10
2000年にBS(衛星)デジタル放送が,2003年に地上デジタル放送が開始され,いよい よ2011年7月24日に一部の地域を除いて地上アナログ放送とBSアナログ放送が終了す る。2010年12月の総務省報道資料によれば,2010年9月末で自主放送を行う許可施設 ケーブルテレビの加入世帯数は2,533万世帯(そのうち地上デジタル放送に対応している ケーブルテレビに加入している世帯数は2,499万世帯)であり,普及率は47.5%である。 日本における放送のデジタル化の半分はケーブルテレビのデジタル化に依存している。 本稿では,ケーブルテレビにおけるデジタル放送の再送信技術や,インターネットサー ビスを含めた高度化に関する開発経緯を紹介する。 1.まえがき アナログ放送時代に地上放送の再送信を行うことを目的としてケーブルテレビが開始 された。ケーブルテレビは,特に,受信状況の悪い地域を中心に発展してきた。その後, BS(衛星)放送が開始され,BS放送を地上放送と同じ方式に変換して再送信した。地上 放送と同じ方式に変換することで,BS放送用のアダプターや対応受信機のない家庭にお いてもBS放送を受信することができた。ケーブルテレビは,更に,地元の情報を伝える 自主放送を開始して発展を遂げてきた。 放送のデジタル化に伴って,ケーブルテレビも新たな時代に突入した。BS放送に関し ては,BSデジタル放送をケーブルテレビで伝送するための新たな方式が必要とされた。 これは,BSデジタル放送の帯域幅が広く,ケーブルテレビの既存の6MHzの帯域幅では そのまま伝送することができなかったからである。詳細は後述するが,当所では,BS デジタル放送をケーブルテレビの2チャンネル分を利用して伝送する方式を開発し標準 化した。 地上放送に関しては,BSデジタル放送の再送信と同じ方式で地上デジタル放送を再送 信する方式のほかに,地上デジタル放送をそのまま伝送するパススルー方式 *1 本号の解説2「ケーブルテレビ におけるデジタル伝送技術の動 向」参照。 *1 の規格化 を行った。これらの技術により,ケーブルテレビのデジタル化が可能となり,日本のす べてのテレビをデジタル化するという大事業の役割の一端を担うことになった。 1図にBSデジタル放送受信機の普及状況を,2図に地上デジタル放送受信機の普及状 況を示す。2011年1月末現在のNHKの速報値では,BSデジタル放送受信機の普及台数 はケーブルテレビでアナログに変換して視聴している世帯(約125万世帯)を含めて約1 億93万台である。また,地上デジタル放送受信機の普及台数は地上デジタルチューナー 内蔵のPC(約282万台)を含めて約1億530万台である。ケーブルテレビ用デジタルセッ 黒田 小山田公之 放送のデジタル化と ケーブルテレビ 解説 NHK技研 R&D/No.127/2011.5 4

放送のデジタル化とケーブルテレビ用デジタルSTB 2001年1月 2002年1月 2003年1月 2004年1月 2005年1月 2006年1月 2007年1月 2008年1月 2009年1月 2010年1月

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2000年にBS(衛星)デジタル放送が,2003年に地上デジタル放送が開始され,いよいよ2011年7月24日に一部の地域を除いて地上アナログ放送とBSアナログ放送が終了する。2010年12月の総務省報道資料によれば,2010年9月末で自主放送を行う許可施設ケーブルテレビの加入世帯数は2,533万世帯(そのうち地上デジタル放送に対応しているケーブルテレビに加入している世帯数は2,499万世帯)であり,普及率は47.5%である。日本における放送のデジタル化の半分はケーブルテレビのデジタル化に依存している。本稿では,ケーブルテレビにおけるデジタル放送の再送信技術や,インターネットサービスを含めた高度化に関する開発経緯を紹介する。

