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41
實驗及瑣談
急
性
傳
染
病
の「イ
ンシュリ
ン」葡萄
糖
療
法
畑
孝
一
郎
一九二〇年
Banting u. Best氏等により創意され、後ち
Macleod u. Collip
氏等により完成されたる「インシュリン」、竝に之れと
直接關係なく、大正十二年我が熊谷岱藏博士によつて、膵臓組織中より創製されたる血糖下降性物質は、何れも糖尿病の治療剤として
今日缺く可からざるものである。然して其の驚異的の效果は之れを驅つて、現今往詰まれる他の疾病の治療に應用して、其の局面を打
開せむとする傾向が諸家
によつて試みられた。
就中我國に於ては、初て大里博士が腸「チフス」患者に「インシ
ュリン」及び葡萄糖を併用し、其の臨牀例及び家兎實驗例に縁つて、本療
法により下熱と共に血漿炭酸瓦斯含有量の恢復するを推奨され弛。後ち又高度の心臓不全に對し同操作を施し、少なくも
一過性に心機
能を佳良ならしめ、以て
一時の危急を救ひ得る事を明にし、從來經驗し弛る何れの強心剤よりも、より多く會心の效果を顯はす事實を
例證され、且つ其の数の
一半を上記の血漿炭酸瓦斯含有量増加等に現はるふ全身作用に歸し、他の
一半は之れが心筋自己に直接作用し
て、其の活力を増進する事に歸するを至當なりとして居られる。恩師小澤教授も重症腸「チフス」の療法に、糖加食鹽水又は
Ringer氏
液と「インシュリン」の併用を賞揚して居られる。
又角尾博士は猫いらず中毒による急性燐中毒症に於ける肝機能障碍に、本療法の有数なるを唱道された。其他竹田博士は肺結核患者の
盗汗療法として、同操作を試み其の数果を確認されたが、上記の諸實驗成績は之れ迄「インシュリン」を單獨に、若くは葡萄糖と併用、
使用の際
一般に有数言認められて居る肥胖療法、或は惡阻、子癇等に對する数果と同じく、廣義の解毒作用によるものと見徹される。
畑=急性傳染病
の「イ
ンシ
ュリン」葡萄糖療法
一〇
六
一
42
畑
=急性傳
染病
の「イ
ンシ
ュリン」葡萄糖療
法
一〇
六二
元來生髓に於ける解毒機轉は、主として肝臓機能に待つものであるが、此の作用は又肝臓内の糖原含有量の多寡によつて左右され、其
の含量多き時は強きも、少なき時は弱く、且又肝臓自身の有毒物質に對する抵抗も糖原含有量によつて異なり、若し其の含量大なる時
は燐又は其他の肝臓有毒物を與ふるも、其の變化僅微なれさ、含量小なる際は強き變性を起すものである。此如き組織的變化が強く肝
臓に生すれば、其の機能不全が起り、從て身體の有毒物質に對する抵抗力減退を招來する事になる。茲に於て
Richter氏は初て肝臓
機能障碍ある際、「インシ
ュリン」を使用し同細胞内の糖原量を高めやうと企てた、然し此の「イデー」は
Macleod
氏の研究による、膵
臓性糖尿病を起した犬に於て、「インシュリン」使用後、多量の糖原を肝臓内に證明した成績より當然と思はれるが、他面
Dudley u.
