4
仙台市立病院医誌 24,121-124,2004 索引用語 エステラーゼ染色 骨髄異形成症候群 骨髄異形成症候群におけるエステラーゼ染色所見の検討 由和 報告する。 はじめに 血液塗抹標本の基本的染色はWright-Giemsa (W-G)染色であるが,形態学上類似点を持つ細胞 について鑑別が困難な場合は,血球のもつ酵素を 証明し,細胞の鑑別に客観性のある細胞分類がで きるよう特殊染色が行われる。その中でも,エス テラーゼ染色はnaphthol ASD chloroacetate (ASD), ev -naphthyl butyrate(αNB)などの基 質により細胞系列で染色反応態度が明確に異なる ため,特異性の高い染色法として白血病細胞の病 型分類など細胞同定に頻用されている1”’3)。特に αNB染色は単球系細胞に特異的とされている が,我々は好中球系細胞にもαNB染色の陽性所 見を認めた骨髄異形成症候群(MDS)の1例を経 験し報告した4)。今回,多数例のMDS症例にっい て骨髄穿刺標本の二重染色によるエステラーゼ染 色所見を評価し,その意義について検討したので 方法・対象 エステラーゼ染色は,ASDエステラーゼ染色, 図1.エステラーゼニ重染色(1、OOO倍) 茶褐色に染色されているαNBエステラーゼ 陽性細胞とその右斜め下に青色と茶褐色の ASD,αNBエステラーゼ両者陽性細胞 表1.W-G染色,エステラーゼ染色結果 (単位:%) W-G染色 エステラーゼ染色 診断(症例数) 単球 αNB(+) αNB&ASD(+) MDS(38) 19 11 11.1 AML(5) 1.5 1.6 2.2 ALL(5) 0 3.2 0 CML(5) 7 6.2 0 ITP(3) 3 3.6 1.3 MegA(3) 0.6 3.6 6.6 AA(3) 0.6 5 0.3 疾患別に示したW-G染色の単球比率及びエステラーゼ染色陽性比率の 平均値(AMLは単球系白血病を除く) 仙台市立病院中央臨床検査室 *同 内科 Presented by Medical*Online

骨髄異形成症候群におけるエステラーゼ染色所見の検討 24.pdfASD,αNB両者陽性細胞として出現したのでは ないかと考えられた。 現在,細胞遺伝学検査,マーカー分析がルーチ

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 骨髄異形成症候群におけるエステラーゼ染色所見の検討 24.pdfASD,αNB両者陽性細胞として出現したのでは ないかと考えられた。 現在,細胞遺伝学検査,マーカー分析がルーチ

仙台市立病院医誌 24,121-124,2004    索引用語エステラーゼ染色骨髄異形成症候群

骨髄異形成症候群におけるエステラーゼ染色所見の検討

示荒

智森

 々

哉由和

厨ウ  ヲ  

 

報告する。

はじめに

 血液塗抹標本の基本的染色はWright-Giemsa

(W-G)染色であるが,形態学上類似点を持つ細胞

について鑑別が困難な場合は,血球のもつ酵素を

証明し,細胞の鑑別に客観性のある細胞分類がで

きるよう特殊染色が行われる。その中でも,エス

テラーゼ染色はnaphthol ASD chloroacetate

(ASD), ev -naphthyl butyrate(αNB)などの基

質により細胞系列で染色反応態度が明確に異なる

ため,特異性の高い染色法として白血病細胞の病

型分類など細胞同定に頻用されている1”’3)。特に

αNB染色は単球系細胞に特異的とされている

が,我々は好中球系細胞にもαNB染色の陽性所

見を認めた骨髄異形成症候群(MDS)の1例を経

験し報告した4)。今回,多数例のMDS症例にっい

て骨髄穿刺標本の二重染色によるエステラーゼ染

色所見を評価し,その意義について検討したので

方法・対象

エステラーゼ染色は,ASDエステラーゼ染色,

図1.エステラーゼニ重染色(1、OOO倍)

  茶褐色に染色されているαNBエステラーゼ  陽性細胞とその右斜め下に青色と茶褐色の  ASD,αNBエステラーゼ両者陽性細胞

表1.W-G染色,エステラーゼ染色結果(単位:%)

W-G染色 エステラーゼ染色

診断(症例数) 単球 αNB(+) αNB&ASD(+)

MDS(38) 19 11 11.1

AML(5) 1.5 1.6 2.2

ALL(5) 0 3.2 0

CML(5) 7 6.2 0

ITP(3) 3 3.6 1.3

MegA(3) 0.6 3.6 6.6

AA(3) 0.6 5 0.3

疾患別に示したW-G染色の単球比率及びエステラーゼ染色陽性比率の

平均値(AMLは単球系白血病を除く)

