21
雇用における積極的差別是正措置 はじめに 積極的差別是正措置がなされる局面 積極的差別是正措置といわれるもの 積極的差別是正措置の適法性 高等教育と雇用との違い おわりにかえて はじめに 雇用差別の禁止は、禁止を超えて、これまで排除されてきた少数派グルー プを労働市場に参入させるべきであると、使用者に、より多くのことを求 める。積極的差別是正措置 affirmativeaction はその最たるもののひとつ で、比較的早い時期から実施されてきた (1) 。かかる議論がアメリカ合衆国 1 (1) 邦語文献として、中窪裕也著『アメリカ労働法』(弘文堂 1995)、192頁 以降。マック・ A ・プレイヤー著、井口博訳『アメリカ雇用差別禁止法(第 3版)』(アメリカビジネス法シリーズ 10、木鐸社 1997)、64頁以降。 M ack A. Player, “Federal Law of Employment Discrimination in a Nutshell” , 3rd ed., (WEST 1992), p. 59- .最近の教育について、山内久史 「アメリカにおける平等権の史的展開と司法審査」帝京法学 24巻1号 81 頁、同「高等教育における人種的アファーマティヴ・アクション-ミシガ ン州立大学2事件判決(2003)を契機として-」帝京国際文化 18号 111頁 など。

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雇用における積極的差別是正措置

藤 本 茂

はじめに

1 積極的差別是正措置がなされる局面

2 積極的差別是正措置といわれるもの

3 積極的差別是正措置の適法性

4 高等教育と雇用との違い

おわりにかえて

は じ め に

雇用差別の禁止は、禁止を超えて、これまで排除されてきた少数派グルー

プを労働市場に参入させるべきであると、使用者に、より多くのことを求

める。積極的差別是正措置(affirmative action)はその最たるもののひとつ

で、比較的早い時期から実施されてきた(1)。かかる議論がアメリカ合衆国

1

二〇二

(1) 邦語文献として、中窪裕也著『アメリカ労働法』(弘文堂 1995)、192頁

以降。マック・A・プレイヤー著、井口博訳『アメリカ雇用差別禁止法(第

3版)』(アメリカビジネス法シリーズ10、木鐸社 1997)、64頁以降。

Mack A. Player,“Federal Law of Employment Discrimination in a

Nutshell”,3rd ed.,(WEST 1992),p.59-.最近の教育について、山内久史

「アメリカにおける平等権の史的展開と司法審査」帝京法学24巻1号81

頁、同「高等教育における人種的アファーマティヴ・アクション-ミシガ

ン州立大学2事件判決(2003)を契機として-」帝京国際文化18号111頁

など。

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で行われるようになったのは、1950年代とも1970年代であるともいわれ

る(2)。積極的差別是正措置が採用されるに至ったのは、不均衡は何をもっ

てそういうかとか不均衡をどう捉えるかといった議論も少ないなかで、ま

さに、人種、出身地、女性を明示して考慮することが、不完全な労働市場

を改善し差別状態を解消する有力な方策であると考えられてきたところに

ある。

単純な差別的行為の中止命令や差止命令あるいは損害賠償が、市民社会

における一般的な救済であるなか、「1964年市民的権利に関する連邦法

(1964年公民権法)」の雇用の分野における差別禁止を定める第7篇(以下、

単に、第7篇という)がさまざまな救済方法を裁判所に認めていた(3)。そう

とはいえ、積極的差別是正措置は、差別の排除にとって必然的な救済方法

とはいえないであろう。しかし、頑迷な使用者に対するより攻撃的な命令

(aggressive order)として期待され承認されてきた。また、それが、使用者

の実施する人事・労務政策に、社会的意識や社会的圧力の所産あるいは違

法な差別が顕在化することを避けるため、影響を与えた。すなわち、使用

者をして、自主的に積極的差別是正措置を実施することを促した。

雇用における積極的差別是正措置(藤本)2

二〇一

(2) 1950年の合衆国下院での公正雇用慣行法案でいわれたのが最初である

という。Kathanne W.Greene,“Affirmative Action and Principlles of

Justice”, (GREENWOODPRESS, 1989), at 15.。1970年代であるとい

う、紙谷雅子「大学とアファーマティヴ・アクション」[2004-1]アメリカ

法(53)。Girardeau A.Spann,“The Law of Affirmative Action:Twenty

-Five Years of Supreme Court Decisions on Race and Remedies”

(NEW YORK UNIVERSITY PRESS,2000),at 1

そして、60年代から80年代にかけて発展していった。Herman Belz,

“Equality Transformed:A Quarter-Century of Affirmative Action”,

(TRANSACTION PUBLISHERS,1991),at 2.

