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12第2回 病気を引き起こす病原体の種類 花き病害 特徴 診断・防除 富山県農林水産 総合技術センター 農業研究所 ちく よし あき 昭和₅₀年、大阪府立大学農学部大学院修士修了。昭和₆₄年、大阪府立 大学農学博士。現在は、富山県農林水産総合技術センター農業研究所 勤務。専門は植物病理学。現役時代は北海道農試を振り出しに野菜・ 茶試などを経て農研機構 花き研究所などで花き病害の研究に従事。 クロミスタ(卵菌類) ↑土壌伝染性病害。地際部の茎は黒変し、地上部はしおれ、 やがて枯死する。(病原菌名: Pythium spp. ↑土壌伝染性病害。地上部はしおれる。 葉や茎は褐変し、やがて倒伏枯死する。 (病原菌名: Phytophthora nicotianae↑葉裏の退緑病斑。ここに分生子が形成され ている。(病原菌名: Peronospora sparsa↑葉の裏側に形成された霜状の本菌の分生子。 (病原菌名: Peronospora danica↑葉表の病斑。不整形で退緑し、褐変もみられる。 (病原菌名: Peronospora sparsaゼラニウム茎 くき ぐされ ニチニチソウ疫病 バラべと病(葉裏の様子) バラべと病(葉表の様子) キクべと病 2018 タキイ最前線 秋種特集号 67

花き病害 と診断・防除 - TAKII(病原菌名:Pseudomonas viridif ava) ↑葉の表は退緑した斑点、裏は白く盛り上がった病斑ができる。白く見え

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Page 1: 花き病害 と診断・防除 - TAKII(病原菌名:Pseudomonas viridif ava) ↑葉の表は退緑した斑点、裏は白く盛り上がった病斑ができる。白く見え

 

前回は、花の病害に関する研究の現

状や、植物の病気にはさまざまな微生

物が関与することをお話しました。病

気を引き起こす微生物の種類として、

大きさの順に、糸状菌、細菌、ファイ

トプラズマ、ウイルス、ウイロイドが

あり、今回はこれらの病原体について

詳しくみていきましょう。

糸状菌

 

これはいわゆる「かび」による病害で

す。植物病害のおよそ8割は糸状菌病

害だといわれ、草花は日本植物病名目

録では1243件の記録があります。

ただ、糸状菌といっても種類がたくさ

んあり、生物学的にはプロトゾア(原

生動物)、クロミスタ(卵菌類)、菌(真菌)

に大別され、真菌はさらに4種類に分

かれます。

●プロトゾア︵原生動物︶

 

聞き慣れない名前ですが原生動物と

いう意味で、この中にわずかに植物病

原菌が含まれています。人工培養がで

きない絶対寄生菌で水中を自力で遊泳

する遊走子をつくります。糸状の菌糸

体はありません。アブラナ科野菜の根

こぶ病が代表例ですが、草花ではこれ

に属する病害はありません。

●クロミスタ︵卵菌類︶

 

これも聞き慣れない名前だと思いま

すが、現在の系統分類学では生物は五

第2回 病気を引き起こす病原体の種類

花き病害の特徴と診断・防除

富山県農林水産総合技術センター 農業研究所

築ちく

尾お

 嘉よし

章あき

昭和₅₀年、大阪府立大学農学部大学院修士修了。昭和₆₄年、大阪府立大学農学博士。現在は、富山県農林水産総合技術センター農業研究所勤務。専門は植物病理学。現役時代は北海道農試を振り出しに野菜・茶試などを経て農研機構 花き研究所などで花き病害の研究に従事。

クロミスタ(卵菌類)

↑土壌伝染性病害。地際部の茎は黒変し、地上部はしおれ、やがて枯死する。(病原菌名:Pythium spp.)

↑土壌伝染性病害。地上部はしおれる。 葉や茎は褐変し、やがて倒伏枯死する。 (病原菌名:Phytophthora nicotianae)

↑葉裏の退緑病斑。ここに分生子が形成されている。(病原菌名:Peronospora sparsa)

↑葉の裏側に形成された霜状の本菌の分生子。 (病原菌名:Peronospora danica)

↑葉表の病斑。不整形で退緑し、褐変もみられる。 (病原菌名:Peronospora sparsa)

ゼラニウム茎くき

腐ぐされ

病 ニチニチソウ疫病

バラべと病(葉裏の様子)バラべと病(葉表の様子)

キクべと病

2018 タキイ最前線 秋種特集号 67

Page 2: 花き病害 と診断・防除 - TAKII(病原菌名:Pseudomonas viridif ava) ↑葉の表は退緑した斑点、裏は白く盛り上がった病斑ができる。白く見え