仙台市立病院中央臨床検査室*同 内科

Presented by Medical*Online

Page 2: 骨髄異形成症候群におけるエステラーゼ染色所見の検討 24.pdfASD,αNB両者陽性細胞として出現したのでは ないかと考えられた。 現在,細胞遺伝学検査,マーカー分析がルーチ

122

% 18

16

14

12

  10  8  6

 

碍娼賢葺ゆ鵠∪④ぷOI≧

4

2

o

三酬

◆⇔

      ◆◆                                ◆       ◆

               ゆ㎜

寸一丁〔㌻了 i↑ 1                       A                         疾 患 名

 図2.W-G染色による単球比率(CMLのAccelerate phaseを除く)

.」

9635

30

25

20

15

10

憾封宙再胡直Wー巾県×HOOZ8

5 一

O

◆◆

 ◆◆

 ‡

ぷ ◆               ◆

 38       ◆

 #   ◆ ㌶   ◆             の ゆ   

 :   盒  : S        し       L

◆◆

 一

◇◆

CML

 一

「1    A

+1疾 患 名

図3.エステラーゼニ重染色によるαNBエステラーゼ陽1生細胞比率(CMLのAccelerate phaseを除く)

非特異的エステラーゼ染色共に武藤化学の染色

キットを使用し実施した。平成14年と平成15年

に実施した骨髄穿刺標本のうちエステラーゼニ重

染色を行った62例を対象とした。内訳は,疑いを

含めMDS 38例,その他の血液疾患24例{AML

5例,ALL 5例, CML 5例, ITP 3例, Megaloblas-

tic Anemia(MegA)3例, Aplastic Anemia(AA)

3例}であった。エステラーゼニ重染色の評価は,

赤芽球およびリンパ球を除いた有核細胞100個に

っいてASDエステラーゼ陽性細胞,αNBエステ

ラーゼ陽性細胞および,ASD,αNBエステラーゼ

両者陽性細胞(図1)比率を算出した。

結 果

 62例のうち疑いも含め最終的にMDSと診断

した38例とその他の血液疾患24例は,W-G染

色にて単球と分類したのは0-18%で,平均でみる

とCMLのAccelerate phaseを除いては単球の

Presented by Medical*Online

Page 3: 骨髄異形成症候群におけるエステラーゼ染色所見の検討 24.pdfASD,αNB両者陽性細胞として出現したのでは ないかと考えられた。 現在,細胞遺伝学検査,マーカー分析がルーチ

123

% 60

50

   0       0       0

   4.       3        ク一

路お叙毘胡霞磁ぽ¥ー巾トκHooZ6、O切く 10

O

8

◆●◆◆

ぷ怜ユDs

 ゆ

↑寸-  oo,ひウ  

  :i

  L

⇔÷p

名患疾

愈…egA

図4.エステラーゼニ重染色による同一細胞でのASD,αNBエステラーゼ両者陽性細胞比率(CMLの  Accelerate phaseを除く)

増加は認められず,疾患による大きな差は認めら

れなかった(表1,図2)。エステラーゼ染色によ

る疾患別にαNB陽性細胞比率を示すと(図3)症

例数に差はあるものの,単球系白血病を除けば

MDSで陽性率が高い傾向が認められ, W-G染色

との解離も認められた。更に,同一細胞でのASD,

αNBエステラーゼ両者陽性細胞比率(表1,図4)