1.まえがきアナログ放送時代に地上放送の再送信を行うことを目的としてケーブルテレビが開始された。ケーブルテレビは,特に,受信状況の悪い地域を中心に発展してきた。その後,BS(衛星)放送が開始され,BS放送を地上放送と同じ方式に変換して再送信した。地上放送と同じ方式に変換することで,BS放送用のアダプターや対応受信機のない家庭においてもBS放送を受信することができた。ケーブルテレビは,更に,地元の情報を伝える自主放送を開始して発展を遂げてきた。放送のデジタル化に伴って,ケーブルテレビも新たな時代に突入した。BS放送に関しては,BSデジタル放送をケーブルテレビで伝送するための新たな方式が必要とされた。これは,BSデジタル放送の帯域幅が広く,ケーブルテレビの既存の6MHzの帯域幅ではそのまま伝送することができなかったからである。詳細は後述するが,当所では,BSデジタル放送をケーブルテレビの2チャンネル分を利用して伝送する方式を開発し標準化した。地上放送に関しては,BSデジタル放送の再送信と同じ方式で地上デジタル放送を再送信する方式のほかに,地上デジタル放送をそのまま伝送するパススルー方式*1

本号の解説2「ケーブルテレビにおけるデジタル伝送技術の動向」参照。

*1の規格化を行った。これらの技術により,ケーブルテレビのデジタル化が可能となり,日本のすべてのテレビをデジタル化するという大事業の役割の一端を担うことになった。1図にBSデジタル放送受信機の普及状況を,2図に地上デジタル放送受信機の普及状況を示す。2011年1月末現在のNHKの速報値では,BSデジタル放送受信機の普及台数はケーブルテレビでアナログに変換して視聴している世帯(約125万世帯)を含めて約1億93万台である。また,地上デジタル放送受信機の普及台数は地上デジタルチューナー内蔵のPC(約282万台)を含めて約1億530万台である。ケーブルテレビ用デジタルセッ

黒田 徹 小山田公之■

放送のデジタル化とケーブルテレビ解 説

NHK技研 R&D/No.127/2011.54

Page 2: 放送のデジタル化とケーブルテレビ用デジタルSTB 2001年1月 2002年1月 2003年1月 2004年1月 2005年1月 2006年1月 2007年1月 2008年1月 2009年1月 2010年1月

10,000

9,000

8,000

7,000

6,000

5,000

4,000

3,000

2,000

1,000

0

2001年1月

2002年1月

2003年1月

2004年1月

2005年1月

2006年1月

2007年1月

2008年1月

2009年1月

2010年1月

2010年12月

PDP, 液晶テレビ

BSデジタルチューナー(録画機含む)

ブラウン管テレビ

ケーブルテレビ用デジタルSTB

ケーブルテレビ(デジタルアナログ変換)

普及状況(万台)

PDP, 液晶テレビ

地上デジタルチューナー(録画機含む)

ブラウン管テレビ

地上デジタルチューナー内蔵PC

ケーブルテレビ用デジタルSTB

2001年1月

2002年1月

2003年1月

2004年1月

2005年1月

2006年1月

2007年1月

2008年1月

2009年1月

2010年1月

2010年12月

12,000

10,000

8,000

6,000

4,000

2,000

0

普及状況(万台)

トトップボックス(以下,STB)は地上・BS共に全体の約1割(約1,024万台)である。STBの普及台数は後述のケーブルテレビの普及率から見ると少ないように見えるが,パススルー方式を導入しているケーブルテレビでは,STBを使わずに市販のテレビでデジタル放送を視聴できるためである。1図のデジタルアナログ変換(以下,デジアナ変換)とは,ケーブルテレビのヘッドエンド *2

ケーブルテレビ施設の一部で,受信した放送や自主放送を送出する設備。

*2においてデジタルテレビ放送をVHF/UHF帯の標準テレビのアナログ方式に変換して再送信するものである。デジアナ変換をすることで,従来のアナログ放送用受信機でデジタル放送の番組を視聴することができる。ただし,標準テレビの画質であること,データ放送やEPG(Electronic Program Guide)を利用できないなどの短所がある。BSデジタル放送を開始したころは,BSデジタル放送受信機があまり普及していなかったので,デジアナ変換方式が暫定的に認められた。1図に示すように,デジアナ変換を行っているケーブルテレビの数は多くはなく,2004年ごろをピークに減少している。地上デジタル放送ではデジアナ変換を行ってはいない。これは,地上デジタル放送と地上

1図 BSデジタル放送の普及状況

2図 地上デジタル放送の普及状況

NHK技研 R&D/No.127/2011.5 5

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普及率(%)

