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l l o l - - f f i - a l - - - を視点とする教師の発達過程に関する事例研究 一年配教師のライフストーリーの記述からー ACaseStudyofaFemaleTeacher'sDevelopment 転機 ライフストーリー 藤田美保 Miho FU]ITA キーワード:教師の発達過程 f 転機 j ! - 1970 年代から 1980 年代初頭にかけて,教師の発達過程には一定のモデルがあると考えられ,そ の一般則を導き出すことが求められてきた。教師であれば,経験年数により身につける力量や役割 が存在し,それらを獲得することが発達する(成長する)ことだと考えられていたのである。 しかし, 1980年代後半から,そのような f 垂直的 (vertical) な成長モデ、ノレJ 1 が前提とされてい ることに疑問がもたれはじめた。実際の教師の発達過程は,個別の文脈に即した様々な要因が多層 的,重層的に絡み合っている過程であるにもかかわらず,従来の教師研究は教師の発達過程の一般 化を急ぐあまり, 一人ひとりの教師がおかれている状況やニーズが捨象されてきたきらいがあった。 そのため,教師の世界の内実を明らかにするには限界があることが指摘されるようになったのであ る。 そこで,インタビュー調査などを用い,教師自身の主観的真実を重要視して教師の発達過程の研 究を行う教師のライフコース研究,ライフヒストリー研究が登場してきた 2 。ここでは,発達の概念 に生涯発達の視点を取り入れ,発達をなんらかの価値への接近とみなすのではなく,価値的判断を 含まない生涯にわたって展開するプロセスとして捉え,その変化や生成,移行の過程に注目すると そのため, これらの研究では,教師の発達過程は歴史的要因,被教育体験,教師としての経験,家 庭生活などの「さまざまな要因が複雑に影響しあって,様々な展開を示す多様性を帯びている J 4 程であるとされ, r 個人が教職を志望してから資格を取得して教職に就き,教職生活を積み重ねて退 職するまでの間に,個人としての教師に生じた変容の過程J 5 であると定義される。本論ではこの立 場を継承した上で,教師の発達過程の内実に迫るために,その事例的考察を試みることとする。 考察を行 うにあたり,教師の行動の基盤となっていると考えられる教育観の変化に注目する 6 。そ の際の分析視点として f 転機J としづ概念を用いる。転機とは,人生におけるある出来事により, それを経験した個人の主観的真実の解釈が変更し,新しい自己概念の獲得が社会的・文化的要因と 結びついて生起する一連の過程?で、あり,個人の内的世界で起こったものの見方や考え方の変化を構 成する一連の出来事8 を指す。 教師の転機に着目した先行研究に山崎の研究がある 9 。山崎は,教師の転機を「教職について以降 の経歴上で生まれる,教材観や子ども観,あるいはそれらを含めたト{タルな意味での教育観に関 するなん らかの変化や転換のこと j だと定義した上で,教師に訪れる転機の契機, 14 項目について 分析を行っている 10 。そして,教師の発達過程が転機で区切られるいくつかのライフステージからな ることを指摘した上で,転機を視点とした教師のライフコースの事例的考察を行っている。山崎の -24-

転機j を視点とする教師の発達過程に関する事例研究dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/contents/osakacu/kiyo/... · るとされる120 本論の場合,転機の出現傾向か仏教師の発達過程を考察することを目的とするた

