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_____________________________________________________________________________________________ © Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved. IASP は、科学者、臨床医、医療従事者、と政策立案者を集結し、疼痛研究を刺激し、支援し、その知識を 世界中の疼痛緩和の改善のつなげるため日々努力しています。 認知症患者における疼痛管理 いくつかの疾患は認識機能障害を引き起こし、それによって興奮、無気力症、あるいは睡眠障害など、日常 生活とコミュニケーションや行動における問題が段階的に悪化することがある。これが認知症と呼ばれる症候群 である。その最も一般的なものにはアルツハイマー病、血管性認知症、およびその両方が合併したものがある。 パーキンソン病、ハンチントン病、AIDS、およびその他の比較的まれな疾患も認知症を引き起こすことがある。 「認知症」の状況はこれらいずれの疾患からも生じ得るが、その神経病理はそれぞれ異なり、疼痛機序への影 響もまた異なる。認知症患者においては疼痛評価が困難な場合が多いことが判明しており、また多くの調査で は鎮痛薬の使用も少ない[1]認知症患者では疼痛機序が変化している可能性がある アルツハイマー病の患者も痛みを感じるが、患者によるその痛みへの反応や、認知および情緒的な評価 は異なる場合がある。 血管性認知症の患者は、白質の損傷によって中枢性疼痛が刺激されるため、より強く痛みを感じること が多い。 認知症は進行性の神経病理的変性によって引き起こされるため、疼痛機序への影響は認知症のステー ジによって異なる。 ほぼすべてのタイプの認知症において、最終的には意思疎通が重度に損なわれる。 実験的研究によれば、アルツハイマー病では疼痛閾値がやや高く、また自律神経応答が損なわれている [2] 同じく実験的研究によれば、認知症患者においては疼痛刺激による顔の表情の変化が大きい[6]

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© Copyright 2019 International Association for the Study of Pain. All rights reserved.

IASP は、科学者、臨床医、医療従事者、と政策立案者を集結し、疼痛研究を刺激し、支援し、その知識を

世界中の疼痛緩和の改善のつなげるため日々努力しています。

認知症患者における疼痛管理

いくつかの疾患は認識機能障害を引き起こし、それによって興奮、無気力症、あるいは睡眠障害など、日常

生活とコミュニケーションや行動における問題が段階的に悪化することがある。これが認知症と呼ばれる症候群

である。その最も一般的なものにはアルツハイマー病、血管性認知症、およびその両方が合併したものがある。

パーキンソン病、ハンチントン病、AIDS、およびその他の比較的まれな疾患も認知症を引き起こすことがある。

「認知症」の状況はこれらいずれの疾患からも生じ得るが、その神経病理はそれぞれ異なり、疼痛機序への影

響もまた異なる。認知症患者においては疼痛評価が困難な場合が多いことが判明しており、また多くの調査で

は鎮痛薬の使用も少ない[1]。

認知症患者では疼痛機序が変化している可能性がある

アルツハイマー病の患者も痛みを感じるが、患者によるその痛みへの反応や、認知および情緒的な評価

は異なる場合がある。

血管性認知症の患者は、白質の損傷によって中枢性疼痛が刺激されるため、より強く痛みを感じること

が多い。

認知症は進行性の神経病理的変性によって引き起こされるため、疼痛機序への影響は認知症のステー

ジによって異なる。

ほぼすべてのタイプの認知症において、最終的には意思疎通が重度に損なわれる。

実験的研究によれば、アルツハイマー病では疼痛閾値がやや高く、また自律神経応答が損なわれている

[2]。

同じく実験的研究によれば、認知症患者においては疼痛刺激による顔の表情の変化が大きい[6]。

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IASP は、科学者、臨床医、医療従事者、と政策立案者を集結し、疼痛研究を刺激し、支援し、その知識を

世界中の疼痛緩和の改善のつなげるため日々努力しています。

認知症における疼痛評価の課題

痛み(および投薬治療の効果と副作用)の自己報告は、特に進行した認知症では不可能な場合が

ある。

通常の疼痛評価手段は、特に進行した認知症では必ずしも利用できない。

医療従事者は認知症患者との意思疎通に関して適切なトレーニングを受けていない場合が多く、認知

症と疼痛のいずれにおいてもそれらへの対応姿勢や知識に問題が生じている[8]。

通常の疼痛評価手段(自己報告)がすでに有効性を失っている状況では、観察に基づく評価手段が

利用可能である。

このような観察的評価手段には 35 種類以上が存在するが、それらの検証と導入状況は一般に不十分

である[4]。

疼痛は行動(たとえば興奮)として表現されることが多い。

介護者は、それを職業とする者もそれ以外の者も、疼痛を治療しようとするのではなく、患者の行動を抗

精神病薬により治療しようとする場合が多い。

神経心理学的な症状の原因を識別することは困難である。

学際的および非薬物的管理

認知症患者には幅広い医療、社会、および心理学的ニーズが存在する。疼痛管理には常に複数の要

素が関わるため学際的な取り組みが求められる。

認知症患者の大半は高齢者であり、したがって医薬に伴う有害事象のリスクも高い。治療の選択肢とし

ては、まず非薬物的介入(音楽療法などの社会的、精神的、身体活動)を検討すべきである。

疼痛の評価と表現が通常とは異なる状態にあるため、疼痛体験においては行動および心理学的要素

が大きい。したがって認知症患者の不安を解消し、くつろいだ気持ちにさせる行動および鎮静的な介入を

まず検討すべきである。ただし認知症患者を対象とした、非薬物的介入の内容や効果に関するエビデン

スベースや専門家間の合意はほとんど存在しない[7]。

薬物的管理

大半の認知症患者ではパラセタモール(アセトアミノフェン)が有効であるが、患者は痛みを適切に伝え

られない場合が多く、したがって「必要に応じて」服用することを推奨してはならない。

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NSAID を使用する際には、認知症患者の大半は高齢者であり、重篤な(消化器、腎、および心血管

