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1 disorders of urine volume and urination 尿量・排尿異常 44 2 章 症候 1.1 乏尿・無尿(oliguriaanuria1.1.1 概念 尿量は体の中の水分の多寡に応じて,腎糸球体 濾過と尿細管再吸収により調整されている.腎か ら体内の不必要な溶質(老廃物)を尿としてすべ て排泄するためには,1 日 500 ml 以上の尿量が必 要である.乏尿は 1日尿量が 400 ml未満(100 ml 以上),無尿は 1 日尿量が 100 ml 未満を指す. 乏尿・無尿は,一般的には腎機能低下の症状 であり,急に認められれば急性腎不全を意味す る.しかし,尿量の異常は急性腎不全の診断に 必須の条件ではない.すなわち,尿量が減らな い非乏尿性急性腎不全も少なくないからである. 一方,尿量の測定は,急性腎不全の管理をする うえでは水バランスに関する重要な情報である. また,非乏尿性急性腎不全のほうが乏尿性ある いは無尿を呈する急性腎不全よりも管理がしや すいし,予後も良好である. 1.1.2 診断 乏尿の原因は,腎前性,腎性,腎後性に分類 される. 腎後性は,その存在を思いつきさえすれば, 病歴や超音波所見で比較的簡便に診断すること ができる. 腎前性と腎性の乏尿の鑑別には,2.1 のよう な指標が有用である.ナトリウム排泄率(FE Na = [尿中ナトリウム×血清クレアチニン]/[血 清ナトリウム×尿中クレアチニン]× 100%)は, 乏尿の際に特に有用な指標である.1%未満であ れば,腎前性が示唆される.しかし,限界もあ り,腎性でも熱傷,造影剤腎症,急性糸球体腎炎, 肝障害がベースにある場合などでは,1%未満を 示す. 無尿であれば,尿路の完全閉塞,ショック, 腎皮質壊死,両側の腎血管閉塞などが考えられる. 1.1.3 乏尿が見られる主な疾患 a. 腎前性 腎血流が低下し,尿が生成できない状態であ る.その原因としては,体液量の減少(脱水,出 血,下痢,嘔吐,高熱,利尿薬),有効循環血漿 の減少(肝硬変,ネフローゼ症候群),心原性(急 性心不全,心筋梗塞),末梢血管拡張(敗血症性 ショック),腎血管収縮(肝腎症候群,プロスタ グランジン抑制薬)がある.原因の除去,補液に より可逆性であるが,一定期間続けば,後述す る腎性の尿細管壊死を呈する. b. 腎性 腎実質の障害により,乏尿となる.原因とし ては,腎前性の要因が長く続いた場合に見られ る急性尿細管壊死(出血,ショック,熱傷),腎 毒性物質による急性尿細管壊死(抗菌薬,抗癌剤, 造影剤),横紋筋融解症,急性間質性腎炎(薬物 性が多い),糸球体腎炎(急速進行性糸球体腎炎, 血管炎),播種性血管内凝固症候群(DIC)など がある. c. 腎後性 尿路の閉塞によるもので,下部尿路閉塞(前立 2.1 尿所見による腎前性と腎性急性腎不全の鑑別診断. 腎前性 腎性 FE Na (%) <1 >1 尿 / 血漿 浸透圧比 >1 <1 尿中ナトリウム(m Eq/l20 40 尿浸透圧(m Osm/kgH 2 O500 350

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1

disorders of urine volume and urination

尿量・排尿異常

44

第 2章 症候

1.1 乏尿・無尿(oliguria, anuria)

1.1.1 概念 ◆尿量は体の中の水分の多寡に応じて,腎糸球体

濾過と尿細管再吸収により調整されている.腎から体内の不必要な溶質(老廃物)を尿としてすべて排泄するためには,1日500 ml以上の尿量が必要である.乏尿は 1日尿量が 400 ml未満(100 ml 以上),無尿は 1日尿量が 100 ml未満を指す.

