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仙台市立病院医誌 25,87-90,2005 索引用語 劇症型心筋炎 IABP(lntra Aortic Balloon 若年者に発症した劇症型心筋炎の1例 男彦 川田一 名藤 伸裕井 はじめに 心筋炎は心筋の炎症性疾患であり,一般に感冒 症状に引き続いて発症し,多彩な臨床像を呈する 疾患である1)。わが国での20年間37万人の剖検 成績から得られた心筋炎発症率は10万人あたり 115人と稀な疾患である4)(当院においては年間1 ないし2名が同疾患と診断されている)。 なかでも劇症型心筋炎は,突然の心停止や重症 心不全を引き起こし,不幸な転帰を示すこともあ るが,急性期を乗り切ることで完全治癒も期待で きる2--6)。そのため,早期診断及び治療が重要とさ れている。 今回,我々は若年者に発症した劇症型心筋炎を 経験し,良好な経過を示した症例を経験したので 報告する。 患者:27歳 男性 職業:旅行添乗員 主訴:悪心,食欲低下 家族歴・既往歴1特記事項なし 現病歴:平成16年1月2日より心窩部痛,悪 心・嘔吐が出現し,入浴後に意識が消失したため, 当院の救急外来を受診した。来院時の心電図では 胸部誘導でST部分の上昇を認めたが軽微であ り,急性腸炎と診断され帰宅した。しかしその後 も症状の改善はみられず,救急外来を再度受診し た。 再受診時,心窩部痛,悪心の他,顔面蒼白,冷 汗がみられた。血圧は120/70mmHgで,心電図で は,V2-V5でST部分の上昇(0.1 mV)が認めら 仙台市立病院循環器科 *伊藤医院 れた。血液検査は,白血球の上昇(16,500/μ1),ト ロポニンT陽性,ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白陽 性,CK:4121U/1, TB:1.8 mg/dl, GOT 1,GPT:391U/1と肝障害を認め,心エコー上,左 室壁の著明な肥厚と心嚢液の貯留(約1cm)及び 左室壁壁運動のびまん性の低下が認められた。 以上の所見から,急性心筋炎及び,それに伴う うっ血性心不全と診断され,集中治療室に入院と なった。 入院時12誘導心電図(図1左):正常洞調律, 正常軸,心室拍数90/分,II・III・aVFにq波, II・III・aVFとV3~V6にST部分の上昇が られた。 画像所見:胸部レントゲン写真上,巾着型の心 陰影を認め,心嚢液の貯留が示唆された(図2)。 心エコーでは(図3a, b),心筋壁の浮腫性の肥 厚と心嚢液貯留に加えて,左心内径短縮率も30% と心収縮能の軽度低下を認めた。 入院後経過(図4):Swan-Ganz(SG)カテ テルを挿入したところ,心係数:2.051/min/m2, 肺動脈模入圧:17mmHgとForrester 心不全の所見を認めた。そのため,ドーパミン,ヒ ト心房性ナトリウム利尿ペプチドの投与を開始し た。自覚症状は特に訴えなかったが,冷汗は持続 し,心電図では洞性頻拍を呈していた。 第2病日にSG測定値で,循環動態の悪化と心 エコー上左室壁の浮腫の増悪所見を認め,大動脈 内バルーンパンピング法(lntra Aortic Bal Pumping:IABP)を導入した。 その後,循環動態が改善したため,IABPの同期 比率を2:1→3:1→4:1と変更し,第10病日に IABP及びSGカテーテルの抜去が可能となり順 調な改善を示した。心エコー上,心嚢液は徐々に Presented by Medical*Online

若年者に発症した劇症型心筋炎の1例 伸裕井 川田一 … 25.pdfSG挿入 IABP導入CV挿入 hANP O.02(γ) CEZlgx2 ミダゾラムO.03(mg/kg/h) 1/9

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仙台市立病院医誌 25,87-90,2005             索引用語          劇症型心筋炎IABP(lntra Aortic Balloon Pumping)

