17
症  例 症 例:46 歳 男性 主 訴:呼吸苦と全身浮腫 現病歴:1994 年に C 型肝炎ウイルス(HCVによる慢性肝炎と診断。詳細不明だが,他院で インターフェロン(IFN)療法を約 5 ヶ月間施 行した。尚,この時に腎障害は認めていなかっ た。また数年前の健康診断で高血圧を指摘され ていたが,肥満や耐糖能異常,検尿異常などは 指摘されていなかった。 その後,2008 12 月頃から下腿浮腫を自覚。 2009 2 月からは全身浮腫と呼吸苦を呈したた め,当院を受診した。初診時 Alb 2.6 g/dlUP 6.03 g/day のネフローゼ症候群と血清 Cr 3.7 mg/dl 腎障害を認めたため,同年 2 27 日に精査加療 の目的で当院当科へ入院となった。 既往歴:特記事項なし 家族歴:特記事項なし 輸血歴:なし 職 業:翻訳家 嗜好品:30 40 / 日で 25 年の喫煙歴があ る。飲酒は機会飲酒 身体所見: 身長 178.0 cm,体重 84.3 kg+13.5 kg),意識清明,血圧 178/100 mmHg,脈拍 100 / 整,体温 36.8℃,呼吸数 16 / 分,眼瞼 結膜貧血なし,眼球結膜黄疸なし,表在リンパ 節腫脹なし,心尖部に収縮期心雑音あり(Levine II/VI),両側下肺野に水泡性ラ音あり,腹部に は明らかな異常はなし,肝脾腫なし,背部痛な し,関節痛なし,両側下腿浮腫あり,両側足背 動脈は触知可能,紫斑なし,脳神経学的異常所 見なし。 入院時検査所見(表1):尿検査では高選択 性の尿蛋白が一日6.03 g 認められ,血尿は見ら れなかった。NAG やβ2MG などの尿細管間質 マーカーが上昇し,Ccr 19.29 ml/min と低下し ていた。 血液検査では Alb 2.6 g/dl と低値であり, 腎機能は血清 Cr 3.7 mg/dl と上昇していた。ま LDL コレステロール 197 mg/dl と脂質代謝異 常が見られたが,明らかな耐糖能異常は認め なかった。免疫学的検査では CRP が弱陽性で, フェリチンが高値であった。しかし免疫グロブ リンや補体,抗核抗体や RFANCA などに異 常は認めなかった。感染症の検査では HCV 体が陽性で,ウイルス定量は 5.8 Log IU/ml 高値であり,ジェノタイプは Group II であった。 しかし,クリオグロブリンは陰性であった。 画像的にはエコーで両側腎委縮や肝臓の形態 異常を認めなかった。しかし心機能は EF 32と低下し,HHD end stage と診断された。尚, 眼底には高度な眼底出血や,増殖性変化を伴う ような典型的な糖尿病性変化を認めず,高血圧 性の変化が主体であった。 腎生検結果:2009 3 月に経皮的腎生検を施 行した。糸球体は 30 個得られ,全節性硬化が 22 個,癒着を 2 個,線維性半月体を 2 個認めた。 診断と治療に苦慮したC型肝炎合併のネフローゼ症候群の一例 和 田 幸 寛  武 重 由 依  竹 島 亜希子 吉 田 典 世  伊 藤 英 利  緒 方 浩 顕 衣 笠 えり子                   昭和大学横浜市北部病院内科 Key WordINGnon-DMsmokingHCV 64 腎炎症例研究 27 巻 2011 年

診断と治療に苦慮したC型肝炎合併のネフローゼ症候群の一例...フローゼ状態を呈していた。またHCV-RNAが 上昇していた。これに対して,まず0.6

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Page 1: 診断と治療に苦慮したC型肝炎合併のネフローゼ症候群の一例...フローゼ状態を呈していた。またHCV-RNAが 上昇していた。これに対して,まず0.6

症  例症 例:46歳 男性主 訴:呼吸苦と全身浮腫現病歴:1994年にC型肝炎ウイルス(HCV)

による慢性肝炎と診断。詳細不明だが,他院でインターフェロン(IFN)療法を約5 ヶ月間施行した。尚,この時に腎障害は認めていなかった。また数年前の健康診断で高血圧を指摘されていたが,肥満や耐糖能異常,検尿異常などは指摘されていなかった。

その後,2008年12月頃から下腿浮腫を自覚。2009年2月からは全身浮腫と呼吸苦を呈したため,当院を受診した。初診時Alb 2.6 g/dl,UP 6.03

g/dayのネフローゼ症候群と血清Cr 3.7 mg/dlの腎障害を認めたため,同年2月27日に精査加療の目的で当院当科へ入院となった。既往歴:特記事項なし家族歴:特記事項なし輸血歴:なし職 業:翻訳家嗜好品:30 ~ 40本 /日で25年の喫煙歴があ

る。飲酒は機会飲酒身体所見:身長 178.0 cm,体重 84.3 kg(+13.5

kg),意識清明,血圧 178/100 mmHg,脈拍 100

回 /分 整,体温 36.8℃,呼吸数 16 回 /分,眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄疸なし,表在リンパ節腫脹なし,心尖部に収縮期心雑音あり(Levine

II/VI),両側下肺野に水泡性ラ音あり,腹部に

は明らかな異常はなし,肝脾腫なし,背部痛なし,関節痛なし,両側下腿浮腫あり,両側足背動脈は触知可能,紫斑なし,脳神経学的異常所見なし。入院時検査所見(表1):尿検査では高選択

性の尿蛋白が一日6.03 g認められ,血尿は見られなかった。NAGやβ2MGなどの尿細管間質マーカーが上昇し,Ccrは19.29 ml/minと低下していた。

血液検査ではAlb が2.6 g/dlと低値であり,腎機能は血清Cr 3.7 mg/dlと上昇していた。またLDLコレステロール197 mg/dlと脂質代謝異常が見られたが,明らかな耐糖能異常は認めなかった。免疫学的検査ではCRPが弱陽性で,フェリチンが高値であった。しかし免疫グロブリンや補体,抗核抗体やRF,ANCAなどに異常は認めなかった。感染症の検査ではHCV抗体が陽性で,ウイルス定量は 5.8 Log IU/mlと高値であり,ジェノタイプはGroup IIであった。しかし,クリオグロブリンは陰性であった。

