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1 東京都立神経病院

東京都立神経病院...1.脊髄小脳変性症とは 4 2.非遺伝性脊髄小脳変性症の代表: 多系統萎縮症 5 3.遺伝性脊髄小脳変性症の代表: MJD,DRPLA,SCA6

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    東京都立神経病院

  • はじめに

    この冊子は、脊髄小脳変性症で療養中の患者さん及びそのご家族のために作成され

    たものです。内容は、病気についてのご説明をはじめ、看護、リハビリテーション、福

    祉、そして在宅療養支援など療養する上で必要なことを部門別に、また多くの方にお

    読みいただけるよう、症状の軽い方から比較的進行した方までを念頭に置いて、で

    きるだけやさしく解説致しました。したがって、現在のご自分の症状に当てはまると

    ころだけを参考にしていただければよいと思います。また、本冊子には各部門ごとの

    質問コーナー、有用情報の紹介(書籍やホームページ)、投書用のご意見用紙など

    も設けてありますので、皆様にとってこの手引書が療養する上での羅針盤となれば

    幸いです。

    緊急時連絡先

    家庭医

    専門病院

    ① 東京都立神経病院 042-323-5110

    ② 東京都立府中病院ER(急患室) 042-323-5111(代表)

    その他

    表紙: 地上に育つ木は、幹を脊髄に、枝を末梢神経に、葉を全身の各組織に見立てることがで

    きます。大地からさまざまな栄養を吸収して成長する木のように、本冊子から得たさま

    ざま知識で療養生活が少しでも豊かになりますように。

    2

  • 1.脊髄小脳変性症とは 4

    2.非遺伝性脊髄小脳変性症の代表:

    多系統萎縮症 5

    3.遺伝性脊髄小脳変性症の代表:

    MJD,DRPLA,SCA6 7,8

    4.最近の研究の進歩 8

    5.質問コーナー 10

    1.運動障害に対して 13

    2.自律神経障害に対して 14

    3.呼吸障害に対して 17

    4.嚥下障害に対して 19

    5.質問コーナー 21

    1.日常生活の援助 23

    2.日常生活で注意する点 30

    3.質問コーナー 31

    1.はじめに 33

    2.運動療法について 33

    3.歩くこと 34

    4.道具の選び方 34

    5.自宅の改造 37

    6.手・会話の障害 38

    7.飲み込みの障害 39

    8.家庭で行う運動プログラム 40

    9.質問コーナー 44

    1.制度の活用 46

    2.医療と保険の給付 46

    3.介護保険 48

    4.身体障害者福祉 49

    5.年金 49

    6.相談窓口 51

    7.質問コーナー 52

    1. 通院が困難になった時 54

    2. 訪問診療・看護の利用 55

    3. 地域で受けられるサービス 56

    4. 在宅療養で役立つあれこれ 57

    5. 質問コーナー 59

    1. 書籍紹介 60

    2. ホームページ紹介 61

    3. 難病相談 61

    62

    索引 63

    おわりに 65

    ご意見用紙 67

    3

    目次

    Ⅰ.病気を知る

    Ⅱ.治療と対策

    Ⅲ.看護

    Ⅳ.リハビリテーション

    Ⅴ.社会福祉

    Ⅵ.在宅療養支援

    Ⅶ.有用情報

    Ⅷ.患者会

  • この項では、脊髄小脳変性症の概念や症状、最近の研究

    の進歩などについてご説明します。

    脊髄小脳変性症(英語でSpinoc erebellar degenerationといい、その頭文字をとってSCDといいます)とは、

    いわゆる神経難病といわれる疾患の一つで、小脳を中心に、中枢神経系(大脳、

    小脳、脳幹、脊髄からなる神経組織)が広く障害される原因不明の緩徐進行性の

    疾患群です。中枢神経系の中でもどこが障害されるかによって、それに対応した

    症状が出現します(下図)。一般的には、小脳症状と言われる歩行時のふらつき

    やパーキンソン症状の一つである動作の緩慢さで発症することが多く、徐々に呂

    律の回りにくさや飲み込みにくさ、また立ちくらみや尿失禁などの自律神経系の

    症状が加わります。数年で車椅子を必要とすることが多いのですが、人によりま

    た病型により進行の速さは大きく異なります。脊髄小脳変性症の発症頻度は、人

    口10万人あたり約10人と言われ、神経難病の中ではそれほど希な疾患ではありま

    せん。脊髄小脳変性症のうちおよそ60%は孤発性ですが、家族性に(血縁のある人に)

    発症する場合が40%ほどあります(遺伝性脊髄小脳変性症又は脊髄小脳萎縮)。

    障害部位 主な症状

    大脳(基底核) 動作が遅い、歩幅が狭くちょこちょ

    こと歩く、表情が乏しい小脳

    脳幹 呂律が回らない、ふらつく、字が書き

    にくい

    脊髄 立ちくらみ、手足のやせ、尿失禁

    左図に示した中枢神経系のうち、どこが障害されるかによっ

    て、それに対応したいろいろな症状(上の表)が出現します。

    実際には、これ以外にも後述するような種々の症状が出現

    し、かつさまざまな程度に組み合わさって出現してくるので、

    より複雑な症状となってきます。

    脊髄小脳変性症は右図に示したよう

    に非常に大きな概念で、基本的に非

    遺伝性と遺伝性とに分かれます。そ

    して、各々がさらに多くの病型に分

    かれます。ここでは、それらの中で

    もとくに頻度の高い代表的な四つの

    疾患(MSA, SCA3, SCA6, DRPLA)に

    ついてご説明します。

    多系統萎縮症:MSA

    エス・シー・エイ・スリー:SCA3

    エス・シー・エイ・シックス:SCA6

    歯状核・赤核・淡蒼球・ルイ体萎縮症:

    4

    脊髄小脳変性症とは

    Ⅰ 病気を知る

    DRPLA

  • 多系統萎縮症(英語の頭文字をとってMSAといいます)という病名は、今まで小脳

    症状の目立つオリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、パーキンソン症状の目立つ線条体黒

    質変性症(SND)、自律神経症状の目立つシャイ・ドレーガー症候群(SDS)と呼ば

    れていた三つの病気を一つにまとめた総称名として使われます。なぜこのように呼

    ばれるようになったかのと言いますと、この三つの病気は左下図に示したように、

    症状が進行するといずれも以下に述べる三つの主要症状が出現し(臨床的共通性)、

    また脳の細胞を顕微鏡で詳しく調べると非常に共通した所見を示す(病理学的共通

    性)からです。したがって、最初はオリーブ橋小脳萎縮症とされた診断名が、途中

    から多系統萎縮症に変わったとしても、呼び名が変わっただけで、違う病気になっ

    たわけではありません。基本となる三つの症状とは、①小脳症状、②錐体外路症状

    (パーキンソン症状)、③自律神経症状で、これに種々な程度の錐体路症状が加わ

    ります。これらのうちどの症状が最初に現れ、またどのような順序で出現してくる

    のかは患者さんによって異なります。右下図は、最初にパーキンソン症状が出現し

    た患者さんの例ですが、経過年数(横軸)とともに徐々にほかの症状も積み重なっ

    て出現してきます。

    まっすぐに歩けず、ふらつきます。また、呂律

    が回りにくくなったり(爆発的、あるいは言葉

    を一つ一つ区切るような話し方)、字を書くのが下手になった

    りします。患者さんは、しばしば「手足の力が弱くなった」と

    感じますが、実際には筋力は正常なことが多く、自分の思った

    方向へ手や足が向かないための症状です。

    動作が遅くなったり、歩幅が狭くなっ

    たり、方向転換時に転びやすくなった

    りします。また、表情が乏しく声が小さくなり、語尾が聞き取りにくくなります。

    急に起き上がったり、立ち上がったりすると、血圧が下

    がり、そのために頭がボーとしたり、失神したりするこ

    とがあります(起立性低血圧)。また、トイレが近くなったり(頻尿)、間に合

    わずに失禁してしまったり、逆になかなか尿が出ないこともあります(尿閉)。

    夏の暑い日でも汗をかかないことに気がつくこともあります(無汗)。

    5

    非遺伝性の脊髄小脳変性症:多系統萎縮症

    1.小脳症状

    2.錐体外路症状(パーキンソン症状)