関連の)有害事象リスクが存在することを認識しなければならない。また患者にとっては重篤な有害事

象の最初の徴候であり得る状況を伝えることも困難であり、したがって極めて慎重に、低用量から開始

し、かつ 2 週間以内に中止するようにすべきである。

弱オピオイドの使用は、有効性の証拠が乏しく、また有害事象(多くの場合には譫妄)発現の可能性

があるため推奨されない。

必要な場合には強オピオイドを投与するが、「低用量で開始し、低用量を維持する」べきである。認知症

患者ではオピオイドに伴う有害事象が発現しやすいため、少なくとも週に 1 度はモニターと評価を行う。

(低用量を維持し、かつ)6 週間以内に中止するよう努める[5]。

多くの国ではブプレノルフィンまたはフェンタニルのパッチが認知症患者に対して非常に多用され、また多く

の場合にはそれらが数か月/数か年にわたって使用されている。

医師はパッチを含む鎮痛剤の長期使用について批判的であらねばならない。

治療の有効性と有害事象の監視と評価は極めて重要であり、定期的に実施すべきである。

実験的研究によれば、前頭葉機能が損なわれているアルツハイマー病患者ではプラセボ効果が存在しな

い。またこのような患者は、同水準の鎮痛を得るためより多量の鎮痛剤を必要とすることも示されている

[3]。

評価にはアセスメントツールを使用する。自己報告が難しい場合には MOBID-2、PAINAD、PAIC などの行

動的アセスメントツールを使用する。

井関雅子 訳

(順天堂大学ペインクリニック)

REFERENCES [1] Achterberg WP, Pieper MJ, van Dalen-Kok AH, de Waal MW, Husebo BS, Lautenbacher S, Kunz M, Scherder EJ, Corbett A. Pain management in patients with dementia. Clin Interv Aging. 2013;8:1471-82. [2] Benedetti F, Vighetti S, Ricco C, Lagna E, Bergamasco B, Pinessi L, Rainero I. Pain threshold and tolerance in Alzheimer's disease. Pain. 1999 Mar;80(1-2):377-82. [3] Benedetti F, Arduino C, Costa S, Vighetti S, Tarenzi L, Rainero I, Asteggiano G. Loss of expectation-related mechanisms in Alzheimer's disease makes analgesic therapies less effective. Pain. 2006 Mar;121(1-2):133-44. [4] Corbett A, Achterberg W, Husebo B, Lobbezoo F, de Vet H, Kunz M, Strand L, Constantinou M, Tudose C, Kappesser J, de Waal M, Lautenbacher S; EU-COST action td 1005 Pain Assessment in Patients with Impaired Cognition, especially Dementia Collaborators: http://www.cost-td1005.net/. An international road map to improve pain assessment in people with impaired cognition: the development of the Pain Assessment in Impaired Cognition (PAIC) meta-tool. BMC Neurol. 2014 Dec 10;14:229. [5] Erdal A, Flo E, Aarsland D, Selbaek G, Ballard C, Slettebo DD, Husebo BS. Tolerability of buprenorphine transdermal system in nursing home patients with advanced dementia: a randomized, placebo-controlled trial (DEP.PAIN.DEM). Clin Interv Aging.

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2018 May 16;13:935-946. [6] Lautenbacher S, Kunz M. Facial Pain Expression in Dementia: A Review of the Experimental and Clinical Evidence. Curr Alzheimer Res. 2017;14(5):501-505. [7] Pieper MJ, van Dalen-Kok AH, Francke AL, van der Steen JT, Scherder EJ, Husebø BS, Achterberg WP. Interventions targeting pain or behavior in dementia: a systematic review. Ageing Res Rev. 2013 Sep;12(4):1042-55. [8] Zwakhalen S, Docking RE, Gnass I, Sirsch E, Stewart C, Allcock N, Schofield P. Pain in older adults with dementia : A survey across Europe on current practices, use of assessment tools, guidelines and policies. Schmerz. 2018 Jun 21. doi: 10.1007/s00482-018-0290-x. [Epub ahead of print]

AUTHORS

ウィルコ・アクターバーグ(Wilco Achterberg, MD, PhD)

ライデン大学医療センター(LUMC)

公衆衛生およびプライマリケア科

オランダ、ライデン

ベティナ・ヒュセボ(Bettina Husebo, MD)

ベルゲン大学

グローバル公衆衛生およびプライマリケア科

ノルウェー、ベルゲン

術後痛に対する世界的な年(Global Year)の一環として、IASP は術後痛に関連する特定のトピックをカバー

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