Upload
others
View
0
Download
0
Embed Size (px)
Citation preview
修士論文多元環上の傾加群及びクラスター傾加群の変異
1年次アドバイザー伊山修准教授2年次アドバイザー庄司俊明教授
320601110
小林大輔
概要
この論文は自主学習報告と 2年次少人数クラス報告の 2部構成になっている. 自主学習報告では多元環上の傾加群及びクラスター傾加群の変異について殆どの部分は理論のサーベイであるが一部新しく得られた結果について 5.4節, 5.5節で述べてある. 少人数クラス報告では量子群と結晶基底について学んだことを簡単にまとめた.
目次
第 I部 自主学習報告:多元環上の傾加群及びクラスター傾加群の変異 3
1 序文 3
2 概分裂完全列と AR quiver 62.1 左 (右)極小分裂写像と既約写像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 62.2 概分裂完全列 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 92.3 Auslander-Reiten quiver. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14
3 傾加群の基本的性質 173.1 傾加群の諸性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 173.2 ねじれ理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 193.3 Brenner-Butlerの定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 233.4 ねじれ対と傾加群 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 31
4 傾加群の変異と体積 354.1 傾加群の半順序 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 354.2 傾加群の変異 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 404.3 傾加群の体積 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 47
5 preprojective多元環上のクラスター傾加群 545.1 クラスター傾加群 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 545.2 preprojective多元環上のクラスター傾加群 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 585.3 クラスター傾加群の変異 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 655.4 クラスター傾加群の個数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 715.5 射影次元 1以下の加群と傾加群の体積 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 74
1
6 補遺 866.1 加群の基礎 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 866.2 quiverから作られる多元環 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 886.3 quiverの表現 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 906.4 圏のイデアルと根基 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 93
第 II 部 2年次少人数クラス学習報告 97
7 量子群と結晶基底 977.1 ホップ代数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 977.2 量子群 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1007.3 結晶基底 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 103
記号K : 代数的閉体Λ : K上の有限次元多元環Λop : Λの反転環Mod Λ : 右Λ加群の圏modΛ : 有限生成右Λ加群からなるMod Λの充満部分圏M ∈ modΛ : M は modΛの対象
M ∈ modΛに対してpd M : M の射影次元id M : M の入射次元
2
第 I部
自主学習報告:多元環上の傾加群及びクラスター傾加群の変異
1 序文本論文のテーマは傾加群とクラスター傾加群を調べることにある. 私は大学院に入学して以来有限次元多元環の表現論について学んできた. その中で傾加群とクラスター傾加群について知り, 2つは定義は大きく異なっているが変異 (mutation)という概念はどちらにも用いることができ,その他にも共通する性質が多く見られ非常に興味深いものであった.傾加群の関する研究はBernshtein-Gel’fand-Ponomarev [5]がGabrielの定理の証明に用いた鏡映関手 (BGP reflection)と呼ばれる関手を発端とし,その後Auslander-Platzeck-Reiten [2]によって加群論的取り扱いにより一般化されBrenner-Butler [6]が傾加群の概念として定式化したものが今日では定着している.その後Happel [16]の研究によって多元環上の加群圏の導来同値を与えることが示された.さらにRickard [27] , Keller [24]らの研究により傾加群の一般化である傾複体を用いて加群圏の導来圏における森田型の定理が与えられた.今日,導来圏の研究において傾複体の中で基本となる傾加群を調べることは非常に重要なテーマの一つであり,傾加群全体のなす集合を観察することにより導来圏の詳細な構造が得られる.しかし意外なことに傾加群の分類についてはあまり多くの結果が知られていない.傾加群の分類理論の中でも特に重要なものとして, Riedtmann-Schofield [26]によって導入されHappel-Unger [17]らの一連の論文によって発展してきた「変異 (mutation)」と呼ばれる手法がある.変異とはある条件の下で傾加群の直既約な直和因子を 1つ取り替えることで別の傾加群を作ることができるというものである. 変異を用いて傾加群の様子を調べることで加群の圏の様子を調べることができる. また基本的傾加群の同型類のなす集合には半順序 ‘≤’ を自然に定めることができ,この半順序で隣り合っていることはその傾加群が変異の関係にあるということと同値であることが大きな特徴である. 半順序と変異の概念を用いることにより,変異を繰り返し施すことによって有限次元多元環 Λ上の基本的傾加群の同型類が全て求められる場合の条件が Happel-Unger [17]によって示されている. 傾加群の変異に関する文献はRiedtmann-Schofield , Happel-Ungerによる一連の論文が殆ど全てであり,まとまっているものが存在しない.本論文ではそれらを self-containedに簡潔な取り扱いをすることを試みた.また傾加群を調べる別の方法として, Hille [18]によって導入された「体積 (volume)」という概念がある. 傾加群をRnにおける錘に対応させることで,変異の様子がRnの扇に対応すると見ることができ幾何学的構造に置き換えられる. 体積の概念は 1つの傾加群に対して体
3
積を与えるものであり,変異と異なり体積を用いて別の傾加群を構成できるわけではない.しかし,基本的傾 Λ加群の同型類のなす集合 T が与えられた際に T の元の体積の和をとることで, T が全ての基本的傾加群の同型類を含んでいるか否かを判定することに用いることができる. ただし,その判定をする際には傾加群の体積を計算し,和をとること以外に,射影次元 1以下の加群が作る錘の和集合 C1(modΛ)によって定まる体積 vol(C1(modΛ) ∩ ∆)を計算する必要がある. 一般に射影次元 1以下の加群の同型類を全て求めることは容易ではないため,体積 vol(C1(modΛ) ∩ ∆)を計算することは難しく,その計算手法はあまり知られていない.本論文では 5章において特別な多元環Λに対してその計算を行い,傾加群の集合の判定に用いる.一方クラスター傾加群の研究については量子群の結晶基底 (crystal base)の研究において
Fomin-Zelevinsky [11]によって組み合わせ論的な対象であるクラスター多元環を導入したことに端を発する.その後Buan-Marsh-Reineke-Reiten-Todorov [8]によりクラスター圏と呼ばれる三角圏が導入され,クラスター多元環を圏論的に調べる手法が開拓された.その際にクラスター傾加群の概念が重要な役割を果たした.クラスター圏はquiverの道多元環の導来圏から定義されるものであり,道多元環上の傾加群がクラスター圏においてクラスター傾加群となる.以上がクラスター傾加群という名の由来であるが,この概念はクラスター圏以外のより一般の圏に対しても定義されるものであり,重要なことが知られている. またGeiß-Leclerc-Schr̈oer[12],[13]によって preprojective多元環上のクラスター傾加群の研究が量子群の結晶基底に応用されており非常に盛んに研究されている. 本論文では一例として preprojective多元環上のクラスター傾加群について取り扱う.大きな特徴としてクラスター傾加群についても傾加群同様に変異が考えられることが挙げられる.傾加群の変異との大きな違いは二点ある.クラスター傾加群の変異は傾加群の変異と異なり,いつでも定義されるという長所がある. もう一つは傾加群のように半順序が存在せず,クラスター傾加群の集合は非常に対称性が高い構造を有する点である.さらにクラスター傾加群と傾加群の関係について次のことが知られている.
命題 5.1.7(既知)M,N ∈ modΛをクラスター傾加群とするとHomΛ(M,N)は傾 EndΛ(M)加群となる.
この命題によりΛのクラスター傾加群を傾EndΛ(M)加群の情報を用いて調べることが可能になる.特に変異による傾加群の連結性におけるHappel-Unger [17]の結果をクラスター傾加群でも成り立つことを示すことにより,新たな結果が得られた.それが次の定理である.
主結果 1(定理 5.4.1)クラスター傾グラフに有限個の点からなる連結成分 Cが存在すれば, Cはクラスター傾グラフ全体である.
本論文ではこの定理を示すのが一つの目標である.定理の証明は 5.4節で述べる.この定理
4
より n ≤ 4のときAn型の preprojective多元環のクラスター傾グラフの頂点が有限であることが直ちに従う.この事実は既に知られたものであるが,定理はより広く 2-Calabi-Yau的な加群圏に適用可能なものであであり, Burban-Iyama-Keller-Reiten [9]におけるCohen-Macaulay加群圏のクラスター傾加群の分類を簡明化することができる.もう一つの本論文の目標として以下のものがある. Dynkin図形のAn型quiverによって作られるpreprojective多元環Λnに対して,クラスター傾加群の変異を用いて基本的クラスター傾加群をいくつか求める.すると上で挙げた命題 5.1.7によってクラスター傾Λ加群M =
⊕ni=1 Λi
の自己準同型環 Γ := EndΛ(M)上に対応する傾 Γ加群が求められる. そのようにして求められた基本的傾Γ加群の同型類の集合が全ての基本的傾Γ加群からなるか否かという問題を考察するためにHille [18]による判定法を実際に用いる.そのために体積 vol(C1(modΓ)∩∆)の計算をした.その結果が次のものである.
主結果 2(定理 5.5.1)
vol(C1(modΓ) ∩∆) = (n∏
`=1
`!)−2
この定理の証明は 5.5節で述べる. この定理を用いて n = 3の場合に変異によって求めたクラスター傾Λ加群により基本的傾 Γ加群がすべて得られたことを判定した.本論文の構成を述べる. 2章ではまず概分裂完全列とAuslander-Reiten移動 (AR translation)を定義しその性質にていて述べる.またAuslander-Reiten quiverの定義と性質, AR双対性 (ARduality)について述べる. AR quiverは加群の圏の構造を記述するものであり,有限次元多元環の性質を調べる上で重要な役割を果たす.主にこの章で述べることは 3章以降で用いられる.
3章では傾加群を定義しその基本的性質について述べる.傾加群が存在することによって次の二つのことが言える. 一つはねじれ対と呼ばれる modΛの二つ充満部分圏の組 (T ,F)が傾加群によって与えられるということ,またその逆も成り立つこと, もう一つは森田の同値定理の類似である Brenner-Butlerの定理が成り立つことである. これらのことについて述べ,Brenner-Butlerの定理から言えるいくつかの事柄について以降の章で用いるものを中心にまとめる.
4章では傾加群を調べるということをテーマに傾加群の半順序,変異及び体積を定義し,その諸性質,関連性について述べる.特に 4.2節で述べる傾加群の変異は 5章の話と非常に関係があり,主定理の元となるHappel-Ungerの定理を証明する.
5章には新しい結果 2つが含まれる.5.4節で主結果 1を示し,5.5節で主結果 2を示す.そのための準備を 5.1節から 5.3節で述べる. 5.1節ではクラスター傾加群に関する基本的性質,傾加群との関連性について述べる.また 5.2節で preprojective多元環を定義しその諸性質を述べる. Loewy列を用いた加群の表記方法についても簡単に説明する. 5.3節ではクラスター傾加群の変異について述べる.なお,本論文で用いられる基礎事項について簡単に 6章でまとめた.内容は環の基礎事項や,
5
quiverによる環の構成及び quiverの表現と加群の対応,圏の根基等である.本論文を読む上で適宜参考にしていただきたい.
最後に本論文の執筆にあたって修士 1年次から熱心に指導してくださった伊山修先生,序文の構成等有用なアドバイスを頂いた庄司俊明先生に感謝の言葉を述べさせていただきます.また,様々な助言を頂いた先生方,及び刺激を与え合った大学院生諸氏にも感謝の言葉を送ります.
