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63 石油・天然ガスレビュー アナリシス 重質油の開発・油層評価技術の現況 -油層工学・油層シミュレーションに係る最新技術動向- じめに 重質油は、通常の中軽質油と比較して、原始埋蔵量がその数倍あると考えられており、非常に魅力的 な資源である一方、重質油特有の回収技術や改質技術を必要とすることから開発費が嵩 かさ むため、商業化 することが難しい。しかし、将来の原油需要を満たすために、近年重質油の開発が改めて注目されてお り、資源機構(JOGMEC)でも幾つかの調査を実施している。本稿では、重質油開発の代表的な回収法 である 1 次回収法、水蒸気圧入法の油層評価が通常の中軽質油と異なる点が多いことから、この二つの 回収法を中心に開発・油層評価技術並びに最近の動向を紹介する。 1-1. 重質油の定義と埋蔵量 重質油の定義は、業界や提唱者によって異なるが、広 くは UNITAR(United Nations Institute for Training And Research)の区分法が用いられており、油層温度で 測定した粘度に基づき、1万cPより大きいものをビ チューメン(bitumen)、それ以下を原油とし、さらに原 油はAPI比重によって超重質油(10 ゜API未満)、重質 油(10~20゜)、中軽質油(20 ゜超)に区分される。本稿 では、重質油、超重質油、ビチューメンを纏 まと めて、重質 油と総称している。 重質油の原始埋蔵量および可採埋 蔵量に関しても、調査機関 ・ 研究者に より数値は異なるが、代表的な結果を 表1 に示す。原始埋蔵量は、地域ごと でかなりばらつきがあり、北・中・南 米、旧ソ連で全体の92%を占めてい る。可採埋蔵量は、回収率にして15 ~ 40 %に相当し、重質油の回収率と してはかなり大きな値となっており、 これは今後の技術革新を見込んだ値 であると考えられる。 1-2. 重質油開発 重質油開発はベネズエラとカナダ を筆頭に、米国、イラク、メキシコ、 ロシアで進んでいるが、ここでは代表的な例として、カ ナダとベネズエラの開発状況を紹介する。 カナダではアルバータ州のAthabasca、Cold Lake、 Peace River の 3 地域を中心に重質油開発が進み、2 0 0 6 年時点のビチューメン生産量は 2 0 万 m 3 /d であり、今後 10年間で約48万m 3 /dへ増産する計画である。この地 域では 図1 に 示 す と お り、Cyclic Steam Stimulation (CSS)やSteam Assisted Gravity Drainage(SAGD)を適 用した商業プロジェクトが多数存在する。また、アルバー タ州とサスカチュワン州の境界付近には、重質油ベルト 1. 重質油の開発・油層評価の概要 JOGMEC 技術調査部 開発技術課 日本オイルエンジニアリング(株) 開発技術部 田中 浩之 栗原 正典 地域 原始埋蔵量 可採埋蔵量 重質油 超重質油・ ビチューメン 重質油 超重質油・ ビチューメン 北米 102 1,445 15 252 中・南米 1,493 1,178 389 206 旧ソ連 263 1,438 125 251 中東・アフリカ 303 19 137 3 アジア・オセアニア 84 0 27 0 ヨーロッパ 65 0 25 0 合計 2,310 4,080 718 712 重質油の原始埋蔵量・可採埋蔵量 出所:日本エネルギー学会誌 Vol.85, No.4 を筆者再編 単位:10 億バレル

重質油の開発・油層評価技術の現況...油はAPI比重によって超重質油(10゜API未満)、重質 油(10~20゜)、中軽質油(20゜超)に区分される。本稿

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63 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

アナリシス

重質油の開発・油層評価技術の現況-油層工学・油層シミュレーションに係る最新技術動向-

はじめに

 重質油は、通常の中軽質油と比較して、原始埋蔵量がその数倍あると考えられており、非常に魅力的な資源である一方、重質油特有の回収技術や改質技術を必要とすることから開発費が嵩

かさ

むため、商業化することが難しい。しかし、将来の原油需要を満たすために、近年重質油の開発が改めて注目されており、資源機構(JOGMEC)でも幾つかの調査を実施している。本稿では、重質油開発の代表的な回収法である1次回収法、水蒸気圧入法の油層評価が通常の中軽質油と異なる点が多いことから、この二つの回収法を中心に開発・油層評価技術並びに最近の動向を紹介する。

1-1. 重質油の定義と埋蔵量

 重質油の定義は、業界や提唱者によって異なるが、広くは UNITAR(United Nations Institute for Training And Research)の区分法が用いられており、油層温度で測定した粘度に基づき、1 万 cPより大きいものをビチューメン(bitumen)、それ以下を原油とし、さらに原油はAPI比重によって超重質油(10 A゚PI未満)、重質油(10 ~ 20 )゚、中軽質油(20 超゚)に区分される。本稿では、重質油、超重質油、ビチューメンを纏

まと

めて、重質油と総称している。 重質油の原始埋蔵量および可採埋蔵量に関しても、調査機関・研究者により数値は異なるが、代表的な結果を表1に示す。原始埋蔵量は、地域ごとでかなりばらつきがあり、北・中・南米、旧ソ連で全体の92%を占めている。可採埋蔵量は、回収率にして15~ 40%に相当し、重質油の回収率としてはかなり大きな値となっており、これは今後の技術革新を見込んだ値であると考えられる。

1-2.重質油開発

 重質油開発はベネズエラとカナダを筆頭に、米国、イラク、メキシコ、

ロシアで進んでいるが、ここでは代表的な例として、カナダとベネズエラの開発状況を紹介する。 カナダではアルバータ州のAthabasca、Cold Lake、Peace Riverの3地域を中心に重質油開発が進み、2006年時点のビチューメン生産量は20万m3/dであり、今後10年間で約48万m3/dへ増産する計画である。この地域では図1に示すとおり、Cyclic Steam Stimulation

(CSS)やSteam Assisted Gravity Drainage(SAGD)を適用した商業プロジェクトが多数存在する。また、アルバータ州とサスカチュワン州の境界付近には、重質油ベルト

