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高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化ストレスに与える影響 誌名 誌名 日本土壌肥料學雜誌 = Journal of the science of soil and manure, Japan ISSN ISSN 00290610 巻/号 巻/号 793 掲載ページ 掲載ページ p. 291-297 発行年月 発行年月 2008年6月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化 … · 高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化ストレスに与える影響

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高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および酸化ストレスに与える影響

誌名誌名 日本土壌肥料學雜誌 = Journal of the science of soil and manure, Japan

ISSNISSN 00290610

巻/号巻/号 793

掲載ページ掲載ページ p. 291-297

発行年月発行年月 2008年6月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

Page 2: 高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化 … · 高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化ストレスに与える影響

291

高C02濃度および塩ス トレスが トマ トの生育、光合成お よび

酸化ス トレスに与える影響*

高木瑞之 ・佐々木祥子 ・嘗山晋 一郎 ・金井俊輔 ・実岡寛文 ・藤 田耕之輔

キーワー ド 塩ストレス、高C02濃度、トマト、光合成、酸化ストレス

1 は じめ に

自然環境下では,植物は乾燥,塩,高温,低温,栄養欠

乏などの様々な環境ストレスの影響を受けつつ生長してい

る. 地球の大気 C02濃度は年々上昇しており ,21世紀末

には現在の濃度の約2倍に達することが予測されている.

この高 C02濃度環境下において,塩ストレスにより作物の

低収性を余儀なくされている農業地帯における生産性の向

上を図るための作物の具備すべき特性を解明することは重

要であると考える.塩ストレスと高 C02濃度とは相互に関

連しあいながら植物生育に影響を与えている 1,4,15) 塩スト

レスによって作物生産が阻害される場合, (1) 浸透ストレ

スなどの変動に伴う根からの水吸収 ・移動の阻害, (2) Na

およびC1自体による生育障害および (3)活性酸素種の発

生による細胞への傷害が主要な解決すべき課題となる 20)

特に(1) についてみると,塩ストレスに対応して浸透調

節がスムーズに行われなければ, 根からの吸水が抑制され

るため,光合成の低下や生育問害が起こる 21) 一方,塩

ストレス下で大気C02濃度が上昇すると,気孔が閉鎖さ

れ,作物体内での水分保持量が高まり,塩ストレスによる

生育阻害が軽減されることが推測されている 5.16,25) また,

葉内へ取り込まれる C02濃度が高く ,葉内C02分圧は高

く保たれるため,塩ス トレスによる光合成の回害も縮減さ

れると推定されている.

また,塩ストレスによって,酸化ストレスも引き起こさ

れることが指摘され盛んに研究がなされている 8,12,27) 塩

ストレスによって浸透ポテンシャルが低下し これにより

気孔が閉鎖するため葉内C02分圧が低下し光合成速度

が低下する.その結果,葉緑体の光化学系で生成した還元

エネルギーが消費で‘きず活性酸素種が生成しこれが細胞

に障害を与えるいわゆる酸化ストレスの発生が予測されて

いる.

環境ストレスにより発生した活性酸素種を消去する

ため,植物は活性酸素消去系を発達させ,その代表例が

*本報告の一部は2006年度日本土壌肥料学会関西支部大会に

おいて発表した

広島大学大学院生物園科学研究科 (739-8528東広島市鏡山1-4-4)

2007年 10月24日受付 ・2008年1月10日受理

日本土壌肥料学雑誌第79巻第3号 p.291 ~297 (2008)

water-waterサイクルである 2) このサイクルでは,植物

体内で発生したスーパーオキシドはまず,スーパーオキシ

ドジスムターゼ (SOD) により酸素と過酸化水素 (Hz02)

に不均化される. しかし HzOzは有毒であるため,アス

コルビン酸ペルオキシダーゼ (APX)やカタラ ーゼによ

り速やかに HzOに還元される.これらの抗酸化酵素によ

り,活性酸素種が消去されていると考えられている.

以上のことを背景と して,本研究は,高 C02環境およ

び塩ストレスが作物生産,そのパラメータである光合成お

よび酸化ストレスなどに与える影響を調査し,将来予測さ

れる高 C02濃度下における塩ストレスの阻害機構の解明

の端緒を得ることを目的と して実施した.

