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同志社大学リリース No.29(別紙) -パーキンソン病の早期バイオマーカーとして酸化 DJ-1 を同定- 「Scientific Reports」に掲載
1
パーキンソン病の早期バイオマーカーとして酸化 DJ-1 を同定
<ポイント>
l パーキンソン病の発症に活性酸素種(反応性の高い酸素)が深く関与すると考えられている。
l 活性酸素種により酸化されて生じる酸化 DJ-1 の測定法を開発し、パ
ーキンソン病患者の血液中酸化 DJ-1 レベルを調査しました。その結
果、治療を開始する前の早期パーキンソン病患者(未治療パーキンソ
ン病患者)の赤血球中で、酸化 DJ-1 レベルが増加することが明らか
となりました。
l 酸化 DJ-1 レベルを指標(バイオマーカー)とすることにより、パーキンソン病の早期診断から、活性酸素種を除去する早期治療への発展
が期待されます。
<背景>
手足のふるえや姿勢が維持できなくなるパーキンソン病は、アルツハイマー病に次い
で患者数の多い神経変性疾患です。加齢が主なリスクファクターであることが知られ、
60 歳以上では 100 人に 1 人が発症することが知られています。パーキンソン病の運動
障害は、脳内ドパミン神経の変性によることが明らかとなっています。これまでの研究
から、反応性の高い酸素である“活性酸素種”がパーキンソン病の発症に深く関与する
と考えられています。しかしながら、その詳細は明らかでは無く、活性酸素種の除去は
パーキンソン病治療への応用までに至っていません。パーキンソン病は、診断された段
階で脳内のドパミン神経が半分以上変性していることが知られており、その克服には早
期診断・早期治療が鍵になると考えられています(文献 1)。
私たちは、酸素を使ってエネルギーを得ていますが、体内で消費される酸素の内、数%
は活性酸素種になることが知られています。そのため、体の中では常に活性酸素種が生
じています。一方、体には活性酸素種を除去する“抗酸化システム”が存在しており、
生成してくる活性酸素種を常に除去し、体を活性酸素種から防御しています。DJ-1 は、
活性酸素種から体を守る重要な働きをしています。DJ-1の遺伝子配列に変異が起こり、
機能が低下すると、遺伝性の“家族性パーキンソン病”を発症することが知られていま
す。DJ-1 は、活性酸素種により酸化され、“酸化 DJ-1”を生じることが知られています
(図 1)。酸化 DJ-1 レベルの増加は、活性酸素種の増加を示すと考えられます。これま
での私たちの研究から、パーキンソン病患者の脳内でも酸化 DJ-1 レベルが増加するこ
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とが明らかとなっています(図 2、文献 2)。
<研究の内容>
私たちの研究グループは、パーキンソン病と活性酸素種、酸化 DJ-1 の関連性に着目
し、酸化 DJ-1 に特異的に結合するモノクローナル抗体を作成して、酸化 DJ-1 の測定方
法を開発しました。150 名のパーキンソン病患者および 33 名の健常人について、血液
中の酸化 DJ-1 レベルを測定した結果、治療を開始する前の早期パーキンソン病患者(未
治療パーキンソン病患者)の赤血球中で、酸化 DJ-1 レベルが増加することを発見しま
した(図 3)。
DJ-1 -SOH
DJ-1-SO2H
DJ-1 -SO3H
DJ-1 Cys106-SH
図 1 DJ-1 の酸化
DJ-1 のシステイン(Cys)が段階的に酸化され、
不可逆的に酸化された酸化 DJ-1 が生じる。
(n=33)
(n=88)
(n=62)
0
50
100
150
200
250
300
350
DJ-1
ng/m
g
図 3 未治療パーキンソン病患者血液
中酸化 DJ-1 レベルの増加
DJ-1
ng/m
g
0
50
100
150
200
250
300
350
0 5 10 15 20 25
unmedicated PD
medicated PD
図4 血液中酸化DJ-1レベルと発症
年数の関係
図 2 パーキンソン病患者脳内の酸化
DJ-1
病変部位となる中脳黒質部位に、酸化 DJ-1 が存
在する(茶色に染まっているところ)ことがわ
かった。
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発症してからの年数と酸化 DJ-1 レベルをみると、酸化 DJ-1 高値の患者が発症してから
の年数が短い時期に見られることがわかります(図 4)。さらに、赤血球中の酸化 DJ-1
レベルの増加は、パーキンソン病モデル動物として用いられる神経毒 MPTP を投与した
カニクイザルでも見られました(図 5)。以上の結果から、赤血球中の酸化 DJ-1 レベル
がパーキンソン病の早期に増加することが明らかとなりました。
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
0
200
400
600
800
1000
1200
1400
1600
1800
-3 0 3 6 9 12 15 18
時間(週)�
MPTP
* *
**
**
****
******
******
DJ-1
ng/m
g
図 5 パーキンソン病モデル動物における赤血球中酸化 DJ-1 レベルの増加
神経毒 MPTP を各週投与し、パーキンソン病モデル動物を作成した。赤血球中の酸化 DJ-1 レ
ベルおよび神経症状のスコアを各週測定した。
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
1.6
1.8
2.0
5 10 15 20 25 30 35 40
unmedicatedPDunmedicatedPDcontrol
**
****
**
**
**
** **
******
DJ-1
DJ-1
µg/m
l
図 6 未治療パーキンソン病における高分子酸化 DJ-1 の生成
未治療パーキンソン病患者の赤血球に由来するタンパク質を分子の大きさにより分離
し、各フラクション中の酸化 DJ-1 レベルを測定した。
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さらに、私たちの研究グループでは、赤血球中に検出された酸化 DJ-1 の分子量の大