Marrian
氏等の健康なる鼠及び家兎に於て、「インシュリン」注射により寡血糖性痙攣を起して直後には、肝臓、筋肉内に於ける糖原
は甚だしく減少して居るてふ實驗成績
と撞着して居るが、其後の
Collazo, Haendel, Rubino氏等の研究成績によると、健康動物でも
若し「インシュリン」と共に充分なる葡萄糖を與
へ、且つ痙攣發作前に檢査せば必ず糖原量の増加を見るとか、又
Staub
氏は「インシ
ュリン」注射後の肝臓内糖原生成機能は、健康動物と糖尿動物との間に差違なしと主張して居る。兎に角肝臓機能不全の際
「インシュ
リン」を葡萄糖或は果糖と併用するは理論上首肯される方法で、既に今日に於ては
Richter, Umber氏等を始め多くの學者により、殊
に我國に於ては上記の諸家によつて試みられ、何れも其の效果を確認して居られる。飜て之れ迄熱性病の治療に際しては、榮養不良に
陥る結果、肝臓内の糖原量も減少し、細菌毒素による有毒作用を大ならしむる恐れあるので極力糖質の補給を圖つて居る。由來運動の
「エ子ルギー」は主として糖質の燃焼によつて發生するのであるが、若し糖質の補給が不充分なる時は、體内に貯藏せる脂肪及び體成分
たる蛋白質の燃焼によつて之れを補足するのである、而るに有熱時には發熱のために熱量需用量が大となるに拘はらす、食慾不振の池
め食物の攝取量が不足勝ちだから、自然體蛋白質の燃焼量も大となり、且つ發熱の原因たる細菌毒素等の爲めに、體蛋白質の分解量が増
大する、然し此際多量の蛋白質又は脂肪を探れば、體蛋白質の消耗量を減少せしむる事が出來るのであるが、熱性病患者に於ては食慾の
關係上實行し難
い、此際多量の糖質を採つても宜いのであるから、殊に我國に於ては嗜好上主として糖質食を與
へて居る、然し之れさ
へ
も患者の状態によつては經口的に充分與
へ兼ねる場合があるので、止むを得す單糖類即ち葡萄糖又は果糖を非經口的に使用して居る。
殊に高張葡萄糖液は
Budingen氏以來心榮養を増進するものとして盛に使用され、Nonnenbruch
氏、又我國に於て山川博士等は同液
が心臓の榮養を佳良なら
しむる效果を擧げられたが、Isaak, Travers氏等は之れに反して、同液は心臓不全症に用ひて直接效なきも、
43
良好なる全身作用ありと云ひ、余も亦此説に傾倒して居る、尚近時山川博士は脂肪乳化液を非経口的養素として使用されたが未だ
一般
に弘がつて居ない。扠て斯様に熱性病患者に糖質攝取を強要するも、此際糖同化機能の減退を伴ふ事多く、折角糖液を非経口的に使用
するも、之れが爲めに
起
る糖血症は健康者に於けるよりも長く持績する、即ち其
の利用が遅延し、從て其の効果も著明でない、此際
「インシュリン」を適當量使用すれば、糖同化機能を正常に復歸せしむる事が出來る。斯る糖同化機能の減退は、濁り膵臓内分泌作用の
荒廢によつて起るのみならす、又
一過性に内分泌機能の衰退によつても起るものであるから、此際「インシュリン」使用により適當に庇
護せば、將來の糖忍容力に貢獻する庭多大である。之れを要するに「インシュリン」と葡萄糖を併用、使用すれば、肝臓、心臓、筋肉等
に糖原が沈著ん以て正常なる生活現象を營み得
るものである。此如き廣義の解毒作用の外に、尚本法による熱性病の治療に際し、看過
す可らざる點は、免疫體
産生に及ぼす其の影響で、鈴木氏は「インシュリン」を毎瓩〇・二單位に加ふるに
