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抽象性の絵画的価値について 桃野盛輔 [2011 年度 多摩美術大学大学院美術研究科 修士論文/2011, Master Thesis, Graduate School of Art and Design, Tama Art University] [抽象性の絵画的価値、桃野盛輔、31012045、所属 博士前期(修士)課程、絵画専攻、油画/ The Pictorial Values of Abstractness, Seisuke Momono, 31012045, Oil Painting Field, Painting Course, Master Program]

抽象性の絵画的価値について 桃野盛輔 - Tama Art …...セプトの主張に重点を置いているからである。それぞれの作家のコンセプトについてはここで

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抽象性の絵画的価値について

桃野盛輔

[2011年度 多摩美術大学大学院美術研究科 修士論文/2011, Master Thesis, Graduate School

of Art and Design, Tama Art University]

[抽象性の絵画的価値、桃野盛輔、31012045、所属 博士前期(修士)課程、絵画専攻、油画/

(The Pictorial Values of Abstractness, Seisuke Momono, 31012045, Oil Painting Field,

Painting Course, Master Program)]

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目次

序文 p2

章1 『美術史における抽象絵画』 p3,4

章2 『抽象性の認識についての考察』 p5,6

2-1 抽象性について p5

2-2 豊かな抽象性とは p5,6

章3 『これからの美術と抽象性の役割』 p6,7,8

3-1、絵画における抽象性の価値 p6,7

3-2 抽象画とコンセプトの関係性 p7

3-3 現代の抽象画について p8

章4 『制作について』 p9,10,11

結論 p12

参照資料 p13,14

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序文

抽象表現主義によって始まった絵画による抽象表現。それが今の美術にとってどのような役割

を担うものであるのか。また、抽象表現主義の時代には十分に考察されなかった抽象性に関す

る問題をどのように解決し発展させて行くべきか。それらの事柄に対し、抽象絵画の歴史的側

面と可能性を考える。そして、それをどのように今後の制作に活かしていくのかについての考

察をするものとする。

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章1 『美術史における抽象絵画』

まず、美術史の中における抽象絵画の位置づけと、なぜ、今になって抽象画について考える

べきであるのかについて考察しておきたい。抽象絵画は印象派やフォービズムやシュールレア

リスムなどの作品に影響を受け、色面による分割や表面のマチエルによって構成的に絵画的な

表現を追求する為に生まれた。しかし、時代とともに、美術作品の持つコンセプトそのものが

重要視される様になり、抽象的な表現においても色や形や質以外のコンセプトを持っていなけ

れば作品として成立しないという考え方が主流となった。その影響により、抽象画は一時的な

抽象表現主義が台頭するも徐々に美術史の舞台から姿を消し、美術史からすれば既に終結した

表現であるとされるようになった。

しかしながら、抽象絵画は大きな問題を残したままである。それは、絵画の持つ抽象性の価

値とは一体何であるのかが不明瞭なままであると言う事だ。この問題について、誰も明確に示

す事無く、抽象絵画は歴史に埋もれしまっているのである。今も尚、美術に関わる人間のほと

んどが抽象絵画の持つ価値の存在を感じつつも、誰もその実態について明確に理解していない。

尚かつ完全にその価値を否定する事も出来ていない。その原因は、近代から現代の美術史にお

いてコンセプトの重要性が大きな割合を占める様になり、人々は作品に対し絵画的な事柄とコ

ンセプトという二つの見方をする様になってしまったからではないだろうかと私は考えている。

コンセプチュアルアートという概念の出現により、アートには主張が必要であるという考え

方が一般的になった。しかしながら、美術作品における主張が絵画的な抽象性とは無関係で具

体的なものになるにしたがって、観るものは言語性と抽象性の二つの事柄について考えざるを

えなくなった。そして、その言語性と抽象性は、時として分離してしまいかねない関係性を持

つ事になる。もちろん、優れた作品は言語性と抽象性が上手く絡み合い、観る者の言語性と抽

象性に同時に働きかける。コンセプトを暗示させる言語性と同じ方向性を持った抽象性を作品

に込める事で、ただの説明書きではない、優れた美術作品となり得るのである。

そのような、コンセプトを重要視する流れのなかで、抽象絵画は、絵画的な問題もしくはそ

れに付随する身体性や精神性に重点を置いており、コンセプトが稀薄な物であると認識される

ようになる。そして、抽象表現主義は次第にその姿を消し、もしくは、抽象的な表現にコンセ

プトを付加すべく、ミニマルアートやオプアートなどのコンセプチュアルな要素が強められた

表現へと派生して行った。ミニマルアートでは絵画的な表現の幅が極端に狭められ、色や形や

質感が最小限の規則性を持って構成される。それは、抽象性と言語性をつなぎ合わせるのでは

なく、抽象性を言語性の型にはめている行為であり、コンセプトとして設定した言語性に不必

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要とされる抽象性を排除した表現であると言える。その結果、抽象絵画はコンセプトを考える

