2
11 10 GE today November 2012 はじめに MRI(magnetic resonance imaging)は関節軟骨の損傷や変性の 診断に極めて有用な非侵襲的評価法である。近年、3T MRI の普及 や、RF コイル、パルスシーケンスの改良などに伴い、より高い信 号雑音比、より高い空間分解能での撮像が可能となってきた。ま た、関節軟骨中の分子構造変化を鋭敏に捉えることが可能な新し い MRI 撮像法が臨床応用されつつあり、従来困難であった軟骨変 性の早期診断や軟骨変性度の定量的評価に有用な方法として期待 される。ここでは、膝関節を中心に最近の関節軟骨の MRI 撮像法 などについて解説する。 関節軟骨の形態評価 関節軟骨の MRI 評価では、様々なパルスシークエンスが用いら れている。最も一般的な撮像法は、2D FSE(fast spin echo)法を 用いた脂肪抑制プロトン密度強調画像である。プロトン密度強調 像は、T1 強調像と T2 強調像の中間的な像であり、軟骨と関節液、 及び軟骨下骨との間に比較的良好なコントラストが得られ、関節 軟骨の評価に有用である。また、脂肪抑制法を用いることにより、 関節液は強い高信号に、正常海綿骨は低信号に描出されるため、 損傷軟骨部にある関節液や、剥離した骨軟骨片と骨髄との間に介 在する関節液を鋭敏に捉えることが可能であり、関節軟骨の形態 評価に有用である。また、比較的短いバンド幅や大きなピクセル サイズを用いた撮像では、化学シフトアーチファクトによる骨髄 脂肪像の軟骨像への重なりにより、軟骨の評価が困難となること があるが、脂肪抑制法を併用すると骨髄脂肪像の重なりを抑制す ることが可能である。一方、関節軟骨は薄く曲線的な構造を取る ことから、1 つの撮像断面による診断は病変の見落しとの原因と なったり、アーチファクトを病変と見誤る危険があるため、2D 撮 像での評価では、複数の撮像断面で病変を確認することが必要で ある。 これに対し、3D 撮像法により関節軟骨全体をボリューム撮像 し、MPR(Multi Planar Reconstruction) を用いてワークステーション 上で任意の断面で評価する方法が用いられている。関節軟骨を対 象とした 3D MRI 撮像では、様々なパルスシークエンスが利用さ れてきたが、その多くは anisotropic voxel(異方性ボクセル ) での 撮像法であり、オリジナルの撮像断面からのリフォーマット像は、 画像の劣化により診断に役に立たない場合が多かった。これを解 決する方法として、isotropic voxel(等方性ボクセル)での撮像 が試みられている。現在広く使われている isotropic voxel 撮像法 は Balanced-steady-state free precession 法などの 3D GRE(gradient- echo)法を用いた撮像法であるが、最近 3D FSE 法を用いた撮像法 として、3D Cube 法が関節軟骨の評価に利用されている。3D Cube 法は FSE 法を用いて isotropic voxel での T2 強調像、またはプロト ン密度強調像の撮像が可能な方法である。一般に、3D FSE 法では 撮像時間短縮のためエコートレインを長くすると、T2 減衰に伴う blurring artifactを生じたり、実行TEが延長するなどの問題点があっ た。一方 3D Cube 法では、refocused flip angle modulation と呼ば れる refocus pulse の FA(flip angle)を変化させることで、長いエ コートレインを用いても軟部組織のコントラストに優れ、blurring artifact を押さえた高空間分解能での撮像が可能となる。