乏尿・無尿は,一般的には腎機能低下の症状であり,急に認められれば急性腎不全を意味する.しかし,尿量の異常は急性腎不全の診断に必須の条件ではない.すなわち,尿量が減らない非乏尿性急性腎不全も少なくないからである.一方,尿量の測定は,急性腎不全の管理をするうえでは水バランスに関する重要な情報である.また,非乏尿性急性腎不全のほうが乏尿性あるいは無尿を呈する急性腎不全よりも管理がしやすいし,予後も良好である.

1.1.2 診断 ◆乏尿の原因は,腎前性,腎性,腎後性に分類

される.腎後性は,その存在を思いつきさえすれば,

病歴や超音波所見で比較的簡便に診断することができる.

腎前性と腎性の乏尿の鑑別には,表2.1 のよう

な指標が有用である.ナトリウム排泄率(FENa=[尿中ナトリウム×血清クレアチニン]/[血清ナトリウム×尿中クレアチニン]× 100%)は,乏尿の際に特に有用な指標である.1%未満であれば,腎前性が示唆される.しかし,限界もあり,腎性でも熱傷,造影剤腎症,急性糸球体腎炎,肝障害がベースにある場合などでは,1%未満を示す.

無尿であれば,尿路の完全閉塞,ショック,腎皮質壊死,両側の腎血管閉塞などが考えられる.

1.1.3 乏尿が見られる主な疾患 ◆

a. 腎前性腎血流が低下し,尿が生成できない状態であ

る.その原因としては,体液量の減少(脱水,出血,下痢,嘔吐,高熱,利尿薬),有効循環血漿の減少(肝硬変,ネフローゼ症候群),心原性(急性心不全,心筋梗塞),末梢血管拡張(敗血症性ショック),腎血管収縮(肝腎症候群,プロスタグランジン抑制薬)がある.原因の除去,補液により可逆性であるが,一定期間続けば,後述する腎性の尿細管壊死を呈する.

b. 腎性腎実質の障害により,乏尿となる.原因とし

ては,腎前性の要因が長く続いた場合に見られる急性尿細管壊死(出血,ショック,熱傷),腎毒性物質による急性尿細管壊死(抗菌薬,抗癌剤,造影剤),横紋筋融解症,急性間質性腎炎(薬物性が多い),糸球体腎炎(急速進行性糸球体腎炎,血管炎),播種性血管内凝固症候群(DIC)などがある.

c. 腎後性尿路の閉塞によるもので,下部尿路閉塞(前立

表 2.1 尿所見による腎前性と腎性急性腎不全の鑑別診断.

腎前性 腎性

FENa(%) <1 >1

尿 /血漿 浸透圧比 >1 <1

尿中ナトリウム(m Eq/l) < 20 > 40

尿浸透圧(mOsm/kgH2O) > 500 < 350

腎臓内科学.indb 44 2010/11/23 22:16:55

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1. 尿量・排尿異常

腺肥大,前立腺癌,膀胱癌など)と上部尿路閉塞(結石,後腹膜線維症,腫瘍による圧迫など)がある.下部尿路閉塞では,排尿困難,頻尿,排尿痛,血尿などを伴う.完全閉塞の場合,無尿となるが,不完全閉塞の場合は尿量が保たれることもある.

1.2 多尿(polyuria)

1.2.1 概念 ◆尿量3,000 ml/day以上を多尿という.原因には,

①抗利尿ホルモン(ADH)の欠乏,②腎尿細管のADH 反応性低下,③水過剰摂取,④腎髄質の高張能維持の障害がある(表 2.2).前三者は尿として水そのものが多く(水利尿),④は溶質が多量

に尿に出ている(溶質利尿).