    調

    3.自律神経症状

  • 上に示した三つの主要症状に加え、錐体路症状といって手指の細

    かい運動がしにくくなったり、膝が曲がりにくく、突っぱった歩き方

    になったりすることがあります。また、球麻痺といって言葉がはっ

    きりしなくなったり、飲み込みが悪く食事のときにむせたり、ある

    いはおかしくもないのにすぐに笑い出してしまうような症状が出現

    することもあります。

    このほかにも、次に示したようないろいろな症状が出現することがあります。

    食後15分以後から血圧が下がり、1時間以上続くこともあり

    ます。食後にウトウトしているようなときには一度血圧を測っ

    てみる必要があります。

    通常、夜間の血圧は昼間より低目になりますが、こう

    した変動が逆転し、夜間に血圧が上昇したり、逆に睡

    眠中に異常に低下することがあります。

    睡眠中に大声ではっきりした寝言を言ったり、隣で

    寝ている人を叩こうとするなどの異常行動を示すこ

    とがありますが、本人は全く覚えていません。レム睡

    眠と関係があると言われています。

    いびきや10秒以上の呼吸停止(無呼吸発作)が睡眠

    中に繰り返し出現します。

    睡眠中に独特ないびき(非常に大きくて、甲高い音)をか

    くことがあり、放置すると窒息するおそれがあります。 下

    の図は、のどの内視鏡写真ですが、声帯外転麻痺の患者さ

    んでは、覚醒時(③)よりも睡眠時に声門が著しく狭くな

    り(④)、この狭いすき間を空気が出入りするときに、独

    特な大きないびきが出現しま

    す。

    正常では、声門(空気の通

    り道)はこの程度開いてい

    ます。

    声帯外転麻痺が進行する

    と、声門はほとんど閉じて

    しまい、空気が通りにくく

    なります。とくに、夜間睡

    眠中にこうした傾向が強

    くなります。

    6

    食事性低血圧

    血圧の著明な変動

    睡眠中の異常行動

    声帯外転麻痺

    睡眠時無呼吸症候群

    ① ②

    ③ ④

  • 右の図は、脳の横断面のMRI像で

    す。基本的には小脳と脳幹の萎縮

    (小さくなること)を認め、経過

    年数とともに進行します。特徴的

    な所見は、橋(脳幹の一部)と呼ばきょう

    れる部位にみられる「十字」サイ

    ン(図Aの黄色矢印)と被殻(大脳

    基底核の一つ)の外側でみられる

    「白いすじ」(図Bの黄色矢印)で

    あり、神経細胞が障害された結果

    生ずる所見です。これらの変化は、

    必ずしもMSAでのみ認められるわけではありませんが、診断上重要な所見の一つです。

    遺伝性脊髄小脳変性症は臨床症状が多彩なことから、これまで分類に混乱があり

    ましたが、近年多くの疾患が遺伝子診断可能となっており、最近では遺伝子異常に

    基づいた分類が一般的となってきています。その多くは常染色体優性の遺伝形式

    (常染色体上にある病的遺伝子を両親から一つでも受け継いだ場合に発症する遺伝

    形式で、上の世代から下の世代へと受け継がれる)の病気ですが、それ以外の遺伝

    形式の病気も少数あります。近年多くの常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症は、脊

    髄小脳失調症1、2、3・・(英語ではSCA1、SCA 2、SCA 3・・と呼ぶ)のように番

    号をつけて命名されるようになりました。しかし実際には、SCA 3は従来どおりマカ

    ド・ジョセフ病(略してMJD)

    と呼ばれることが多く、歯状核

    赤核淡蒼球ルイ体変性症(DRPLA)

    は番号ではなく、DRPLAという

    病名が使用されています。当院

    での常染色体優性遺伝性脊髄小

    脳変性症の相対頻度は、右図の

    如くです。各疾患の相対頻度に

    は地域差があり、関西ではSCA

    6が多く、東北や北海道ではSCA

    1、SCA 2の相対頻度が、他の

    地方より高いといわれています。

    ここでは,代表的なSCA 3、SCA

    6、DRPLAの症状について記載

    します。

    7

    遺伝性脊髄小脳変性症

    A B

  • 1. 世界的にも、我が国においても常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症の中で最も

    頻度が高い病気です。

    2. 発症は若年~中年にわたり、初発症状及び病像は発症年齢によって異なります。

    若年発症(40歳)では、小脳症状が前景となり、筋萎縮、腱反射減弱、感覚

    障害などの末梢神経障害が加わります(Ⅲ型)。

    中間年代(20~40歳)の発症が最も多く、小脳性運動失調に痙縮をともなう病

    像をとります(Ⅱ型)。

    3. 若年発症者にみる動作緩慢、ジストニア、顕著な注視性眼振、外眼筋麻痺、顔

    面筋攣縮(顔面の筋肉がピクピクする症状)、びっくり眼はこの疾患に特徴的

    な症状です。

    1. 当院では、3番目に頻度が高い優性遺伝性脊髄小脳変性症ですが、関西方面

    では最も頻度が高い病気です。

    2. 発症は中年期が多く、ゆっくりと進行する小脳症状(歩行時のふらつきや呂律

    不良など)に終始する予後の良い脊髄小脳変性症です。

    3. 画像検査では小脳萎縮を認めますが、脳幹その他には萎縮を認めません。

    発症年齢によって著明に病像が異なります。

    20歳以下の若年発症では、ミオクロ-ヌス(体がピクッと動く不随意運動)、

    てんかん、精神発達遅延または痴呆、小脳性運動失調症が主症状です。

    40歳以上の発症では、小脳性運動失調、アテト-ゼ(ゆっくりとした、力のこ

    もったような繰り返して起こる不随意運動)、性格変化、痴呆などが主症状

    です。

    20~40歳の発症では、上の二つ病像の移行型を示します。

    近年では、採血をするだけで遺伝子診断が比較的容易にできるようになりました。

    遺伝子診断により、同じ遺伝子異常でも患者さんごとに臨床・病理像が大きく異な

    ることや、よく似た臨床症状を呈していても原因遺伝子(病気の発症に密接に関係

    する遺伝子)が異なることもわかってきました。また家族歴がなく非遺伝性と考え

    られる患者さんにも、遺伝子に異常が見られる方もいらっしゃることがわかりまし

    た。

    常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症の多くにおいては、原因遺伝子内のシトシン

    8

    最近の研究の進歩

    歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症 (DRPLA)

    SCA6(エスシーエイ・シックス)

    SCA 3(マカド・ジョセフ病)

  • (C)、アデニン(A)、グアニン(G)と

    いう正常でもみられる三つの塩基が

    繰り返すCAGの繰り返し配列が、患

    者さんにおいて異常に伸長している

    ことが明らかになりました。たとえ

    ば、マカド・ジョセフ病ではCAGの

    繰り返し数(リピ-ト数)(CAGCAG

    CAGCAGというようにCAGがn回繰り返

    した場合、CAGリピ-ト数はnとする)

    は、正常人では14~44であるのに、

    患者さんでは母親あるいは父親由来

    の遺伝子のいずれか、あるいは非常

    に稀には両方において56~86と伸び

    ています(右上図)。これらの3塩基の異常伸長による病気をトリプレットリピ-ト

    病(CAGが伸長している場合CAGリピ-ト病ともいう)と呼ぶようになっています。

    このCAGリピ-ト病の特徴として、①同じ家系内では,下の世代の発症者ほどCAGリ

    ピ-ト数が増大し、発症年齢が若くなる、②症状も重症化したり、老年で発症した人と病像が異なる場合が多い、といった表現促進現象がみられることが多いことが

    わかってきました(右下図)。

    遺伝子の中のCAGは、アミノ酸の

    グルタミンを作る指令を発し、CAG

    リピ-ト数が異常に伸びた患者さん

    では、グルタミンが異常に伸びたタ

    ンパク質が神経細胞の中で作られま

    す。このような変異蛋白(正常とは

    異なる蛋白)は、正常蛋白と比べて

    構造が変化して毛玉のような塊を作

    りやすくなり、他の蛋白の代謝にも

    悪影響を与えることで神経細胞を障

    害し、ひいては細胞死をまねくと考

    えられています。前記したSCA 3、S

    CA 6、DRPLAは代表的なトリプレッ

    トリピ-ト病です。

    一方、非遺伝性脊髄小脳変性症の代表格である多系統萎縮症にも、脳内の神経細

    胞やオリゴデンドログリアという細胞の中にアルファ・シヌクレインという蛋白を主

    成分とする異常な封入体が存在することもわかってきました。

    以上のような知見から、遺伝性及び非遺伝性脊髄小脳変性症の多くにおいて、異

    常な蛋白の形成と蓄積が神経細胞に対して何らかの作用を及ぼしていることが推測

    されています。実際に遺伝性脊髄小脳変性のモデルマウスも作製されており、これ

    らのマウスを使って病気の発症機序の解明や治療法の開発をめざした研究が精力的

    に行われています。これらのことより、近い将来、病気の原因や有効な治療方法が

    開発されることが期待されています。

    9

  • Q1.脊髄小脳変性症は、人から人にうつることがありますか?

    A1. 感染症のように、病原体を介して他の人に感染するというようなことはありま

    せん。しかし、家族性(血縁者)に発症するタイプの脊髄小脳変性症(家族のな

    かで同様の病気にかかること)があり、その一部で遺伝子の異常が発見されてい

    ます。ただし、どのような機序で病気が起こるのかといった点は、まだ十分には

    解明されていません。

    Q2.脊髄小脳変性症の診断には、どのような検査が必要ですか?

    A2. まずは、専門医による詳しい問診と診察でおおよその診断は

    つきます。その診断を確定する上で、種々の検査が必要となります。脳や脊髄のCT、MRI、脳血流シンチ、脳波、筋電図、末

    梢神経伝導検査、髄液検査等が行われます。また、小脳・脳幹

    機能や声帯麻痺の有無、聴力や眼底などの異常の有無などを診

    る目的で、神経耳科や神経眼科的検査も必要となります。さら

    に、遺伝性が疑われる場合には遺伝子検査も行われる場合があ

    ります。

    Q3.遺伝子診断とはどういうものですか? どのように行うのですか?