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を視点とする教師の発達過程に関する事例研究

一年配教師のライフストーリーの記述からーA Case Study of a Female Teacher's Development

転機ライフストーリー

藤田美保

Miho FU]ITA

キーワード:教師の発達過程

f転機j

じ!ま

-

1970年代から 1980年代初頭にかけて,教師の発達過程には一定のモデルがあると考えられ,そ

の一般則を導き出すことが求められてきた。教師であれば,経験年数により身につける力量や役割

が存在し,それらを獲得することが発達する(成長する)ことだと考えられていたのである。

しかし, 1980年代後半から,そのようなf垂直的 (vertical)な成長モデ、ノレJ1が前提とされてい

ることに疑問がもたれはじめた。実際の教師の発達過程は,個別の文脈に即した様々な要因が多層

的,重層的に絡み合っている過程であるにもかかわらず,従来の教師研究は教師の発達過程の一般

化を急ぐあまり, 一人ひとりの教師がおかれている状況やニーズが捨象されてきたきらいがあった。

そのため,教師の世界の内実を明らかにするには限界があることが指摘されるようになったのであ

る。

そこで,インタビュー調査などを用い,教師自身の主観的真実を重要視して教師の発達過程の研

究を行う教師のライフコース研究,ライフヒストリー研究が登場してきた2。ここでは,発達の概念

に生涯発達の視点を取り入れ,発達をなんらかの価値への接近とみなすのではなく,価値的判断を

含まない生涯にわたって展開するプロセスとして捉え,その変化や生成,移行の過程に注目すると

そのため, これらの研究では,教師の発達過程は歴史的要因,被教育体験,教師としての経験,家

庭生活などの「さまざまな要因が複雑に影響しあって,様々な展開を示す多様性を帯びているJ4過

程であると され, r個人が教職を志望してから資格を取得して教職に就き,教職生活を積み重ねて退

職するまでの間に,個人としての教師に生じた変容の過程J5であると定義される。本論ではこの立

場を継承した上で,教師の発達過程の内実に迫るために,その事例的考察を試みることとする。

考察を行うにあたり,教師の行動の基盤となっていると考えられる教育観の変化に注目する6。そ

の際の分析視点として f転機Jとしづ概念を用いる。転機とは,人生におけるある出来事により,

それを経験した個人の主観的真実の解釈が変更し,新しい自己概念の獲得が社会的・文化的要因と

結びついて生起する一連の過程?で、あり,個人の内的世界で起こったものの見方や考え方の変化を構

成する一連の出来事8を指す。

教師の転機に着目した先行研究に山崎の研究がある9。山崎は,教師の転機を「教職について以降

の経歴上で生まれる,教材観や子ども観,あるいはそれらを含めたト{タルな意味での教育観に関

するなんらかの変化や転換のことjだと定義した上で,教師に訪れる転機の契機, 14項目について

分析を行っている10。そして,教師の発達過程が転機で区切られるいくつかのライフステージからな

ることを指摘した上で,転機を視点とした教師のライフコースの事例的考察を行っている。山崎の

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「転機Jを視点とする教師の発達過程に関する事例研究

研究は,教師の発達過程を考察する際に,家庭生活などの個人的な文脈をも考察対象とし,転機の

概念を幅広くとらえた点で大変示唆に富むものである。しかし,あ くまでも転機を教師のライフス

テージを区切る際の指標としているに過ぎず,教師が経験する転機そのものにあまり言及がなされ

ていない。

このことから本論では教師の転機に焦点を当て, 山崎が示す教師の転機の定義を本論における定

義として位置づける。その上で,教師の転機の類型を導き出し,転機の類型の出現傾向に着目する

ことで,教師の発達過程の特徴を明らかにしたいと考える。

1 .研究の目的と手続き

本論では, 2段階の研究手続きをとった。まず? 調査①として,教師の転機の類型を明らかにす

るために, 6名の現職の小学校教師に, 一人あたり約 3時間程度のインタビ、ュー調査を行った。続い

て調査②と して,教師の発達過程における転機の出現傾向,その傾向からみた発達過程の特徴を考

察するために,現職の小学校教師である I教師を対象として, 12時間程度のインタ ヒゃュー調査を行

った110

ライフヒストリー研究において,対象者の妥当性は,その代表性にあるのではなく 典型性にあ

るとされる 120 本論の場合,転機の出現傾向か仏教師の発達過程を考察する ことを 目的とするた

め,転機の経験が多いことが被調査者の条件となる。今回は, 1教師の経験年数が 30年と長いこと

と, 1教師の姿勢から柔軟性と積極性が感じられたことから,転機を数多く経験している教師であ

ると考えた130 さらに,ライフ ヒストリー研究の場合,ラポールの構築と被調査者の主体的なかか

わりが重要となる。 I教師とは,指導教員を通じてラポールの形成のきっかけ-が築け 研究協力へ

の快諾を得た。以上のことから, 1教師を本論の被調査者とした。

2.教師が経験する転機のパターン

正岡は,個人に特定の出来事を転機として意識させる要因は,出来事の内容自体より も,その後

の解決と決定におうところが大きいとし,転機を長期的な時間幅の中で、プロセスとして把握するこ

との重要性を主張している 14。これを受けて藤崎は,転機が図 1に示す構造をもっと指摘している 150

《転機の構造>> (図 1)

先行要因 l斗 Lきっかけの出来事 |斗 |影響 | 司 同25・適応 I=} I達成 |

藤崎 (1987) を参照し,筆者が作成

この構造を念頭において, 調査①で聞き取りを行った教師達のライ フス トーリーの記述を行い,

それぞれの教師が経験した転機の抽出,及び分類を行った。抽出においては,それぞれのライ フス ト

ーリ ーの中で貴教師自身によって教育に関するなんらかの考え方や見方が変化したと語られたもの

を転機として抽出した。分類においては,転機の類型化を行った大久保の研究16にならい,まずは

本論でも,教師の転機を先行要因17に着目して分類を行った。

しかし,それだけでは,プロセスとして把握すべき転機の分類に限界があることを感じた。そこ

で,先行要因以下のプロセス(契機,影響3 対処・適応,達成)に着目した分類も行い, 2段階のア

プローチにおいて,教師の経験する転機のパターンを導き出した。

その結果,先行要因に着目した場合,個人の意図ではなく外部からの影響によって転機の契機が

派生する外発型,個人の主体的な決断により転機の契機が派生する内発型,それらに属さない

人生の役割移行によりもたら される個人的移行型の 3パターンに分類できた。続いて,転機のプロ

セスに着目した場合,転機の契機により葛藤がもたらされる葛藤型仁転機の契機をある種の感銘

-2.5-

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教育学論集 第 29号 (2003年)