2. 材料および方法

1)供試作物と処理方法

トマト (Solanumlycopersicum,品種,桃太郎)を

供試した.播種後 40日目の苗を培養土を充填したポッ

ト (3L) に移植し, グロースチャンバー内(自然光,昼

250

C,夜200

C,相対湿度 70%)で完全培養液 (N:60,P:

10, K: 40, Ca: 30, Mg: 20, Fe: 1, Mn: 0.2, B : 0.5, Zn: 0.01,

Cu : 0.01, Mo : 0.01, Co : 0.01 (mg/L)) を毎 日200mL潅

水し生育させた.処理は播種後45日目(移植5日後)の

植物体を用い,塩ストレスおよびC02濃度を組み合わせ

て開始した.処理開始時には,光合成速度を測定し,サ

ンプリングを行った.塩処理は完全培養液に NaC1を添加

しOおよび 100mMの2段階とし,処理8日目には 0,150

mMとしその後一定に保った.C02処理は大気 C02(370

μLlLC02)と高 C02(1200::t: 200μLlL C02)の2段階に設

定した.これら処理を相互に組み合わせ,大気C02,大

気 C02+NaCI, 高 C02,高 COz+NaC1の4処理区を設

け,反復数をそれぞれ3反復と した.C02処理によってグ

ロースチャンパーを大気 C02および高 C02の2区に分け,

高 C02区では液化 C02ボンベより C02をグロースチャン

ノくーへ供給し, 予め設定した扇風機により空気を撹搾し,

自動調節装置 (COSGH-250E) で常に 1200::t:200μLL

C02に保った.処理開始から 7日目と 14日自にそれぞれ

植物体を採取し 生育量,葉面積,葉の水ポテンシャル,

葉の抗酸化酵素活性・ ナトリウム含有量を測定した.

2)光合成速度の測定

光合成速度は携帯用光合成蒸散測定装置 (LI-6400,LI-

COR社製)を用い,処理開始より 3日毎に連続測定した.

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292 日本土壌肥料学雑誌第 79巻 第3号 (2008)

測定は同一個体について 3反復で‘行った.光合成の測定条

件は温度を 25"C,光合成有効放射束密度を 1000μmollmz/

S-I,相対湿度を 50%とし, COz濃度は大気 COz区および

高COz区をそれぞれ 370および 1000μLlLCOzとした.

3)植物生育および葉面積

植物個体はサンプリング後それぞれ葉,茎,根に分け,

直ちに新鮮重を秤量し各部位ごとに 800

Cで3日間熱風

乾燥後,乾物重を秤量した.葉面積は各サンプリング時に

葉面積計 (AAM-9林電光社製)を用いて測定した.

4)葉の水ポテンシャル

採取後,直ちに水ポテン シャルを植物体内水分測定器

(DIK・P.C-40型大起理化工業社製)を用いて測定した.測

定値から以下の式を用いて水ポテンシャル (ψW)とした.

1jJw (MPa) = -0.09807 x測定値 (kg/cmZ)

5)葉のナトリウム含有量

熱風乾燥したサンプルを微粉砕(振動粉砕機 Ti-100

型 HEIKO社製)し,その粉末サン プル約 0.1gを秤取し

た.サンフ。ルに 1mL濃硝酸を加え恒温器で 1200Cで分解

後,さらに 1mL過塩素酸を加え 2000

Cで分解した. この

溶液を用い,炎光光度計 (ANA135Tokyo Photo-Electric

Company社製)でナトリウム含有量を定量した.

6)葉の抗酸化酵素活性

植物体を採取後,葉の一部を用い新鮮重を秤量した後,

直ちに液体窒素で凍結した.凍結したサンフ。ルは乳鉢て牟液

体窒素とともに粉砕し, -80oCで保存した

(1)カタ ラーゼ活性

カタラーゼ活性の測定はBrendleyand Pell (1998) の

方法に従った 6) 凍結粉末サンフ。ルO.lgを抽出バッファー

(50mMHepes (pH7.0), 5mMMgClz, 1mMEDTA.