若年者に発症した劇症型心筋炎の1例

男彦

   

川田一

ウ   

名藤

田伸裕井

はじめに

 心筋炎は心筋の炎症性疾患であり,一般に感冒

症状に引き続いて発症し,多彩な臨床像を呈する

疾患である1)。わが国での20年間37万人の剖検

成績から得られた心筋炎発症率は10万人あたり

115人と稀な疾患である4)(当院においては年間1

ないし2名が同疾患と診断されている)。

 なかでも劇症型心筋炎は,突然の心停止や重症

心不全を引き起こし,不幸な転帰を示すこともあ

るが,急性期を乗り切ることで完全治癒も期待で

きる2--6)。そのため,早期診断及び治療が重要とさ

れている。

 今回,我々は若年者に発症した劇症型心筋炎を

経験し,良好な経過を示した症例を経験したので

報告する。

症 例

 患者:27歳 男性 職業:旅行添乗員

 主訴:悪心,食欲低下

 家族歴・既往歴1特記事項なし

 現病歴:平成16年1月2日より心窩部痛,悪

心・嘔吐が出現し,入浴後に意識が消失したため,

当院の救急外来を受診した。来院時の心電図では

胸部誘導でST部分の上昇を認めたが軽微であ

り,急性腸炎と診断され帰宅した。しかしその後

も症状の改善はみられず,救急外来を再度受診し

た。

 再受診時,心窩部痛,悪心の他,顔面蒼白,冷

汗がみられた。血圧は120/70mmHgで,心電図で

は,V2-V5でST部分の上昇(0.1 mV)が認めら

仙台市立病院循環器科*伊藤医院

れた。血液検査は,白血球の上昇(16,500/μ1),ト

ロポニンT陽性,ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白陽

性,CK:4121U/1, TB:1.8 mg/dl, GOT:701U/

1,GPT:391U/1と肝障害を認め,心エコー上,左

室壁の著明な肥厚と心嚢液の貯留(約1cm)及び

左室壁壁運動のびまん性の低下が認められた。

 以上の所見から,急性心筋炎及び,それに伴う

うっ血性心不全と診断され,集中治療室に入院と

なった。

 入院時12誘導心電図(図1左):正常洞調律,

正常軸,心室拍数90/分,II・III・aVFにq波,

II・III・aVFとV3~V6にST部分の上昇が認め

られた。

 画像所見:胸部レントゲン写真上,巾着型の心

陰影を認め,心嚢液の貯留が示唆された(図2)。

 心エコーでは(図3a, b),心筋壁の浮腫性の肥

厚と心嚢液貯留に加えて,左心内径短縮率も30%

と心収縮能の軽度低下を認めた。

 入院後経過(図4):Swan-Ganz(SG)カテー

テルを挿入したところ,心係数:2.051/min/m2,

肺動脈模入圧:17mmHgとForrester III型の

心不全の所見を認めた。そのため,ドーパミン,ヒ

ト心房性ナトリウム利尿ペプチドの投与を開始し

た。自覚症状は特に訴えなかったが,冷汗は持続

し,心電図では洞性頻拍を呈していた。

 第2病日にSG測定値で,循環動態の悪化と心

エコー上左室壁の浮腫の増悪所見を認め,大動脈

内バルーンパンピング法(lntra Aortic Balloon

Pumping:IABP)を導入した。

 その後,循環動態が改善したため,IABPの同期

比率を2:1→3:1→4:1と変更し,第10病日に

IABP及びSGカテーテルの抜去が可能となり順

調な改善を示した。心エコー上,心嚢液は徐々に

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図1.心電図の推移:入院当日はII, III, aVF, V3-6のST部分の上昇が見られているが第4病日には回復

   し,その後同部のT波の平底化,陰性化が生じている。

図2.入院時胸部レントゲン写真:心胸郭比は  56.7%と拡大している。

減少し,第30病日にほぼ消失した。

 尚,入院時と2週間後にペア血清を採取し,原

因として測定されるウイルスの同定を試みたが,

アデノウイルス:8倍→8倍,土コーウイルス:

