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Page 2 エネルギア総研レビュー No.41 1 まえがき 当社が保有する水力発電用のダムは,建設から60 年近く経過している箇所が多く,経年や地震動に対 する構造健全性を適切に評価しておく必要がある。 構造健全性を評価する方法の一つに,固有振動数(振 動しやすい振動数)や固有モード(振動の型)といっ た振動特性を把握する方法がある。これは,経年に よる振動特性の変化から構造物の損傷等を検知する 方法である。振動特性の評価は従来起振実験や地震 観測により行われているが,最近ではよりコストの 低い常時微動計測による方法が提案されている。常 時微動とは,海の波浪や風などの自然現象,交通機 関などの人間活動によって,地表面や構造物に絶え ず存在する微小な振動である(図1)。地盤や構造物 で計測される常時微動は,さまざまな振動が地盤や 構造物を通過して計測されるため,地盤や構造物の 振動特性に係わる振動成分が含まれている。そのた め,常時微動を計測することで地盤や構造物の振動 特性を推定できるとされている。 本研究では,当社保有の佐々並川ダム(アーチ ダム)にて常時微動計測を実施し,その結果から 振動特性を把握した。佐々並川ダムは,1959年に 山口県萩市阿武川水系佐々並川に建設された高さ 67.4m,堤頂長127.3mのアーチダムである(写真1, 2)。このダムの特徴は,ダムの厚さが堤頂で2.4m, 基礎においては最大8.8mと極めて薄いことである。 また,佐々並川ダムでは,建設直後に起振実験が行 われており,その際に把握した振動特性と今回の常 時微動計測結果から把握した振動特性との比較を 行った結果,常時微動計測から把握した振動特性は 過去の起振実験結果と整合していることから,その 妥当性も確認できた。 2 概  要 ダムの振動特性を把握するためには,2地点間の 常時微動同時計測結果からフーリエスペクトル(振 動の周期ごとの強度を示す),クロススペクトル(そ れぞれの振動の相関を示す)および位相特性を把握 する必要がある。本検討では,速度計を用いて常時 微動の速度を同時計測し,振動特性を把握した。計 測状況を写真3に示す。 写真1 佐々並川ダム(上流側) 写真2 佐々並川ダム(下流側) 写真3 常時微動計測状況 GPSアンテナ (時刻補正用) 速度計 図1 地震動と常時微動 研究レポート 常時微動計測によるダムの振動特性評価について エネルギア総合研究所 土木担当 仁科 晴貴

常時微動計測によるダムの振動特性評価について...ア Page 5 常時微動計測によるダムの振動特性評価について が推定される。よって,区間③の計測結果からは,

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Page 2 エネルギア総研レビュー No.41

1 まえがき

 当社が保有する水力発電用のダムは,建設から60年近く経過している箇所が多く,経年や地震動に対する構造健全性を適切に評価しておく必要がある。構造健全性を評価する方法の一つに,固有振動数(振動しやすい振動数)や固有モード(振動の型)といった振動特性を把握する方法がある。これは,経年による振動特性の変化から構造物の損傷等を検知する方法である。振動特性の評価は従来起振実験や地震観測により行われているが,最近ではよりコストの低い常時微動計測による方法が提案されている。常時微動とは,海の波浪や風などの自然現象,交通機関などの人間活動によって,地表面や構造物に絶えず存在する微小な振動である(図1)。地盤や構造物で計測される常時微動は,さまざまな振動が地盤や構造物を通過して計測されるため,地盤や構造物の振動特性に係わる振動成分が含まれている。そのため,常時微動を計測することで地盤や構造物の振動特性を推定できるとされている。 本研究では,当社保有の佐々並川ダム(アーチダム)にて常時微動計測を実施し,その結果から振動特性を把握した。佐々並川ダムは,1959年に山口県萩市阿武川水系佐々並川に建設された高さ67.4m,堤頂長127.3mのアーチダムである(写真1,2)。このダムの特徴は,ダムの厚さが堤頂で2.4m,基礎においては最大8.8mと極めて薄いことである。また,佐々並川ダムでは,建設直後に起振実験が行われており,その際に把握した振動特性と今回の常時微動計測結果から把握した振動特性との比較を行った結果,常時微動計測から把握した振動特性は過去の起振実験結果と整合していることから,その妥当性も確認できた。