はMDSで平均11.1%, AMLで2.2%, ITP

1.3%,MegA 6.6%と明らかにMDSで高率に認

められ,染色態度は頼粒状で,NaFでの活性は阻

害された。MegAでASD,αNB両者陽性細胞が

高値の1症例は,VitaminB、2製剤メチコバール

の投与による貧血の改善が認められ,末梢血およ

び骨髄標本にGiant Metamyelocyte,好中球の過

分葉が確認でき,貧血の改善に伴う平均赤血球容

積(MCV)の137flから87flへの変化などから

VB12欠乏によるMegAと診断した。

 ただ,この症例は,骨髄細胞の染色体検査にお

いて,45,X,-Yであった。 MDS, AMLなどの

血液疾患の男性で骨髄細胞の染色体分析をすると

Y染色体喪失の場合があり,加齢のための生理的

現象に血液疾患による修飾が加わった結果生じる

ものと考えられていることから,本来では経過観

察が必要である。

考 察

 エステラーゼ酵素はカルボン酸エステルの加水

分解を触媒する酵素で,短鎖エステルに反応する

酵素を特異的エステラーゼ,長鎖に反応する酵素

を非特異的エステラーゼと称する。前者にはna・

phthol ASD chloroacetate(ASD)が該当し,こ

の染色では好中球と肥満細胞で強陽性を呈し青色

に染色され,単球系はほぼ陰性である。後者には

α一naphthyl butyrate(αNB)が該当し,単球,マ

クロフアージ系細胞でび漫1生に強陽性を呈し茶褐

色に染色される。好中球はほとんど陰性で,巨核

球は陽性,Tリンパ球系は1~数個の点状陽性を

示す。この非特異エステラーゼ陽性細胞のうち,染

色反応基質液にNaFを添加すると酵素反応は阻

害され陰性となる。単球系細胞はNaFで阻害さ

れ,マクロフアージ系細胞,巨核球系細胞では阻

害されないト3)。この所見はエステラーゼ反応の鑑

別点として重要な点である。また,ASD染色は

αNB染色後の標本に後染色が可能で,いわゆる

二重染色を同一標本で行える事から,好中球系細

胞と単球系細胞とを同じに染出して鑑別できる

もっとも有用な方法として確立しており汎用され

ている。

 今回の検討により,MDSではW-G染色での単

Presented by Medical*Online

Page 4: 骨髄異形成症候群におけるエステラーゼ染色所見の検討 24.pdfASD,αNB両者陽性細胞として出現したのでは ないかと考えられた。 現在,細胞遺伝学検査,マーカー分析がルーチ

124

球系細胞の増加は認められないにも関わらず,エ

ステラーゼ染色の染色性との解離が存在し,しか

も,αNB陽性細胞およびASD,αNB両者陽性細

胞の増加を認めるという非常に興味深い結果が得

られた。文献的にMDSについてこのような検討

は少なく,Scottら5)の小数例についての報告の

みである。

 MDSは,原因不明で造血幹細胞の質的異常に

より有効な血球の産生が行われない状態にあり血

液学的に治療不応性の血球減少,血球形態異常,無

効造血などを特徴とする6・7)。現在多くの血液疾患

とくに白血病が染色体異常や遺伝子異常などの明

確な指標に基づいて確定診断できるのに対して,

MDSの診断は顕微鏡形態学によるもので,形態

異常の強い場合はさておき,形態異常が軽い症例

の診断は非常に難しいとされている。現在,MDS

の異常クローンは多能性造血幹細胞で生じ,無効

造血はおそらくアポトーシスによって起こり,急

性転化は異常クローンが持つ染色体不安定あるい

は遺伝子不安定の結果,次々に悪性度のより高い

サブクローンが出てくる事によって生じることが

判明してきた8・9)。このような,幹細胞の質的異常

が細胞の持つ酵素反応に反映し,同一細胞で

ASD,αNB両者陽性細胞として出現したのでは

ないかと考えられた。

 現在,細胞遺伝学検査,マーカー分析がルーチ

ン化されつつあるとはいえ,一部施設を除けば一

般病院での遺伝子検索は限定的である。比較的簡

便に実施できるエステラーゼ染色の染色所見は,

MDSと他疾患との鑑別診断の際に補助的指標と

なりうると考えられた。

ま と め

 骨髄異形成症候群におけるエステラーゼニ重染

色の染色所見は,他の血液疾患とは異なり,同一

細胞でASD,αNBエステラーゼ両者陽性細胞の

増加が認められた。

文 献

1)八幡義人:血球細胞の酵素染色.Medical Tech-

 nology別冊 染色法のすべて.医歯薬出版株式

 会社,東京,pp.228-238,1993

2)三輪史朗:特種染色法.臨床検査技術全書3.血

 液検査(三輪史朗編著),医学書院,東京,pp.131-

  157,1976

3)小池 正:細胞化学,血液病学(三輪史朗編著),

 文光堂,東京,pp.1625-1634,1995

4)星川佐依子 他:特異なエステラーゼ染色所見

  を示した骨髄異形成症候群の一例.仙台市立病院

  医学雑誌19:65-69,1999

5) Scott CS et al:Esterase cytochemistry in

 primary myelodysplastic syndromes and

 megaloblastic anaemias:demonstration of

  abnormal staining patterns associated with

  dysmyelopoiesis. Brit J Haematol 55:411-

  418,1983

6)杉本恒明 他:内科学.朝倉書店,東京,pp.1725-

  1732,1995

7)吉田弥太郎:骨髄異形成症候群.血液病学(三輪

  史朗編著),文光堂,東京,pp.471-481,1995

8)朝長万佐男:血液学的検査.医学検査51:985-

  995,2002

9) 栗山一孝:急性骨髄性白血病の分類と現状.検査

  と血液3:285-294,2002

Presented by Medical*Online