(3) 42 U.S.C.A. 2000e-5(g)。1964年制定時に、積極的救済命令として

復職や採用があげられたが、1972年改正時に、その2つに止まらず、衡平

法上の救済として、裁判所が適切と考える積極的差別是正措置を命じるこ

とができると確認され、積極的差別是正措置の内容は拡大した。

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他方、積極的差別是正措置は、積極的なるがゆえに、古くから議論の対

象ともなってきた(4)。積極的差別是正措置に関連して、黒人や女性といっ

た特定のグループの優先雇用が逆差別であるとの主張は古くから提起され

てきたところである(5)。最近は、特定グループに対する優先雇用は、「地位・

身分を考慮しないこと(status-blind)」(平等の考えを color-blindnessと喝破

した、1954年の Brown v.Board of Education of Topeka事件合衆国最高裁判

決(6)を発展させた表現)と相容れない、恩恵を受ける特定グループに対する

憎悪や反感は社会的偏見を再燃させる、特定グループの優遇によってもた

らされた成功は新たな社会的偏見に変わる、あるいは、優先の程度にもよ

るが能力のない者を優先雇用することに多かれ少なかれなるから、少なく

とも短期的には社会全体のコスト増になる、といった批判がある(7)。

とりわけ、高等教育における積極的差別是正措置に関する風当たりは強

く、1990年代半ばよりカリフォルニア州では、州レベルで優遇措置を見直

すことが始まるとともに、2003年に合衆国最高裁が示した2つの判決をめ

ぐって積極的差別是正措置のありようが大きくゆすぶられている(8)。この

二〇〇

(4) 裁判所での論点は積極的差別絶世措置が第7篇などの法に照して適切

な救済であるかどうかであり具体的には、第7篇は差別の犠牲に対する償

いに限られるのではないか、あるいは配分的救済は認められるのか、で

あった。以上、supra note(2),Kathanne W.Greene,at 1,4-8,8-11.

(5) 邦語文献では、たとえば、拙稿「アメリカ公民権法第7編と男女雇用機

会の平等」労働法律旬報1078号39頁、48頁。なお後述するが、42 U.S.

C.A. 2000e-2(j)を参照。

(6) 74 S.Ct.686(1954)

(7) Samuel Estreicher & Michael C.Harper,“Cases and Materials on

Employment Discrimination Law”, American Casebook Series,

(THOMSON/WEST,2004),at 212.

(8) 前掲注(2)紙谷論文。ロナルド・ドゥウォーキン著小林公・大江洋・高

橋秀治・高橋文彦訳『平等とは何か』(木鐸社 2002)、504頁以下。Ronald

Dworkin,“Sovereign Virtue:The Theory and Practice of Equality”,

(HARVARD UNIVERSITY PRESS,2000),p.386-

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 3

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2つの最高裁判決は高等教育機関の入学に際して人種を考慮することが問

題となったものである。高等教育における積極的差別是正措置は多様性の

促進という考え方で実施されてきた。その積極的差別是正措置が大きくゆ

すぶられている。そして、雇用における積極的差別是正措置への影響が懸

念されている。

かかる批判の対象となる積極的差別是正措置とは、雇用労働関係におい

てどのような考えの下に採用されてきたのか、雇用平等との関係をどう捉

えるべきなのか。本稿は、雇用における積極的差別是正措置(計画や救済)

を簡単にトレースしながら、検討することとする。

1 積極的差別是正措置がなされる局面

積極的差別是正措置のなされる局面は幾つかある。第1に、使用者によ

る任意の自主的積極的差別是正措置。第2に、裁判所が救済命令として発

する積極的差別是正措置がある。第3に、政府契約請負者に実施を求める

積極的差別是正措置計画、である。

本稿では、第7篇を取り扱うので、第1の民間使用者に絞って述べるこ

ととするが、その前に、関係するところであるので、簡単に他の2つにつ

いて、述べておくこととする。その上で、第1の使用者の実施する自主的

な積極的差別是正措置について、章を改めで展開することとする。

1 使用者による任意の自主的積極的差別是正措置

主に、第7篇に照らして検討される。使用者には、民間の使用者はもと

より州政府その他の行政機関も含まれる。ただし、第7篇が連邦法である

ため、その適用を受ける使用者は、州際通商に影響を及ぼす産業に従事し

ていなければならず、また同篇によって常時15名以上の被用者を雇用して

いる者とされている。行政府、その他の行政機関といった使用者は今まで、

任意の積極的差別是正措置を採用してきたところである。行政府などは、

一九九

雇用における積極的差別是正措置(藤本)4

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単に第7篇に従うばかりではなくてそれとは異なる憲法上の制約にも服さ

ねばならない。憲法上の制約は、より厳格な基準を課している。差別を禁

ずる平等保護条項は、人種、民族とか性といった「疑わしい(suspect)」あ

るいは「怪しい(suspicious)」分類が行政府その他の行政機関によって用い

られる場合、人種的な不均衡を救済するために「温和に(benignly)」使用

していたとしても、厳重に調べる司法上の審査(「厳格審査(strict scru-

tiny)」)に従わなければならないと解されている。これは、使用者としての

政府などに、①かかる分類をするのに「止むに止まれぬ(compelling)」行

政上の利益があることを説得する責任を負いかつ、②当該分類の使用が行

政上の利益を達成する上でもっとも狭い方法であることを主張する責任を

負わせて(9)、人種、民族や性でもって分類した措置に対する違憲の疑いを

払拭するよう求めているのである。

2 救済命令としての積極的差別是正措置(10)

