8
【土木計画学研究 ・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 高齢社会 における過疎集落の交通 サー ビス水準 と生活の質の関連性分析*1 Relationship between Level of Travel Service and Quality of Life for the Aged in Depopulated Communities 森山 昌 幸*2藤 章 正*3杉 頼 寧*3 By Masayuki MORIYAMA, Akimasa FUJIWARA, Y 1. はじめに 我が国 にお いて は,急 速に 高齢 化が進展 してお り, 2015年 には国民の4人 に1人 が高齢者となる本格的な 高齢社会が到来すると予測されている.こ のような中, 交通システムをは じめ とする各種社会資本整備 にお いて は,活 力ある高齢社会づくりに向けた整備や評価手法を 確立する必要があり,法 整備,各 種事業,事 業評価に関 する研究等が活発に進められている. 具体的な高齢社会に向けた各種施策を見ると,都 市部 ではコミュニティバスやLRT等 による公共交通機関の 充実や交通バリアフリー法による旅客施設等の重点整備 など,そ の対策は着実に進行している.一 方で,過 疎化 が進行する地方部の集落では,都 市部以上に急速な少子 高齢化が進行 してお り,公共交通機関 の衰退 のみな らず, 医療,消 費等生活関連サービスが希薄なことから,さ ら なる地域コミュニティの弱体化を招いてお り,地 域の存 続さえ危ぶまれている集落も存在している.さ らに,平 成14年2月 か ら施行されたバスの需給調 整規制 の廃止 に伴 って,赤 字不採算路線 となる過疎集 落における路線 からの交通事業者の撤退は避けられないものとなる. 今後 は 自治体 が交 通サー ビスの提 供主体 とな って い く必要があるが,厳 しい財政状況の中で高いサービス水 準での公共交通サービスの提供は困難であることが予想 され、シビル ミニマム 的な観点か らのモ ビリティの確保 のための施策が中心となる.こ のような過疎集落におい て,今 後の高齢者の生活を効率的,効 果的に支えていく ためには,交 通,医 療,福 祉に限 らず生活全般にわたる 視点から総合的な施策を推進する必要がある. 本研 究で は,過 疎地域 の集落 における高齢者のQOL (Quality of Life:生 活の質)に 着目して交通環境が各 種活動のしやすさに及ぼす影響を分析する.ま た,高 齢 者の生活を支えていくために,交 通だけでなく各種活動 全般にわたる視点から総合的なQOLを 向上させる要因 を明 らか にする.さ らに,交 通のLOSと 各種活動を支 援する施策の代替関係に関 して詳細 な分析 を行 って,過 疎集落 に望 ましい総合的な施策のあ り方を検 討す る. 2. 高齢 者 に対 す る各 種 サ ー ビス とQOL (1)高齢者の活動や施設サー ビスに関する既往研究 前述 のよ うな背 景の中,高 齢者 の生活活動 に着 目した 交通行 動に関する研究や交通サー ビスだ けでな く福祉サ ー ビスや各種施設整備 計画 に関す る研究が数多 くな され てきている.高 齢者に対する施設サービスに関する研究 としては,福祉施設整備に関する研究が増加しつつある. 近藤 ら1)は,高 齢者介護サービスの地域的な需給アンバ ランスに着目して,移 動時間に待ち時間を加えた総所要 時間最小化から適切な施設配置法を提案している.春 名 ら2)は,広 域連携型高齢者福祉サービスに関して,地 域 に配置された拠点施設に必要な機能の規模等をモデル分 析 を通 して検 討を行 って いる.こ れ ら施設サイ ドか らの 分析からは,在 宅介護サービスや施設サービスにおける 移動の最適化が考慮されることとなる.高 齢者の生活や 活動を支援するためには,こ のような施設配置の最適化 に加えて,施 設の立地や移動利便性の向上が及ぼす影響 を明 らか にする ことも重要 となる. 木村ら3)は,高 齢者の交通確保の課題に対して,交 通 サイ ドからの対策だけでなく,都 市施設の密度や配置が 高齢者 のアクテ ィビテ ィに及ぼす影 響を3都 市圏のPT データか ら分析を行っている.ま た大森ら4)は,高 齢者 の通 院活動 に対 して時空間 プリズム制約下での外出活動 実行 可能性 の指標 を抽 出して,病 院移転 におけるアクセ シビリティを分析することによって,交 通供給サイ ドと 活動 機会サ イ ドの施策 の評価 を行 って いる.このよ うに, 今後 の高齢 社会における交通 システム整備 を考察する上 では,高 齢者の各種活動のしやすさを交通サービスの提 供 と活動施設の整備や配 置 という両面か ら検討 して いく ことが不可欠である. 本研 究で は後段 の諸研究 と同様 に交通 サー ビス と施 設サー ビスの評価 に着 目する ものであるが,特 に超 高齢 化が進む過疎集落に対する施策評価に対する分析を行う ものである.具 体的には,交 通や各種活動に関するサー ビス水準の総合的な指標として過疎集落におけるQOL を定義した上で,交 通とQOLの 関係や因子間の トレー *1キ ー ワ ー ド:交 通弱者対策 ,交 通計画評価 *2正 ,工 修,広 島大 学 大 学 院 国 際 協 力研 究科 (出 雲 市 渡 橋 町327-1TEL0853-22-9690 Fax0853-22-9715) *3正 ,工 博,広 島大学大学院国際協力研究科 (東広 島市 鏡 山1-5-1TEL&FAX0824-24-6921) ―725―