事が、いつしかコンセプトに合わない部分を削り落としていくだけの極めて簡素で、抽象的な

情報の少ない表現になって行ったのである。つまりミニマルアートとは、絵画の持つ抽象性を

言語性として認識させようと試みた作品であり、言語性という容れ物の中に抽象性を閉じ込め

る事でコンセプトを明確にしようとしたのである。こういった抽象表現主義からミニマルアー

トへと発展して行く中でのコンセプトを重視する動きにより、抽象画は前もって言語化された

コンセプト以外の抽象性を切り落とされ、言語化できない抽象性を表現する事が困難になった。

しかしながら、抽象性とは言語化できないものを指す言葉であり、言語とは完全に一致する

事の無いものである。それを無理矢理一致させようとした時に、色や形や質感は豊かな抽象性

を失い、記号としてのみの存在となる。コンセプトを重視するあまりに、次第に言語性だけに

なってしまったのである。

しかし、私は絵画作品の持つ抽象性に大きな可能性を感じており、豊かな抽象性を持った絵

画の持つ可能性を追求したいと思っている。

図1 図2 図3

左からアド•ラインハート、ルチオ•フォンタナ、フランク•ステラ。ミニマルアートの作品に

おいて、視覚的な抽象性が稀薄な作品が多く観られる。その理由は、絵画的な要素よりもコン

セプトの主張に重点を置いているからである。それぞれの作家のコンセプトについてはここで

は説明はしないが、これらの作品の視覚的情報としての単純さについてのみ着目して欲しい。

図1Abstract Painting, RedAd ReinhardtOil on canvas (274.4 x 102 cm)http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A4856&page_number=14&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)図2Spatial Concept: ExpectationsLucio FontanaSynthetic polymer paint on slashed burlap (100 x 81.5 cm)http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A1930&page_number=5&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)図3The Marriage of Reason and Squalor, IIFrank StellaEnamel on canvas (230.5 x 337.2 cm)http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A5640&page_number=2&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)