をもって受け入れる受容型に分類することができた。さらに,葛藤型は,やむなく教育観を変えざ

るをえなかった場合と,葛藤を通して積極的に教育観を変えていく場合が存在した。そこで,前者

を葛藤受動型,後者を葛藤能動型とした。本論では,これらの転機のパターンを分析観点とし

て位置づけた上で,転機の出現傾向から読み取れる教師の発達過程の特徴について,以下に考察し

ていく。

3. 1教師のライフストーリーにおける転機

本論では, 1人の年配女性教師 (1教師)のライフストーリーをもとに発達過程の分析を行う。I

教師は, 30年間の教師生活の中で 20の転機を経験している。まず,その転機をライフストーリー

に則して順に記述し,それぞれの転機のパターンを表示する。

I教師が教職に就くことを決定したのは,教育実習以後である。「毎日変化のある,いきいきとし

た人生を送りたいJと考えていた I教師は,教育実習で、出会った変化に富んだいきいきとした子ど

も達とのふれあいが忘れられず,子ども達とのふれあいを求めて教職に就いた。

最初に赴任した A校は, r保守的な感じのする学校で,同僚の教師達も日々の忙しさに追われ,積

極的に何かに取り組もうという姿勢が感じられなかったj という。しかし,当時の I教師は周囲を

気にすることはなく, r二十四の瞳に憧れていたので,初めてのわたしの子ども達という感激で、いっ

ぱいで,ただ子どもとふれあうことしか考えていなかったjいう。つまり,本来教師の仕事は複雑で、

多岐にわたる仕事であるが,当時は,ただ自の前の子ども達とのふれあいだけに重点をおいていた

のである。 I教師は,結婚のため他県に異動, A校では 1年間の勤務となった。

(転機 1)外発・葛藤受動型

他県から異動してきた I教師が赴任を命じられたのが,同和教育推進校であるB校で、あった。「実

質一年目とし、う気分」で臨んだ I教師は,自己表現が苦手で、,学力の低い地区の子ども逮がおかれ

ている状況を目の当たりにして衝撃を受けた。 f間借りどころか畳借りをしている家庭。テレビがつ

きっぱなしで,昼間から父親が酒を飲んで、いる家庭。とても子ども達が落ち着いて学習できる環境

ではなかった。j としづ。そのような子ども達の状況や家庭環境に接する中で, 1教師の教育観は変

化していった。それぞれがかかえる課題を解決できる方向に子ども達を導いていくことが教師の役

割として重要だと考えさせられるようになると同時に,子ども達を理解するために,家庭環境も配

慮に入れ,保護者とも連帯してし、く必要性があることを実感していった。

(転機2)外発・葛藤受動型

さらに, B校に赴任した最初の年, 1教師は2年生を担任した。前年度の担任は,基本的な生活習

慣を子ども達に徹底させる教師で、あったが, 1教師は子どもとふれあうことしか考えていなかった

ため,生活習慣を徹底させるための綿密な指導を行わなかった。そのことで,保護者から集団で,子

どもに基本的な生活習慣を徹底させるための指導を要望された。当時を振り返り, 1教師は「子ど

もが低学年の間は,細かいしつけ的なことを担任の方からしっかり言って欲しいってね。びっくり

しましたね。ショックでした。Jと語っている。保護者側の主張は, 1教師の考え方に反するもので

あったが,周囲に目を向けると,多くの同僚教師がなんらかの形で子どもに基本的な生活習慣の指

導を行うとともに,子どもの様子を保護者に伝える工夫をしていた。そこで同僚達に学びながら, 1

教師も保護者に子どもの様子を伝える手立てをとることにした。この出来事を通して, 1教師は,子

ども達に基本的な生活習慣を身につけさせ,保護者に子どもの様子を伝えることが必要だと考えさ

せられるようになった。

(転機3)内発・受容型

B校は同和教育推進校ということから,力量のある教師が多く配属されており,革新的で自由な

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「転機j を視点とする教師の発達過程に関する事例研究

雰囲気のある活気に溢れた学校であった。「教師としての生き方,教材研究の方法など実に多くのこ

とを同僚の教師から学びましたJと語るように,ここでのフォーマル,インフォーマルな場で、の同

僚達との付き合いを通して, 1教師は,子ども達に将来生きてし、くために必要な力をつけていくこ

とが教師の重要な役割であると考えるようになった。

(転機4)外発・受容型

一方,校務分掌の一環として, 1教師は体育の教科部に所属した。当時の体育の教科部では,表

現運動の取り組みが行われていた。それは,学力水準が低く,自己表現が苦手で,すぐに友達をたた

く,蹴るということが多く見られた地区の子ども達に, r体力や感性で、は差がないこと,むしろ努力

すれば,人よりも勝っていると実感できることを体験させてやりたい。そして自分の思いが表現で

きる子になって欲ししリと考えたからだ、った。 I教師は同僚達とともに表現運動の取り組みを続け

るうちに,音楽に合わせて体を揺らすことが,子ども達に安心感と自信を与え,自己解放につなが

ることを実感していった。このことから, r自己表現することが,自分を再構築していくことにつな

がるJと考えるようになり, r表現jを教師生活の中で絶えず追求するテーマ として位置づけていっ

た。

(転機5) 内発・受容型

さらに表現運動について学びたいという思し、から, 1教師は市の体育教育研究会に所属した。こ

の研究会への所属を通して, r一人で本を読んで勉強するより も,他の教師達の実践に学び,共に研

究していくことで得るものが大きしリこと, r教師は,積極的にいろいろなところに働きかけなけれ

ばいけなしリことを実感していった。そしてその後も,自分の関心に合わせて様々な研究会に所属

していくこととなった。

(転機6)個人的移行・葛藤受動型

また, 1教師はB校に赴任して 5年目に長女を出産したが,自分の子どもをもったことで, 子ど

も観が大きく変わっていった。以前は,子どもを表面的にしか捉えられられず, r子どもを理想通り

に育てたいという思いが強かったj という。 しかし,自分の子どもをもったことで,家庭環境,親

の教育方針など子ども達が抱えている背景にまで考慮にいれることができるようになり, r子どもと

いうのは教師の思うようには育たない存在だJと考えるようになった。そして, r私が子どもを大事

にするように,一人ひとりの子どもの後ろに保護者の方がいて同じような思いをもっているJこと

を強く感じ,子ども達により愛情をもって接するようになった。

(転機7)外発・受容型

次に I教師は, C校へ異動する。 B校では,一人ひとりの教師の力量は高かったが,個々の研究

に忙しく, rみんなで協力して何かを決める,やっていくことが少なかったJという。しかし, C校

は,創立問もない学校であったために, rみんなで学校を創っていこうとしづすごく前向きな空気j

があり,さらに,管理職が民主的な考えをしていたため,全職員で何でもよく話ができ, rまた,違

った雰囲気の学校に来たJとI教師は感じた。そして, 1教師はここでの経験を通して,同僚と協力

して学校を創りあげていくことの素晴らしさを実感していった。

(転機8)外発・受容型

C校は,創立問もない学校であったことに加え,中流以上の意識をもっ家庭の多い地域で、あった

ことから,保護者や地域住民の中に,教師と一緒になって自分達の学校を創るという意識が高かっ

た。

この時期,文部省から日の丸・君が代の徹底の通知が出たことを受けて,保護者側から「反対J

の声があがり,教師と保護者,地域住民が教育ついでに話し合う「地域懇談会Jが開催された。こ

こでは, 日の丸・君が代に話題を限定せず,教育について広く議論が行われた。切実に子どもの教育

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一一

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第 29号 (2∞3年)