一〇%葡萄糖液二竓宛の皮下
注射を以てせる時、免疫體の産生に増強的影響ある事を報告された、勿論單に葡萄糖の免疫體に及ぼす影響に就ては、余既に大正十年
に於て概括的に報告して居る、即ち體重二瓩内外の家兎をとり、其の
一群には連日三〇%の葡萄糖食鹽水を二竓宛脈注し、他の
一群に
は同量の生理的食盤水を脈注して、腸「チフス」菌に對する健常凝集素、「コレラ」菌に對する健常溶菌素、竝に山羊血球に對する健常溶
血素産生に及ぼす影響を檢せるに、糖液注入群に於て、健常溶菌素の僅少なる増加
(稀に健常凝集素も僅微に増量す、但し健常溶血素
は不變)を見た、又抗體原注射後に糖加食鹽水注入群、生理的倉鹽水注入群、竝に後處置せざる群に於て、免疫凝集素、溶菌素及び溶
血素價を測定したが、抗體産生及び保留状況は、第
一群>第二群>第三群の關係を示した、尚竹村博士は糖の病芽感受性に及ぼす影響
てふ報告に於て、家兎に連日二五%葡萄糖液二〇竓宛注射し、實驗的糖尿病に陷らしめ、後ち免疫虚置を行ひたるに抗體形成不良なり
き
と結論して居られる、余も之れを復試して該成績の兵なるを知り、當時既に熱性病の治療上、葡萄糖使用の過多量に陥るを嚴に戒め
た塵であるが、後年
「イ
ンシュリン」の發明によつて糖質の同化、利用が高上されて上記の憂から救はれた事は幸甚である。茲に余は前
述の諸見地より二、三の急性傳染病に「インシ
ュリン」葡萄糖療法を試みたる概略を報告して、諸賢の叱正を乞はむと欲す。
扠て急性傳染病に「インシ
ュリン」葡萄糖療法を施行するに當つて、最も囑目す可きものは赤痢(疫痢を含むである。由來疫痢の療法は
急性傳染病中最も至難とする處で、之れ迄余等は種々なる方法を採つて見たが、常に隔靴掻痒の感あり、又或時は俄然注射器を郷つて只
管兇惡なる病魔の跋属を看過する外なかつた、然
るに
一度本病に
健康血液注射療法
を試み、且つ「インシュリン」葡萄糖療法を創むる
畑
=急性傳染病
の「イ
ンン
ユリン」葡萄糖療法
一〇
六三
44
畑=急性傳染病
の「イン
シュリ
ン」葡萄糖療法
三〇
六四
や、漸く彼岸の遠からざ
るを覺ゆるに至つた。其處で余が重症の疫痢に際して採れる方法の
一般を述べやう、先づ健康血液注射を施す
(詳細は拙著二、三急性傳染病の血液注射療法參照、「テラピー」、第六年第六號)次で「インシュリン」葡萄糖注射を行ふのである。元來
疫痢療法の主態は毒素の排泄であり、其れが直接腸内で出來たものであるにしても亦ないにしても、兎に角片時も早く排泄さす事が肝
要で、其れが爲めには第
一に水分が必要であり、又心機能の興奮を必要とする。故に疫痢患者に接して先づ採る可き處置は、水分の補
給と強心剤の應用である、此際
一般に「アド
レナリン」の投輿が行はれて居る、此の使用目的は血管麻癖による血壓の下降を避くるにあ
るかと云ふに、之れによ
る血壓昇縢の経過は極めて短く、通常數秒より數十秒に至るのみだと云はれて居るから、其れよりも寧ろ糖血
症の發生による強心、解毒作用に期待する處が多
いやうだ、即ち血糖量は心機能
に對し大なる關係を有するもので、其の低下は心力の
衰弱を招き、若し心臓を灌流する血中の糖量が多
い時は、心力も増強する事は動物實驗上竝に臨牀上確定された事實である、又糖血症
を起させて直後に致死量
の毒素を注射するも、其の中毒死より救ふ事の出來るを
動物試驗で證明
して居る、嚮に余は腸「チフス」患者