1996年

1997年

1998年

1999年

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2,500

2,000

1,500

1,000

500

0

加入世帯数(万世帯)

普及率 

加入世帯数

50

40

20

30

10

0

アナログ放送が並行して放送されているからである。本稿では,ケーブルテレビの発展の経緯や,デジタル化を支える技術開発の動向について解説し,今後の発展への期待を述べる。

2.ケーブルテレビの発展2.1 ケーブルテレビの加入者の増加日本でテレビ放送が開始された1953年の2年後の1955年,群馬県の伊香保温泉で日本初のケーブルテレビが誕生した。その後,1963年には自主放送が,1987年にはいわゆる都市型ケーブルテレビ*3

10,000以上の引き込み端子を持ち,5チャンネル以上の自主放送と双方向サービスを行っているケーブルテレビ。

*3が誕生し,加入者が増加し始めた。2000年12月のBSデジタル放送の開始と同時に,後述するケーブルデジタル伝送方式を利用したデジタルケーブルテレビが開始された。地上・BS・CSなど多くの番組を1つのSTBで視聴できるメリットを生かし,加入者数が急速に増加した。3図にケーブルテレビの加入世帯数・普及率の推移を示す。既に述べたように,2010年9月末には,ケーブルテレビの加入世帯は日本の全世帯の47.5%まで上昇し,日本のほぼ半数の世帯がケーブルテレビでテレビ放送を視聴していることとなった。2.2 インターネット接続機能ケーブルテレビは放送サービスだけでなく,通信事業者としてインターネット接続やケーブル電話*4

ケーブルテレビの回線を加入電話回線として用いる電話。

*4のサービスを行っている。ケーブルテレビを利用したインターネット接続サービスは武蔵野・三鷹ケーブルテレビが1996年に開始したのが国内初である1)。当時のインターネット接続サービスは電話回線を利用した低速なダイアルアップ接続サービスが一般的であったが,ケーブルテレビで初めて高速なインターネット接続サービスが提供された。その後,xDSL*5

電話回線(メタル回線)を利用してデジタル通信サービスを提供する ADSL (AsymmetricDigital Subscriber Line ) やVDSL( Very high - bit - rateDSL)などの総称。

*5やFTTH(Fiber To The Home)が登場した。それらの利用者数を4図に示す。現在ではxDSLやFTTHに追い越されてしまったが,着実に数を増やしている。xDSLの利用者が減少しているので,この傾向が続けば数年後には,xDSLを逆転すると予想される。ケーブルテレビを利用したインターネット接続サービスは,当然のことながら双方向サービスである。下り(ヘッドエンドから加入者へ)は放送を分配する周波数帯の空いているチャンネルを用い,上り(加入者からヘッドエンドへ)は放送を分配する周波数帯より低い周波数帯(5MHz~55MHz)を用いている。初期にはさまざまな伝送方式が

3図 ケーブルテレビの加入世帯数・普及率の推移

NHK技研 R&D/No.127/2011.56

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契約数(万)

2,000

1,500

1,000

500

02000年

FTTHxDSLケーブルテレビ

2002年 2004年 2006年 2008年 2010年

乱立していたが,現在では,アメリカのケーブルラボが中心になって規格化したDOCSIS(Data Over Cable Service Interface Specifications)伝送方式2)が世界的に主流になっている。1表に示すように,下りと比較して上りの伝送容量が小さい非対称な方式である。下りは地上放送と同じ帯域幅である6MHzの64QAM(または,256QAM)変調を用い,伝送容量は約30Mbps(または,約40Mbps)である。最新バージョンのDOCSIS3.0では,複数のチャンネルを束ねて伝送容量を拡大するチャンネルボンディング技術を採用している。例えば,約40Mbpsのチャンネルを4つ束ねることで約160Mbpsが得られる。

3.デジタル化を支える技術開発日本の放送のデジタル化は1995年の狭帯域CSデジタル放送で始まった。2表にデジタル放送の規格化とケーブルテレビのデジタル化に関する年表を示す。以下,デジタル放送の伝送方式の概要と,ケーブルテレビがどのようにしてそれらを再送信しているかについて述べる。5図にデジタル放送とケーブルテレビの伝送容量を比較して示す。3.1 CSデジタル放送の再送信技術CSデジタル放送は東経110°CSを用いて行われている広帯域CSデジタル放送とそれ以外のCS(東経124°,128°など)を用いて行われている狭帯域CSデジタル放送に分類される。広帯域CSデジタル放送はBSデジタル放送と類似しているので,3.2節のBSデジタル放送の再送信技術で述べる。