に対する願いをもっている保護者が集まってきており, 1教師も「教師として参加していたという

よりは,一人の人間として親として参加しているという感じで,学校の外で話ができたことは有意

義なことだ、ったJという。このことを通して, 1教師は,保護者と連携して教育について考えてい

くことの重要性を痛感していった。

(転機9)内発・受容型

これらのことと並行して, 1教師は, C校が校内研究で国語に取り組んで、いたことと,自身が国

語教育に興味があったことから,市の国語教育研究会に所属した。ここでは「自立の読みj が重視

されており,主体的に考えて行動していける子どもが目指されていた。この目標は, 1教師が抱いて

いた子どもへの願いと一致した。研究会に参加していく中で, r子ども達が自己表現を身につけるた

めには,国語が効果的だと感じたJ1教師は,国語を重視する教科の一つに位置づけていった。

(転機 10)内発・受容型

国語とともにI教師の中で重要な教科として位置づけた教科が図工だったo 1教師が図工の指導法

に悩んでいたとき, 1教師は図工が堪能なE教師に出会った。E教師に教わりながら子ども達に描か

せた絵が,展覧会で賞をとるまで、になったことをきっかけに,さらに図工の指導法を身につけたい

と考えた I教師は,図工教育研究サークルに所属した。ここで様々な指導法を研究することを通し

て,自己表現のために子ども達に絵を描かせることの重要性をさらに実感していった。

(転機 11)外発・葛藤能動型

次に, 1教師はD校へ異動する。このころ,社会の変化の影響から複雑な家庭環境の子が増え始

め,子ども達の生活が深刻化し,子ども達の「荒れJが目立つようになってきていた。そのような

中,初めて高学年を担任し「子ども達と一緒にもみくちゃになってj学級づくりをした。このことが,

I教師の教育観を変えることとなった。

I教師が担任を依頼された学年は, rとても荒れていた学年で、だ、れも持ち手がなかった学年だ、っ

たj という。I教師自身, r担任は避けたいj と考えていた。しかし,育児に手がかからなくなった

ことから,同僚の支えを受けて,担任を引き受けることとなった。初めての高学年で「不安だらけの

スタートを切ったJ1教師であったが,当初から f一人ひとりを見てあげたいなと,ずっと思って

いたJことから,様々な手立てをとっていった。子どもは「何か得意なものをみつけて伸ばしてあげ

るといいJと考えていた I教師は,次々起こる問題に悩みながらも,子ども達の得意なものを探し,

教師だけでなく,学級全体で認め合うようにしていった。そうすることで,荒れていた子ども達が,

次第に落ち着きを取り戻し,卒業後も何度も同窓会をするほどのまとまりのある学級になっていっ

た。このことから, 1教師は,表面的な言動で子どもを判断するのではなく,一人ひとりの存在を認

めていくことが大事だと深く感じるようになった。

(転機 12)内発・葛藤能動型

さらに, 1教師は,この荒れた子ども達と一緒に f絵を描く Jことを始めた。自分勝手に描こうと

する子ども達に,絵を描く上で必要な技術を教え始めた。当初,子ども達は I教師の指導法に反発し

ていたが,描き続けていくうちに,子ども達の絵が確実に上達していき,展覧会やコンクールに出

すたびに,数々の賞に輝いていった。これは,自分の居場所が見つけられず,教師達の手を焼いて,

荒れた学年と言われつづた子ども達には衝撃的な出来事で、あった。このことで,子ども達は自分に自

身を持つと同時に, 1教師を頼り始めた。そして,今まで, r荒れj という形でしか,自分達の心を

表現できなかった子ども達が, r絵を描く Jことで表現し始めた。何度も何度も自分の思いを絵にし,

その絵が認められていったことで, r子ども達は自分を出すことに肯定感を感じていったJという。

「絵を描くっていうことが,心を開放することにつながっていたと思うんですJと語るように, 1

教師は図工のもつ意味,影響力の大きさ,そして表現することの大切さを深く感じることとなった。

教育学論集

