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42 機 械 設 計 動機・背景 近年の人工知能(AI)を活用した取組みには,囲 碁界における『AlphaGo』の開発や自動運転技術 の発展,ドイツにおける『Industrie4.0』の推進な ど枚挙にいとまがない。日本でも AI IoT を活用 した効率的で付加価値の高いモノづくりに注目が 集まっている。 ヴァイナスでは1996年より,数値流体力学 CFD)解析・最適設計を主な事業軸として,民間 企業,大学,研究機関の製品開発・研究の業務効 率化を目指して支援を続けてきた。しかし,CFD 解析・最適設計の実行は,職人技ともいうべき高 度な専門性とノウハウを要するため一部のユーザ ーの活用にとどまっているのが現状である。この ような現状を改めるべくヴァイナスでは,誰もが 一定以上の技術水準で CFD 解析・最適設計業務を 行えることを目指し,東京大学生産技術研究所, 宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの諸先生方か ら指導を受けつつ AI 技術開発を進めている。 開発の取組み ヴァイナスでは CFD 解析・最適設計業務を以下 の 3 つのステップに分類してそれぞれ AI 技術開発 を行っており,本稿では順に紹介する。 1.メッシュ生成から CFD 解析ソルバの実行(プ リ・ソルバプロセス) 2.可視化評価(ポストプロセス) 3.最適設計の実行 1.メッシュ生成からCFD解析ソルバの実 行(プリ・ソルバプロセス) (1)プリ・ソルバプロセスにおける課題 CFD 解析では,対象領域を細かく分割したセル 「メッシュ」の形状が計算の安定性と精度に大き な影響を与える(図1)。 解説 7 AIを活用した流体解析シミュレーション 技術の開発 〜流体解析のプリ・プロセスから最適設計まで〜 ヴァイナス 小杉 範仁 ,近藤 修司 ** ,秋永 宜伸 *** 立教大学 望月 祐志 **** *こすぎ のりひと:プロジェクト推進部 博士(学術) **こんどう しゅうじ:技術一部 博士(工学) ***あきなが よしのぶ:プロジェクト推進部 博士(工学) ****もちづき ゆうじ:理学部化学科 教授 理学博士 図 1 メッシュ品質の良否 品質の悪いメッシュの例 (メッシュが流線に沿っていない) 品質の良いメッシュの例 (メッシュが流線に沿っている)

解説7 - Nikkan€¦ · たTensorFlow の深層学習により学習モデルを構 築した。構築した学習モデルを使用することで, 未知の流速分布の画像データから剥離過程の状態

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Page 1: 解説7 - Nikkan€¦ · たTensorFlow の深層学習により学習モデルを構 築した。構築した学習モデルを使用することで, 未知の流速分布の画像データから剥離過程の状態

42 機 械 設 計

動機・背景

 近年の人工知能(AI)を活用した取組みには,囲碁界における『AlphaGo』の開発や自動運転技術の発展,ドイツにおける『Industrie4.0』の推進など枚挙にいとまがない。日本でもAIや IoTを活用した効率的で付加価値の高いモノづくりに注目が集まっている。 ヴァイナスでは1996年より,数値流体力学(CFD)解析・最適設計を主な事業軸として,民間企業,大学,研究機関の製品開発・研究の業務効率化を目指して支援を続けてきた。しかし,CFD

解析・最適設計の実行は,職人技ともいうべき高度な専門性とノウハウを要するため一部のユーザーの活用にとどまっているのが現状である。このような現状を改めるべくヴァイナスでは,誰もが一定以上の技術水準でCFD解析・最適設計業務を行えることを目指し,東京大学生産技術研究所,

宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの諸先生方から指導を受けつつAI技術開発を進めている。

開発の取組み

 ヴァイナスではCFD解析・最適設計業務を以下の3つのステップに分類してそれぞれAI技術開発を行っており,本稿では順に紹介する。1. メッシュ生成からCFD解析ソルバの実行(プリ・ソルバプロセス)

2.可視化評価(ポストプロセス)3.最適設計の実行

 1. メッシュ生成からCFD解析ソルバの実行(プリ・ソルバプロセス)

 (1)プリ・ソルバプロセスにおける課題 CFD解析では,対象領域を細かく分割したセル「メッシュ」の形状が計算の安定性と精度に大きな影響を与える(図1)。

解説7

AIを活用した流体解析シミュレーション技術の開発〜流体解析のプリ・プロセスから最適設計まで〜

ヴァイナス 小杉 範仁*,近藤 修司**,秋永 宜伸***

立教大学 望月 祐志****

*こすぎ のりひと:プロジェクト推進部 博士(学術)**こんどう しゅうじ:技術一部 博士(工学)***あきなが よしのぶ:プロジェクト推進部 博士(工学)****もちづき ゆうじ:理学部化学科 教授 理学博士

図1 メッシュ品質の良否

品質の悪いメッシュの例(メッシュが流線に沿っていない)

品質の良いメッシュの例(メッシュが流線に沿っている)

Page 2: 解説7 - Nikkan€¦ · たTensorFlow の深層学習により学習モデルを構 築した。構築した学習モデルを使用することで, 未知の流速分布の画像データから剥離過程の状態

43第 62 巻 第 8 号(2018 年 7 月号)

