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0歳児クラスの保護者から、「麻しんと診断されたので、欠席します。」という連絡があ りました。保育所(園)(以下、保育園とします)では、このような保護者からの連絡があ った場合、すぐ麻しん対策をしなければなりません。麻しん対策として、どのような対応 をしなければならないでしょうか。 麻しん(はしか)は、非常に感染力が強く、これまで麻しんに罹ったことのない未罹患 者(罹ったと思い込んでいる場合もあります)、これまで麻しんの予防接種をしていない未 接種者(接種をしたと思い込んでいる場合もあります)は、100%発症するといわれていま す。感染してから、潜伏期間がおよそ10日程度あり、症状がでます。38度前後の発熱や咳、 鼻水の風邪症状で、2~3日発熱が続いて一旦解熱傾向となったのち、39度以上の高熱と 発疹が出現します。合併症として麻しんウイルスによる肺炎や脳炎をおこすこともあり、 死亡することもあります。 麻しんの予防接種は、現在「M R ワクチンの2回接種」が行われています。M R ワクチ ンは、麻しん(M easles)ワクチンと風疹(Rubella)ワクチンの混合ワクチンで、1回目 を1歳、2回目を就学前の2回接種することになっています。 0歳児クラスの園児が発病したとなると、まず考えないといけないのが、0歳児はほと んどが未罹患で未接種である感受性の高い集団であることです。 「麻しんと診断されたので …」という保護者からの連絡で、対策はスタートします。もしかしたら、保護者が医療機 関で聞き間違えで、麻しんではない可能性も含んでいますが、対策はすぐに始めてくださ い。 .保育園の麻しん対策 対策のポイントは4つあります。ここでの対策は、『麻しん一人でたらすぐ対応!』です。 (1)「麻しんと診断されて欠席」した園児がいることを関係者に伝え、情報共有する。 (2) 当該園児の症状・受診状況及び罹患歴・予防接種歴の情報収集をする。 (3) 他の園児及び職員の罹患歴・予防接種歴をする。 (4) 未罹患未接種への対応を開始する。 ( )「麻しんと診断されて欠席」した園児がいることを関係者に伝え、情報共有 関係者の一覧作成はできていますか?市町村保育課、保健所等の行政機関、保育園の嘱 託医や近隣小児科など、日頃から園児の健康管理の助言や指導、情報提供をして連携をし ているところには、すばやく連絡しましょう。この連絡ができていないと、このあとの対 策が遅れてしまいます。 仮に、「○○保育園です、0歳児クラスの園児が麻しんと診断されたそうです」と、連絡 したとします。この情報で十分でしょうか?いいえ、不十分です。 保育園の麻しん対策 国立感染症研究所感染症情報センター 菅原 民枝 大日 康史 1 47 2011.9-保育界 麻しん対策と保育園サーベイランスの活用①

保育園の麻しん対策syndromic-surveillance.com/jirei/pdf/mashin_0103.pdf45 2011.9-保育界 麻しん対策と保育園サーベイランスの活用① ← 3 そして、発熱があった期間に、誰と接触したのかを確認します。登園していた場合、登

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Page 1: 保育園の麻しん対策syndromic-surveillance.com/jirei/pdf/mashin_0103.pdf45 2011.9-保育界 麻しん対策と保育園サーベイランスの活用① ← 3 そして、発熱があった期間に、誰と接触したのかを確認します。登園していた場合、登