画像的にはエコーで両側腎委縮や肝臓の形態異常を認めなかった。しかし心機能はEF 32%と低下し,HHDのend stageと診断された。尚,眼底には高度な眼底出血や,増殖性変化を伴うような典型的な糖尿病性変化を認めず,高血圧性の変化が主体であった。腎生検結果:2009年3月に経皮的腎生検を施

行した。糸球体は30個得られ,全節性硬化が22個,癒着を2個,線維性半月体を2個認めた。

診断と治療に苦慮したC型肝炎合併のネフローゼ症候群の一例

和 田 幸 寛  武 重 由 依  竹 島 亜希子吉 田 典 世  伊 藤 英 利  緒 方 浩 顕衣 笠 えり子                  

昭和大学横浜市北部病院内科 Key Word:ING,non-DM,smoking,HCV

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UrinalysispH 5.5

s.g. 1.012

Pro (3+)

6.03 g/day

OB (-)

Glu (-)

U-RBC 1-4 /HPF

U-WBC 1-4 /HPF

Granu-cas 5-9 /WPF

NAG 19.0 U/L

β2-MG 4085 μg/L

Renal functionCcr 19.29 ml/min

FENa 4.9 %

Selectivity index 0.62

Peripheral blood WBC 9270 /mm3

 neutro 72.0 %

 lymph 21.4 %

 mono 5.1 %

 eosio 1.1 %

 baso 0.4 %

RBC 4.31×104 /mm3

Hb 12.9 g/dl

Ht 38.3 %

Plt 26.9×104 /mm3

CoagulationPT 100 %

APTT 26.4 sec

Fbg 427 mg/dl

FDP <10 μg/ml

Blood chemistory TP 5.2 g/dl

Alb 2.6 g/dl

BUN 37.6 mg/dl

Cr 3.7 mg/dl

UA 6.8 mg/dl

Na 143 mEq/L

K 5.1 mEq/L

Ca 8.6 mg/dl

T-bil 0.4 mg/dl

GOT 24 IU/L

GPT 21 IU/L

LDH 334 IU/L

ALP 272 IU/L

LDL-Chol 197 mg/dl

HDL-Chol 56 mg/dl

TG 82 mg/dl

Glu 108 mg/dl

HbA1c 4.5 %

Selorogical testCRP 0.76 mg/dl

IgG 826 mg/dl

IgA 199 mg/dl

IgM 56 mg/dl

C3 97.0 mg/dl

C4 61.8 mg/dl

CH50 38 U/ml

RF <7.0 IU/ml

Ferritin 467.5 ng/ml

ANA (-)

Anti-DNA Ab (-)

MPO-ANCA <10 EU

PR3-ANCA <10 EU

Cryo (-)

IEP:M-bow (-)

Hormonal testTSH 4.0 IU/ml

Free-T3 3.2 pg/ml

Free-T4 1.4 ng/dl

BNP 1975.7 pg/ml

Tumor markerAFP 1.5 ng/ml

PIVKA-II 16 mAU/ml

VirologicalWasserman (-)

TPHA (-)

HBs Ag (-)

HIV Ab (-)

HCV Ab (+)

HCV-RNA/RT-PCR

5.8 LogIU/ml

Type group II

Blood gas analysispH 7.420

PO2 63.9 mmHg

PCO2 31.9 mmHg

HCO3 20.2 mmol/L

(room air)

AUS & UCG Left kidney 10.5 cm

Right kidney 10.6 cm

Liver: normal

EF 32 %

(HHD end stage)

Eyegrounds Scheie class: H3S2

DM retinopathy (-)

表1 Laboratory data on admission

またPAS弱拡では尿細管―間質障害が広範囲に認められた(図1)。

PAS強拡では糸球体がやや分葉化して腫大し,糖尿病性腎症で見られるようなcapsular

dropやhyalinosis,毛細血管瘤が見られた。また多くの糸球体で結節性病変が存在した(図2)。PAMやマッソン染色の強拡像(図3)でも

糸球体は腫大して結節化傾向を呈しており,内皮細胞障害やメサンギウム増殖性変化が散見された。尚,コンゴレッド染色は陰性であった(図4)。これらの所見から光顕像の特徴はメサンギウム増殖性変化を伴った結節性硬化病変であった。

蛍光抗体法(IF)では IgGや IgAが陰性で,

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IgMがメサンギウムと係蹄壁に非特異的なパターンで陽性であった(図5)。C3,κ,λもIgMと同様に非特異的なパターンで陽性であった(図6)。

電顕所見(EM)は糸球体の大半が硬化しており,評価困難であったが,係蹄壁は肥厚していた。メサンギウム領域などを詳しく検討し,拡大したが,特異的な所見は見られず,7-8nm

程度の細繊維を認めるのみであった(図7)。臨床経過(図8):入院時血清Crは3.7 mg/

dl,尿蛋白6.02 g/dayであり,腎機能障害とネフローゼ状態を呈していた。またHCV-RNAが上昇していた。これに対して,まず0.6 g/kgの低蛋白食事療法とバルサルタン(40mg)の投与を開始した。さらにHCV除去を目的に2重膜ろ過血漿交換療法(DFPP)と IFN療法を施行した。結果,HCV-RNAは速やかに陰性化したが,腎機能障害やネフローゼ状態は改善せず,腎生検後約9 ヶ月が経過した2009年12月に血液透析に導入となった。