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f転機j を視点とする教師の発達過程に関する事例研究

(転機 13)外発・葛藤受動型

この頃になると I教師も 30代後半に差し掛かかり,重要な校務分掌に就くことが多くなってきた。

そもそも, 1教師は子 どもともふれあいを求めて教師になったため,学級経営以外の仕事が増え,

子ども達のための時間が削られることは心外だ、った。しかし校務分掌の仕事を担ううちに,教師

が学校全体を視野に入れて教育活動をとらえることの重要性,教師同土の協力関係を保つこと の重

要性を実感させられるようになった。

(転機 14)内発・受容型

そのような中, 1教師は同和教育主任を任 された。「就任した以上は, 同和教育の取り組みをより

よいものにしたしリと考えた I教師は,学校以外の団体である部落問題研究所と連帯し,同和教育

の取り組みを進めていった。この経験が,学校関係者以外の協力者と関わる最初の出来事だった。「教

師って,こう視野が狭し、から,外部の団体の方とお話させていただいたのは,大きかったj と語る

ように,このことによ って,外部の人と協力することの重要性を感じるこ とになった。

(転機 15)外発ー葛藤受動型

このときの子ども達とは,卒業後も度々同窓会を開いている。久 しぶりに子ども達と再開し,

話をする中で,話題に上るのは学習内容ではなく, r教師と子どもの人間間士のふれあしリがほ

とんどであることに I教師は気づいた。そして,思い出を楽しそうに語る卒業生を見ながら?

教師の役割として,知識を伝える前に「人間として伝えなければならないこと がある のではな

いか,教師と子どもという関係を越えた人間同士の関係が大切なのではないかj と考えさせら

れるようになった180

(転機 16)外発・葛藤能動型

次に, 1教師は E校に赴任する。ここでは赴任当初から異動となるまでの 9年間,研究主任を務

めることとなる。このことは, 1教師にとって負担も大き かったが,得たものも大きかった。同僚と

協力して学校を創り上げていくことの重要性,教師達の働きかけが確実に子ども達を変えていくと

いう実感,マクロなレベルから実践を問い直す必要性など様々なことに気づかされた。これらのこ

とから,子ども達の教育のために,職員の協力体制や研究の方向性など学校全体がどのようにあれ

ばいいのかという視点を絶えずもつようになった。

(転機 17)外発'葛藤能動型

I教師がE校に赴任して 4年目に, 市の指定を受け情報教育研究校となる。そこで I教師は情報

教育と出会うが,このことが教育観を変えることとなった。

E校の情報教育の研究は,管理職が一方的に研究校指定を受けてくるという形で始まった。 I教師

自身,手書きが好きで,ワープロも使用しておらず,情報教育に対して嫌悪感をもっていた。 しか

し,取り組んでいくうちに, 1教師は情報教育の可能性の広さ,子ども達へ与える影響の大きさを

実感していった。コンビューターが介在することで,授業形態が教師主導。知識伝達型から児童主

体・問題解決型へと変化し,教師の役割が大きく変化することを感じた I教師は,援助者として,

コーディネーターとしての教師の役割を実感するようになっていった。

(転機 18)外発・葛藤受動型

これらのことと並行して社会の変化とともに,家庭環境が複雑化し,保護者の価値観が多様化し

てきていることを, 1教師は長い教師生活を通して実感している。そのため, r一軒,一軒の家庭へ

の対応が難しくなってきている」という。子どものために,保護者側にも子どもへの関わり方など

の改善を要求したいと考えているが, r教師側の思いをどこまで保護者側に伝えることができるのか

で悩んでいるJとしづ。また,1教師は,家庭の教育カが低下してきている ことも強く実感してい

る。それぞれの家庭で決めるべきことを教師に依頼する家庭が増加しているため, 1教師は保護者

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第29号 (2003年)