1.2.2 多尿が見られる主な疾患 ◆

a. 中枢性尿崩症中枢性尿崩症の診断は,①血漿 ADH 濃度が低

値あるいは測定不能,②血清ナトリウム高値による高浸透圧血症にもかかわらず,尿浸透圧が低い(100 mOsm/kg 以下のことが多い)ことによる.多飲,多尿を呈し,血清ナトリウム濃度,血漿浸透圧は正常~高値を示す.低張多尿をきたす腎性尿崩症,水過剰摂取との鑑別診断には,水制限試験,ピトレシン試験,高張食塩水負荷試験が有用である.

中枢性尿崩症には,全く ADH の分泌が見られない完全型と,一部 ADH 分泌が保たれている部分型とがある.

治療は,ADH の類似化合物であるデスモプレシンの投与が原則である.部分尿崩症には,カルバマゼピン,クロフィブラート,クロルプロパミドなど ADH の作用を増強する薬剤の投与も有効である.

b. 妊娠に伴う尿崩症妊娠中,胎盤より ADH を分解する酵素が産生

され,ADH の分解が亢進して,尿崩症を呈することがある.ADH 自体は代謝されてしまうため効果がなく,デスモプレシンのほうが分解されにくいため治療効果がある.

c. 腎性尿崩症腎の ADH に対する反応性が欠如して,多飲,

多尿を引き起こす.症状は中枢性尿崩症と同じであるが,ADH の投与に反応しない点,および血漿 ADH 濃度が正常ないし高値を示す点が,中枢性尿崩症との違いである.

一部の腎性尿崩症は,電解質異常の是正,原因薬剤の中止,原因疾患の治療で軽快するが,先天性腎性尿崩症を始めとする多くの腎性尿崩症に対する特効薬はなく,塩分制限およびサイアザイド

表 2.2 多尿の原因.

1. ADHの欠乏 ADHの分泌低下:中枢性尿崩症• ADHの分解亢進:妊娠に伴う尿崩症•

2. 腎尿細管の ADH反応性低下先天性腎性尿崩症• 後天性腎性尿崩症• 電解質異常•

低カリウム血症 高カルシウム血症

腎疾患• 慢性腎不全 閉塞性腎症 腎移植後 多発性嚢胞腎 間質性腎炎 慢性腎盂腎炎 多発性骨髄腫 アミロイドーシス

薬剤(リチウム,デメクロサイクリン)• 3. 水過剰摂取 

心因性多飲症• 視床下部障害• 薬剤(チオリダジン,クロルプロマジン,抗コリ• ン薬)

4. 腎髄質の高張能維持の障害浸透圧利尿• 糖尿病• 薬剤(マニトール,グリセリン,造影剤)•

ナトリウム利尿• ループ利尿薬• ナトリウム喪失性腎症• 急性尿細管壊死の利尿期•

腎臓内科学.indb 45 2010/11/23 22:16:55

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edema

浮腫

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第 2章 症候

系利尿薬の投与が行われる.

d. その他糖尿病や浸透圧利尿薬(マニトール)投与に代

表される浸透圧利尿と,ループ利尿薬投与や急性尿細管壊死の利尿期などに見られるナトリウム利尿がある.前者は浸透圧物質が大量に尿に出てくるために起こり,後者はナトリウムの吸収障害により起こる.

1.3 夜間頻尿(nocturia)

1.3.1 概念 ◆夜間 2 ~ 3 回以上,排尿のため覚醒する状態を

指す.すべての多尿を伴う病態は夜間頻尿を呈しうる.膀胱機能の低下により,夜間に生成された尿量が膀胱容量を超えた際は,多尿を伴わずに夜間頻尿をきたす.加齢の影響も強く,65 歳以上の 80%は夜間頻尿を訴えるとされる.さらに睡眠障害の症状としての夜間頻尿も指摘されている.