0.1% (v/v) TritonX-100,lmMPMSF,4mMベンズアミ

ジン塩酸塩, 4mM6 アミノカプロン酸)とともに撹枠

した.氷上で30分間震とうし, 15,000 X g, 40

Cで10分

間遠心分離した.上清を分取し, これを抽出サンプルと

した.カタラーゼ活性は 100mMリン酸ナトリウムバッ

ファー (pH7.0) 2 mLと蒸留水 1mLおよび, 40mM

HzOz1 mLに20"-'50μLの抽出サンフ。ルを加え,反応開始

後Oから 30秒間の HzOzの減少量から算出した.すなわ

ち過酸化水素の 240nmにおける分子吸光係数 (0.04/mM/

cm)から, 1mLあた りの 240nmにおける吸光度の 0.1

の低下を 2.5μmolのHzOzの分解量とし, 1分間に 1!!mol

のHzOzを分解する酵素量を 1unitとした.

(2) アスコルビン酸ペルオキシダーゼ (APX)活性

APX活性の測定は Chenand Asada (1990)の方法に従っ

た 7) 凍結粉末サンフ。ル0.2gを抽出ノくッファ ー (50mM

リン酸ナトリウム溶液, 1mMアスコルビン酸, 1mM

EDTA) とともに撹排後, 10,000 X g, 40

Cで10分間遠心

分離した.上清に 20% (w/v) のソルピトールを 100!!L

加え, これを抽出サンフ。ルとした.APX活性は 50mMリ

ン酸ナトリウムバッファー, 20mMアスコルビン酸, 50

mMHzOzの混合液に抽出サ ンプルを添加した時点を反応

開始とし,反応開始後 30から 60秒間の290nmの吸光度

の減少から測定した.分子吸光係数は 2.8mM-' cm-Iを用

い,APX活性の 1unitを1分間にアスコルビン酸 1!!mol

分解する量とした.

3 結果

1 )生育状態

個体乾物重は対照区(大気COz)では経時的に増大し,

この増大は7日以降に著しかった.高 C02濃度処理区で

は7日までは対照区と大差なく,その後増加し 14日には

対照区をやや上回った(図1).一方,塩添加によ って乾

物重は大幅に減少した. しかしながら, このような塩処理

による乾物重の減少は,同時に高 COz濃度によって軽減

された.すなわち,個体乾物重を処理 14日目 についてみ

ると,高 COz区で最も大きく,次いで高 COz+NaCl区で

大きく,対照区と大差なく,大気 C02+NaCl区で最も小

さく, これ以外の区の 2/3以下だった.個体葉面積は乾物

重とほぼ類似の傾向を示した(図 2).ただし塩添加区

では高 C02濃度処理により,葉面積が増大したが,塩無

添加ではむしろやや減少した.

2)光合成速度

光合成速度は,各処理区とも変動しつつ経時的に低下

18

16

14

韮12

号10回

酬 8

56 4

口大気CO,. 大気CO,+陥,cl

ロ高CO,口高COt+陥 CI

。 7

処理後回数

14

図l 塩ストレスおよび大気C02濃度がトマトの個体乾物重に

及ぼす影響

ト7 ト栄養生長期(播種後45日目)を用い測定した。

16 口大気CO,. 大気回0,+袖JCI

主12 ロ高CO,口高CUt+陥 CI

t号毛E1 0 B

阻 6

鰍 4

2

。 。 7 14

処理後回数

図2 塩ストレスおよび大気C02濃度がトマトの個体葉面積に及ぼす影響

トマト栄養生長期(播種後45日目)を用い測定した.

Page 4: 高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化 … · 高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化ストレスに与える影響

293

O

F

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4

-

1

・,

EPE¥NOU-oEミ)刷間制世仰心南

し(データ無表示).高 C02処理によって処理後 1日目か

ら上昇し,処理期間 (14日)中,常に高く推移した(図 4).一方, この値は塩添加によって処理開始 14日以降に初め

て低下した.