側の要求に合わせて自分の役割を拡大させている。

(転機 19)内発・受容型

情報教育の校内研究を進めていくうちに, r情報教育について,もっと知りたい。誰かに教えても

らいたい。そんな思いが教師遠の中で高まっていったj という。

そのような中,手がかりを求めて参加した講演で、出会った大学教員のF氏との連携が始まった。 I

教師にとって,大学の研究者と共に校内研究を構築していくことははじめての経験だ、った。「教師だ

けで実践をしていると自分のやっていることが,全体から見てどんな意味があるのか。どんな位置

にあるのかということが見えてこなかった。そして, r次どうしていったらいいのか,わからなくな

ることがしばしばあったんで、すj と語る。しかし, F氏から自分遠の実践の理論的な説明を受ける

ことで, r自分達の実践が客観的に見えて,何をやっているか,何が足らないのか,はっきりとわか

るようになって,次の教育の方向性を見つけることができるようになったj という。加えて, r実践

と理論って両輪になっていないとダメだと思うJと語るように I教師は,実践と理論の関係につい

ても理解することができるようになった。そして, r自分達教師の実践に関わることが,大学の先生

にとっても意味のあることJだとも考えるようになった。大学の教員と協力を通して,その連携の

重要性を痛感していった。

(転機20)外発・葛藤能動型

その後, E校は市の「総合的な学習jの調査研究校の指定を受け,情報教育を基盤とした「総合的

な学習Jを展開していくこととなった。ここでも引き続き,大学教員の F氏と連携して研究を進め

ていく中で, 1教師の教育観は変化していったo

E校に赴任当初, 1教師は,初めて生活科の授業実践をした。しかし,生活科のもつ意味が理解

できず, 1教師が実践していたのは, r子ども達に失敗しでもいし、から,できなくてもいいから自分

達で、考えてやってみるということをさせない,教師が何から何まで指示を出す教師主導の生活科J

で、あった。けれども,総合的な学習の研究校になり, r研究主任として研究を進めるうちに,ようや

く生活科のもつ本当の意味がわかるようになってきたJという。「子ども達が自分の思いや疑問をも

って,それをもとにして問題解決学習を展開していって,そのことが子どもに生きるカ,自己教育

力をつけてし、く。このことを重視するのが生活科なんだということが,総合をやってようやく見え

始めましたねj と語る。

さらに,総合学習が始まったことを受けて,ゲストティーチャー制度が導入され,授業にも地機

住民がゲストティーチャーとして参加することが多くなった。以前にも,農家の人をから野菜の作

り方を教えてもらうようなことはあったが,総合学習により,学校で教師だけが子どもを育てるの

ではなく, r地域とともに子どもを育てる,学習をつくるという思いが強くなってきたJという。同

時に,情報教育に加えて,総合学習の実践においても,教師の役割としてコーディネーター的な側

面があることを痛感させられることとなった。

その後,異動により I教師は, F小学校に赴任した。その中で, 1教師は校内の研究内容,情報教

育の現状,管理職の対応,職員間の協力体制などさまざまな課題を感じている。その理由として,

「この年にな‘って,学校全体のことが目につくというのはあると思う。Jと語る。 E小学校での 9年

間の経験により,学校運営的な視点と力量を身につけた I教師であるが,それゆえに,現在,様々

な課題に直面している。これらのことから, 1教師がまた新たな転機を迎えていることは確かで、あ

教育学論集

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る。

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「転機j を視点とする教師の発達過程に関する事例研究

4.転機のパターンからみる I教師の発達過程の特徴

I教師の転機を先行要因で分類し,経験年数順に表 1にまとめてみた。

(表 1) 先行要因からみた I教師の転機

郵務年数 2 8 9 14 15 20 21 29 契機/

A B c 。 E 学校名

外発型 ① ⑦ ⑧ ⑪⑬ ⑩ q ④ ⑮ 定り

i自 '曹 ⑫

内発型 ③ ⑫⑩ ⑩

⑤ ⑩

個人的 ⑥

移行型

は,外発型の転機が内発型の転機をもたらしている関係性を示している

ここから,内発型の転機が外発裂の転機によりもたらされる傾向があることが確認できる。順に

みていくと,最初の内発型の転機である転機 4は,外発型の転機 1と転機 2によ ってもたらされて

いる。具体的に述べると, 1教師の場合,転機 1により子どもとのふれあいを重視していた教育観

が崩壊し,子どもにかかえている問題を解決できるカを子ども達に身につけさせる必要性や,子ど

もの家庭環境にも配慮し保護者と連帯して教育を行っていく必要性を痛感した。そして転機 2によ

り,基本的な生活習慣を指導することと,保護者への連絡を密にすることの必要性に迫られた。つ

まり,これらの二つの外発的な転機によって, 1教師の既存の教育観が打ち砕かれ,新たな教育観

を確立することが求められたことから,教師としての力量を高めたいとい う欲求が I教師のなかに

現れ,そのすべを力量の高い同僚達に求めていくという内発型の転機 4がもたらされているのであ

る。

以下,内発型の転機5は,外発型の転機 3から19引き起こされている。

さらに,内発型の転機9は,外発型の転機 7から2O,内発型の転機 12は,外発型の転機 11から21,

以下,内発型の転機 14は,外発型の転機 13から,内発型の転機 19は,外発型の転機 17からもた

らされている。

このことから, 2点のことが指摘できる。 1点目は, 1教師の発達過程が状況依存的な特徴をもつ

ことである。 1教師の場合F 主体的な変化である内発型の転機のほとんどが,外発型の転機によっ

てもたらされている。ことから,教師として身につけたい力量や参加したい研修の見通しが,当初

から I教師の中にあったわけではなく,様々な出来事を経験し,自分が置かれた状況から教師とし

て自分の進む道を主体的に選択決定して行くことで, 1教師の中に生まれてきたものなのだという

ことができる。

2点目は, 1教師自身が柔軟性と積極性をもつことである。外発型の転機が内発型の転機を引き

起こすためには,それを経験した当人のさらなる変化を求める主体的動機が必要である。 1教師の

場合,外発型の転機から内発型の転機がもたらされるとしづ構造が,教職生活の中で 6回出現し,

その時期も初任期から熟練期と呼ばれる時期まで幅広く出現している。このことから, 1教師が教

職生活の中で,自分の教職生活をよりよいものとするために,常に主体的に変化を求めていったこ

とが伺われる。そこに,外発的な転機に柔軟に対応しながらも,自分自身の力量を高めるべくさら

なる変化を積極的に求めていった I教師の姿勢を読み取ることができる。

次に, 1教師の転機をプロセスで、分類し,経験年数順に表 2にまとめてみた。

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F

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第29号 (2003年)

、F 司. , .

勤務2 8 9 14 15 20 21 29 30

年数

契機/A B C D E F

学校名

:① 自

⑬ ⑬ 葛 藤

⑮: 受動型 :② ' '

' ' • • • a

受容型 ' ③ ⑦ ⑬ ⑬ • ' ,

' ④ ⑧ 4 '

' a

' ⑤ ⑨ 』

' • ' ' ⑩ ' '

葛 藤 ⑥ ⑪ J⑩ •

' 能動型 ⑫ ⑪ ' ' '

' ' ' ⑩ •

教育学論集

からみた 1教師の転機セプ

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l

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--?jelli

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発達過程の特徴を考察するにあたり,特に注目した転機を強調した