また、低 い FA を利用することが可能となり、SAR(specific absorption rate) を抑制することができ、撮像の自由度が広くなる利点がある 1) 3D Cube 法を用いた評価では、従来の 3D 撮像法と比較し、高い 関節軟骨と関節液のコントラスト雑音比が得られ 2) 、また、従来 の 2D FSE 法を用いたプロトン密度強調像と比較し、関節軟骨の評 価においてほぼ同等の高い感度、特異度、正確度を有しているこ とから 3) 、関節軟骨の形態評価に極めて有用と考えられる。我々 は膝関節のルーチンプロトコールとして、一般的なプロトン密度 強調像を中心とした 2D FSE 撮像に加え、プロトン密度強調像での 3D FSE Cube 法による撮像を行っている。GE ヘルスケア社製 3.0T MRI Discovery 750 と 8ch phased-array knee coil を用いた膝関節の 撮像では、約 0.7mm の isotropic voxel の空間分解能で撮像時間は 約 5 分と短く、ルーチン撮像として加えることが十分可能である (TR 2200ms、TE 24ms、Fov 150×150mm、Section thickness 0.7mm、 matrix 224 × 224)。isotropic voxel 撮像の最大の利点は、高空間 分解能での撮像が可能なことだけではなく、一度オリジナルの画 像を撮像すれば、それから矢状断、冠状断、横断、斜冠状断など 任意の断面に画像の劣化なくリフォーマットできる点である (図 1) このことは、特に病変が比較的小さく、また、薄く複雑な立体構 造をとる関節軟骨の形態評価では極めて有用となる。また一般的 な 2D 撮像で経時的な評価を行う場合、時期の異なる撮像において、 対象とする部位が必ずしもスライス内に同様に抽出されず、比較 評価が困難となることがある。一方、3D isotropic 撮像では関節軟 骨全体を 3D 収集することで、同一部位を同一断面で常に評価する ことが可能となるため、経時的評価に極めて有用である。 関節軟骨の質的評価 関節軟骨は約 70%の水分、約 20%のコラーゲン、及び約 10% の PG(proteoglycan)などからなる。関節軟骨は、緻密なコラー ゲン線維網中に極性分子である PG を豊富に含有している。PG は 同じ極性分子である水との相互作用により、軟骨の高い膨張圧を 維持し、一方コラーゲン線維網は膨張圧に抗して軟骨形態を保つ 作用をもつ。関節軟骨はこれらの特徴的な組成、構造により、力 学的負荷に対し強い耐性を有する。一方、関節軟骨は血管組織を 有さず、また細胞密度が極めて低いことから自己修復能に乏しく、 一定以上の変性や損傷が生ずるとその自然修復は困難とされる。 関節軟骨の変性や摩耗は変形性関節症(OA)を惹起し、進行した OA に対しては手術的治療以外に有効な手段がないため、出来るだ け早期に関節軟骨変性の診断を行い、進行を予防するための治療 を開始することが望ましい。OA では、初期より PG 含有量の低下、 コラーゲン配列の不規則化、及び水分含有量の増加などを伴う軟 骨変性が認められる。一般的なルーチン MRI は、関節軟骨の形態 異常の検出は比較的鋭敏であるものの、軟骨内の信号強度異常の 検出に関しては、信号強度自体に定量性がないこともあり、必ず しも鋭敏ではない。このため、形態異常や明らかな信号強度異常 が出現する以前の、OA の早期に発生する軟骨変性を詳細に評価す ることは困難であった。