図1

図2

図3

図4

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図5

図6

図7

図8

図9

図10

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考 察一般に糸球体に結節性硬化性病変を呈する

病変は糖尿病性腎症(DM腎症),原発性膜性増殖性糸球体腎炎(MPGN),HCV関連腎症,広義の骨髄腫腎やアミロイド腎症などによるDysproteinemias,イムノタクトイド腎症やファイブロネクチン腎症などによるOrganized

glomerular deposition disease,高安病や心疾患などに続発する腎症などが挙げられる(図9)。本例はHCV感染が存在し,DMやplasama cell

dyscrasia,膠原病,血管炎,心臓弁膜症などを臨床的に認めなかった。またEMでも典型的なorganized depositを確認できなかった。よって,本例の診断としてHCV関連腎症の可能性がまず考えられた。またこれらの疾患がすべて除外された場合,特発性結節性硬化症(ING)の診断が考えられた。

HCV関連腎症は2型クリオグロブリン血症を伴い,糸球体に免疫複合体が沈着して,膜性増殖性変化の形態を呈することが一般的である

[Jonson R et al. N. Engl. J. Med. 328: 1993.]。 またKamarらはHCV患者でインスリンの代謝経路やインスリンの感受性,膵臓のβ細胞などに異常が発生し,耐糖能異常が悪化した結果,DM腎症が進行すると報告している [Kamar N et

al. Clin. Nephrol 68: 2008]。つまり近年ではHCV

感染とDM腎症の発生が密接に関連し,HCV

感染後のDM腎症が注目されている。本例の場合,クリオグロブリンが陰性で,IFやEMでは典型的な免疫複合体の沈着を確認できていないため,HCV感染によるクリオグロブリン陽性の膜生増殖性腎炎は否定的と考えられた。また組織像はDM腎症に酷似していたが,経過中に耐糖能異常が発生することはなく,典型的なDM網膜症も認めなかったため,HCV感染後のDM腎症も考えにくかった。一部の報告ではHCV患者でクリオ陰性ながらMPGNが発生した例や,HCV感染に関連した巣状糸球体硬

化症やメサンギウム増殖性腎炎の症例が存在する。しかしながら,本例はそのような病態の根源となるC型肝炎ウイルスをDFPPと IFN治療にて早期から完全に除去したにもかかわらず,腎症の進展を抑制できなかった。よってこの点も含めて考えると,本例の腎病変にHCV感染の影響が関与した可能性は考えにくく,HCV

関連腎症は否定的であった。INGに関する知見は近年いくつか報告され

ている。Glenらは INGの出現頻度は腎生検患者の0.45%とし,発症の平均年齢は68.2歳(男性 78.3%)と報告している。また臨床的な背景としてDMを合併していないこと,ING患者の95.7%に高血圧が見られ,91.3%に喫煙歴 (平均53本 /日)が存在すると報告している。更に診断時の平均血清Cr は2.4 mg/dl,平均尿蛋白は4.7 g/dayであり,腎生検後平均 26か月で末期腎不全(ESRD)へ移行すると報告した。つまりDMが存在しないこと,長期の喫煙や高血圧が大いに影響し,高度の腎障害を認める予後不良の疾患とされている(Glen S et al. Human

Pathology 33: 2002)。病理学的には光顕像で結節性硬化病変が存在し,尿細管 -間質障害や細動脈硬化が出現する。IF所見では非特異的にIgMやC3が約80%で陽性となる。EM所見は係蹄壁の肥厚はあるものの, immune-typeのelec-

tron dense depositsやorganized depositは 見 ら れないとされている(Wei Li et al. Human Pathol-

ogy 39: 2008)。つまり結節性病変は存在するが,INGにのみ存在しうる特異的な所見や絶対的な所見が乏しいということが大きな特徴となる。本例は長期の喫煙歴や高血圧歴があり,高度の腎障害を呈して,ESRDへ至った。病理では結節性病変が存在し,非特異的な IF結果やEM結果などを含めると,多くの点で INGに合致していた。

近年,INGの病態には喫煙が大きく影響すると考えられ,Samihらの報告 (Samih H et al. J

Am Soc Nephrol 18: 2007) では喫煙が糖化産物であるAGEや酸化ストレス,低酸素などを誘

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発し,内皮細胞障害や高血圧,増殖や線維化に関与する因子の上昇に至って,メサンギウム基質の増生と結節化が完成し,それが進行するとされている(図10)。このことから INGの治療としては禁煙とRAS系阻害薬,低蛋白食事療法が有効とされているが,本例ではこれらの治療を行うも,9カ月という比較的短い期間でESRDへ移行した。

INGは上述したように高血圧や長期の喫煙が大きく関与する。そのような患者の臨床背景には虚血性心疾患や閉塞性動脈硬化症,肥満や脂質代謝異常を併発している場合が多く散見されるが,HCV感染者に INGが発生した報告は我々が検索した限り,存在しなかった。

結 語HCVを合併し,診断と治療に苦慮したネフロー

ゼ症候群を経験した。腎組織像はDM腎症に酷似した結節性硬化病変を呈したが,臨床的にDMを認めず,HCV関連腎症の可能性も否定的であった。糸球体沈着症を呈するような他の全身性疾患も否定的であり,治療前の臨床経過と組織像から ING

と考えられた。しかし,INGに有効とされる治療法は効果がなく,比較的短期間でESRDへ移行したため,我々の診断の正当性にやや疑問が残った。

本例が INGと確定できれば,HCV合併の INGはこれまで報告例がないため,貴重な症例と考えられた。

討  論 座長 続きまして演題 II-3,「診断と治療に苦慮したC型肝炎合併のネフローゼ症候群の一例」,昭和大学横浜市北部病院内科,和田先生,お願いいたします。和田 お願いします。

【スライド】 症例は46歳の男性で主訴は呼吸苦と全身浮腫です。現病歴は1994年にC型関連ウイルスによる慢性肝炎と診断。詳細不明ですが,他院でインターフェロン療法を約5カ月間施行したとのことでした。なお,このときに腎障害は認めていませんでした。その後,2008

