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岩船沖油ガス田 海上プラットフォームの現状 設計の位置づけ プログラム 設計手法 日本ではこれまで 6 箇所で海上油田の開発が行われ、合計 12 基の 鋼製固定式の海洋掘削施設(海上プラットフォーム)が設置されてき たが、この内 11 基はすでに廃止及び解体撤去済みで、現在は岩船沖 油ガス田のみが操業を続けている。 海上プラットフォームの廃止は、掘削設備や居住設備等の上載設備 を切断・撤去し、それらを支えていた下部構造物を海底から切り離し た状態にするのが一般的である。上載設備は陸上に運搬して処分され るが、下部構造物は海底に残置して魚礁として再利用されるか、指定 の地点まで曳航して海洋投棄される。 新潟県胎内市沖約 4km の海上にあ る、現在国内で操業している唯一の 海上プラットフォームである。1960 年代から地質調査が行われ、1989 年に海上プラットフォームが建設さ れた。石油及び天然ガスを採掘し、 海底パイプラインを通して新潟市の 陸上基地まで送っている。 国内では新潟県を中心に、明治から大正時代にかけて石油の採掘が 盛んであった。当時は海洋油田の開発は行われておらず、いずれも内 陸の油田であった。現在ではそのほとんどが廃止されているが、保存 に向けた市民運動や自治体の働きにより、遺構が保存されたり、記念 公園として開放されているものもある。一方で海上プラットフォーム は歴史が浅いことに加え、沖合数 km という海上にあることから、市 民の生活から切り離されおり、認識されにくい状況にある。そのため、 文化的価値を見出されず、保存の対象になりえないという現状がある。 また、操業が停止したとしても航行上の安全性から海上に放置はでき ないため、これまで役目を終えた海上プラットフォームは速やかに解 体撤去が行われてきた。 日本は海外からの輸入に依存するという背景のもと、エネルギーの 一大消費国となった。近年になりエネルギー自給率の向上が求められ る中、国内のエネルギー生産の一端を担う岩船沖油ガス田は産業にお いて重要な役割を持つと言える。また、日本の海上プラットフォーム の建設技術は海外に輸出されるほど優れており、地震や波浪に耐えう る堅固なものになっていることから、建築としての再利用の余地は十 分にあると考えられる。以上のことから、岩船沖油ガス田を産業遺構 として保存することと、用途を転換して再利用することを目的とした 建築を提案する。 本設計において、再利用後の用途は水族館と宿泊施設とする。海洋 資源を採掘するための施設であったことから、海に関する施設として 再利用することが望ましいと考える。特に石油は太古の生命に由来す る資源であり、資源、生命、環境の関係について学べるようような施 設と位置づける。さらに石油及び天然ガスの生産過程の最初の工程で ある掘削を行う施設の遺構から現代生活に欠かすことのできないエネ ルギー生産について学ぶ機会を与えたい。また、沖合 4km の海上とい う環境の中で、水族館の展示のみを一時的なものとして享受するだけ でなく宿泊することにより、非日常的な環境の中に様々なアクティビ ティを通して、長時間身をおくことによって、より深く海洋環境を感 じ取ることができると考える。 頸城沖油ガス田 1968~1988 磐城沖ガス田 1984~2010 阿賀沖油ガス田 1974~1999 阿賀沖北油田 1984~1993 岩船沖油ガス田1990~ 土崎沖油田 1962~1979 浴室 脱衣所 EV 脱衣所 浴室 サウナ サウナ 露天風呂 露天風呂 EV EV EV 屋上庭園 客室(サテライト) EV 温泉 展示室3 (温室) 大水槽 展示室4 展示室5 展示室6 展望通路 テラス テラス テラス 客室 客室 客室 客室 客室 客室 EV EV EV キーパースペース キーパースペース EV 展示室2上部 展示室2 水槽 水槽 水槽 水槽 大水槽 EV EV EV EV EV レストラン 厨房 4F 3F 2F 5F 岩船沖油ガス田プラットフォームの再利用の提案

岩船沖油ガス田プラットフォームの再利用の提案...岩船沖油ガス田 海上プラットフォームの現状 設計の位置づけ プログラム 設計手法

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Page 1: 岩船沖油ガス田プラットフォームの再利用の提案...岩船沖油ガス田 海上プラットフォームの現状 設計の位置づけ プログラム 設計手法