1. 重質油の開発・油層評価の概要

JOGMEC技術調査部開発技術課

日本オイルエンジニアリング(株)開発技術部田中 浩之 栗原 正典

地域 原始埋蔵量 可採埋蔵量

重質油 超重質油・ビチューメン 重質油 超重質油・

ビチューメン

北米 102 1,445 15 252

中・南米 1,493 1,178 389 206

旧ソ連 263 1,438 125 251

中東・アフリカ 303 19 137 3

アジア・オセアニア 84 0 27 0

ヨーロッパ 65 0 25 0

合計 2,310 4,080 718 712

表 重質油の原始埋蔵量・可採埋蔵量

出所:日本エネルギー学会誌 Vol.85, No.4 を筆者再編

単位:10億バレル

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642009.1 Vol.43 No.1

JOGMEC

アナリシス

と呼ばれる比較的粘度の低い重質油層群が存在し、ここではCold Heavy Oil Production with Sand(CHOPS)法を中心とした重質油開発が行われている。 一方、ベネズエラの重質油開発地域は、西部のマラカイボと東部のオリノコに大きく分けられ、マラカイボエリアに存在する重質油は粘度が比較的高く、主としてCSSによって油を開発・生産してきたが、既に減退期となっている。また、東部のオリノコエリアには比較的粘度の低い重質油層が多数存在し、マルチラテラル坑井を

含む水平坑井を用いた1次回収法によって開発・生産を行っており、現在のベネズエラの中心的な石油開発プロジェクトとなっている。オリノコは現在の生産量約10万m3/dを開発エリアの拡大により、今後10年間で約19万m3/dへ増産し、水蒸気圧入などによって回収率の改善を図る計画である。

1-3. 重質油の主要な回収技術とその油層評価の概要

 重質油の回収技術も通常油の回収技術と同じく、1次回収法と増進回収(EOR)法に大別できる。1次回収法は貯留層にエネルギーを投入せずに油を回収する技術であるが、重質油の場合には油の粘度が高いため、自噴は期待できず、人工採油法が採用されている。これに対して貯留層に何らかのエネルギーを投入して油を回収する方法がEOR法である。これは熱エネルギーを投入する加熱法と熱エネルギー以外のエネルギーを投入する非加熱法に大別できる。油の粘度は加熱することによって大きく低下するため、重質油の回収ではEORとして加熱法が広く利用されており、その代表が水蒸気圧入法である。また、今のところ研究段階ではあるが、火攻法、地下改質法といった加熱法も提唱されている。電気エネルギーを熱エネルギーに変換して油層温度を上昇させる電気加熱法も一部で利用されているが、主力の回収法としてではなく、水蒸気圧入法の事前加熱などの補助的な利用法に限られている。 一方、熱を加えないEORとしては水攻法、炭酸ガス

圧入法など、通常油のEORとして利用されているものが挙げられる。1次回収法を含め、熱を加えない方法を総称してcold productionと呼ぶが、狭義にはcold productionとは重質油の1次回収法を指す。 油の粘度を低下させる目的で溶剤またはケミカルを貯留層に圧入する手法も提唱されているが、この手法は他の回収法と組み合わせて用いられることが 多 い。1 次 回 収 法 に 溶 剤 圧 入 法を 応 用したものがVapor Extraction

(VAPEX)であり、水攻法にケミカルを加えたものがポリマー攻法あるいはケミカル・界面活性剤攻法である。また、水蒸気圧入法に溶剤を加えたES-SAGD法、LASER-CSS法なども研究されている。これらの手法をまとめて図示したものを図2に示す。

カナダの重質 ・ 超重質油層、オイルサンド層群図1

出所:CIPC 2001-061

アルバータ州アルバータ州

サスカチュワン州サスカチュワン州

CHOPS

CSS/SAGD

1次回収法(Cold Production)・人口採油・CHOPS(Cold Heavy Oil Production with Sand)・水平坑井・マルチラテラル坑井

非加熱EOR法(Cold Production)・水攻法・炭酸ガス圧入法

・火攻法・地下改質

水蒸気圧入法

電気加熱法(事前加熱)

加熱EOR法

・水蒸気攻法・CSS(Cyclic Steam Stimulation)・SAGD(Steam Assisted Gravity Drainage)

溶剤ケミカル圧入法

VAPEX(Vapor Extraction)

LASER-CSS

ES(Expanding Solvent)- SAGD

ポリマー /アルカリ攻法

重質油開発の技術概要図2

出所:文献調査に基づき JOE 社が作成

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65 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

重質油の開発・油層評価技術の現況 -油層工学・油層シミュレーションに係る最新技術動向-

 これらの回収法のうち、現在の重質油回収に広く利用されている単純な1次回収法である人工採油、砂を産出しながら油生産を行うCHOPS、水蒸気圧入法の代表的手法であるCSS、SAGDを用いた場合に予想される平均的な油回収率および操業費(OPEX)を図3に示す。単純な人工採油では5 ~ 6%の回収率しか期待できないが、SAGDではそれが50%以上に達する例が多く見受けられる。一方、操業費は人工採油がUS $2 ~ 3/bblであるのに対し、SAGDではUS $30/bblを超えることも珍しくない。

2. 1次回収法(cold production)を対象とした開発・油層評価

 cold productionは重質油のなかでも比較的粘度が低く、油層条件で加熱しなくても油が流動し、経済性が成立する油層で実施される。cold productionの特徴として、フィールドで観測される生産挙動が通常の油層工学理論による評価値と異なり、①油層圧力の維持、②低い生産ガス油比、③高い生産量、④高い回収率などが観測されている。この現象は二つに分けられ、一つは生産が進みガスが湧

ゆう

出しゅつ

する時にガスが細かい気泡状に分散し、その結果として生じる油・ガス混合流体が独特な流動挙動

(foamy oil flow)を示すことと、もう一つは、砂生産坑井に限定されるが、砂生産により坑井近傍が空洞になること、または、高い孔隙率を有する砂層のチャンネル(wormhole)が形成されることにより坑井周辺の浸透率が改善されることが考えられている。cold productionが実施されている油層の代表例であるカナダとベネズエラの油層では、深度が150 ~1,300mと浅く、油層はもろい未固結砂層で構成され、孔隙率は30 %以上、浸透率は数ダルシーと非常によい性状を示す。