に、「ワクチン」静脈内注射療法を施行の際、接種材料を高張葡萄糖液に混じて使用せる時、嫌忌す可き副作用を避け得た、又流行性腦
脊髄膜炎の血清療法に際
し、脊髓膣内注入前豫め糖液の静脈内注射を施し置かば、同じく副作用の襲來を囘避し得る事を報告した。扠
て此如き糖血症に於ける糖は通常肝臓や筋肉等より出動せるもので、即ち葡萄糖は毒素の作用を減弱さす役目を持つて居
る、此如く糖
血症の發生が毒素中和作用に關係を有するやうに説くものがあるけれど、此際又看過す可からざる事實は肝臓内に於ける糖原量の大小
であり、上記の如く肝臓
は解毒作用を有するもので、且つ此の作用は其の中に含有せらるゝ糖原の多寡に正比例して居る、然
るに「ア
ド
レナリン」の使用によ
つて此の糖原は減少、消失を招來するものであるから、其の投與に當つて若し患者が攝食し得るものならば、
可及的多量に糖質食を攝らしめねば成らんが、多くの
場合に於て、嘔氣、嘔吐のため
實行出來難いから、從て非経口的に葡萄糖を使
用しなければ成らんと云
ふのが、余の疫痢に「アド
レナリン」葡萄糖併用療法を主張する所以である(實驗醫報、第十四年、第百六十
一
號、昭和三年)。然
るに斯る際には前述の如く糖同化機能の減退を伴ふ事多く、若し糖質の體内燃焼量が減少する時は、引いて脂肪の
體内燃燒作用減退し、「アセトン」體の發生を誘致し且つ血中に瀦溜して、「アチドージス」を起すもので、殊に小兒は僅微なる原因にて
も容易に「アチドージス」を起す傾向あり、其の食餌性自家中毒等に於ては、殆ど毎常看る現象で、若し高度なれば直接生命の危險を來
たすものである、此際治療法として「アルカリ」剤の投與は勿論であるが、尚低下せる糖の忍容力を上昇せしめ、或は正常に保たしむる
45
爲には、現今何を措
いても
「インシュリン」に頼らねば成らん、之れ余が疫痢に「インシュリン」葡萄糖療法を試みた理由である、即ち先
づ健康血液注射により、非特異性の刺戟を與
へ、次で「インシュリン」と葡萄糖を併用するのが、余の疫痢療法の骨子である。
然し此際「インシュリン」の使用は極めて愼重なる可く、要は過大なる使用量を避くるにあり、煩雑なる勞を厭はす少量宛數囘に分割、
投與してこそ始めて本療法の眞價を發揮し得るものである。此の點は目下實驗醫報に連載申なる佐藤博士の乳幼兒消化不良症の「ヤク
リトン」療法に共鳴する處で、同博士の指摘せられたる「ヤクリトン」使用法の注意事項は擧けて此處にも亦適用す可きものであると思
ふ。扠て「インシュリン」の血糖下降作用は使用後三乃至四時間に最も強く現はれ、次第に数力減少して遂に血糖量は舊に復するもので
ある、其の経過中多くは注射後半時間乃至
一時間内に空腹感を起
すが故に、攝食し得るものには成る可く勉めて糖質食を攝取せしめ
る、若し攝食か不充分なる場合には「インシュリン」使用と同時に、一〇%葡萄糖液
(余は此際主として
Tyrode氏液に更に糖を
一〇%
の比に添加せるものを作つて使用して居る)を成る可く多量に皮下注射する,此際注意す可きは過敏なる患者を過大に刺戟する事を避
けねば成らん、即ち多量の糖液注入を翼ふの餘、叫喚する幼若患者に無理なる療法を強ふるは決して良果を擧ぐる方法でない、又葡萄
糖を脈管内に使用し得るも
のに於ては、「インシュリン」の作用出現の時期を待つて注射するを可とす、之れ若し糖を「インシュリン」に
先つて使用せば、糖液注射により先づ糖血症起るも、一定時間後には却て寡血糖症を發するが故に、次で「インシュリン」使用により