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章2『抽象性の認識についての考察』

2-1 抽象性について

では、そもそも抽象性とは何であるのか。まず、抽象性について考えるにあたって、言葉によ

る認識について考えたい。普段、人は多くの物事を言葉で認識している。目に映った映像の中の

多くの情報から、必要な情報を言葉に変換する事で情報を整理している。そして、視覚情報を言

葉にすることが出来て、意思を相手に伝える事ができれば、ものを認識する事が出来ていると言

える。それだけで、ものを認識する上で困る事はない。極端に言うと、言葉とは、映像としての

情報を、必要最低限の記号にまとめて、人と共有する為に発達した手段だと言える。では、その

必要な情報を取捨選択して言葉に置き換える前の、映像としての情報には、いったいどれほど多

くの色と形が存在しているのだろうか。その色と形が言葉では形容する事の出来ないもの、すな

わち、そこに存在してはいるが、言葉として置き換える事ができないのであれば、そこに何かし

らの抽象性が秘められていると言えるのではないだろうか。

私たちは、日々目にするものから、無意識のうちに、何かしらの抽象性を感じ取っている。例

えば、自然の風景を観て何かしらの感覚を得た時、その感覚の全てを言葉で表現する事は難しい。

その言葉では表現しきれない部分は、言葉を知らないから表現できないのではない場合、もとか

ら当てはまる言葉の無いもの、つまり風景に含まれる抽象的な部分であると言える。また、人が

作った物の中にも、用途とは無関係な抽象性がある。例えば、道具の用途以外のデザイン上の付

加価値等がそれにあたる。多くの人は、その言葉では説明できない感覚を無意識に感じ取り、同

じ用途と利便性を持った物の中から比較し、デザインの中に含まれる抽象性に価値を感じて、物

を選んでいる。

このように、人は普段接している多くの物から抽象性を感じ取り、そこに何かしらの価値を見

出して行動していると言う事が出来る。

2-2 豊かな抽象性とは

では、人はそういったものの中に含まれる抽象性から一体何を感じ取り、結果どのような影

響が生じるのか。それは多種多様であり、そのものがどのような抽象性を持っているかが説明

しがたいのと同時に、それから得られる感覚を説明するのも、また難しいものである。ただ明

確に言える事は、それぞれの人がそれぞれの価値観で物の中に用途以外の価値があるかどうか

判断する時に、その物の中にある抽象性が影響しているという事である。

人は様々なものに対して、視覚的な価値があるのかそうでないかを感じ取っている。ではそ

の価値の基準は一体何であるのか。そして、その問題を考える事が抽象画を描く上で大切だと

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私は考えている。

では、視覚的に価値のある抽象性とは一体どのようなものか。それについて考える際に、私

は豊かな抽象性が重要だと考えている。好きなものは人それぞれであり、にぎやかなものが好

きな人がいれば、閑散としたものが好きな人もいる。つまり、万人が共通して価値を感じると

思えるものなど存在しない。しかし、豊かな抽象性とは、にぎやかさと閑散さ等を含む多くの

対立する事柄を同時に成立させる事で生まれる。つまり多くの抽象性の対比が画面上に存在し

ていれば、その中の激しさや静寂さに、見る人がそれぞれの価値を見つけ出す事が出来るので

はないか。そして、そういった複数の複雑な対比がある場面の事を、豊かな抽象性がある状態

であると私は考える。

章3 『これからの美術と抽象性の役割』

3-1 絵画における抽象性の価値

私が抽象絵画においてその抽象性の絵画的価値を明確に示す為に重要であるとしている事は、

言葉に頼らずに、より複雑な情報を画面の中に示す事である。言葉に頼らないという事は言語

性を排除するという事であるが、では、複雑な対比というものはどういうものであるのか。仮

に、色や形が何も無ければ単純であり、ただ画面を細かく分割するだけでも単純である。そし

て、色を均等に配分するのも単純である。かといって、闇雲に異なる種類のものを画面上に組

み合わせたところで、そのつなぎ目が分離して見えてしまえば、それは、ただ異質な物をくっ

つけただけの、単純なものであると言える。複雑な対比を作ろうとする時、まず始めに重要な

のは、元々複雑な対比を持った物の中から抽象性を抽出しようと試みる事である。または、そ

の複雑さを感じ取り、それを再構成しようと試みる事である。

その複雑さを理解する為に、まず、自然を観察する事が効果的であると私は考える。自然を

観察し、物が重力や時間や生存競争などの自然の条件の中でいかに形を複雑に変えて来たのか

を感じ取り、その合理性とランダムさを感じ取り、尚かつ、その法則性を抽象絵画として画面

上で再構成することで、自然の持つ抽象性を画面上で表現する事が出来る。その過程において、

元となる自然の形を暗示する言語的な性質は排除しなくてはならない。なぜなら、描く対象と

なる物、つまり抽象性を抽出する前の状態が安易にわかってしまっては、観る者に抽象性その

ものを直視させる事は出来ない。なぜなら観る者が抽象性を言語と同時に認識した時点で、そ

れは実際に存在している物と変わりない物となってしまい、自然の持つ複雑な抽象性を言語と

切り離して直視する事が出来なくなるからである。

つまり、自然から得た情報をもとに、言語性を排除した、純粋な色面を作らなければ、観る

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者はその自然の持つ抽象性を直視する事が出来ない。自然の持つ複雑さを表現しながら、自然