    A3. 神経病院では、倫理委員会で承認されたガイドラインにそって、遺伝子診断が

    行われています。原則として病気を発症した患者さんに、遺伝子検査の意義と方

    法、行うことによる利益と不利益等を十分理解していただいた

    上で文書に同意の署名をいただいて行います。実際には、通常

    の採血と同じく、患者さんから末梢静脈血を約10ml採血させて

    いただいて、その血液から白血球を分離し、さらに遺伝情報が

    含まれるDNAを抽出します。このDNAを用い、病気の原因遺伝子

    の領域を分子生物学的な方法で解析します。結果は、患者さん

    あるいは特殊な場合には代理人の方に直接お伝えし、決して第

    三者にはお伝えすることはありません。

    Q4.有効な治療法はないのでしょうか?

    A4. 現在のところ、病気の進行を止めたり、完治させる治療法は知られていません。

    しかし近年、主に遺伝性疾患を中心に発症機序の研究が急速に進んでおり、近い

    将来有効な治療法の開発が期待されています。一方、各種の症状に対する治療や

    リハビリテ-ションは、症状の緩和や改善に有効であり、第Ⅱ章(治療と対策)、

    第Ⅲ章(看護)、第Ⅳ章(リハビリテーション)をご覧ください。

    10

    質問コーナー

  • Q5.多系統萎縮症の夫をもつ妻です。日常生活でどのようなことに気をつけていったら良いでしょうか?

    A5. この病気は、脳梗塞や脳出血のように急に悪くなったりすることはないことを

    お話しして、ご主人が今ある運動機能を積極的に維持し、ご自身でできる範囲の

    日常生活動作をこなされるように、適度の介助と精神的なサポ-トをしてあげて

    ください。立ち上がったり食事の後にボ-ッとされるときは、血圧が下がってい

    る可能性がありますので、座ったり横にしてあげてください。また体温の調節が

    難しい方もいらっしゃるので、夏場はエアコンによって、室温を適度に調節して

    あげることも必要です。また、ご自身では気づかない症状として、声帯外転麻痺

    によるいびき様の呼吸(大きく、甲高い音)や睡眠時の無呼吸がありますので、

    これらに気づいたときには主治医の先生に伝えてください。

    Q6.遺伝相談はどこで受けることができますか?

    A6. 遺伝相談(遺伝カウンセリング)とは、遺伝が関係するさまざまな問題解決に向けて、相談を受けたい方(カウンセリー)と相談者(カウンセラー)との間で行わ

    れるカウンセリング・プロセスのことを言います。遺伝相談の目標は、個々のカ

    ウンセリーの"生活の質(QOL)"の向上にあります。しかし、QOLについてすべての

    人に共通する価値観はありません。したがって、カウンセリーの人生の目標やQOL

    についての価値観、倫理観などを踏まえて、カウンセリー自身が、自らのQOLの向

    上のために、適切な選択肢を理解した上で自立的な決定ができ、その決定を尊重

    し、それが実現されるように遺伝カウンセラーは支援します。ま

    だ全国的にも、脊髄小脳変性症に関してしっかりとした遺伝相談

    が受けられる施設(たとえば信州大学遺伝子診療部など)は、非

    常に少ないのが現状です。当院でも遺伝相談外来開設にむけて準

    備を進めているところですが、当面は患者さんご自身を一番良く

    知っておられる主治医の先生にご相談ください。

    Q7.東京都から送られてくる臨床調査個人票を主治医の先生に書いてもらう時、「脊髄小脳変性症」と「多系統萎縮症」の2種類あるのですが、どちらを提出したらよいのですか?

    A7. 脊髄小脳変性症の分類(診断名)によって使い分けています。多系統萎縮症と

    診断されている患者さんは「多系統萎縮症」と書かれた個人票を、また遺伝性の

    脊髄小脳変性症(マカド・ジョセフ病やSCA 6など)の患者さんは「脊髄小脳変性

    症」と書かれた個人票が該当します。よくわからない場合には両方提出していた

    だいて結構です。主治医の先生がどちらか判断して記載してくれます。

    11

  • Q8.パーキンソン症状があるといわれたのですが、パーキンソン病にもかかっているという意味ですか?

    A8. いいえ、違います。パーキンソン病の患者さんで見られる症状(たとえば動作

    が遅いなど)に似ているという意味であり、パーキンソン病そのものではありま

    せん。ただし、治療はパーキンソン病に対する薬と同じものを使います。

    Q9.今後、病状がどのように進むのか心配です。

    A9. 残念ながらまだ有効な治療法が開発されていない現在、多系統萎縮症では平均

    数年で車椅子、7~8年で寝たきり状態に近くなることが多いと言われています。

    しかし、実際には、こうした経過は個人差が大きく、また遺伝性の脊髄小脳変性症

    であるSCA 6という病気では、進行が遅く、10~20年近く歩行が可能な方もおら

    れます.したがって、病気の進行については、正確な診断名を得たうえで、主治

    医の先生にお尋ねいただくのが最善の方法と思います。

    Q10.最近、夜間のいびきがとても大きくなり、となりに寝ていられないほどです。これも病気の症状ですか?

    A10. 脊髄小脳変性症の中でも、とくに多系統萎縮症と呼ばれる病気は、しばしば異

    様に大きく、かつ甲高いいびきをかくことが知られています。これは、この病気か

    らくる声帯外転麻痺という症状の一つで、空気がのど(気管)の狭くなったとこ

    ろを強引に通ろうとするときに声帯が振動し、大きないびきとして発生します。

    放っておくと窒息死することもありうる、気をつけなければならない症状の一つ

    です。ただし、この病気であっても健常人と同じような心配のないいびきをかく

    ことはありますから、まず耳鼻科的な検査をうけて心配ないびきなのか、そうで

    ないのかを調べることが必要です。

    12

  • 脊髄小脳変性症は、現在もなお原因が明らかでなく、した

    がって根本的治療法もまだみつかっていません。症状に応

    じて、それらを軽減させたり現在の体の機能を保つことを目的とした治療(対症療

    法)が主体であり、いろいろな試みが行われています。病気の性質を理解した上で

    の日常生活におけるさまざまな配慮・工夫が治療の基礎となりますので、一般療法

    の項目として記します。ただし、以下に述べる諸症状は、すべての脊髄小脳変性症

    の患者さんで生ずるわけではない点をご理解ください。

    症状の進行に伴い転倒しやすくなり、骨折や外傷などの危険があ

    りますので、歩行の際には注意が必要です。できる範囲のことは

    自分で行うという姿勢でリハビリテーションを継続してください。

    (赤字は商品名の一例であり、同じ成分の薬でも別名のこともあります。)

    甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン

    (TRH)が使用されています。TRHの

    作用により小脳におけるノルアドレナリン代謝が促進され、運動失調を改善す

    ると考えられています。酒石酸プロチレリン(ヒルトニン:注射薬)、タルチレリ

    ン水和物(セレジスト:経口薬)が国内で承認され、使用されています。

    脳内の伝達物質であるドーパミンを補充することにより症状の改善

    を図る薬剤です。

    脳内でドーパミンが受け取られる場所(受容体)を直接刺激して、ドー

    パミンそのものが結合した場合と同様の効果を示すことにより症状

    の改善を図る薬剤です。

    ドーパミン放出促進薬(シンメトレル)、抗コリン薬(アーテン) 等、上

    記とは違う働きをもった薬剤が使用されることもあります。

    手足の痙縮(筋肉のつっぱり)に対し

    ては、抗痙縮薬(筋弛緩薬)が用いられ

    ます。 痙縮の緩和により動作の改善が期待できます。しかし、筋力が低下して

    いる場合には、筋痙縮による筋緊張がむしろ姿勢や歩行を保持する重要な要素

    となっていることがあります。このような場合、痙縮の緩和によりかえって筋

    力低下が感じられるようになったり、動作しにくい状況になることがあります。

    全体のバランスをみながら処方量を調節します。

    13

    Ⅱ 治療と対策

    運動障害に対する治療

    1)ドーパ製剤 (メネシット、ECドパール等)

    2)ドーパミン受容体作動薬 (ペルマックス、カバサール等)