2 概分裂完全列とAR quiver特に断りのない限り本論文では以下の記号を用いる. Kを代数的閉体とし, ΛをK上の基本的有限次元多元環とする. Λの原始直交ベキ等元の完全代表系を {e1, . . . , en}とし, eiに対応する単純 Λ加群を S(i),直既約射影 Λ加群を P (i),直既約入射 Λ加群を I(i)で表す. またmodΛで有限生成右Λ加群からなる圏を表す. L,M, N ∈ modΛ, f : L −→ M, g : M −→ Nに対して射の合成を g ◦ f と表すことにする.
M ∈ modΛに対して modΛの充満部分圏 add M を
add M := {X ∈ modΛ | XはMnの直和因子 (n ∈ N)}
で定める.この章では [1], [4]を参考に概分裂完全列の性質や AR quiverの定義,性質等をまとめた.
2.1 左 (右)極小分裂写像と既約写像
まず概分裂完全列を定義する準備として分裂完全列との関連から左 (右)極小分裂写像と既約写像を定義する.
定義 2.1.1. modΛにおける完全列
0 // Lf // M
g // N // 0
が分裂 (split)するとは, M ∼= N ⊕ Lとなるときをいう.このとき f を分裂単射 (split monomorphism), gを分裂全射 (split epimorphism)という.
6
L,M ∈ modΛ, f : L −→ M が分裂単射であることと, 任意の U ∈ modΛと任意の u :L −→ U に対して, u = u′f を満たす u′ : M −→ U が存在すること (∗)が同値であることがわかる.同様にM, N ∈ modΛ, g : M −→ N が分裂全射であることと, 任意の V ∈ modΛと任意の v : V −→ N に対して, v = gv′ を満たす v′ : V −→ M が存在すること (∗∗)は同値である.完全列が分裂しないとき,分裂と近い概念を考えたい.そこで f : L −→ M が分裂単射でな
いときに (∗)とほぼ同じ性質を, g : M −→ N が分裂全射でないときに (∗∗)とほぼ同じ性質を満たしているものを考える.
定義 2.1.2. L,M, N ∈ modΛとする.(1) f : L −→ M が左概分裂 (left almost split)であるとは, f は分裂単射でなく, 任意の U ∈ modΛと分裂単射でない任意の u : L −→ U に対して, u = u′f を満たすu′: M −→ U が存在することをいう.
(2) g : M −→ N が右概分裂 (right almost split)であるとは, g は分裂全射でなく, 任意の V ∈ modΛと分裂全射でない任意の v : V −→ N に対して, v = gv′ を満たすv′: V −→ M が存在することをいう.
左概分裂と右概分裂は双対 (dual)の関係にある.左 (右)概分裂写像の性質として次のものがある.
命題 2.1.3. L,M, N ∈ modΛとする.(1) f : L −→ M が左概分裂ならば Lは直既約になる.
(2) g : M −→ N が右概分裂ならばNは直既約になる.
f : L −→ M が左概分裂写像のとき, f ′ : L −→ M ⊕M ′ (M ′ 6= 0)で f ′ =[f
0
]とすれ
ば f′も左概分裂写像になる.このように Lからの左概分裂写像があれば, それを元に新たな
左概分裂写像を作ることが出来るのでその中でM(6= 0)が「最も小さく」なるように考える.双対的に右概分裂写像についても考える.
定義 2.1.4. L,M, N ∈ modΛとする.(1) f : L −→ M が左極小 (left minimal)であるとは f = hf なる h : M −→ M は自己同型写像になるときをいう.
(2) g : M −→ N が右極小 (right minimal)であるとは g = ghなる h : M −→ M は自己同型写像になるときをいう.
定義 2.1.5. L,M, N ∈ modΛとする.
7
(1) f : L −→ M が左極小概分裂 (left minimal almost split)であるとは, f が左概分裂かつ左極小になるときをいう.
(2) g : M −→ Nが右極小概分裂 (right minimal almost split)であるとは, gが右概分裂かつ右極小になるときをいう.
この定義より, (Lからの)左極小概分裂は同型を除いて一意に定まることが言える.それは次の命題の形で述べられる.
命題 2.1.6. L,M, M′, N ∈ modΛとする.
(1) f : L −→ M, f ′ : L −→ M ′がともに左極小概分裂ならば, f ′ = hfなる同型 h : M −→M
′が存在する.
(2) g : M −→ N, g′ : M ′ −→ Nがともに右極小概分裂ならば, g = g′kなる同型 k : M −→M
′が存在する.
左 (右)極小概分裂と関連が深い既約写像 (irreducible morphism)と呼ばれるものがある.
定義 2.1.7. X,Y ∈ modΛとする.f : X −→ Y が既約写像 (irreducible morphism)であるとは, f は分裂全射でも分裂単射でもなく, f = f1f2と表せたときには f1が分裂全射または f2が分裂単射になるときをいう.
既約写像の最も大きな特徴を表す次の命題がある.
命題 2.1.8.直既約なX, Y ∈ modΛに対して f : X −→ Y が既約写像である必要十分条件は
f ∈ radΛ(X,Y ), f /∈ rad2Λ(X, Y )
を満たすことである.(ただし, radΛ(X,Y )は modΛの根基を表す.詳細は 6章参照のこと.)
X,Y ∈ modΛが直既約のとき
• X ∼= Y ならば radΛ(X, Y ) = HomΛ(X, Y )
• X � Y ならば radΛ(X, Y ) = {f : X −→ Y | f :同型写像でない }
となるので, 上の命題は既約写像はX から Y へ向かう写像の中で他の直既約加群を通ることがない, すなわち f : X −→ Y が既約写像ならば,任意の直既約な Z ∈ modΛ, (Z 6= X, Y )に対して, f = vuをみたす u : X −→ U と v : U −→ Y は存在しないことを示している.左 (右)極小概分裂と既約写像の関係を述べた定理が次のものである.
命題 2.1.9. L,M, M′, N ∈ modΛとする.
8
(1) f : L −→ M が左極小概分裂ならば, f は既約写像になる.さらに f
′: L −→ M ′が既約写像である必要十分条件はM ′ 6= 0かつM ∼= M ′ ⊕M ′′な
るM′′ ∈ modΛと f ′′ : L −→ M ′′ が存在して f =
[f′
f′′
]: L −→ M ′ ⊕M ′′ が左極小概
分裂になることである.
(2) g : M −→ N が右極小概分裂ならば, gは既約写像になる.さらに g
′: M
′ −→ N が既約写像である必要十分条件はM ′ 6= 0かつM ∼= M ′ ⊕M ′′なるM
′′ ∈ modΛと f ′′ : M ′′ −→ N が存在して g =[g′
g′′]
: M′ ⊕M ′′ −→ N が右極小
概分裂になることである.
例 2.1.10. (1) 直既約射影加群P ∈ modΛに対し, 埋め込み写像 g : radΛ P −→ P は左極小概分裂になり, 命題 2.1.9により既約写像になる.
実際, gは明らかに分裂全射でない. P は直既約射影加群だから, 唯一の極大部分加群radΛ P を持つので, 分裂全射でない任意の v : V −→ P に対して Im v ⊂ radΛ P となる.よって v = gv
′なる v
′: V −→ radΛ P が存在する.ゆえに gは右概分裂である.また
gは単射なので, gは右極小概分裂になる.
(2) (1)の双対として, 直既約入射加群 I ∈ modΛに対して自然な全射 I −→ I/ soc I は左極小概分裂になる.
2.2 概分裂完全列
1節で定義した左 (右)極小概分裂を用いて概分裂完全列を定義する.
定義 2.2.1. modΛにおける完全列
0 // Lf // M
g // N // 0
が概分裂完全列 (almost split sequence)であるとは, f が左極小概分裂かつ gが右極小概分裂であることをいう.
f(g)は左 (右)極小概分裂の定義から分裂単射 (全射)ではないから, この完全列は分裂しない.その結果N は射影加群ではなく, Lは入射加群ではない.概分裂完全列は左端 (右端)が決まれば同型を除いて一意に定まる.それを述べたものが次の命題である.
9
命題 2.2.2. modΛにおける 2つの完全列を
0 // L // M // N // 0
0 // L′ // M
′ // N′ // 0
とする.このとき以下は同値になる.
(1) 与えられた 2つの完全列は同型.
(2) L ∼= L′ .
(3) M ∼= M ′ .
概分裂完全列の性質として次のことが言える.
命題 2.2.3. modΛにおける完全列を
0 // Lf // M
g // N // 0
とすると以下は同値になる.
(1) 与えられた完全列は概分裂完全列.
(2) Lは直既約かつ gは右概分裂.
(3) N は直既約かつ f は左概分裂.
(4) f は左極小概分裂.
(5) gは右極小概分裂.
(6) L,N が直既約かつ f , gは既約写像.
このような概分裂完全列が存在する.それを示すためにいくつかの準備をする.M ∈ modΛに対して, M の極小射影表示 (minimal projective presentation)
P1p1 // P0
p0 // M // 0 (完全)
を考える. (すなわち, p0 : P0 −→ M, p1 : P1 −→ Ker p0 が射影被覆になる.) このとき(−)t = HomΛ(−, Λ)を適用させれば左Λ加群の完全列
0 // M tp0t // P0
t p1t
// P1t // Coker p1
t // 0 (完全)
10
が得られる. Coker p1tをTr M と書きM の転置 (transpose)という. M の極小射影表示は同型を除いて一意に存在するので, Tr M も同型を除いて一意に存在する.
Trは次に定める圏の間の関手となる.
P := {f : M −→ N | f = hg, g : M −→ P, h : P −→ N, P :射影加群 }
とすると, Pは modΛにおけるイデアルになる.
mod Λ := (modΛ)/P
として, 対象は modΛと一致し, mod Λにおける射をM,N ∈ mod Λの射を
HomΛ(M,N) := HomΛ(M,N)/P(M, N)
とし, その合成は modΛから引き起こされるものとすればmod Λは圏となる.この圏を射影安定圏 (projectively stable category)という.さらに
I := {f : M −→ N | f = hg, g : M −→ I, h : I −→ N, I :入射加群 }
とおきmod Λ := (modΛ)/I
をmod Λと同様の方法で定めれば圏になり, 入射安定圏 (injectively stable category)という.Trはmod Λからmod Λopへの関手となることが示せる.modΛと modΛopの間の双対 (duality)を与える関手
D := HomK(−, K)
と転置 Trの合成関手τ := D Tr : mod Λ −→ mod Λ
は圏同値 (equivalence)を与える関手であり, quasi-inverseは
τ−1 := Tr D
で与えられる. τ をAuslander-Reiten移動 (AR translation) という.D, τ と射影次元,入射次元の関係について次が成り立つ.
補題 2.2.4. M ∈ modΛとする.
(1) pd M ≤ 1である必要十分条件はHomΛ(DΛ, τM) = 0である.
(2) id M ≤ 1である必要十分条件はHomΛ(τ−1M, Λ) = 0である.
11
τ は以下の性質を持つ.
定理 2.2.5.直既約なM, N ∈ modΛに対して次が成り立つ.
(1) τM = 0 ⇐⇒ M :射影加群.
(2) τ−1N = 0 ⇐⇒ N :入射加群.
(3) M :射影加群でない =⇒ τ−1τM ∼= M かつ τM :入射加群でなく直既約.
(4) N :入射加群でない =⇒ ττ−1N ∼= N かつ τN :射影加群でなく直既約.
定理 2.2.6(Auslander-Reiten双対性 (AR duality) ).M,N ∈ modΛとする.このとき
Ext1Λ(M,N)∼= DHomΛ(τ−1N,M) ∼= DHomΛ(N, τM)
が成り立つ.
系 2.2.7. M,N ∈ modΛとする.