界または八界に分かれるというのが定

説になっています。クロミスタは新た

につくられた界でいわば偽に

菌きん

類るい

です。

この仲間も水中を自力で遊泳する遊走

子をつくる時代があり、かつ糸状の菌

糸体をもちます。菌糸に隔壁がなく、

いわば中空のチューブのような状態で

す。細胞の中に多数の核が存在し、有

性繁殖をして卵胞子と呼ばれる器官を

つくるため、卵菌類と呼ばれています。

各種苗の立た

枯が

れ症状を起こすピシウム

菌やべと病菌、疫え

病菌などが例となり

ます。草花は病名目録では125件の

記録がある重要なグループです。

●真菌

 

真菌は接合菌類、子のう菌類、不完

全菌類、担子菌類の4種類に細分され

ます。それぞれ生物学的には異なる種

類ですが、形態的には「かび」でまとめ

られます。真菌類では水中を遊泳する

細胞をつくることはありません。

 

接合菌類は菌糸がよく発達しますが、

卵菌類と同じく菌糸の隔壁はありませ

ん。接合という有性生殖を行い、接合

胞子をつくるのが特徴です。どちらか

といえば病原菌よりはものを腐らせる

かび(腐生菌)の方が多く、くもの巣か

び病やこうがいかびが代表例でしょう。

草花では病名目録に3件の記録があり

ます。 

 

子のう菌類は菌糸体上に子のうと呼

ばれる袋状の器官が形成され、中に通

常8個の子のう胞子が入っています。

この8個の子のう胞子は1個の接合子

が減数分裂した後で、さらに1回分裂

してできたものです。非常にたくさん

の糸状菌がここに属します。無性的に

増殖する過程(不完全世代)も併せもち

ます。

 

不完全菌類は分生子と呼ばれる胞子

で、もっぱら無性生殖によって増殖す

る菌類です。有性世代がないまたは、

見つかっていない菌類のグループ(そ

ういう意味で不完全)で非常に多様で

すが、近年の分子系統解析から子のう

↑土壌伝染性病害。地上部が萎い

凋ちょう

し、やがて枯死する。 (病原菌名:Fusarium oxysporum f. sp. callistephi)

↑土壌伝染性病害。地上部はしおれる。写真は地際茎の断面で、茎の維管束が褐変しているのが分かる。(病原菌名:Verticillium dahliae)

↑葉表の不整形病斑、病斑が多くなると落葉する。 (病原菌名:Diplocarpon rosae)

子のう菌類

不完全菌類

↑主に葉表が白い粉を振りかけたようになる。激発すると葉が変形する。 (病原菌名:Erysiphe aquilegiae var. aquilegiae)

↑葉の表、裏ともに白粉をまぶしたようになる。 (病原菌名:Uncinula verniciferae)

ハグマノキうどんこ病

バラ黒星病

オダマキうどんこ病

リアトリス半はん

身しん

萎い

凋ちょう

アスター萎凋病

68 2018 タキイ最前線 秋種特集号

Page 3: 花き病害 と診断・防除 - TAKII(病原菌名:Pseudomonas viridif ava) ↑葉の表は退緑した斑点、裏は白く盛り上がった病斑ができる。白く見え

菌類や担子菌類に属すると考えられ進

化の過程で有性世代を失った、または

失いつつある菌類と考えられています。

不完全菌類の中には完全世代を時々つ

くるものがあるので、不完全菌に入れ

るのか、子のう菌類または担子菌類に

分類するのか迷う菌類があります。こ

れも草花病害には多数あります。

 

担子菌類はいわゆるキノコの仲間で

すが、植物病原菌の中ではキノコをつ

くるものはありません。菌糸の末端に

担子器と呼ばれる胞子をつくることに

特化した細胞が形成され、さび病菌や

もち病菌が代表例になります。病名目

録では135件の記録があります。

細菌類

 

細菌は原核生物で核と細胞質の区別

がありません。単細胞で、無性的に二

分裂で増殖します。体表面にべん毛と

呼ばれる器官をもち、小範囲の移動は

可能です。体が非常に小さいため広範

囲の移動はもっぱら他動的で雨滴、地

表の流水、潅漑水などとともに動き、

植物に到達します。

 

病名目録では、細菌病害は草花で1

72件の記録があり、人類や動物の病

気は細菌病が最も多いのですが、植物

は表面を細胞壁という厚い壁で守られ

ているので細菌は侵入しにくいのです。

しかし、風によって植物同士がこすれ

たり、農作業の芽かきや摘芯作業など

で傷口ができたりすると、ここから細

菌が侵入します。

ファイトプラズマ

 

ファイトプラズマは細菌の一種です

↑若い葉がおもちのようにふくらみ変形する。写真は湿度が高い時期なので表面に菌糸が伸びている。(病原菌名:Exobasidium cylindrosporum)