ここから, 2点の事が指摘できる。 l点目は,教師生活の前半では,準拠集団や重要な他者などの教

育観に準じて自らの教育観を変化させていく受容型の転機が多いことである。 I教師の場合,子ど

も達とのふれあいだけを重視していた教育観が,転機 1,転機 2により崩壊し新たな教育観を形

成することを求められた。そこで,同僚との出会いや教育研究会への所属なと教師生活の中で接

した教育観に適応することで,自らの教育観を形成していったととらえることができる。

2点目に,発達過程の後半では葛藤型の転機が多いことが指摘できる。これは,発達過程の前半

において, 1教師の中にある一定の独自の教育観が形成された現われとみることができる。葛藤型

の 2種類のパターンに着目して後半の発達過程をとらえた場合, 1教師の語りから,葛藤受動型の

転機が大きな転換点としてとらえられている時期Aと,葛藤能動型の転機が大きな転換点としてと

らえられている時期Bに区分することができる。

まず,時期Aについて考察する。この時期,葛藤受動型の転機が 2つ,受容型の転機が 1つ,葛

藤能動型の転機が 2つ経験されているが, 1教師はライフストーリーにおいて,葛藤受動型の転機 2

つから大きな影響を受けたと繰り返し諮っている。その 2つの転機をJI慣に見ていく 。それ以前の I

教師は学級経営に重点をおき,学級の子ども達を指導することにカを注いで、きた。しかし,転機 13

により,学級だけでなく,学校全体に目を向けることを余儀なくされることで,次第に教師の役割

には,学校運営にかかわる側面があること,教師にとって子どもとのかかわりと同じように同僚と

の協力体制が必要であると考えさせられるようになった。

また,転機 15により, 1教師との人間同士としてのふれあいについての思い出ばかりを語る卒業

生を目の当たりにして, r教師として何を教えるかということよりも, 一人の人聞として何を伝える

かということが大事なのではないかJと考えさせられるようにもなった。したがって,この時期は,

I教師が前半に確立した教育観が一部否定され,修正,拡張が要求された時期であると考えること

ができる。

次に,時期Bについて考察する。この時期になると, 1教師の中で葛藤能動型の転機が大きな影

響を与えた転機だとと らえられるようになる。ここでの 3つの葛藤能動型の転機を順に見ていく 。

まず,転機 16では,研究主任に就任したことから,常に学校全体を視野に入れて教育活動を行うこ

とを余儀なくされ,学級経営以外の仕事が膨大、に増えた。しかし,その中で,次第に日々の教育実

践と校内研究とのつながり,同僚と協力体制を築くことの素晴らしさと大切さを実感し,研究主任

として仕事をして行くことを肯定的に受け止めるようになっていった。

転機 17では,当初は嫌悪感を抱いていた情報教育で、あったが,子ども達の反応や変化を目の当た

りにすることで,情報教育の効果を実感し,積極的に教育実践の中に取り入れようとするようにな

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f転機Jを視点とする教師の発達過程に関する事例研究

っていった。

さらに,転機 20では,総合的な学習についての理解が不十分であったが,研究を進める うちに,

総合的な学習のもつ意味,それに伴い要求される教師の役割の転換について理解できるよ うになり,

それらに基づいて自らの教育観も変化させていった。 したがって,この時期は,様々な葛藤に直面

しながらも,そ こでなんらかの積極的意味を見出しそれを既得の教育観に組み入れる ことで教育

観を変化させていった時期であると考えることができる。

5.結びと今後の課題

以上のことから, 1教師の発達過程の特徴を以下にまとめる。

I教師の場合,主体的な変化である内発型の転機のほとんどが 2 外発型の転機を経験することに

よってもたらされている。さらに,この構造が発達過程全般にわたって見られる ことから, 1教師

の発達過程は状況依存的な特徴をもちながらも,それが I教師の柔軟性と積極性から推し進められ

たという特徴をもっていると指摘できる。

全体的にはこうした特徴をもっ I教師の発達過程を, プロセスからみた転機の出現傾向で区分す

ると 4つの時期に区分される。まず, A校での最初の一年間では,転機が出現していなし、。 したが

って,教師になる以前に抱いていた思いを実行に移した実行期だといえる。

しかし B校に赴任し転機 lと転機 2を経験することで,当初の抱いていた教育観が崩壊し,

様々な教育観を受容することで自らの教育観を形成していった。受容型の転機が多くみられるこの

時期 (2""'-'14年)は教育観の崩壊から最構築が目指された確立期だといえる。

確立期において,独自の教育観を形成した I教師であったが,転機 13と転機 15というこつの葛

藤受動型の転機により,それまでの教育観の一部が否定され,教育観の転換が行われる こととなっ

た。確立期で構築した教育観が揺らぎをみせることから?との時期(15---20年)はp 拡散期であると

とらえることができる。

拡散期を過ぎると,葛藤能動型の転機が大きな影響を与えた転機であるととらえられる ようにな

る。 この場合は,葛藤が生じるものの,そこに積極的な意味を見出すこ とから主体的に 自らの教育

観を修正し,再構築している。 この時期は統合期であるととらえ られる。

I教師は, 2002年 4から F校に勤務している。I教師のライ フストーリーによれば, F校で様々

な出来事に直面し?多くの葛藤を経験している。 このこと から, 1教師の発達過程ーは,また新たな

局面に現在差し掛かっていることを付記しておく 。

I教師の発達過程の特徴を図示すると以下のようになる。

<...~ I教師の発達過程の特徴 (図 2)>>

状況

ι ι ι ι |実行期|司 |確立期|斗 |拡散期|司 |統合期| 斗

柔軟性。積極性

今後の課題としては, 3点のことが挙げられる。まず 1点目として, 1教師の被教育体験やライフ

ストーリー以外の I教師に関する資料と, 1教師の発達過程と の関連性を明らかにしたい。そのこ

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教育学論集第 29号 (2003年)