4図 インターネット接続サービスの利用者数等の推移

1表 DOCSIS伝送方式

※1 Advanced Time Division Multiplex Access※2 Synchronous Code Division Multiple Access

6MHz200,400,800,1,600,3,200,6,400kHzチャンネル当たりの帯域幅

30Mbps(64QAM)43Mbps(256QAM)

320 ~ 10,240 kbps(QPSK)480 ~ 15,360 kbps(8QAM)640 ~ 20,480 kbps(16QAM)800 ~ 25,600 kbps(32QAM)960 ~ 30,720 kbps(64QAM)8,960 ~ 35,840 kbps(128QAM)

チャンネル当たりの伝送容量

リードソロモン+トレリスリードソロモン誤り訂正

64/256QAMA-TDMA※1;QPSK,8/16/32/64QAMS-CDMA※2;QPSK,8/16/32/64/128QAM変調方式

下り上り

NHK技研 R&D/No.127/2011.5 7

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ケーブルテレビの伝送方式 各種デジタル放送方式

高度BSデジタル放送 (70Mbps)

BSデジタル放送 (52Mbps)高度化狭帯域CSデジタル放送(最大約45Mbps)

狭帯域CSデジタル放送 (29Mbps) 地上デジタル放送 (最大22.6Mbps)

64QAM×2 (58Mbps)

256QAM (39Mbps)64QAM(29Mbps)

Mbps

100

40

20

80

60

狭帯域CSデジタル放送は日本のデジタル放送としては最も早い1996年に開始された。ヨーロッパの方式であるDVB-S*6

ヨーロッパを中心としたDigitalVideo Broadcasting Project(DVB)が制定したBSデジタル放送の規格。このほかに地上デジタル放送,ケーブルデジタル放送の規格としてDVB-T,DVB-Cがある。更に,第2世代の規格として,DVB-S2,DVB-T2,DVB-C2が制定されている。

*7フィルターの遮断特性の急しゅんさを表すパラメーター。値が小さいほど急しゅんになり伝送容量が増えるが,フィルター回路が複雑になる。

*6に準拠した方式である。12.2GHz~12.75GHz帯の帯域幅27MHzでQPSK変調した電波を使用しており,伝送容量は約29.162Mbpsである。映像符号化方式にはMPEG-2を用いており,27MHz衛星中継器1本でHDTVを約1チャンネル伝送可能である。ケーブルテレビで狭帯域CSデジタル放送を再送信するための規格は1996年に規格化された。DVB-Cに準拠した64QAM変調を用いた方式である。しかし,日本のケーブルテレビの帯域幅はヨーロッパのケーブルテレビの帯域幅より狭く6MHzなので,小さなロールオフ率*7(13%)を採用することによって約29.162Mbpsの伝送容量を確保した。この方式は少数のケーブルテレビで実用化されたが,標準テレビの番組が多かった当時の狭帯域CSデジタル放送はアナログ方式に変換して再送信することで十分であったので,デジタル方式の再送信はあまり普及しなかった。なお,この方式はITU-Tにおいてヨーロッパの方式や米国の方式と共に,Rec. ITU-T J.83として勧告化されている3)。その後,「狭帯域CSデジタル放送の高度化」として,DVB-S2に準拠した方式で,H.264映像符号化方式を用いた方式が規格化された。帯域幅27MHzの衛星中継器1本で