一
層血糖下降著明となり、爲
めに
一過性にもせよ、嫌忌す可き副作用の發來する事があるからである、之れを避くるには葡萄糖の使用量
に比して、
「インシ
ュリン」を著しく少量使用するか、或は「インシュリン」使用後重ねて糖質食をとらし、又は糖液の皮下注射或は腸管
内注入を施す可きである。以上縷述せる方法により中毒症状が比較的迅遠に緩解する、即ち意識が明瞭となり、體温下降し又食慾の増
進を招來する、殊に健康血液注射によつて胃及び十二指腸等よりの出血による珈俳残渣様物の嘔吐が止み、又赤痢の特有なる便性を急
劇に改善する、尚此際に於ける嘔吐、痙攣は主として中樞性のものと認めらる
ゝから、其の恐しきものには直ちに腰椎穿刺を施行し、
且つ珈俳殘渣樣物を吐出す
る際は稀釋せる「アドレナリン」水の内服を添加する、又畜搦、痙攣發作には余は之れ迄專ら使用された心臓
毒なる抱水「クロラール」液
の注腸を、
一〇%臭素剤
の注入に代
へて豫期の成績を牧めて居る。此如くして余は重症赤痢、就中疫痢の治
療成績を著しく高上せしめ得た。
斯くて赤痢に次で「インシ
ュリン」葡萄糖療法の對照たる可きものは「ヂフテリー」である。元より「ヂフテリー」の療法は北里、Behring
畑=急性傳染病
の
「イ
ンシ
ュリ
ン」葡萄糖療
法
一〇六五
46
畑
=急性傳染病の
「イ
ンシ
ュリン」葡萄糖
療法
一〇
六六
氏等の治療血清の發明によ
つて
完成の域にあるが、夫だ
一部のものは其の恩恵に浴する處が勘い、即ち壞疽性「ヂフテリー」である。
此のものは極めて惡性で、
之れ迄は主として治療血清を極力大量使用し、或は之れに抗連鎖状球菌血清を添加して居た、尚近時同僚澤
學士は「レントゲ
ン」線照射を行つて居られる、勿論此如き方法により局所の病變は著して輕快する、然し其の大多數はやがて心臟衰弱
の下に斃れるのである、殊に余等の本病経過中監視を怠らざるは腹痛、就中肝臟部の疹痛である、若し此のものゝ發來するあらば必然
不幸の轉歸を覺悟しなければ成らぬ、之れ即ち肝臟不全症の發現である、斯る際は最早耆婆、扁鵠も徒に拱手する外ない、故に極力其の
發作を防止するのが本病治療の主眼である、前述の如く解毒臟器たる肝臟の機能不全が起れば其他の臟器、殊に心臟の毒素に對する抵
抗力の減退するは當然の結果である、然して肝臟不全症は主に其の糖原含有量に反比例して起るものであるから、此際勉めて糖質の補
給を計らねば成らんが、通常急性傳染病に於ては、糖同化機能が減弱して居る、即ち斯る患者に於ては糖忍容力が小であるから、單に
糖質の供給を行ふも、其の利用率が低く、從て期待する効果を牧め得ない、斯る際「インシュリン」の適當量を使用せば、之れによつて
糖同化機能を正常に復歸せしめ、以て豫期の成績を擧げ得る、之れ余が本病に「インシュリン」葡萄糖療法を提唱する所以である。
余は本療法によつて在來の方法が比肩す可からざる好成績を牧めて居るが、勿論未
だ完壁たるも
のではな
い、若し有力なる肝臟解毒
「ホルモン」を得るに至らば
一層其
の成績は卓然たらむ、余は佐藤博士の「ヤクリトン」療法の報告を讃んで、斯る際にも應用したらば興
味ある成績を得ないかと屬望して居る。
次に我國の急性傳染病の大宗たる腸「チフス」に於ても亦本療法を施行して有効なる場合が尠くない。先づ心機能不全に對して大里博士