とで, 1教師の発達過程をより多角的に捉えられると考えるからである。2点目として,ライフスト

ーリーを語るということが, 1教師にとってどのような意味をもちえたのかを明らかにしたい。教

師が自分について語ることの意義を明らかにすることによって,教師教育におけるライフストーリ

ーの重要性を提示できると考える。 3点目として,一般的な教師の発達過程と比較した際の I教師

の発達過程にみられる共通性と特殊性を明らかにし教師の発達過程の事例研究がもっ意味につい

て考察していくことを検討している。

1 山崎準二 『教師のライフコース~,創風社, 2002, p 3560

2 ライフコース研究とライフヒストリー研究の違いは,前者がコーホー卜でまとめて観察するのに

対して,後者は個人を中心に据えることにある。森岡清美「ライフコース接近の意義J,W現代日

本人のライフコースJ), 日本学術振興会, 1987, pl-..,14参照。

3 ゃまだは,生涯発達の 6つのモデルを提示しているが,教師のライフコース,ライフヒストリー

研究は,その内の過程モデ、ルの立場をとる。ゃまだようこ編『生涯発達心理学とは何か~,金子

書房, 1995

4 山崎,前掲著, p14。

5 今津孝次郎『変動社会の教師教育J),名古屋大学出版会, 1995, p 790

6 本論では,教師の教育観を教育実践の裏づけとなる教育にかんするなんらかの考え方とする。

7 桜井厚,r社会学における生活史研究J,W南山短期大学紀要~,第 11 号, 1982, p 480

8 大久保はライフコースには,外的経歴と内的経歴があると指摘している。外的経歴とは,可視的

なもので,個人が社会生活の中で経験する出来事を指す。一方,内的経歴とは不可視的なもので,

ものの見方や考え方の変化の経歴をさす。そして,その内的経歴を構成する一連の出来事が転機

だとされる。大久保孝治ほか著『ライフコース論J),放送大学教育振興会, 1995, p 110-.., 111。

9 山崎,前掲著。

10 山崎によると,教師の転機の契機には,①教育実践上の経験 ②意味ある学校への赴任 ③学校

内での出会い ④学校外で、の出会い .⑤学校内での研究活動 ⑥学校外での研究活動 ⑦組合な

どでの団体内での活動 ③社会的活動 ⑨地域との関わり ⑩教育界の動向 ⑪社会問題や政治

情勢 ⑫職務上の役割の変化 ⑬個人および家庭生活における変化があると指摘されている。

11 その他に,インタビューの信憲性を得るために,授業観察を 2回,同僚へのインタビューを行っ

たほか,子ども達と作成した文集,保護者からの手紙を収集した。

12谷富夫『ライフ・ヒストリーを学ぶ人のためにjJ,世界思想、社, 1996, p 23

13 調査①の場合も, 1教師とほぼ同年代の教師を被調査者とした。I教師を含む, 7名の教師は,

おおむね 1970年代前半に教職についた教師達である。 I教師は, 1973年に教職についている。

14 Masaoka Kanji, et. (1985) Turning Points :A Study on a Quali tative Change in Life Course,

in Morioka Kiyomi (ed), Family and Life Course of Middle-Aged Men, The Family and Life Course Study Group, p104

0

15藤崎宏子「ライフコースにおける転機とその意味づけJ,森岡清美『現代日本人のライフコースJ),

日本学術振興会, 1987, p 800

16 大久保は,転機の先行要因に着目し,転機の主なタイプには,外発型と内発型)と移行型がある

と指摘している。大久保孝治「生活史における転機の研究J,W社会学年誌J),第 30号,早稲田大

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『転機Jを視点とする教師の発達過程に関する事例研究

学社会科学会, 1989, p 157-.., 161参照。

17 ここでは,先行要因を契機となる出来事を引き起こした要因とする。

18 このことは I教師の服装にも反映されていった。I教師は,いわゆる教師らしくない服装をして

いるが,そのことは I教師にとって自己表現の一つの手段であると同時に「教師としての私では

なく, 一人の人間としての私を見て欲しい。そして,私も,あなた達一人ひとりを見ていきたい

というメッセージを込めているj と語る。

19 具体的に述べると, 1教師は校務分掌の一環として体育の教科部に配属された。その体育の教科部

では,子ども達がかかえる問題を解決していく力を身につけるためには,まず表現力を身につけ

ささなければいかないと考えられていたため表現運動に重点をおいた取り組みがなされていた。I

教師は,表現運動についても何も知らなかったが,教科部での取り組みをとおして,表現すると

いうことがどの子にとっても生きる上で大切な力となることを確信していった。そして,もっと

表現活動について,深く携わりたいと思うようになり,市の体育教育研究会に所属することとな

った。

20 この場合は, 1教師が 3校日に赴任したC校が校内研修で国語に取り組んで、いたことから,国語

教育について学びたいという思いが I教師の中に湧いてきたことが,市の国語教育研究会への所

属をもたらしている。

21 自分の子どもが小さかったために,低学年を主に担任してきた I教師であるが, 0校で初めて高

学年を担任することとなった。その学年は,荒れた学年とみられていた学年で,けんかやもめご

との多い学年であった。そんな子ども達と接していく中で,子ども達が存在を肯定的に認められ

る機会が少なかったのだろうと感じた I教師は,子ども達のことをなんとか認めてあげたいと考

えるようになった。そのことから,子ども達と一緒に絵を描くことを始めている。

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