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鹿児島湾若尊火口底における熱水活動域の分布と 熱水性沈殿物の特徴(速報) ○山中 寿朗・前藤 晃太郎・赤司 裕紀(岡山大学),三好 陽子・平尾 真吾・石橋 純一郎(九 州大学),岡村 慶・杉山 拓(高知大学),上嶋 正人・田中 明子(産総研), 大村 亜希子・窪川 かおる(東京大学),NT08-17 乗船研究者 若尊火口は鹿児島湾湾奥部の姶良カルデラ内に位置する水深 200m、南北約 2km、東西約 5km の凹地 である。この火口内および周辺では噴気活動が活発であり、古くから「たぎり」として知られている。 従前の調査より本海域では緩やかな熱水湧出や高い地殻熱流量、熱水性石油の生成や堆積物の熱水変 質などが認められていたが、2007 年に行われた NT07-09 航海で、ついに最高温度が約 200℃に達する 熱水噴出孔が少なくとも火口内に 2 つ存在することを明らかにした。この熱水噴出孔はチムニーを伴 っており水深 200m の海底では極めて珍しい。この発見を踏まえ、2007 年に行われた淡青丸 KT08-22 航海では東京大学生産技術研究所の AUV/TUNA Sand により熱水噴出孔周辺の詳細なマッピングが行わ れ、さらに2カ所の熱水噴出域が発見された。本年度は 8 月に NT08-17 航海が行われ、なつしま・ハ イパードルフィンにより熱水活動域の分布とそれを支配すると考えられる地下地質構造の調査、およ びチムニーを成す熱水性沈殿物の生成条件を明らかにする目的で観測およびサンプリングを行った。 ハイパードルフィンによる潜航調査は、2008 年 8 月 5 日から第 882~886 潜航および第 893 潜航が実 施された。最初の潜航では熱水噴出孔からの熱水フラックス測定を目的に熱水流速計 mini-Medusa を 噴出孔に設置すると共に、サブボトムプロファイラーとサイドスキャンソナーを備えた DAI-PACK によ る物理探査を若尊火口域西側の東西約 300m、南北約 1km の範囲で実施した。引き続く潜航では火口ほ ぼ中央に従前より認められている熱水湧出域での噴気ガス採取、堆積物採集、これまで未踏域であっ た火口南東域、北側斜面の観察および堆積物採集を行い、第 886 潜航では 2007 年度に TUNA Sand によ って発見された熱水噴出孔も含め3カ所の熱水噴出孔から熱水の採水、およびチムニー採取を行った。 DAI-PACK および mini-Medusa によって得られた物理観測データは、現在解析中であるが、採取され た熱水試料の分析、およびチムニー試料の暫定的分 析結果について紹介する。2007 年に発見された2 つのチムニーは残念ながら 2008 年の調査で、一つ は恐らく自然に崩壊しており、もう一つのチムニー も試料採取作業中に一部分が倒壊してしまった。そ のため、2007 年に比べ高温で純度の高い熱水試料 の採取は行えなかったが、最高温度 110.7℃の熱水 が採取できた。熱水試料の主成分分析の結果、いず れの熱水噴出孔から得られた試料も一本の海水-熱 水混合直線上にプロットされ、また、2007 年度に 採取された熱水試料も同じ混合直線上に乗り、少な くともこの1年間は熱水エンドメンバー組成に変 化がないことが確認できた(図)。また、潜航調査 の結果、熱水湧出域の広がりは海底の変色を伴う緩 2007 年および 2008 年に熱水噴出孔より採取した 熱水試料の Mg-Si プロット

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鹿児島湾若尊火口底における熱水活動域の分布と

熱水性沈殿物の特徴(速報)

