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避難⾏動をめぐる⼼の脆弱性1 ―進化からヒトの⼼を考える― ⼭⼝⼤学⼈⽂学部 ⾼橋征仁(社会⼼理学) [email protected]

避難⾏動をめぐる⼼の脆弱性1 - pari.go.jp€¦ · 年←進化生物学、進化人類学、霊長類学、神経科学、認知科学、行動遺伝 学、行動経済学⇔戦後社会科学の空白の石盤仮説(環境決定論の幻想)

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避難⾏動をめぐる⼼の脆弱性1―進化からヒトの⼼を考える―

⼭⼝⼤学⼈⽂学部 ⾼橋征仁(社会⼼理学)[email protected]

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1.「正しい避難行動」って何だろう?

• 緊急時における避難行動の失敗→情報伝達の速度や正確さ、決断、リーダーシップ、匿名性、利己主義等々、アドホックに原因帰属

• 「正しい避難行動」の理念型≒完璧な合理性と道徳性のキメラ→ヒトが避難に失敗してしまう現実を直視せずに、後付け、堂々巡りの議論

• 緊急時には、正確な情報伝達や的確な予測、協力的環境が困難

• 多様な対応*特定条件下での生き残り→リスク感覚や行動様式の多様性

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2.進化から考えるヒトの心の脆弱性

• 被害の大きさ≒心理的・社会的脆弱性>ハザード

• 脆弱性≒パニック、PTSD、高齢者、貧困という単純化

→ヒトの心やネットワーク自体に潜む脆弱性は、等閑視• ノマドとしての人類史≒遊動生活~1万年前に定住開始(西田2007)

• 屋内退避か外部避難かの決断こそ肝要

• 進化的視点からのヒト理解⇒災害対応の問題点を新たに提起できるのでは?

(Alexander,D.2012)EVOLUTION

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3.進化心理学の登場

• 心理学者L.コスミデスと人類学者J.トゥービーによる進化心理学の提唱1992年←進化生物学、進化人類学、霊長類学、神経科学、認知科学、行動遺伝学、行動経済学⇔戦後社会科学の空白の石盤仮説(環境決定論の幻想)

• ヒトの心(脳)は、自然淘汰によってデザインされた情報処理装置である。

←狩猟採集時代の淘汰圧(生存と繁殖)、マルチレベル淘汰 ≠現在の適応

• 多種多様な適応問題に対応するために、脳は異なったプログラムを持つ(モジュール性)←脳機能局在説 ~認知的ニッチ(因果図式による制御)

• マキャベリ的知性(社会脳)仮説:脳の肥大化(1400cc, 160億/860億の大脳皮質)は、社会集団の大規模化、競争・駆け引きの複雑化に由来

• ヒトの心(脳)が文化を創る(心と文化の相互構成)~文化‐遺伝子共進化

• 「モジュール的ないし領域固有的アプローチを取っている認知心理学者たちはルートを拓いて登っていた前人未到の山岳で、今予想もしない事態にあることに気づいた。山の反対側から同じ山頂を目指して登ってきた他の隊に出会ったのである。それが進化心理学者である」(Cosmides & Tooby1994) 4

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心の普遍性と多様性ー4つの<なぜ>を区別する⇒教育と構造改革だけでは問題解決にならない

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映像の解釈も、進化的適応環境の産物:光源は、頭上の太陽ただ一つ

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4.心の基本デザインと感情

• ネガティビティ・バイアス:リスクを増幅し伝達、行動を喚起

• もしあなたが魚の心を設計するとしたら、脅威に対するのと同程度に好機に対しても強く反応させるだろうか? そうではないだろう。食べ物の手がかりを見逃してもその損失は小さい。……しかし、近くに敵がいるサインを見逃せば、そのコストは致命的になりうる。ゲームオーバー。その遺伝子の終焉となる。もちろん、進化の過程に設計者はいないが、自然淘汰によって作り上げられた心は、まるで設計されたかのように(私たちには)見える。……そのような設計原理の一つは、悪いことは良いことよりも強いということである。脅威や不快に対する反応は、好機や快に対する反応よりも早く、強く、制御するのが困難である。 ー J.ハイト2011『しあわせ仮説』

• 進化的環境におけるリスクへの適応として、感情≒表情の進化(すばやい生理的変化にもとづくコミュニケーション)