これに対し最近、軟骨の組成や構造の変 化などを定量的に評価可能な新しい MRI 撮像法が臨床応用されつ つあり、軟骨の質的評価に有用な方法として期待されている。こ こでは軟骨中のコラーゲン配列や水分含有量の評価が可能な T2 マッピング、及び PG 含有量などの評価が可能な T1 ρマッピング について述べる。 T2マッピング T2 マッピングは、軟骨中のコラーゲンの配列と水分含有量が評 価可能な MRI 撮像法であり、早期軟骨変性の検知や軟骨変性度の 定量的評価に有用とされる 4) 。正常軟骨は密で規則的に配列する コラーゲンを有し、また水分含有量はほぼ一定に保たれているが、 軟骨変性に伴いコラーゲン配列の不整化や水分含有量の増加が進 行する。これらの変化はともに T2 を延長させるため、変性の進行 新しい関節軟骨のMRI評価法 帝京大学ちば総合医療センター 先進画像診断センター/整形外科 渡辺淳也 に従って軟骨の T2 は延長する。T2 マッピングでは T2 計算画像を 作成し、コラーゲン配列や水分含有量の違いを T2 の差として定量 化する。臨床診断には T2 に基づいてカラーコーディングした画像 による視覚的評価を、詳細な定量的評価には T2 計算画像上に関心 領域を設定した T2 測定を行っている。 GE ヘルスケア社製 MRI では、関節軟骨の T2 マッピングを行う ためのアプリケーション(CartiGram)が付属しており、カラーコー ディングした T2 マップをコンソールまたはワークステーション上 で作成したり、T2 マップを解析したりすることが可能である。ま た CartiGram では、stimulated echo の影響を低減するよう最適化さ れた Multi-spin-echo 法を用いており、より誤差の少ない T2 計測 が可能である。3.0 T MRI Discovery 750 を用いた膝関節の撮像で は、我々は以下の条件での撮像を行っており、撮像時間は約 8 分 である(TR 1800ms、TE 11.5-92ms、FOV 140 × 140mm、Section thickness 3.0mm、matrix 384×384)。( 図 2) 一方、T2 マッピングを用いた軟骨変性の評価では、いくつかの 注意点が存在する。関節軟骨は表面より順に表層、中間層、深層 に分類され、それぞれコラーゲンの配列方向が異なる。このため 静磁場方向に垂直に位置する関節軟骨では、一般に深層で T2 が 最も短く、次いで中間層、表層の順となる。T2 マッピングにより 軟骨変性を評価する際には、コラーゲンの層状構造による生理的 な T2 の違いを考慮する必要がある 5) 。また、規則的で密な配列を 有するコラーゲン線維網を有する関節軟骨では、コラーゲン線維 と静磁場のなす角によってその T2 が変化することが知られている 図2:T2 マッピングによる膝関節軟骨変性の評価 (左)内側半月板損傷症例の冠状断 T2 マッピング像(34 歳女性)。カラーバーの赤色は T2 の長 い変性部位を、青色は T2 の短い健常部位を示している。大腿骨内側顆では軟骨表層から中層に かけて T2 延長が認められ ( 矢頭 )、コラーゲン配列の不整化や水分含有量の上昇などを伴う軟骨 変性が示唆される。/(右)同症例の関節鏡視下所見。T2マッピングでT2の延長が認められた部 位に一致して、軟骨の線維化などを伴う軟骨変性が認められる(矢頭)。 図1:3D FSE Cube 法を用いた膝関節 3D isotropic MRI 像(0.6x0.6x0.6 mm) (左) 矢状断像[オリジナル]/(中央)横断像[リフォーマット]/(右) 冠状断像[リフォーマット]

