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153. Epac2 を標的とした治療薬の探索と解析
張 長亮
Key words:Epac2,High content screen,Bio-imaging 京都大学 大学院医学研究科 脳病態生理学講座 臨床神経学 神経内科
緒 言
Epac は Guanine nucleotide Exchange Factor(GEF)であり,cAMP の濃度上昇を感知し,下流シグナルであるRap1 を不活性型 GDP フォームから GTP フォームへと活性化し,多様な生理プロセスに関与する.Epac には Epac1と Epac2 二つの isoform が存在し,Epac/Rap1 pathway は cAMP シグナルの下流で PKA 非依存性 pathway として我々の研究により明らかにされ,注目されている 1).また,Epac2 が,糖尿病治療薬であるスルホニル尿素薬(SU 薬)の直接結合により活性化し,インスリン分泌を惹起することが明らかになった 2). 糖尿病以外でもいくつかの報告により Epac が神経変性疾患の発症や進行に関与することが示唆されている.アルツハイマー患者の脳では Epac2 の発現が減少し,逆に Epac1 の発現が上昇する 3), cAMP 上昇薬剤 GLP-1 処理は,MPTP 薬物誘導性パーキンソン病モデル動物のドパミンニューロンを特異的に保護する 4),Epac2 が神経突起の形成に関与し 5),cAMP が変異型 LRRK2 による神経突起変性を軽減する 6)などの報告がある. 以上のことにより生活習慣病や神経変性疾患など複数領域に渡り Epac2 が治療薬の新しいターゲットとして期待されている.一方,ハイスループットに Epac2 に作用する化合物を検出できる方法はなく,創薬には程遠いのが現状である. 我々はかつて FRET バイオイメージング手法を用いて Epac2 の機能を可視化する probe を作製し,機能解析を行った 2).この Epac2 FRET probe は薬剤を一個ずつテストしなければならないため,大規模なスクリーニングに向かない.そこで本研究では新たなバイオイメージング技術を用いて,Epac2 に作用する機能調節因子のスクリーニングシステムを開発し,Epac2 をターゲットとなる創薬の基盤を築き上げた.
方法および結果
1. Cell-based high-content screen (HCS) system 我々新たなバイオイメージング手法 BiFC (bi-molecular fluorescent complementation) 法を基に HCS システムを構築した.BiFC 法で,蛍光蛋白を 2 つ(N 末端側,C 末端側)に断片化し,それぞれの断片を 2 つの目的遺伝子に別々結合させ,目的遺伝子同士が相互作用(binding)する場合,断片化した蛍光タンパクが基の3次元構造を再構築し,蛍光を発するので,蛍光シグナルにより目的遺伝子の相互作用を可視化し,検出する方法である.Epac2 が活性化されたときのみ Rap1 と binding できるので 7),本研究では,蛍光タンパク断片をそれぞれ Epac2 と Rap1 に結合させたBiFC probe を作製した(図1).この Epac2/Rap1 BiFC probe を発現した HeLa 細胞を化合物により処理し,画像解析機器 ArrayScan を用いて蛍光強度を分析した.その結果,cAMP の analog である 8-Br-cAMP 存在下では蛍光強度が有意に高いことが分かった(図2).
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上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)
図 1. Epac2/Rap1 BiFC probe の作製.蛍光タンパク質の断片をそれぞれ Epac2・Rap1 に結合させ,Epac2 が活性化された時に二つの fusion タンパク質がお互い結合し,蛍光タンパクが3次元構造を複製し,蛍光を発する.
図 2. BiFC probe の蛍光強度の検証.HeLa 細胞に Epac2/Rap1 BiFC probe を発現し,1 mM 8-Br-cAMP (cAMP の analog)を入れて1時間培養した結果,8-Br-cAMP が無い細胞に比べ,BiFC 蛍光強度は有意に高いことが分かった.蛍光蛋白の標識場所を考慮し,Epac2 と Rap1 の組み合わせを4パターンテストしたが,pair 4 の方がバックグランドが低く,以後の実験にはこれを用いた.
2. Epac2 機能調節因子の同定 本システムを用いて,約 640 種類の低分子化合物ライブラリーから,蛍光シグナルを検出することにより Epac2 活性剤のスクリーニングを行った.Epac2/Rap1 BiFC probe に対し,2 つ蛍光タンパク断片を共発現したものをコントロールとして用いた.640 種類それぞれの化合物におけるコントロールの蛍光強度を基準に(1にする),Epac2/Rap1BiFC probe を発現した場合の蛍光強度(倍率)を測定した(図3).
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図 3. スクリーニング結果.Epac2/Rap1 BiFC probe ペアを発現させた HeLa 細胞を 640 種類低分子化合物(0.02 mg/ml)を含んだ培地で37℃,1 時間処理した後,ArrayScan によりそれぞれの蛍光強度を測定した.
全体の BiFC(倍率)平均(Avg)は 0.98 で,標準偏差(SD)は 0.11 であった.Avg ± 3SD の値を用いて候補化合物を選別すると,BiFC 蛍光強度が有意に高い候補8種類,低い候補5種類を同定できた(表 1).
表 1. 候補化合物リスト
Epac2 activator が8種類,inhibitor が5種類得られた.それぞれの BiFC Intensity(コントロールに対する増幅や減少の倍率)及び分子量を表記している.