3)葉の水ポテンシャル

葉の水ポテンシャル (ψw) は,処理 7日固までは処理

による影響はみられなかったが,処理 14日目には NaCl

添加によって低下した(図 5).NaCl添加の有無に関わら

ず. C02処理による影響は見られなかった.

4)葉と根のナトリウム含有量

Na含有量は高 C02濃度処理による差異はみられなかっ

た. C02濃度に関係なく Na含有量は塩添加によって上昇

し葉で35mg.根で30mgに達した(図 6).

5)葉の抗酸化酵素活性

抗酸化能に対する高 C02濃度および塩添加の影響をみ

るため,カタラーゼおよびAPX活性について検討した.

カタラーゼ活性は大気下では塩添加処理によって,処

理 7日頃から上昇し始め. 14日には顕著に上昇した(図

7). この活性は,高 C02濃度処理によって低下し,塩添

加によ っても上昇はみられなかった.すなわち,この酵素

は塩ストレスに関わらず. C02濃度が高まると活性が低

く抑制された.APX活性は高C02濃度処理による酵素活

高木 ・佐々 木 ・嘗山・ 金井 ・実岡 ・藤田:高C02濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および酸化ストレスに与える影響

-0-大気CO,ート 大気CO!+出記l

-古ー高CO,一会ー高COけ出CI

35

0

5

0

5

0

5

qd

4

ζ

4

1

・,

(ω¥NE¥NOU

一oEミ)制刑判出佃根

する傾向を示した(図 3). この低下は大気 C02+NaCl区

で処理2日と最も早期に開始され,その後も急速だったの

に対し,それ以外の個体では処理7日に低下し始めた.光

合成速度を処理 14日目でみると,塩無添加では大気と高

C02間で大差なく約 16μmollm2/sだったが,塩添加では

低く高 C02よりも大気 C02で最も低かった(図 3). ダイ

ズを用いた高 C02濃度下での実験で,光合成速度が上昇

しているにも関わらず 11) ここでは,塩添加に関係なく

光合成に対する高 C02の影響が見られなかった点で‘特徴

的であった. トマトにおいて高 C02濃度下で光合成速度

が上昇しない現象はこれまでにも報告されており 334), ト

マト特有の現象であることが考えられた

そこで,上記と同様に生育させた生殖生長期のトマトを

用い,光合成に対する高 C02や塩ス トレスの影響をソー

スとシンクの関係から詳細に検討した.すなわち,葉の

一部を切除し. 1個体に 1葉を残存させ,その葉の面積

を約 2/3に縮小し,ソース ・シンク 比の小さい個体を作成

し,高C02や塩ストレスの光合成に対する影響を調査し

た.その結果によると,光合成速度は葉切除によって上昇

--<>-大気co.一・ー大気coけ陥。

一合ー高co• .....-高co.+出 CI

10 11 12 13 14

塩ストレスおよび大気C02濃度がトマト葉の光合

成速度に及ぼす影響

トマト生殖生長期第9葉を用い水平小業を切断処理後,

光合成速度を携帯用光合成蒸散測定装置で連続測定した.

8

処理後日数

4 。

図 4

10 11 12 13 14 。。。

マ'a

u

R

d

凋守

d

。44I

A

U

n

u

n

u

nu

n

u

n

U

A

U

n

u

(ω¥NE¥O刷

工一O正ミ)倒骨川甲両紙

14

処理後回数

7 。

-0.2

-0.4

(

~ -0.6 E )

主 -0.8F

10 11 12 13 14 4 。。

1000

主 900

~ 800 、、制 700

8 600 500

'1 400 件同

長 300

o 200 U s: 100 憾 。

ロ大気CO,・ 大気β0,叫ゐCI

ロ配0,口配0,+陥CI

塩ストレスおよび大気COz濃度がトマト葉の水ポ

テンシャノレに及ぼす影響

-1.2

図5

-1.4

8 9 10 11 12 13 14

処理後日数

塩ストレスおよび大気C02濃度がトマト葉の光合成

速度、気孔伝導度および業内 C02濃度に及ぼす影響

トマト栄養生長期の第5葉の先端小業の光合成速度,気孔

伝導度および葉内C02濃度を測定した.