1.3.2 夜間頻尿が見られる主な疾患 ◆慢性腎不全では,尿濃縮力の低下が初期より出

現し,夜間頻尿をきたすことがある.うっ血性心不全,ネフローゼ症候群,肝硬変など浮腫性疾患では,昼間,体位により体液が特定の部位に貯留するが,夜間,組織の毛細血管圧が変化し,浮腫が移動して,利尿が得られる場合がある.心不全では,昼間立位でいるときよりも夜間臥位で腎血流量が増加するため,夜間頻尿が初期の症状として現れる.

膀胱機能の低下も夜間頻尿の原因である.感染,

腫瘍,石が原因で膀胱に炎症や刺激を与え,夜間頻尿を引き起こすことがある.また,前立腺肥大や尿道狭窄などにより,慢性の膀胱からの尿流の部分的な閉塞があると排尿の刺激となったり,膀胱壁の肥厚によりコンプライアンスの低下をきたして夜間頻尿の原因となる.

原疾患の治療を行うことが原則である.デスモプレシンは一部の神経因性膀胱による夜間頻尿にも効果が認められる.

1.4 頻尿(pollakisuria)

頻尿とは,1 回の尿量は少ないが,回数が頻回(通常の排尿回数は 5 ~ 6 回 /day であるが,個人差が大きい)である状態を指す.原因は泌尿器科的疾患が多い.前立腺肥大,膀胱炎などの下部尿路感染症が多く,尿意逼迫,排尿困難などの他の症状を伴う場合が多い.習慣や精神的な原因であることも少なくない.

乏尿・無尿の診断には体液量の評価および腎前性,腎性,腎後性腎不全の鑑別診断が重要で,尿生化学所見が参考となる.多尿の診断には尿浸透圧の評価をし,低張多尿であれば尿崩症が考えられるが,心因性多飲症との鑑別が必要である.排尿異常は泌尿器科疾患との鑑別が必要である.

臨床のポイント

安藤亮一

腎臓内科学.indb 46 2010/11/23 22:16:56

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2

edema

浮腫

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2. 浮腫

2.1 概念

浮腫とは,細胞間質に体液が過剰に蓄積した病態である.通常,浮腫は押した部分が凹む圧痕を残す(pitting edema)が,リンパ浮腫や甲状腺機能低下症で認められる粘液水腫は圧痕を残さない.浮腫には,その分布から全身性浮腫と局所性浮腫がある.全身性浮腫の場合,浮腫として感知できれば,2.5 ~ 3 l の体液が間質に貯留していると考えられる.

2.2 浮腫の成因(表 2.3)

浮腫の成因として,局所因子と腎でのナトリウム・水貯留の 2 つがある.全身性浮腫の場合,多くの場合後者が主因である.

2.2.1 局所因子 ◆毛細血管内と細胞間質との間の体液のバランス

は,Sス タ ー リ ン グtarling の法則により保たれている.浮腫発

生の局所因子として,①毛細血管静水圧の上昇,②膠質浸透圧の減少(血漿アルブミン濃度の低下),③毛細血管透過性の亢進,④リンパ管の閉塞が挙げられる.リンパ管は正常時でも毛細血管からわずかに濾過されてくる体液を間質から血管内に戻すことで浮腫を防ぐ働きをしているが,その閉塞により浮腫が起きる.その他に,前毛細血管の血管収縮は,毛細血管の静水圧を低下させることにより,浮腫を防ぐ働きがある.カルシウム拮抗薬はこの部分の血管を拡張させることにより,浮腫の原因となる.

2.2.2 腎での水・ナトリウム貯留 ◆全身性浮腫では,腎での水,ナトリウム排泄の

低下による体内水分,ナトリウム貯留が不可欠の要因である.腎不全などの腎疾患を除くと,腎は

過剰の水,ナトリウムを排泄し,細胞外液量を正常に保つ能力があるが,浮腫の患者では,細胞外液量の増加があるにもかかわらず,腎での水,ナ

表 2.3 成因別の浮腫の原因.

複数の成因によるものや成因が確定していないものもある.