きさを測定しました。その結果、未治療パーキンソン病患者の赤血球中に、特徴的な高
分子型の酸化 DJ-1 を発見しました(図 6)。高分子酸化 DJ-1 をさらに分離して、含ま
れているタンパク質を質量分析法により解析しました。その結果、タンパク質を分解す
る 20S プロテアソームが検出されました。この結果から、パーキンソン病患者の赤血球
で生成した酸化 DJ-1 が 20S プロテアソームと相互作用していると考えられました。
最近、DJ-1 が 20S プロテアソームと相互作用し、タンパク質分解反応を抑制するこ
とが報告されました(文献 3)。また、パーキンソン病患者の赤血球には、異常タンパ
ク質が蓄積することが報告されています(文献 4)。今回の私たちの発見と考え合わせ
ると、赤血球中で生じた酸化 DJ-1 が 20S プロテアソームと相互作用し、タンパク質分
解を抑制して異常タンパク質の蓄積に関与する可能性が考えられました。
<今後の展開>
本研究により、早期パーキンソン病にあたる未治療パーキンソン病患者の赤血球中に
おいて酸化 DJ-1 レベルが増加することが明らかとなりました。この結果から、パーキ
ンソン病の早期において、活性酸素種による生体分子の酸化が亢進していると考えられ
ます。パーキンソン病の克服には、早期発見・早期治療が重要だと考えられています。
今回の結果から、酸化 DJ-1 レベルを指標(バイオマーカー)とした早期診断、さらに
積極的に活性酸素種を除去する抗酸化治療への発展が期待されます。
また、本研究から酸化 DJ-1 が生体内でタンパク質分解を抑制する可能性が考えられ
ました。パーキンソン病の進行に伴って生じる異常タンパク質の蓄積との関連性も示唆
されました。
<文献>
1. Jones,R.Biomarkers:castingthenetwide.Nature466,S11–S12(2010).
2. Saito,Y.etal.ImmunostainingofoxidizedDJ-1inhumanandmousebrains.
J.Neuropath.Exp.Neurol.73,714–728(2014).
3. Moscovitz,O.etal.TheParkinson’s-associatedproteinDJ-1regulatesthe
20Sproteasome.Nat.Commun.6,6609,doi:10.1038/ncomms7609(2015).
4. Chen,C.M.etal.Increasedoxidativedamageinperipheralbloodcorrelates
withseverityofParkinson’sdisease.Neurobiol.Dis.33,429–435(2009).
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<用語解説>
1)バイオマーカー
生物指標。正常な状態あるいは病的な状態を客観的に測定し、評価するための
指標で、観察や診断、治療に用いられる。血液や尿などの体液を用いた生化学検
査だけでなく、CT や MRI などの画像診断データ、心拍数や血圧などの生理的指標、
遺伝子配列など生体から得られる情報を意味する。
2)活性酸素種・抗酸化システム
反応性の高い酸素を総称して、活性酸素種と呼ぶ。活性酸素種には、スーパー
オキシドアニオンやヒドロキシラジカル、過酸化水素などが含まれる。活性酸素
種を除去する抗酸化システムとして、ビタミン C やグルタチオンなどの低分子抗
酸化物質や、スーパーオキシドジスムターゼやグルタチオンペルオシキダーゼな
どの抗酸化酵素がある。
3)酸化 DJ-1
DJ-1 が持つ反応性の高いシステイン残基(Cys)が段階的に酸化され、Cys-SO2H
(スルフィン酸)または Cys-SO3H(スルフォン酸)まで不可逆に酸化された DJ-1
を意味する。DJ-1 は活性酸素種レベルのセンサーとして機能すると考えられてお
り、Cys の酸化状態に応じて、抗酸化システムを増強する働きがあると考えられて
いる。
4)ドパミン神経
神経伝達物質であるドパミンを含む神経細胞を指す。パーキンソン病では、運動
機能や姿勢維持を司る中脳・黒質が変性するが、黒質にはドパミン神経が多く存在
する。ドパミンの分解過程やドパミンの酸化により活性酸素種が生成することが知
られている。
5)モノクローナル抗体
細菌などの異物が感染すると、免疫系が働き、“抗体”が抗体産生細胞によって
作られる。抗体は、細菌などの異物に特異的に結合し、細菌の除去に機能する。こ
の生体反応を利用し、様々なタンパク質に対して特異的に結合する抗体が作られ、
生命科学分野の研究に用いられている。モノクローナル抗体は、単一の抗体産生細
胞に由来する抗体であり、均一の抗体分子からなる。
6)20S プロテアソーム
プロテアソームは、タンパク質の分解を行う巨大なタンパク質複合体であり、複
数のプロテアーゼが積み重なった筒状構造をしている。20S プロテアソームが、変
性タンパク質や酸化タンパク質を分解する活性を持つことが知られている。また、
同志社大学リリース No.29(別紙) -パーキンソン病の早期バイオマーカーとして酸化 DJ-1 を同定- 「Scientific Reports」に掲載
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20S プロテアソームの活性を調節する様々な分子が報告されている。
<論文タイトル>
“OxidationandinteractionofDJ-1with20Sproteasomeintheerythrocytesof
earlystageParkinson’sdiseasepatients”
(早期パーキンソン病患者の赤血球中における DJ-1 の酸化および 20S プロテアソーム
との相互作用)
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
斎藤 芳郎(サイトウ ヨシロウ)
同志社大学 生命医科学部 システム生命科学研究室 准教授
〒610-0394 京都府京田辺市多々羅都谷1−3
TEL:0774-65-6258
e-mail:[email protected]