    3)その他

    一般療法

    薬物療法

    1.小脳症状(運動失調)に対して

    2.錐体外路症状(パーキンソン症状)に対して

    3.錐体路症状(痙縮)に対してけいしゅく

  • 脊髄の運動神経細胞の興奮性を鎮めることにより効果を示します。

    骨格筋に直接作用して痙縮を低下させます。

    上半身を起こした時や食後に血圧が低下

    する状態であり、全身の血流に障害を及

    ぼすと考えられます。脳血流低下によるめまい・失神が代表的な症状です。自覚

    症状がない場合でも血圧低下が著しく要注意の場合もありますので、指摘を受け

    た際には以下の点を参考に、対処してください。

    1.急に立ちあがらずに、ゆっくりと起きあがる。:急激な体位の変化に血圧維持が追いつかない状態なの

    で、徐々に上半身を起こすことで体を慣らす効果が

    期待できます。

    2. 起きあがる時は、両下肢をよく動かしてから起きる。

    3. 弾性ストッキングを使用する(夜間は外します)。

    4. 腹帯などを使用し、腹部をやや強めにずれないように縛る。

    上記の2から4は、いずれも下半身への血液貯留を防ぐ効果があります。弾性ストッキングや腹帯は、薬局や院内の売店で購入できます。

    5. 食後はしばらく体を横にする。:食後は食事性低血圧が重なり、低血圧が

    起こりやすいため注意が必要です。

    6. 入浴は長湯を避け、お湯の温度はぬるめにする。:一般に、入浴中は血管

    が拡張するため血圧は低下します。

    7. 睡眠時には頭や上半身をやや高めにする(15~25度程度上げる)。:血圧を

    上げる作用に関連したホルモンの分泌が促進され、低血圧の予防効果があ

    ると言われています。

    1. 交感神経刺激薬(ジヒデルゴット、メトリジン、リズミック、エホチール等)

    交感神経を活性化し末梢血管収縮等の作用を示し血圧を上昇させます。

    2. ノルエピネフリン補充薬(ドプス)

    体内でノルエピネフリン(交感神経刺激作用をもつ)に変換され、血圧を上

    昇させます。

    3. 副腎皮質ステロイド薬(フロリネフ)

    腎臓での水とナトリウムの再吸収を促進し、血液量を増大させることによ

    り血圧を上昇させます。

    これらの薬物療法で、上半身を起こしたときの血圧低下が改善されるものの、横になった時に逆に血圧が上がりすぎることもあるので(臥位高血圧といいます)、横になったときの血圧も測ってみて下さい。

    14

    1) 中枢性抗痙縮薬(リオレサール、ミオナール、テルネリン等)

    2) 末梢性抗痙縮薬(ダントリウム)

    自律神経症状に対する治療

    起立性低血圧・食事性低血圧

    一般療法

    薬物療法

  • 排尿障害は排出障害(排尿困難、尿閉)、蓄尿障害(尿意切迫、

    頻尿)に大きく分けられ、程度の差はありますが、しばしば両

    者が組み合わさって出現します。排尿機能検査を行い、排尿障

    害の性質や程度を評価した上で、治療方針を選択していきます。

    薬物療法により十分な改善がみられない場合に必要となります。

    排尿後あるいは排尿時に、下腹部(恥骨の上)を手で押して圧を加えるこ

    とにより排尿を促す方法です。圧力がかかる姿勢、つまりトイレに座った状

    態や、臥床している時には30度位ベッドを上げた状態で行います。

    間歇的に、尿道に細い管(尿道カテーテル)を挿入し、膀胱に溜まった尿を

    出す方法です。排尿障害の程度に応じて1日に必要な回数を設定し、毎日決まった時間帯に行うようにします。患者さん自身が行う場合、ご家族が行

    う場合、訪問看護を利用する場合がありますが、通常薬物療法で効果がみ

    られず、中等度以上の排尿障害がある場合には、下記の尿道カテーテル留

    置の方法をとることが一般的です。なお、患者さん自身あるいは御家族が

    導尿を行う場合には、膀胱炎などの尿路感染症を防ぐため、尿道口の消毒

    や挿入する管の清潔操作など、正しい方法を習得していただく必要があり

    ます。

    間歇導尿では対応できず、すでに薬物療法による効果も望めず、常時残尿

    が200ml前後ある場合には、尿路感染や腎臓に負担をかけないために留置カ

    テーテルが必要になります。尿道にカテーテルを留置し、排出された尿は蓄

    尿袋に集められます。定期的(通常、2週間に一度)に新しい尿道カテーテ

    ルに交換する必要があります。(第Ⅲ章の「看護」の項を参照)

    尿道カテーテル留置の管理における、種々なポイントについては、第Ⅲ章の看護(排泄の項)に詳しく述べてあります。

    腹部表面と膀胱とをカテーテル(やわらかい管)でつなぎ、尿道を経由せ

    ずに尿を流出させる方法です。結石や腫瘍、炎症による癒着など何らかの

    原因で尿道が著しく狭くなっており、尿道カテーテルの挿入が困難な場合

    に適応となります。泌尿器にて手術が必要ですが、その後のカテーテルの

    交換は尿道カテーテルの場合と同様です。

    15

    排尿障害

    一般療法

    1.用手圧迫法

    2.間歇導尿

    3. 尿道カテーテル

    4.膀胱瘻

  • 1. 副交感神経刺激薬 (ベサコリン、ウブレチド等)

    膀胱の収縮力を増強させ、尿の排出を高める働きがあります。

    2.交感神経α受容体遮断薬 (ミニプレス、エブランチル、ハルナール等)

    尿道括約筋の収縮力を減弱させ、尿道内圧を低下させることで尿の排

    出を高めます。なお、起立性低血圧のある方では同症状を悪化させる可

    能性があり、使用できない場合があります。

    副交感神経遮断薬(ポラキス、バップフォー等)は、膀胱の収縮力を減弱

    させ、膀胱の過緊張状態や異常収縮を抑制することによって蓄尿機能を改

    善します。頻尿・尿意切迫が改善される一方で、残尿(排出されず膀胱内

    に残った尿)が増えたり、排尿困難が強まることがあり、開始後も経過を観察していく必要があります。

    右の図は、膀胱や尿道に対する薬の効果を模式的に書いた図です。膀胱や尿道の

    機能を調節する神経が障害されることにより、膀胱は縮んで小さくなったり、逆に

    大きく伸びきったようになったりし

    ます。また、尿道にある筋肉と膀胱

    の筋肉との連携運動がうまくいかな

    いこともあります。基本的に上で述

    べた薬剤は、この三つの基本病態に

    対して用いられます。すなわち、膀

    胱が縮んだ状態にある場合にはそれ

    を広げるような薬を、また広がって

    しまった場合には収縮力を増すよう

    な薬を用います。そして排出障害と

    蓄尿障害が組み合わさっている場合

    には、それぞれの状態を見て、必要

    に応じて可能な範囲で薬を併用する

    こともあります。

    腸管の運動が不安定となり、便秘や下痢、あるいは両者を繰り

    返す場合があります。

    水分量の調整や食事内容の工夫で予防できます。繊維質を摂取すると腸の

    動きを正常に保つことができます。水分を合わせて取ることで糞便が柔らか

    くなるとともに、腸を刺激し、排便がスムーズになります。腹部マッサージ

    も効果的です。腹部を時計回りにマッサージすることで、腸の走行に沿って

    刺激を与えることができます。

    16

    蓄尿障害に対する薬

    排便障害

    一般療法

    薬物療法

    排出障害に対する薬

  • 便秘に対しては下剤や浣腸、下痢に対しては整腸剤や下痢止め

    が用いられます。いずれも一般的によく用いられているもので

    あり、状態に合わせて適宜薬量の調節を行います。

    発汗は温熱刺激により誘発され、体温を一定に保つための調節

    に関わっています。発汗が低下すると熱が放散されないために

    体温が上昇しやすくなります。発汗が低下している部位の代償として、正常に

    発汗する部位でより発汗量が増して、体温が保たれる場合もあります。全身の

    発汗低下が生ずると、夏期等にうつ熱(熱が体内にこもってしまう状態)による

    体温上昇を起こすことがあります。クーラーを使用して室温を適度な状態(25℃

    程度)に保つことが必要となります。布団やタオルケットなどかけものの調節も

    重要です。

    第Ⅰ章で述べた呼吸についてのいろいろな障害は、

    生命維持に直結した問題です。適時適切な評価及び

    以下にご説明する補助呼吸や気管切開等の治療の必要性が生じる場合があります。

    鼻もしくは鼻~口を覆うマスクを用いて、小型の

    人工呼吸器により、呼吸に合わせて設定した圧の空

    気が吹き込まれます。マスクはつけはずしが可能で

    あり、睡眠時等必要な際に適宜装着します。誤嚥(嚥

    下障害により気管に唾液や食物が流入してしまうこ

    と)のないことが必須条件となります。呼吸障害自体

    の進行や、他の要因(嚥下障害等)の進行に伴って効

    果が得られにくくなることがあります。本治療法は、

    閉塞性睡眠時無呼吸症候群に対して第一選択となる

    治療法ですが、睡眠中に大きないびきを生ずる声帯

    外転麻痺や中枢性睡眠時無呼吸のときにも有効なこ

    とがあります。

    気管切開術は、全身麻酔下に、首の正面に触れることができる気管に外科的

    に穴を開けて、そこから気管カニューレというチューブを差し込む方法です。

    次のような状態になったときに適応となります。

    ①重度の声帯外転麻痺により、窒息する危険が

    高いとき

    ②嚥下障害が著明であるとき

    ③自発呼吸が非常に弱いとき

    ④のどに多量の痰がからみ、排出できないとき

    ⑤誤嚥性肺炎をくり返し起こすとき

    ⑥非侵襲的人工呼吸では十分な効果が得られな

    いとき

    ⑦その他

    17

    呼吸障害に対する治療

    非侵襲的人工呼吸

    人工呼吸器

    に接続

    気管切開

    (「人工呼吸器の

    使い方」から引用)