第7篇違反と判断した合衆国裁判所は、救済として、「適切と思われる積

極的差別是正措置を命じる」ことができる」(11)。当該規定は、合衆国裁判所

に、ポストノーティス(謝罪文の掲示)、ファイルの削除、差別をしないとの

広告、評価しうる選考システムや改善策の報告といった命令を当事者に要

求する命令権を有すると定める。ところで、同規定は、違法な行為をした

使用者に直接的に、適切な積極的差別是正措置計画を取るように命じるこ

とができると定めているとはいえ、合衆国裁判所は、公権力の一部門とし

て、合衆国憲法によって権力行使が抑えられる。公権力による人種や民族

による分類の使用は、止むに止まれぬ行政上の利益を助けることでなけれ

ばならずまたその許容される範囲は狭く厳格に判断される。 一九八

(9) Gratz v.Bollinger,123 S.Ct.2411(2003)

(10) Mack A.Player,“Federal Law of Employment Discrimination in a

Nutshell”,5th ed.,(THOMSON/WEST 2004)

(11) 42 U.S.C.A. 2000e-5(g)

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 5

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したがって、裁判所は、使用者に、①差別状態が「持続的で(persistent)

あるいは実にひどい(egregious)」といった場合や、積極的差別是正措置命

令が「深く浸透している差別の長引く影響を消し去るために」必要である

いった場合に、②雇用上の決定をなすに当たって、差別されてこなかった

グループに属する者の犠牲を伴わないで、人種や民族や性を使った積極的

差別是正措置計画を採用するように命令することができるだけであ

る(12)。このように限定的になっているといえよう。

司法によるこの種の救済としての積極的差別是正措置命令は、後述す

る、任意に積極的差別是正措置計画を採用した使用者にも求められる、認

められるべき自由裁量の許容範囲に似ている。

合衆国最高裁は、United States v.Paradise事件判決(13)で、積極的差別

是正措置命令は、以下の点で合理的なものでなくてはならないとした。す

なわち、①少数派労働者の適切な労働市場を反映した救済のゴールを設定

したものであることが求めあられる。かつ、②かかるゴールを達成する方

法は、不当に、多数派労働者の利益を妨害してはならないことである。

本件では、アラバマ州警察官の昇格制度について、自治体職員の25%が

黒人で占められるようになるまで1対1の割合で採用するようにとの下級

審での救済命令の適法性が、争われた。ちなみに25%というのは当該地域

の有資格黒人労働者数に匹敵する割合であり、また、有資格黒人が実際に

応募していることや受入可能な昇格制度を実施することが前提とされても

いた。さらに、被告部署での40年来の人種差別が継続してきたことに対す

る救済命令であり、また、以前陪審裁判所において発せられた救済命令の

実施を12年間にわたって怠ってきた事実を考慮する必要があると思われ

る。当該積極的差別是正命令は適法であると判断された。

本判決は5対4に分かれた。反対意見に回ったオコーナー判事は、陪審

一九七

(12) Local 28 of Sheet Metal Workers’International Association v.

EEOC,106 S.Ct.3019 (1986)

(13) 107 S.Ct.1053(1987)

雇用における積極的差別是正措置(藤本)6

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裁判所が昇格手続を開発する者を任命するとか、裁判所侮辱罪による罰金

を科すことによって、これ以上の人種における昇格差別が継続しないよう

にすることを主張している。

3 政府契約者に実施を求める積極的差別是正措置

大統領命令11246号に基づいて、行政が政府契約者に実施を求める積極

的差別是正措置計画、たとえば、行政官庁が、政府契約者に対して、人種

や民族の観点から均衡ある採用計画を実施するように求めることは、政府

契約を希望する使用者にとっては、行政官庁のかかる指示に従わざるをえ

ず、この点で、自発的に実施するとは必ずしもいえない。政府契約によっ

て課された積極的差別是正措置計画実施の義務には、誠実に履行する

(good faith effort)義務があり連邦の契約担当機関によってその履行が強制

される。当該大統領命令は、民事上の救済手続きが定められていないため、

被害を受けた個人は労働者に対し行政上の不服申し立てを労働省に対して

提起することになる(14)。

そこで問題となるのは、行政の課した積極的差別是正措置計画が、合衆

国憲法第14修正にもとづく「厳格審査(strict scrutiny)」基準にしたがっ

て、合憲性を認められるかにある。すなわち、厳格審査を通過するには、

疑わしい分類を用いる「止むに止まれぬ(compelling)」利益のあることが、

実施を求める措置に求められるのである。

プレイヤーによれば、ドラスティックに低い割合しかないことおよび当

該会社あるいは当該産業における過去の違法な慣行があったと判断された

ならばおそらく、かかる違法性のある慣行の犠牲となった少数派グループ

を救済するために「止むに止まれぬ」行政上の利益と判断されるであろう

から、適法となろうといい、認定された差別形態を解消するための救済計

一九六

(14) 注(1)、マック・A・プレイヤー邦訳書、33頁。supra note(1),Mack

A.Player,3rd ed.at 21.