2 概  要

 ダムの振動特性を把握するためには,2地点間の常時微動同時計測結果からフーリエスペクトル(振動の周期ごとの強度を示す),クロススペクトル(それぞれの振動の相関を示す)および位相特性を把握する必要がある。本検討では,速度計を用いて常時微動の速度を同時計測し,振動特性を把握した。計測状況を写真3に示す。

写真1 佐々並川ダム(上流側)

写真2 佐々並川ダム(下流側)

写真3 常時微動計測状況

GPSアンテナ(時刻補正用)

速度計

図1 地震動と常時微動

研究レポート

常時微動計測によるダムの振動特性評価について

エネルギア総合研究所 土木担当 仁科 晴貴

Page 2: 常時微動計測によるダムの振動特性評価について...ア Page 5 常時微動計測によるダムの振動特性評価について が推定される。よって,区間③の計測結果からは,

Page 3エネルギア総研レビュー No.41

(1)計測箇所 計測箇所は図2のとおり,ダム天端のダム左岸

(A3),中央(A6),右岸(A9)の計3測点とし,そのうち①A3とA6,②A3とA9および③A6とA9の計3区間について同時計測を行った。ここで,A3,A6,A9はおよそダムを4分割する位置関係となっている。この位置で計測することで,ダムの振動モード(振動の型)を評価できる。計測は3成分(アーチ半径方向,接線方向,鉛直方向)とした。

(2)計測データの整理方法 ①~③の各区間で同時計測したデータを以下の手順で整理し,振動特性の把握を試みた。

①計測した速度時刻歴波形の中からノイズ(大きな振動)の少ない箇所を抽出する。

②各測点のフーリエスペクトル(常時微動はさまざまな周期の振動が集まったものであり,振動数ごとの振動の強さに分解し表したもの)を算出する。

③各計測区間においてクロススペクトル(2測点のそれぞれの振動の相関を表す)および位相特性(2測点のそれぞれの振動のずれ)を算出する。

④クロススペクトルの共振ピークにおける振動数,位相特性の関係から,ダムの固有振動数,振動モードを評価する。

3 研究成果

 各区間の常時微動計測結果からフーリエスペクトル,クロススペクトルおよび位相特性を算出し建設後約60年経過した佐々並川ダムの振動特性を明らかにした。振動が卓越するアーチ法線方向の振動に対しての考察は以下のとおりである。

(1)区間①(A3―A6) 区間①におけるフーリエスペクトル,クロススペクトルおよび位相特性を図3に示す。グラフの横軸は振動数である。フーリエスペクトルからは突出したピークは見られないが,クロススペクトルでは5.08Hzで1次のピーク,6.69Hzで2次のピークが確認できた。クロススペクトルがピークをとるということは,その振動数において2測点の振動が相関を持っている,つまりその振動数で2測点は関連性を持って振動することを示す。クロススペクトルピーク時の位相特性を見ると5.08Hzではばらつきが大きいが,6.69Hzでは,およそ180°となっていることが確認できる。これは,6.69Hzの振動に対してA3とA6は逆方向に振動することを示す。ここで,A6は堤体の中央に位置し,ダムの形状はほぼ左右対称であることから,A9とA6についても位相特性が180°になると想定される。よって,6.69Hzで対称2次の振動モード(図4)となることが推定される。これは6.69Hzの振動に対して,ダムが図5の型で振動することを示している。以上より,区間①の計測結果からは,6.69Hzが対称2次振動モードの固有振動数であることがわかる。

(a) 佐々並川ダム平面図

(b)  佐々並川ダム下流面図

図2 計測箇所

A6

A9

A3

①③

左岸右岸A9 A6 A3

③ ①

A6

A9

A3

①③

左岸右岸A9 A6 A3

③ ①

常 時 微 動 計 測 に よ る ダ ム の 振 動 特 性 評 価 に つ い て

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研究レポート

(2)区間②(A3―A9) 区間②におけるフーリエスペクトル,クロススペクトルおよび位相特性を図5に示す。区間①と同様にフーリエスペクトルからは突出したピークは見られないが,クロススペクトルでは5.13Hzで1次のピーク,6.64Hzで2次のピークが確認できた。5.13Hzでの位相特性はおよそ180°となっている。これは,5.13Hzの振動に対してA3とA9は逆方向に振動する,つまり,逆対称1次の振動モード(図6)となることを示している。次に,6.64Hzでの位相特性はおよそ0°となっている。これは,6.64Hzの振動に対してA3とA9は同方向に振動する,つまり,対称1次(図7)または対称2次の振動モード(図4)となることを示している。よって,区間②の計測結果からは,5.13Hzが逆対称1次振動モードの固有振動数,6.64Hzが対称1次または対称2次振動モードの固有振動数であることがわかる。