とは全くかけ離れた色面を作る事、つまり自然の持つ色や形のリズムだけを抽出する事で、観

る者は、言葉では説明できない自然の本質的な複雑さに直面する事が出来るのである。つまり、

自然から抽象性を取り出すという試みは、言い換えれば、自然から言語性を完全に取り除き、

自然の持つ複雑な法則性を視覚化する試みであるとも言う事が出来る。

3-2 抽象画とコンセプトの関係性

抽象画を描くにあたって抽象的な表現の他に、美術作品として成立させる為の言語的なコン

セプトを付け加えることは不要である。それは、ミニマルアートが絵画的な要素を限定し過ぎ、

絵画の持つ複雑な抽象性を失った理由を考えればよく分かる。美術作品の持つ抽象性は、言語

的な物に当てはめようとするに従って存在を失い、記号としての役割しか持たなくなる。それ

はつまり、抽象性の排除に繋がるのである。抽象性を失った絵画の持つ情報は非常に少なく、

それは言語性に重点を置いた現代美術の弊害であると言える。言語性によって統制された概念

により、絵画の持つ抽象性が稀薄になり、それにより、絵画表現の中にある抽象的な可能性は

失われ、次第に絵画の時代は終わったと言われるようになったのである。現代における美術作

品の価値において、抽象性そのものの重要性を考える作家は少ない。多くの作家が、何かを表

現する為の手段として抽象性を用いるというのが一般的である。その中で私は、抽象性そのも

のの持つ可能性に着目し、現代を取り巻くありとあらゆる物の中から純粋に抽象性を抽出し、

抽象性そのものの持つ絵画的な価値を、現代の美術に欠けている重要な部分であると明確に示

す事をコンセプトとしている。

つまり、私の制作する抽象絵画のコンセプトは、抽象性の持つ絵画的な価値の未知なる可能

性の追求であると言う事が出来る。その考えにたどり着いた理由として、人は古典的な絵画か

ら現代のアニメやゲームやファッションに至るまで、時代を超えて物や映像に対し、言語では

説明のつかない豊かな抽象性を求めて来たと考えているからである。人は、無意識に抽象性を

求めているのである。それは現代において、広告や商品のパッケージ、映像表現に至るまで多

様に存在し、人々はそれを無意識に感じ取っている。それは、言葉によらない部分で人間の行

動に影響を与えるものとして存在している。目で感じとることで、言語とは関わりのない領域

で人間の感情および行動に影響を与えるもの、言い換えれば視覚的デザインの効果に近い物で

ある。私は、それを絵画作品としての価値のある所まで充実させ、人の心に感動を与える形と

色を創造する事を目的としている。

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3-3 現代の抽象画について

現代において、人は過去の絵画作品からテレビやインターネットやゲームやアニメといった

ありとあらゆる物から情報を得ている。そしてそれは、過去とは比べ物にならない程の量と多

様性を持っている。つまり、そこから得た情報を展開させながら、今までに無かった新しい抽

象絵画を模索できる可能性を持っている。言い換えれば、過去の、今よりも視覚的な情報のバ

リエーションの少ない社会での抽象絵画は、現代に生きる人の感覚とは少しずれた物であると

言わざるをえない。私は、今までの抽象画の文脈を受け継ぎつつも、全く新しい最先端の現代

的な抽象を描こうと思っている。それは、もし過去の偉大な抽象画家が、その感性を持って現

代に生きていたら、一体どのような絵画を描くのだろうか、という疑問を自分なりにシミュレ

ーションし、一つの作品として統合する行動に近い。私が可能性を感じている抽象画は、ただ

現代を象徴する一場面を切り取ったものではなく、過去から現代まで全ての物の中から人間が

心地良いと感じて来た形を抽出して形にする抽象画なのである。モーリス•ルイスの描くグラデ

ーション(図1)、バーネット•ニューマンの描く巨大な色面(図2)、ピエト•モンドリアンの

描くバランスの取れたコンポジション(図3)、その他多くのスタイルに分解された抽象性の断

片を、抽象絵画という大きな枠組みのなかで現代の価値観のもとに統合し、画期的な絵画的価

値を生み出すのが現代の抽象画の理想であると私は考える。そのため、私の描く抽象画にはグ

ラデーション、色面、コンポジション等、抽象の枠組みの中にある事を全て取り入れて、現代

における抽象絵画として再構成をする試みを行っている。また、抽象画の元となるイメージに

おいても、自然から現代の町並み、またはアニメやゲームといった架空の世界など、過去から

現代までのありとあらゆる要素の中から抽象性を抽出しようと試みている。

図4 図5 図6

左からモーリス•ルイス、バーネット•ニューマン、ピエト•モンドリアンの作品。それぞれの

作家が異なった抽象性に着目し、それを自分なりのスタイルとして確立している。私はそれぞ

れの異なる要素を統合し再構成する事で、新しい抽象絵画を生み出すとともに、抽象性の価値

を最大限に引き出す事ができるのではないかと考えている。

図4 Russet Morris LouisSynthetic polymer paint on canvas (235.6 x 441.1 cm)http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A3607&page_number=2&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)図5 Vir Heroicus Sublimis Barnett NewmanOil on canvas (242.2 x 541.7 cm)http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A4285&page_number=11&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)図6 Composition with Red, Blue, Black, Yellow, and GrayPiet MondrianOil on canvas (76 x 52.4 cm)http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A4057&page_number=10&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)