4 。

図3

Page 5: 高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化 … · 高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化ストレスに与える影響

294 日本土壌肥料学雑誌第 79巻第3号 (2008)

性の変化はみられなかった(図 7). すなわち,本酵素活

性は塩添加により有意に上昇し, この上昇程度は大気区と

高C02区で有意差はなく,塩添加による上昇が高 C02濃

度処理によ って変動する現象は認められなかった.

4.考察

1)生育およびそのパラメータに対する高 C02濃度

及び塩ストレスの影響

NaCl処理によって生育は阻害されたが, この生育阻害

は高 C02濃度下では軽減されることが示された(図1).

この軽減効果は葉面積においても確認された(図 2). さ

らに. NaCl添加によって光合成速度が早期から急速に低

下するのに対し,高 C02濃度条件下では低下が遅れた(図

3) .すなわち,大気C02濃度下では塩ストレスによって

生育が阻害されるのに対し, この生育阻害は高 C02濃度

処理を同時に与えると著しく軽減されたと言える.本実験

結果は, トマト果実肥大期についてのこれまでの報告 18)

と一致している.すなわち, このような塩ストレスや高

C02濃度が作物生育に与える影響の主因は, これらの環境

因子に対する光合成の応答によ っていると推定される.将

来予測される大気C02濃度が上昇するに伴い, 目下の所,

作物生産の最も重要な回害要因の一つである塩ストレスの

影響はむしろ軽減されると推定される.

2)光合成に対する高 C02濃度及び塩ストレスの影響

光合成速度は高 C02濃度下で上昇することが多くの作

物種について報告されている 23) しかし本研究では高

C02濃度処理によって光合成能の上昇は認められなかっ

た. また,塩ストレス初期では高 C02濃度により光合成

45

偏40

士主 35 g 、30E 品25

4平 20~ ~ 15

主104ι ト 5

0

口大気CO,. 大蛇O,+NaCI

回高CO.

口高CO.+出 CI

14

35

n

u

p

h

d

U

E

3

U

d

4

勾,‘,,.,

国再品仏軍¥凶

E)岨咽惇相

4nL「土5

。処理後回数

14

図6 塩ストレスおよび大気C02濃度がトマトの葉および根の

Na含有量に及ぼす影響

上が葉における Na含有量,下が根における Na含有量である.

速度の低下が抑えられたにも関わらず,ストレスが長期に

渡ると,高 C02による軽減効果はみられなかった(図 3).

C3植物の光合成は. C02濃度を現在の大気の 2倍に高め

ると,光合成能も直ちに約2倍へ上昇する. しかしながら,

この高い C02濃度に長期間(1週間"-'1ヶ月)さらすと,

C02濃度処理直後に示した高い光合成能は低下しやがて

大気C02濃度下の光合成の約 1.2倍まで低下するJ7) こ

の光合成のダウンレギュレーションの原因として,①大

気 C02濃度の上昇に伴う光合成能の上昇に対してシンク

能が小さいこと,②葉の N濃度が低下すること, ③ポッ

トサイズ効果などが挙げられている.本研究では,十分な

N施肥下でポ ットサイズも十分であるため,①の要因につ

いて検討した. トマト個体の大部分の葉を切除し, ソース

の大きさを制限し, ソース/シンク比を低下させることに

よって初めて,高 C02濃度処理により残った葉の光合成

能が上昇した(図 4).この結果より,本研究において大

気C02濃度の上昇によって光合成速度が上昇しなかった

要因は,シンク能をソース能が大幅に上回っているためで

あり.C02濃度の上昇によ ってソースの潜在力を高めても,

シン クが制限要因として働くため光合成能の上昇へ反映し

なかったものと推定される.