0歳児クラスの保護者から、「麻しんと診断されたので、欠席します。」という連絡があ

りました。保育所(園)(以下、保育園とします)では、このような保護者からの連絡があ

った場合、すぐ麻しん対策をしなければなりません。麻しん対策として、どのような対応

をしなければならないでしょうか。

麻しん(はしか)は、非常に感染力が強く、これまで麻しんに罹ったことのない未罹患

者(罹ったと思い込んでいる場合もあります)、これまで麻しんの予防接種をしていない未

接種者(接種をしたと思い込んでいる場合もあります)は、100%発症するといわれていま

す。感染してから、潜伏期間がおよそ10日程度あり、症状がでます。38度前後の発熱や咳、

鼻水の風邪症状で、2~3日発熱が続いて一旦解熱傾向となったのち、39度以上の高熱と

発疹が出現します。合併症として麻しんウイルスによる肺炎や脳炎をおこすこともあり、

死亡することもあります。

麻しんの予防接種は、現在「MRワクチンの2回接種」が行われています。MRワクチ

ンは、麻しん(Measles)ワクチンと風疹(Rubella)ワクチンの混合ワクチンで、1回目

を1歳、2回目を就学前の2回接種することになっています。

0歳児クラスの園児が発病したとなると、まず考えないといけないのが、0歳児はほと

んどが未罹患で未接種である感受性の高い集団であることです。「麻しんと診断されたので

…」という保護者からの連絡で、対策はスタートします。もしかしたら、保護者が医療機

関で聞き間違えで、麻しんではない可能性も含んでいますが、対策はすぐに始めてくださ

い。

①.保育園の麻しん対策

対策のポイントは4つあります。ここでの対策は、『麻しん一人でたらすぐ対応!』です。

(1)「麻しんと診断されて欠席」した園児がいることを関係者に伝え、情報共有する。

(2)当該園児の症状・受診状況及び罹患歴・予防接種歴の情報収集をする。

(3)他の園児及び職員の罹患歴・予防接種歴をする。

(4)未罹患未接種への対応を開始する。

()「麻しんと診断されて欠席」した園児がいることを関係者に伝え、情報共有

関係者の一覧作成はできていますか?市町村保育課、保健所等の行政機関、保育園の嘱

託医や近隣小児科など、日頃から園児の健康管理の助言や指導、情報提供をして連携をし

ているところには、すばやく連絡しましょう。この連絡ができていないと、このあとの対

策が遅れてしまいます。

仮に、「○○保育園です、0歳児クラスの園児が麻しんと診断されたそうです」と、連絡

したとします。この情報で十分でしょうか?いいえ、不十分です。

保 育 園 の 麻 し ん 対 策国立感染症研究所感染症情報センター 菅原 民枝 大日 康史

◯1 →

47 2011.9-保育界

麻しん対策と保育園サーベイランスの活用①

Page 2: 保育園の麻しん対策syndromic-surveillance.com/jirei/pdf/mashin_0103.pdf45 2011.9-保育界 麻しん対策と保育園サーベイランスの活用① ← 3 そして、発熱があった期間に、誰と接触したのかを確認します。登園していた場合、登

発病した園児は、0歳?1歳?いつ連絡がありましたか?いつ診断されましたか?どこ

で診断されましたか?