    薬物療法

    発汗障害

    (「ALSケアブッ

    ク」から引用)

  • 気管切開のみで呼吸状態が改善する場合もありますが、③のように同時に補

    助呼吸の必要性も高い状況においては、気管切開による人工呼吸器の装着につ

    いても考える必要があります。基本的に、呼吸はこのチューブを通じて行われ、

    空気(呼気)は声門を通らないので、声を出すことはできなくなります。痰な

    どの吸引、酸素投与、人工呼吸器の接続もこのチューブから行われます。水が

    入らないようにすれば入浴は可能です。

    なお、嚥下障害が比較的軽度の場合には、下図に示したようなシリコン製気

    管チューブ(レティナ)と会話弁(スピーチバルブ)という組み合わせで発声

    が可能となります。つまり、会

    話弁は一方通行になっており、

    息を吸うときは気管孔を通って

    空気が入りますが(水色の矢印)、

    息を吐くときは、会話弁が閉じ

    るため、息が声門を通り(紺色

    の矢印)、発声が可能となりま

    す。

    しかし、この方法は気管切開術を受けた誰でもが使えるというわ

    けではなく、また当初は使えても

    徐々に病気が進行し、飲み込みが

    悪くなってくると、使用は難しく

    なります。

    一般的には、呼吸する筋肉を動かす神経や筋肉自体が障害され、それにより

    呼吸不全状態に陥った場合に人工呼吸器の装着が必要となります。しかし、脊

    髄小脳変性症の場合には、むしろこうした障害よりも、先に述べた声帯外転麻

    痺や延髄にある呼吸中枢そのものの障害により自発呼吸が微弱となる(中枢性

    睡眠時無呼吸)ために、呼吸不全に陥ることがあります。この場合、しばしば

    夜間の睡眠中により症状が明らかとなるため、開始当初は夜間だけ人工呼吸器

    をつけることがあります。呼吸器が24時間必要となった状態に至っては、呼吸

    器を外すことは困難となります。

    18

    気管切開による人工呼吸

    気管切開を行うかどうかや人工呼吸器をつけるか否か

    を決心することは困難をともないますが、十分な時間

    をかけて主治医と話し合った上で結論を出すことが大

    切です。

  • 食事の形態を飲み込みやすい状態(きざみ、みじん、ペースト)

    に変えたり、とろみをつけたり、食事のときの姿勢を整える(体をしっかり支

    えるなど)ことで誤嚥が抑えられれば、経口摂取を継続することができます。

    口内に入れる一回量を減らし、またゆっくりと確実に飲み込むように心がけて

    ください。詳細は第Ⅲ章の看護および第Ⅳ章のリハビリテーションの項をご覧

    ください。

    誤嚥の危険性が非常に高い場合や、十分な食事量を確保できない場合には、

    経管栄養という方法が必要となります。これは直径4~5mm程度の軟らかい管を

    消化管(多くの場合胃)の中に入れて、水分や栄養剤を注入します。具体的には、

    下の模式図に示すような二つの方法、すなわち鼻から管を入れる経鼻経管栄養と腹部から胃に穴を開けて直接管を取り付ける胃瘻という方法がよく行われま

    い ろ う

    す。このほかにも、首の横から食道の中に管を入れる方法や、開腹して直接胃

    に穴をあける方法が必要になることもあります。 いずれの方法でも口の中に

    は食物(流動食)が通らないため、味覚を感ずることはなくなってしまいます。

    管からは、食事、水分、薬のほか、好みのジュースなどを入れることは可能で

    すが、粒が粗いと詰まってしまう危険があります。管の交換は、経鼻経管栄養

    の場合にはほぼ2週間に一度、胃瘻の場合にはほぼ半年に一度です。経鼻経管

    栄養は、すぐにでもできる容易な方法ですが、胃瘻の場合には内視鏡下での小

    手術が必要になります。その具体的な方法については、次の質問コーナーをご

    覧ください。

    19

    鼻孔から管を挿

    入します。

    食道腹壁にあけた小

    さな穴から管を

    挿入します。

    (「ALSケアブッ

    ク」から引用、

    一部改変)

    嚥下障害に対する治療

    一般療法

    経管栄養

  • 誤嚥はあるものの舌の動きが良好な場合には、喉頭気管分離術が適応とな

    ることがあります。この手術方法は、下の図に示したように、切離した気管の

    下端はのどに開口させ(気管切開術と同じ)、上端は食道に吻合(縫い合わせ

    る)する方法で、全身麻酔下でおよそ2時間かかります。この手術により、食

    べ物の通り道(赤で示す)と空気の通り道(青で示す)とは完全に分離するこ

    とになり、したがって誤嚥を完全に予防しつつ、口からものを食べられるよう

    になります。しかし、病気が進行し、舌の動きが悪くなると、先に述べた経管

    栄養という方法に移行せざるを得ません。本手術は、喉頭摘出術と同様、高度

    の誤嚥があり、頻繁に誤嚥性肺炎を起こす場合にも適応となることがあります。

    詳細は、当院神経耳科の医師にお尋ねください。

    2008年3月、群大の平井教授は遺伝子導入

    治療により、病気のねずみ(SCDマウス)の

    歩行が、著明に改善したことを報告しまし

    た。右図は、ねずみの足跡ですが、正常な

    ねずみ(野生型)に比べ、SCDマウスではそ

    の足跡はよろよろと不規則なパターンを示

    しています(+GFP)。しかし、このねずみ

    に遺伝子導入治療を行った結果、その足跡

    はほぼ正常に近くまで改善しています(+CR

    AG)。今後は、徐々に大きな動物での実験

    や副作用のことなどについての検討がなさ

    れていくようです。

    20

    喉頭気管分離術

    トピックス

  • Q1. 薬の副作用が心配です。大丈夫でしょうか?

    A1. どんな良い薬にも副作用はあると言えます。一般的に薬の処方量は

    安全に使用できると考えられる量に設定されており、いわゆる通常量

    を超えることは特別な場合を除いてありません。同じ薬を飲んでいて

    も副作用の出方には個人差があります。明らかな副作用がみられない

    場合、また多少みられても特に害はないと判断できる場合には使用を続けること

    ができます。明らかな症状が現れたり、それが徐々に悪化していくような状況で

    は減量又は中止を余儀なくされることがあります。逆に何か症状があった場合に

    薬が原因であるとは限りません。副作用については常々注意しておりますので、

    気になることがあればいつでも主治医にお尋ねください。

    Q2.薬はずっと飲み続ける必要があるのでしょうか?

    A2. 薬物療法全般に言えることですが、症状に対して何らかの効果がみられ、継続

    する意義が高いと考えられる状況においては飲み続けることをおすすめします。

    一方、開始当初は効果がみられていても、次第に効果がみられなくなる場合もあ

    ります。その際は主治医が使用を継続するかどうかを再検討し、やめることもあ

    ります。

    Q3.新薬の情報を目にすることがありますが、試すことはできますか?

    A3. 日々治療法の開発が進められておりますが、その情報がどのような性質のもの

    かを知る必要があります。マウス等の動物実験において効果が期待できると判

    断されたというような場合、その有用性が確かなものかを評価するには更に時

    間が必要です。ヒトに使用できるものかどうか(安全性等)を判断するにもいく

    つものハードルがあります。一方いくつかのハードルを経

    てヒトへの効果を試す段階にきた薬を治験薬と言います。

    このような薬は通常限られた施設(研究機関)において使用

    されることが多く、使用を希望される場合には、その利点

    と欠点とを十分ご理解いただき、さらに使用条件を満たし

    ているかどうかを主治医が判断した上で初めて治験に参加

    することができます。また、当然のことですが、患者さん

    ご自身の都合で途中で中止することも可能であり、その場合でもなんら不利益

    を被ることはありません。

    21

    質問コーナー

  • Q4.健康食品を試してみたいのですが?

    A4. さまざまな病気に健康食品の類が効いたという宣伝がしば

    しばみられます。多くの場合これらの情報は医学的に十分証

    明されているとは言えず、基本的に医療機関で使用されるこ

    とはありません。高額な代価をもって症状を回復させる、治

    すと約束するような治療法には注意が必要です。治療に関することは医師に相談

    してください。

    Q5.胃瘻はどのようにつくるのですか? 手術は大変ですか?

    A5. 口から内視鏡を胃の中まで入れ、まず胃の中に異常がないかどうかを観察します。

    その後、おへその左上あたりの皮膚を局所麻酔したのち小さく切開します(長さ

    約1.5cm)。ついで、その切開創に胃瘻チューブと呼ばれる軟らかいシリコン製

    の管を通し、胃の中に留置すれば完成です。消化器外科の医師が行い、20~30分ほどで終わります。比較的安全な小手術と言えますが、まれに腸が胃の上に覆いかぶ

    さり、そのため皮膚から直接胃に穿刺することができない場合や、胃にあけた穴

    から胃液がもれて腹膜炎を起こすことがあります。また、手術後に切開創が化膿

    し、治るのに時間がかかったりすることもあります。通常、術後2日ほどで、流動

    食の注入を開始することができます。胃瘻チューブの入っている皮膚(切開した

    場所)が乾燥してきれいであれば、そのままの状態で入浴することができます。

    胃瘻チューブは、約6ヶ月ごとに交換する必要があり、その場合には短期間の入

    院が必要です。

    Q6.病気のことを考えるととても不安になり、夜も熟睡できません。どうしたら良いでしょうか?