一方,葉の部分切除によ ってソースの大きさを大幅に制

限した個体の場合には. C02濃度処理にかかわらず,塩

ストレスによる光合成の低下は処理 14日目に観察され,

無処理個体に比較し約2倍とより長期に渉って塩ストレ

スによる阻害の発現が認められなかった(図 3,4). また,

葉の部分切除によって高 C02濃度に応答し塩ストレス

12

e 10 E 、、

1E 8

'" 、、制

5 6

主目tte 4 :平J

Ir、-4ζ

口大気β0,・ 大気CO,+陥.cl

図高CO,口高CO,+陥CI

160

7

処理後回数

14

140

e 120 E 、、1E 100 .. ::, 80

5 語 60

要40

E 20

。7

処理後回数

14

図7 塩ストレスおよび大気CO官濃度がトマト葉のカタラーゼ

活性およびAPX(アスコルビン酸ベノレオキシダーゼ)活

性に及ぼす影響

Page 6: 高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化 … · 高CO2濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および 酸化ストレスに与える影響

高木 ・佐々 木 ・嘗山 ・金井 ・実岡 ・藤田.高C02濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および酸化ストレスに与える影響 295

による光合成速度の低下が抑えられたことから,塩ストレ

スによる光合成速度の回害が高 C02下で軽減されるため

には, ソース ・シンク 比が低いこ とが必要であるこ とを示

している.すなわち,高C02下での塩ストレスの阻害の

軽減にシンク能が高いことが重要な要因の一つであると推

定される.

3)水分状態に対する高 C02濃度及び塩ストレスの

影響

本実験の結果は,塩ストレスによって根からの水分吸収

は阻害されるにもかかわらず,大気 C02濃度の上昇によっ

て気孔が閉鎖し気孔伝導度の低下によって葉からの蒸散

が抑制され,植物体内の水分状態が向上するというこれま

での報告 5,9) とかならずしも一致していない.本研究では

高C02濃度下で気孔伝導度が対照区と変わらなかった (図

3) .従来,多くの作物種において,高 C02濃度下で葉の

気孔が30"-'60%閉鎖することで¥蒸散量は減少するが,

大気からの C02取り込みに対する回害は小さいと考えら

れている.また,本実験では,塩ストレスによって急速

に気孔伝導度が著しく低下したが,塩ストレス条件下でも

高C02濃度による変動は認められなかった(図 3). これ

らの結果は,葉の水ポテンシャルは塩ストレスによって低

下し,高 C02濃度の影響が小さかったという実験結果(図

5) とも一致している.気孔伝導度が高 C02濃度に応答し

なかった原因は本実験結果からは不明であり, C02濃度

と気孔伝導度との関係における詳細な検討を必要とする.

4)酸化スト レスに対する高 C02濃度及び塩ス卜レ

スの影響

塩ストレスは酸化ストレスと密接に関連し,塩ストレス

耐性の強化には抗酸化機能を向上させることが重要である

と指摘されている 10,14,19) 一方,高 C02濃度によって植物

の抗酸化機能が向上するという報告がある 13,22) NaClは

細胞の分化 ・肥大にも阻害作用を示すのに対して,高 C02

はこの阻害を抑制することが示唆されるが,この要因とし

て,抗酸化能が関与している可能性が考えられる.そこで,

本研究では,高C02濃度および塩添加の影響を酸化スト

レスとの関係から探るため カタラーゼおよびAPX活性

に対する影響について検討した.

カタラーゼ活性は大気C02濃度下では,塩添加によっ

て処理7日噴から上昇し始め 14日には顕著に上昇した

(図7). この活性は,高 C02濃度処理によって低下した.

すなわち, この酵素は塩ス トレスに関わらず, C02濃度

が高まると活性が低く 抑制された.一方,APX活性では

高C02濃度処理による影響がみられなかった(図 7). す

なわち, APX活性は塩添加により有意に上昇し,この上

昇程度には大気と高 C02間で有意差はなかった.

カタラーゼはペルオキシソームで光呼吸によって発生し

た11202の消去に関わっている.Polleらは低養分条件下

において高 C02濃度によって光呼吸が抑えられお H202

の生成が減少することを示唆している 22) 本研究結果で

も類似の現象が起こったと考えられる.一方,塩ストレス

下でカタラーゼ活性が上昇(図 7)することはこれまでの

報告と一致している 10) また,塩ス トレスによって APX

活性が上昇することも報告されており 14) 本研究結果と

一致した. APXはwater-waterサイクルにおいて発生し

た11202の消去に関わっていると考えられており,本研究

結果もこれを支持する.つまり,塩およ び高 C02処理に

よる光合成速度の変化とAPX活性の変化が類似していた

(図 3,7). 本研究で光合成速度が高 C02濃度に応答 しな

かったため, APX活性はカタラーゼと異なり, C02濃度

の影響を受けなかったと考えられる.