高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生 …...【土木計画学研究・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 】 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生 …...【土木計画学研究・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 】 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1

【土木計画学研究 ・論文集  Vol.19no.4  2002年9月 】

高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1Relationship between Level of Travel Service and Quality of Life

for the Aged in Depopulated Communities

森 山 昌幸*2藤 原 章 正*3杉 恵 頼 寧*3

By Masayuki MORIYAMA, Akimasa FUJIWARA, Yoriyasu SUGIE

1. はじめに

我が国においては,急 速に高齢化が進展しており,

2015年 には国民の4人 に1人 が高齢者となる本格的な

高齢社会が到来すると予測されている.こ のような中,

交通システムをはじめとする各種社会資本整備において

は,活 力ある高齢社会づくりに向けた整備や評価手法を

確立する必要があり,法 整備,各 種事業,事 業評価に関

する研究等が活発に進められている.

具体的な高齢社会に向けた各種施策を見ると,都市部

ではコミュニティバスやLRT等 による公共交通機関の

充実や交通バリアフリー法による旅客施設等の重点整備

など,そ の対策は着実に進行している.一 方で,過 疎化

が進行する地方部の集落では,都 市部以上に急速な少子

高齢化が進行しており,公共交通機関の衰退のみならず,

医療,消 費等生活関連サービスが希薄なことから,さ ら

なる地域コミュニティの弱体化を招いており,地域の存

続さえ危ぶまれている集落も存在している.さ らに,平

成14年2月 から施行されたバスの需給調整規制の廃止

に伴って,赤 字不採算路線となる過疎集落における路線

からの交通事業者の撤退は避けられないものとなる.

今後は自治体が交通サービスの提供主体となってい

く必要があるが,厳 しい財政状況の中で高いサービス水

準での公共交通サービスの提供は困難であることが予想

され、シビルミニマム的な観点からのモビリティの確保

のための施策が中心となる.こ のような過疎集落におい

て,今 後の高齢者の生活を効率的,効 果的に支えていく

ためには,交 通,医 療,福 祉に限らず生活全般にわたる

視点から総合的な施策を推進する必要がある.

本研究では,過 疎地域の集落における高齢者のQOL

(Quality of Life:生 活の質)に 着目して交通環境が各

種活動のしやすさに及ぼす影響を分析する.ま た,高 齢

者の生活を支えていくために,交 通だけでなく各種活動

全般にわたる視点から総合的なQOLを 向上させる要因

を明らかにする.さ らに,交 通のLOSと 各種活動を支

援する施策の代替関係に関して詳細な分析を行って,過

疎集落に望ましい総合的な施策のあり方を検討する.

2. 高齢者に対する各種サービスとQOL

(1) 高齢者の活動や施設サービスに関する既往研究

前述のような背景の中,高 齢者の生活活動に着目した

交通行動に関する研究や交通サービスだけでなく福祉サービスや各種施設整備計画に関する研究が数多くなされ

てきている.高 齢者に対する施設サービスに関する研究

としては,福祉施設整備に関する研究が増加しつつある.