特集設計の可能性を広げる IT技術活用の現在

 一般にメッシュ生成には,流体現象(速度分布など)が急激に変化する空間や壁近傍などの特定部位のメッシュを細分化する必要がある。しかし,必要以上に空間や時間解像度を高めるとデータ規模が大きくなり,計算コストが高くなってしまうため,計算精度を保ちつつ計算コストを抑えられるメッシュが必要となる。さらに,確認したい物理現象の数値解を求めるためには,CFD計算モデル,初期・境界条件などの選定に対するノウハウが必要となる。 (2)メッシュ自動生成AIの開発 ヴァイナスでは,メッシュ作成の効率化を目的として機械学習を利用した「メッシュ自動生成AI」の開発を以下のステップで進めている(図2)。

Step1:学習データ作成の事前準備 対象形状,および特定の初期・境界条件を選定する。高品質メッシュジェネレータPointwiseを用いて,CFD解析ソルバ(企業利用向けオープンソースCFDソフトウェアHELYXなど)用のメッシュを作成しCFD計算を実行する。収束性と計算精度の観点から正しい解が得られたメッシュを「正解メッシュ」としてラベル付けする。Step2:学習データの作成

 Step1で作成した正解メッシュを基にし,メッシュ品質指標の異なるメッシュを数百ケース以上生成し,それぞれCFD計算を実行し,得られた計算結果に対して収束性と計算精度に基づいて各ケースにOK(正解)またはNG(不正解)のラベル付けをする。同時に,適切なメッシュ生成に必要な「メッシュ生成パラメータデータベース」を構築する。Step3:メッシュ自動生成AIの作成 Step2で作成したデータセットを用いて機械学習を行い学習モデルを構築する。構築した学習モデルを使用することで,新しく作成したメッシュの品質指標からメッシュのOK/NGの判定・推定が可能になる。また,ユーザーが簡単に操作できるようにGUIを備える。

 メッシュ自動生成AI利用の流れは次の通りである。初めにPointwiseで作成した新規メッシュファイルを読み込み,AIがメッシュ品質指標を判定する。判定結果がOKであれば終了する。NGであれば,メッシュ生成パラメータデータベースを参照し適切なパラメータをPointwiseに渡し,メッシュを自動生成させる。再びメッシュ品質指標を判定しOKであればプロセスを終了する。OKと

図2 メッシュ自動生成AIの開発ステップ(上段)と利用イメージ(下段)

Step1 Step2 Step3

学習データ作成の事前準備

基準となる「正解メッシュ」の作成

メッシュ自動生成AIの作成

学習データの作成

・メッシュ品質指標VS. OK/NGの組合せデータセットの作成・データベースの作成

・機械学習モデルを構築

・GUIを作成

メッシュ品質指標を判定

メッシュ自動生成AI

メッシュ生成

OK

NG

メッシュ生成パラメータデータベース

適切なメッシュ生成パラメータを生成

終了

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44 機 械 設 計

判定されたメッシュを使用してCFD計算を実行することで,高い可能性で計算の収束が期待される。 将来的には学習データベースを拡充することで,幅広い形状や計算条件に対しても今回紹介したメッシュ自動生成AIを適用することが可能になると考えている。

 2.可視化評価(ポストプロセス) (1)可視化評価における課題 コンピュータの発達とプログラムの改良によって,スーパーコンピュータ『京』を利用するような大規模データに対するCFD計算が行えるようになってきた。ところが大規模データに対し,パラメータスタディなどの目的で数百ケース以上もの解析結果を人手で評価・判断するには,膨大な時間が必要となるうえ,習熟度による差も生じる。 上記の課題を解決することを目指し,昨年よりヴァイナスは立教大学望月研究室と共同研究をスタートさせた。がんの画像診断や宇宙観測データの解析などでも応用が急速に進んでいる深層学習の技術1)を用い,望月研究室において計算化学分野で先行している「計算結果を自動的に解釈する研究」2),3)の知見・経験に基づき開発を進めている。 (2) AIによる流れの剥離自動検出システムの開

 本開発では最初の試みとして,CFD計算のベンチマークによく用いられる2次元のNACA翼4)を対象とし,TensorFlow5)を用いて,剥離状態の判定と剥離の前段階の検出に成功した6)。 本開発で用いたNACA翼はNACA 0018で,翼の迎角は5種(14°,15°,15.5°,16°,17°)で,計5ケースの計算を行った。CFD解析ソルバにはOpenFOAM/HELYX-OS7)を使い,2次元翼の問題に簡単化してCFD計算をPC上で実行して一連の流速分布図を取得した。計算条件は,非定常・非圧縮性・LES-Smagorinsky乱流モデル,空気の流速は20 m/s,レイノルズ数は2.5×106で,0.01秒刻みで2秒間の流速分布図を生成した(1ケースで200枚,総計1,000枚)。 得られた1,000枚の流速分布図の画像ファイルに対し,図3に示すように剥離過程の状態に応じて4つの正解ラベル(0:剥離なし,1:後縁剥離,2:前縁剥離,3:剥離後)を人が判断して付与した。 NACA 0018翼型のデータセット1,000枚の画像データを判定用200枚(迎角14°のケース)と学習用800枚(訓練用640枚,テスト用160枚;迎角15°~17°のケース)に分けて使用した。これらの画像データと正解ラベルの組合せをデータセットとしたTensorFlowの深層学習により学習モデルを構築した。構築した学習モデルを使用することで,未知の流速分布の画像データから剥離過程の状態

図3 流速分布図と正解ラベル(0:剥離なし,1:後縁剥離,2:前縁剥離,3:剥離後)

0:剥離なし 1:後縁剥離

2:前縁剥離 3:剥離後