(3)区間③(A6―A9) 区間③におけるフーリエスペクトル,クロススペクトルおよび位相特性を図8に示す。フーリエスペクトルからは突出したピークは見られないが,クロススペクトルでは5.13Hzで1次のピーク,6.69Hzで2次のピークが確認できた。5.13Hzでの位相特性はばらつきが大きいが,6.69Hzでは,およそ180°となっていることが確認できる。これは,6.69Hzの振動に対してA6とA9は逆方向に振動することを示している。区間①と同様にA3とA6についても位相特性が180°となることが想定されるため,6.69Hzで対称2次の振動モード(図4)となること

図3 区間①計測結果 図5 区間②計測結果

図4 対称2次振動モードイメージ 図6 逆対称1次振動モードイメージ

図7 対称1次振動モードイメージ

(a)フーリエスペクトル

(b)クロススペクトル

(c)位相特性

(a)フーリエスペクトル

(b)クロススペクトル

(c)位相特性

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Page 5エネルギア総研レビュー No.41

常 時 微 動 計 測 に よ る ダ ム の 振 動 特 性 評 価 に つ い て

が推定される。よって,区間③の計測結果からは, 6.69Hzが対称2次振動モードの固有振動数であることがわかる。

(4)結果総括 各区間に共通して,クロススペクトルは5.08~5.13Hzで1次ピーク,6.64~6.69Hzで2次ピークをとることが確認できる。5.08~5.13Hzでは,区間②において逆対称1次の振動モードであることが読み取れるが,区間①,③においては位相特性がばらつくため,振動モードの推定はできない。この理由として,測点A6が振動の節になっていることが考えられる。逆対称1次の振動モードでは,堤体の中央に位置する測点A6が振動の節となり,目立った振動が確認されないことから,測点A3,A9での振動とは相関が見られない可能性が考えられる。よって,5.08~5.13Hzの平均値5.11Hzが逆対称1次の固有振動数となると判断できる。クロススペクトルが2次のピークをとる6.64~6.69Hzでは,各区間を共通して対称2次の振動モードが確認できることから,6.64~6.69Hzの平均値6.67Hzが対称2次の固有振動数となると判断できる。

 以上より,佐々並川ダムでは,5.11Hzが逆対称1次振動モードの固有振動数,6.67Hzが対称2次振動モードの固有振動数であることが確認できる。つまり,佐々並川ダムは5.11Hzおよび6.67Hzの振動に対し振動しやすく,その時の振動の型は逆対称1次

(図6)および対称2次(図4)の振動モードとなる。

(5)起振実験との比較 佐々並川ダムでは,1959年の建設直後に起振実験による振動特性評価が行われている。 起振実験により得られた固有振動数と,今回の常時微動計測により得られた固有振動数を表1に示す。 逆対称1次および対称2次振動モードとなる固有振動数について,今回の常時微動計測による評価結果と起振実験結果はおおむね一致しており,常時微動計測によりおおむね妥当な結果が得られたと判断できる。同時に,佐々並川ダムの振動特性は建設時から大きな変化はないと判断できる。

4 あとがき

 本検討は,佐々並川ダム(アーチダム)を対象に,常時微動計測による振動特性評価を実施したものである。本研究で活用した計測技術および評価手法を他ダムへ展開していくことで,ダムの経年や地震動に対する構造健全性を評価することができる。また,評価された振動特性は,ダムの耐震設計および耐震性能照査に活用できる。

図8 区間③計測結果

表1 固有振動数比較

(a)フーリエスペクトル

(b)クロススペクトル

(c)位相特性

技術は日々進歩しています。それを有効活用し社会の役に立てていくことが,研究者としての使命と感じています。

執筆者からひとこと

実験条件 ダム水位(m)

逆対称1次

(Hz)

対称1次

(Hz)

対称2次

(Hz)

起振実験(満水時) 25.0 4.33 5.5 6.83

常時微動計測 19.9 5.11 − 6.67

起振実験(低水時) 2.0 5.5 6.67 −