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1110 GE today November 2012

はじめに

 MRI(magnetic resonance imaging)は関節軟骨の損傷や変性の

診断に極めて有用な非侵襲的評価法である。近年、3T MRI の普及

や、RF コイル、パルスシーケンスの改良などに伴い、より高い信

号雑音比、より高い空間分解能での撮像が可能となってきた。ま

た、関節軟骨中の分子構造変化を鋭敏に捉えることが可能な新し

い MRI 撮像法が臨床応用されつつあり、従来困難であった軟骨変

性の早期診断や軟骨変性度の定量的評価に有用な方法として期待

される。ここでは、膝関節を中心に最近の関節軟骨の MRI 撮像法

などについて解説する。

関節軟骨の形態評価

 関節軟骨の MRI 評価では、様々なパルスシークエンスが用いら

れている。最も一般的な撮像法は、2D FSE(fast spin echo)法を

用いた脂肪抑制プロトン密度強調画像である。プロトン密度強調

像は、T1 強調像と T2 強調像の中間的な像であり、軟骨と関節液、

及び軟骨下骨との間に比較的良好なコントラストが得られ、関節

軟骨の評価に有用である。また、脂肪抑制法を用いることにより、

関節液は強い高信号に、正常海綿骨は低信号に描出されるため、

損傷軟骨部にある関節液や、剥離した骨軟骨片と骨髄との間に介

在する関節液を鋭敏に捉えることが可能であり、関節軟骨の形態

評価に有用である。また、比較的短いバンド幅や大きなピクセル

サイズを用いた撮像では、化学シフトアーチファクトによる骨髄

脂肪像の軟骨像への重なりにより、軟骨の評価が困難となること

があるが、脂肪抑制法を併用すると骨髄脂肪像の重なりを抑制す

ることが可能である。一方、関節軟骨は薄く曲線的な構造を取る

ことから、1 つの撮像断面による診断は病変の見落しとの原因と

なったり、アーチファクトを病変と見誤る危険があるため、2D 撮

像での評価では、複数の撮像断面で病変を確認することが必要で

ある。

 これに対し、3D 撮像法により関節軟骨全体をボリューム撮像

し、MPR(Multi Planar Reconstruction) を用いてワークステーション

上で任意の断面で評価する方法が用いられている。関節軟骨を対

象とした 3D MRI 撮像では、様々なパルスシークエンスが利用さ

れてきたが、その多くは anisotropic voxel(異方性ボクセル ) での

撮像法であり、オリジナルの撮像断面からのリフォーマット像は、

画像の劣化により診断に役に立たない場合が多かった。これを解

決する方法として、isotropic voxel(等方性ボクセル)での撮像

が試みられている。現在広く使われている isotropic voxel 撮像法

は Balanced-steady-state free precession 法などの 3D GRE(gradient-

echo)法を用いた撮像法であるが、最近 3D FSE 法を用いた撮像法

として、3D Cube 法が関節軟骨の評価に利用されている。3D Cube

法は FSE 法を用いて isotropic voxel での T2 強調像、またはプロト

ン密度強調像の撮像が可能な方法である。一般に、3D FSE 法では

撮像時間短縮のためエコートレインを長くすると、T2 減衰に伴う

blurring artifact を生じたり、実行 TE が延長するなどの問題点があっ

た。一方 3D Cube 法では、refocused flip angle modulation と呼ば

れる refocus pulse の FA(flip angle)を変化させることで、長いエ

コートレインを用いても軟部組織のコントラストに優れ、blurring

artifact を押さえた高空間分解能での撮像が可能となる。また、低

い FA を利用することが可能となり、SAR(specific absorption rate)