年12月ごろから下腿浮腫を自覚。2009年2月からは全身浮腫と呼吸苦を呈したため,当院を受診しています。アルブミン2.6,尿蛋白6.03

のネフローゼ症候群と,クレアチニン3.7の腎障害も認めたため,同年2月27日に当科入院となっています。

【スライド】 既往歴や家族歴に特記事項はなく,輸血歴もありません。嗜好品ですが,1日30 ~ 40本前後で長期の喫煙歴がありました。身体所見では体重が急速に増加し,高血圧,収縮期心雑音,両側下肺野の水胞性ラ音がありました。また肝脾腫はなく,下腿浮腫が著明でした。

【スライド】 こちらは入院時の検査所見です。尿検査では高選択性の尿蛋白が1日6.03g認められ,血尿は認めませんでした。NAGやβ2ミクログロブリンなどの尿細管間質マーカーは上昇し,Ccrは19.29と低下していました。血液検査ではアルブミンが2.6と低値であり,腎機能はクレアチニン3.7と上昇していました。また脂質代謝異常がありましたが,明らかな耐糖能異常は認めませんでした。

【スライド】 続いて免疫学的検査です。CRPが弱陽性で,フェリチンが高値でした。免疫グロブリンや補体,抗核抗体や rheumatoid factor,ANCAなどに異常はありませんでした。 感染症の検査ではHCVが陽性で,ウイルス

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定量は5.86と高値であり,genotypeはGroup II

でありました。しかし,クリオは陰性でした。 画像的にはエコーでは腎萎縮や肝臓の形態異常は認めませんでしたが,心機能はEF32%と低下し,HHDのend stageと診断されていました。なお,眼底には糖尿病性変化はなく,高血圧性の変化が見られました。

【スライド】 次に腎生検を呈示します。こちらはPASの弱拡です。糸球体は30個得られ,全節性硬化が22個,癒着を2個,半月体を2個認めました。また尿細管間質障害が広範囲に認められました。 こちらはPASの強拡です。糸球体はやや分葉化して腫大し,糖尿病性腎症で見られるようなcapsular dropやhyalinosis,毛細血管瘤が見られました。また多くの糸球体ではこのように結節化を伴う結節性病変がありました。

【スライド】 PAMやMassonでの糸球体でも糸球体は腫大しており,結節化傾向を呈しておりました。内皮細胞障害やmesangium増殖性変化も散見されました。これらの所見などから光顕の特色はmesangium増殖性変化を伴った結節性硬化病変でありました。

【スライド】 Congo redについてですが,こちらは陰性でありました。

【スライド】 IFでは IgGや IgAは陰性と考え,IgMがmesangiumや係蹄壁に非特異的なパターンで陽性でした。

【スライド】 同様にC3,κ,λも陽性でありました。

【スライド】 電顕では,このように糸球体の大半が硬化していました。mesangium領域など,詳しく検討し,拡大してみましたが,特異的な所見はなく,詳しく調べると,7 ~ 8nm程度の細繊維をランダムに認めるのみでした。

【スライド】 続いて臨床経過です。黄色が血清クレアチニン,水色がアルブミン,赤がHCV-

RNA量,ピンクの棒グラフが1日の尿蛋白を意味します。入院時腎障害とHCV感染,ネフローゼ状態を呈していましたが,これに対して,ま

ず低蛋白食事療法とARBを開始しました。その後,HCV除去を目的にDFPPとインターフェロン療法を行いました。結果,HCV-RNAは速やかに低下しましたが,腎障害は改善せず,昨年の12月に血液透析導入となっています。

【スライド】 一般に糸球体に結節性硬化病変を呈する病変はこのようにDM腎症,MPGN,HCV関連腎症,広義の骨髄腫腎,アミロイド腎症や immunotactoidなどの沈着病,高安病や心疾患などに続発する腎症などが挙げられます。 HCVが 陽 性 で,DMやplasma cell dyscrasia,膠原病,血管炎,心臓弁膜症などを臨床的に認めず,電顕でも典型的なorganized depositを認めない本例の場合,まずはHCV関連腎症の可能性が考えられます。またこのような病態をすべて除外された場合,特発性結節性硬化症,いわゆる INGという疾患の可能性が浮上してきます。

【スライド】 HCV関連腎症についてですが,一般的には2型クリオグロブリン血症を伴い,糸球体に膜性増殖性腎炎様の病変を呈してきます。また最近では,このようにインスリンの経路や感受性,膵臓のβ細胞の異常などで耐糖能異常が悪化し,HCV感染によってDM腎症が進行するなど,HCV感染とDM腎症の関連性が注目されています。 本例の場合,クリオが陰性で,IFや電顕で典型的な免疫複合体の沈着を確認できていないため,HCV感染に伴うクリオ陽性のMPGNが考えにくい。組織学的にはDM腎症に酷似しましたが,経過中に耐糖能異常は続発せず,DM網膜症もないことから,HCV感染に伴うDM腎症も考えにくい。  ほ か に はHCV患 者 で ク リ オ 陰 性 な が らMPGNが発生した例や,HCV感染に関連したFGSやmesangium増殖性腎炎の報告例が少数ありますが,そもそも本例はそれらの病態の根源となるC型肝炎ウイルスを早期に完全に除去したにもかかわらず,腎症がどんどん進展して

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いったわけでありまして,これらの点を考慮すると,HCVが関与した腎病変は否定的と考えられました。

【スライド】 次に INGについて述べます。これは2000年前後から確立された疾患です。ここに INGについての大まかな概要を列挙しますが,DMがないこと,長期の喫煙や高血圧が大いに影響し,高度の腎障害を認める予後不良の疾患とされています。病理学的には結節性病変が存在するわけですが,INGに特異的な所見がないということがポイントになります。本例の場合は長期の喫煙歴や高血圧があり,高度の腎障害を認めて短期間でESRDに至りました。病理では結節性病変があり,非特異的な IFや電顕結果なども含めると,多くの点で INGに合致していました。