5図 デジタル放送とケーブルテレビの伝送容量

2表 デジタル放送規格化とケーブルテレビのデジタル化

年月は情報通信審議会または電気通信技術審議会の答申時期

衛星デジタル放送の高度化2008年 7月

ケーブルテレビシステムの伝送帯域拡大および大容量化等2007年 3月

東経124°/128°CSデジタル放送(DVB-S2,H.264導入)2006年 7月

FTTH等によるケーブルテレビネットワークの高度化2005年 3月

ケーブルテレビの信号評価をCN比からBERに2003年 1月

ケーブルテレビのTS分割方式2002年 3月

ケーブルテレビの64QAM・複数TS方式2000年 5月

東経110°CSデジタル放送の伝送方式2000年 2月

ケーブルテレビのOFDM伝送2000年 1月

地上デジタル音声放送の伝送方式1999年11月

2.6GHz帯衛星デジタル音声放送の伝送方式1999年 7月

地上デジタルテレビジョン放送の伝送方式1999年 5月

東経124°/128°CSデジタル放送へハイビジョン導入1998年10月

BSデジタル放送の伝送方式1998年 2月

ケーブルテレビの64QAM・単一TS方式1996年 5月

東経124°/128°CSデジタル放送の伝送方式1995年 7月

NHK技研 R&D/No.127/2011.58

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最大約45Mbpsの伝送ができ,HDTVを約3チャンネル多重することができる。この方式を用いた放送は2008年に開始されているが,この方式を再送信するための規格化の作業は行われてはいない。3.2 BSデジタル放送の再送信技術BSデジタル放送は2000年に開始された。衛星中継器1本で2チャンネルのHDTVが伝送できること,2チャンネルのHDTVが別の放送局の番組である場合にはそれぞれの独立性が保たれることなどを目指して,日本独自の方式が規格化された。11.7GHz~12.2GHz帯で帯域幅34.5MHzの電波をTC8PSK(Trellis Coded 8PSK)変調している。伝送容量は約52Mbpsで,複数のMPEG-2 TSを多重することができる。映像符号化方式はMPEG-2であり,衛星中継器1本で2チャンネルのHDTVを放送できる。BSデジタル放送の開始と同時に,ケーブルテレビでBSデジタル放送の再送信を開始するために,先行して再送信方式の規格化が行われた。規格化された方式では狭帯域CSデジタル放送の再送信と同じ64QAM変調が用いられており,1チャンネルの伝送容量は約29.162Mbpsである。この値はBSデジタル放送の伝送容量約52Mbpsより小さく,BSデジタル放送をそのまま再送信することはできない。しかし,BSデジタル放送では衛星中継器1本で2チャンネルのHDTV番組を別のTSで放送することになっていたので,衛星中継器1本で伝送される2つのTSをそれぞれ別のチャンネルで再送信する方式とした。規格化された方式はBSデジタル放送と同様に複数のMPEG-2 TSが多重できるので複数TSトランスモジュレーション方式と呼ばれている。複数TSトランスモジュレーション方式はこれ以降のケーブルテレビのデジタル放送の伝送方式の基本となっている。なお,この方式はRec. ITU-T J.183として規格化されている4)。2007年に256QAM変調方式を用いてケーブルテレビの伝送容量を約39Mbpsへ拡大する方式が規格化された。1024QAM変調方式についても研究されているが,まだ,実用化には課題が残されている。広帯域CSデジタル放送はBSデジタル放送と伝送方式などは同じであるが,変調方式がTC8PSKではなくQPSKなので,伝送容量が約39Mbpsである。広帯域CSデジタル放送の1チャンネルには複数の番組が多重されているが,TSは1つしかないのでBSデジタル放送のようにTSごとに別のチャンネルで伝送することはできない。そこで,TS分割方式と呼ばれる仕組みで,1つのTSを番組ごとに分割して番組ごとのTSを生成し,番組ごとのTSをそれぞれ別のチャンネルで伝送している。3.3 地上デジタル放送の再送信技術地上デジタル放送は2003年に開始された。DVB-Tと同様にOFDM(OrthogonalFrequency Division Multiplexing)変調方式を用いているが,日本方式にはワンセグとして知られている部分受信方式がある。日本方式の伝送容量は伝送パラメーターを用いて変えることができ,最大22.6Mbpsである。現在放送されている伝送容量はワンセグ部分を除いて16.3Mbpsである。地上デジタル放送の再送信には2つの方式がある。1つはBSデジタル放送の再送信と同じ64QAM変調方式を用いたTSトランスモジュレーション方式である。地上デジタル放送を受信してMPEG-2 TSに復調した後で,再度,64QAMに変調する。同じSTBを地上デジタル放送とBSデジタル放送に使うことができる方式である。他の1つは,地上デジタル放送の高周波信号を変調方式を変えずにケーブルテレビで配信するパススルー方式である。この方式では,市販の地上デジタル放送用の受信機をそのまま使うことができる。