←土壌伝染性病害。地上部が生育不良になり、掘りとると左半分が軟化・腐敗している。顔を近づけると強い腐敗臭がする。真上から見て左半分が罹

病している。(病原菌名:Pectobacterium carotovorum)

↑葉や茎が熱湯をかぶったように黒変する。(病原菌名:Pseudomonas viridif ava)

↑葉の表は退緑した斑点、裏は白く盛り上がった病斑ができる。白く見えるのは本菌の夏胞子の塊。(病原菌名:Puccinia horiana)

↑葉の表は退緑した黄色い斑点になる。その裏側はふくらみ、ひげのような突起物(さび胞子堆)ができる。

 (病原菌名:Gymnosporangium yamadae)

↑土壌伝染性病害。根や地際付近の茎が肥大し、こぶのようになる。

 (病原菌名:Rhizobium radiobacter)

担子菌類

細菌類

ズミ赤星病キク白さび病

ツツジもち病

アスター黒斑細菌病 バラ根頭がんしゅ病

カラー軟なん

腐ぷ

2018 タキイ最前線 秋種特集号 69

Page 4: 花き病害 と診断・防除 - TAKII(病原菌名:Pseudomonas viridif ava) ↑葉の表は退緑した斑点、裏は白く盛り上がった病斑ができる。白く見え

が一般細菌とは異なり細胞壁をもたず

難培養性のため区別されています。病

名目録では草花で23件の病害が記録さ

れ、ほかの作物と比べても多い方です。

本病はヨコバイなどの昆虫と接ぎ木に

よって媒介され、アジサイ葉化病が該

当します。

ウイルス

 

細菌までは光学顕微鏡で見えますが

ウイルス以下は電子顕微鏡でしか見え

ません。ウイルスは細胞壁がなく核酸

とタンパク質から構成される感染因子

です。単独では自らの体を複製するこ

とができませんが宿主側の組織を借り

て複製して増殖します。ウイルス病に

かかると花の色割れや葉のモザイク症

状を引き起こし、花の観賞価値を下げ

てしまいます。

 

病名目録では草花で208件の記録

がありますが、ウイルス病も自らの力

では植物体に侵入することができませ

ん。しかし、アブラムシなどの昆虫が

吸汁するときにその口針の周りにウイ

ルスが付着し、植物体内に侵入します。

また、虫体内で増殖したウイルスが吸

汁時に感染することもあります。これ

はウイルスと昆虫の種類によって決ま

っています。ウイルス病に直接効果の

ある農薬はほぼないといえるので、媒

介昆虫を防除することが対策となりま

す。汁液で移る場合もあるので、剪せ

定てい

ばさみの消毒も必要です。場合によれ

ば、芽かき時の人の手も十分伝染源に

なります。

ウイロイド

 

ウイロイドとはウイルスもどきとい

う意味です。ウイルスよりもさらに小

さく、世界最小の病原体といわれます。

草花では5件の記録があり、ウイロイ

ドはほとんどむき出しのRNA(リボ

核酸)で、植物にのみ存在し動物から

は検出されません。

センチュウ

線虫病とは土壌中に生息しているセ

ンチュウと呼ばれる線形動物門(人体

に寄生するカイチュウ、ギョウチュウ

もセンチュウの一種です)に属する動

物が植物の根に寄生して害を与えるも

のです。

 

草花で194件と記録も多い方で、

キクでは根こぶ線虫病、根ね

腐ぐされ

線虫病、

葉枯線虫病などが知られています。ネ

コブセンチュウは各種花き類の根にこ

ぶを多数作り、植物体はしおれたり、

立枯れ症状を起こし病害のように振る

舞います。そのためセンチュウ害も病

害扱いになります。

※日本植物病名目録URL…http://www.gene.affrc.go.jp/databases-micro_pl_diseases.php

↑花弁の色割れと全体の生育の抑制が見られる。 (病原体名:Tulip breaking virus)

↑左が罹病株、右が健全株。全体に生育が抑制されるが、開花はむしろ促進される。

 (病原体名:Chrysanthemum stunt viroidなど)

←土壌伝染性病害。地上部がしおれ始め、徐々に進む。掘り起こすと根に大量のこぶが形成されている。

(病原体名:Meloidogyne arenaria)

↑CMVを人工接種して再現された病徴。 (病原体名:Cucumber mosaic virus)

ウイルス病ウイロイド病

線虫病

トルコギキョウえそモザイク病

チューリップモザイク病キクわい化病

キンギョソウ根こぶ線虫病

花き病害の特徴と診断・防除

70 2018 タキイ最前線 秋種特集号