【スライド】 これは INGについての最近の治験ですが,最近では喫煙が大きく INGに影響するといわれ,このように喫煙がAGEや酸化ストレス,低酸素などを誘発し,内皮細胞障害や高血圧,増殖や線維化にかかわる飲酒の上昇に至ってmesangium基質の増生に至るといわれています。このことなどから INGの治療として禁煙とRAS系阻害薬,低蛋白食事療法が有効とされますが,本例にはこれらの治療を行いましたが,8カ月という比較的短い期間で末期腎不全となってしまいました。

【スライド】 以上からまとめです。本例は治療前の臨床経過と組織像から INGと考えられました。しかし,INGに有効とされる治療法を継続したものの比較的短期間でESRDへ移行した点や,INGはあくまで可能性のあるすべての病変を除外できて初めて診断が確定するという点を考慮してしまうと,われわれの診断が本当に正しかったのかについてやや疑問が残りました。もし,本例が INGと確定できれば,HCV

合併の INGはこれまで報告例がないため,まれな症例であると考えられました。以上です。座長 以上で臨床的な立場から,ご質問,ご意見等がございましたらばお願いいたします。C

型肝炎ウイルス陽性の患者さんで,ウイルス除去後も腎症の進行が見られたということなのですが,結節性病変ということですね。鎌田先生,どうぞ。鎌田 nodular glomerulosclerosisがあり,GBMが幅広く染まり,κ陽性ということから light chain

deposition diseaseを病理の先生に鑑別していただければと思います。よろしくお願いいたします。座長 見逃したかもしれないのですが,免疫電気泳動は何も。和田 M-bow(-)でした。座長 何もやっていない。ほかにご質問,ご意見等はございますでしょうか。日高 湘南鎌倉の日高と申しますが,INGという場合には,この症例ではHHDが見られた,心臓の肥大が見られたということで,この方の血圧等はあまりよく分からなかったのですが,腎臓とHHDの関係が実際にあるのかどうかで,後は INGの人にはHHDの合併が多いかどうかというのをお聞きしたいのですが。和田 まず,この方は高血圧は,実はかなり長い間あったようで,健診でも数年前から指摘されていたのですが,放置していたと。INGとHHDの関係という,そういう明確なものはないですが,やはり INGを合併している人は虚血性心疾患や左室不全や,あるいはPADなどの動脈硬化性病変を高率に合併しているという報告はかなり出ていますので,その点では本例がINGだとすればHHDの状態があったというのは矛盾がないのかなと思いました。 冠動脈のほうも透析を導入してから,冠動脈CTでcoronaryを調べましたが,やはりLMTのところに石灰化がありまして,有意な狭窄がなかったものですから,PCIなどはしていませんが,冠動脈にも石灰化がHHDだけではなくてありました。日高 そうしますとアミロイドーシスのように何か線維性のものが,電顕でfibrilみたいなものも見えたと思うのですが,その心臓に沈着している可能性とかはあまり考えにくいとお考え

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でしょうか。和田 心臓の生検はしていないのでそれは分かりませんが,HHDに伴う拡張障害はあったので,それが心アミロイドーシスに伴う拡張障害なのかは断定できないですが,少なくとも心電図では low voltageとか,そういったものはないので,典型的な心アミロイドーシスというものを考えるには至りませんでした。座長 山口先生,お願いします。山口 先生,HCVからDMが出てくる可能性を書いてありましたね。そのときにHCVに合併したDMができた何か特徴みたいなのはあるのですか。例えば通常の2型の糖尿病と違うとか,何か特殊な病態とか,今までの症例報告で何かそういうのがあるのですか。和田 そこはちょっとわたしは分からないです。違いがあるのかという観点で文献とかを調べていないので分からないのですが。山口 起こりうるということですね。和田 そういうことです。鎌田 北里大学の鎌田です。HCV関連腎症はたくさん遭遇します。低補体血症があって,クリオグロブリンがある人たちはほとんどの症例で耐糖能異常が見られます。ただ,それではたしてDM腎症のような糸球体硬化症を取るかどうかは分かりません。座長 ほかに何かご意見,ご質問等はございますでしょうか。非常に診断が難しいので,やはり少し病理学的な面から解明していかないといけないかと思いますが,それでは質問がないようでしたら,病理の先生からコメントをお願いいたします。山口 実は私はDMしか考えられないという結論なのですが,申し訳ございません。HCVとDMが関係があるということで,この線はつながったのですが,本当に耐糖能異常が大してないですし,臨床的につかまっていないのに,では,DMでいいのかという問題があると思いますので,その辺を組織だけで何とか説得できればなということだろうと思います。

【スライド01】 この症例のすごい特徴は何かと言いますと,確かに糸球体の結節性の病変がやはりあって,それからボーマン嚢との癒着病変が非常に顕著に起こっているということですね。そこから染み込み病変が広がっています。それから,つぶれがあります。idiopathic nodu-

lar glomerulosclerosisの特徴は何かというと,どの糸球体も同じような,比較的uniformに病変が広がって見られる。nodular lesionがどの糸球体にも似た程度に比較的びまん性に起きてくる。糖尿病というのは糸球体によって細動脈硬化症も非常に強いので,いろいろな修飾を受けて糸球体によってばらつきが非常に出やすいということはあります。

【スライド02】 つぶれた糸球体が随分ありますが,やはり糸球体の tuftの部分はだいぶ大きくて,癒着してつぶれているのかなという感じがします。それから細動脈硬化症も非常に強くて,内皮下の浮腫状の変化がありますので,これは高血圧が相当シビアな感じです。尿細管間質病変もだいぶadvanceの状態ですね。

【スライド03】 こうなるとnodular lesionだったのか何だか分かりませんが,やはりボーマン嚢への染み込み,あるいは癒着病変でhyalinの沈着もあります。それから細動脈病変は非常に顕著なのですが,一部,脂質の沈着もあるわけで,糖尿病だったらこのぐらいのatherosclerotic