近藤ら1)は,高齢者介護サービスの地域的な需給アンバ

ランスに着目して,移 動時間に待ち時間を加えた総所要

時間最小化から適切な施設配置法を提案している.春 名

ら2)は,広域連携型高齢者福祉サービスに関して,地 域

に配置された拠点施設に必要な機能の規模等をモデル分

析を通して検討を行っている.こ れら施設サイドからの

分析からは,在 宅介護サービスや施設サービスにおける

移動の最適化が考慮されることとなる.高 齢者の生活や

活動を支援するためには,こ のような施設配置の最適化

に加えて,施 設の立地や移動利便性の向上が及ぼす影響

を明らかにすることも重要となる.

木村ら3)は,高 齢者の交通確保の課題に対して,交 通

サイドからの対策だけでなく,都市施設の密度や配置が

高齢者のアクティビティに及ぼす影響を3都 市圏のPT

データから分析を行っている.ま た大森ら4)は,高齢者

の通院活動に対して時空間プリズム制約下での外出活動

実行可能性の指標を抽出して,病 院移転におけるアクセ

シビリティを分析することによって,交 通供給サイドと

活動機会サイドの施策の評価を行っている.このように,

今後の高齢社会における交通システム整備を考察する上

では,高 齢者の各種活動のしやすさを交通サービスの提

供と活動施設の整備や配置という両面から検討していく

ことが不可欠である.

本研究では後段の諸研究と同様に交通サービスと施

設サービスの評価に着目するものであるが,特 に超高齢

化が進む過疎集落に対する施策評価に対する分析を行う

ものである.具 体的には,交 通や各種活動に関するサー

ビス水準の総合的な指標として過疎集落におけるQOL

を定義した上で,交 通とQOLの 関係や因子間のトレー

*1キ ーワー ド:交 通弱者 対策,交 通計画評価

*2正 員,工 修,広 島大 学大学院国際協 力研 究科

(出雲市渡橋 町327-1TEL0853-22-9690

Fax0853-22-9715)

*3正 員,工 博,広 島大学大学院国際協 力研 究科

(東広 島市 鏡山1-5-1TEL&FAX0824-24-6921)

―725―

Page 2: 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生 …...【土木計画学研究・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 】 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1

ドオフ,優先度等に関して詳細な分析を行うものである.

(2) 過疎集落におけるQOLの 定義

QOLを どのように考えるのかは,研 究者の持つ問題

意識のあり方や分析のフレームワークによって様々な状

況である.各 省庁の白書や報告書において一般 化した用

語ではあるものの,社 会資本整備 ・医学 ・社会心理学 ・

老年学など各々の分野で固有の定義のもとに使われてき

た.特 に高齢者施策に対しては,近 年QOL向 上のため

にADL (activities of daily living)評価を取り入れる試

みも多くなされている.交 通計画の分野では,高 齢化が

進行するイギリス北東部のSunderlandに おけるデマン

ドバス(Dial-a-Ride)開 設に伴う事前事後のアンケー

ト調査から,そ のインパクトをQOLの 変化によって評

価している.ここでQOLを 構成する要素として、自立,

社会との関わり,生 活の満足度,経 済,社 会活動への参

画を抽出してその効果を計測している5).

このようにQOLに よる評価は,心 理学,社 会学等各

分野で適用されているが,特 に医療の分野においては,

このQOLを 用いた指標を医療の目標設定や終末期医療

における治癒的医療と緩和医療の関係等様々な議論がな

されている6),7).金子ら8)は,QOLの 一般理論において,

QOLの 評価を生活者の意識面中心に考えるか,置 かれ

ている環境状態について考えるかという2つ の傾向があ

ることを分析している.前 者では,生 活者が生きた結果

満足ないし充実しているかどうかに着目しているのに対

して,後 者では,環 境が生活者にどれだけの快適さ等を

提供しているかに着目している.

以上のように多様な考え方が混在するQOLに ついて,

本研究では過疎集落の高齢者に対する交通サービスで代

替可能な要因のみを取り上げて定義付ける.具体的には,

過疎集落の高齢者のQOLを,各 種生活環境に対する総

合的な満足度と定義する.そ して,こ の総合的な満足度

は,各 種生活環境に関する満足度から構成されるものと

仮定する.さ らに,免 許保有や居住地域等の個人の移動

環境(移 動可能性)が,各 種生活環境に影響を及ぼすも

のと仮定する.こ れら仮定からQOLは 下式のように記

述できる.

