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輝度・色度画像を用いた景観色彩評価に関する研究 Landscape Color Evaluation using Luminance / Chromaticity Images 中村芳樹研究室 16M50866 戴 櫻(DAI,In) Keywords:街路景観, 色彩評価, コントラスト, 輝度・色度画像 Street Landscape, Color Evaluation, Contrast, Luminance / Chromaticity Images 1. 研究背景 近年、景観整備やまちづくりに対する人々の関心が高まり、 中でも色彩の重要性は高く、色彩を意識し整備することにより、 統一感のある街並み創出や地域のイメージを印象づけること が可能である従来の色彩規制、色彩調査ではマンセル色票を 用いる方法が多く取られている。これらは対象の物体色を測定 していると言える。しかし我々が景観を眺めるとき色票を見る ときとは異なりパースがかかり、個々のサイズ、視点からの距 離、光の当たり方などの違いが挙げられる。そして評価を行う 際、これらの諸条件が組み合わさって目に届いた色を認識し、 評価対象単体だけではなく周辺の色彩との関係を見比べたう えで印象付けている。よって三次元的にパースで見ている色で 評価することが正しく、これを正確に扱う方法でないと景観の 色彩評価はできないと言える。 また夜間においては,照明光や照明された領域による印象へ の影響が大きくなり、光源色を測る必要がある。しかしマンセ ル色票では反射率特性を持つ物体色しか測れず、限界があるこ とがわかる。 2. 既往研究と本研究の位置づけ 既往研究から景観の中の色彩と実験空間の色彩には違いが あり、測色距離や太陽光等が影響を及ぼすことが明らかにされ ている。山本 1) らは物体色と景観構成色(=見かけの色)とで は明らかに違いがあることを示し、景観構成色から物体色への 変換を試みた。他にも研究が行われているが十分な精度を備え た変換手法の確立には至っていない。 対比の定量的表現として、中村らは実空間でも任意の視対象 についての対比量を算出することができるコントラスト・プロ ファイル法 11) を提案した。対数刺激画像に N フィルタと呼ば れる重みづけ関数を掛けることで対比量が算出でき、検出周波 数を連続的に変化させ計算することでコントラスト・プロファ イルが得られ、C 値が最大となる点が検出サイズに決まる。 本研究では、実空間の中で実際に人が見える色を考慮した景 観色彩評価システムの提案を行う。また街路景観の色彩に関す る既往研究では物体色と光源色を同時に扱えないことより一 般に昼間に対してのみ行われてきた。そのため本研究は昼夜問 わず同じ評価軸において検討可能な手法としても期待できる。 3. 研究概要 本研究では輝度・色度情報が保存された測光色画像を用いた 色彩評価システムの構築を目指す。色の捉え方として色彩間の 相対的な関係に着目する。コントラストを用いて評価を行うこ とで空間の中での色関係を定量的に把握することを可能とし、 コントラスト値と共に評価結果をプロットすることで色彩の 許容範囲を示すことができると考える。これを検証するために 景観での実測を基に測光色画像を作成し、色彩評価実験を行っ た。実測画像を基に 2 つ実験を行い、次にパソコンによるシミ ュレーションから測光色画像を作成し、同様に評価可能かどう か検証した。 3.1. 測光色画像 人が景観を見るときやイメージする際、色票を並べたもので は見ておらず、物体に光が当たり反射してきた光が並んだ絵と して捉えている。目の前に透明な仮想スクリーンがあると仮定 すると人はその上に並ぶ光一点一点を見て何色か認識してい ると言える(図 1)。これはつまり写真と同じことであり、ここ で輝度・色度の情報を完全に保存し、輝度に線形な物理量を持 った画像を測光色画像と定義する。このスクリーン上の点を測 り測光量として値を得るため、壁面への光の当たり方が異なっ てもどのような光であっても、同じ方法で可能で物体色か光源 色かは関係なくなる。カメラで露出設定を黒つぶれから白飛び するまで段階的に変えて撮影した複数枚の写真を重みづけし 合成することで広範囲の輝度分布が保存された現実空間の測

輝度・色度画像を用いた景観色彩評価に関する研究 …研究概要 本研究では輝度・色度情報が保存された測光色画像を用いた 色彩評価システムの構築を目指す。色の捉え方として色彩間の

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輝度・色度画像を用いた景観色彩評価に関する研究

Landscape Color Evaluation using Luminance / Chromaticity Images

中村芳樹研究室 16M50866 戴 櫻(DAI,In)