2-1.foamy oil flow

 先に示したとおり、特徴的な流体特性として、油が細かい気泡を含んだ流体(foamy oil)となる現象が地

上サンプルなどで観測される。油層においては、気泡はpore throat*1 より小さく、油と一緒に流動して非常に複雑な挙動を示す。この流動現象を“foamy oil flow”と呼び、現在多くの研究が行われている。 foamy oil flowの説明として最も一般的に用いられているのが、重質油層において高いドローダウン圧力で油層内に大きなviscous forceがかかることにより、分散ガス流動が発生することである。図4に示すように通常油、重質油ともに、減圧して沸点圧力を割ると溶解ガスの過飽和によって孔壁に沿った孔隙に気泡が生成するが、重質油の場合には、気泡の生成に必要な過飽和度が

回収技術別の回収率とOPEX図3

出所:文献調査に基づき JOE 社が作成

0

10

20

30

40

50

60

人工採油 CHOPS CSS SAGD

OPEX

回収率

回収率(%)、OPEX(ドル/バレル)

孔隙スケールの foamy oil flow の概念モデル図4

出所:文献調査に基づき JOE 社が作成

通常油

重質油

岩石粒子油

油層圧力減退

気泡生成 キャピラリー・トラップ

過飽和

Free gasへ成長

分散ガス流動、foamy oil flow

沸点圧力

Viscous force 小

Viscous force 大

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アナリシス

大きく、またその後に気泡が孔壁に沿った孔隙から離れて成長する過程で、viscous forceが大きいため、気泡がpore throatを通過できる非常に小さい段階で油と一緒に流動し始め、分散ガス流動を形成する。さらには成長し続けた気泡も孔壁との衝突により破壊されて、再び小さな気泡に分解され、分散ガス流動が維持される。なお、通常油の場合、viscous forceが小さいため、気泡は比較的長期間孔隙で成長し続け、pore throatサイズより大きくなった気泡はpore throatを通過できず(キャピラリー・トラップ)、さらにそのまま成長して隣接する孔隙の気泡と合体して次第に複数の孔隙を支配するガス相となり、最終的には連続相を形成するまでに至る。 foamy oil flowの重要な特徴として、以下の3点が挙げられる。

① 低ガス易動度 foamy oil flowでは、沸点圧力を割ることで油から遊離したガスは油の高粘度によって気泡状に分散し、なかなか連続相を形成しないため、ガス易動度の低い状態が長期間続く現象である。ガスが油層に残るため、ガスの圧縮性と溶解ガス押しの効果により、油層圧力が維持される。

② foamy oil形成による油相の粘度変化 実験による検証が困難であることから、現時点ではまだ明解な結論が得られていない。

③ ガス相と油相間の非平衡 重質油の高粘度とガスの低拡散性の影響により、油層圧力が減退する速度に対して、気泡の生成と成長によるガス相形成速度が遅くなるため、ガス相と油相の間に非平衡状態(ガスの過飽和)が発生する。圧力減退速度が速いほど、ガス相対浸透率が低く、臨界ガス飽和率が大きくなり、高い回収率が期待できる。

 通常油の相対浸透率は掃攻実験で決定されるが、重質油層、特にcold productionにおけるガス-油相対浸透率に関しては、掃攻実験で得られた相対浸透率をブラックオイル型シミュレーターで使用すると、foamy oil flowを再現できないため、大きな誤差につながる恐れがある。cold productionにおけるガス相対浸透率は、溶解ガス押しをコアスケールで再現したdepletion実験を行って推定することが必要である。また、重質油の溶解ガス押し型油層では、ガスが連続相を形成して、ガス単体の流動が開始する時のガス飽和率である臨界ガス飽和率は、遊

離したガスが気泡状に分散して連続相を形成しにくいため、通常油に比べて高くなる。 これらの現象(すなわちfoamy oil flow)に影響を与える因子としては、生産レートと油粘度といった物理パラメーターとアスファルテン含有率などの化学パラメーターの重要性が指摘されている。

2-2. CHOPS(Cold Heavy Oil Production with

Sand)法

 CHOPSは重質油層における1次回収法の拡張型であり、人工採油を使い積極的に砂を生産することで、生産能力を改善させる。これは、砂の生産によって坑井近傍に空洞またはwormholeが形成されることに起因するためと考えられている(図5)。代表的な例では、図6に示すように、同じ貯留層において、通常の生産井が2 ~ 5m3/d

Cold Production

Disturbed Zone Unconsolidated Reservoir

CHOPS

砂生産なし

with sand

without sand

00

5

10

15

20

25

360 720 1,080 1,440

Production Time(days)

Oil

Rat

e (m3 /day)

油生産量比較(CHOPS と砂生産なし)図6

出所:CIPC 2002-086

CHOPS 坑井の wormhole 概念図図5

出所:JCPT vol. 39, No. 4

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67 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

重質油の開発・油層評価技術の現況 -油層工学・油層シミュレーションに係る最新技術動向-

程度の生産量であるのに対して、CHOPS坑井では10 ~20m3/d前後へと増加していることが分かる。CHOPSは、カナダのLloydminster地区を中心とした南北に広がる重質油ベルト地帯(図1=P.64=参照)で主に適用されている。その他の地域では、砂生産は弊害として認識され、高コストをかけても砂生産制御技術を用いて砂生産を抑制しているケースが多いが、近年ではこのカナダの成功により、カナダの油層に類似した特徴を持つその他の地域でも適用が検討される傾向もある。2008年現在、カナダでは約1万坑井でCHOPSが採用されており、生産量は約 10 万 m3/dで、これはカナダの総生産量の約20%を占める。 wormholeの存在は、トレーサー試験、坑井試験、室内実験、および数値シミュレーションのヒストリーマッチングの結果から推測されている。この推測から、フィールドにおけるwormholeの主な特徴として、孔隙率は50%、直径は10cm ~ 1m(坑井からの距離に従って小さくなる)、全長(wormholeエリア半径)は150 ~ 200m程度になると考えられ、wormholeにより坑井間が連結するケースもある。

2-3.1次回収法の油層シミュレーション技術

 cold productionを対象とした油層シミュレーションでは、通常油層のシミュレーションに加え、①foamy oil flowおよび ②砂生産・wormholeを表現する必要があり、これらの現象の記述・表現手法はいずれも試行錯誤の段階にあるため、実際のシミュレーションではヒストリーマッチングによるパラメーターの調整が肝要となる。