    A6. 診断を受けて多くの患者さんが驚き、困惑します。怒りや不信感、絶望感など

    を抱く方もいます。将来のことを考えるとさまざまな不安が襲ってきますが、ど

    んな感情であっても、それはあなたやあなたのご家族にとっては当然のことです。

    冷静になって状況を把握し、さまざまな問題を解決していく必要があるわけです

    が、それには時間が必要です。まずは病気に関する理解を深めることが大切です

    が、そのために医師や看護師、さらにはリハビリスタッフや医療相談担当者など

    さまざまな病院スタッフが情報を提供し、お手伝いできる準備ができています。

    ご家族や親しい友人達と話し合うことによって気持ちが整理されることもあるで

    しょう。しかし、なかには強い不安やうつ状態に陥ってしまう方もおり、カウン

    セリングや精神科医の診察が必要となることもあります。不安等を和らげる薬物

    を一時的に使用することもあります。大事なことは、不安を自分一人で抱え込ま

    ず、孤立しないで多くの人達と意思疎通を図ることです。まわりには、あなたや

    あなたのご家族のお手伝いをしようとする人が大勢いることを忘れないでくださ

    い。

    22

  • 療養生活を送る上で最も重要なのは、患者さんとそのご家族の「前向きに有意義に

    過ごそう」というお気持ちです。筋力の維持やリハビリにもなるので、多少時間が

    かかっても身の周りのことはできるだけ自分で行うことが望ましいでしょう。しか

    し、症状が進んでくるといろいろと介助が必要になったり、心配なことも出てくる

    かもしれません。患者さんだけでなく、介護しているご家族ならではの悩みや心配も

    一人で抱え込まず、何でも看護師にご相談ください。内容に応じて、医師、リハビリス

    タッフ、医療相談担当者、栄養士などのアドバイスを受けることができるよう、窓口

    となって調整致します。ここでは、日常生活のお手伝いの方法を幾つかご紹介します。

    患者さんのご希望やご自宅の状況に合わせてアレンジしてみてはいかがでしょうか。

    この病気(脊髄小脳変性症)では、一般に運動機能が落ちても食欲は保たれます。

    そのため運動不足からくるカロリーオーバーとなり、体重が増え、その分さらに体

    の動きが悪くなってしまいます。食事は腹八分目におさえましょう。できるだけ自

    分で楽に食べられるように、介護用品店で売っている食事用補助具(ストロー付き

    コップや改良スプーン)を利用してみましょう。

    特に食べてはいけないものはありませんが、次の食べ物は飲み込みづらいので注

    意してください。むせるようなら控えましょう。

    23

    Ⅲ. 看護

    日常生活の援助

    1.食事

    サラサラした液体(お茶・ジュース)

    パサパサしたもの(パン、ゆで卵)

    口の中にはりつくもの(わかめ、ウエハー

    ス)

    麺類、すっぱいもの、からいもの、熱いも

    のなど

    気をつけて!

  • 食べ物が誤って気管に入ると(これを誤嚥

    といいます)それを吐き出そうとして反射

    的に強い咳がでます。これがむせた状態であり、このようなときには落ち着いてしっ

    かり咳払いなどをして、むせたものを出しましょう。むせずに、気管に入ってしま

    う場合の方がむしろ危険です。繰り返し誤嚥したときの症状として熱がでることが

    あります。食事でむせるようなら次のような工夫をしてみてください。

    座位(30度位)をとり、軽く首を前に曲げる。

    1) 食べやすい形にする。

    細かく刻んだり、ペースト状にすると食べやすくなります。あらかじめ

    調理加工された食品も介護用品店に売っています。ベビーフードなどを利

    用してもよいでしょう。

    2) 一口ずつゆっくり食べる

    一回に口に入れる量を減らす。次々に口に運ばない。飲み込むタイミン

    グを計る(手の動きが不自由なためにコントロールが難しい場合は無理

    せず介助してもらう)。むせた後は少し時間をおいてから食べましょう。

    3) やや濃い目の味付けとする。

    4) 水分にとろみをつける。

    介護用品店などで売っているとろみ剤を使うと手軽にとろみがつけられ

    ます。お茶やジュースにとろみ剤を混ぜてポタージュスープやカスター

    ドクリーム状にして飲みましょう。

    水分に混ぜるだけで、とろみ

    がつきます。30本入りで、1000

    ~1500円程度で、病院の売店

    でも売っています。

    いろいろな味が付いたものも

    あります。

    水分補給用のゼリー飲料で、

    150ml、100円程度です。

    24

    対策1:むせにくい姿勢をとる

    対策2:むせにくい食事にする

    むせるようになってきたら

  • これらの対策をしてもなお、むせるようでしたら、口から食事をとるのは難しい

    かもしれません。その場合には、①鼻から胃まで管を入れる ②お腹から胃に穴を

    開けてチューブをつけるなど、管から水分・栄養を補給

    する方法があります(経管栄養といいます)。また、飲

    み込みの運動を改善させるための訓練(嚥下訓練)もあ

    ります。これらについては、それぞれ第Ⅱ章の「治療と対

    策」や第Ⅳ章の「リハビリテーション」の項をご覧くださ

    い。頻回にむせる時は吸引(鼻または口から細いチュー

    ブをのどの奥まで入れ、痰やむせたものを吸い出す方法)

    を行う必要があります。かかりつけの医師や看護師にご

    相談ください。

    清潔を保つことは、気分転換や風邪予防、床ずれ予防になります。

    自力での入浴が難しくなっても、家族やヘルパーの協力を得て入浴

    や体を拭いてもらうなど、次のような方法を用いて体をきれいにし

    ましょう。

    洗面所やお風呂場、又はベッドサイドでも行うことができます。

    1)洗面器にぬるめのお湯をはり、手や

    足をつけます。周りが濡れないよう

    にビニールやタオルを敷きます。

    2)石鹸をつけて指の間を洗います。

    3)洗面器の湯を取り替えてすすぎ、

    タオルで拭き取ります。

    1)頭の下に平オムツ(吸水性が良いので利用します)、その下にタオルやビ

    ニールシートを重 ねて敷きます。

    2)洋服が濡れないように、襟元にタオルを巻きます。

    3)ボトルにお湯を入れて準備し、シャンプーします。

    シャンプーを洗い流す前にタオルで泡を拭き取る

    と少ないお湯ですすぐことができます。

    4)すすぎ終わったらオムツを外し、タオルで拭き取

    ります。

    25

    手浴・足浴

    2.清潔

    洗髪(ベッド上で)

    ポイント

    食事の後に、咳払い、唾液の飲み込み、ゼリーを最後に食べるなど、のどの奥に食べ物を残さない

    ヒント!

    ドライシャンプー(介護用品店やドラッグストアで売っています)を使

    うと水を使わなくてもできます。

    ボトルは台所洗剤の空容器や500~1000mlのペットボトルのフタに幾つ

    か穴を開けたものを使うと便利です。

    オムツは一枚で800~1400ml位の水を吸収します。

  • 自分で歯ブラシを持ってブラッシングをするのが難しいよ

    うであれば、電動歯ブラシが便利です。水でむせてしまう場

    合は、カット綿で拭き取る方法をおすすめします。

    入浴できないときは毎日下着を替え、清拭したり、ウオシュレットを使いま

    しょう。また、次の方法でベッドの上でもきれいにできま

    す。

    1) お尻の下にオムツを敷きます。刺激の少ない石鹸な

    どをつけて洗います。

    2) お湯をゆっくりかけて洗い流します。(前頁のヒン

    トで記載した穴あきボトルを使うと便利です)

    3) ティッシュや布でよく拭き取ります。トイレで穴あ

    きボトルを利用して洗うこともできます。

    発汗障害などの自律神経症状が強い場合、体温調節が難しくなります。

    次のポイントを考慮して、介護用品店などで選びましょう。手持ちの

    服を改良したり、手作りしてもよいでしょう。

    1) 着ていて楽なもの:軽く、適度なゆとりがあり、伸縮性があるもの

    2) 着脱しやすいもの:上着は前開きでボタンの代わりにマジックテープつきの

    もの、ズボンはウエストがゴムのもの(自作も可能です)