○山中 寿朗・前藤 晃太郎・赤司 裕紀(岡山大学),三好 陽子・平尾 真吾・石橋 純一郎(九

州大学),岡村 慶・杉山 拓(高知大学),上嶋 正人・田中 明子(産総研),

大村 亜希子・窪川 かおる(東京大学),NT08-17 乗船研究者

若尊火口は鹿児島湾湾奥部の姶良カルデラ内に位置する水深 200m、南北約 2km、東西約 5km の凹地

である。この火口内および周辺では噴気活動が活発であり、古くから「たぎり」として知られている。

従前の調査より本海域では緩やかな熱水湧出や高い地殻熱流量、熱水性石油の生成や堆積物の熱水変

質などが認められていたが、2007 年に行われた NT07-09 航海で、ついに最高温度が約 200℃に達する

熱水噴出孔が少なくとも火口内に 2 つ存在することを明らかにした。この熱水噴出孔はチムニーを伴

っており水深 200m の海底では極めて珍しい。この発見を踏まえ、2007 年に行われた淡青丸 KT08-22

航海では東京大学生産技術研究所の AUV/TUNA Sand により熱水噴出孔周辺の詳細なマッピングが行わ

れ、さらに2カ所の熱水噴出域が発見された。本年度は 8 月に NT08-17 航海が行われ、なつしま・ハ

イパードルフィンにより熱水活動域の分布とそれを支配すると考えられる地下地質構造の調査、およ

びチムニーを成す熱水性沈殿物の生成条件を明らかにする目的で観測およびサンプリングを行った。

ハイパードルフィンによる潜航調査は、2008 年 8 月 5 日から第 882~886 潜航および第 893 潜航が実

施された。最初の潜航では熱水噴出孔からの熱水フラックス測定を目的に熱水流速計 mini-Medusa を

噴出孔に設置すると共に、サブボトムプロファイラーとサイドスキャンソナーを備えた DAI-PACK によ

る物理探査を若尊火口域西側の東西約 300m、南北約 1km の範囲で実施した。引き続く潜航では火口ほ

ぼ中央に従前より認められている熱水湧出域での噴気ガス採取、堆積物採集、これまで未踏域であっ

た火口南東域、北側斜面の観察および堆積物採集を行い、第 886 潜航では 2007 年度に TUNA Sand によ

って発見された熱水噴出孔も含め3カ所の熱水噴出孔から熱水の採水、およびチムニー採取を行った。

DAI-PACK および mini-Medusa によって得られた物理観測データは、現在解析中であるが、採取され

た熱水試料の分析、およびチムニー試料の暫定的分

析結果について紹介する。2007 年に発見された2

つのチムニーは残念ながら 2008 年の調査で、一つ

は恐らく自然に崩壊しており、もう一つのチムニー

も試料採取作業中に一部分が倒壊してしまった。そ

のため、2007 年に比べ高温で純度の高い熱水試料

の採取は行えなかったが、最高温度 110.7℃の熱水

が採取できた。熱水試料の主成分分析の結果、いず

れの熱水噴出孔から得られた試料も一本の海水-熱

水混合直線上にプロットされ、また、2007 年度に

採取された熱水試料も同じ混合直線上に乗り、少な

くともこの1年間は熱水エンドメンバー組成に変

化がないことが確認できた(図)。また、潜航調査

の結果、熱水湧出域の広がりは海底の変色を伴う緩

図 2007年および 2008年に熱水噴出孔より採取した

熱水試料の Mg-Siプロット

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やかな湧出域は火口底の北側にも広がっているようであるが、南東側には噴気も熱水湧出に伴う変色

域も観察できなかった。

熱水噴出孔周辺から採取したチムニーを構成していたと考えられる熱水性沈殿物については、2007

年には炭酸塩を主成分とするチムニー片がわずかに採取されたのみであったが、2008 年には 5 点の試

料が採取できた。熱水噴出孔直近(恐らく採取直前まで熱水に触れていて部分)で採取された試料は、

前年同様炭酸塩を主成分とした沈殿物であったが、チムニー周辺のマウンドを構成していた沈殿物は

硫化物、特に stibnite を主成分としたものであった(写真)。

水深200m以浅の浅海熱水系でチムニーを伴った熱水噴出孔の存在そのものが世界的に珍しいもので

あるが、さらに硫化物を主成分とした沈殿物のマウンドの存在はこれまで報告がない。現在活動中の

熱水噴出孔からは主に炭酸塩鉱物が沈殿していることからマウンドの硫化物を沈殿させた過去の熱水

活動は現在とは化学的および物理的に大きく異なった性質のものであったと考えられる。

以上、現在若尊火口内で起こっている熱水活動は、少なくともこの1年間は組成に変動がなく、安

定しており、主に炭酸塩をチムニーとして沈殿させていることが示された。しかし、かつては硫化物

を沈殿させるような熱水活動であったことが解った。Stibnite はアンチモンの硫化鉱物であるが、資

源としてのアンチモンも stibnite から得られている。主な stibnite 鉱床は中国にあり、岩脈として

産出している。若尊火口底のように stibnite が海底面にマウンド状に産出する例は報告が無く、アン

チモンの未知のタイプの鉱床として、成立条件を明らかにできると期待される。現在、これら熱水性

沈殿物の詳細な組成を明らかにし、硫化物の沈殿条件の解明を目指している。

写真 Stibniteを主成分とした硫化物マウンド試料の拡大写真(左)と炭酸塩を主成分としたチムニー試料(右)