岩船沖油ガス田

海上プラットフォームの現状

設計の位置づけ

プログラム

設計手法

 日本ではこれまで 6箇所で海上油田の開発が行われ、合計 12基の

鋼製固定式の海洋掘削施設(海上プラットフォーム)が設置されてき

たが、この内 11基はすでに廃止及び解体撤去済みで、現在は岩船沖

油ガス田のみが操業を続けている。

 海上プラットフォームの廃止は、掘削設備や居住設備等の上載設備

を切断・撤去し、それらを支えていた下部構造物を海底から切り離し

た状態にするのが一般的である。上載設備は陸上に運搬して処分され

るが、下部構造物は海底に残置して魚礁として再利用されるか、指定

の地点まで曳航して海洋投棄される。

 新潟県胎内市沖約 4kmの海上にあ

る、現在国内で操業している唯一の

海上プラットフォームである。1960

年代から地質調査が行われ、1989

年に海上プラットフォームが建設さ

れた。石油及び天然ガスを採掘し、

海底パイプラインを通して新潟市の

陸上基地まで送っている。

 国内では新潟県を中心に、明治から大正時代にかけて石油の採掘が

盛んであった。当時は海洋油田の開発は行われておらず、いずれも内

陸の油田であった。現在ではそのほとんどが廃止されているが、保存

に向けた市民運動や自治体の働きにより、遺構が保存されたり、記念

公園として開放されているものもある。一方で海上プラットフォーム

は歴史が浅いことに加え、沖合数 kmという海上にあることから、市

民の生活から切り離されおり、認識されにくい状況にある。そのため、

文化的価値を見出されず、保存の対象になりえないという現状がある。

また、操業が停止したとしても航行上の安全性から海上に放置はでき

ないため、これまで役目を終えた海上プラットフォームは速やかに解

体撤去が行われてきた。

 日本は海外からの輸入に依存するという背景のもと、エネルギーの

一大消費国となった。近年になりエネルギー自給率の向上が求められ

る中、国内のエネルギー生産の一端を担う岩船沖油ガス田は産業にお

いて重要な役割を持つと言える。また、日本の海上プラットフォーム

の建設技術は海外に輸出されるほど優れており、地震や波浪に耐えう

る堅固なものになっていることから、建築としての再利用の余地は十

分にあると考えられる。以上のことから、岩船沖油ガス田を産業遺構

として保存することと、用途を転換して再利用することを目的とした

建築を提案する。

 本設計において、再利用後の用途は水族館と宿泊施設とする。海洋

資源を採掘するための施設であったことから、海に関する施設として

再利用することが望ましいと考える。特に石油は太古の生命に由来す

る資源であり、資源、生命、環境の関係について学べるようような施

設と位置づける。さらに石油及び天然ガスの生産過程の最初の工程で

ある掘削を行う施設の遺構から現代生活に欠かすことのできないエネ

ルギー生産について学ぶ機会を与えたい。また、沖合 4kmの海上とい

う環境の中で、水族館の展示のみを一時的なものとして享受するだけ

でなく宿泊することにより、非日常的な環境の中に様々なアクティビ

ティを通して、長時間身をおくことによって、より深く海洋環境を感

じ取ることができると考える。

頸城沖油ガス田1968~1988

磐城沖ガス田1984~2010

阿賀沖油ガス田1974~1999

阿賀沖北油田1984~1993

岩船沖油ガス田1990~

土崎沖油田1962~1979

浴室

脱衣所

EV

脱衣所浴室

サウナ

サウナ

露天風呂

露天風呂

EV

EV

EV

屋上庭園

客室(サテライト)EV 温泉

展示室3(温室)

大水槽

展示室4

展示室5

展示室6展望通路

テラス

テラス

テラス

客室

客室

客室

客室

客室

客室

EV

EV

EV

キーパースペース

キーパースペース

EV

展示室2上部

展示室2

水槽

水槽

水槽

水槽

大水槽

EV

EV

EV

EV

EV

レストラン

厨房

4F

3F

2F

5F

海上プラットフォームの解体過程 上裁設備の撤去

岩船沖油ガス田プラットフォームの再利用の提案

居住区建屋の撤去 掘削設備の撤去

Page 2: 岩船沖油ガス田プラットフォームの再利用の提案...岩船沖油ガス田 海上プラットフォームの現状 設計の位置づけ プログラム 設計手法

水中展示室1

EV

EV

EV

EV

水中展示室2

EV

EVEV

設計手法

 本設計において、再利用後の用途は水族館と宿泊施設とする。海洋

資源を採掘するための施設であったことから、海に関する施設として

再利用することが望ましいと考える。特に石油は太古の生命に由来す

る資源であり、資源、生命、環境の関係について学べるようような施

設と位置づける。さらに石油及び天然ガスの生産過程の最初の工程で

ある掘削を行う施設の遺構から現代生活に欠かすことのできないエネ

ルギー生産について学ぶ機会を与えたい。また、沖合 4kmの海上とい

う環境の中で、水族館の展示のみを一時的なものとして享受するだけ

でなく宿泊することにより、非日常的な環境の中に様々なアクティビ

ティを通して、長時間身をおくことによって、より深く海洋環境を感

じ取ることができると考える。

水槽

EV

EV

レストラン

レストラン

厨房

厨房ラウンジ

ショップ 特別展示室

展示室1

ラウンジ

水中トンネル

ホテルフロントEV

EV

カフェ

EV

事務室リネン室

倉庫

事務室

ダイビング受付

更衣室・シャワー室

水族館エントランス

EV

EV

EV

EV

ホテルエントランス

水中展示室3

EV

EVEV

EV

客室(サテライト)