(1) pd M ≤ 1ならば, Ext1Λ(M, N) ∼= D HomΛ(N, τM)である.
(2) id N ≤ 1ならば, Ext1Λ(M,N) ∼= D HomΛ(τ−1N,M)である.
先に述べたように
0 // Lf // M
g // N // 0
が modΛにおける概分裂完全列ならば, N は射影加群でなく, Lは入射加群でない. これとAuslander-Reiten双対性を使うことにより概分裂完全列の存在を示すことができる.
定理 2.2.8. (1) 射影加群でない任意の直既約なM ∈ modΛに対して,概分裂完全列
0 // τM // E // M // 0
が存在する.
(2) 入射加群でない任意の直既約なN ∈ modΛに対して,概分裂完全列
0 // N // E // τ−1N // 0
が存在する.
12
証明. (1)のみ示す. (2)も双対的に示せる.M ∈ modΛを射影的でない直既約加群とする.任意の直既約加群 L ∈ modΛに対して
S(L,M) := HomΛ(L,M)/ radΛ(L,M)
とおくと, P(L,M) ⊂ radΛ(L,M)であるから自然な全射
pL,M : HomΛ(L,M) = HomΛ(L,M)/P(L,M) −→ S(L,M)
が得られる.よって双対的に単射
DpL,M : DS(L,M) −→ DHomΛ(L,M)
が得られる.M は直既約だから EndΛ(M)は局所的,よって EndΛ(M)も局所的である.
pM,M : EndΛ(M) −→ S(M, M) = EndΛ(M)/ rad(EndΛ(M))
は全射であったから, 左 (右) EndΛ(M)加群として S(M,M) ∼= EndΛ(M)/ rad(EndΛ(M))となる.双対的に右 (左)EndΛ(M)加群として Im DpM,M ∼= soc EndΛ(M)が得られる.
Auslander-Reiten双対性より
DHomΛ(M, M)∼= Ext1Λ(M, τM)
が成り立つことと,完全列 (の類)とExtの対応より, 0 6= ξ′ ∈ DS(M,M)とし, ξ = DpM,M(ξ) ∈DHomΛ(M, M)を完全列
0 // τMf // E
g // M // 0
に対応するものとする.この完全列が概分裂完全列であることを示す.M は射影的でない直既約加群だから τM は直既約.ゆえに gが右概分裂であることを示せばよい.
DpM,M は単射だから ξ 6= 0.よって与えられた完全列は分裂しないので, gは分裂全射でない. v : V −→ M を分裂全射でないとする.一般性を失うことなく V は直既約としてよい. すると vにより次の可換図式が定まる.
DS(M,M)DpM,M //
DS(M,v)
²²
DHomΛ(M,M)∼= //
DHomΛ(M,v)
²²
Ext1Λ(M, τM)
Ext1Λ(v,τM)²²
DS(M, V )DpM,V // DHomΛ(M, V )
∼= // Ext1Λ(V, τM)
13
vは分裂全射ではないので,同型ではなくv ∈ radΛ(V, M)となり,それゆえにDS(M, v)(ξ) = 0.可換性より Ext1Λ(v, τM)(ξ) = 0となり次の可換図式が得られる.
Ext1Λ(v, τM)(ξ) : 0// τM
f′
//
1τM
²²
E′ g
′//
w
²²
V //
v
²²
0 (分裂完全列)
ξ : 0 // τMf // E
g // M // 0 (完全列)
よって g′g′′
= 1V なる g′′
: M −→ V が存在し, v′ = wg′′ とおけば gv′ = vとなる. したがって, gは右概分裂である.
注意 2.2.9.この定理の証明より概分裂完全列
0 // τM // E // M // 0
の同値類は右EndΛ(M)−左EndΛ(τM)加群として soc Ext1Λ(M, τM)の 0でない元に対応することがわかる.
τM を左端, M を右端に持つ分裂完全列はExt1Λ(M, τM)の元 0に対応するので,分裂完全列と概分裂完全列は非常に近い関係にあることがわかる.
2.3 Auslander-Reiten quiver
modΛの情報を quiverを用いて表す. modΛの対象が有限生成右 Λ加群であり, 射は右 Λ加群の準同型写像であったから, 頂点 (vertex)には加群を, 矢印 (arrow)には準同型を対応させることが自然である.さらにM ∈ modΛなら
M ∼=t⊕
i=1
Mnii Miは直既約, Mi � Mj(i 6= j)
と同型を除いて一意に直既約分解可能であるから頂点には直既約加群の同型類を対応させる.一方, 直既約加群M,N ∈ modΛに対して既約写像 f : M −→ Nは 1節で述べたようにMからNへ他の直既約加群を通ることがない写像ゆえMからNへの矢印として既約写像 fを対応させるべきである.しかしこれだけでは矢印を何本引けば良いのか定まらないのでそれについて考える.直既約加群M, N ∈ modΛに対して, f : M −→ N が既約写像である必要十分条件は
f ∈ radΛ(M, N)かつ f /∈ rad2Λ(M, N)であったから radΛ(M, N), rad2Λ(M, N)をK上のベクトル空間とみて
Irr(M,N) := radΛ(M,N)/ rad2Λ(M,N)
を既約写像空間 (space of irreducible morphism)という.既約写像空間と左 (右)極小概分裂との関係を述べたものが以下の命題である.
14
命題 2.3.1. M =t⊕
i=1
Mnii ∈ modΛ (Miは直既約, Mi � Mj(i 6= j))とする.
(1) L ∈ modΛを直既約とし, f : L −→ M が f =
f1...
ft
, fi =
fi1...
fini
: L −→ Mnii と表せ
るとする.このとき f が左極小概分裂であるための必要十分条件は,次の (a),(b)を満たすことである.
(a) 各 iについて fij ∈ radΛ(L,Mi)かつ rad2Λ(L,Mi)による剰余類 {f i1, . . . , f ini}がIrr(L,Mi)の基底になる.
(b) Irr(L,M′) 6= 0なる直既約加群M ′ ∈ modΛが存在するならば, M ′ ∼= Miなる iが
存在する.
(2) N ∈ modΛを直既約とし, g : M −→ N が g =[g1 . . . gt
], gi =
[gi1 . . . gini
]:
Mnii −→ N と表せるとする.このとき gが右極小概分裂であるための必要十分条件は,次の (a),(b)を満たすことである.
(a) 各 iについて gij ∈ radΛ(Mi, N)かつ rad2Λ(Mi, N)による剰余類 {gi1, . . . , gini}がIrr(Mi, N)の基底になる.
(b) Irr(M′, N) 6= 0なる直既約加群M ′ ∈ modΛが存在するならば, M ′ ∼= Miなる i
が存在する.
この命題より直既約加群の間の既約写像L −→ Miは Irr(L,Mi)の ni個の基底で表されることがいえた.また
0 // Lf //
t⊕i=1
Mniig // N // 0
が概分裂完全列のとき
dimK Irr(L, Mi) = dimk Irr(Mi, N) = ni
が成り立つ.以上より AR quiverを定義することができる.
定義 2.3.2.Λを有限次元K多元環とする. Γ( mod Λ)が mod ΛのAuslander-Reiten quiver(ARquiver)であるとは次を満たすものである.
(1) 頂点には直既約加群X ∈ modΛの同型類 [X]を対応させる.
15
(2) [X], [Y ]を直既約加群X, Y ∈ modΛに対応する Γ(modΛ)の頂点とするとき, [X]から[Y ]への矢印を (dimK Irr(X, Y ))本引く.
AR quiverの特徴として
• ループ (自分から自分自身への矢印)を持たない.• どの頂点間の矢印の本数も有限.• 射影加群でないX ∈ modΛに対して, [τX]からある頂点 [M ]に向かっていく矢印の本数と [M ]から [X]へ向かう矢印の本数は等しい.
• 入射加群でない Y ∈ modΛに対して, [Y ]からある頂点 [M ]に向かっていく矢印の本数と [M ]から [τ−1Y ]へ向かう矢印の本数は等しい.
が挙げられる.
例 2.3.3. Λを以下の quiverから作られる道多元環とする.
Q : 1◦ 2◦oo 3◦oo 4◦oo
このとき頂点 i(i = 1, 2, 3, 4)に対応する直既約射影加群 P (i),直既約入射加群 I(i),単純加群 S(i)は
P (1) = ( K 0oo 0oo 0oo ) = S(1) P (2) = ( K K1oo 0oo 0oo )
P (3) = ( K K1oo K
1oo 0oo ) P (4) = ( K K1oo K
1oo K1oo ) = I(1)
I(2) = ( 0 Koo K1oo K
1oo ) I(3) = ( 0 0oo Koo K1oo )
I(4) = ( 0 0oo 0oo Koo ) = S(4) S(2) = ( 0 Koo 0oo 0oo )
S(3) = ( 0 0oo Koo 0oo )
と表せる.(このような加群の表記を以降も度々用いる.表記法については 6章参照のこと.)このときAR quiverは下の図のようになる.ただし
N = ( 0 Koo K1oo 0oo )
である.
[P (1)]
%%KKKKK
K[S(2)]
%%KKKK
KK[S(3)]
$$JJJJJ
J[I(4)]
[P (2)]
99ssssss
%%KKKKK
K[N ]
99tttttt
%%KKKK
KK[I(3)]
::uuuuuu
[P (3)]
99ssssss
%%KKKKK
K[I(2)]
::tttttt
[P (4)]
99tttttt
16
上の図において点線は τ の関係を表している.例えば τS(2) ∼= P (1)である.
3 傾加群の基本的性質この章の内容は主に [1]を参照した.
3.1 傾加群の諸性質
まず加群の圏の同値を導く森田の同値定理について簡単に復習しておく. まず射影生成加群とは次のようなものである.
定義 3.1.1. Λを有限次元多元環とする.このとき,右Λ加群 P が射影生成加群 (progenerator)であるとは, P は有限生成射影加群であり,ある n ∈ Nが存在して P n −→ Λが全射準同型になることをいう.
このように定義した射影生成加群を用いて森田の同値定理は次のように述べられる.
定理 3.1.2(森田の同値定理). Λ, Γを有限次元多元環とする.このとき以下は同値になる.
(1) HomΛ(P,−)はMod ΛとMod Γの間の圏同値を与える関手である. quasi-inverseは−⊗ΓP で与える.
(2) 射影生成右Λ加群 P で, Γ ∼= EndΛ(P )を満たすものが存在する.
この定理より射影生成加群があれば多元環上の加群の圏の同値が言える. では射影生成加群を一般化した加群を考え,射影生成加群に「近い」加群として傾加群 (tilting module) を定義する. この傾加群を用いることにより森田の同値定理の類似として Brenner-Butler の定理が得られる.この定理を示すのがこの章の一つの目標である.
定義 3.1.3. T ∈ modΛとする. T が次の (T1), (T2)を満たすとき T を部分傾加群 (partialtilting module)という.
(T1) pd T ≤ 1.(T2) Ext1Λ(T, T ) = 0.
さらに T が部分傾加群であって (T3)を満たすとき,T を傾加群 (tilting module)という.(T3) mod Λにおける完全列
0 // Λ // T′ // T
′′ // 0
で, T′, T
′′ ∈ add T なるものが存在する.
17
射影加群ならば部分傾加群であり,射影生成加群ならば傾加群である.このように (部分)傾加群とは射影加群に「近い」加群を意味している.(T3)は次の条件 (T3
′)に置き換えられる
(T3′) 任意の直既約射影加群 P ∈ modΛに対して modΛにおける完全列
0 // P // T′ // T
′′ // 0
で, T′, T
′′ ∈ add T なるものが存在する.傾加群の性質を表すものとして次のものがある.