(1)

こ こ に,

L1:移 動の しやす さの満足度

L2:診 療の受けやす さの満足度

L3:福 祉サー ビスの受 けやす さの満足度

L4:買 物の しやすさの満足度

L5:知 人友人 との交流の しやす さの満足度

L6:文 化 ・スポーツの しやす さの満足度

L7:個 人の移動可能性

本研究で提案するQOLを 構成する各種生活環境は,

地区内での施設整備や地区内への出張サービスに対する

地区外の拠点施設に訪問してのサービス享受といった交

通条件の改善によって代替可能なものを抽出している.

具体的には,医 療福祉や買物といった生活の基礎となる

ものから知人との交流や文化スポーツといった生活にお

ける余裕的なものまでを用いている.ま た,式(1)で示し

たQOLは,評 価対象となる地区における総合的な生活

環境の満足度を評価するものであり,地域間の生活環境

水準を比較する指標ではない.つ まり,本研究における

QOLは,特 定の地域において限られた投入コストを各

施策に振り分ける際の施策間の代替関係を評価するため

のものである.

3. 交通LOSと 生活に関する調査結果

(1) 調査の概要

本研究では,今 後の超高齢社会における過疎地域の集

落を考察するために,高 齢化率56.8%と いう状況にある

島根県大社町鵜鷺地区を対象にして調査を行った.当 該

地区は半島部に位置しており,道路状況は劣悪であると

ともに,路線バスは1日4往 復,町中心部までの運賃500

円以上と交通のLOSは 低いものとなっている.医 療に

関しては,地 区内に週2回 の診療を行う診療所があるも

のの,緊 急時には町中心部の医院や隣接する出雲市の総

合病院での受診が必要となる.

調査の内容と結果の概要を表1,表2に 示す.本 調査

では全ての世代の行動を把握するために,中 学生以下を

除く全住民を対象に実施して,自 治会を通じて配布 ・回

収を行うことによって高い回収率を得ることができた.

また,追 加調査として各世帯を訪問してインタビューに

よるコンジョイント調査を実施した.

表1 調査の内容

表2 調査結果概要

―726―

Page 3: 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生 …...【土木計画学研究・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 】 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1

(2) 世代別の活動目的別外出行動

本対象地域における主な利用交通機関を図1に 示す.

(数値は該当人数)

図1 主な利用交通機関

50代 以下では80%以 上が自分で運転する自動車 ・バ

イクを利用しているのに対して,60代 以上では半数以上

が路線バスを利用するとともに,約25%が 自動車同乗に

よって移動手段を確保しており,高齢者ほど自由な移動

に制約があることが確認できる.

上述のような年代による移動条件の基で,図2に 年代

別の活動目的別の外出先の構成割合を示す.医 療機関で

の受診先を見ると,50代以下では約8割 が地区外病院を

利用するのに対して,60代 以上では約半数が地区内診療

所の利用を行っていることがわかる.同 様に,日 用品の

買物先では,50代 以下がほとんど地区外で買物を行うの

に対して,60代 以上では3割 強が地区内で買物を行って

いる.趣 味 ・娯楽は全年代において行動そのものが少な

くなっているとともに,50代 以下では3割 強が地域内で

あるのに対して,60代 以上では約半数が地区内での行動

となっている.知 人・友人への訪問先を見ると,50台 以

下では約4割 が地区内であるのに対して,60代 以上では

約7割 が地区内となっている.こ のように移動に制約を

(数値は該当人数)

図2 活動目的別外出先の構成割合

持つ高齢者は,全 ての活動において地区内での外出行動

が多くなっており,移動制約によって行動範囲が狭くな

ると同時にサービス水準が低い各種活動を選択しなけれ

ばならない状況となっていると考えられる.

(3) 活動別生活しやすさの満足度

上述のように移動制約のある高齢者では,各 種活動範

囲が狭く,サ ービス水準の高い活動を享受する機会が少

なくなっている.こ こでは前述のQOLに 着目して,交

通条件の改善といった方策だけではなく,生 活全般に渡

る総合的な対策を検討するために,「各活動のしやすさ

の満足度」と 「総合的な生活のしやすさの満足度」を分

析する.