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 7

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画を課すことは、その計画が第7篇にもとづく適法な基準を満たせば、合

憲性を維持するうえで十分であるといわれる(15)。

2 積極的差別是正措置といわれるもの

積極的差別是正措置といわれるものを概観する。

第7篇は、今ある職業上の人種、民族あるいは性に関する不均衡を救済

するために、人種、民族あるいは性を、用いてはならない(16)と定める。し

かし、United Steelworkers of America v. Weber事件合衆国最高裁判

決(17)を嚆矢として、雇用での使用者の実施する自主的な積極的差別是正措

置は、第7篇に反しないことが裁判所によって確認されてきた。どう考え

られてきたかを検討するに先立って、どのような積極的差別是正措置が、

第7篇に反しないあるいは反するとされてきたか、概観する。

1 割合制(ratios)

採用割合制が第7篇にもとづき適法な積極的差別是正措置とされたの

は、前掲Weber事件最高裁判決(18)である。本件概要は、以下の通りであ

る。会社は、人口の39%を黒人の占める地域にあったが、当該会社の熟練

労働者に黒人の占める割合がわずか2%でしかなかった。裁判での認定は

なかったものの、当該熟練労働市場における黒人労働者の低い割合は、歴

史的に見てかかる労働市場を占有する職能組合が黒人を排除する人種差別

政策を実施してきたもの(そして、その結果、先任権順位も白人が黒人よりも

上位にくる)によるといわれてきた。かかる状況を解消するために、使用者

は当該職能組合と次のような協定を締結した。すなわち、労使合同職業訓一九五

(15) supra note(10),Mack A.Player,5th ed.,at 75.

(16) 42 U.S.C.A. 2000e-2(j)

(17) 99 S.Ct.2721(1979).前掲注(5)拙稿論文、48頁

(18) ibid.

雇用における積極的差別是正措置(藤本)8

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練プログラムに参加する黒人の割合をほぼ50%とし、それが当該地域の人

種構成比に占める黒人の比率と同じになるまで実施する旨の協定であっ

た。この協定に従って、黒人7人と白人6人が参加したところ、この選考

から漏れたけれど、選ばれた黒人よりも先任権において上位にある原告(白

人)が、自分が黒人なら採用されたはずであり人種差別(逆差別)であると

主張して、かかる協定の違法性を訴えた。

本件において、合衆国最高裁は、第7篇の「人種、民族あるいは性によ

る不均衡を解消するためにこれらの分類を用いてはならない」(19)との文言

を、「利用するように要求する」ことのみを禁じている、すなわち、「強制

的な優先的取扱い」を禁止する趣旨と解した。換言すれば、「任意の(volun-

tary)」優先的取扱いあるいは考慮することは禁止されていないと解したの

である。その理由は、第7篇は文理的に読むべきではないしまた立法当時

の議論も額面どおりには受け取れない、としつつ、以下のところにある。

すなわち、最高裁は、法律の「精神」に照らして、「伝統的に分離された職

務範疇における顕著な人種的な不均衡」を救済しようとする自主的な試み

は第7篇の広範な目的つまり、低い立場に置かれてきた人種的マイノリ

ティの雇用平等を促進するという目的に照らして、第7篇違反とはならな

い、と判示した。

なお、前掲 Paradise事件最高裁判決(20)では、自治体職員の25%が黒人

で占められるようになるまで1対1の割合で採用するようにとの命令であ

るが、25%というのは当該地域の有資格黒人労働者数に匹敵する割合で

あった。

2 「割合制(ratios)」と「ゴール(goals)」

以前より問題とされてきたのは、割当制(quotas)であった。しかし、使

一九四

(19) 42 U.S.C.A. 2000e-2(j)

(20) supra note(13).

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 9

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用者が、任意に企業内における歴史的社会的差別の是正を図るということ

で設けたにせよ、事実上白人等多数派労働者の雇用機会を制限することに

なる。これは果して、過去の差別を是正する救済措置の範囲に含まれるの

だろうか(21)。

「割合制」は、少数派とその他を分離して少数派を排除してきたことを

解消するとの目的に照らして、定員を人種等によって分けてしまい、分け

られたなかで適任者を選出することを意味し、そこには相互理解の交流も

ない。これは、形を変えた人種分離の存続であり、1954年の前掲 Brown事

件合衆国最高裁判決によって乗り越えたはずの「分離すれども平等(sepa-

rate but equal)」への回帰である。したがって、許容されないであろう。

レイ・オフの事案であるWygant v.Jackson Board of Education事件

合衆国最高裁判決(22)は、学校教員に関して、人種的な均衡を維持するため

として、他の人種と区別して、黒人その他少数派に属する教員のレイ・オ

フに特別保護を与えるすなわちレイ・オフすることを制限する労働協約=

「積極的差別是正措置」を違憲とした。その理由は、以下の通りである。す

なわち、積極的差別是正措置が過去の差別を是正する有効な手段であると

はいえ、「過去の差別」の存在があったか否か判断しないまま特定の人種に

対して特別な取扱いをすることは、かかる措置の実施を正当化しない、と

判示した。

「割合制」であれ、「割当制」であれ、「過去の差別」が考慮されないの

は許されない。「割合制」であれ、「割当制」であれ、特定の人種すなわち

黒人等の少数派に向けられた救済である。

割当制と割合制をどう区別すべきか微妙である。ブレナン判事は、前掲

Paradise事件最高裁判決において、以下のように述べた(23)。すなわち、①一九三

(21) 拙稿「アメリカ合衆国における雇用上の平等⑴」法学志林85巻1号69

頁(1987)、特に82頁以下。

(22) 106 S.Ct.1842(1986).37 Labor L.J.444(1986)