定義 3.1.4. M ∈ modΛとする.Mが忠実 (faithful) であるとはMの右零化イデアルAnn M = {a ∈ Λ | Ma = 0}が 0となることである.
忠実加群の性質を述べる.
補題 3.1.5. M ∈ modΛとする.以下は同値になる.(1) M は忠実である.
(2) ある n ∈ Nが存在してΛ −→ Mnが単射準同型となる.(3) ある n ∈ Nが存在してMn −→ DΛが全射準同型となる.この補題により T ∈ modΛが傾加群のとき, (T3)が成り立つことから T は忠実加群であるといえる.部分傾加群があれば,以下のBongartzの補題の証明の中に現れる手法を用いることにより傾加群を作ることができる. またこのことは主定理である Brenner-Butlerの定理と組み合わせることにより,傾加群 T の非同型な直既約直和因子の個数に関する性質を述べることができる.(系 3.3.10参照)
補題 3.1.6(Bongartzの補題). T ∈ modΛを部分傾加群とする.このとき T ⊕Eが傾加群になるようなE ∈ modΛが存在する.証明. Eの構成法のみ示す.
K上ベクトル空間 Ext1Λ(T, Λ)の次元を dとし,e1, . . . , edをその基底とする. eiに対応する完全列を
ei : 0 // Λfi // Ei
gi // T // 0
とし,以下の図式が可換になるようにEを定める.
d⊕i=1
ei : 0 // Λdf //
k
²²
d⊕i=1
Eig //
u
²²
T d //
1
²²
0
e : 0 // Λv // E
w // T d // 0
18
ただし f =
f1 0 · · · 00 f2 · · · 0...
.... . .
...0 0 · · · fd
, g =
g1 0 · · · 00 g2 · · · 0...
..... .
...0 0 · · · gd
, k =
[1 1 · · · 1
]である.これによ
り T ⊕ Eは傾加群となる.
Bongartzの補題は 4章で傾加群の変異に関して議論する際にも用いられる.
例 3.1.7. Λを以下の quiver Qから作られる道多元環とする.
Q : 1◦ 2◦oo 3◦oo
このときΛのAR quiverは次のようになる.
[P (1)]
$$III
IIII
II[S(2)]
$$HHH
HHHH
HH[I(3)]
[P (2)]
::uuuuuuuuu
$$III
IIII
II[I(2)]
;;wwwwwwwww
[P (3)]
::vvvvvvvvv
ここに
P (1) = K 0oo 0oo = S(1) P (2) = K K1oo 0oo
P (3) = K K1oo K
1oo = I(1) S(2) = 0 Koo 0oo
I(2) = 0 Koo K1oo I(3) = 0 0oo Koo = S(3)
である.このとき,3つの直和因子からなる傾加群は同型を除いて,P (1)⊕P (2)⊕P (3), P (2)⊕P (3)⊕S(2), S(2)⊕ I(2)⊕ I(3), P (1)⊕P (3)⊕ I(3), P (3)⊕ I(2)⊕ I(3)の 5個存在する.一般に quiverの形がDynkin図形のAn型のとき,その quiverから作られる道多元環の n個の直和
因子からなる傾加群は同型を除いて catalan数である 2nCn
n + 1個存在することが知られている.
組み合わせ論的に示されており非常に興味深いものである.
3.2 ねじれ理論
(部分)傾加群と関連が深いものとして次のものがある.
定義 3.2.1. T ,F を modΛの充満部分圏であるとする. このとき (T ,F)がねじれ対 (torsion-pair)であるとは以下を満たすものである.
19
(1) 任意のM ∈ T , N ∈ F に対して,HomΛ(M,N) = 0.
(2) HomΛ(M,−)|F = 0ならばM ∈ T .
(3) HomΛ(−, N)|T = 0ならばN ∈ F .(T ,F)がねじれ対であるとき, T をねじれ類 (torsion class), Fを (T に対応する)ねじれの
ない類 (torsion-free class)という.
modΛのねじれ対 (T ,F)に対してDを適用させれば modΛopのねじれ対 (DF , DT )が得られる.またこの定義より, (T ,F)が modΛのねじれ対であるとき任意のM ∈ modΛに対して
0 // T // M // F // 0
なる完全列で T ∈ T , F ∈ F なるものが存在することが言える.(T ,F)がねじれ対であるとき, T がねじれ類であること, F がねじれのない類であること
を言い換えると次のようになる.
補題 3.2.2. T ,F を modΛの充満部分圏であるとする.次が成り立つ.
(1) T がねじれ類であるための必要十分条件は T が剰余加群と拡大について閉じていることである.
(2) F がねじれのない類であるための必要十分条件はF が部分加群と拡大について閉じていることである.
T ∈ modΛとし,T が生成する modΛの充満部分圏をGen T とする.すなわち
Gen T = {M ∈ modΛ | ∃d ∈ N, T d −→ M は全射準同型 }
である.さらに,その双対として
Cogen T = {M ∈ modΛ | ∃d ∈ N,M −→ T dは単射準同型 }
を考える.次の補題はGen T, Cogen T の対象になるための必要十分条件を述べている.特にGen T については Brenner-Butlerの定理を示す上で重要な役割を果たす.
補題 3.2.3. M ∈ modΛとし, Γ = EndΛ(T )とおく.(1) M ∈ Gen T である必要十分条件は自然な準同型
εM : HomΛ(T, M)⊗Γ T −→ M (f ⊗ t 7−→ f(t))
が全射になることである.
20
(2) N ∈ Cogen T である必要十分条件は自然な準同型
ηN : N −→ HomΓ(HomΛ(N, T ), T ) (x 7−→ (g 7−→ g(x)))
が単射になることである.
定義から明らかにGen T は剰余加群について閉じており, Cogen T も部分加群について閉じている.それぞれねじれ類,ねじれのない類になるためには拡大について閉じていることが必要になってくる.それを述べたものが次の補題である.
補題 3.2.4. T ∈ modΛとする.(1) Ext1Λ(T,−)|Gen T = 0ならばGen T はねじれ類になる. それに対応するねじれのない類は {M ∈ modΛ | HomΛ(T, M) = 0}で与えられる.
(2) Ext1Λ(−, T )|Cogen T = 0ならば Cogen T はねじれのない類になる. それに対応するねじれ類は {N ∈ modΛ | HomΛ(N, T ) = 0}で与えられる.
P ∈ modΛ を射影加群とすると Ext1Λ(P,−) = 0 である. よって補題の中で用いられる Ext1Λ(T,−)|Gen T = 0なる条件は Gen T の中で T が射影加群の役割を果たしていると見ることができる. 同様に I ∈ modΛ を入射加群とすると Ext1Λ(−, I) = 0 であるので,Ext1Λ(−, T )|Cogen T = 0は Cogen T の中で T が入射加群の役割を果たしていると見ることができる.このように充満部分圏の中で射影加群,入射加群の役割を果たす加群について次のように定義する.
定義 3.2.5. T ∈ modΛとし,Cを modΛの充満部分圏とする.(1) Ext1Λ(T,−)|C = 0となるとき, T を Cにおける相対射影加群 (Ext-projective)という.
(2) Ext1Λ(−, T )|C = 0となるとき, T を Cにおける相対入射加群 (Ext-injective)という.相対射影加群,相対入射加群とねじれ対の関係を表すと次のようになる.
命題 3.2.6. (T ,F)を modΛのねじれ対とし, M ∈ modΛを直既約とする.(1) M ∈ T のときM が T の相対射影加群である必要十分条件は τM ∈ F となることである.
(2) M ∈ F のときM がF の相対入射加群である必要十分条件は τ−1M ∈ T となることである.
T ∈ modΛに対し, T が相対射影加群になるような modΛの充満部分圏の中で最大の充満部分圏を
T (T ) = {M ∈ modΛ | Ext1Λ(T, M) = 0}とおく.すると次が成り立つ.
21
補題 3.2.7. T ∈ modΛを部分傾加群とする.このとき次が成り立つ.(1) Gen T はねじれ類になり,それに対応するねじれのない類は F(T ) = {M ∈ modΛ |
HomΛ(T, M) = 0}で与えられる.
(2) T (T )はねじれ類になり,対応するねじれのない類はCogen τT で与えられる.注 3.2.8. I ∈ modΛを入射加群とするを Ext1Λ(−, I) = 0となるので, I ∈ T (T )である. よって全ての入射加群は T (T )の対象となっている.
Gen T, T (T )がねじれ類になるとき,定義より明らかに Gen T ⊆ T (T )である. しかし,T が傾加群の時にはGen T = T (T )となる.それを述べたものが次の定理である.定理 3.2.9. T ∈ modΛを部分傾加群とし, F(T ) = {M ∈ modΛ | HomΛ(T, M) = 0}とおく.このとき以下は同値になる.
(1) T は傾加群である.
(2) Gen T = T (T ).
(3) Cogen τT = F(T ).
(4) 任意のM ∈ T (T )に対して, modΛの完全列
0 // L // T0 // M // 0
で T0 ∈ add T, L ∈ T (T )なるものが存在する.
(5) X ∈ modΛとしたとき,X ∈ add T である必要十分条件は,任意のM ∈ T (T )に対してExt1Λ(X, M) = 0となることである.
以上よりT が傾加群のとき, modΛのねじれ対 (Gen T,F(T )) = (T (T ), Cogen τT ) が得られる.以降,このねじれ対を (T (T ),F(T ))で表すことにする.系 3.2.10.T ∈ modΛが傾加群であるとき,任意のM ∈ T (T )に対して,
· · · // T2 // T1 // T0 // M // 0
で,Ti ∈ add T (i = 0, 1, 2, . . .)なる完全列が存在する.これは任意のM ∈ modΛに対して, M の射影分解が存在すること,すなわち
· · · // P2 // P1 // P0 // M // 0
で, Pi(i = 0, 1, 2, . . .)は射影加群である完全列が存在することに対応していると見ることができる.また上の定理を用いることにより補題 3.2.3を言い換えることができる.
22
系 3.2.11.T ∈ modΛを傾加群とし, Γ = EndΛ T とおく.
M ∈ T (T ) ⇐⇒ εM : HomΛ(T, M)⊗Γ T −→ M は全単射
この系は Brenner-Butlerの定理を示す際に用いられる.
例 3.2.12.例 3.1.7において, T = P (1) ⊕ P (3) ⊕ I(3)は傾加群である. このときねじれ対(T (T ),F(T ))は次の図のようになる.
P (1)
P (2)
P (3)
S(2)
I(2)
I(3)
T (T )
F(T )
3.3 Brenner-Butlerの定理
この節では傾加群 T ∈ modΛについて, Λと自己準同型環 Γ := EndΛ(T )の関係を考える.T は右Λ加群であるが,左 Γ加群と見ることもできる. Λ, Γの作用を明確にするため, T を右Λ加群として見るとき TΛで表し,左 Γ加群として見るとき ΓT で表す.まず一般の Λ加群 T について Λと T の自己準同型環 Γ = EndΛ(TΛ)の関係について述べ
る.任意のM ∈ modΛに対して右 Γ加群として
HomΛ(T, M) ∼= HomΓ(Γ, HomΛ(T, M)) = HomΓ(HomΛ(T, T ), HomΛ(T, M))
である.ここで T0 ∈ add T のとき
HomΛ(T ⊕ T0,M) ∼= HomΛ(T, M)⊕ HomΛ(T0,M)
となり,また
HomΓ(HomΛ(T, T ⊕ T0), HomΛ(T,M)) ∼= HomΓ(HomΛ(T, T )⊕ HomΛ(T, T0), HomΛ(T, M))∼= HomΓ(HomΛ(T, T ), HomΛ(T, M))⊕ HomΓ(HomΛ(T, T0), HomΛ(T, M))
23
となることより
HomΛ(T0,M) ∼= HomΓ(HomΛ(T, T0), HomΛ(T, M))が成り立つ. HomΛ(T, T0)は Γ = HomΛ(T, T )の右 Γ加群として自由加群だから射影加群である.以上をまとめると次の補題が得られる.