な細動脈の硬化症が見られるということです。【スライド04】 先ほど出ていましたが,capsu-

lar dropですね。capsular drop様の病変とnodular

lesionですね。一見,proliferation様に初期像は大体よく見られます。それから後で問題になりますが,尿細管極のほうから染み込み病変がどんどんpara TBMに尿細管の基底膜に沿って広がっていくという病変があちこちに見られます。ここは内皮下の浮腫だと思います。

【スライド05】 先ほどのcapsular dropの病変ですね。それから foamyがglobularな硝子様のfibrin cap様の病変ですね。細動脈硬化症も非常に顕著であるということです。

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【スライド06】 nodular lesion。細動脈硬化症があって,ほかの疾患に比べて糖尿病の場合は癒着病変と染み込み病変が非常に顕著であるという特徴があるようです。こちらは尿細管極がきれいに保たれています。

【スライド07】 PAMで見ますと,どうでしょうか。確かにdoubleになってmesangial matrix

が部分的には増えていますが,remodelingも始まってきています。capsular dropが,double

contourが糖尿病でもよく出てくる所見であります。

【スライド08】 これがnodularあるいはcapillary

aneurysm様の病変でcapsular dropが非常に顕著で染み込み病変が見られてきています。細動脈硬化症も非常に顕著です。

【スライド09】 染み込み病変がこの糸球体は恐らく尿細管極に広がっているのでしょう。こういうところですね,ここの尿細管,これは尿細管上皮ですから,尿細管上皮と基底膜の間に何となくPAS,弱陽性のものがいっぱいたまってきています。これが恐らく尿細管極から染み込んで広がった病変,こういう壊れ方をしていくわけですね。ドイツの(★④21:27 /一語不明,Chris)先生たちは,そういうことによって尿細管がつぶれて糸球体がatubularになると。それで糸球体硬化に至るというお話を出しています。こういうところはみんなそうです。

【スライド10】 ですから,ここに染み込み病変があって,foam cellがありますが,この染み込み病変が恐らく尿細管極からこのようにつながっているのだろうと思うのですが,上皮と本来の基底膜の間にこういうものがどんどんどんどんたまってくるということで,だんだん締め付けられてatubularになっていくことなのだろうと思います。

【スライド11】 しつこいようですが,糸球体の尿細管極のところに foam cellがいっぱい集簇してたまってしまっているんですね。あまりいわゆる idiopathic nodular sclerosisではこういう所見の報告あまりないように思います。それか

ら染み込み病変が顕著であるのも記載はないように思います。

【スライド12】 先ほどのPAM像ですね。基底膜はあまりできていないですね。ここには基底膜様のものがありますが,本来のTBMですね。そうするとその間に,こうやってもわもわっとした染み込み病変が進展しているということです。細動脈の硬化症も非常に強いです。(★④23:01 /一語不明,maligne)まではいってはいないのですが,内皮下の浮腫が非常に顕著です。

【スライド13】 atheroscleroticな細動脈病変ですね。これも糖尿でしたら理解できるということです。

【スライド14】 immunoglobulin,先ほどκ,λの話があったのですが,両方とも同じようについているような感じがします。IgGは linear pat-

ternなので糖尿病でもありうるだろうとは思います。IgMに関しては,染み込み病変のところへよく出やすいので,陽性であってもおかしくないかなと。

【スライド15】 電顕は,これはつぶれてしまっていますから,確かに基底膜はいわゆる idio-

pathic nodular glomerulosclerosisで もGBMの 肥厚は起こりますし,糖尿病でも同じように肥厚は起こりますので,これだけを見ただけでは区別できないように思います。ここにあるものは内腔がなくなってしまっていますから,あまり参考にはならないとは思います。

【スライド16】 これは細動脈病変ですが,非常に強い染み込み病変といいますか,細動脈の硝子化が非常に全周性で顕著なものがあるということは言えると思います。

【スライド17】 そういうことで,僕自身は糖尿病しか,ほかは考えられないという結論です。mesangial capsular dropと か,polar vasculosisのことは言わなかったのですが,動脈硬化も非常に顕著である。それからボーマン嚢が癒着したも の がpara tubular basement membraneに insula-

tionが広がっていくという,なぜ糖尿病のときにこれが強いのかというのは僕自身の疑問なの

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ですが,糖尿病性腎症の場合,腎臓が小さくならないとか,いろいろなことがいわれる。血流が最後まで非常によく保たれていることが一つは大きな原因だろうとは思っています。

【スライド18】 これは(★④25:20 /一語不明,クリツ)のFGSですが,糖尿病の場合はこれが顕著に起こるというので,フェリチンを流しますと,癒着した病変がボーマン嚢上皮下から尿細管極のほうに広がっていきますよということで,糖尿病のときにはこれが顕著に起こるということです。

【スライド19】 このように萎縮した尿細管ができてきて,糸球体がatubularになって最終的にはつぶれてしまいますという,糖尿病の場合はこれが顕著に起こりますという話なので,私は糖尿病でいいように思います。以上です。重松 わたしはやっぱり臨床的に糖尿病がないのに腎病変は糖尿病性糸球体硬化症というのはどうしてもできません。idiopathicの結節硬化症ですね。これは非常に糖尿病とよく似た病変で,ほとんど組織像から区別できないということがありますし,そして,この臨床の検索では高血圧があって,たばこの量が増えていますが,30 ~ 40。僕らがもらった資料では20本と書いてあったのですが,ぐっと増えているのですね。恐らくヘビースモーカー,お酒飲みと同じようにたばこの数だって相当。和田 直前まで20本ということで,20代のときは3箱ぐらい吸っていたというふうにおっしゃっていた。重松 申告する量と本当の量,相当,考えなくてはいけないということです。わたしはこれは高血圧があってヘビースモーカーであってということで,特発性糸球体硬化症ということでいいと思います。ではその病変の特徴を話したいと思います。

【スライド01】 全節性の糸球体硬化巣が31%になるぐらいのかなり強い硬化症が前面に出ている病変です。

【スライド02】 そしてこの症例は染み込みが

すごく特徴的だと思います。動脈の内皮下にたまっているし,それから糸球体,capsular drop

様の変化になっていたり,それから尿細管の周りにも染み込みがある。至るところに染み込みが起こっているということですね。何でこれが起こるのかと非常に関心のあるところであります。