• C.ダーウィン~P.エクマン:感情表出と読解の普遍性≠学習の産物

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リスクの自動評価機構としての感情:0.2秒の真実(P.エクマン『顔は口ほどに嘘をつく』河出書房新社)

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5.象と象使い:直感主義の復権心には理性のあずかり知らぬ理屈がある(Pascal 1670)

• 象使いが単に変えようと決意し、その計画に従うよう象に命令することなどできない。象を訓練し直すことによってのみ、永続的な変化が可能になる

• 象の特性:交感神経系「闘争か逃走かFight or Flight」⇄副交感神経系「落ち着き」

• 啓蒙モデル:災害への無知・誤解←専門家による教育指導

• 進化モデル:災害への直感的反応←象使いによる洗練・訓練・・・明示的知識として共有

• 心理プロセスの大部分は無意識的・自動制御:遺伝子の複製戦略にもとづいて、リスクの自動評価とドーパミン(快楽)の付与

• 複雑な問題にもヒューリスティック(進化と経験則による自動反応)を用いて対処~群知能(確信を持って動いているのは5%以下)

• 象使い(新皮質・言語中枢・理性)は、象に仕えるために進化

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6.コンコルドの誤謬(埋没費用)

• 超音速旅客機コンコルドの商業的失敗の予測←高速化に伴う設備投資と収益見込みが釣り合わないことが判明⇒過去の膨大な開発投資と国家の威信のために事業継続⇒最終的には膨大な赤字

• コンコルドの誤謬:将来の見通しと現在のオプションだけにもとづいて意志決定をすべきところで、過去の投資の大きさを考慮してしまう認知的バイアス(長谷川眞理子 1999『科学の目科学のこころ』)。

• 「損切り」できない心理的傾向:投資の失敗、失恋後のストーカー、ギャンブル中毒、退却戦の判断ミスなど⇔IKEAのDIYコミットメント

• 闘争か逃走か:緊急時の初動は屋内退避⇒時間が経つほど避難行動の必要性とリスクが増加+コミットメント(時間と労力)

• 定住~農耕:一所懸命や初志貫徹、根性、頑張りといった保守的心性それ自体への価値づけられる~評判システム

• 建物の頑健性が増すほど、社会秩序が安定化するほど、持ち場を離れる避難行動のリスクは、負いにくくなる

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7.ラタネとダーリーの傍観者効果山岸俊男監2011『徹底図解社会心理学』より

• 緊急行動の阻害要因=他者の存在(多元的無知+責任分散+評価懸念)

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8.「津波てんでんこ」の進化心理学的解釈

1. 血縁淘汰の抑制:緊急時に最も強力に作動する血縁淘汰は、津波被害を血縁ネットワークに拡大させる要因。血縁者間のダブル・コンティンジェンシーも危険要因。ただし、311時には学校が学期末だったため、予測不能が発生。

2. 他者性(多元的無知+責任分散+評価懸念)の排除

3. 個々人の努力の最大化の集積≒最適解>計画された集合行動~プロセスの損失

4. (馬場先生)生き残った者への価値づけ(罪悪感抑制)

• 緊急時の囚われ:子ども・親>他者性>自己のコミットメント>合意プロセスの順?

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参考文献

• Alexander,D.,2012, Models of Social Vulnerability to Disasters, RCCS Annual review 4

• Barkow, J. , Cosmides, L., Tooby, J. ,1992, The Adapted Mind, Oxford UP.• Blakemore, S‐J.,2012, The mysterious workings of the adolescent brain, TED talks.

• Breedlove, M., et al., 2013, Biological Psychology, Sinauer Associates Inc• R・B・チャルディーニ2013『影響力の正体』SBクリエイティブ

• P.エクマン2006『顔は口ほどに嘘をつく』河出書房新社

• G.ギーゲレンツァー2010『なぜ直感のほうがうまくいくのか?』合同出版

• J.ハイト,2011,『しあわせ仮説』新曜社

• 池谷裕二2007『進化しすぎた脳』講談社

• B.ラタネ・J.ダーリー1997『冷淡な傍観者』ブレーン出版

• Lotto, B., & O’Toole, A., 2013, Science is for everyone, kids included, TED talks.• 西田正規2007『人類史のなかの定住革命』講談社

• S.ピンカー2003『心の仕組み(上・中・下)』日本放送出版協会

• 山岸俊男監修2011『徹底図解 社会心理学』新星出版社