1. 毛細血管静水圧の増加1.1 腎でのナトリウム貯留による血漿量の増加

a. 心不全b. 腎でのナトリウム貯留

腎疾患(急性糸球体腎炎,ネフローゼ症候• 群)薬物(カルシウム拮抗薬,NSAIDsなど)• 肝硬変初期•

c. 妊娠,月経前d. 利尿薬による特発性浮腫

1.2 静脈閉塞a. 肝硬変,肝静脈閉塞b. 急性肺水腫c. 局所的な静脈閉塞

1.3 細動脈抵抗の減少a. カルシウム拮抗薬b. 特発性浮腫

2. 低アルブミン血症2.1 蛋白喪失

a. ネフローゼ症候群b. 蛋白漏出性胃腸症

2.2 アルブミン合成低下a. 肝疾患b. 低栄養

3. 毛細血管透過性の亢進3.1 特発性浮腫3.2 熱傷3.3 外傷3.4 炎症,敗血症3.5 アレルギー反応,血管浮腫3.6 急性呼吸促迫症候群(ARDS)3.7 糖尿病3.8 癌性腹膜炎

4. リンパの閉塞/組織圧の増加4.1 乳癌術後4.2 悪性腫瘍に伴うリンパ節腫脹4.3 甲状腺機能低下症4.4 癌性腹膜炎

腎臓内科学.indb 47 2010/11/23 22:16:56

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3 anemia

貧血

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第 2章 症候

トリウムの貯留が続く.これは,血管内から間質への体液の移動により血漿量が減少し,組織の灌流が低下することに対する代償的な働きによる.したがって,利尿薬による浮腫の治療は,浮腫の症状を軽減するが,重要な組織の灌流を損なう可能性がある.

心不全,肝硬変,ネフローゼ症候群が浮腫の 3大原因である.心不全では心拍出量の低下により,肝硬変では末梢動脈の血管拡張により,いずれも有効循環血漿量の減少が起こるために,腎での水,ナトリウム貯留が起こる.この際,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン(RAA)系,交感神経ホルモン,抗利尿ホルモンが賦活化されて,腎での水,ナトリウムの再吸収が亢進し,その貯留を引き起こす.ネフローゼ症候群や肝硬変による低アルブミン血症は毛細血管内の膠質浸透圧を減少させるが,同時に組織間質の膠質浸透圧も低下するため,局所因子のみで浮腫の成因とはなりにくく,腎でのナトリウム貯留が浮腫の根本的な原因である.

2.3 浮腫が見られる主な疾患

2.3.1 全身性浮腫 ◆

a. 心不全心拍出量減少による有効循環血漿量の減少が原

因であるが,動静脈瘻や甲状腺機能亢進症に伴う高心拍出量性心不全でも,ナトリウムの貯留により浮腫をきたす.動静脈瘻では末梢組織の灌流不足が,腎でのナトリウム貯留の原因となる.

左心不全では,末梢の浮腫がなく,肺うっ血と肺水腫が起こる.さらに進行すると,肺うっ血は右心系の循環に影響し,右心室圧を上昇させ,右心房に戻るべき中心静脈圧の上昇を引き起し,うっ血性心不全の状態となり,肝うっ血や末梢の静脈圧の上昇など右心不全をきたし,浮腫を起こす.一方,肺の病気が原因で肺の血流が障害される肺性心では,最初から右心不全をきたし,末梢の浮腫や腹水をきたす.

b. 肝硬変腹水を伴うことが多いが,腹水の成因は前述し

た浮腫の成因と共通である.門脈圧の上昇がまず起こり,門脈系と全身循環系との間にシャントが見られ,エンドトキシン血症を介して,一酸化窒素(NO)やプロスタグランジンの産生が亢進し,内臓血管の拡張,動脈圧の低下が見られる.内臓血管の拡張や動脈圧の減少は,RAA 系,交感神経系,抗利尿ホルモンを刺激し,腎でのナトリウム,水の貯留や,腎血管の収縮をきたし,腹水や浮腫をきたす.