【スライド03】 今のところをMassonで見たものです。これはhyalinosisまでいっていないほやほやの染み込みの状態で,細動脈の硬化病変はあります。こちらのほうは硬化してしまったところで,少し赤みが出てきてhyalinosis的になっています。こちらはまだフレッシュな染み込みで進行しています。

【スライド04】 細動脈の中の染み込みは結構大変なもので,そのために血管腔がぐんと狭くなっている。

【スライド05】 それから糸球体の中の染み込み,これは全部,恐らく内皮下にhyalin cap様の形でたまっているようですね。これは動脈にたまっています。

【スライド06】 これはhyalinosisの形になっている。こういうところに必ず癒着があるわけですね。この症例では,癒着して,どうしてcapsular drop様の病変ができるかというところを教えてくれるような組織像がありました。

【スライド07】 これがそうですが,この断面で見ると,この係蹄が基底膜はある程度ちゃんとあるんだけれども,癒着して,噴火山みたいにボーマン嚢のほうに染み込み病変が起こっています。foam cellなんかも少し入っています。

【スライド08】 別の連続切片というか step sec-

tionで見ると,前のものはきれいに基底膜があったのですが,こちらの切片では出血したみたいになっているところと連絡して一部基底膜がなくなっているところがある。それときれいにくっついていますね。そういうことで,まず基底膜がある程度すごい損傷を受けて,そしてボーマン嚢の皮膜下にこういう染み込み病変が起こってくるということですね。そのきっかけ

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は相当強い内皮細胞障害が考えられるということです。

【スライド09】 今のところです。ここら辺までは基底膜があるんだけれど,ここら辺から分からなくなっていますね。吹き上げたような感じになっています。

【スライド10】 染み込み病変というのは,そこでじっとしていなくて,結局,細胞はそんなに増えないくせに,いわゆる線維性半月体様の病変をつくってしまうんですね。だから糖尿病で半月体がありましたと言っても,それは不思議ではなくて線維性半月体ならできてもおかしくない。それからpseado-tubular formationみたいなものも起こってきています。

【スライド11】 これは恐らく線維性の半月の中に埋め込まれた偽尿細管という表現をする人もいますが,そういうものだろうと思います。

【スライド12】 やっぱり糖尿病と同じで,こういう病変には改築,血管の再構築が起こっているんですが,ここに再構築でできた毛細血管と思われるものがあるのだけれども,その周りにまた染み込み病変ができてしまいます。そしてここにも血管があります。そしてこれは,これより前にできた血管が中に埋め込まれているわけですね。そういう形で糖尿病の場合は結節性病変ができてくると考えられるわけですが,似たような血管再構築が失敗しながら進行しているということが言えると思います。

【スライド13】 このような形で典型的な年輪状の結節ができますが,この中にしばしば血管腔が入り込んでいるんですね。doughnut lesion

といわれるような大きな血管腔が見えることもあります。

【スライド14】 immunoglobulinで,やっぱりこれは糖尿病とよく似て,あまり選択性のない染み込みが主体だと思いました。

【スライド15】 κ,λも両方染まっているので,やはりdysglobulinemiaというものはちょっと考えにくいと思います。

【スライド16】 これは演者もお出しになった

し,山口先生もお出しになったんですね。これからはあまりしっかりしたことはどうも言えないと思います。

【スライド17】 この中に脂質がいっぱいありますので,脂質の代謝異常もこの病変には随分絡みがあるだろう。C型肝炎があったということで,肝硬変に伴って真ん中に黒いビリルビンの顆粒と坂口先生がおっしゃっていますが,そういう沈着物もそれに混じっているということで,HCV関連の変化もある程度入っているかもしれないと思いました。

【スライド18】 それからこれが細動脈です。ここに染み込みがあって,そしてひどいところは平滑筋が置き換わってhyalinosisの状態になっています。

【スライド19】 これは山口先生がおっしゃったように tubulesが萎縮して,その間に糸球体から入ってきた染み込み病変がずっとつながっていますね。やっぱりたまっているものには脂質も一緒にあるということです。 ということで,わたしは,これは演者と同じで idiopathic glomerulosclerosisでいいと思います。HCVというのは,やはり糖尿病に影響を与えると同じように idiopathic glomerulosclerosis

にも似たような病変が助長するのでしょうか。たばこの害でいくつかお出しになったけれど,やっぱりあれが内皮細胞障害を起こすということで,活性酸素を主体とする変化ですね。それは糖尿病でも同じなので,かなり共通した組織発生があるのではないかという感じがいたしました。以上です。座長 ありがとうございました。鎌田先生どうぞ。鎌田 北里大学の鎌田です。以前,糖尿病性腎症とそっくりの腎糸球体病変で,糖尿病がなくて四塩化炭素への曝露が原因とされる症例の報告を聞いたことがあります。仕事上,化学物質に曝露されていたという病歴はございますでしょうか。和田 この方は翻訳家で中国と日本をたびたび

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渡り歩くという仕事をしているみたいで,そういう化学物質の曝露は考えにくいかなと思いますが。鎌田 ありがとうございました。座長 どうぞ。北澤 市民病院腎臓内科の北澤ですが,重松先生に質問があるのですが,先ほど重松先生の説明を聞いていて,いわゆる sclerosisを起こしているところ,結節の中に残存した血管腔があるとおっしゃっていました。僕はあれが糖尿病性腎症のnodular lesionの特徴ではないかと思っておききしていました。INGの場合にはああいうのがあまりないのではないでしょうか。僕は1