等の推漿がある、勿論之れに反對する論者もあるが、斯る差異は要するに「インシュリン」と葡萄糖との量的關係に歸因するもので、若
し寡血糖症を起す事がない程度に「インシュリン」を葡萄糖と共に投與せば必ず有効に作用するものである、換言すれば此際「インシュ
リン」を使用するに當つては、比較的大量の糖質を添加し、必ず寡血糖症を起さゞるやう注意せねば成らん。然して此の心機能保全作用
の本態を、同博士は
一半を血漿炭酸瓦斯含有量増加等に因る全身作用に、他の
一半をば直接心筋自己の活力増進に歸して居られる事前
述の如しである。又同博士は本法の下熱作用を擧げて居られる、然し實際に本療法を施行しても顯著なる解熱を見る事は稀である、され
ど本法の連用は體細胞の刺
戟に對する反應力の興奮を促し、鈴木氏の實驗成績の如く免疫體産生に増強的の影響を與ふるが故に、
一般
に熱の経過に對して善良な
る影響を及ほす事は確實である。又中福性の中毒作用によつて發來すると認む可き吃逆、嘔氣及び嘔吐に對
47
しても良く奏効する。省特筆大書す可きは傳染病の経過中に於ける肥胖療法に就てゞある、即ち本法を施行して約半時岡乃至
一時岡後
には通常空腹感を催す、若し
一時間餘を経て尚空腹感を生ぜざる時と雖
一度食事せしむればヽ食慾の既に恢復しつゝあるを認むるので
ある、若し攝食し得ざる場合には上記の如く非経口的に糖液を添加、使用する、之れによつて重症腸「チフス」竝に遷延性赤痢等に於け
る「マラスムス」を救濟し得る。以上の諸點より観察するも本療法は急性傳染病、就中腸「チフス」の療法中最も優秀なるものである、但
し此際多少の顧慮を要するは「インシュリン」が出血性傾向を有する點であるけれど、之れは使用量竝に使用法の取捨によつて其の副作
用を未然に防止し得る。
又本療法を猩紅熱に應用する場合があゐ、通常本病は自家血液注射療法により、極めて善良なる経過と轉歸をとるものである(前掲拙
著二、三急性傳染病の血液注射療法參照)が、既に烈しき中毒症状の生ぜるものに於ては、前述の疾患に於けるが如く本療法を施行せ
ば著效を牧め得る、即ち心機能不全のある場合、或は又嘔氣、嘔吐のある際等に於て然りとする。又本病に於ては往々烈しき關節痛を
訴ふる事がある、之れは他の菌血症を發する疾患に於ける其れの如く、三種の敗血症状を見做す可きものである、此如き際單獨に糖液
を脈管内に使用するは、俗に云ふ鴨が葱を脊負ふて來たやうなもので、病芽の増殖を助長する事になる、此如き弊を避くるためには是
非共「インシュリン」を併用して糖血症の持續を防止せねば成らん、即ち
「インシュリン」葡萄糖療法によつて嫌忌す可き副作用を除去
し、然も關節痛を急遠に緩解し得るのである。又本病に腎臓炎を績發せる際にも本療法を施行せば甚だ有利である、由來高張なる糖液
は
Burger u. Hagemann氏等の所謂
Osmotherapie作用あるもので、之れにより血液及び組織間の液體交流を催進して代謝産物の
排泄を促進するものなり
と云はれて居る。然るに本病に續發する腎臓炎は主として所謂絲毬體性のもので、特に血液残餘窒素量の増加
あり、此際無闇に高張なる糖液の脈管内注入を行はゞ、組織間に瀦溜せる有毒物を急激に血中に誘致して、
一層症状の増悪を來たすも
のであるが、若し「インシ
ュリン」を併用せば過剰なる糖血症を起さす、從て其の被害を未發たらしめ得る、殊に「インシュリン」には腎
外性水排泄を減退せしめる作用あり