伝える情報は、麻しん発病の園児の年齢、クラス、いつ保護者から連絡があったのか、

いつ麻しんと診断されたのか、医療機関はどこであるのかを伝えてください。

園児の年齢とクラスの情報は大事になります。今回の場合、0歳児クラスですが、0歳

児クラスには、実際は0歳とお誕生日を迎えた1歳がいます。麻しん発病者が0歳なのか

1歳なのかは、対策上きわめて大事な情報です。0歳児クラスの園児という情報だけでは、

不十分です。月齢まで伝えましょう。

また、特に0歳児クラスは、何か月の月齢から受入をしているのかも大事な情報です。

受入月齢を6か月からという0歳児クラスもあれば、生後43日または57日といった受入月

齢の場合もあります。

()当該園児の症状及び予防接種歴・罹患歴の情報収集

欠席した園児について、保護者から情報収集します。ここでのポイントは、「症状」、「受

診」、「罹患・接種」、「接触者」の4つです。ここでの情報が詳細に得られると、この先の

対策が非常にしやすくなります。

① 症状

園児は、37.5度以上の発熱はいつからあったのか、最高体温はいつか、咳がいつからあ

ったのか、鼻水がいつからあったのか、目の症状はいつからあったのか、発疹はどこにい

つからあったのか、などどのような症状があったのか確認します。

典型的な麻しんの症状であった場合、他の園児と接触において、いつ頃感染性が高いの

かが明らかになります。時系列に整理しておくと把握しやすいです。典型的な麻しんの症

状ではない場合、麻しんが否定される可能性もあることがわかります。

② 受診

園児が受診した医療機関に関して確認します。医療機関にいつから受診したのか、いつ

麻しんと診断されたのか、入院したかどうか、可能であれば主治医の先生の名前を確認し

ます。

③ 罹患・接種

園児が過去に麻しんに罹患したかどうか、確認します。罹ったと思い込んでいる場合も

あるので、できれば母子手帳で確認してもらいます。不明である場合は、そのことを聴き

取ります。罹患したことがある場合は、何歳のときか、または年月日で確認します。

次に過去に麻しんの予防接種をしたかどうか、確認します。接種したと思い込んでいる

場合もあるので、母子手帳で確認してもらいます。不明である場合は、そのことを聴き取

ります。接種したことがある場合は、何歳のときか、または年月日で確認します。

同様のことを、ご家族の方の状況も確認します。確認すべき項目は家族構成、続柄、年

齢、今回麻しんに罹患したかどうか(罹った場合は発熱出現日、発疹出現日)、過去に麻し

んに罹患したかどうか、予防接種をしたかどうかです。

④ 接触者

園児の発熱初日の2週間前から解熱後3日間の期間の行動をできるだけ聴き取ってくだ

さい。その際に、麻しんに罹った人との接触があったかどうかを確認します。もし、接触

があった場合は、詳細な情報を得るほうが望ましいです。

◯2 →

462011.9-保育界

麻しん対策と保育園サーベイランスの活用①

Page 3: 保育園の麻しん対策syndromic-surveillance.com/jirei/pdf/mashin_0103.pdf45 2011.9-保育界 麻しん対策と保育園サーベイランスの活用① ← 3 そして、発熱があった期間に、誰と接触したのかを確認します。登園していた場合、登