補題 3.3.1(米田の補題). T ∈ modΛ, Γ = EndΛ(TΛ)とする.(1) 任意の T0 ∈ add TΛと任意のM ∈ modΛに対してK上線型写像 f 7−→ HomΛ(T, f)は自然変換
HomΛ(T0,M) ∼= HomΓ(HomΛ(T, T0), HomΛ(T,M))を与える.
(2) HomΛ(T,−)は add T とmodΓの充満部分圏 proj Γ := {P ∈ modΓ | P は射影加群 }との間の圏同値を与える.
この補題より Γが基本的であるための必要十分条件は T も基本的であることが分かる.ここで T を傾加群として関手 HomΛ(T,−) : T (T ) −→ modΓを考える. 系 3.2.10より,
M ∈ T (T )に対して· · · // T2 // T1 // T0 // M // 0
= T• // M
で, Ti ∈ add T (i = 0, 1, 2, . . .)なる完全列が存在する.よって0 // Mi+1 // Ti // Mi // 0
でM0 = M, Mi+1 ∈ T (T ) (i = 0, 1, 2, · · · )なる完全列が得られる. N ∈ T (T )とし,この完全列にHomΛ(−, N)を適用すると
0 // HomΛ(Mi, N) // HomΛ(Ti, N) // HomΛ(Mi+1, N) // Ext1Λ(Mi, N)
// 0
とExtj+1Λ (Mi+1, N)
∼= Extj+2Λ (Mi, N)が得られる.補題 3.3.1を用いると
ExtiΓ(HomΛ(T,M), HomΛ(T, N))∼= H i
(HomΓ(HomΛ(T, T•), HomΛ(T, N))
)
∼= H i(HomΛ(T•, N))
∼={
HomΛ(M,N) (i = 0)
Ext1Λ(Mi, N)∼= ExtiΛ(M, N) (i ≥ 1)
となる.以上をまとめる.
24
補題 3.3.2. T ∈ modΛを傾加群とし,Γ = EndΛ(TΛ)とする. 任意のM, N ∈ T (T )に対して次が成り立つ.
(1) HomΛ(M, N) ∼= HomΓ(HomΛ(T, M), HomΛ(T, N))
(2) ExtiΛ(M, N) ∼= ExtiΓ(HomΛ(T, M), HomΛ(T,N)) (i ≥ 1)
ここでHomと⊗の性質より
D(ΓT ) ∼= D(ΓTΛ ⊗Λ Λ) ∼= HomΛ(T, DΛ)
が成り立つ.これと先の補題を用いるとBrenner-Butlerの定理を示す鍵となる次の補題が成り立つ.
補題 3.3.3. T ∈ modΛを傾加群とする.このとき次が成り立つ.
(1) 左 Γ加群 ΓT は傾加群.
(2) 自然なK代数の準同型Λ −→ End(ΓT )op(a 7−→ (t 7−→ ta))は同型写像.
証明. T が左 Γ加群として傾加群になることのみ示す.傾加群の定義 (T1),(T2),(T3)を満たすことを示せばよい.
TΛは傾加群であるから modΛの完全列
0 // Λ // T′ // T
′′ // 0
で, T′, T ” ∈ add T なるものが存在する.これにHomΛ(−, ΓTΛ)を適用すると
0 // HomΛ(T′′, ΓTΛ) // HomΛ(T
′, ΓTΛ) // HomΛ(Λ, ΓTΛ) // 0
が得られ, HomΛ(Λ, ΓTΛ) ∼= ΓT であり, HomΛ(T ′ , ΓTΛ), HomΛ(T ′′ , ΓTΛ)は左 Γ加群として射影加群である.よって pd ΓT ≤ 1.
D(ΓT ) ∼= HomΛ(T,DΛ)と補題 3.3.2より
Ext1Γ(DT,DT )∼= Ext1Γ(HomΛ(T, DΛ), HomΛ(T, DΛ))∼= Ext1Γ(DΛ, DΛ)= 0
となるので, Ext1Γ(T, T ) = 0.pd TΛ ≤ 1より
0 // P1 // P0 // TΛ // 0
25
を TΛの射影分解とする.これにHomΛ(−, ΓTΛ)を適用すると
0 // HomΛ(TΛ, ΓTΛ) // HomΛ(P0, ΓTΛ) // HomΛ(P1, ΓTΛ) // 0
が得られ, HomΛ(TΛ, ΓTΛ) ∼= Γであり, HomΛ(P0, ΓTΛ), HomΛ(P1, ΓTΛ) ∈ add(ΓT ) であるから (T3)の条件を満たす.以上より T は左 Γ加群として傾加群である.
ここで Λの中心 (center)を Z(Λ) = {x ∈ Λ | ax = xa(∀a ∈ Λ)}とおき,傾加群 T の準同型環 Γ = EndΛ(T )の中心を Z(Γ)とおく.補題 3.3.3を用いることにより, K 代数の準同型ϕ : Z(Λ) −→ Z(Γ) (a 7−→ (ρa : t 7−→ ta)
)は同型写像となる.すると, Λも連結であることは
Z(Λ)に含まれるベキ等元は 0と 1のみであることと同値であるから, Λが連結ならば Γが連結であることが言える.また補題 3.3.3のもう一つの結果として,傾加群 ΓT は前章より 有限生成左 Γ加群の圏においてねじれ対 (T (ΓT ),F(ΓT )) を与え,
T (ΓT ) = Gen(ΓT ) = {ΓU | Ext1Γ(T, U) = 0}F(ΓT ) = Cogen τ(ΓT ) = {ΓV | HomΓ(T, V ) = 0}
と表せた.これにD = HomΓ(−, K)を適用すると modΓのねじれ対
(G(TΛ),H(TΛ)) := (DF(ΓT ), DT (ΓT ))
が得られる.一般に任意のX,Y ∈ modΓに対して
HomΓ(X,DT ) ∼= D(X ⊗Γ T )Ext1Γ(Y, DT )
∼= D TorΓ1 (Y, T )
が成り立つことより,
G(TΛ) = {X ∈ modΓ | X ⊗Γ T = 0}H(TΛ) = {Y ∈ modΓ | TorΓ1 (Y, T ) = 0}
となる.H(TΛ)は全ての射影 Γ加群を対象に持つので, T (TΛ)が全ての入射Λ加群を対象として持
つことと対応していると見ることができる.よって, T (TΛ)に関する性質を表す定理 3.2.9,系3.2.11をH(TΛ)に関して言い換えることができる.
補題 3.3.4. T ∈ modΛを傾加群とし,Γ = EndΛ(TΛ)とする.このとき
26
(1) 任意の Y ∈ H(TΛ)に対して,modΓにおける完全列
0 // Y // T′ // Z // 0
で T′ ∈ add DT, Z ∈ H(TΛ)なるものが存在する.
(2) Y ∈ H(TΛ) ⇐⇒ δY : YΓ −→ HomΛ(T, Y ⊗Γ T )(y 7−→ (t 7−→ y ⊗ t))は全単射.
傾加群 T ∈ modΛによって, modΛにおけるねじれ対 (T (TΛ),F(TΛ))とmodΓにおけるねじれ対 (G(TΛ),H(TΛ))が得られるが,この2つのねじれ対の間の関係を表したものがBrenner-Butler の定理である.
定理 3.3.5(Brenner-Butler の定理). T ∈ modΛを傾加群とし,Γ = EndΛ(TΛ)とする.このとき次が成り立つ.
(1) 左 Γ加群 ΓT は傾加群でΛ ∼= End(ΓT )op.
(2) HomΛ(T,−)は T (TΛ)とH(TΛ)の間の圏同値を与える関手である.quasi-inverseは−⊗Γ T で与える.
(3) Ext1Λ(T,−)はF(TΛ)と G(TΛ)の間の圏同値を与える関手である.quasi-inverseはTorΓ1 (−, T )で与える.
証明. (1)に関しては補題 3.3.3で述べているので (2), (3)を示す.M ∈ T (TΛ)とすると
D HomΛ(T, M) ∼= ΓTΛ ⊗DM ∈ Gen(ΓT )
となる.よってHomΛ(T, M) ∈ Cogen DT = H(TΛ)である.系 3.2.11より
M ∼= HomΛ(T, M)⊗Γ T
となる.逆に Y ∈ H(TΛ)とすると Y ⊗Γ TΛ ∈ Gen TΛ = T (TΛ)であり,補題 3.3.4より
Y ∼= HomΛ(Y, Y ⊗Γ TΛ)
となる.ゆえに T (TΛ)とH(TΛ)は圏同値である.次に (3)を示す. N ∈ F(TΛ)をとると,完全列
0 // N // E // L // 0
でEが入射加群であるものが存在する. E ∈ T (TΛ)であるから L ∈ T (TΛ)である. この列にHomΛ(T,−) ,−⊗Γ T の順で適用すると次の可換図式が得られる.
27
0
²²
0
²²TorΓ1 (Ext
1Λ(T,N), T )
//
²²
N
²²HomΛ(T, E)⊗Γ T εE //
²²
E
²²HomΛ(T, L)⊗Γ T εL //
²²
L
²²Ext1Λ(T, N)⊗Γ T
²²
0
0
ただし εE, εLは系3.2.11よって得られた同型写像である.この図式で縦の列は完全列になっている.よってExt1Λ(T, N)⊗Γ T = 0となり, N ∼= TorΓ1 (Ext1Λ(T, N), T )となる.逆にX ∈ G(TΛ)とすると完全列
0 // Y // P // X // 0
で P が射影加群であるものがとれ, P ∈ H(TΛ)であるから Y ∈ H(TΛ)となる.この完全列に−⊗Γ T , HomΛ(T,−)の順で適用すると次の可換図式が得られる.
0
²²
HomΛ(T, TorΓ1 (X,T ))
²²Y
δY //
²²
HomΛ(T, Y ⊗Γ T )
²²P
δP //
²²
HomΛ(T, P ⊗Γ T )
²²
X //
²²
Ext1Λ(T, TorΓ1 (X, T ))
²²0 0
ただし δY , δP は系 3.3.4によって得られた同型写像である.この図式で縦の列は完全列になっている.よってHomΛ(T, TorΓ1 (X,T )) = 0となり, X ∼= Ext1Λ(T, TorΓ1 (X,T ))となる.以上よりF(TΛ)と G(TΛ)は圏同値である.
28
定理の中に登場する 4つの関手にはさらに関係があり, quasi-inverseの関係になっていないものを組み合わせると 0になる.
系 3.3.6.
(1) M ∈ modΛとする.このとき次が成り立つ.
(a) TorΓ1 (HomΛ(T, M), T ) = 0.
(b) Ext1Λ(T, M)⊗Γ T = 0.(c) modΛにおける完全列
0 // HomΛ(T, M)⊗Γ T // M // TorΓ1 (Ext1Λ(T, M), T ) // 0
で HomΛ(T, M) ⊗Γ T ∈ T (TΛ), TorΓ1 (Ext1Λ(T,M), T ) ∈ F(TΛ)なるものが存在する.