    3) 安全性:すべらない靴下など

    4) 素材:木綿・綿ジャージ・パイル

    地・厚手のガーゼなど(とくに、

    寝巻きの場合)保温性・吸湿性・

    通気性に優れたもの

    自分で寝返りするのが難しいときは、2~3時間おきに体の向きを変えてあげ

    ましょう。床ずれの予防になるばかりでなく、左右の肺に痰がたまるのを予防

    するためにも重要です。除圧マット・エアマットなどを使ってもよいでしょう。

    エアマット まくら

    26

    陰部の清潔

    4.体位変換

    歯磨き

    3.衣類

  • 自律神経障害・運動障害により排泄動作に介助が必要になることが

    あります。(第Ⅱ章の「治療と対策」をご覧下さい)介助するとき

    は、患者さんの羞恥心を考慮してお手伝いをしましょう。

    1) 着替えがしやすいズボンや下着を着ましょう。

    2) ふらつくようであればトイレに手すりを付けると安全です。

    自宅改造については第Ⅳ章の「リハビリテーション」の項

    をご覧ください。

    3) 夜のトイレの回数が多くて気になるようでしたら、日中に水分を多く取り、

    寝る前は控えましょう。なお、病気からくる症状(頻尿やトイレまで我慢が

    できないなど)のときには、薬が有効な場合もありますので、主治医に相談

    してみてください。

    4) 動きの状態に合わせて、ポータブルトイレや尿器

    (右図)を使いましょう。ただし、ふらつきが強いときには、かえって危険な場合があり、とくに

    夜間にポータブルトイレを使う場合は、転倒に十

    分注意してください。

    5) トイレが間に合わない場合は、オムツや尿取りパットを利用する

    のも一つの方法です。

    27

    5.排泄

  • カテーテル(尿を流出させるための穴が開いている軟らかい管)が常に尿道~膀

    胱内に入っているため、体位交換時や移動時などにこの管が引っ張られないような

    注意が必要です。カテーテルの先端には、左図のように水の入った直径2-3cmの風船

    (バルン)がついており、膀胱の中に留置・固定されます。そのため多少の力でカ

    テーテルが引っ張られても抜けることはありませんが、痛みや違和感を感じたり、

    わずかな血尿がみられることがあります。しかし、強い力で引っ張ると、この風船

    が膨らんだまま尿道を通過す

    るため、膀胱壁や尿道を傷つ

    ける可能性があります。多く

    の場合、下腹部の痛みととも

    に、明らかな血尿が見られま

    す。そこで、カテーテルが引っ

    張られないようにするため、

    テープなどでカテーテルを下腹部や大腿部に固定しておき

    ます。通常の使用では抜けて

    しまうことはほとんどないの

    で、過度に心配せず、積極的に

    体を動かしましょう。

    以下に、尿道カテーテル留置の管理についてのポイントを述べます。

    26頁の方法を参考にして、カテーテルも一緒に洗うようにします。尿道口・

    カテーテルを洗ってから、肛門部を洗うことで、感染を防いでいきましょう。

    カテーテルに尿が満たされているときは、その部分をしごくことによって、

    カテーテル内の尿が蓄尿袋に入るように誘導しましょう。

    力がかかったときに抜けないために、テープを用いてカテーテルを腹部又

    は大腿部に固定します。また、体位を変えた時や体を動かしたときに、カテー

    テルが体につぶされたり、よじれないように注意しましょう。

    尿量を多くしてカテーテルのつまりや膀胱炎を予防するために、水分を多

    くとりましょう。

    28

    1) 陰部の清潔

    2) 尿の誘導

    3) カテーテルの固定

    4) 水分の摂取

    尿道カテーテル留置における管理

  • 以下のときには、かかりつけの医師や看護師に相談しましょう。

    ① カテーテルの入っているところ(尿道の先端)に、強い違和感や痛みが

    あるとき

    ② カテーテルが抜けてしまったとき

    ③ 一日の尿量に大幅な変化があったとき

    ④ カテーテルをしごいても尿量が増えないとき

    (カテーテルがつまっていることもあります)

    ⑤ 尿の色がいつもと違う(赤い、にごっているなど)のとき

    ⑥ カテーテルが入っているにもかかわらず、尿道の先端から尿がしみ出て

    くるとき

    ⑦ 下腹部が膨隆し、押すと痛みを訴えるとき

    29

    5) もしものときに

  • 脊髄小脳変性症は、一般に症状が緩徐に進み、長期の療

    養生活を送ることが多くなります。適切な時期に、適切

    な医療が受けられるよう何か症状に変化があったら、

    医師や看護師にご相談ください。より快適な療養生活

    を送るために、次の点にご注意ください。

    風邪や肺炎、尿路感染、床ずれなどの合併症を起こさないことが大切です。

    以下のことを積極的に生活に取り入れ、予防していきましょう。

    1) 外出後は手洗いやうがいをしましょう。風邪を予防するためにも必要なことです。

    2) 十分に睡眠をとりましょう。夜眠れないときは

    ① 寝る前に、自分なりのリラックスの方法を取り入れましょう。

    たとえば、音楽を聴く、温めた牛乳を飲む、足浴をするなど

    ② どうしても眠れない日が続く場合には、かかりつけの医師に相談をして

    睡眠剤の服用を検討しましょう。3) 十分に水分をとりましょう。

    一日1000~1500mlの水分摂取を目安とし、食事の時や朝起きた時などに必

    ずコップ一杯のお茶を飲むなど自分なりの習慣をつけると飲みやすくなりま

    す。

    4) 栄養のバランスがとれた食事をしましょう。5) 適度な運動をしましょう。

    手足の筋肉の廃用萎縮(使わないために筋肉がやせ

    てくること)、関節痛や関節拘縮(関節を動かさない

    ことにより痛みや関節の曲げ伸ばしの範囲が狭くなる

    こと)を予防するばかりでなく、心臓や肺の機能にも

    適度な刺激を与え、さらに運動不足からくる肥満防止

    にもなります。

    脊髄小脳変性症の症状として低血圧(とくに起

    立性や食事性)が起こる場合があります。(詳し

    くは第Ⅱ章の「症状と対策」の項をご覧ください)

    意識が遠くなってボーっとしている、目の前が白っ

    ぽくなる感じがする時は低血圧を起こしているこ

    とがあります。自宅に血圧計がある場合には、あ

    せらずにまず計ってみてください。収縮期圧(上

    の血圧)が100mmHg以下のときは、右記の方法で対

    処しましょう。

    これらの症状が起きた場合は、かかりつけの医

    師・看護師に相談してください。低血圧症状があ

    るときは転倒しやすくなりますので十分に注意し

    てください。

    30

    低血圧

    日常生活で注意する点

    余病を起こさないための工夫

    低血圧がおきやすい時

    1.食後

    2.急に立ち上がった時

    3.排便・排尿の後

    低血圧が起きた時

    1.両足を少し上げる

    2.寝てもらう

    3.声をかける

  • Q1. 会社の仕事は続けてもよいですか? 継続して働くのが困難になった場合、自分にあった仕事はどのようにみつけたらよいですか?

    A1. まず、会社で病気について理解してもらうことが重要です。その上で、勤務可

    能なうちは、継続して出社しましょう。フレックスタイム(時差出勤)やSO

    HO(在宅勤務)などの仕組みをもっている会社の場合はなるべく働き続ける

    のが望ましいでしょう。通勤が困難になった場合にはパソコンやインターネッ

    トを活用した仕事を考えてみるのも一つの方法です。新たな就職を考えている

    場合は、退職する時に離職票をもらい、住んでいる地域のハローワークに提出

    し、仕事を紹介してもらいます。仕事がみつかるまでの間は

    雇用保険を利用します(勤続年数によって受給期間は異なり

    ます)。さらに、雇用促進や職業訓練に関するさまざまな制

    度がありますので、市町村の福祉課や病院のケースワーカーなどにご相談ください。また、身体障害者手帳をお持ちの方

    は、それを提示することにより身体障害者としての雇用枠で

    も探すことができます(レインボーワーク)。

    Q2.お酒とタバコなどの嗜好品は病気に影響がありますか?

    A2. 過度の飲酒はアルコール性小脳萎縮の原因になりますが、お酒・タバコと脊

    髄小脳変性症との間に直接的な因果関係があるとは考えられていません。適量

    の飲酒は構いませんが、酔いによるふらつきの増強には注意してください。タ

    バコについては急にふらつきが強くなる方がいるほか、肺がん・慢性気管支炎・

    心筋梗塞などの危険因子になることは明らかであり、またタバコの害は喫煙し

    ている本人だけでなく、周りにいる人にも及び(受動喫煙と言います)、また

    火事の危険もあることから、禁煙をおすすめ致します。神経病院では、院内の

    みならず建物周囲(敷地内)も禁煙となっています。

    Q3. 病気になったあとも趣味は続けられますか? 何か制限はありますか?

    A3. 危険のない範囲で、可能な限り今までの趣味はお続けください。病気になる

    とどうしても気分が沈みがちになりますが、旅行は気分転換になりますし、散

    歩も日課として続ければ、立派な歩行訓練になります。また、歌を歌う、カラ

    オケ・英会話などは発声することで言葉のリハビリにもなります。短歌・俳句・

    川柳を作って投稿する人、ワープロを使って自叙伝を発行したり、絵を描く人

    などもいます。自分の好き

    なことを選び、できるだけ

    多くの趣味をもちましょう。

    31

    質問コーナー

  • Q4.ボランテイアを頼むにはどうすれば良いですか?

    A4. 地域の民生委員や社会福祉協議会に相談してください。特

    に社会福祉協議会は全国の各市町村にあり、さまざまな福祉

    活動を行っています。希望する援助の内容・時間帯・期間な

    ど具体的に検討してから相談するとよいでしょう。

    Q5.介護していく上で、何か心構えは必要ですか?