以上のことから,高 C02濃度下では塩ストレスによる

酸化ストレスが抑えられ,生育阻害を軽減している可能性

が示唆される.

5.摘要

塩ストレスは作物生産に深刻な影響を与える因子の一つ

であり,その対策が求められている.塩ストレスには水ポ

テンシャルの低下による浸透ストレス,有害イオンの流入

によるイオンス トレスのほかに,活性酸素種の発生による

酸化ストレスを伴うことが知られている.一方,植物が高

C02環境下で塩ストレスを受けると,気孔の閉鎖に伴 う水

利用効率の上昇によって 塩ストレスが軽減されることが

示唆されている.本研究では,高C02環境下で植物に塩

ストレスを与えたときの植物の応答について,物質生産や

光合成,抗酸化酵素活性などから解明することを主目的と

した.

トマトに NaCl処理(0および 100m M)を与え,同時

にC02処理 (370および 1,000μL/L)を行った.処理は2

週間行い,乾物重,葉面積,水ポテンシャル,光合成速度,

カタラーゼ活性およびAPX活性などを測定した.その結

果,個体乾物重は塩添加によって減少したが,この減少は

高C02濃度処理によって軽減された.カタラ ーゼ活性は

塩添加によ って上昇したが 高C02処理によって低下し

た. APX活性も塩添加によって活性が上昇したが, C02

濃度による影響は認められなかった.光合成速度は塩添加

によって低下し高 C02濃度によって塩ス トレス初期に

は光合成の低下が抑制されたものの,長期の塩ス トレスで

はC02濃度による軽減効果はみられなかった.高C02に

よる光合成の上昇がみられなかった要因は,ソース ・シン

ク比が高く, ソースがシンクを上回っていたためで、ある.

これらの実験結果より ,塩ストレスによる生育阻害が高

C02濃度により軽減されるためには,ソース活性の上昇だ

けでなく, シンク活性の上昇も必要であると推定される.

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高木 ・佐々 木 ・嘗山 ・金井 ・実岡 ・藤田 .高C02濃度および塩ストレスがトマトの生育、光合成および酸化ストレスに与える影響 297

Effects of elevated CO2 concentration and salinity stress on biomass production, photosynthesis, and oxidative stress in tomato plants

Mizuki TAKAGI, Sachiko SASAKI, Shinichiro TOYAMA, Syunsuke KANAI,

Hirofumi SANEOKA and Kounosuke FU]ITA

Grad. Sch. 01 Biosphere Sci., Hiroshima Univ.

Tomato (Solanum lycopersicum L. cv.‘Momotarou') p!ants were grown in pots inside a greenhouse. The adverse effects

of salinity stress under e!evated atmospheric CO2 on biomass production, the apparent photosynthetic rate, and activities of antioxidative enzymes during the vegetative growth period were examined. A!though salinity stress severe!y decreased

biomass of all p!ant organs, this reduction was alleviated by e!evated CO2・Thesa!inity treatment a!so depressed the apparent

photosynthetic rate, but the impact of salinity stress on photosynthesis was alleviated under e!evated CO2・Cata!aseactivity in

!eaves was increased by the salinity treatment, but was decreased by e!evated CO2• In contrast, APX activity was increased

by salinity but was not affected by e!evated CO2• These resu!ts suggest that sa!inity stress suppressed vegetative growth in

tomato p!ants, but that the adverse effect was alleviated under e!evated CO2 due to e!evation of source activity in !eaves at high

source/sink ratios.

KのIwords: e!evated CO2 concentration, oxidative stress, photosynthesis, salinity stress, tomato, source/sink relationships

(Jpn.]. Soil Sci. Plant Nutr., 79, 291-297, 2008)