45 2011.9-保育界

麻しん対策と保育園サーベイランスの活用①

◯3←

そして、発熱があった期間に、誰と接触したのかを確認します。登園していた場合、登

園していた園児、職員の名前。おけいこごとや育児サークルなどに行った場合、教室名や

日にち、その他多くの人が集まる場所(ショッピングセンター等)に行った場合の場所や

日にちです。これらは、今後麻しんの感染が拡がるかどうかを判断する場合に必要な情報

です。

これらの4つの情報は、国立感染症研究所感染症情報センターのホームページ、麻しん

の対策・ガイドラインに掲載されております。サイトは、下記です。

http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/04.html

()他の園児及び職員の罹患歴・予防接種歴を調査

次に、欠席した園児のクラスの他の園児、他のクラスの園児及び職員について、麻しん

に罹ったことがあるかどうか、麻しんの予防接種をしているかどうか、確認します。この

とき、未罹患、未接種者をリストアップしてください。当該園児との接触の有無にかかわ

らず、リストにのせてください。麻しんは、強力な感染力をもっているので、同じ部屋に

数分一緒にいただけで感染することがあると言われています。

こうした情報は、麻しんにかかわらず、普段から個別の状況を整理してまとめておくと、

このようなときにあわてて調べなおす必要がないので便利です。同様に職員の状況もまと

めておくと便利です。

国立感染症研究所感染症情報センターでは、保育園向けに、予防接種と罹患状況の両方

の記録をとることができる「予防接種歴・罹患歴調査票」を作成していますので、参考に

してください。詳細は、後述します。サイトは、下記です。

http://www.syndromic-surveillance.net/hoikuen/index.html

()未罹患未接種者への対応を開始

(3)で詳述した未接種未罹患者のリストを作成したら、(1)で連絡した関係者にすぐ連絡

します。特に0歳児クラスの場合は、1歳のお誕生日を迎えていない園児は、予防接種は

していません。0歳児クラスの園児の月齢まで伝えましょう。

この対応は、嘱託医の指示を仰ぎましょう。ワクチン未接種の園児あるいは第2期定期

接種対象園児、職員への対策指導が必要となります。このとき、(2)で情報収集した園児の

詳細な情報が、対応する判断材料になります。

このように対応策を進めると、保健所から医療機関への問い合わせができ、仮に保護者

が医療機関で聞き間違えで、麻しんではなかったことも確認できます。この場合は、それ

で一件落着です。結果的にまちがいであっても対応を進めることのほうが大切です。麻し

んの連絡が伝わらないことが最悪の事態です。

ここまでが、保育園の『麻しん一人でたらすぐ対応!』ですが、このあとは、他の園児

で発症者(発熱、発疹等の症状)がいないかどうか、注意深く観察をしなければなりませ

ん。万が一、他の園児でも発病がみられた場合は、麻しん感染拡大の防止に向けた対応を

すぐに開始することになります。他の園児で、発病した場合は、さきほどの(1)、(2)と同

じことをします。

Page 4: 保育園の麻しん対策syndromic-surveillance.com/jirei/pdf/mashin_0103.pdf45 2011.9-保育界 麻しん対策と保育園サーベイランスの活用① ← 3 そして、発熱があった期間に、誰と接触したのかを確認します。登園していた場合、登

②.麻しん対策の事例

ある保育園で2011年6月に、0歳児クラスの1歳2か月の園児が麻しんと診断され、入

院しました。この事例をみてみましょう。この園児の通う保育園では、「保育園サーベイラ

ンス」を使っており、当該市町村の全園で導入しています。保育園の感染症発生の状況は、

保育課はリアルタイムで把握していました。

・6月16日(木)発熱で欠席、17日(金)欠席

・6月20日(月)熱が下がって登園

(もし麻しん発症の前日と考えると、他の園児に感染の可能性がある。)

・6月21日(火)~6月24日(金)再度発熱で欠席

・6月25日(土)発疹で医療機関受診、麻しんと臨床診断、その後入院

・6月27日(月)保護者から保育園に連絡

-同日、保育園は「保育園サーベイランス」登録(0歳児クラスで麻しん登録)

-同日、保育園は保育課、保健所、保育園による連携開始

-同日、園医と保育園と保護者の連携開始(0歳児クラス(0歳児と1歳児の混

合)のMRワクチン未接種者に接種の説明開始。ただし、対象は生後6か月以

上)

-同日、保健所によるPCR検査依頼

・6月28日(火)地方衛生研究所によるPCR検査

・7月1日(金)発疹出現時のPCR検査で麻しんウイルス遺伝子陰性

-同日、保育園は「保育園サーベイランス」削除登録

保育園に保護者から連絡があって、見事に対応が開始されていました。この1歳2か月

の園児は、麻しん罹患歴なし、麻しん予防接種歴なし、麻しん患者への接触なしでした。

一度解熱した際に登園していることから、もし麻しん発症の前日と考えると、他の園児に

感染の可能性がありました。その後すぐ発疹が出現していないことから、典型的な麻しん

症状の発現と少し異なることがありましたが、麻しんの対策は開始しています。

③.麻しんの検査診断の重要性

対応策の中で、保育園外で行われていることがあります。それが麻しんの検査診断

(PCR検査)です。PCR検査は、ウイルス遺伝子検査のことで本当に麻しんであるのかど

うかを検査で診断することができます。この検査は、保健所が患者さんに依頼をし、地方

衛生研究所等で検査を行います。

麻しんを診断した医師は、保健所に届ける仕組みとなっていますので、保健所はこの届

出をもとに検査診断を実施できますが、届出が遅れてしまう場合もあります。そのような

ときに、保育園から、保健所に連絡があることによって、保健所は検査診断を実施するこ

とができます。(先の事例の場合は医師からの連絡を待機することができました。)保健所

では、医療機関からの報告と保育園からの報告の情報によって、一例を見逃すことなく対

保育園での麻しん対策の事例国立感染症研究所感染症情報センター 菅原 民枝 大日 康史

◯1 →

61 2011.10-保育界

麻しん対策と保育園サーベイランスの活用②

Page 5: 保育園の麻しん対策syndromic-surveillance.com/jirei/pdf/mashin_0103.pdf45 2011.9-保育界 麻しん対策と保育園サーベイランスの活用① ← 3 そして、発熱があった期間に、誰と接触したのかを確認します。登園していた場合、登