Keywords:街路景観, 色彩評価, コントラスト, 輝度・色度画像

Street Landscape, Color Evaluation, Contrast, Luminance / Chromaticity Images

1. 研究背景

近年、景観整備やまちづくりに対する人々の関心が高まり、

中でも色彩の重要性は高く、色彩を意識し整備することにより、

統一感のある街並み創出や地域のイメージを印象づけること

が可能である。従来の色彩規制、色彩調査ではマンセル色票を

用いる方法が多く取られている。これらは対象の物体色を測定

していると言える。しかし我々が景観を眺めるとき色票を見る

ときとは異なりパースがかかり、個々のサイズ、視点からの距

離、光の当たり方などの違いが挙げられる。そして評価を行う

際、これらの諸条件が組み合わさって目に届いた色を認識し、

評価対象単体だけではなく周辺の色彩との関係を見比べたう

えで印象付けている。よって三次元的にパースで見ている色で

評価することが正しく、これを正確に扱う方法でないと景観の

色彩評価はできないと言える。

また夜間においては,照明光や照明された領域による印象へ

の影響が大きくなり、光源色を測る必要がある。しかしマンセ

ル色票では反射率特性を持つ物体色しか測れず、限界があるこ

とがわかる。

2. 既往研究と本研究の位置づけ

既往研究から景観の中の色彩と実験空間の色彩には違いが

あり、測色距離や太陽光等が影響を及ぼすことが明らかにされ

ている。山本 1)らは物体色と景観構成色(=見かけの色)とで

は明らかに違いがあることを示し、景観構成色から物体色への

変換を試みた。他にも研究が行われているが十分な精度を備え

た変換手法の確立には至っていない。

対比の定量的表現として、中村らは実空間でも任意の視対象

についての対比量を算出することができるコントラスト・プロ

ファイル法 11)を提案した。対数刺激画像に N フィルタと呼ば

れる重みづけ関数を掛けることで対比量が算出でき、検出周波

数を連続的に変化させ計算することでコントラスト・プロファ

イルが得られ、C 値が最大となる点が検出サイズに決まる。

本研究では、実空間の中で実際に人が見える色を考慮した景

観色彩評価システムの提案を行う。また街路景観の色彩に関す

る既往研究では物体色と光源色を同時に扱えないことより一

般に昼間に対してのみ行われてきた。そのため本研究は昼夜問

わず同じ評価軸において検討可能な手法としても期待できる。

3. 研究概要

本研究では輝度・色度情報が保存された測光色画像を用いた

色彩評価システムの構築を目指す。色の捉え方として色彩間の

相対的な関係に着目する。コントラストを用いて評価を行うこ

とで空間の中での色関係を定量的に把握することを可能とし、

コントラスト値と共に評価結果をプロットすることで色彩の

許容範囲を示すことができると考える。これを検証するために

景観での実測を基に測光色画像を作成し、色彩評価実験を行っ

た。実測画像を基に 2 つ実験を行い、次にパソコンによるシミ

ュレーションから測光色画像を作成し、同様に評価可能かどう

か検証した。

3.1. 測光色画像

人が景観を見るときやイメージする際、色票を並べたもので

は見ておらず、物体に光が当たり反射してきた光が並んだ絵と

して捉えている。目の前に透明な仮想スクリーンがあると仮定

すると人はその上に並ぶ光一点一点を見て何色か認識してい

ると言える(図 1)。これはつまり写真と同じことであり、ここ

で輝度・色度の情報を完全に保存し、輝度に線形な物理量を持

った画像を測光色画像と定義する。このスクリーン上の点を測

り測光量として値を得るため、壁面への光の当たり方が異なっ

てもどのような光であっても、同じ方法で可能で物体色か光源

色かは関係なくなる。カメラで露出設定を黒つぶれから白飛び

するまで段階的に変えて撮影した複数枚の写真を重みづけし

合成することで広範囲の輝度分布が保存された現実空間の測

図 2 Lab 色空間

光色画像となる(図 2)。測光色画像のデータは XYZ 刺激値の

形式で扱うがカメラに記録された RGB 刺激値から値を読み取

り、また、出力の際は、提示画面の光環境に合わせて数値を設

定し実環境での正しい見えを再現したリアル・アピアランス画

像をウェーブレット変換により作成し提示画像とする(図 3)。

撮影には全天球カメラ(RICHO THETA S)を用いることで、

360°の情報を持った画像が取得でき、大きい検出サイズでの

検討が可能となった。これは正距円筒図法で保存される。

3.2. 測光色コントラスト

測光色画像より得られた測光量(XYZ 刺激値)から、コント

ラスト・プロファイル法 2)を用いてコントラスト(XC , YC , ZC)