「移動のしやすさ」では,全 年代でほぼ半数が不満足

となっている.こ れは公共交通機関利用者のみならず,

道路状況の悪さから自動車利用者の満足度も低いことを

示している.「診療の受けやすさ」では,50代 以下より

若干60代 以上の満足度が高く,利用度の高い地区内の

診療所の評価が反映されていると考えられる.「福祉サービス」は50代 以下の利用はほとんどないため,約7

割が 「どちらでもない」と回答している.「買物のしやす

さ」,「文化 ・スポーツのしやすさ」,「知人等交流のしや

すさ」では,全 て60代 以上の方が高い満足度を示して

おり,同様に 「総合的な生活のしやすさ」についても

図3 活動別及び総合的な生活のしやすさの満足度

―727―

Page 4: 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生 …...【土木計画学研究・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 】 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1

60代 以上の満足度が高い結果となった.高齢者は移動制

約の多さから活動範囲が狭く,享 受できる各種サービス

の水準も低いものの,生 活を営んでいく上で必要以上の

サービスを求めておらず現状に満足している傾向が大き

いものと考えられる.

4. 移動の しやすさと生活 しやすさの要因分析

移動制約を持つ高齢者の生活のしやすさを向上させ

る要因を明らかにするために,総 合的な生活のしやすさ

の代理指標として前述の 「QOL指 標」を用いて,「移動

のしやすさ」と 「各種活動のしやすさ」との間の因果構

造について共分散構造モデルにより分析する.モ デル構

築にあたっては,「個人の移動可能性」は 「移動のしやす

さ」を含む全ての活動のしやすさに影響を与えるとし,

「QOL指 標」は 「移動のしやすさ」と各種活動のしや

すさによって規定されるものと仮定している.ま た,生

活のしやすさに影響を及ぼす活動の指標として,「医療

健康福祉の受けやすさ」,「買物のしやすさ」,「交流のし

やすさ」を採用している.

共分散構造モデルは,式(2)の構造方程式と式(3)の測定

方程式から構成されている.構 造方程式は観測されてい

ない潜在変数間の因果関係を表現した式で,測 定方程式

は潜在変数から観測変数への影響を現す式である.

(2)

(3)ここに η:内 生潜在変数 ξ:外 生潜在 変数

x:観 測変数 ζ,ε:誤 差変数

B,Γ,Λ:未 知パ ラメータマ トリクス

各観測変数と潜在変数は表3に 示す定義のとおりであ

り,因果構造を表す全体モデルのパスを図4に 示す.モ

デルの推計はAmos4.0を 用いて行った.各 パスのパラ

メータは,符 号が正であれば両変数間には正の因果関係

があることを示している.またt値 が1.96以 上であれば

当該パスは本モデル内で有意であることを示している.

潜在変数 「個人の移動可能性」の観測変数を見ると,

「年齢」のみが負であり,「免許証保有」や 「世帯内自動

車」が正であることから,個 人の活動ポテンシャルの大

きさを示している.

表3 共分散構造モデルで用いる変数の定義

※数字はパラメータ推定値(t値)有 意でないパス

t値の(-)は パラメータ推定の基準となるパス

図4 移動しやすさ及び各種活動のしやすさとQOLの 間の因果構造モデル

―728―

Page 5: 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生 …...【土木計画学研究・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 】 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1

各潜在変数問のパスでは,「個人の移動可能性」から

「移動のしやすさ指標」へのパスは正であり,活動ポテ

ンシャルが高いほど移動のしやすさは高くなることがわ

かる.

「移動のしやすさの指標」から 「交流のしやすさ」,

「買物のしやすさ」へのパスは正であり有意となってい

る.こ のことから,移動のしやすさが生活の質や買物の

しやすさを向上させていることがわかる.「個人の移動

可能性」から 「医療健康福祉の受けやすさ指標」のパス

は負であり有意となっている.こ れは活動的な人や若年

齢層にとっては,一般 的に医療 ・福祉サービスは必要と

していない人が多いこと,慢性疾患を持つ高齢者が身近

な医療サービスを必要とするのに対して,若 年層では緊

急時の医療サービスがより重要であるためであると考え

られる.

「QOL指 標」へのパスは全て有意にならなかった.

これは対象地区に居住する高齢者の総合的な生活のしや

すさの満足度に対する意識が,本 研究で仮定しているよ

うな各種生活環境から合理的に構成されるものではなく,

より高い水準を知らないことに起因する現在の水準での

満足やあきらめ感から形成されていることが考えられる.

これに関しては,今 後住民参加による地域づくりや学習

を通じた意識の変化によって,生 活利便性に対してより

正確で的確な評価がなされるものと思われる.