(23) supra note(13),107 S.Ct.at 1070

雇用における積極的差別是正措置(藤本)10

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有資格黒人応募者が現におり、②当該部署が黒人に関して差別的影響を及

ぼさない手続きで昇進の決定がなされるのであれば、本件の割合制(白人1

人に対して黒人1人と決めていく)は、割当制よりも「柔軟なゴール(flexible

goal)」を企図している、と。また、「人数割当としての白人1人と黒人1人

との割当(割合)自体がゴールではなく、それは地域の有資格労働者の人種

構成比率に到達する(これがゴール-筆者注)までの『速度』を指している

(に過ぎない-筆者注)」(24)、と。

割合制は、割当制(quotas)よりも柔軟であるということであろう。

言葉の意味内容よりも、重視されるべきは、「ゴール(goals)」である。

割合制であれ割当制であれ、問題は、ゴールである。それも、ゴールに到

達したら、積極的差別是正措置は終了されねばならないことである(25)。

ゴールの意味するところは達成すべき人種での割合、たとえば、当該地域

における有資格労働者の人種構成比と当該企業などでの有資格被用者の人

種構成比との対比などである。数値や比較する対象あるいは、統計資料や

統計数値が問題となるが、本稿では、それには触れない。別のところで触

れることとする。ここで留意すべき点は、以下である。すなわち、ゴール

に到達すると、積極的差別是正措置は終了という、「過渡的」であることの

保障である。それなしでは、単なる各人種や民族などによる分かち合いで

しかなく、「color-blind」や「status-blind」といわれる平等の考えとは無

関係な代物になるからである。

3 昔から差別され続けてきた特定グループの一員であることを「プラ

ス(付加)」すること

Johnson v.Transportation Agency,Santa Clara County事件合衆国最

高裁判所判決(26)では、郡交通局の上級委員会がとった積極的差別是正措置

一九二

(24) op.cit.at 1071.

(25) Quinn v.City of Boston,325 F.3d 18(1st Cir.2003)

(26) 107 S.Ct.1442(1987)

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 11

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計画の適法性が争われた。使用者が熟練職の女性比率アップという目標を

立てて、昇格者の決定に当たり性別を考慮して決定したことが容認された

事案である。資格を満たす9人の候補者の面接を行った委員の推薦した男

性ではなく、積極的差別是正措置委員の推薦した女性が選ばれた。

当該積極的差別是正措置、すなわち、①上司によって適格と評価された

者によって決定がくだされ、②決められた数値目標を達成することに向

け、③有資格応募者の間で今まで低く評価されてきたあるいは歴史的に排

除されてきた人種や性のグループの一員であることをプラスの要素として

「プラス(付加)」して雇用上の決定をするように雇用決定者に指示する措置

について、合衆国最高裁は、前掲Weber事件合衆国最高裁判決を確認しつ

つ、適法と判断した。こうして、性に対しても、この考えを拡大した。

4 現職被用者の利益を不当に侵害する方法

ある救済命令が、仮に現職にある被用者を解雇した上で資格のない少数

派の応募者を採用するよう求めたり、試験の得点や結果を修正するよう命

じたりする措置は、既存の被用者の権利を「不当に妨害する」(27)ので許され

ない。

少数派グループの一員として蒙った犠牲が違法な取扱いの日から始まる

救済としての先任権を主張する権利を獲得する一方で、他方、多数派グルー

プの一員に対する犠牲を伴わないで少数派グループの一員に利益を与える

救済としての積極的差別是正措置は、労働協約において設けられた協約上

の権利を減じないとされ(28)、適法と判断された。

一九一 (27) supra note(10),Mack A.Player,at 292.なお、後述、42 U.S.C.A.

2000e-2(l)参照。

(28) W.R.Grace& Co.v.Local Union 759,International Union of United

Rubber,Cork,Linoleum and Plastic Workers of America,103 S.Ct.