(此の點は細尿管性腎臓炎には不利かも知れぬが、然し腎性水排泄量には變化なきを常
とするから、
俘腫のある際必すしも禁
忌とす可きでない、故に體液の急激なる濃縮を防ぎ以て血液残餘窒素等の蓄積を稀繹して、尿毒症の發來を緩
和し得るのである。
以上は余の實驗の大要であるが、叙述中にも注意を喚起して置いた如く、「インシ
ュリン」使用は全然無害なものではない、之れ迄其の
畑=急性傳染病
の「イ
ンシュリ
ン」葡萄糖療法
一〇
六七
48
西川=腸窒扶斯経過中偶發セシ脳膜炎症例ニ就テ
一〇
六八
副作用として擧げられたものは種々あるが、就中寡血糖性發作を第
一とする、然し之れは「インシュリン」の楯の反面で、實は此如き作
用を有する點が却て其有力なるを語るものである、然かも其の使用量及び使用法を鹽梅せば何等の不安もない、故に吾等は斯る細瑾に
捕はるゝ事なく、益々工夫を凝し、廣く本剤を臨牀上に應用して天恵に浴せしむ可きである。
終に臨み、大阪市立桃山病院長、熊谷博
士の御厚意を深謝す。(昭和四年六月、大阪醫科大學内、四五會例會演説)
腸窒扶斯経過中偶發
セシ腦膜炎症例
ニ就
テ
關東廳旅順療病院
西
川
襄
第
一
緒
言
腸
窒
扶
斯
経
過
中
ニ於
ケ
ル諸
種
合併
症
ハ、
啻
ニ治
療
期
間
ヲ遷
延
セ
シ
ム
ル
ノミ
ナ
ラ
ズ、
屡
ゝ豫
後
ヲ不良
ナ
ラ
シ
メ、不
幸
ナ
ル轉
歸
ヲ取
ル
ニ至
ラ
シ
ム
ル
ハ、
吾
人
ノ最
モ憂
慮
ス
ル所
ナ
リ。就
中
何等
ノ異
常
無
ク、
順
調
ニ経
過
シ
ツ
ヽ有
ル患
者
ノ、
突
如
ト
シ
テ起
リ來
ル脳
膜
炎
症
候
ハ、
患
者
ノ悲酸
ハ殊
更
乍
ラ、
醫
師
モ其
ノ偶然
ナ
ル
ニ驚
キ、
其
ノ處
置
ニ逡
巡
ス
ル
ハ、
亦
止
ム
ヲ得
ザ
ル所
ナ
リ。
之
ガ救
急
處
置
ト
シテ、腰
椎
穿
刺
ヲ
行
ヒ、
脳
脊
髓
液
ヲ相
當
量
採
取
ス
ル
ハ、
最
善
ノ策
ナ
リ
ト稱
セラ
レ、
或
ハ脊
椎
腔
内
ニ「チ
フ
ス」血
清
テ注
入
ス
ベ
キヲ
推賞
セ
ル報
告有
ルモ、茲
ニ報
告
セ
ント
ス
ルガ
如
キ、
偶
々重
篤
ナ
ル症
状
ヲ以
テ起
リ、
忽
チ
ニシ
テ虚
脱状
態
ニ陷
リ
シ
ガ如
キ者
ニ在
リ
テ
ハ、是
等
ノ術
ヲ施
ス
ベキ
ノ暇
無
ク、
只
々拱
手
傍
觀
ス
ル
ニ如
カザ
ルヲ遺
憾
ト
ス。
而
シ
テ、
斯
ノ如
キ腸
窒
扶
斯経
過
中
(殊
ニ第
二症
例
ハ殆
ンド恢
復
期
ニ入
ラ
ン
ト
シテ再
燃
状
ヲ呈
シ)、偶
發
ス
ル脳膜
炎
ノ報
告
ハ、
甚
ダ
シク稀
有
ナ
ル
モ
ノ
ニ非
ザ
ルモ、然
モ余
等
ノ屡
々経
驗
セラ
ル
ベ
キ
モ
ノ
ニ非
ズ
(本院
ニ於
テ
大正
三年
以
降
、
腸
窒
扶
斯
患
者
三
百
三十
餘
名
入
院
セ
シ
モ、
経
過
中
腦膜
炎
ヲ併
發
セ
ル
ハ、
此
ノ二名
ノミナ
リ)。
即
チ敢
テ此
ニ報
告
セ
ント
ス
ル所
以
ハ、症
例
追
加
ノ意
ト、
第
二
例
ハ近
親
ノ厚
意
ニ依
リ、
直
チ
ニ病
理解
剖
ニ附
ス
ルヲ得
タ
ルヲ以
テ、該
症
状
ノ惹
起
セ
ラ
ル
、本體
ニ就
テ
ノ先輩
ノ報
告
ト對
比
シ、些少
ニテ
モ知
見
ヲ得
ンカ
ト
ノ本
意