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章4 『制作について』

私は、制作をするにあたって、明確に示したいコンセプトがある。それは、抽象性の絵画的

価値を研究し、明確に提示する事である。

例えば、人がずっと眺めていたくなる様な風景には、多くの場合それを裏付けする抽象的な

価値が含まれていると言う事ができる。そのような価値のある抽象性は風景だけではなく、人

が眺めていたい、目で感じていたいと思う全ての物に存在している。風景のような自然の一部

から、車などの人工物に至るまで、人が観ていたいと思う全ての物の中に存在している。しか

しながら、多くの物が持つ価値の中には、抽象的価値以外にも、ブランド性、機能性、個人的

な思い入れ等と言ったその他の事柄が多く含まれ、そういった多角的な価値の集まりとして存

在している。それに比べて、キャンバスに向かって、色面で画面を分割し、ただ観ていたいと

思える価値ある抽象性を模索する行為は、極めて単純でありながら、絵画的意味について深く

考えて行わざるを得ない。

では、その抽象性の絵画的価値をどう自分の作品の中で提示して行くかについてについて、

私の中でいくつか意識している事柄がある。まずは大まかな画面のイメージを作る際に、それ

がただの色面の分割ではなく、ある種の現実感を持ったものにする必要があるという事である。

それはどういう事かと言うと、画面を一つの映像的なイメージとして捉える際に、それをただ

の色面分割と模様の羅列ではなく、一つの風景の様な物として認識する事で、絵画に奥行きが

生まれ、より広い空間を利用した場面を示す事が出来る。

そして、一番重要な事は対比について考えるという事である。世の中の多くの事柄は相対的

な対比によって存在しており、海が広いという事も、砂が小さいという事も相対性無くしては

不確実な事であると言える。抽象性においても同じ事が言える。例えば、面と点と線の定義も

相対的な対比によって生まれている。逆に言えば、面や点や線を観るという事は相対性そのも

のを観ている事に他ならないのである。また、自然の風景の中には多くの相対的な対比が存在

しているが、全ての相対的な関係を理解する事は不可能であり、それ自体には意味がない事で

ある。あくまでも多くの抽象的な対比の中から絵画的に価値のある物を選び、それを表現しな

くてはならないのである。では、それをどのような基準で選んで描くべきなのか、私が理想と

しているのは多くの複雑な対比がある状態である。色も形も質感も単体では存在感が弱く、し

かしながら、全てが同列に混在した状態でも、その存在感が強まる事はない。では、一体どう

したら、色と形と質感の存在感が高まり画面に豊かさがでるのか。それについて考える事が絵

画の抽象的な絵画的価値を高める事にとって重要な役割を果たすのではないかと私は考えてい

る。

全体のバランスを考えながら、単調な対比を避け、より複雑で全体の関係性を理解するのが

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難しい豊な組み合わせを作る事で、風景や物が持つ抽象性の中にある絵画的価値のある部分を