2177(1983)

雇用における積極的差別是正措置(藤本)12

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3 積極的差別是正措置の適法性

前述したところから、リーディング・ケースとされる前掲Weber最高裁

判決を中心にして、どのような場合が、自主的・任意の積極的差別是正措

置として許されるかの基準が導き出される。

まず、①伝統的に(歴史的に)分離されてきた職務において、不均衡が顕

著であること、②白人や男性被用者を解雇したり、完全に排除したりする

ような、多数派の権利を不当に侵害する方法をとっていないこと、③一定

の目標(goals)に達すれば、終了する制度であること、すなわち、過渡的・

臨時であること、である。以下、それぞれについて検討する。

1 分離されてきた職務における顕著な不均衡

① 分離されてきた特定グループ

職務分離(job segregation)が差別の原点であることは、よく知られてい

るところである。特定の人種や性を職務で分離し特定の職務への参入を排

除してきたことを差別として容認しない、これがアメリカ合衆国における

差別禁止の原点であった。この場合、分離され排除されてきた特定のグルー

プとは、白人や男性ではなく、黒人や女性である。

このことは、差別として容認されないだけでなく、より積極的に差別の

解消に向けた措置を実施する場合により重要になる。すなわち、雇用差別

の禁止の対象(第7篇による保護対象)に、白人や男性も含まれる(29)が、歴

史的に見て排除されてきた特定グループを「プラス」に評価してあるいは、

人種や性を考慮する(conscious)という場合には、白人や男性についてのプ

ラス評価や優遇措置は、積極的差別是正措置の考え方にはなじまないこと

になる。

一九〇

(29) McDonald v.Santa Fe Trail Transportation Co.,96 S.Ct.2574(1976)

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 13

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② 分離されてきた職務

人種あるいは性でもって、特定の人種等を排除する形で「伝統的に(歴史

的に)分離されてきた(traditionally segregated)」職務であることが、求め

られる。これは、本質な論証は難しいと思われるところがある。単に特定

職務において特定のグループの一員が参入してこなかっただけという場合

もあろう。それが社会的固定観念や偏見になっていったこともあろう。す

くなくとも、出発点は、「特定の産業において、過去の差別に由来すること

を意味する」(30)職務ということなのであろう。

③ 顕著な不均衡

「顕著な不均衡(conspicuous imbalance)」は、積極的差別是正措置の計

画・実施を正当化する上で重要な点である。この顕著な不均衡を証明する

上で、想起させるのが統計上の議論である。「差別的影響(disparate

impact)」の法理や「系統的差別取扱い(systemic disparate treatment)」の

法理での、prima facie caseを成立させるときの議論を想起させる(31)。何

と何を比較するのかとか、格差の程度とかの問題は、別に譲ることとし、

ここでは、以下の論点を指摘したいと思う。

a) 有資格労働市場での不均衡 学歴とか経験といった採用基準

を、「適切な少数派応募者」という基準に換えることは可能である。しかし、

職責を果たせない少数派の応募者を採用するように指示する積極的差別是

正措置は、合理性を欠く。1991年改正は、以下を違法雇用慣行とすると、

「1964年市民的権利に関する連邦法」第7篇を改正した。すなわち、「人種、

皮膚の色、信条、性あるいは出身地に基づいて、雇用試験の得点を調整す

る、雇用について異なる足切り点を用いるあるいは雇用の結果を変更す

る」ことを違法雇用慣行の類型の1つとして、新たに加えた(32)。一八九

(30) supra note(7),Samuel Estreicher& Michael C.Harper,at 255

(31) 拙稿「アメリカ合衆国における雇用上の平等⑵、(3完)」法学志林85巻

2号89頁、同巻3号93頁(1987)。

(32) 42 U.S.C.A. 2000e-2(l)

雇用における積極的差別是正措置(藤本)14

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職務を遂行するのに必要な能力を備えていることが、次の2とも関連し

て、前提となると考えられる。それを有資格労働者市場というとすると、

妥当な地域における人種構成と対比して当該市場での人種上の不均衡が存

在する場合どう考えるのが妥当であろうか。すなわち有資格労働市場を形

成するのに必要な教育訓練(職業訓練)を受ける機会の平等は、教育機会な

のかそれとも、雇用機会なのかである。

わたしは、雇用機会に属すると考えている。高等教育を受ける機会より

も、より一般的な特定の職業能力と結びついていると考えるからである。

また、より専門性の高い高度な能力を身につけるための高等教育というの

も違うように思う。それを可能とする経済的資力の問題がかかわってくる

からである。

b) 不均衡は何を証明するのか 顕著な不均衡と判断された場合、そ

れによって何が証明されたことになるのであろうか。この点を考えると

き、prima facie caseの成立すなわち差別の一応の推定とイメージが重な

る。しかし、本稿は、積極的差別是正措置の適法性を検討しているのであ

るから、かかる不均衡が特定グループを排除してきた結果であることを示

すものでなければならない。そしてそれが示されたことによって、この結

果を是正する必要のあることを明らかにしたこととなると考える。

前掲 Johnson事件最高裁判決(33)において、反対意見を書いたスカリア判

事は、伝統的に男性職とされる職務に女性がいないということが本来的

に、女性を制度的に排除してきたことによると即断するのは無理がある、

と述べている。何を対象にして不均衡を証明すれば適切であるかは、それ

ほど簡単ではないように思われる。

2 特定グループ以外の者に対する過渡の利益侵害のないこと

白人男性の被用者あるいは応募者の機会を「過渡に狭める」到達目標、

一八八

(33) supra note(26)

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 15

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たとえば、白人男性応募者を意識的に採用拒否するとかあるいは一定の地