(2) X ∈ modΓとする.このとき次が成り立つ.
(a) HomΛ(T, TorΓ1 (X, T )) = 0.
(b) Ext1Λ(T, X ⊗Γ T ) = 0.(c) modΓにおける完全列
0 // Ext1Λ(T, TorΓ1 (X, T ))
// X // HomΛ(T, X ⊗Γ T ) // 0
でExt1Λ(T, TorΓ1 (X,T )) ∈ G(TΛ), HomΛ(T, X⊗Γ T ) ∈ H(TΛ)なるものが存在する.
Brenner-Butlerの定理よりいくつかの結果が得られる.そのうちの 1つを述べる.まず準備として, ΛのGrothendieck群を定義する.
定義 3.3.7.多元環Λとし, E(Λ)をM ∈ modΛの同型類 [M ]を基底に持つアーベル群とする.またE(Λ)の部分群Q(Λ)を
Q(Λ) = 〈[L]− [M ] + [N ] | 0 // L // M // N // 0は完全列 〉
で定める.このときK0(Λ) := E(Λ)/Q(Λ)
とし, K0(Λ)をΛのGrothendieck群という.
このように定義したGrothendieck群は任意の加群は単純加群の拡大を繰り返し行うことによって得られるので次の命題が得られる.
29
命題 3.3.8. K0(Λ)は単純Λ加群の同型類を基底とする自由 Z加群である.
ここではK0(Λ)とZnを命題 3.3.8によって同一視することにする.このときM ∈ modΛに対して
[M ] =n∑
i=1
(dimK(Mei)
)[S(i)]
が成立することが, Λが代数閉体K上の基本的な有限次元多元環であることからわかる.
定理 3.3.9. T ∈ modΛを傾加群とし, Γ = EndΛ(T )とおく.このとき, f : K0(Λ) −→ K0(Γ)としてその対応をM ∈ modΛに対して
[M ] 7−→ [HomΛ(T, M)]− [Ext1Λ(T,M)]で定めると, f は群の同型写像になる.
証明. pd T ≤ 1であること注意して, modΛにおける完全列0 // L // M // N // 0
にHomΛ(T,−)を適用させれば f が群準同型であることは簡単にわかる.f が同型であることを示す. S ∈ modΓを単純加群とする. (G(TΛ),H(TΛ))は modΓのね
じれ対であるから, S ∈ G(T )であるか S ∈ H(T )のどちらかである. S ∈ H(T )のときBrenner-Butlerの定理より
S ∼= HomΛ(T, S ⊗Γ T )かつ Ext1Λ(T, S ⊗Γ T ) = 0である.よって
[S] = f([S ⊗Γ T ])と表せる. S ∈ G(T )のときもBrenner-Butlerの定理より
S ∼= Ext1Λ(T, TorΓ1 (S, T ))かつ HomΛ(T, TorΓ1 (S, T )) = 0となるので
[S] = f(−[TorΓ1 (S, T )])と表せる.よってK0(Γ)の基底に対応するK0(Λ)の元が存在するので f は全射である. ゆえにK0(Λ)の rankはK0(Γ)の rank以上であることが言える.
ΓT も傾加群であり, Λ ∼= End(ΓT )opであることから同様にしてK0(Γ)の rankはK0(Λ)のrank以上であることが言え, f は同型写像となる.
この定理と Bongartzの補題,さらに補題 3.3.1をあわせると次のことが言える.
系 3.3.10.T ∈ modΛを部分傾加群とする.このとき TΛが傾加群であるための必要十分条件は T の非同型な直既約直和因子の個数と modΛの非同型な単純加群の個数が一致することである. (つまりK0(Λ)の rankと一致することである.)
この系は後でクラスター傾加群を議論する際などに用いられ重要な役割を果たす.
30
3.4 ねじれ対と傾加群
T が傾加群なら (T (T ),F(T ))がねじれ対になることは前に述べたが,逆が成り立つ条件について議論する.次のことを定義する.
定義 3.4.1. Cを modΛの充満部分圏とし, M ∈ modΛとする.(1) X ∈ CがM の右 C近似 (right C-approximation )であるとは,
HomΛ(−, X)|C // HomΛ(−,M)|C // 0が完全列になるような f : X −→ M が存在することである.任意のM ∈ modΛに対してM の右 C近似が存在するとき, Cを反変有限 (contravari-antly finite)という.
(2) Y ∈ CがM の左 C近似 (left C-approximation )であるとは,HomΛ(Y,−)|C // HomΛ(M,−)|C // 0
が完全列になるような g : M −→ Y が存在することである.任意のM ∈ modΛに対してM の左 C近似が存在するとき, Cを共変有限 (covariantlyfinite)という.
f : X −→ M がM の右 C近似になっており,かつ右極小になっているときXをM の右極小 C近似という.同様にして左極小 C近似を定義する.
M ∈ modΛが右 C近似X を持つということは,定義より反変関手 HomΛ(−,M)|C が有限生成であることがわかる. 双対的に左 C近似を持つことは共変関手HomΛ(M,−)|Cが有限生成であることを意味する.
(T ,F)を modΛのねじれ対としたとき,任意のM ∈ modΛに対して modΛの完全列0 // T // M // F // 0
で T ∈ T , F ∈ F なるものが存在するので,この列にHomΛ(−,−)を適用させればHomΛ(−, T ) // HomΛ(−,M) // HomΛ(−, F )
HomΛ(F,−) // HomΛ(M,−) // HomΛ(F,−)が得られる.ここで前者を T に制限し,後者もF に制限すれば
HomΛ(−, T )|T // HomΛ(−,M)|T // HomΛ(−, F )|T = 0
HomΛ(F,−)|F // HomΛ(M,−)|F // HomΛ(T,−)|F = 0が成り立つ.以上から次の命題が得られる.
31
命題 3.4.2. (T ,F)を modΛのねじれ対とする.
(1) T は反変有限.
(2) F は共変有限.
一般に (T ,F)がねじれ対のとき, T は反変有限であるが共変有限であるかどうかは言えない.しかし, T が共変有限であるための必要十分条件が存在し,それが次の定理である.
定理 3.4.3. (T ,F)を modΛのねじれ対とする.このとき次は同値である.
(1) T = T (T )を満たすような傾加群 T ∈ modΛが存在する.
(2) T は共変有限かつ全ての入射加群を含む.
(3) T = Gen M となるようなM ∈ modΛが存在し,かつ T は全ての入射加群を含む.
この章の残りでこの定理を示す.まずその準備として定義といくつかの補題を述べる.T ∈ modΛが T = T1 ⊕ T2と直和分解されたとする. もし T1 ∈ Gen T2ならば Gen T =
Gen T2である. Gen T という充満部分圏を表すのに T1は余計な加群である.この余計な加群を省くために次を定義する.
定義 3.4.4. U, V ∈ modΛとする.
(1) U が極小生成 (Gen-minimal)であるとは, U = U′ ⊕U ′′のときU ′ /∈ Gen U ′′を満たすと
きをいう.
(2) V が極小余生成 (Cogen-minimal)であるとは, V = V′ ⊕ V ′′のとき V ′ /∈ Cogen V ′′を満
たすときをいう.
U が極小生成であるとき実際 U が部分圏Gen U の極小生成系になっていると見ることができる.
補題 3.4.5. U, V ∈ modΛとする.
(1) U が極小生成でGen U が modΛのねじれ類になっているならば, U はGen U の相対射影加群である.
(2) V が極小余生成でCogen V が mod Λのねじれのない類になっているならば, V はCogen Vの相対入射加群である.
上の補題と補題 3.2.4を用いると次の系が成り立つ.
系 3.4.6. U, V ∈ modΛとする.
32
(1) Uが極小生成であるとする.このときGen Uがねじれ類であるための必要十分条件はUがGen U の相対射影加群になることである.
(2) V が極小余生成であるとする.このときCogen V がねじれのない類であるための必要十分条件は V がCogen V の相対入射加群になることである.
さらにUが極小生成かつ忠実でありGen Uがねじれ類になっているとするとExt1Λ(U,U) = 0である. 補題 3.1.5より U が忠実であることはDΛ ∈ Gen U となることと同値である. 命題3.2.6より τU はGen Uに対応するねじれのない類に含まれる.よってHomΛ(DΛ, τU) = 0となり,補題 2.2.4より pd U ≤ 1となる.以上をまとめる.
系 3.4.7. U ∈ modΛとする. U が極小生成かつ忠実で, Gen U がねじれ類になっているとする.このとき U は部分傾加群になる.
補題 3.4.8. U, V ∈ modΛとする.
(1) T = Gen U がねじれ類であるとき, T における直既約な相対射影加群の同型類の個数は有限であり, T における直既約な相対入射加群の同型類の個数と一致する.
(2) F = Cogen V がねじれのない類であるとき, F における直既約な相対射影加群の同型類の個数は有限であり, F における直既約な相対入射加群の同型類の個数と一致する.
証明. 証明の方針のみ述べる. Gen U = Gen U0となるようなUの直和因子の中で極小生成であるものが取れるので, U を極小生成と仮定してよい.また U の右零化イデアルをAnn U = {a ∈ Λ | Ma = 0}とおくと U はΛ/ Ann U 加群として忠実であり,
T ↪→ mod(Λ/ Ann U) ↪→ modΛと埋め込みが存在するので U は Λ加群として忠実としてよい. 以上のことを用いれば補題3.4.7より U は部分傾加群である.
{u1, . . . , ud}をHomΛ(Λ, U)の基底とし, u =
u1...
ud
: Λ −→ Udとおくと補題 3.1.5より uは
単射準同型である. U′= Coker U とおくと完全列
0 // Λu // Ud // U
′ // 0
が得られ, Gen U がねじれ類であるから U′ ∈ T であり, pd U ≤ 1であるから pd U ′ ≤ 1とな
る. このように定義した U′と U の直和 U ⊕ U ′ は傾加群であることが示すことができ,定理
3.2.9,系 3.3.10を用いることにより主張は示せる.
以上の準備の下,この節の最初に述べた定理 3.4.3を示すことができる.
33
証明. (1) =⇒ (2)任意のX ∈ modΛに対して Ext1Λ(T,X)の基底を {e1, . . . .ed}とする.
σi : 0 // X // E // T // 0
σ = (σ1, . . . , σd) : 0 // X // E // T n // 0
とおく.このときE ∈ T を示す. HomΛ(T,−)を適用させれば完全列が
HomΛ(T, Tn)
f // Ext1Λ(T,X)// Ext1Λ(T,E)
// Ext1Λ(T, Tn) = 0
となり, f : HomΛ(T, T n) −→ Ext1Λ(T, X) ((0, . . . , 0, 1, 0, . . . , 0) 7−→ σi)は明らかに全射である.ゆえに Ext1Λ(T, E) = 0となるからE ∈ T (T ) = T である.よって
HomΛ(E,−)|T // HomΛ(X,−)|T // Ext1Λ(T,−)|T = 0
より, X −→ Eは左 T 近似であるので, T は共変有限である.(2) =⇒ (3) Λ ∈ modΛの左 T 近似をとると, M ∈ T , f : Λ −→ M で
HomΛ(M,−)|T // HomΛ(Λ,−)|T // 0
なるものが取れる.このとき T = Gen M となることを示す.任意のX ∈ T に対して,ある n ∈ Nが存在して g : Λn −→ Xが全射準同型となる.すると
以下の可換図式が得られ,Λn
g //
""DDD
DDDD
D X
Mn
h
OO
gが全射であるから hも全射となる.よってX ∈ Gen M である.(3) =⇒ (1) T1, . . . , Tdを T における相対射影加群の非同型な直既約直和因子の完全代表系
とする.このとき T =d⊕
i=1
Tiは傾加群となることを示す. T の相対射影性よりExt1Λ(T, T ) = 0
である.一方全ての入射加群をT は含むからDΛ ∈ T であり,命題 3.2.6より τTi (i = 0, . . . , d)は T に対応するねじれのない類に含まれるので
HomΛ(DΛ, τT ) = 0
である.よってAR双対性より pd T ≤ 1となる.また補題 3.4.8より dは modΛの非同型な直既約入射加群の個数に等しいので, K0(Λ)の rankに一致し,系 3.3.10より T は傾加群である.