を抑制することができ、撮像の自由度が広くなる利点がある 1)。

 3D Cube 法を用いた評価では、従来の 3D 撮像法と比較し、高い

関節軟骨と関節液のコントラスト雑音比が得られ 2)、また、従来

の 2D FSE 法を用いたプロトン密度強調像と比較し、関節軟骨の評

価においてほぼ同等の高い感度、特異度、正確度を有しているこ

とから 3)、関節軟骨の形態評価に極めて有用と考えられる。我々

は膝関節のルーチンプロトコールとして、一般的なプロトン密度

強調像を中心とした 2D FSE 撮像に加え、プロトン密度強調像での

3D FSE Cube 法による撮像を行っている。GE ヘルスケア社製 3.0T

MRI Discovery 750 と 8ch phased-array knee coil を用いた膝関節の

撮像では、約 0.7mm の isotropic voxel の空間分解能で撮像時間は

約 5 分と短く、ルーチン撮像として加えることが十分可能である

(TR 2200ms、TE 24ms、Fov 150 × 150mm、Section thickness 0.7mm、

matrix 224 × 224)。isotropic voxel 撮像の最大の利点は、高空間

分解能での撮像が可能なことだけではなく、一度オリジナルの画

像を撮像すれば、それから矢状断、冠状断、横断、斜冠状断など

任意の断面に画像の劣化なくリフォーマットできる点である(図 1)。

このことは、特に病変が比較的小さく、また、薄く複雑な立体構

造をとる関節軟骨の形態評価では極めて有用となる。また一般的

な 2D 撮像で経時的な評価を行う場合、時期の異なる撮像において、

対象とする部位が必ずしもスライス内に同様に抽出されず、比較

評価が困難となることがある。一方、3D isotropic 撮像では関節軟

骨全体を 3D 収集することで、同一部位を同一断面で常に評価する

ことが可能となるため、経時的評価に極めて有用である。

関節軟骨の質的評価

 関節軟骨は約 70%の水分、約 20%のコラーゲン、及び約 10%

の PG(proteoglycan)などからなる。関節軟骨は、緻密なコラー

ゲン線維網中に極性分子である PG を豊富に含有している。PG は

同じ極性分子である水との相互作用により、軟骨の高い膨張圧を

維持し、一方コラーゲン線維網は膨張圧に抗して軟骨形態を保つ

作用をもつ。関節軟骨はこれらの特徴的な組成、構造により、力

学的負荷に対し強い耐性を有する。一方、関節軟骨は血管組織を

有さず、また細胞密度が極めて低いことから自己修復能に乏しく、

一定以上の変性や損傷が生ずるとその自然修復は困難とされる。

関節軟骨の変性や摩耗は変形性関節症(OA)を惹起し、進行した

OA に対しては手術的治療以外に有効な手段がないため、出来るだ

け早期に関節軟骨変性の診断を行い、進行を予防するための治療

を開始することが望ましい。OA では、初期より PG 含有量の低下、

コラーゲン配列の不規則化、及び水分含有量の増加などを伴う軟

骨変性が認められる。一般的なルーチン MRI は、関節軟骨の形態

異常の検出は比較的鋭敏であるものの、軟骨内の信号強度異常の

検出に関しては、信号強度自体に定量性がないこともあり、必ず

しも鋭敏ではない。このため、形態異常や明らかな信号強度異常

が出現する以前の、OA の早期に発生する軟骨変性を詳細に評価す

ることは困難であった。これに対し最近、軟骨の組成や構造の変

化などを定量的に評価可能な新しい MRI 撮像法が臨床応用されつ

つあり、軟骨の質的評価に有用な方法として期待されている。こ

こでは軟骨中のコラーゲン配列や水分含有量の評価が可能な T2

マッピング、及び PG 含有量などの評価が可能な T1 ρマッピング

について述べる。

T2マッピング

 T2 マッピングは、軟骨中のコラーゲンの配列と水分含有量が評

価可能な MRI 撮像法であり、早期軟骨変性の検知や軟骨変性度の

定量的評価に有用とされる 4)。正常軟骨は密で規則的に配列する

コラーゲンを有し、また水分含有量はほぼ一定に保たれているが、

軟骨変性に伴いコラーゲン配列の不整化や水分含有量の増加が進

行する。これらの変化はともに T2 を延長させるため、変性の進行

新しい関節軟骨のMRI評価法

帝京大学ちば総合医療センター 先進画像診断センター/整形外科

渡辺淳也

に従って軟骨の T2 は延長する。T2 マッピングでは T2 計算画像を

作成し、コラーゲン配列や水分含有量の違いを T2 の差として定量

化する。臨床診断には T2 に基づいてカラーコーディングした画像

による視覚的評価を、詳細な定量的評価には T2 計算画像上に関心

領域を設定した T2 測定を行っている。

 GE ヘルスケア社製 MRI では、関節軟骨の T2 マッピングを行う

ためのアプリケーション(CartiGram)が付属しており、カラーコー

ディングした T2 マップをコンソールまたはワークステーション上

で作成したり、T2 マップを解析したりすることが可能である。ま

た CartiGram では、stimulated echo の影響を低減するよう最適化さ

れた Multi-spin-echo 法を用いており、より誤差の少ない T2 計測

が可能である。3.0 T MRI Discovery 750 を用いた膝関節の撮像で

は、我々は以下の条件での撮像を行っており、撮像時間は約 8 分

である(TR 1800ms、TE 11.5-92ms、FOV 140 × 140mm、Section

thickness 3.0mm、matrix 384 × 384)。( 図 2)