応をすることができます。

今回の事例のように、麻しんの検査診断による結果は、とても重要です。当該園児は、

発疹出現時のPCR検査で麻しんウイルス遺伝子の結果が陰性だったので、麻しんではな

いと診断されました。

このように、麻しんではなかったという情報はなぜ大事なのでしょうか?

もし、このまま検査診断をしないと、当該園児と保護者は、麻しんに罹患したと思いま

す。そして、麻しんに罹患したと思って、麻しんの予防接種を受けることを忘れてしまう

可能性があります。実際には、麻しんではなかったのに、麻しんに罹ったと思い込んでい

るために、結果として、麻しん罹患もなく、麻しん予防接種もなく、麻しんに罹りやすい

状態となってしまうためです。今回のように、検査診断で、麻しんではなかったと明らか

になることによって、体調が回復したらMRワクチンを受けます。一例でたらすぐ対応す

ると、麻しん陰性例もきちんと把握することができます。

④.麻しん発病者の連絡

「麻しんと診断されて欠席します」という連絡は、他の場合と同じように、例えば、「発

熱しているので休みます」、「下痢をしていて、嘔吐もあったので休みます」と保護者から

連絡があったのと同じように、園日誌に書くでは、この情報は保健所に届きません。

国立感染症研究所感染症情報センターが2010年4月に開発した保育園サーベイランス

(保育園欠席者・発症者情報収集システム)を使っていると、麻しんと登録すると、即時に

関係者にメールが配信されますので、仮に保育園側で、多忙のために電話等の連絡ができ

なかったとしても、関係者にはメールで情報が送付されます。

システムのメモ欄に、園児の年齢やいつ保護者から連絡があったのか、いつ受診したの

か、受診した医療機関名などを書いておくことで、保育課、保健所、嘱託医側も一報が届

き、その保育園の詳細をシステムで確認することができます。たとえば、電話での伝言で

あると聞き間違えや時間がかかるところを、システムの情報共有で時間も短縮できます。

また、後で連絡をしようと思っていて忘れてしまっていても、システムが一報を伝えるこ

とで、双方に注意喚起をもたらす効果があります。

6月27日(月)に関係者にメール送付『○○市で2011年6月25日分にて、麻疹が登録され

ました』。

◯2 →

602011.10-保育界

麻しん対策と保育園サーベイランスの活用②

Page 6: 保育園の麻しん対策syndromic-surveillance.com/jirei/pdf/mashin_0103.pdf45 2011.9-保育界 麻しん対策と保育園サーベイランスの活用① ← 3 そして、発熱があった期間に、誰と接触したのかを確認します。登園していた場合、登

59 2011.10-保育界

麻しん対策と保育園サーベイランスの活用②

◯3←

これまでみてきたように、麻しん対策は情報収集等で時間を取られてしまうことがあり

ます。入院している園児の保護者と連絡を取って、聴き取りをするのは大変なことです。

他の園児や職員の情報を収集するのも大変です。そこで、うっかり関係者に連絡をするこ

とを忘れないように、システムが保育園の感染症対策をサポートしています。

発疹出現時のPCR検査で麻しんウイルス遺伝子陰性であったため、7月1日(金)関係

者にメールが送付されました。『○○市で2011年6月25日分にて登録された、麻疹が削除さ

れました』。

*NESID登録とは、国による感染症発生動向調査のシステム名称

医療機関 保健所 保育課 保育園 嘱託医

6月25日(土) 麻しん臨床診断。

6月27日(月)