位について少数派応募者にのみ昇進させるといった達成目標は、不合理で

あるとされる(34)。

このことは、救済対象者を限定することを意味するのであろうか。すな

わち、積極的差別是正措置は、過去の差別によって現在被害を蒙っている

特定グループの一員のみを救済するものとして、適法性を有するのであっ

て、現在も過去にも被害を蒙っていない、新に登場する少数派をも対象と

する積極的差別是正措置は第7篇に反して違法となるのであろうか。

3 臨時的・一時的であること

積極的差別是正措置は救済であるので、その計画は臨時のものであるは

ずである(35)。ひとたび宣言した到達点に達してもなお、当該バランス(均

衡)を維持するために人種あるいは性を継続して使用すると、それは、不適

当な割当制として物議をかもす。前掲 Johnson事件最高裁判決(36)では、当

該計画が「臨時で」あり、ひとたび不均衡が是正されれば終了すると解し

うるものであれば停止する趣旨の特別の文言がなくてもかまわないと述べ

ている。臨時であることが、重要であると考えられている。

しかし、高等教育における積極的差別是正措置のように、多様性を念頭

においた平等概念の考え方を取ると、過渡的である必要はなく、むしろ過

渡的ではなく永続的に「多様性」の観点から検証することが求められるし、

黒人や女性といった歴史的に見て排除されてきた特定のグループである必

然もなくなることとなる。

一八七

(34) Hill v.Ross,183 F.3d 586(7th Cir.1999)

(35) supra note(2),Herman Belz,at 3,4.supra note(10),Mack A.Player,

5th ed.,at 74

(36) supra note(26).

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4 高等教育と雇用との違い

平等概念自体あるいは積極的差別是正措置を肯定的に捉えることの根拠

を、「過去の差別」から離れ、「多様性(diversity)」に求める考え方がある。

この「多様性」は、高等教育における積極的差別是正措置の適法性(合憲性、

合衆国憲法第14修正平等保護条項)を主張する際に用いられる論理である。

パウエル判事は、Regents of the University of California v.Bakke事件

合衆国最高裁判決(37)で、多様性を増進するならば、少数派への入学定数割

当制ではなく、人種をいくつかある入学判定要素のひとつとして考慮する

ことは許されると、述べている。過去の差別を永続化させないために、禁

止する以上により積極的に差別解消の施策を講じる、これが少なくとも雇

用における積極的差別是正措置の原点であった。「多様性」の考え方は、こ

れを超えるものである(38)あるいはその可能性をもっている。

1 ミシガン大学に関する二つの判決

高等教育機関の実施する人種を考慮した(color-conscious)入学制度の合

憲性が争われた事件で、合衆国最高裁は結論を異にする2つの判決を2003

年に相次いで示した。

まずは、Grutter v.Bollinger事件合衆国最高裁判決(39)である。本件は、

ミシガン大学法科大学院の実施する黒人、ヒスパニック、ネイティブ・ア

メリカンなど少数派の人種に考慮した入学者選抜方法について、合衆国憲

一八六

(37) 98 S.Ct.2733(1978).カリフォルニア大学ディヴィス校の医学部入学に

際し、白人であるバッキが入学を認められなかったのは、同校の実施する

人種割当制によるものであり、当該制度は違憲であると、争われた事件。

結論的には5対4で、当該制度が違憲と判断されたので、バッキは入学を

許可された。

(38) 前掲注(2)、紙谷論文、55頁。

(39) 123 S.Ct.2325(2003)

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 17

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法第14修正平等保護条項などの違反が争われた。補欠となったが最終的に

は入学が許可されなかった白人であるグラッターは本件入学者選抜制度が

人種差別的であり違憲であると主張した。最高裁は5対4の多数で合憲と

判断した。オコーナー判事が法廷意見を書き、人種を意識した人数割当制

は認められないが、志願者各々への考慮(経験や語学能力など)をするなか

に少数派の人種に属することを柔軟に「プラス(付加)」することは許され

るとして、当該制度は合憲であると述べた。

2つめは、Gratz v.Bollinger事件合衆国最高裁判決(40)である。本件で

は、最高裁は、6対3で、ミシガン大学アンダーグラデュエイトの入学に

おける人種優先入学政策を、合衆国憲法第14修正に違反すると判示した。

最高裁は、本件人種優先入学制度が個々の志願者を個人として考慮するの

ではなく、むしろ、自動的に、少数派人種の一員一人一人に150点満点中

で20点のゲタをはかせるのであって、高等教育における「多様性」の利益

にかなっているとはいえないと結論して、違憲と判断した。

2 高等教育における特定人種の「プラス(付加)」評価とその正当性根拠

高等教育における自主的な人種に考慮した入学制度は、志願者個々人の

個性をさまざまな観点から判断するそのひとつの要素として人種を考慮す

るあるいは「プラス(付加)」して評価することが認められるが、自動的に

個人ではなく人種について一律に括って「プラス」評価することが認めら

れるわけではない。高等教育における「プラス」評価を正当化する論拠は、

「多様性」の促進に依拠してきた。この点、雇用における積極的差別是正措

置での黒人や女性を「プラス」評価する際の論拠とは異なる。とはいえ、

「多様性」の促進を根拠にして、高等教育における積極的差別是正措置は多

くの高等教育機関で採用されてきた。

雇用においては、歴史的社会的に排除されてきたグループに対する救済

一八五

(40) 123 S.Ct.2411(2003)