 一方、T2 マッピングを用いた軟骨変性の評価では、いくつかの

注意点が存在する。関節軟骨は表面より順に表層、中間層、深層

に分類され、それぞれコラーゲンの配列方向が異なる。このため

静磁場方向に垂直に位置する関節軟骨では、一般に深層で T2 が

最も短く、次いで中間層、表層の順となる。T2 マッピングにより

軟骨変性を評価する際には、コラーゲンの層状構造による生理的

な T2 の違いを考慮する必要がある 5)。また、規則的で密な配列を

有するコラーゲン線維網を有する関節軟骨では、コラーゲン線維

と静磁場のなす角によってその T2 が変化することが知られている

図 2:T2 マッピングによる膝関節軟骨変性の評価(左)内側半月板損傷症例の冠状断 T2 マッピング像(34 歳女性)。カラーバーの赤色は T2 の長

い変性部位を、青色は T2 の短い健常部位を示している。大腿骨内側顆では軟骨表層から中層に

かけて T2 延長が認められ ( 矢頭 )、コラーゲン配列の不整化や水分含有量の上昇などを伴う軟骨

変性が示唆される。/(右)同症例の関節鏡視下所見。T2 マッピングで T2 の延長が認められた部

位に一致して、軟骨の線維化などを伴う軟骨変性が認められる(矢頭)。

図 1:3D FSE Cube 法を用いた膝関節 3D isotropic MRI 像(0.6x0.6x0.6 mm)(左) 矢状断像[オリジナル]/(中央)横断像[リフォーマット]/(右) 冠状断像[リフォーマット]

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1312 GE today November 2012

(orientation dependent dipolar interaction)。特にコラーゲン配列方

向が静磁場方向に対し 54.7 度(マジックアングル)に位置すると

T2 は最も延長して測定される 6)。この現象に伴う T2 の延長により、

健常軟骨が変性軟骨と解釈される可能性があるため注意を要する。

T1ρマッピング…現在進めている研究より

 T1ρ(spin-lattice relaxation in the rotating frame)マッピングは、

軟骨中の PG 濃度の評価が可能な MRI 撮像法である 7)。軟骨変性に

伴って進行する PG 濃度の低下は T1 ρを延長させることから、T1

ρマッピングは早期軟骨変性の有効な指標となると考えられる。

同じく PG 濃度の評価が可能な MRI 撮像法である dGEMRIC(delayed

gadolinium enhanced magnetic resonance imaging of cartilage)8)と

比較し、造影剤の倍量投与が必要なく、より非侵襲的な評価法で

ある。一方、dGEMRIC による評価は、軟骨中の PG 濃度の変化に

特異性が高いが、T1 ρマッピングは、PG 濃度だけでなく、水分

含有量などにも影響を受けることが知られる 9)。

 一般に変性軟骨では、PG 濃度の減少は、コラーゲン配列の不整

化に先だって起こるが、PG 濃度を評価可能な T1 ρマッピングは、

コラーゲン配列の変化を評価する T2 マッピングと比較し、より早

期の軟骨変性を評価できる可能性がある。また、T1 ρは T2 と比

較し、軟骨変性に伴う変化量が大きいことが知られており、大き

なダイナミックレンジを持つ T1 ρマッピングは、より軟骨変性の

定量的評価に優れている可能性がある 10)。また、T2 マッピングに

よる軟骨評価では、臨床上 magic angle effect が問題となることがあ

参考文献

1)Busse RF, et al. Fast spin echo sequences with very long echo trains: design of variable

refocusing flip angle schedules and generation of clinical T2 contrast. Magn Reson Med

55:1030–1037. 2006;

2)Chen CA, et al. Cartilage morphology at 3.0T: assessment of three-dimensional magnetic

resonance imaging techniques. J Magn Reson Imaging.32:173-83. 2010.

3)Kijowski R, et al. Knee joint: comprehensive assessment with 3D isotropic resolution fast spin-

echo MR imaging--diagnostic performance compared with that of conventional MR imaging at 3.0

T. Radiology. 252:486-95. 2009.

4)Nieminen MT, et al. T2 relaxation reveals spatial collagen architecture in articular cartilage: a

comparative quantitative MRI and polarized light microscopic study. Magn Reson Med, 46: 487-

493, 2001.

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volunteers at 3T: Topographic variation. Journal of Magnetic Resonance Imaging, 26:165-171,

2007.

6)Bydder M, Rahal A, Fullerton GD, et al. The magic angle effect: a source of artifact, determinant

of image contrast, and technique for imaging. J Magn Reson Imaging, 25: 290-300, 2007.