を算出し、式(1)を用いて Lab 色空間を基にした明るさ・赤-

緑・黄-青の 3 軸(図 4)に変換する。

𝐿𝐶 = 𝑌𝐶 , 𝑎𝐶 = 𝑋𝐶 − 𝑌𝐶 , 𝑏𝐶 = 𝑌𝐶 − 𝑍𝐶 …(1)

LC:輝度成分 aC:赤-緑成分 bC:黄-青成分

今後これを測光色コントラスト(C 値)と呼ぶ。aC は赤みを

正に取り、緑みを負に取る。bC は黄みを正に、青みを負に取る

(図 5)。Lab 色空間は人間の知覚を近似するような設計になっ

ており、等しい距離が等しい色差を表す均等色空間であるのが

特徴である。

4. 街路景観の実測画像を基にした色彩評価実験

4.1. 実験概要

建築の色彩について、景観の中で街並みの魅力や調和を考え

たうえで相応しい色であるか許容できるか回答させる評価実

験を実施する。元画像から評価対象の建築壁面の色を様々に変

化させた加工画像を用いて、図 6 の評価尺度に基づき評価を行

ってもらう。提示には VR 画像とスマートフォンを画面として

利用する VR ゴーグルを用い、実空間に近い視環境を再現した。

4.2. 実験手順

手順 1:VR ゴーグルを装着し、評価対象範囲を示す画像が

30 秒間表示されるので、周りを見回し景観のイメージと変化箇

所の把握および目を順応させる。手順 2:実験画像が 5 秒ずつ

ランダムに提示され、この間にテンキーを押し評価を行う。手

順 3:1 セット終わったのち 2 巡目が自動的に始まり、引き続

き評価を行う。手順 4:景観を変え手順 1-3 を繰り返す。

4.3. 景観内における建築壁面の色彩評価(第一実験)

4.3.1. 実験画像と色彩条件

新橋オフィス街、川越蔵造りの街並み、汐留イタリア街の 3

景観を選定した。各評価対象範囲(点線内)を中心に拡大した

画像を図 7 に示す。加工に使用した色彩条件は表 1 に示す。

a, b:-60, -30, -10, 0, 10, 30, 60

計181条件

*ここでの値はPhotoshopのLabモードの値

5条件

36条件

明るさ

色度

L:20, 40, 60, 80, 100

図 6 評価尺度

4.3.2. 実験結果および考察

回答結果より色度条件が同じであれば明るさが異なっていて

も評価がある程度似たような傾向にあり、輝度の違いよりも色

度の違いが評価に与える影響が大きいことがわかった。

次にコントラストによる分析を行うために 1~50deg でコン

トラスト・プロファイルを作成し、評価対象ごとに検出サイズ

を決定した(図 8)。オフィス街 11deg、川越 14deg、イタリア

街 13deg となった。各画像に対して評価対象を中心座標として

C 値を算出し、その値を回答結果とともに同一評価対象ごとに

プロットしたものが測光色コントラスト評価図となる。図 9 か

らわかるように許容できる評価となった色は aC, bC が 0 付近

に分布しており、LC の値が増減してもこの傾向は変わらない。

また色彩の輝度が増すにつれ、色度の C 値は全体的に縮小して

いくことが読み取れる。aC を横軸 bC を縦軸に取った色度コン

トラスト平面(図 10)で見ると評価対象の色の変化範囲は全景

観同じなのだがイタリア街では色彩条件の中心が aC, bC とも

に負側に偏っており、つまり赤みや黄みのコントラストが低い

状態になっている。これは周りをマンセル YR 系を基調とした

壁面に囲まれているためである。周辺の色が特定の色に偏って

いると色全体のプロット位置はシフトするが、許容できる色の

範囲は周辺色の違いに関わらず原点付近に分布することが示

せた。これにより C 値と評価結果には相関があると判断できる。

4.4. 配合色、強調色を想定した色彩評価(第二実験)