NHK技研 R&D/No.127/2011.5 9

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2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年

5,000

4,000

3,000

2,000

1,000

0

視聴可能世帯数(万加入)

ケーブルテレビの加入

世帯数

地上デジタル放送全体の普及目標

ケーブルテレビの地上デジタル放送の普及目標

4.アナログ放送終了に向けたケーブルテレビの取り組み4.1 デジタル化に対する普及目標地上デジタル放送のデジタル化を推進する地上デジタル推進全国会議*8

地上デジタル放送の着実な実施を積極的かつ強力に推進することを目的として2003年に設立された全国的な組織。中央省庁,放送事業者,放送関係団体,メーカー,販売店,新聞,広告・雑誌,経済団体,消費者団体,地方公共団体などが参加している。

*8では,デジタル放送を推進するための行動計画を公表している。この中で,6図に示すようなケーブルテレビの普及目標が示されている。6図にはケーブルテレビ以外を含めた地上デジタル放送全体の普及目標も併せて示した。2009年12月1日に公表された第10次行動計画には下記のように記載されている。2009年3月末現在,約2,300万世帯,世帯普及率は約44.0%になっており,第9次行動計画において設定した2011年初頭における加入世帯数を既に上回っている。また,同月現在,ケーブルテレビによる地上デジタルテレビ放送の視聴可能世帯は約2,250万世帯(加入世帯割合で97.8%)に達しており,第9次行動計画におけるケーブルテレビ事業者による地上デジタルテレビ放送の普及の当面の目標(2009年9月末時点でのケーブルテレビによる地上デジタルテレビ放送の視聴可能世帯数2,240万世帯)を半年早く上回っており,順調に推移している。ケーブルテレビの普及目標が初めて示されたのは第3次行動計画(2003年4月)であるが,その後,ケーブルテレビ業界の努力によってケーブルテレビのデジタル化は予想以上に進展した。6図に示すように,第5次行動計画(2004年12月),第7次行動計画(2006年12月)では,実績に合わせて普及目標が大幅に上方修正されている。6図に示すように,ケーブルテレビが放送のデジタル化の約半数を担っている。デジタル放送を再送信する方式が早期に規格化され,これを基に日本ケーブルラボが中心となって運用仕様を作り,機器の標準化を進めるなど,地上デジタル放送が開始される前にデジタル化が整備されていたのでケーブルテレビのデジタル化は滞りなく進んでいる。以下,地上デジタル放送開始の初期段階に行った普及のための方策の一端を紹介する。4.2 地上デジタル放送のケーブルテレビ事業者用の配信サービス2005年3月末に地上デジタル放送が視聴可能だったケーブルテレビを7図に示す。地上デジタルテレビ放送は2003年12月に東京・大阪・名古屋の3大都市圏からスタートしたが,7図を見ると,まだ,地上デジタルテレビ放送の電波が届いていなかった地域でも地上デジタル放送の再送信が行われていたことがわかる。地上デジタル放送のサービ

6図 ケーブルテレビの地上デジタル放送の普及目標

NHK技研 R&D/No.127/2011.510

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日本ケーブルテレビ連盟の調査により作図

AD変換

光送信器

周波数変換

周波数変換

光受信器

DA変換

ケーブルテレビ施設へ

地上デジタル放送

スエリア外にあるケーブルテレビ事業者が地上デジタル放送を早期に開始したいと考え,地上デジタル放送が行われていた地域で受信した信号を各社のヘッドエンドまで光ファイバーで配信する設備を作ったためである。8図にシステムの概要を示す。受信した地上デジタル放送信号をチャンネルごとに中間周波数(IF)信号に変換してAD変換(分解能11ビット,サンプリング周波数47MHz)する。複数のチャンネルをまとめてSDH *9