① foamy oil flow 1990年代から多くの研究者が、想定する仮定および理論に基づいてfoamy oil flowのモデル化を行っているが、その多くは重質油と分散ガスの混合流体を擬似的に単相(foamy oil相)と見なして、その特性を定義するものである。基本的に商業シミュレーターでは、foamy oil flowの物理現象は取り扱っていない。したがって、商業シミュレーターを使用してfoamy oil flowのシミュレーションを実施する場合には、特別な手法を採用することが必要である。ブラックオイル型シミュレーターでは、ガス相対浸透率に極めて小さい値を入力することにより、foamy oil flowを単純化して表現する。一方で、

CMG社(Computer Modeling Group Ltd.)のシミュレーター STARSだけが持つ機能を活用して分散ガス成分を追加し、ガス相形成の非平衡を化学反応速度論モデルで定義することにより、近似的にfoamy oil flowを表現することができる。

② 砂生産・wormhole 通常の商業シミュレーターを使用して、wormholeネットワークの効果を再現するためには、坑井を中心とした範囲のグリッドブロックの浸透率を増加させたり、wormholeを擬似的に水平坑井で表現する方法がある。また先のSTARSでは、出砂が起こるエリアを指定し、出砂分を固相成分として定義して、砂の流動化は固相から液相への擬似的な化学反応によって表現することが可能である。この他にもカナダの研究機関ARC(Alberta Research Council)では砂岩構造の破壊や砂の移送の物理現象を定量化したモデルを構築している。

2-4.EORへの移行

 1次回収法による回収率は、砂を生産させた場合でも5 ~ 20%が限界である。したがって、油層にはまだ多くの埋蔵量が残っており、通常は1次回収の後にはEORが計画される。現在は、油の粘度が低いエリアでは水攻法、粘度が高いエリアでは水蒸気圧入法が中心に行われている。砂生産を行う油層では、生産前と1次回収後ではwormholeが形成されるなど油層の状態が変化しているため、例えば、水攻法では wormholeや foamy oil flowのガスの存在により水のチャンネルが形成されて失敗するケースが多い。

2-5.1次回収法の適用基準

 cold productionを適用するための条件としては、油層の深度がある程度深く(300m以上)、十分な油層圧力があること、浸透率が高く、油粘度が低く、溶解ガス油比が大きいことが挙げられる。特にCHOPSの適用に際しては、デッドオイル*2 の油粘度が2,000 ~ 3万cPであること、溶解ガス油比が6 ~ 8m3/m3 以上であること、適度な油層強度があること、初期水生産量が少なく、できる限り底水がないこと、初期油層圧力が高いことが望ましい。

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682009.1 Vol.43 No.1

JOGMEC

アナリシス

3. 水蒸気圧入法を対象とした開発・油層評価

 世界の多くの重質油層は、加熱することなく生産している。例えば、ベネズエラのオリノコエリアではcold productionで長期間にわたり高効率で重質油を生産している。しかし、高回収率を達成するためには、一般的に水蒸気圧入法がcold productionの後に採用されることになる。一方、cold productionによる生産に適していない重質油層では、開発初期から水蒸気圧入法が適用される。水蒸気圧入法を適用した場合、条件が良ければ、30 ~ 70%にわたる回収率を期待することができる。

3-1.代表的な水蒸気圧入法

 代表的な水蒸気圧入法として、水蒸気攻法、CSS法、SAGD法の三つが挙げられる。

① 水蒸気攻法 水蒸気を圧入井に圧入し、水蒸気で加熱して重質油の粘度を低下させ、水蒸気のフロントを水平に移動

(掃攻)させ、隣接する生産井から重質油を生産する方法である(図7)。この手法では、油と水蒸気の比重差の影響により、水蒸気が油層上部へ上昇(オーバーライド)し、油層上部を流動して早期に生産井へブレークスルーすること、および上部頁岩への熱損失が検討課題となる。

② CSS(Cyclic Steam Stimulation)法

 坑井に水蒸気をある一定期間圧入し、数日間密閉(ソーク)後、重質油を生産する方法であり、圧入・ソーク・生産を繰り返す。「ハフパフ法」とも呼ばれている(図8)。CSS法は、砂層の中に頁岩層の挟みがあっても、それほど影響を受けないという利点を持つ。またビチューメンの場合、地層破壊圧力以上の圧力でフラ

クチャーを形成しながら、水蒸気を圧入し、生産を行っているフィールドもある。

③ SAGD(Steam Assisted Gravity Drainage)法 上下ペアの水平坑井を使用し、上部の坑井から水蒸気を圧入し、下部の坑井からビチューメンを生産する手法

ガススクラバー

水蒸気発生器 圧入井

生産流体(油・ガス・水)処理施設 生産井

スチーム凝縮水 熱水 オイルバンク

石油油層水

圧入HUFF(Injection phase)Days to Weeks

密閉SOAK(Shut-in phase)Days Dissipating Heat Thins Oil

生産PUFF(Production phase)Weeks to Months

水蒸気

高粘性油

凝縮水 凝縮水凝縮水 /低粘性油水蒸気

生産流体

加熱ゾーン

HeatZoon

Heat Zoon

Area Heated by Convection from Hot Water

Viscous(Thick)

Oil

Viscous(Thick)

Oil

Viscous(Thick)

Oil

DepletedOil

Sand

CSS 法図8

水蒸気攻法図7

出所:JOGMEC

出所:JOGMEC

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69 石油・天然ガスレビュー

JOGMEC

重質油の開発・油層評価技術の現況 -油層工学・油層シミュレーションに係る最新技術動向-

である。坑井の上部で水蒸気が飽和しているゾーン(steam chamber)を形成し、隣接するビチューメンの温度を上昇させ粘度を低下させて、重力の影響により下の方向へ流動し、下部の坑井から生産することから、

「gravity drainage」と呼ばれている(図9)。 SAGD法による生産が順調な場合、原始埋蔵量の50~ 70%が回収され、その他の水蒸気圧入法よりも効率的な手法となる。ただし、頁岩層は流体の垂直フローを阻害するために、SAGD法はある程度まとまった厚さを持つ砂層に対して適用される手法である。

3-2.水蒸気圧入法の油層工学

 通常の油層工学と比較して、水蒸気圧入の場合に考慮すべき点は、相挙動・流体特性、岩石物理特性、岩石力学特性などが挙げられる。 相挙動・流体特性に関しては、室内実験によって高い温度におけるPVTデータを得るのは非常に困難である。したがって、温度・圧力の関数として、気液平衡係数