また,各 活動のしやすさ指標からのパスは全て正であ

り,各種活動がしやすくなることによって生活のしやす

さは向上することが確認できる.ま た,各 潜在変数の中

でも 「医療健康福祉の受けやすさ指標」からのパスのパ

ラメータ値が最も大きく,超 高齢化の中にある過疎集落

において総合的な生活の質を向上させるためには,医

療・福祉サービスの充実が最も重要であることが確認で

きた.

5. 交通サービス改善と施設整備との代替関係

(1) コンジョイント調査の概要

ここでは,前 章で分析を行ったQOLを 向上させる各

種施策に対して,限 られた財政条件の中で効率的に総合

的な施策を実施していくために,交 通サービスと買物や

医療といった生活施設の整備施策との代替関係を分析す

る.分析には,マーケティングリサーチの分野で発展し,

近年土木計画の分野での適用事例が多くなっているコン

ジョイント分析を適用する9).コ ンジョイント分析は,

サービスや商品が持つ属性間の代替関係の分析に効果的

な手法であり,属 性とその水準の組み合わせで記述され

たプロファイルに対する個人の選好を順位づけデータに

よって分析するものである10).

調査対象地区は図5に 示すように2つ の集落から構成

されており,集落間の道路が未整備であるためバスの通

行は不可能であり,2系 統のバスが各々運行している状

況である.現 在,両 集落間の道路整備が進捗中であり,

平成14年 度からは,バ ス路線は1系 統になる予定であ

る.ま た,診 療所は鷺浦地区にのみ存しており,鵜 峠地

区からの診療所訪問にはタクシーを利用している.同 様

に商店に関しても鷺浦地区にのみ存している状況である.

図5 対象地区の現況

このような現状を背景にして,新 しいバスのサービス

を検討するとともに,様 々な生活支援のための施策を検

討するためにコンジョイント調査を実施した.具 体的に

は,バスの料金や運行本数といった交通のサービス水準,

診療所の設置場所,電 話等で注文可能な買物宅配サービ

スの有無といった4つ の要因に関して,表4に 示すプロ

ファイルを適用した.

本研究では,実 験計画法の直交配置表によって27個

のプロファイルを作成して,1被 験者に対して9個 のプ

ロファイルの順位づけデータを収集した.

表4  プロファイルの各要因サービスレベルの設定値

(2) ランクロジ ッ トモデル とデ ータのセグ メン ト

得 られた順位 づけデータに対 して,下 式 に示すRank

Logitモ デル を適用 して分析を行 った.

(4)

P(1,2  ,n):選 択肢1が 第1位 に,選 択肢2が 第2位

に とい うよ うに選好順位がつ け られ る確率

V:効 用関数 の確定項

―729―

Page 6: 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生 …...【土木計画学研究・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 】 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1

式(4)は,順 位づけの確 率を選択肢n個 の中か ら1番 目

が選 ばれ る確率,1番 目の選択肢 を除 いた残 りの中か ら

2番 目の選択肢が選 ばれ る確率,と いった各順位での確

率 の積 として表現 した もので ある.

マー ケテ ィング リサーチ の分野で は,こ のRank Logit

モデル を適用 して個 人のパ ラメー タを推定 し,ク ラスタ

ー分析等 によってセ グメン トを行 って,商 品の属性 に関

す る感度 を詳細 に分析 して いる11).本 研究 では,個 人間

による意識や選好 の違 いよ りも年齢や居住地 といった社

会 経済 属性 による違 いが顕著で あると考え られる ことか

ら,予 めデータをセ グメン トした上でセ グメン ト毎 に共

通のパ ラメータ推定 を行 った.具 体的 には,図6に 示す

よ うに地区,年 齢,免 許証の有無によってデータを6つ

のグループにセグメ ン トして,そ れぞれ のグルー プにつ

いてRank Logitモ デルの推定 を行 う.

図6 セグメントとランクロジットの最終尤度

βgをセ グメン トgの パ ラメー タベ ク トル とする と,

下式によってパラメータベク トル のセ グメン ト間の違 い

について検定 できる.

(5)

ここに,L(β)は,セ グメン トを行わな いプールデー タ

を用いたモデルの最終尤度であ り,L(βg)は セ グメン ト

gの デー タを用 いたモデルの最終尤度である.式(5)が,

自由度K(パ ラメー タ数)の カイ2乗 分布 に従 うため,

カイ2乗 検定 によ り,パ ラメータベク トル の差 の検定が

可能 となる12).