32倍→64倍と,有意な上昇は認められなかった。

良好に経過したため,第36病日に退院となった(図4)。

考 察

 心筋炎はヒト心筋に親和性の高いとされるB

群コクサッキーウイルスなどのRNAウイルスを

はじめとしたウイルス感染により生ずると考えら

れている4・7)。近年,特にC型肝炎ウイルスが起因

ウイルスとして注目されている1)。

 本症例では,C型肝炎ウイルスを含め,心筋炎を

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図3,入院時心臓エコー所見((a)短軸像,(b)長軸像):著明な心嚢液の貯留と心筋の肥厚が認められる(本

  文参照)。

引き起こす可能性のあるウイルスについて検索し

たが,有意な異常は認められなかった。

 心筋はまずウイルス自体により直接障害が引き

起こされる。ついでNK細胞, T細胞などの感染

免疫機構が感染心筋を標的とし,浸潤細胞から分

泌されたパーフォリンによって感染心筋細胞の壊

死・脱落が生ずる。また一酸化窒素を含む誘導さ

れた炎症性サイトカインによって,残された近傍

の心筋細胞の収縮能や拡張能を損なうと考えられ

ている3~6)。心筋層のみならず,心外膜側及び心内

膜側の心筋にも炎症が波及する。広範囲の場合は

びまん性に左室壁の運動低下から急激なポンプ失

調に進展することがある。又,刺激伝導系を障害

すると心ブロックを惹起することも報告されている1,2)。

 心筋炎は感冒症状に引き続いて発症し,多彩な

臨床像を呈するト4)。その原因は心臓壁での炎症病

変の位置関係によって,心症状や心徴候が著しく

異なることによる。

 一般的な初発症状は胸痛,失神,動悸といった

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O.06    0.09富 ・.・5一

図4.検査値の推移lCK, CK-MBは入院後の最初の検査で最高値を示し,経過とともに低下を示してい   る。WBC, CRPの炎症反応を示す値は, IABPの挿入などの侵襲的手技などが関係し,病状の推移を

   示す指標とはなっていない。心臓内圧を示す,CVP, PCWPは第5病日から低下がみられ, CIはIABP

   挿入後から徐々に改善を示している。

   CEZ:セファゾリンナトリウム, CI(1/min/m2):心係数, CK(IU/1):クレアチンキナーゼ, CK-MB

   (IU/1):クレアチン・フォスフォキナーゼMB型アイソザイム, CRP(mg/dl),CV:中心静脈カテー

   テル,CVP(mmH20):中心静脈圧, DOA:ドーパミン, DOB:ドブタミン, GOT(U/1), h-ANP:

   ヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド,IABP:大動脈内バルーンパンピング法, PCWP(mmH、O):肺

   動脈模入圧,SG:Swan-Ganzカテーテル, WBC(/μ1)

心症状,悪心・嘔吐,腹痛,下痢といった消化器

症状,あるいは風邪様症状であるが1},本症例の初

発症状は悪心,嘔吐という消化器症状であった。経

過が急激であるため,治療開始時期がその予後に

影響を与える可能性がある。若年者であっても油

断せず,心筋炎を念頭において診療を行う必要が

あると思われる。

 本症例の経過が良好であった要因として,第2

病日に循環動態の悪化が認められた際に,躊躇な

く補助循環の導入に踏み切ったことがあげられ

る。経過が急激な疾患であり,循環動態の絶え間

ない把握により,補助循環のタイミングを逸しな

いことが劇症型心筋炎の治療上,非常に重要と考

えられた。

文 献

1)西井基継他:心筋炎の新しい診断治療のstrat一

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)3

)4

)5

)6

)7

egy. ノ〔♪臓35:603-609,2003

加藤茂 他:いかなる心筋炎が劇症化するのカ、. 心・臓35:621-627,2003

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