(K-value)*3をはじめとする各種パラメーター値を近似・推定することで、高い温度領域を含む重質油の相挙動および流体特性(粘度、密度など)を定義することが多い。また、理想的には加熱により気化する油相成分を最低一つは擬似成分として定義し、この成分の特性を室内実験

で測定するか、沸点温度あるいは分子量から推定することが望ましい。 相対浸透率などの岩石物理特性に関しては、通常の油層シミュレーションにおいても重要な役割を果たすが、水蒸気圧入を対象とした油層シミュレーションでは、さらに相対浸透率の温度依存(一般に温度上昇に伴い、不動水飽和率が増加し、残留油飽和率が減少する)などを推定することが必要である。また、熱の伝達を支配するパラメーターとして熱伝導率の推定も重要となる。 水蒸気圧入に伴うフラクチャリングや油層の熱膨張といった岩石力学特性の影響や効果などを分析することで、水蒸気圧入法の最適化を図ることが可能となる。また、一般的に重質油層の深度は浅く、十分に圧密されていないため、生産・圧入に伴う貯留層の圧密あるいは膨張変形の現象を考慮し、圧入圧力などを調整する。 水蒸気圧入法のシミュレーションには、CMG社のSTARSおよびSchlumberger社のEclipse-500といった、温度も未知数の一つとして解くことができる、いわゆる

「熱シミュレーター」が用いられている。特にCMG社のSTARSは、高温における流体特性、貯留岩特性の厳密なデータ設定を除くと、流体挙動を比較的精度よく再現しており、数多くのプロジェクトで実践的に使用されている。

3-3.水蒸気圧入法の改良技術

 通常の水蒸気攻法、CSS法、SAGD法では水蒸気のみを圧入することを想定しているが、さらなる油回収率の向上、水蒸気掃攻領域の拡大などを意図して、圧入流体や坑井配置などに種々の改良を加えた方法が提唱されてい る。 こ れ ら の な か で、X-SAGD法、ES-SAGD法、LASER-CSS法は特に注目を浴びており、実践的な利用に近いと考えられる手法である。

① X-SAGD(Cross-SAGD)法 図10に示すように、X-SAGDは生産井と圧入井が直交するように配置するものである。この方法では圧入と生産の区間を別々に横に移動させることで、圧入井から生産井へ水蒸気が短絡することを抑制・調節し、さらには圧入井-生産井間の距離を徐々に大きくすることによってsteam chamberの成長を促進し、油生産量を増加させることも可能となる。また、X-SAGDでは、生産井数と圧入井数を変えることが可能であるので、生産井数・圧入井数の比率を最適化することができる。

SAGD 法図9

出所:Oilfield Review 2002 Autumn

Steam injectionHeated heavy oil flows to well

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アナリシス

② ES-SAGD(Expanding Solvent-SAGD)法 ES-SAGDは水蒸気と溶剤のハイブリッド圧入法の一つで、単一溶剤(炭化水素添加物)あるいは複数溶剤の混合物が、SAGDプロセスで水蒸気とともに圧入される。ES-SAGDプロセスの場合、気化した溶剤が水蒸気とほぼ同じ条件で凝縮(液化)すること、すなわち圧入圧力で水とほぼ同じ沸点温度を持っていることが重要となる。図11にES-SAGDの概念図を示すように、低濃度の溶剤が、SAGDプロセスで水蒸気とともに圧入され、steam chamberの境界で水蒸気とともに凝縮して油に溶け、熱とともに油の粘度を低下させる。Suncor社、Petro-Canada社などによって既にES-SAGDのフィールド試験が実施されている。

③ LASER-CSS(Liquid Addit ion to Steam for Enhancing Recovery-CSS)法

 LASERはCSSの後期のサイクルで、水蒸気に加えてペンタン(C5H12)より重い成分の液体炭化水素を添加物として圧入する方法である。この手法はアルバータ州のCold Lakeフィールドで適用され、近隣の通常のCSSによるビチューメン生産レートの倍の生産効率を達成している。CSSによる排油機構は初期の段階では油層の圧密と溶解ガス押しであり、SAGDとは異なるが、後期のサイクルでは重力押しによるメカニズムも加わる。図12に示すように、LASERによる油の増産メカニズムは、SAGDの溶剤圧入によるものと類似している。

3-4. モニタリング技術

 近年のモニタリング技術の進歩はめざましいが、重質油開発においてもさまざまなモニタリング手法が用いられており、圧力計、温度計、変位測定器、検層、地震探査、その他(地表の傾斜計、重力計など)を使用し、高精度化が図られている。水蒸気圧入法においては、流体生産開始後の水蒸気および熱の移動挙動がとらえられれば、長期の挙動予測が可能になる。例えばSAGDでは、光ファイバーケーブルによる温度モニタリング、地表変形モニタリング(図13)、Time-lapse 3-D seismicモニタリングなどによって、水蒸気を圧入したときの油層の膨張範囲や膨張に消費された水蒸気量を知ることができる。さらには複数の観測井を配置し、そこでの圧力・温度を連続的に測定し、ビチューメンと水の水平方向の流動挙動の理解に利用されている。

水蒸気

気化した溶剤

凝縮した溶剤

X-SAGD 法図10

ES-SAGD 法図11

出所:SPE 97647

出所:SPE 101717

LASER-CSS 法図12

出所:SPE 79011

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3-5.水蒸気圧入法の適用基準

 一般に、SAGDおよびCSSは厚い砂層から重質油を生産するために使用される。SAGDは、steam chamberを生成させるために、貯留層の最も厚く、最も良好な部分を対象とし、限定された領域からの油回収量の増加を意図したものである。薄い砂層では熱損失が大きく、経済的に対象外となる。砂層に頁岩層が挟まれている場合、頁岩は流体の垂直の流動を制御し、熱損失の原因となる。高圧のCSSオペレーションでは、薄い頁岩層を破砕し、より多くのビチューメンに水蒸気を接触させることが可能であるが、比較的操業圧力の低いSAGDを適用する