客室(サテライト)

増幅:既存のフレームを繰

り返すことで床面積を確保

する。

軌跡:クレーンが回転する

軌跡を面として抽出し、空

間を形作る。

貫入:海面やスラブなど水

平な面に対して垂直に筒を

貫入させることにより、上

下の動線や空気の動きをつ

くりだす。

規格:ホテルの客室部分の

曲線は全て円弧で構成され

ており、諸室をかたちづく

る円の直径は 8m、6m、4m

とした。規格化された寸法

により効率的に施工が可能

である。外壁には様々な曲

率に追従できるコルゲート

チューブを用いる。

透写:既存のフレームから

新たに配置するボリューム

の平面形状を写し取る。

S=1/400敷地周辺図 S=1/20,000

約4km

N

WL-30,000

WL-20,000

WL-13,000

WL-3,000

WL+8,000

1F

50m N3020100 40

海上プラットフォームの解体過程

海水面

海底面

上裁設備の撤去 居住区建屋の撤去 掘削設備の撤去

海底面下で切断し横倒しにする 下部構造物のみ残置 上部構造物の撤去

画像引用元:石油資源開発株式会社コーポレートレポート2016年3月期https://www.japex.co.jp/ir/library/annual.html

クレーンの撤去

Page 3: 岩船沖油ガス田プラットフォームの再利用の提案...岩船沖油ガス田 海上プラットフォームの現状 設計の位置づけ プログラム 設計手法

客室(サテライト)

展望デッキ

展望台

温泉

温泉

展示室3(温室)

大水槽展示室6

展望通路

客室

客室

客室

キーパースペース

レストランホテルフロント

水族館エントランス ホテルエントランス

水中展示室3

機械室

岩船沖プラットフォームは沖合4kmの地点にあるが、実際に陸から視認することができる。とても小さく見えるが、地平線の上にかすみながらも異様な存在感を放っている。

屋上庭園。海の上に人が立つということは、それは島を意味している。海上プラットフォームは構築物の枠を脱し、人が作り出した地形と読み替えることができる。屋上庭園の丘陵や池は人の営みが海洋の中に地形となり生まれ変わったことを表している。

温室展示室。空間の形状はクレーンの軌跡によって定義される。ガラス面とクレーンが接近する緊張感がある。

大水槽。既存の櫓を支えていた特徴的な構造体が水槽の中に沈んでいる。水に沈む構造体は海上プラットフォームの存在の仕方自体を表している。

既存の櫓の上部にはサテライトの客室がある。また、最上部には風力発電設備がある。油田の象徴的な存在である櫓は今までとは異なる用途を与えられ、また石油とは異なる形態のエネルギーを生み出すものとなり、全く異なる意味を持つものへと転換された。

Page 4: 岩船沖油ガス田プラットフォームの再利用の提案...岩船沖油ガス田 海上プラットフォームの現状 設計の位置づけ プログラム 設計手法

水中展示室1

水中展示室2

水中トンネル

水中展示室3

客室(サテライト)

客室(サテライト)

客室(サテライト)

S=1/20050m3020100 40

水中展示室。海面下には新たなボリュームが設けられ、直接本物の海洋環境を観察する場所となる。海洋の生態系は水深により生息する生物が異なる。それらを観察するために異なる水深に空間が設けられる。海底、中層、表層、それぞれ違った風景を観察できる。

海面下を巡る際に海上からは見えない構造体を間近に見ることができる。膨大な重量の上載設備を支える大断面の杭や、石油を掘削するための鋼管など巨大なスケールの構造物を目のあたりにする。今まで我々の生活から切り離されたところにあった海上プラットフォームを人々に体験させることは、産業に対し膨大な量の資源やエネルギーが投入されていることを体感し、我々の社会生活を支える産業の途方もない巨大さを示すものへとなる。

温室展示室。空間の形状はクレーンの軌跡によって定義される。ガラス面とクレーンが接近する緊張感がある。

大水槽。既存の櫓を支えていた特徴的な構造体が水槽の中に沈んでいる。水に沈む構造体は海上プラットフォームの存在の仕方自体を表している。

エントランスのレベルは海水面から約6m上がったところにある。海水ごと船を持ち上げて建物へと入ってゆく。

水族館の展示室。水槽が建物の外壁側に配置されている。水槽の前に現れる既存の部材、水槽を介して見える外部の風景から自分が巨大な構造物の中、そして広大な海の上にいることを認識させる。

ホテルのメイン客室。既存のフレームを増幅して得られた鉄骨のグリッドの中に円弧で形作られた空間が自由に展開する。

水中の客室。メインの客室に対して機能を削いだサテライトの客室。その空間の体験のみを享受する場所。