4.4.1. 評価対象

第二実験で使用する景観には汐留イタリア街を選定し、サイ

ズの異なる色彩操作箇所を 2 か所設定した。景観名は 1_frame

と 2_edge とした。1_frame は図 12 の点線で囲まれた範囲のう

ち窓枠等フレーム部分の色が変化し検出サイズ 1deg で強調色

を想定しており、2_edge は第一実験の評価対象であった壁面の

両側のみ色が変わる条件で検出サイズ 3deg である。その他色

彩条件等は第一実験に準じる。

4.4.2. 実験結果および考察

どちらも第一実験の同一景観より C 値が大きくなっている

にもかかわらず許容範囲が広がっており、壁面内で占める面積

が小さいと対比が多少大きくなってもアクセントとして捉え

許容できると判断するからであろう。第二実験の条件で比較す

るとサイズの小さい 1_frameの方が許容可能な色彩が多いが全

体的に C 値が小さく出ている。そこで値と評価結果を見ると許

容可能な範囲としては、aC が-0.06~0.06 で一致している。bC

は-0.2~-0.16 以上から、正側で 1_frame が上限まで許容できて

いるがその範囲までは両者概ね一致していることが示された。

5. CG 画像を用いた景観色彩評価

情報技術の発展に伴い、設計プロセスでパソコンを用いるこ

とが主流となった。パソコン上で 3D モデルを建てレンダリン

グ処理を行い、建築の見え方の検討を行うことも多いだろう。

ディスプレイで扱っている時点でこれは反射率(つまり物体色)

ではなくなっており、実は意識していないだけで人はディスプ

レイというスクリーン上で測光色に近いもので実際は判断し

ていると言える。だからこそ測光色で考えることが必要になる。

5.1 マンセル色で構成された CG 画像からの測光色画像

従来のマンセル色票を使用した色彩設計との対応関係を持

たせるため、マンセル色で壁面を塗った景観 CG から測光色画

像の作成を行った。3D モデルは第一、第二実験でも用いた汐

留イタリア街を基に実在する景観を再現した。壁面に塗るマン

セル値は現地に行き JIS 標準色票で視感測色した値(図 15)を

用いる。測光色画像として作成するには色を RGB の反射率で

与え光環境シミュレーションを正確に行うことが重要である。

5.2. 被験者実験

実際の設計時の作業環境に合わせるため本実験では提示デ

ィスプレイに PC モニタを用いた。昼(12:00)と夕方(16:

00)を想定した 2パターンでシミュレーションを行い(図 16)、

時刻による光環境の違いからの影響も検証を行う。

5.2.1. 色彩条件

5R~5RP の 10 色相と明度 V=4, 6, 8、彩度 C=2, 4, 6 を組み

合わせた色のうち、sRGB の色域で表現できる 85 色と景観で

もともと用いられている色(10R7/8)の計 86 条件で行う。

5.2.2. 実験結果と考察

シミュレーション画像でも同様に許容できる範囲が原点付

近に分布し C 値で評価可能なことが明らかになった。また時間

帯で比較すると大半の評価は一致しているが、夕方の方が評価

が低くなる色が見受けられる。色度コントラストの分布はほぼ

変化がなく(図 18)、LC を縦軸に取り見てみると(図 19)夕

方は昼に比べ全体的に LCが 0.02~0.03小さくなっていること

がわかる。夕方の景観では LC の最下層で許容できない色彩が

増加しており、評価の違いは輝度の低下が原因だと推測できる。

6. まとめ

本論では、景観色彩評価システムの構築を目的とし測光色画

像の作成および被験者実験を行った。景観色彩の評価と C 値に

は相関があり、測光色コントラスト評価図を用いて景観内での

色彩許容範囲を示すことが可能である。そしてそれは景観やサ

イズに関わらず、色度コントラストの原点を中心に分布するこ

とを明らかにした。

参考文献

1) 山本早里, 中村芳樹, 乾正雄:光環境を考慮した景観構成色に関する研究, 日

本建築学会計画系論文集 No.485, pp.9-15, 1996

2) 中村芳樹:光環境における輝度の対比の定量的検討法, 照明学会誌 84(8A),

pp.522-528, 2000

3) 中村芳樹:輝度画像と「見え方」,照明学会誌, Vol.93, No.12, pp.879-884, 2009

①12:00

②16:00

天空タイプ

全天空照度

色温度

ロケーション

画像サイズ

背景輝度

画面最大輝度

照明色

0.5cd/m2

200cd/m2

昼光色

シミュレーション設定

(Radiance)

リアルアピアランス画像

出力設定

北緯35.41°、東経139.44°

日時 9/23(秋分)

+s(太陽のあるCIE標準快晴天空)

50000lx

6500K

1920×1200

図 17 回答結果比較