ためには、貯留層は良好な垂直と水平浸透率を持つことが必要である。現在の商業SAGDプロジェクトでは、層厚は少なくとも25m程度は必要で、CSSが適用可能な油層の最小層厚は3m程度である。 水蒸気圧入井での熱損失を考慮すると、SAGD、CSSともに適用可能油層深度が制限されるが、アルバータ州のCold LakeとPeace Riverの中でも深い貯留層ではCSSがSAGDより有効と言われている。ほとんどのCSSとSAGDプロジェクトにおいては、ボイラーによって75%蒸気+25%熱水(水蒸気クオリティー 75%)が生成され、通常220 ~ 288ºCで圧入される。

4. その他のEOR/IORの開発・油層評価

4-1.水攻法

 重質油を対象とした水攻法は1960年代から約50年間にわたり、主に南カリフォルニアおよびサスカチュワンで実施されており、そのほとんどが垂直坑井を使用している。重質油を対象とした水攻法も基本的には通常油の理論に従い、経験に基づいて操業技術を最適化してきているが、通常油の場合と最も異なる点は、易動度比が非常に大きいためブレークスルーが早く、掃攻している期間より掃攻後の期間の方が長いことである。通常油の場合、ブレークスルーが起こることは生産終了が近いことを意味する。しかし、重質油では可採埋蔵量のほとんどが水のブレークスルー後の高い含水率の生産で占められ、含水率が95%を超えても生産を継続している油田も数多く存在する。生産流体を処理して得られた水を圧入水として使用することにより、水を循環させて、油を水に付随させて生産する。なお、水攻法の適用限界は、

油粘度では1,000 ~ 2,000 cPまでとされている。

4-2.火攻法

 火攻法(in situ combustion)は、酸素または空気を油層に連続的に圧入する油回収プロセスで、圧入された酸素または空気は油層中で炭化水素と反応し、非常に高温の熱エネルギーを発生する(600 ~ 800℃)。燃焼フロントの前進に伴い掃攻領域が拡大するが、燃焼フロントでは一部の油が燃焼し、CO2、COとN2 が混合した燃焼ガスを発生する。燃焼フロントの前方の一部にはオイルバンクが形成される(図14)。燃焼フロントが接触しない部分は熱の効果を受けないが、燃焼ガスによる掃攻が期待できる。ガスの熱容量が小さいため、熱効率を改善するよう水を同時に圧入し、熱水・水蒸気として前方へ移動する湿式火攻法も設計されている。回収率は非常に高く、80%まで期待できる。

(b)地表変形モニタリング結果(a)微小地震探査モニタリング結果

微小地震探査モニタリングと地表変形モニタリングの組み合わせによる圧入水蒸気挙動の推定例図13

出所:SPE 110634

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 火攻法では、炭化水素と酸素によって、低温酸化(LTO;200 ~ 300℃)あるいは高温酸化(HTO;600 ~800 ℃)という二つの反応を起こす。中軽質油層ではLTOが起こるが、重質油層では必ずしもHTOが起こるとは限らず、完全酸化が起きた場合にはHTOとなり、部分酸化が起きた場合にはLTOとなる。条件が適切であれば、8%程度の油が燃料として消費され、残りの油は燃焼ゾーンから押し出され、オイルバンクを形成しながら生産井に向かう。重質油層に火攻法を適用して成功を収めた比較的大規模な商業プロジェクトとしては、ルーマニアのSuplacu de BarcauフィールドやインドのBalolおよびSanthalフィールドが挙げられる。

4-3.VAPEX(Vapor Extraction)法

 VAPEXは、溶剤を圧入して重質油を希釈し、重質油

の粘度を低下させて排油する方法である。溶剤には、プロパン(C3H8)、ブタン(C4H10)などの単体、またはこれらの混合物が用いられる。油の粘度低下は、溶剤による希釈効果とアスファルテンの析出によってもたらされる。油が希釈されることにより、重質油の重質成分で高粘度の原因ともなっているアスファルテン分子が孔隙に析出するため、改質効果もある。また、VAPEXは非熱攻法に分類され、熱を使用しないため環境負荷が小さく、経済性が良いなどの利点もある。特に、熱攻法で問題となる熱損失が問題とならないため、カナダの cold production地帯をはじめとする層厚の薄い世界の重質油層で期待されている。 基本的な坑井配置はSAGDと同じ形式で、2本の水平坑井を垂直に並べて配置して(坑井ペア)、上部の水平坑井に溶剤を圧入し、希釈された油を下部の水平坑井に重力排油する(図15)。しかし、これは基本的な坑井配置であり、最近ではさまざまな坑井配置が研究されている。

5. 主要石油会社による重質油の開発・油層評価

 訪問調査は、カナダのカルガリーとエドモントンに拠点を置く石油会社・研究機関・大学、およびベネズエラ・カラカスの石油会社、米国・カリフォルニアの大学を訪問し、重質油開発に対する日本の姿勢を説明するとともに、これら重質油先進機関における重質油開発・重質油層評価の現状を聞き取り調査し、さらには関連課題や将来展望について意見を交換した。 これらの訪問調査を通して、カナダ、ベネズエラおよ

び米国における重質油開発を先導・支援している公的機関、実際の開発に参画している民間会社、先端技術を研究している研究機関、大学などの全貌が図16に示すようにある程度明確になってきたと考える。

5-1.生産・操業

① SAGD カナダでは、オイルサンド鉱区の開発ポテンシャルが

垂直坑井を使用した火攻法図14

出所:CIPC 2007-217

VAPEX 法図15

出所:SPE 50914

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高く、cold productionで回収できるような通常の重質油の開発からビチューメン開発にシフトしてきている。Athabasca地区の平均的な油(ビチューメン)は、比重が7 ~ 9ºAPI、粘度が数百万cPと高比重、高粘度であり、主にSAGDで回収されている。SAGDを成功裏に適用する上で重要な油層特性として、どの会社も垂直方向浸透率と油層の連続性を挙げている。頁岩層の挟みがある場合には、フラクチャー圧力以上の圧力で水蒸気を圧入し、フラクチャーを形成させて垂直方向浸透率を改善している会社もある。EnCanaは約 11 年間の経験に基づきSAGDを改良してきており、その結果10m以下の薄層にもSAGDの適用を可能としている。

② 坑井試験 坑井試験は、Nexenがcold productionの油層で実施している以外は実施していなかった。油粘度が百万cPを超えるビチューメン層では、油は加熱しなければ流動しないため、通常の放射状流は期待できないからである。各社とも、油層の浸透率はコアおよび検層の結果から推定している。一方、cold productionの油層では油が流動

