ニホンアマガエルの胃の内容物 ・・・3種に共通 ・・・ヌマガエルとトウキョウダルマガエルに共通 ・・・ヌマガエルとニホンアマガエルに共通 ・・・ヌマガエルのみに見られる

Distribution and Food Habits of the Indian Rice Frog ... and Food Habits of the Indian Rice Frog Fejervarya kawamurai in the Basin of the Tone River in Ibaraki Prefecture, Central

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: Distribution and Food Habits of the Indian Rice Frog ... and Food Habits of the Indian Rice Frog Fejervarya kawamurai in the Basin of the Tone River in Ibaraki Prefecture, Central

はじめに

ヌマガエルFejervarya kawamuraiは,日本では本州中部以西,四国,九州と一部の島嶼,奄美諸島,沖縄諸島などの水田や沼に生息する.本種は近年,国内外来種として,従来の生息地以外への分布拡大が報告されており,在来ガエル類との競合が懸念されている.関東地方では1997年に

神奈川県で最初に確認され,その後,北関東を流れる利根川や渡良瀬川流域における生息の報告が相次いだ.しかし,茨城県での生息の記録はほとんどない.今回,茨城県での分布状況を把握するため,利根川流域に属する市町を中心に生息調査を行った.さらに,本種の分布拡大が在来ガエルにどのような影響があるのかを知るために,利根川流域に位置する坂東市と常総市において,同所的に生息するヌマガエル,トウキョウダルマガエル,ニホンアマガエルの3種のカエルの食性を調べて比較した.

茨城県の利根川流域におけるヌマガエルの分布と食性Distribution and Food Habits of the Indian Rice Frog Fejervarya kawamurai

in the Basin of the Tone River in Ibaraki Prefecture, Central Japan

○潮田好弘(茨城県自然博物館)・柄澤保彦(茨城県自然博物館ボランティア)・池澤広美・中川裕喜(茨城県自然博物館)・林 光武(栃木県立博物館)

Yoshihiro Ushioda1, Yasuhiko Karasawa2, Hiromi Ikezawa1, Yuki Nakagawa1 and Terutake Hayashi3

Ibaraki Nature Museum1, Ibaraki Nature Museum Volunteers2, Tochigi Prefectural Museum3

P-11

※本研究の一部は, いばらきコープ環境基金 (2015年度) によって実施された.

1.生息調査ヌマガエルの生息調査では,利根川流域に属する茨城県の全市町において

ヌマガエルが確認され,県内においても利根川流域に広く分布していることが明らかになった.このことから,ヌマガエルは,利根川を経由して分布を拡大していると考えられる.一方,今回,堤防が決壊して浸水した鬼怒川流域の地域においてはヌマガエルの生息は確認できなかった.今後は,県内の利根川流域に流れ込んでいる宮戸川や小貝川,常陸利根川などの河川や利根川から流れ出ている水路を北上しながらヌマガエルの生息調査を実施し,分布の実態を把握していく必要がある。

2.食性調査食性調査の結果により,ヌマガエルと在来カエル類の間で餌資源をめぐる競

合がある可能性があること,また在来カエル類に対してヌマガエルの捕食圧がかかっている可能性があることが示唆された.しかし,ヌマガエルの在来カエル類への影響を評価するためには,さらにデータを追加する必要があると考えられる.

最後に,本調査を進めるに当たり,資料や情報などを提供いただいた多くの方々に感謝申し上げる.

アメリカザリガニの巣穴

茨城県の利根川流域における分布

調査方法

生息状況

3種類のカエルの食性

まとめと今後の課題

茨城県の利根川流域におけるヌマガエルの分布状況

現地調査と博物館に保管されている資料の調査により,利根川流域に属する9市町(古河市,猿島郡境町,坂東市,常総市,守谷市,稲敷郡利根町,稲敷郡河内町,稲敷市,神栖市)から26個体のヌマガエルの標本を収集したほか,2市町(猿島郡五霞町, 取手市)から画像情報を得た.しかし,鬼怒川流域に属する3市町(常総市,下妻市,結城郡八千代町)の調査では,利根川流域に近い常総市菅生町以外でヌマガエルは確認できなかった.

圃場整備された水田の中やその周辺でヌマガエルを確認し,特にアメリカザリガニが掘った巣穴に入っている個体を多く見かけた.なお,ヌマガエルと同所的に生息していた在来ガエルとしては,トウキョウダルマガエル,ニホンアカガエル,ニホンアマガエルがあげられる.

圃場整備された水田

ニホンアマガエルトウキョウダルマガエル ニホンアカガエル

クモ目

広腰亜目ハバ

幼虫

ヒメモノアラガ

コウチュウ目

(水棲甲虫)幼

虫コウチュウ目

成虫

ミミズアブラムシ科

その他

広腰亜目ハ

バチ

幼虫

ヒメモノア

ラガイ

有肺類

コウチュウ目

成虫

オサムシ科ゴ

ミムシ類成虫

クモ目

その他

アブラムシ

クモ目

広腰亜目

ハバチ

幼虫

オサムシ科

ゴミムシ類

成虫

コウチュウ

目成虫

アリ科 その他

調査の結果,ヌマガエル,トウキョウダルマガエル,ニホンアマガエルの3種

に共通していた餌はハバチ幼虫などの動きの鈍いイモムシ形幼虫や徘徊性のクモ類,コウチュウ目成虫であった.ヌマガエルに特徴的に見られた餌は,水棲昆虫や,両生類(ニホンアマガエル,ヌマガエルの幼体,カエルの幼生)であった.

ヌマガエルの胃の内容物で確認されたニホンアマガエル

ヌマガエルの胃の内容物で確認されたカエルの幼生

1.生息調査2015年6月から10月までの8日間,茨城県内の利根川流域と鬼怒川流域に属する13 市町の水田とその周辺水域において現地調査を行った.これらの調査でヌマガエルを採集したほか,生息環境の詳細をデジタルカメラで記録し,GPS

で採集地点のデータを得た.併せて,これまで茨城県自然博物館と栃木県立博物館で集積されているヌマガエルの標本や画像のデータを整理し,これらから得られた情報を基に地図上にプロットした.

2.食性調査

ヌマガエルの分布拡大が同じ環境に生息するカエルにどのような影響があるのかを知るために,2016年5月から7月までの間で5日間,坂東市法師戸と常総市菅生町に生息するヌマガエルを含む3種のカエルの食性を調べた.調査では,ヌマガエル63個体のほか,トウキョウダルマガエル30個体とニホンアマガエル14個体の胃の内容物を取り出し,同定して比較を行った.

ヌマガエル

ヌマガエルの胃の内容物

トウキョウダルマガエルの胃の内容物

ニホンアマガエルの胃の内容物

■・・・3種に共通■・・・ヌマガエルとトウキョウダルマガエルに共通■・・・ヌマガエルとニホンアマガエルに共通■・・・ヌマガエルのみに見られる