表5 セグメントの妥当性の検証

結果として地区によるセグメントと鷺浦地区におけ

る年齢(高 齢者,非 高齢者)に よるセグメントの間に有

意な差があることが明らかになった.こ れは両地区にお

ける各種施設のサービス水準が大きく異なること,鷺 浦

地区では鵜峠地区に比べて高齢化率が低いことに起因し

ていると考えられる.

(3) ランクロジットモデルの推定

有意となった上記セグメントデータを用いて,Rank

Logitモデルの推定を行った.推 定結果を表6に 示す.

尤度比を見ると,鵜 峠地区に比べて鷺浦地区では非常

に低い結果となった.鵜 峠地区の場合,診 療所や商店等

が現在なく,生活を営んでいくための各種サービス水準

が低いために,各施策の重要性が非常に高いのに対して,

鷺浦地区では現状のサービス水準が高いため施策に対す

る重要性が低くなっていると考えられる.

パラメータ値を見ると,3つ のグループともバス料金,

診療所ダミーが有意となっている.バ ス料金のパラメー

タの絶対値は鵜峠地区で大きくなっており,生活施設の

整備水準が低い当該地区においては,町 中心部に安く移

動できることが非常に重要であることがわかる.診 療所

両地区ダミーにおいても鵜峠地区の値が最も大きくなっ

た.こ のことから高齢化が進む当該地区において,集 落

内に診療所の設置を要望する意向が高いことがわかる.

バスの運行本数では,鵜 峠地区のみが有意となった.こ

れはバス料金と同様に,他 の施策のサービス水準が低い

当該地区におけるバス交通の重要性を示しているといえ

る.

表6 ランクロジットモデル推定結果

()内 はt値**1%有 意,*5%有 意

―730―

Page 7: 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生 …...【土木計画学研究・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 】 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1

(4) 両地 区のサー ビスの重要度の比較

両地区における各種サー ビスに関す る感度 につ いて詳

細な比較を行 うために,全 てのパラメータについて下式

に示すよ うにバス料金(Xfare)に 対す る各サ ービス変数

(Xm)の 相対 的重要度(Rm)を 算 出する.

(6)

βm,βfareは表6の パラメータで,鷺 浦地区は高齢者

の値を用いる.表7に よると,バ スの運行本数,買 物宅

配ダミー,診 療所両地区ダミーに関しては,両 地区とも

にほとんど同じ重要度を示した.こ れに対して,診 療所

立地の鷺浦地区1箇 所ダミーに関しては,鷺 浦地区で相

対的重要度が非常に大きくなった.鷺 浦地区には現在診

療所が存在しており,既 存施設が無くなる事に対して抵

抗感が非常に大きいことが原因であると考えられる.こ

のことから,過 疎集落における各種施策では,既 存施策

を有効に活用した施策を推進することが重要であること

が確認できる.

表7 両地区のバス料金に対する各変数の相対的重要度

6. おわりに

本研究では,今 後の超高齢化が進行する過疎地域の集

落における各種施策を分析するために,高齢化率56.8%

の集落で全住民を対象としたアンケート調査を実施した.

調査結果から,移動に制約を持つ高齢者は行動範囲が狭

くサービス水準が低い各種活動を選択せざるを得ないこ

と,必 要以上のサービスを求めておらず現状に満足して

いる傾向が大きいことが明らかになった.ま た,過 疎地

域の高齢者に対する交通サービスや各種生活サービスに

対する評価の指標としてQOL指 標を提案し,共分散構

造分析によるこれら施策間の因果関係を分析した結果,

移動のしやすさが向上することによって,各 種活動のし

やすさが向上することがわかった.ま た,過 疎集落の高

齢者のQOL向 上のためには,医 療福祉サービスの充実

が重要であることがわかった.

さらに,限 られた財政条件の中で総合的な施策を展開

していくために交通サービス改善と各種活動施設整備の

代替関係をコンジョイント分析を適用して分析を行った.

分析結果からは,各 種活動施設の整備水準が低い当地区

からは,町 中心部へ安く移動できることが重要であると

ともに,地 区内への医療施設の立地が重要であることが

わかった.