画面上に表現する事が出来るのではないかと私は考えている。それを実現する為に、まず自然

の複雑さをよく観察する事、物の持つ形の複雑さを観察する事、そしてそれを画面上で表現す

る際に、その複雑さを失わないよう意識しながら再構成していく必要がある。

図7 図8

私は自分の制作において、色(色相、明度、彩度、グラデーションなど)、形(大小関係、点、

線、面など)、空間(奥行きを感じさせる形とそうではない形)、などの対比的な多くの要素に

対して着目している。そして、その対比の生み出す複雑さを一つの平面の中に表そうとしてい

る。

そしてもう一つ抽象絵画制作において大事にしている事は、何か一つの要素に固執しない事

である。前述した通り、私は抽象絵画に現実感と複雑さを求めている。抽象表現主義がおこっ

た時代に活躍した抽象画家の多くが作品を制作する際に、自ら絵画的要素にオリジナリティー

を求めて、技法化、形式化する事でその絵画のコンセプトの明確化とオリジナリティーの両立

を果たし成功して来た。しかし、その結果、もう既に多くの抽象画の画法的スタイルが確立さ

れ、使い果たされ、抽象絵画を描いてオリジナリティーを確立する事が出来なくなった。その

ような、作家独自のスタイルにオリジナリティーを求め、価値を持たせる手法では、自分の理

想とする抽象表現の可能性の追求は出来ない。なぜなら、私は、抽象絵画の持つ絵画的な抽象

性の価値はその画面に登場する抽象的要素の善し悪しのみで判断されるべきであると考えるか

らである。作家のオリジナリティーとは、言わばブランドの様な物であり、作品の抽象性とは

関係のない部分である。一般的には、作家のオリジナリティーは抽象絵画作品を評価する際の

一つの基準となるが、私はそれを基準に作品を評価する事はしない。そして、私は画家による

スタイルの確立は、抽象絵画の衰退の原因の一つであると考えている。なぜなら、もう既に過

去の作家たちにより、多くの抽象表現のスタイルが確立されてしまっている事が原因で、もう

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抽象表現は語り尽くされたものとしての現状を打破する事が出来ない状態になってしまってい

るのではないかと考えられるからである。だから私は、抽象表現の絵画的価値を模索すること

において独自のスタイルを見つける事がさほど重要ではない事を明確に表していると考えてい

る。スタイルにとらわれず、現時点における全ての抽象的表現のコンテキストの中から効果的

な組み合わせを選び、多くの要素を画面にとどめたいと考えている。過去に存在した抽象画家

が残した様々な断片的なスタイルやテクニックをまとめて、切り離された抽象的な断片をもう

一度再構成し、統合的な、豊かさをもった抽象絵画を制作する事が出来るのではないかと考え

る。

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結論

このようにして、私は、絵画の持つ抽象性を他の絵画的要素から切り離し、独立した価値とし

ての確立をしたいと考えている。それが何を持って証明されるかについては、現在のところ有効

な手段として、実際にそういった豊かな抽象性を持った絵画を制作する事以外に手段が見つから

ない。その為に、私は、抽象画を通して抽象的要素を自在に組み合わせて絵画的な価値を模索し

ている。これは絵画が歩んで来た道のりを再検証する為に、抽象性の絵画的価値を独立した絵画

的な価値のある物として捉える為の試みである。しかしながら、抽象表現主義の衰退により、美

術史の中でもう既に語り尽くされたものとして認識されている抽象性の絵画的価値を再認識し、

美術的価値として追求することは、現代の混沌とした美術史の中で絵画を語る上での一つの重要

な役割を担っていると言う事が出来るのではないのだろうか。情報が錯綜し、物事の本質が見え

づらくなっている世の中だからこそ、もう一度、自然から人工物に至まで、ありとあらゆる物事

を見つめ直し、その中から価値ある形と色について考察する事が、私の制作の目的であると言え

る。

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参照資料

図1

Abstract Painting, Red

Ad Reinhardt

Oil on canvas (274.4 x 102 cm)

http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A4856&page_number=1

4&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)

図2

Spatial Concept: Expectations

Lucio Fontana

Synthetic polymer paint on slashed burlap (100 x 81.5 cm)

http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A1930&page_number=5

&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)

図3

The Marriage of Reason and Squalor, II

Frank Stella

Enamel on canvas (230.5 x 337.2 cm)

http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A5640&page_number=2

&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)

図4

Russet

Morris Louis

Synthetic polymer paint on canvas (235.6 x 441.1 cm)

http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A3607&page_number=2

&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)

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図5

Vir Heroicus Sublimis

Barnett Newman

Oil on canvas (242.2 x 541.7 cm)

http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A4285&page_number=1

1&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)

図6

Composition with Red, Blue, Black, Yellow, and Gray

Piet Mondrian

Oil on canvas (76 x 52.4 cm)

http://www.moma.org/collection/browse_results.php?criteria=O%3AAD%3AE%3A4057&page_number=1

0&template_id=1&sort_order=1 (2011/12/13)

図7

composition 1

桃野盛輔

Oil on canvas (112x 145cm)

図8

composition 2

桃野盛輔

Oil on canvas (112x 145cm)