    A5. 在宅介護では、家族全員が心を一つにして介護をするこ

    とが必要です。しかし、家族だけで介護をしていると、共

    倒れとなることもありますから、上手に公的サービスを利

    用して、介護を継続していけるような体制づくりをしましょ

    う。ヘルパー派遣や訪問看護については第Ⅴ章の「社会福

    祉」の項をご覧ください。介護をしていく上で疑問や心配

    なことがあれば、主治医や看護師はもとより、保健所や公立の難病センター(第Ⅶ章の有用情報を参照)などにも相

    談してください。東京都では、神経病院をはじめいくつか

    の病院において、ご家族の休養を目的に、患者さんが短期

    間入院できる制度があります。

    32

  • 脊髄小脳変性症の患者さんは、ふらつく、あるいは歩くことが困難などのげにんで次第に体を動

    かさなくなり、それによって廃用症候群といわれる様々な障害が出てきます。さらに進行すると、筋

    力の低下だけにとどまらず、バランス能の低下もみられるようになります。これらの進行を防ぐため

    には、筋力訓練、バランス訓練などのリハビリテーションを行うことが大変重要となりま

    す。2-3週間の訓練で失われた筋力が改善し、歩行の改善が見られ店頭も減少し

    た例もあります。

    33

    Ⅳ. リハビリテーション

    Ⅰ.はじめに

    Ⅱ.運動療法についての基本的な考え方

    活動の低下

    不動による臥床状態

    持久力の低下

    (心肺系の廃用症候群)

    意欲の低下、うつ状態

    (精神機能の廃用症候群)

    筋力低下・バランス能低下(易転倒性)

    (骨格系の廃用症候群)

    不動による臥床状態

    運動不足

  • 歩行が困難になっても座ってばかりいないで、頭部にヘッドギアーをかぶり、杖、手すり、歩行器

    などを利用して積極的に歩くことにより、筋力が維持され自力移動が可能な期間は延びます。しかし、

    不安定な歩行のために転倒し、骨折や硬膜下血腫などを起こすと、かえってベッド臥床の状態を促進

    することもありますので、判断に苦しむところです。一般的に車椅子を利用するきっかけは、度重な

    る転倒で危険を感じたときや日常生活を効率よくすごすために必要となったときです。車椅子を利用

    するようになっても介護者が見守れるときは、歩行や立位保持訓練を行い、筋力維持に努めることが

    大切です。

    失調症への対応の場合、体重を杖に預ける目的ではな

    く、重心が揺れても安定感を得るために杖を使用します。

    比較的体から離して杖を突くほうが安定します。片手だ

    けでは十分でないとき、両手で2本杖を使うと安定します。

    杖の先に鉛などを入れ、重くすることで(300~500g)歩

    きやすくなることもあります。

    歩行器を選ぶときの注意点は、①幅が広いほうが安定感が

    ある ②4輪タイプのものが支持面が広く安定する ③手元でブ

    レーキを調節しながら歩行できると歩行器だけが先行して滑っ

    て行かない ④おもりを入れると安定感を出せる(低い位置に

    荷物入れがある) ⑤キャスターの向きが固定されていると方

    向転換しにくい、などの点です。

    足首に500gのおもりを巻いたり、おもりをはめ込んだ靴を使用することによっ

    て歩行が安定する場合があります。また、手首におもりをつけることで、手の

    揺れが減って食事がしやすくなることもあります。

    大腿や膝を締め付けることで、歩行の安定感が得られることがあります。有

    効な場合には、膝用のサポーターを使っていただくことが多いです。

    腹部を締め付けることで動揺が減少し、安定感が得られる場合があります。

    34

    Ⅳ.道具の選び方について

    歩行器

    おもり

    膝サポーター

    コルセット

    Ⅲ.歩くこと

  • 転倒時の頭や顔面の怪我防止のために、クッションのついたヘルメットをお

    すすめすることがあります。

    車椅子にはいろいろな種類があります。使いたい場所や場

    面に応じて、便利なものをお選びください。家の中では歩け

    ても、外出のときに、安全のためや同行する方に遅れないよ

    うにと準備する方が多いようです。介護者なしで外出される

    場合は、電動車椅子が便利なこともあり、ご一考いただければ

    と思います。車椅子を使い始めると歩けなくなるのではないか

    と、できるだけ使わずにがんばろうとする方がおられますが、そのためにかえっ

    て外出する範囲が狭まり、運動量が減ってしまうかもしれません。車椅子は移

    動のための道具ですので、使いたい場面に合わせて選んでください。

    車椅子を自分で動かすのでなく、人に押してもらう場合に使います。

    軽量で持ち運びは便利です。

    一般的な車椅子で、自分で操作する場合に使います。屋内だけで使う

    場合は、足台がはずれるタイプのものを足で蹴って使うと便利なことがあ

    ります。後ろにもキャスターがついた6輪タイプのものも小回りがきいて、

    屋内で使用する際には便利です。車のトランクにつめこむための背折れや、

    坂道での介助のための介助者用ブレーキが必要かどうかなども車椅子を

    選ぶポイントとなります。

    簡易型は、普通型車椅子に電動用の車輪を取り付けたもので、走行時

    間は短めですが、軽量なので車への積み込みに便利です。普通型は、長

    時間走行できるので、外出用として使いやすいです。シニアカーは、バ

    イクのようなハンドル操作で、前後に長いので屋外用です。そのほか特

    殊なものに、リクライニング型、座面昇降型などがあります。失調症状

    の状態によって安全に操作できるかどうかを確認されて、可能な限りこ

    れらを利用して行動範囲を広げていただきたいと思います。

    背もたれが倒せるタイプで、起立性低血圧のある方には是非必要です。

    長い時間座ることが大変な場合や、体をまっすぐに起こしていられず寄

    りかかった姿勢が必要な方に使います。

    35

    車椅子

    1.介助型車椅子

    2.普通型車椅子

    3.電動車椅子

    4.リクライニング型車椅子

    頭部保護帽

  • 車椅子などに座っていて体が傾いてきてしまう場合、体の脇を支えたり、お尻

    がずれない工夫のしてあるクッションを使用すると改善する場合があります。

    全体的に重量があり、底面積が広く、しっかりとした手すりが付いているも

    のをおすすめします。

    尿瓶を自分で使用する場合、手がぐらぐらして取りこぼしてしまうことを防

    ぐために、電動で吸引するタイプのものが便利な場合があります。(スカット

    クリーンなど)

    入浴ではシャワーチェアを使うより、お風呂マットに直接

    座ったほうが安定して安全な場合が多くみられます。立ちしゃ

    がみがしやすいように浴室に手すりを付けるか、四つ這いで

    出てきて浴室の外で立ちあがる方もおられます。それらの動

    作が困難で、シャワーチェアを選ぶ場合には、背もたれが高

    く、肘掛けが付いているものをおすすめします。

    手すりなどにつかまったり、介助で車椅子やトイレや浴槽などに乗り移るの

    が大変になった場合、リフトの検討も選択肢に入ってき

    ます。部屋から部屋へ移って行く大掛かりなものから、

    ベッドと車椅子等限られた場所で使うもの等種々ありま

    すので、目的に合うものを検討してください。吊り具も

    いろいろ工夫されていますが、吊られた状態の不安定感・

    起立性低血圧のためどなたにも適合するというわけでは

    ありません。

    36

    リフトなどの移乗介助機器

    特殊尿器

    シャワーチェア

    ポータブルトイレ

    体を支える機能のあるクッション・座位保持装置

  • 「状態に合わせて少しずつ変えていく」ことをおすすめし、その具体的な方法を以下に述べます。

    周りの人は危なっかしいと思っても、実際には伝い歩きが比較的安全に

    できる方が多いようです。つかまるとこ

    ろをしっかり確保することが重要です。

    浴室・トイレ・廊下などできるだけ手す

    りを設置することをおすすめします。し

    かし、症状が進むと手すりをつかみ損ね

    たりして転倒することもあります。過信

    せず、本当に安全か周りの人のアドバイ

    スを受けてください。

    つかまるところがあれば、段差をまたぐことは苦手ではないので、バリ

    アフリーにすることは急がなくてもよいでしょう。

    伝い歩きが危険となったとき、他のほとんどの病気では車椅子をすすめ

    られますが、脊髄小脳変性症では、這ったりいざったり

    するほうが便利で安全に動ける場合があります。立ちあ

    がり動作はつかまるところさえあればできることが多い

    ので、トイレなどに立ちあがりのための手すりを付けて

    ください。但し、自分で動ける場合はよいのですが、介

    助が必要なときは布団では介助者の姿勢が疲れますので、

    ベッドの導入を考慮されたほうがよいでしょう。

    一般的な改修方法に準じてよいと思います。介助者が

    常にいるならば安全ですが、自分で乗り移ることがかえっ

    て危険な場合があるので、状況に応じて考えてください。

    屋内だけの生活にならないように、手すりや車

    椅子で屋外へ出るため、玄関から道路までの段差

    を解消することが必要です(右図)。

    37

    ベッド・車椅子の導入

    玄関から外に出るアプローチ

    バリアフリー

    布団・床上生活

    Ⅴ.自宅の改造について

    つかまる場所の確保

  • 小脳