M も T における相対射影加群であるから, M ∈ T (T )となり T ⊆ T (T ). 一方, T ∈Gen M = T であるので, T = T (T )となる.
34
4 傾加群の変異と体積この章では基本的傾加群を求める手法として変異について述べる. また多元環上の基本的傾加群が全て求められたか否かを判定する「体積」を用いた手法について述べる. 4.1節, 4.2節では主に [3], [17], [26]で展開されたRiedtmann-Schofield , Happel-Ungerらによる傾加群の変異の理論に対し, self-containedでより簡潔な取り扱いを試みた.また 4.3節は主に [18]の内容をまとめた.
4.1 傾加群の半順序
2つの基本的傾加群の間に順序を定義する.
定義 4.1.1.X , Yを modΛの充満部分圏であるとする.このとき (X ,Y)が余ねじれ対であるとは以下を満たすときである.
(1) 任意のM ∈ X , N ∈ Yに対して Ext1Λ(M, N) = 0.
(2) Ext1Λ(M,−)|Y = 0ならばM ∈ X .
(3) Ext1Λ(−, N)|X = 0ならばN ∈ Y .
1つ傾加群が与えられると,それに応じてねじれ対が与えられたことと同様に余ねじれ対も傾加群によって与えられる.
定義 4.1.2.部分傾加群 T ∈ modΛに対して
Y(T ) := {C ∈ modΛ | Ext1Λ(T, C) = 0}X (T ) := {C ∈ modΛ | Ext1Λ(C,−)|Y(T ) = 0}
とおく.
T が傾加群であるとき Y(T )はねじれ対の話に現れた T (T )と同じものであるが ,余ねじれ理論の慣例に従って Y(T )と書くことにする.
補題 4.1.3. T ∈ modΛを部分傾加群とする.このとき任意のC ∈ modΛに対して完全列
0 // C // X // T ′ // 0
で T ′ ∈ add T, X ∈ Y(T )となるものが存在する.
35
証明. C ∈ mod Λをとる.Ext1Λ(T, C)はEndΛ(T )加群と見ることができるので mod EndΛ(T )における射影被覆 f : P −→ Ext1Λ(T, C)を考える. 射影 EndΛ(T )加群は HomΛ(T, T ′), T ′ ∈add T という形をしているので P = HomΛ(T, T ′)としてよい.
add T において米田の補題より f は σ ∈ Ext1Λ(T ′, C)によって与えられる. σに対応する完全列を
0 // C // X // T ′ // 0
とする.すると HomΛ(T, T ′) // Ext1Λ(T, C) // 0 となる. HomΛ(T,−)を適用することにより Ext1Λ(T,X) = 0,すなわちX ∈ Y(T )となる.
次は傾理論における Auslander-Reiten[3]によって与えられた 1つの基本定理である.
定理 4.1.4. [3]
(1) (X (T ),Y(T ))は余ねじれ対になる.
(2) X (T ) ∩ Y(T ) = add T .
(3) 任意のC ∈ modΛに対して完全列
0 // Y // X // C // 0
0 // C // Y ′ // X ′ // 0
でX, X ′ ∈ X (T ), Y, Y ′ ∈ Y(T )なるものが存在する.
証明. (1)Y ′ := {C ∈ modΛ | Ext1Λ(−, C)|X (T ) = 0}
とおく. Y(T ) = Y ′となることを示せばよい.T ∈ X (T )であるから Y(T ) ⊇ Y ′ ⊇ add T となる. 一方任意の Y ∈ Y(T )をとる.任意の
X ∈ X (T )に対して Ext1Λ(X, Y ) = 0となることから Y ∈ Y ′となる.よって Y(T ) ⊆ Y ′が成り立ち Y(T ) = Y ′が言える.
(2) T ∈ X (T ) ∩ Y(T )であるからX (T ) ∩ Y(T ) ⊇ add T は明らか.逆の包含を示す.そのためにまず T がY(T )を生成していること,すなわち任意の Y ∈ Y(T )に対して完全列
0 // Z // T ′f // Y // 0
でZ ∈ Y(T ), T ′ ∈ add T なるものが存在することを示す.全射準同型 g : Λk −→ Y (∃k ∈ N)をとる. T は傾加群だから完全列
0 // Λka // T k0
// T k1// 0
36
で T0, T1 ∈ add T なるものがとれる. Ext1Λ(T k1 , Y ) = 0となるから gは aを通過する. よって右 add T 近似 f : T ′ −→ Y は全射になり,完全列
0 // Ker f // T ′f // Y // 0
ができる.これにHomΛ(T,−)を適用し, fが右add T近似であることを用いればKer f ∈ Y(T )である.よって T は Y(T )を生成する.
Y ∈ X (T ) ∩ Y(T )をとる.すると上で示したように完全列
0 // Z // T ′f // Y // 0
でZ ∈ Y(T ), T ′ ∈ add T なるものが存在する. Y ∈ X (T )であることよりExt1Λ(Y, Z) = 0,すなわち完全列は分裂する.よって Y ∈ add T となる.
(3) C ∈ modΛをとり modΛにおける射影被覆 f : P −→ Cを考える. Z := Ker f とおくとZ ∈ modΛであり補題 4.1.3を用いると完全列
0 // Z // Y // T ′ // 0
で Y ∈ Y(T ), T ′ ∈ add T なるものがとれる. Zの押し出しを考えることにより
0 // Z //
²²
P //
²²
C // 0
0 // Y //
²²
X //
²²
C // 0
T ′ T ′
が得られX ∈ X (T )となることが言える.
注意 4.1.5.この命題より T がY(T )を生成, X (T )を余生成していることが分かる.
次の命題が傾加群の半順序を与える際に基本となる.
命題 4.1.6. T, U ∈ modΛを基本的傾加群とする.以下は同値になる.
(1) Ext1Λ(T, U) = 0.
(2) X (T ) ⊆ X (U).
(3) Y(T ) ⊇ Y(U).
(4) 完全列 0 // T // U0 // U1 // 0 で U0, U1 ∈ add U なるものが存在する.
37
(5) 完全列 0 // T1 // T0 // U // 0 で T0, T1 ∈ add T なるものが存在する.証明. (3)⇒(1), (2)⇔(3)は明らか. (4)⇒(3), (5)⇒(1)は長完全列をとれば示せる.
(1)⇒(5)を示す. T は Y(T )の生成加群であるから,完全列
0 // U1 // T0 // U // 0
で T0 ∈ add T, U1 ∈ Y(T )なるものがとれる. この完全列にHomΛ(−,Y(T ))を適用することにより
Ext1Λ(U1,Y(T )) = Ext2Λ(U,Y(T )) = 0が得られる.よって U1 ∈ X (T )となるので U1 ∈ X (T ) ∩ Y(T ) = add T となる.
(1)⇒(3)を示す.Y ∈ Y(U)をとる. U はY(U)の生成加群であるから,完全列
0 // Y1 // U0 // Y // 0
で U0 ∈ add U なるものがとれる.この完全列にHomΛ(T,−)を適用することにより
Ext1Λ(T, Y ) = Ext2Λ(T, Y1) = 0
となる.よって Y ∈ Y(T )となる.(3)⇒(4)を示す. U は傾加群であるから補題 4.1.3より
0 // T // Y // U ′ // 0
で Y ∈ Y(U), U ′ ∈ add Uなるものがとれる. (3)の仮定とHomΛ(−,Y(U))を適用することにより
Ext1Λ(Y,Y(U)) = 0が得られる.よって Y ∈ X (U)となるので Y ∈ X (U) ∩ Y(U) = add U が得られる.定義 4.1.7.基本的傾Λ加群の同型類のなす集合を tilt Λで表す.
T, U ∈ tilt Λが命題 4.1.6の条件を満たすとき T ≥ U と定義する.‘≥’ の性質として次のものがある.
命題 4.1.8. (1) tilt ΛはΛを唯一つの極大元とする半順序集合となる.
(2) T ≥ U ≥ V ならば add T ∩ add V ⊆ add U .証明. (2) T ≥ U ≥ V より Y(V ) ⊆ Y(U), X (T ) ⊆ X (U)となる.よって
add T ∩ add V ⊆ X (T ) ∩ Y(V ) ⊆ X (U) ∩ Y(U) = add U
が得られる.(1) (2)を用いると T ≥ U ≥ T ならば T = U が得られる.
38
定義 4.1.9. tilt Λの元を点とし, X, Y, Z ∈ tilt Λに対して「X > Y かつX ≥ Z ≥ Y ならばX = Z または Y = Z」が成り立つときX から Y へ矢印を 1本引くことによって定まるquiverをHasse quiverといい−→KΛで表す.また矢印を辺で置き換えたものをHasseグラフと呼ぶ.
命題 4.1.10.T, U ∈ tilt Λが T > U を満たすとする.
(1) 次を満たす完全列 0 // Ta0 // U0
a1 // U1 // 0 が存在する.
(a) Ui ∈ add U, a0 ∈ radΛ(T, U0), a1 ∈ radΛ(U0, U1).(b) U1 6= 0.(c) add U = add(U0 ⊕ U1)かつ add U0 ∩ add U1 = 0.
(2) 次を満たす完全列 0 // T1b1 // T0
b0 // U // 0 が存在する.
(a) Ti ∈ add T, b0 ∈ radΛ(T0, U), b1 ∈ radΛ(T1, T0).(b) T1 6= 0.(c) add T = add(T0 ⊕ T1)かつ add T0 ∩ add T1 = 0.
証明. (2)を示す. (1)も同様に示せる.命題 4.1.6(5)における完全列の直和因子として
0 // T1b1 // T0
b0 // U // 0
で b0 ∈ radΛ(T0, U), b1 ∈ radΛ(T1, T0)なるものがとれる. add T0 ∩ add T1 = 0となることを示す. Ext1Λ(U,U) = 0より任意の f : T1 −→ T0に対して b0f = gb1を満たす g : T0 −→ U が存在する. また Ext1Λ(T, T ) = 0であることから g = b0sを満たす s : T0 −→ T0が存在する.よって b0(f − sb1) = 0であることから f = sb1 + b1tとなる t : T1 −→ T1が存在する.
0 // T1b1 //
f²²
t
~~~~~~
~~~
T0b0 //
g
²²
s
~~~~~~
~~~
U // 0
0 // T1b1 // T0
b0 // U // 0
よってHomΛ(T1, T0) = EndΛ(T0)b1 + b1 EndΛ(T1) ⊆ radΛ(T1, T0)
となり add T0 ∩ add T1 = 0を得る.
39
4.2 傾加群の変異
1つの傾加群から別の傾加群を構成する手法として変異 (mutation)と呼ばれるものが知られている.
定義 4.2.1. U ∈ modΛを基本的傾加群とし, U = X ⊕ T (Xは直既約)とする.
(1) modΛにおける完全列
Xf // T ′ // Y // 0
で f がXの左極小 add T 近似となるものをとる.
pd Y ≤ 1かつ f が単射であるとき ν+X(U) := Y ⊕ T を U の左変異という.