するため通常の坑井試験が実施可能であるが、人工採油による生産を行っているため機械的な制約を受ける。

③ 圧力・温度モニタリング 理想的には、連続的な圧力・温度測定が望まれる。SAGDの水平坑井では、通常は坑底と坑口圧力が測定される。圧入井で坑底圧力の測定を行っている会社が多い。また各社ともSAGDの圧入井、生産井の他に観測井を配置して、圧力・温度のモニタリングを行っている。

④ 4D地震探査 ConocoPhillipsではパイロット期間中は毎年4D地震探査を実施しており、その他の各社もsteam chamberのモニタリングを目的として、比較的頻繁に4D地震探査を実施している。Nexenは4D地震探査とcross-well seismicも計画中である。 しかし一方では、地震探査ではガスと水蒸気の区別ができないためガスの発生を水蒸気の進行と見間違える可能性がある(Laricina)、イメージが得られるのみで実際に何が変化したのか検証できない(EnCana)など、厳密

重質油開発へ向けた操業・研究組織図16

出所:訪問調査結果に基づき JOE 社が作成

Stanford University

米 国米 国

カナダカナダ

SaskatchewanResearch Council

Alberta Energy and Utilities Board

火攻法:Dr. Moore

大コンソーシアム

Intevep

ベネズエラベネズエラ

アルバータ州の大学

サスカチュワン州政府

Institute for Sustainable Energy, Environment and Economy

アルバータ州政府 ImperialShellCOPPetro CanadaJACOSEnCanaSuncorNexenLaricinaHycalCMGFekete・・・

石油開発(関連)会社

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に水蒸気の情報が得られるわけではないとの見解もある。

⑤ heave測定 その他のモニタリングとしては、heave(地表の盛り上がり)測定が挙げられる。heaveが観測されれば水蒸気が進行したことの証明になると考えられている。heaveの測定はSAGDでは一般的によく行われている。

5-2.室内実験

 訪問先の各社は、室内実験はHycal、ARC、カルガリー大学、アルバータ大学などに依頼している。試験項目は主にPVT試験とコア分析で、SAGDを実施している油層を対象とした重要パラメーターは油粘度、垂直方向浸透率、(steam chamber内の)残留油飽和率である。

① 流体分析 重質油の高粘度という特徴のため、代表的な流体サンプルを得るのが難しく、重質油の流体特性の評価は通常油より困難なものとなる。重質油層のほとんどは飽和しているため、ドローダウンが大きくなるとガスを遊離し、サンプルの信頼性が悪くなる。 重質油のPVT試験は基本的には通常油と同じである。ただし、VAPEXなどの溶剤圧入のシミュレーションでは多成分系シミュレーターが用いられることが多いため、成分分析は重要である。重質油の成分分析で重要なのは、アスファルテン量と炭素数の多い原油成分量である。

② コア試験 通常コア分析では、圧密特性、頁岩の挟層、垂直方向浸透率、X線写真などが重要である。また、特殊コア分析では、飽和率、毛細管圧力、相対浸透率測定が行われる。相対浸透率の温度依存性に関しては、全長1mくらいのコンポジットコアを用いて温度を段階的に上げ、主に残留油飽和率の変化を調べる。

5.3. シミュレーションスタディー

① シミュレーター Nexenでは、cold production後のEORとしてVAPEXを検討しており、そのシミュレーションには多成分系シミュレーターであるCMG社のGEMとSchlumberger社のEclipse-300を使用している。その他の会社はビチューメンフィールドをSAGDで開発しているが、EnCana以

外はCMG社のSTARSを使用している。EnCanaでは、シミュレーターを自社開発しており、随時カスタマイズしている。

② 流体特性の評価 Suncorではビチューメンはガス化しないとの考えから、シミュレーションでは原油成分の気液平衡係数を0としている。しかし、Hycalによると気液平衡係数を0にして良いかどうかは、PVT試験で検証する必要がある。また、高温領域における流体特性は、実際に実験を行うのがベストである。しかし、実験が困難である場合は、同一地域または組成の類似した過去のデータを使用す る。AACI(AERI/ARC Core Industry Research Program)では各種流体特性の結果を提供している。

③ 相対浸透率の温度依存性 STARSでは相対浸透率の端点(end point)を温度の関数として定義することができ、Nexenではこの機能を利用して相対浸透率の温度依存性を反映させている。

④ 岩石力学特性 SAGDのように油層圧力を初期圧力からそれほど変化させずにほぼ一定で操業する場合には、油層の岩石力学特性は特に問題にならないと考えられている。しかし、CSSのように高圧で水蒸気を圧入するときは、油層の膨張またはフラクチャリングが起こる可能性があり、岩石力学特性の影響を考慮することが必要である。JACOS

(Japan Canada Oil Sand Ltd.)およびConocoPhillipsは、SAGDではあるが、初期圧力の2 ~ 3倍の圧力で水蒸気を圧入しているため、油層の膨張またはフラクチャリングが起こっていると考えている。STARSには膨張と再圧密のヒステリシスの影響を考慮するモデルが付属されており、JACOSとConocoPhillipsではこの機能を用いてシミュレーションを実施している。

⑤ 各社の油層モデル Laricinaでは、SAGDおよび溶剤を用いたSAGDのパイロットテストを実施している。シミュレーションでは、物理現象を正しく理解するために、油層特性(孔隙率、熱伝導率など)の3次元分布を把握することが重要であり、それによって不確実要素を減らすことができる。重要なパラメーターとしては、steam chamber内の残留油飽和率が挙げられる。(SAGDでは)相対浸透率はそれほど重要視していない。ヒストリーマッチングでは

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steam chamberの形状もマッチング対象としており、浸透率およびsteam chamberへのガスの供給量を調整している。 SuncorはAthabascaのFirebag鉱区で、20の坑井ペアによってSAGDを実施して生産を行っている。セクターモデルスタディーを実施しているが、流動可能な水が存在するため、セクター外側からの圧力波及は重要であり、その強さはヒストリーマッチングで調整している。