例しか INGの経験がないのですが,INGの結節と糖尿病性腎症の結節はPAM染色で見ると上記のようなちがいがあると考えていたのですが,そういう鑑別は間違っているのでしょうか。 僕は重松先生がnodular lesionの説明をされたとき,あれは糖尿病性のnodular lesionだと理解したのですが,いわゆる糖尿病の sclerosisの場合には,糸球体係蹄内の血管腔は多くなる。つまり糖尿病性腎症の結節性病変はmesangiumに結節性病変はできてくるんだけれど,結節自身のその中にはたくさんの血管腔があるというふうに考えていたのですが。重松 演者のスライドに idiopathic glomerulo-

sclerosisに関して二つの論文が出ていましたね。その下のほうの論文の組織像にやっぱり結節性硬化症が出ているのですが,中に血管と思われるスペースが写っているのです。ですので,わたしはやっぱり idiopathicのものでも血管が埋め込まれて現象が起こるので,別に糖尿病だから,血管病変が結節性病変の中にあるというふうには言えないのではないかとわたしは思っています。北澤 どうもありがとうございます。座長 では,乳原先生,お願いします。乳原 虎の門病院腎センターの乳原です。先ほどこの症例に糖尿病があるかどうかということが議論になっています。一蛋白尿で来られた人

を腎生検すると,予期に反して糖尿病腎症ではないかとの返事が戻ってきてしまうことがあります。網膜症もないのにどうしてだろうかということがあるわけです。その人に糖尿病があったかどうかを見分ける一つの大きなポイントは,この人の体重の変遷,20歳のときはどうだったか。それを聞いてみることが大切になります。和田 聞いてみます。乳原 20歳のときはそう太ってはいなくても,やっぱり皆さんが経験しているように30歳ぐらいで太ってくる,40歳ぐらいで太ってくる。この時に糖尿病が発症しているかもしれません。しかしその後はまたやせてきてしまう。やせてくると血糖は正常化してしまう。でもある程度の期間の糖尿病の蓄積が糖尿病性腎症として最後まで残ってしまうということがどうもあるようなきがしますが。体重歴をきくことが大事だと思います。 先ほどC型肝炎と糖尿病の関係が問題になっていました。それに対する答えを今ここに来ている住田医師がClinical Nephrosisに載せてくれました。当院でHCV陽性患者で腎症を呈した人の腎生検所見をまとめてみたものです。C型肝炎の関連した腎症は,やはり有名なクリオグロブリンのMPGN。それからもう一つは膜性腎症。もう一つは IgA腎症。その三つが多いのですが,もう一つ,四つ目に多いのが糖尿病性腎症でした。 糖尿病患者は多く,一方でC型肝炎も多いので重なってもいいのではないかという考え方もあるかもしれませんが,C型肝炎に糖尿病が多いというのはhepatologyの教科書にも書かれていますし,何らかの関係があるだろうという論文も出ていて,その関係を示す論文としてはC

型肝炎の治療をして肝炎が良くなってしまうと糖尿病も良くなってしまったということから,C型肝炎と糖尿病の間には関係があるだろうという形で述べた論文もあります。 そういうことでC型肝炎に関係した糖尿病

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が,通常の糖尿病とどう違うのかについては分かりませんが,そういう関係もいわれているということです。私たちのところは肝臓の患者がいっぱいいます。私が研修医のころ肝臓科で研修しますと糖尿病患者が多いことが常識になっており,入院した肝炎患者全員がGTTを行う習慣がありました。その結果がどう出たかというのは聞いておりませんが,結構目立つということも事実でしたので,やはりHCVと糖尿病の関係はあるような気がします。和田 ありがとうございます。座長 ありがとうございました。どうぞ,お願いします。海津 社会保険横浜中央病院の海津です。糖尿病性腎症研究会を昨年やったばかりでございます。その研究会でも,現在のところ糖尿病がないのに糖尿病性腎症というのはほとんど今まで報告もありませんし,われわれも聞いたことはありません。糖尿病性腎症の診断には,特に2

型の場合は5年ないし7年以上の糖尿病歴というのが成書的には書かれておりますので,糖尿病がなくて糖尿病性腎症というのは,今のところ一般通念としてはまだない。しかし今,乳原先生も山口先生も言われましたが,ひょっとするとそういうこともあり得るという目でわれわれは今から考えていくという,そのきっかけといいますか,そういうこともありうるかなと思います。しかし,一般通念としては現在のところ腎症をやっている人たちには,そういう考えはほとんど出てきておりませんし,意見もないのが現状だということをお伝えしておきます。座長 ありがとうございました。ほかに追加でご意見,ご質問等はございませんか。どうぞ,平和先生。平和 横浜市大の平和です。非常に興味深く拝聴いたしました。臨床的な経過で教えていただきたいのですが,現在,眼底所見は高血圧性の変化しかないと記載がされているのですが,糖尿病性の昔の「変病が認められる」というようなことは,先生が見ていてなかったのですか。

和田 高血圧性の眼でかなりひどいので,眼科の先生とも相談したのですが,やっぱり糖尿病性の新生血管の増殖の程度ですとか,微小出血の有無がないので,高血圧性の眼底……。平和 それは現在なくて ,昔のあともないということですね。和田 今もないです。初診時もない。平和 それから病歴ですが,蛋白尿に関しては今まで指摘されたことというのはなかったのでしょうか。2年ぐらい前に発症,そのときにネフローゼで発症しているので,その前に蛋白尿,血尿が健康診断でどうだったかについて情報はありませんか。和田 本人の話なので絶対とは言えないのですが,やっぱり健診を5年ぐらいの間隔で受けていたようなのですが,血圧のことは言われていたようなのですが,それ以外全く言われていないというのと,インターフェロンを15年前にやったときに腎障害は一切言われていないということからすると,以前に蛋白尿があったというのは,慢性的にあったのかもしれないのですが,はっきりとは分かっていないという状態です。平和 インターフェロンの導入されたときの体重はどの程度だったか分かりますか。和田 体重は聞いてないのですが,ただ極端な肥満があったりということはなかったというのはおっしゃっています。平和 ありがとうございました。座長 よろしいでしょうか。時間も過ぎていますので,和田先生,どうもありがとうございました。このセッションはこれで終了いたします。ありがとうございました。

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