(2) modΛにおける完全列0 // Z // T ′′
g // X
で gがXの右極小 add T 近似となるものをとる. gが全射であるとき ν−X(U) := Z ⊕ Tを U の右変異という.
左と右を区別せずに単に変異と呼ぶことがある.定義から分かるように左変異,右変異は常に存在するとは限らない.単射であるような左極
小 add T 近似,全射であるような右極小 add T 近似が存在しないときにはそれぞれ左変異,右変異が定義されない.変異が存在するときには次が成り立つ.
命題 4.2.2. U ∈ modΛを基本的傾加群とし, U = X ⊕ T (X は直既約)とする.このとき次が成り立つ.
(1) ν+X(U)が存在すれば傾加群である.
(2) ν−X(U)が存在すれば傾加群である.
証明. (2)を示す. (1)も同様に示すことができる.ν−X(U)が存在することより完全列で
0 // Yg // T ′
f // X // 0
f が右極小 add T 近似になるものがとれる. 完全列に HomΛ(T,−)を適用することによりExt1Λ(T, Y ) = 0を得る.一方HomΛ(−, T ⊕X)を適用することによりExt1Λ(Y, T ⊕X) = 0を得る.
ここで HomΛ(Y, T ′)f• // HomΛ(Y, X) // 0 が完全列になることを示す. これが成り立
てばHomΛ(Y,−)を適用することにより Ext1Λ(Y, Y ) = 0が得られる.
40
a ∈ HomΛ(Y, X) をとる.すると Ext1Λ(X, X) = 0 であることより a = gb となる b ∈HomΛ(T
′, X)が存在する.また fは右 add T 近似であることから b = fcとなるC ∈ EndΛ(T ′)が存在する.ゆえに a = f(cg)となるので, HomΛ(Y, T ′)
f• // HomΛ(Y,X) // 0 が完全列となる.以上よりExt1Λ(T ⊕ Y, T ⊕ Y ) = 0が言える.また pd(T ⊕X) ≤ 1であるから pd Y ≤ 1となり T ⊕ Y は部分傾加群である.
f は X の右極小 add T 近似であるから X,Y /∈ add T である. T ⊕ X は傾加群であり,T ⊕ Y, T ⊕Xの非同型な直既約直和因子の個数を比較すると系 3.3.10より ν−X(U) = T ⊕ Yは傾加群になる.
後で定理4.2.10で示すが基本的傾加群の1個の直既約直和因子に対して変異は高々1個しか存在しないことが言える.つまり変異が存在したとき左 (右)変異が存在すれば右 (左)変異が存在しない.
‘≥’ の定義より直ちに変異について次が成り立つ.命題 4.2.3. U ∈ tilt Λとする.
(1) ν−X(U)が存在すれば ν−X(U) > U .
(2) ν+X(U)が存在すれば U > ν+X(U).
命題 4.2.4. T, U ∈ tilt Λが T > U を満たすとする.(1) T ≥ ν−X(U) > U を満たす U の直既約な直和因子Xが存在する.(2) T > ν+Y (U) ≥ U を満たす U の直既約な直和因子 Y が存在する.証明. (1)のみ示す. (2)も同様に示すことができる.命題 4.1.10(1)より完全列
0 // Ta1 // U0
a0 // U1 // 0
で a0 ∈ radΛ(U0, U1), a1 ∈ radΛ(T, U1), add U = add U0⊕ add U1, add U0 ∩ add U1 = 0となるものが存在する. U1の直既約な直和因子をXとし, U = V ⊕Xとする.すると完全列
0 // Y // V ′f // X // 0
で f がXの右極小 add V 近似となるものがとれる. T < ν−X(U) = V ⊕ Y となることを示せばよい.
s ∈ HomΛ(T, X)をとると Ext1Λ(U,X) = 0であることから sは a0を通過する.また U0 ∈add V であるから sは f を通過する.よって完全列
HomΛ(T, V′)
f• // HomΛ(T, X) // 0
が得られる. HomΛ(T,−)を適用することにより Ext1Λ(T, Y ) = 0となり, T > ν−X(U)となる.
41
定義 4.2.5. T ∈ modΛを基本的とする.
(1) X ∈ modΛに対して T ⊕Xが基本的傾加群となるとき, Xを T の補因子 (complement)であるという.
(2) Tが直既約な補因子を持つときTを概傾加群 (almost complement tilting module)という.
(3) T の補因子Xが Y(T ) = Y(T ⊕X)を満たすとき Bongartz補因子という.
補因子は 1つとは限らないが次の命題より Bongartz補因子はただ 1つ存在することが言える.
命題 4.2.6.基本的部分傾加群はただ 1つのBongartz補因子を持つ.
証明. 存在することを示す. T ∈ modΛを基本的傾加群としたとき補題 3.1.6の証明におけるT ⊕EがBongartz補因子となる.実際M ∈ Y(T )をとると,補題 3.1.6の証明における完全列
0 // Λ // E // T d // 0
にHomΛ(−,M)を適用することによりExt1Λ(E, M) = 0となりY(T ) = Y(Y ⊕ E)が言える.一意性を示す. T ∈ modΛを基本的としX, X ′をそのBongartz補因子とする.
Y(T ) = Y(T ⊕X) = Y(T ⊕X ′)
であるからT ⊕X ∼= T ⊕X ′
となる. T ⊕X, T ⊕X ′は傾加群であるから系 3.3.10よりX ∼= X ′でなければならない.
Bongartz補因子は加群の極小被覆によって特徴付けることができる.
定義 4.2.7. M ∈ modΛを基本的とする.M の直和因子N がM の被覆 (cover)であるとは,ある n ∈ Nが存在してNn −→ M が全
射となることである. Mの被覆Nが極小 (minimal)であるとは, Mの任意の被覆がNと同型な直和因子に持つことである.
命題 4.2.8.任意の加群に対して極小被覆が存在する.
証明. M ∈ modΛに対して, N1, N2をM の被覆とする. N1, N2の共通の直和因子で極大なものをN とおく.また Γ := EndΛ(N1)とおく. N がM の被覆となることを言えばよい. Γのイデアルとして
HomΛ(N2, N1) HomΛ(N1, N2) ⊆ radΓ(N1, N1) + HomΛ(N,N1) HomΛ(N1, N)
42
が成り立つ. またN1, N2がそれぞれM の被覆であることからN1はN2の被覆, N2はN1の被覆であり
N1 = HomΛ(N2, N1)N2かつN2 = HomΛ(N1, N2)N1(HomΛ(Ni, Nj)Ni :=
∑
f∈HomΛ(Ni,Nj)Im f
)
が成り立つ.よって
N1 = HomΛ(N2, N1) HomΛ(N1, N2)N1
⊆ radΓ(N1, N1)N1 + HomΛ(N, N1) HomΛ(N1, N)N1⊆ radΓ(N1, N1)N1 + HomΛ(N, N1)N
となる. Γop加群として中山の補題を用いると
N1 = HomΛ(N,N1)N
となるのでN はN1の被覆であることが言え,さらにM の被覆となる.
命題 4.2.9. U = T ⊕X ∈ tilt Λとする.(1) Xが T のBongartz補因子になる必要十分条件はXがU の極小被覆の直和因子になることである.
(2) 直既約加群Xが T のBongartz補因子でないならば ν−X(U)が存在する.
証明. (1): (⇒) Xを T の Bongartz補因子としXの直既約な直和因子X ′は U の極小被覆の直和因子ではないとする.また U = T ′ ⊕X ′とおく.すると完全列
0 // Y // T ′0f // X ′ // 0
で f がX ′の右 add T ′近似となるものが存在するので ν−X′(U) = T′ ⊕ Y ∈ tilt Λとなる.ゆえ
に Y ∈ Y(T ′)が得られる. Xは Bongartz補因子であることから
Y ∈ Y(T ′) = Y(U)
となり, Ext1Λ(X′, Y ) = 0.よって f が分裂全射となりX ′ /∈ add T ′に矛盾する.
(⇐) XがUの極小被覆の直和因子となっているときY(T ) ⊆ Y(U)となることを言えばよい. Xは部分傾加群であるから補題 4.1.3を適用することにより,任意のC ∈ Y(T )に対して完全列
0 // C // Mf // X ′ // 0
で X ′ ∈ add X, M ∈ Y(X)なるものが存在する. C,X ′ ∈ Y(T )よりM ∈ Y(T )のなでM ∈ Y(U)である. この完全列の直和因子をとることにより f ∈ radΛ(M, X ′)と仮定して
43
よい. U は Y(U)の生成加群であり, M ∈ Y(U)であるから全射準同型 g : U ′ −→ M でU ′ ∈ add Uなるものが存在し fg : U ′ −→ X ′も全射で fg ∈ radΛ(U ′, X ′)となる. XはUの極小被覆の直和因子であるからX ′ = 0が言える.よってC = M ∈ Y(U)となり Y(T ) ⊆ Y(U)が示された.
(2)は (1)より従う.
定理 4.2.10.T ∈ modΛを概傾加群とする.このとき次のいずれかが成り立つ.
(1) T の補因子はBongartz補因子のみである.
(2) T の補因子はX, Y の 2つ存在しXがBongartz補因子で ν+X(T ⊕X) = T ⊕ Y である.
証明. (1) Bongartz補因子が存在することは既に示した.(2) Y0 は T の補因子であって Bongartz補因子でないとする. すると命題 4.2.9(2)より
ν−Y0(T ⊕ Y0)が存在する.すなわち完全列
0 // Y1 // T0 // Y0 // 0
で T0 ∈ add T, ν−Y0(T ⊕ Y0) = T ⊕ Y1なるものがとれる. もし Y1がBongartz補因子でないとすると同様にして
0 // Y2 // T1 // Y1 // 0
でT1 ∈ add T, ν−Y1(T ⊕Y1) = T ⊕Y2なるものがとれる.ここで 1つ目の完全列にHomΛ(−, Y2)を適用することにより
Ext1Λ(Y1, Y2) = Ext2Λ(Y0, Y1)
が得られる. しかし 2つ目の完全列は分裂しないので Ext1Λ(Y1, Y2) 6= 0であるのに対して,pd Y1 ≤ 1なので Ext2Λ(Y0, Y1) = 0となり矛盾する. よってX = Y1, Y = Y0とおけばX がBongartz補因子で ν+X(T ⊕X) = T ⊕ Y となっている.
定理より次が言える.
系 4.2.11.T, U ∈ tilt Λとし, T とU の直和因子は直既約直和因子 1個を除いて一致しているとする.このとき T と U は変異の関係にある.
系 4.2.12.T, U ∈ tilt Λとする.このとき以下は同値になる.
(1) tilt ΛのHasse quiverにおいて T から U への矢印が存在する.
(2) T = ν−X(U)となるような U の直既約な直和因子Xが存在する.
(3) U = ν+Y (U)となるような T の直既約な直和因子 Y が存在する.
44
証明. (1)⇒(2) T > Uであるから命題 4.2.4よりUの直既約な直和因子で T ≥ ν−X(U) > Uなるものが存在する.よってHasse quiverの矢印の定義より T = ν−X(U)である.
(2)⇒(3) これは変異の定義から明らか.(3)⇒(1) 直既約加群X, Y を用いて T = T ′ ⊕X, U = T ′ ⊕ Y と表せる.もし V ∈ tilt Λが
T > V > U を満たすならば,命題 4.1.8より T ′ ∈ add T となる. しかしこれは定理 4.2.10に矛盾する.
定理 4.2.13.tilt �