5-4.将来の戦略と課題

① カナダの重質油開発 Athabasca地区の重質油層は、厚い砂岩、薄い砂岩、炭酸塩岩の三つに大きく分類できる。厚い砂岩はSAGDで開発することが可能である。薄い砂岩はARCによると、現時点では開発手法がないということであるが、Laricina、Suncorでは薄層エリアの開発を計画している。炭酸塩岩油層は、原始埋蔵量が砂岩層(約48億m3)より大きいとの報告があり、非常に大きな開発ポテンシャルを持つが、まだ商業生産事例はなく、今後の課題とされて い る。 現 在 既 に 数 社(Shell、Laricina、Suncor、Total、ConocoPhillipsなど)が開発を試みているが、不均質であること、逸泥層があること、油粘度が高いこと、フィールドへのアクセスが困難であることから、開発を疑問視する声もある。その他の重質油フィールドは、CHOPSと水攻法で開発することができると考えられる。

② 海洋重質油フィールド Petrobrasがブラジル沖で100 cP程度の油の開発を行っているが、海洋ではさまざまな制約があり、現段階ではcold productionしか適用されておらず、処理や輸送のコストの問題から砂生産は行われていない。また、プラットホーム上に水蒸気を生成する装置を設置するのも困難ではないかと見られている(ARC)。

③ 改良型SAGD 各社とも溶剤を用いたSAGDに興味を示しており、ES-SAGDを検討・計画している(Suncor、ConocoPhillips)。EnCanaでは溶剤を用いた独自のSAGDオペレーション手法を開発して実施している(Solvent Aided Process; SAP)。また、ConocoPhillipsでは、X-SAGDの研究を行っており、圧入井と生産井の配置法を変化させる検討をしている。

④ 環境問題 今後は環境問題に適応するための規制がネックになってくるかもしれない。例えば、CHOPSの場合、砂をクリーンにして廃棄する必要があるが、そのコストが経済性を左右する可能性がある。また、SAGDでは水蒸気用の圧入水が厳しく規制されており、総溶解固形分(TDS)が4,000 ppm以上でなければならず(淡水は使用できない)、水の供給も問題となっている。

6. 今後の課題

 本稿は主に平成19年度に実施された技術動向調査「重質油の油層評価技術に関する調査」の結果を取りまとめたものである。重質油層評価の現状と今後の課題として、以下の事項が考えられる。・ cold productionにおけるfoamy oil flowや砂産出の機

構・効果はまだ解明されておらず、研究途上にある。また、モデリングの汎用性も極めて限定的であり、今後の進展が期待される。

・ 水蒸気圧入法を対象とした油層シミュレーションはかなり進歩している。地下での水蒸気の挙動に関するモニタリング技術や特殊実験(例えば高温下における)技術などが向上することにより、これらの結果を総合的に解析・利用するスタディー手法が確立されると見込まれる。

・ 水やエネルギーを有効に利用した回収法の開発が望まれる。火攻法や溶剤圧入法は各種室内実験・フィールド試験を中心に研究が行われている。今後、これらの次世代回収技術に関する油層シミュレーション技術が進歩すると期待される。

 石油開発企業にとって、新たな埋蔵量確保対策として重質油プロジェクトは注目に値し、本稿で紹介した油層工学の側面からの重質油の開発技術に関して、今後も継続的に技術動向を把握していくことが必要であるとともに、石油精製(改質)、経済性、プロジェクト参画など、他の観点からの調査・分析を行うことが望まれる。

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執筆者紹介

田中 浩之(たなか ひろゆき)東京都出身。北海道大学工学部資源開発工学科卒業。1997 年、帝国石油株式会社(現 ・ 国際石油開発帝石株式会社)入社後、同社の国内事業やベネズエラを中心とした中南米事業に係る油層評価業務などを経て、2007 年より JOGMEC へ出向中。出資・債務保証事業などの技術評価・プロジェクト管理業務の他、技術動向調査事業として最新技術の情報収集活動に従事。趣味はドライブと読書。

栗原 正典(くりはら まさのり)横浜市出身。米国テキサス大学オースチン校石油工学科大学院博士課程修了、工学博士。1980 年に日本オイルエンジニアリング㈱入社以来、数多くの油層評価、シミュレーションスタディー、シミュレーターの開発・改良、技術者研修、等のプロジェクトに従事。趣味は旅行とマージャン。

【参考文献】1. 日本オイルエンジニアリング(株), 2008, 平成19年度技術動向調査「重質油の油層評価技術に関する調査」報告書2. 関口 嘉一, 2006 :重質油と超重質油・ビチューメンの資源量と埋蔵量, 日本エネルギー学会誌, 85, 258-2643. M.B. Dusseault, 2001 : Comparing Venezuelan and Canadian Heavy Oil and Tar Sands, Canadian International

Petroleum Conference, PAPER 2001-0614. S. Chugh, R. Baker, A. Telesford, E. Zhang, 2000 : Mainstream Options for Heavy Oil: Part I – Cold Production,

J. Can. Petrol. Technol., Vol. 39, No. 45. Sawatzky, R.P., Lillico, D.A., London, M.J., Tremblay, B.R. and Coates, R.M., 2002 : Tracking Cold Production

Footprints, Canadian International Petroleum Conference, PAPER 2002-0866. John L. Stalder, 2008 : Thermal Efficiency and Acceleration Benefits of Cross SAGD (XSAGD), SPE 1172447. T.N. Nasr and O.R. Ayodele, 2006 : New Hybrid Steam-Solvent Processes for the Recovery of Heavy Oil and

Bitumen, SPE 1017178. Léauté, R.P., 2002 : Liquid addition to steam for enhancing recovery (LASER) of bitumen with CSS:Evolution

of technology from research concept to a field pilot at Cold Lake, SPE 790119. S.C. Maxwell, J. Du, J. Shemeta, U. Zimmer, N. Boroumand, and L.G. Griffin, 2007 : Monitoring SAGD Steam

Injection Using Microseismicity and Tiltmeters, SPE 11063410. M.G. Ursenbach, R.G. Moore, S.A. Mehta, 2007 : Air Injection in Heavy Oil Reservoirs — A Process Whose

Time Has Come (Again), Canadian International Petroleum Conference, PAPER 2007-21711. S.K. Das, 1998 : Vapex: An Efficient Process for the Recovery of Heavy Oil and Bitumen, SPE 50941

<注・解説>*1: 油層岩中の孔隙間を結ぶ流体の通路のうち、最も径の狭まったところ。*2: 溶解ガスをすべて放出した後の原油。*3: 混合流体の気相と液相が平衡状態にある時に、混合物中のある成分の気相中のモル分率と液相中のモル分率の

比を、その成分の気液平衡係数という。