7)Wheaton AJ, et al. Correlation of T1rho with fixed charge density in cartilage. J Magn Reson

Imaging. 20:519-25. 2004.

8)Burstein D, et al. Protocol issues for delayed Gd(DTPA)(2-)-enhanced MRI (dGEMRIC) for clinical

evaluation of articular cartilage. Magn Reson Med, 45: 36-41, 2001.

9)Taylor C, et al. Comparison of quantitative imaging of cartilage for osteoarthritis: T2, T1rho,

dGEMRIC and contrast-enhanced computed tomography. Magn Reson Imaging. 27:779-84. 2009

10)Regatte RR, et al. T1 ρ relaxation mapping in human osteoarthritis (OA) cartilage: Comparison

of T1 ρ with T2. J Magn Reson Imaging. 23:547-553. 2006.

11)Li X, et al. Quantitative MRI using T1 ρ and T2 in human osteoarthritic cartilage specimens:

correlation with biochemical measurements and histology. Magn Reson Imaging. 29:324-334.

2011

販売名称 : ディスカバリー MR750 医療機器認証番号:221ACBZX00095000

文中の T1 ρマッピング機能は帝京ちば医療総合医療センター様における研究内容で

す。弊社の薬事承認製品ではございません。

図 3:T1 ρマッピングによる膝関節軟骨変性の評価(左)前十字靱帯損傷症例の冠状断 T1 ρマッピング像(21 歳男性)。カラーバーの赤色は T1 ρ

の長い変性部位を、青色は T1 ρの短い健常部位を示している。大腿骨内側顆では軟骨表層から

中層にかけて T1 ρ延長が認められ ( 矢頭)PG 濃度の低下や水分含有量の上昇などを伴う軟骨

変性が示唆される。/(右)同症例の関節鏡視下所見。T1 ρマッピングで T1 ρの延長が認めら

れた部位に一致して、軟骨の線維化、亀裂などを伴う軟骨変性が認められる(矢頭)。

るが、T1 ρマッピングではその影響はより少ないとされている 11)。

現在のところ、T1 ρマッピングによる軟骨評価は研究的な利用に

とどまっているが、以上の利点から、軟骨変性の評価により適し

た方法として期待されている。

 T1 ρマッピングでは T1 ρ計算画像を作成し、PG 濃度の違いを

T1 ρの差として定量化する。臨床診断には T1 ρに基づいてカラー

コーディングした画像による視覚的評価を、詳細な定量的評価に

は T1 ρ計算画像上に、関心領域を設定した T1 ρ測定を行ってい

る。3.0T MRI を用いた膝関節の撮像では、我々は 3D SPGR(spoiled

gradient-recalled)法を用いた以下の条件で撮像を行っており、撮

像時間は約 9 分である(TR 9.3ms、TE 3.7ms、FOV 140 × 140mm、

Section thickness 3.0mm、matrix 288 × 288、TSL 0-80ms)。( 図 3)