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3. Epac2 FRET change による候補化合物の活性化確認 得られた候補化合物から代表的なものを用いて,既存する Epac2 FRET probe を発現した細胞における Epac2FRET 変化を確認した.Epac2 が活性化された場合,FRET は低下する 2).今回の実験で,8種類の活性化剤から選んだ候補化合物が Epac2 の FRET を低下させたことが確認され,Epac2 活性化する作用を有することが考えられた(図4).
図 4. Epac2 activator 候補による FRET change の確認.候補化合物の刺激により,Epac2 FRET が減少したことが判り,Epac2 を活性化したことが確認された.
また同じ活性化剤でも,BiFC シグナルが異なる場所から検出されるため,細胞内部の Epac2 分布や区画におけるメカニズムはそれぞれ異なると示唆された(図5).
図 5. Epac2 activators 刺激による BiFC イメージ.化合物(Activator)により BiFC 蛍光シグナルを発する場所が異なるので(細胞質にのみ,または細胞全体に),Epac2 の細胞内局在への影響や機能において異なるメカニズムが示唆された.
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考 察
cAMP は細胞内重要な 2nd メッセンジャーであり,多種多様な機能を果たし,従来創薬のターゲットになっている.cAMP が Epac2 に結合することにより構造変化を引き起こし,Epac2 を活性化する.そのため Epac2 が cAMP センサーと言われ,Epac2 に結合する化合物は cAMP だけと考えられていたが,私達の研究によりスルホニル尿素剤も直接Epac2 に結合し,Epac2 を活性化することが明らかになった.このことにより cAMP に依存せず,Epac2 自体は治療薬開発のターゲットになることが期待された.また,Epac2 自体の機能が多種多様で,組織や細胞種類によって Epac2がシナプスや神経内分泌細胞における顆粒の放出のみならず,細胞の元気さ,細胞の機能維持や生存に関わる多彩な機能を果たすと考えられる.生活習慣病や神経変性疾患など複数領域に渡り Epac2 が治療薬の新しいターゲットとして期待されている一方,ハイスループットに Epac2 に作用する化合物を検出できる方法はなく,創薬には程遠いのが現状である.我々は Epac2 FRET probe を開発したが,大規模なスクリーニングには向かない.他にも FRET のような異なる蛍光蛋白間のエネルギー移転により相互作用を検出する方法が存在するが,バックグランド(ノイズ)が高く,シグナル/ノイズ(S/N)比が低く,検出が難しい.本研究では BiFC 手法に注目し取り入れることにより,断片化された蛍光蛋白が光らないので,S/N 比が改善され,検出度が高くなるので優れていて,スクリーニングに耐え得ることが証明された.本研究で得られた候補化合物に関する更なる分析が必要で,糖尿病や神経変性疾患の新規治療薬に期待される一方,本研究で開発した HCS システムは創薬研究領域に新しい手法を提示し,将来,本研究を基に他の創薬標的にも発展させることが期待される.
文 献
1) Ozaki, N., Shibasaki, T., Kashima, Y., Miki, T., Takahashi, K., Ueno, H., Sunaga, Y., Yano, H., Matsuura, Y.,Iwanaga, T., Takai, Y. & Seino, S. : cAMP-GEFII is a direct target of cAMP in regulated exocytosis. Nat.Cell Biol., 2 : 805-811, 2000.
2) Zhang, C. L., Katoh, M., Shibasaki, T., Minami, K., Sunaga, Y., Takahashi, H., Yokoi, N., Iwasaki, M., Miki, T.& Seino, S. : The cAMP sensor Epac2 is a direct target of antidiabetic sulfonylurea drugs. Science, 325 :607-610, 2009.
3) McPhee, I., Gibson, L. C., Kewney, J., Darroch, C., Stevens, P. A., Spinks, D., Cooreman, A. & MacKenzie, S.J. : Cyclic nucleotide signalling: a molecular approach to drug discovery for Alzheimer's disease. Biochem.Soc. Trans., 33 : 1330-1332, 2005.
4) Li, Y., Perry, T., Kindy, M. S., Harvey, B. K., Tweedie, D., Holloway, H. W., Powers, K., Shen, H., Egan, J. M.,Sambamurti, K., Brossi, A., Lahiri, D. K., Mattson, M. P., Hoffer, B. J., Wang, Y. & Greig, N. H. : GLP-1receptor stimulation preserves primary cortical and dopaminergic neurons in cellular and rodent models ofstroke and Parkinsonism. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 106 : 1285-1290, 2009.
5) Woolfrey, K. M., Srivastava, D. P., Photowala, H., Yamashita, M., Barbolina, M. V., Cahill, M. E., Xie, Z., Jones,K. A., Quilliam, L. A., Prakriya, M. & Penzes, P. : Epac2 induces synapse remodeling and depression and itsdisease-associated forms alter spines. Nat. Neurosci., 12 : 1275-1284, 2009.
6) Cherra, S. J., 3rd, Kulich, S. M., Uechi, G., Balasubramani, M., Mountzouris, J., Day, B. W. & Chu, C. T. :Regulation of the autophagy protein LC3 by phosphorylation. J. Cell Biol., 190 : 533-539, 2010.
7) Rehmann, H., Arias-Palomo, E., Hadders, M. A., Schwede, F., Llorca, O. & Bos, J. L. : Structure of Epac2 incomplex with a cyclic AMP analogue and RAP1B. Nature, 455 : 124-127, 2008.
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