今後の過疎地域において高齢者等の生活を確保するバ

ス等公共交通機関の計画に当たっては,採 算性だけでな

く,本研究で定義したようなQOLの 向上といった指標

を適用する必要がある.今 後は本分析手法を適用した調

査を拡大して,過 疎地域の公共交通機関の評価指標とし

てのQOL指 標に関して研究を展開していく予定である.

本研究における鵜鷺地区住民アンケート調査に当たっ

ては,島 根県大社町企画課石田武氏をはじめとして健康

福祉課等関係各課のご協力を賜りました.こ こに記して

感謝の意を表します.

参考文献

1) 近藤光男他: 地方 中核都市 にお ける高齢者介護サー

ビス施設 の配置 計画 に関す る研究, 土 木計画 学研

究 ・論文集, No18(1), pp163-169, 2001

2) 春名攻他: 広域行 政の下 での高齢者福祉サー ビスシ

ステム 整備 計画問 題 に関する研 究, 土 木計画 学研

究 ・講演集, No23(1), pp159-162, 2000

3) 木村 一裕 他: 高齢 者のアクティビティに影響 を与 え

る要因について, 土木 計画学研究 ・講演集, No21(1),

pp543-546, 1998

4) 大森宣暁他: 生活活動パター ンを考 慮 した高齢者 の

アクセ シビリティ に関する研究, 土木計画学研究 ・

論文集, No15, pp671-678, 1998

5) David J.Ling, Russell Mannion: Improving Older

People's Mobility and Quality of Life: An Assess-ment of the Economic and Social Benefits of

Dial-a-Ride, Proceedings of the 7th International

Conference on Mobility and Transport for Elderlyand Disabled People, Berkshire, United Kingdom,

pp331-339, 19956) 森二三男, 北守昭: 高齢 者のQOLに 関する研究-

メ ンタル ・ヘルス ・ケア を中心に-,高 齢者問題研

究, 北海道 高齢者 問題研 究協会, No.8, pp11-18,

1992

7) 清水哲郎: 医療 におけるQOL概 念の再検討-基 礎

理論 と緩和医療への適用, 東北大学倫理学研究会 「モ

ラリア」3号, pp21-39

8) 金子勇, 松本洗: クオ リティ ・オブ ・ライ フー 現代

社会 を知 る, 福村 出版, 1986

9) 湯 沢昭, 須田熈: コ ンジ ョイン ト分析 にお けるプロ

フ ァイル の設 定方 法 とそ の課題, 土 木学会論 文集

No.518/IV-28, pp121-134, 1995

―731―

Page 8: 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生 …...【土木計画学研究・論文集 Vol.19no.4 2002年9月 】 高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析*1

10) 藤原章正他: 順位づけ した意識データの適用性 に関

す る研 究, 土 木 計 画 学 研 究 ・講 演 集No11,

pp699-706, 1988

11) 片平秀貴: マー ケティング ・サイ エンス, 東京 大学

出版会, 1989

12) Moshe Ben-Akiva, Steven R.Lerman: Discrete

Choice Analysis, The MIT Press, 1985

高齢社会における過疎集落の交通サービス水準と生活の質の関連性分析森山 昌幸 藤原 章正 杉恵 頼寧

本研究は,超 高齢化が進行する過疎地域の集落における交通及び生活活動施設の整備策について検討する

ために,高 齢化率56.8%の 集落で全住民を対象としたアンケート調査を実施した.過 疎地域の高齢者に対す

る交通サービスや各種生活サービスに対する評価の指標としてQOL指 標を提案し,共 分散構造分析によっ

てこれら施策間の因果関係を分析した.さ らに,限 られた財政条件の中で総合的な施策を展開していくため

に,交通サービス改善と各種活動施設整備の代替関係についてコンジョイント分析を適用して分析を行った.

Relationship between Level of Travel Service and Quality of Life for the Agedin Depopulated Communities

By Masayuki MORIYAMA, Akimasa FUJIWARA, Yoriyasu SUGIE This paper investigates various policies improving transport and everyday services for the aged indepopulated communities. A questionnaire survey is carried out for all citizens in a community wherethe aged ratio is 56.8%. A QOL indicator is proposed to evaluate transportation and the other everydayservices for elderly people in the depopulated area. A cause and effect relationship among each policy isobtained by application of co-variance structure analysis. Moreover, a tradeoff between transportationservice and other everyday services is analyzed using conjoint analysis.

―732―