SynchronousDigital Hierarchy:同期デジタル階層。ITU-Tで規格化された光ファイバーを用いた高速デジタル通信方式。

*9光信号のOC-48(2.5Gbps)に変換して,光ファイバーで伝送する。受信側ではこの逆変換を行って地上デジタル放送信号に復元する。復元した地上デジタル放送信号を64QAM方式に変換し,ケーブルテレビ事業者のヘッドエンドから配信した。複数のケーブルテレビ事業者が共同でこの設備を利用することで,各社の投資を抑制し,地上デジタル放送の普及を促進した。4.3 ケーブルテレビへの地上デジタルテレビ放送のデジアナ変換の暫定的導入地上アナログ放送の停波が間近になってデジアナ変換の価値が見直されている。2011年7月の地上アナログ放送停波以降も残るアナログ受信機対策として,地上デジタル放送のデジアナ変換を地上アナログ放送終了(2011年7月24日)までのできるだけ早い時期に開始して2015年3月末に終了することを,2010年2月に総務省がケーブルテレビ事業者へ要請したのである。その理由は・使用可能なアナログ受信機を地上アナログ放送停波後も継続して使用したいという視

7図 2005年3月末に地上デジタル放送が視聴可能だったケーブルテレビ

8図 地上デジタル放送を光ファイバーでケーブルテレビ施設まで配信するためのシステム

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聴者の要望への対応・2台目,3台目を含むアナログ受信機の買い替え等に要する視聴者負担の平準化・アナログ受信機の廃棄・リサイクルの平準化等である。多くのケーブルテレビ事業者が導入の意志を公表しており,既にデジアナ変換を開始しているケーブルテレビ事業者もある。

5.今後の展開と期待5.1 スーパーハイビジョン当所では,3,300万画素(水平7,680×垂直4,320画素)の超高精細映像と22.2マルチチャンネル音響システムから成るスーパーハイビジョンの研究開発を進めている。スーパーハイビジョンはその場にいるような臨場感を再現できる究極の映像・音響システムである。スーパーハイビジョンをケーブルテレビで配信するための技術の研究を進めている。既に,ケーブルテレビでスーパーハイビジョンを配信する室内実験を行っており5),スーパーハイビジョン放送の実用化と同時にケーブルテレビでスーパーハイビジョンを配信することを目指している。5.2 次世代STBケーブルテレビでは,放送だけでなく電話,携帯電話,インターネットを併せたサービスが進行しており,今後,IP技術を用いた付加価値サービスが展開されると予想される。このようなサービスを実現するためには,STBメーカーや機種に依存せず,多彩なアプリケーションサービスを自由に使用できる共通プラットホームとしてのSTBが必要になる。このような考え方に基づいて,次世代のSTBが国内外で検討されている。次世代のSTBによって,ケーブルテレビを中心とした放送と通信が融合した新しいサービスインフラの構築が可能になると期待される。

6.まとめケーブルテレビがデジタル放送と共に発展してきた経緯と,今後の展開への期待を述べた。デジタル放送へのスムーズな移行と今後の新しいサービス展開において,放送とケーブルテレビが協調して発展していくことを期待する。

NHK技研 R&D/No.127/2011.512

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1982年入局。放送技術研究所にて,映像信号の光ファイバー伝送およびケーブルテレビの研究に従事。現在,放送技術研究所放送ネットワーク研究部主任研究員。工学博士。

お や ま だきみゆき

小山田公之

1982年入局。長野放送局を経て,1985年より放送技術研究所にて,FM多重放送,地上デジタル放送方式の研究開発,ARIBおよびITU-Rでの標準化活動に従事。1999年より技術局にて地上デジタル放送のチャンネルプラン,2002年より総合企画室にてデジタル放送の普及,コンテンツ保護,メディア開発業務に従事。2009年より放送技術研究所放送ネットワーク研究部部長。博士(工学)。

くろ だ とおる

黒田 徹

参考文献1)宮地:“CATVの現状と動向,”信学誌,Vol.81, No.2, pp.183-190(1998)

2)北川:“高度化するケーブルインターネット,”映情学誌,Vol.65, No.1, pp.27-33(2011)

3)Rec. ITU-T J.83,“Digital Multi-programme Systems for Television, Sound and DataServices for Cable Distribution”(2007)

4)Rec. ITU-T J.183,“Time-division Multiplexing of Multiple MPEG-2 Transport Streamsover Cable Television Systems”(2001)

5)日下部,倉掛,小山田:“ケーブルテレビへの導入を目指した大容量TSの分割伝送方式,”映情学年次大,15-1(2010)

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