おわりに

 今回紹介した新しい MRI 撮像法は、通常の一般的な MRI 撮像法

と組み合わせて用いることにより、軟骨の形態変化、軟骨変性の

程度など多岐にわたる詳細な情報が非侵襲的に得られる。今後、変

形性関節症に対する予防医学の発展や軟骨損傷に対する再生医療

技術の進歩などに伴い、関節軟骨の詳細な MRI 診断の重要性はさ

らに高まるものと考えられる。

Magnetic ResonanceMagnetic Resonance はじめに

 2012 年 3 月に、GE の最新鋭フラッグシップハイエンド機種で

ある Discovery MR750w 3.0T が当施設にインストールされた(図

1)。厚生労働省のプロジェクトに基づく基盤整備の一環であり、

精神疾患・神経難病を対象とする研究専用機としての導入である。

脳という小さな検査対象を扱う場合に、従来型の 60㎝ボアの MRI

機種を導入するか、昨今のトレンドである 70㎝のワイドボア機種

を導入するかは、大変悩ましい選択であった。現時点での動向や

将来的な拡張性を考え、当施設ではワイドボア機種を導入するこ

とを選択し、最終的に Discovery MR750w 3.0T が採用された。

 運用開始後 3 ヶ月が過ぎ、いくつかの研究が MR750w を使用し

て立ち上がりつつある。ヘッドコイル周りにずいぶんと余裕がで

きて、被験者へのアクセスやデバイスの装着がしやすくなったこ

となどを歓迎するユーザーの声も聞く。我々が使用経験のある GE

Signa HDx 3.0T や HDxt 3.0T とインターフェイス等が異なる点や、

32ch 頭部コイルの特性には、戸惑う場面が若干あるものの、撮像

方法やパラメーターの調整を経て、大きな問題なく経過している。

装置の概要

 臨床や研究において、画像を用いて定量的な評価を行う機会が

増えてきているのは周知の状況である。例えば、固形腫瘍の治

療効果判定のガイドラインである RECIST(Response Evaluation

Criteria in Solid Tumors)は 1)、治験での集団への使用のみならず、

臨床での個別の現場においても広く使用されており、化学療法中

に腫瘍の大きさの経時的な計測を求められる場面は確実に増加し

ている。

 中枢神経領域では、早くから、SPM(statistical parametric

mapping)に代表されるボクセルベースの画像統計解析のツールが

登場し、画像を用いた定量化の要求は他領域に比べても以前から

強かった。そのような状況の下では、局所磁場不均一性による画

像の歪みやノイズは極力排除せねばならない。高い精度の静磁場

(B0)の均一性と、送信 RF パルス(B1)の不均一性の抑制とが求

められる。

 静磁場均一性にとって、ワイドボアという環境は、一般的に不

利な方向に働く。ボア径の小さな MRI の静磁場均一性に近づける

には今まで以上の工夫が必要である。Discovery MR750w では、従

来に対して約 1/8 サイズの高精度シムチップを搭載し、静磁場均

一性の代表的な指標である 40cm DSV(diameter spherical volume)

において、0.27ppm と、60㎝ボアを有する Discovery MR750 と比

べて遜色のない静磁場均一性を実現している。また Bloch-Siegert

shift 法による高速な B1 mapping を行い 2)、4 つの給電点と 2 つの

送信アンプを備えたマルチドライブ RF 送信技術によって高い B1

shimming 性能を提供している。

 今回の MRI の導入にあわせて新たに整備した functional MRI

(fMRI)関連機器との連携も問題はない。外部機器とのセッティン

グに関して、GE のサポートは滞りなく進行し、大変満足すべきも

のであった。研究専用機であるため撮像実績は限られるが、運用

開始後 3 ヶ月を過ぎ、いくつかの研究が始まりつつある。初期の

状況を見る限りでは、懸念していた 70㎝ワイドボアであるが故の

ハンディキャップを感じる印象はほとんどない。32ch 頭部コイル

の特性を熟知し、撮像バラメーターを適切に調整すれば、我々が

以前に使用経験のある 60㎝ノーマルボアの 3.0T MRI と比べて同

等以上の画質を提供してくれるものと確信している。そして、今

回導入された Discovery MR750w 3.0T を舞台に、精神疾患・神経

難病に関して、できるだけ多くの有益な成果が還元されることを

願っている。

中枢神経領域でのMRIを用いた研究動向と将来展望

日本国内での動向

 2012 年 6 月に、内閣官房から、「医療イノベーション 5 か年戦略」

が発表された。その中では、①超高齢化社会に対応した最新の医

療環境整備、②医療関連産業の活性化による我が国の経済成長、

③日本の医療の世界への発信、を目標とすることが謳われている

(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/iryou/5senryaku/siryou02.pdf)。医療

産業において輸入超過となっている現状を打破し、国際競争力を

強化して、最終的には日本を医療産業において輸出国とすること

を目指すものである。創薬力の強化、日本の技術力を活かした医

療機器の開発・再生医療の実現、個別化医療の実用化などがその

Discovery MR750w 3.0Tの初期使用経験研究用MRIとしてのユーザーの立場から

東京大学医学部附属病院 放射線科

國松 聡

図 1:Discovery MR750w 3.0T