c. ネフローゼ症候群大量の蛋白尿による低アルブミン血症で血管内

の灌流不足が起こること(underfill),および,ネフローゼを引き起こした腎疾患による腎でのナトリウム貯留が主因である.重篤な低アルブミン血症は,局所毛細血管において,浮腫の原因となりうる.

d. 急性糸球体腎炎,腎不全腎でのナトリウム,水貯留による.

e. 栄養障害低アルブミン血症よりも,毛細血管の透過性亢

進が浮腫の主因である.また,栄養摂取再開により,浮腫の増悪を見ることがあるが,これはインスリンによる腎でのナトリウムの再吸収の増加による.

f. 特発性浮腫立位での血漿量の減少による腎でのナトリウム

排泄障害により起こる.

g. 甲状腺機能低下症(粘液水腫)親水性のムコ多糖類が間質に貯留し,非圧痕性

浮腫を呈する.

h. 薬剤性浮腫血管拡張薬

ニフェジピンに代表されるカルシウム拮抗薬な

腎臓内科学.indb 48 2010/11/23 22:16:57

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3 anemia

貧血

49

3. 貧血

どで起こる.血管拡張による血圧低下や RAA 系や交感神経系の賦活化により,ナトリウム貯留が起こる.カルシウム拮抗薬では,前述したように前毛細血管を拡張して,局所での浮腫生成作用も有する.

チアゾリジン系血糖降下薬腎の集合管で,ナトリウムチャネルに働いて,

ナトリウムの再吸収を増やし,浮腫をきたす.

非ステロイド系抗炎症薬腎でのプロスタグランジン産生を阻害し,浮腫

をきたす.

2.3.2 局所性浮腫 ◆①静脈性浮腫:血栓性静脈炎.②リンパ浮腫:悪性腫瘍,リンパ節郭清後.③血管神経浮腫:Q

ク イ ン ケuinke 浮腫,遺伝性血管神経

浮腫.

2.4 治療

全身性か局所性かを判断し,原因疾患の診断を進めて,その治療を行う.浮腫の一般的な治療と

しては,塩分や水分の制限,安静臥床をまず行う.浮腫があるからというだけで安易に利尿薬を投与すべきでない.利尿薬による浮腫の治療は,浮腫に伴う症状を軽減するが,重要な組織の灌流を損なう可能性がある.利尿薬の適応は,呼吸ないし循環障害を伴う場合,および浮腫により体動制限や苦痛を呈する場合である.原因疾患により,また,重症度により利尿薬の種類や投与量を勘案する.組織間質から血管内への体液の移動速度よりも利尿の程度が極端に多いと血管内脱水を起こすので,注意を要する.特に腎障害を有する場合は,利尿薬による腎機能低下に注意が必要である.

浮腫の診療にあたっては,原因の検索とそれに対する治療が基本である.利尿薬による治療は,腎臓を始めとして重要臓器の灌流不足をきたす危険があるので,浮腫による症状が強い場合に限定する.

臨床のポイント

安藤亮一

3.1 概念

貧血は血液単位容積中のヘモグロビン(Hb)量が減少した状態である.Hb は各組織へ酸素を運搬する役割を有しているので,貧血になると組織への酸素供給が低下し,生体機能は貧血の程度に応じてさまざまな影響を受けることになる.

貧血を成因別に分類して表 2.4 に示し,特に腎疾患と関連する病態に下線を付した.

3.2 腎性貧血(renal anemia)

造血ホルモンであるエリスロポエチン(EPO)の産生部位が腎であるため,腎障害の進行に伴い貧血を呈することが多い.狭義の腎性貧血は腎でのエリスロポエチン産生低下による貧血をいうが,広義には腎不全に伴う栄養障害,赤血球寿命の短縮,尿毒症による造血障害,血液透析患者の回路内残血等の要因も含まれる.腎性貧血の割合は慢

腎臓内科学.indb 49 2010/11/23 22:16:57