雇用における積極的差別是正措置(藤本)18

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を通じて平等状態を雇用の場に早期に実現させようという考えが強いと思

われる。

それに対して、高等教育においては、さまざまは社会的文化的宗教的背

景を持つ人種や民族や性の者が集い交流しながらお互いを理解すること

は、教育の観点から重要であると考えられる。「多元的民主社会」における

教育目的に照らして、「多様性」自体が価値あるものと考えられる(41)。この

場合は人種や民族や性別そのものが個人を成り立たせている個性として重

要な価値を有し、それを絶えず考慮して均衡を保つことが肝要となる。も

とより、人種などで区別することは、「疑わしい」区別と考えられ、法的に

は消極的評価をもって批判的にその当否(合衆国憲法第14修正平等保護条項

違反か否か)が検討される。したがって、簡単には「多様性」を論拠に、人

種や民族を考慮することが肯定されるわけではない。個人の個性を検討す

る要素に人種、民族などを含むことは容認されるという点は微妙であり、

議論を呼ぶところであり、先の2判決における結論を分けたのもそこであ

ろう。

3 高等教育と雇用との違い

雇用においては、人種や性そのものが職務を成り立たせているといった

ものは、多くはないであろう。人種や性による職務分離(job segregation)

に対して、むしろ問題提起してきたのが、雇用差別禁止あるいは雇用平等

の発想である(42)。雇用において求められるのは、人種、民族や性そのもの

ではなく、必要とされる職務遂行能力であり、それを有している個人であ

る。個人を個人足らしめる要素のひとつに人種や性という属性が含まれは

するが、それ以上ではないであろう。これに対して、高等教育は、個性を 一八四

(41) 前掲注(8)、ドゥウォーキン邦訳書523-24頁。supra note(8),Dworkin,

at 403.

(42) 前掲注(21)、拙稿86頁。同「米国における雇用平等法立法化の背景」法

学志林87巻1号1頁、4-7頁(1989)

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 19

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際立たせるために、人種、民族や性を考慮する意義を、先に述べたように

多元的民主社会における教育のありように、求めることができる。いわば、

人種、民族や性を考慮することが目的となる。

すでに触れたような、多様性を念頭においた平等概念の考え方を取る

と、過渡的である必要はなく、むしろ過渡的ではなく永続的に「多様性」

の観点から検証することが求められるし、黒人や女性といった歴史的に見

て排除されてきた特定のグループである必然もなくなることとなる。

おわりにかえて

高等教育における積極的差別是正措置に対する最高裁判決の考え方、す

なわち個人に合わせた考慮の要求は、雇用における積極的差別是正措置す

べてに適用されるであろうか。政府や公共機関の使用者のみならず、民間

使用者にも適用が及ぶのであろうか。また、使用者は、まだまだ解消され

ずに持続している過去の差別の影響で説明できるような事案にも、多様性

の促進という目的に照らして個人(個性)の要素として人種、性を考慮する

とするのであろうか。たとえば、適性検査(aptitude test)などいくつかあ

る採用の際の採否基準に人種や性を加えるという方法を採用した場合の説

明として、である。

久しくアファーマティヴ・アクションは、積極的差別是正措置として捉

えられてきた。しかし、最近の多様性を平等概念に持ち込む議論は、ア

ファーマティヴ・アクションが過去の差別の解消に向けた施策から抜け出

し、過渡的なものから、永続的なものへと変わりうる契機をもっているよ

うに思われる。

しかし、最近の高等教育における積極的差別是正措置に対する最高裁の

考え方は、別の角度からのアファーマティヴ・アクションの終焉をもたら

す可能性のあるものである。

雇用における積極的差別是正措置は過渡的であることが肝要であると思

一八三

雇用における積極的差別是正措置(藤本)20

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われる。個人の発揮すべきあるいは必要とされる能力のなかでは、人種や

性は、blindであるべきなのだと思う。人種や性が個人の価値観を形成する

社会や文化の背景を背負っているとしても、である。

また、多様性を雇用平等のなかでどう捉えるべきかは、まず、雇用社会

が平等状態に到達したか否かの総括がなされた後に、平等状態のなかで、

平等概念は雇用社会に何を描くのかを検討するべきである。多様性もその

中のひとつであろう。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

2006年2月1日、早世された故山田泰彦教授にあらためて、謹んで哀悼

の意を表します。

法学部に若くして奉職されて以降、教育面での熱意、特に大学院教育で

の多くの人材の輩出、同時に、研究面でも若くして博士号を得られるなど

に示されるごとく、精力的に多方面でご活躍されました。最近では、法科

大学院設立にご苦労され、尽力され、多大な功績を残されて……、53歳。

その功績に応える間もなく、駒澤大学の将来を託しうる逸材を、わたし

たちは、失ってしまいました。まことに残念です。

ご冥福をお祈りします。

一八二

雇用における積極的差別是正措置(藤本) 21