情報共有。 情報共有。 保護者から連絡。

保育園サーベイラン

ス麻しん登録。

(関係者へ情報提供。)

当該園児の症状・受

診状況及び罹患歴・

予防接種歴の情報収

集をする。

他の園児及び職員の

罹患歴・予防接種歴

を調査する。

情報共有。

ワクチン未接種

の園児あるいは

第2期定期接種

対象園児、職員

への対策指導。

6月28日(火)

保健所に報告。 PCR検査依頼

NESID登録 。

(臨床診断例)

未接種の園児と職員

への対策。

6月30日(木)

PCR検査結果

陰性、NESID登

録取り下げ。

7月1日(金)

情報共有。 情報共有。 保育園サーベイラン

ス麻しん削除。(関係

者へ情報提供。)

情報共有。

「一例でたらすぐ対応」の事例

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⑤.麻しん対策事例のまとめと国の麻しん対策

(1)保育園の麻しん欠席情報が関係者に即時共有されており、早期に対策が始められた

(保育園側からの報告がされていなかったら、対策が遅れた可能性がある。)。

(2)発疹出現時期に、地方衛生研究所によるPCR検査が実施され、麻しんウイルス遺伝

子陰性の結果が判明した。

(3)感染症発生動向調査に基づく医療機関から保健所への患者報告も臨床診断後すぐに行

われ、NESIDへの登録もなされていた。

この3番目は、保育園には直接関係がないことのように見えますが、日本の麻しん対策

にとって重要な役割を果たしています。現在日本では、2012年麻しん排除に向けての麻し

ん対策を行っています。そのためには、患者のサーベイランスが大切で、このサーベイラ

ンス(NESID登録)は、医師による報告に基づいて行われています。

2007年に、高校生で麻しんが集団発生し、多くの学校で休校になりました。翌年には、

大学でも休校になりました。成人になってから麻しんに罹患すると入院をするような重症

になることがあります。そこで、国は麻しん対策を強化し、さまざまな対策を行ってきま

した。中学生、高校生の予防接種をすること(5年間)や麻しん患者を全数報告制度に変え

たこと、検査診断を行うことです。

麻しん対策事例のまとめと記録、連携の重要性国立感染症研究所感染症情報センター 菅原 民枝 大日 康史

◯1 →

2011.11-保育界39

麻しん対策と保育園サーベイランスの活用③

図① 麻疹・成人麻疹患者報告書の推移(定点当たり)、 年第 週- 年第 週

IASR Vol. No. (No. ). .http://idsc.nih.go.jp/iasr/ / /graph/f j.gif

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図①は、1999年から2007年までのはしか(麻しん)の発生動向を示しています。2001年

には大きな流行がありました。麻しんが死因となった死亡者数は、1991年までは毎年40例

前後、1992年~2001年には20例前後の死亡者数が報告されていました。死亡例の大半は保

育園に通う年齢層である5歳未満の幼児が中心でした。幸い、近年は麻しんによる死亡は

減っています。この数年間ではしか(麻しん)の患者数は大きく減少し、麻しんに罹る子

ども達は非常に少なくなりました。

⑥.予防接種の記録「MR②回目接種を確認して、小学校に送り出してください。」

今回、麻しんの保育園での対応について述べてきました。一例でたら対応ですが、普段

から予防接種の記録によって園児達の麻しんに対する免疫の保有状況を把握しておくこと

は大変に重要です。

麻しんのワクチンを接種することはその子を麻しんから守るだけではなく、みんなが接

種をすることによって保育園全体が麻しんに強くなり、まだ定期接種の対象年齢ではない

0歳児や、病気などの理由で接種したくてもできない子ども達も守られることにつながり

ます。

はしか(麻しん)の1回目の接種は1歳の時に行うので、保育園は、記録を管理しやす

いのですが、2回目の接種は、小学校就学前の1年間に行うこととなっています。5歳児

クラスの接種記録を確認できていますか?卒園前に予防接種の記録票を更新することは困

難なことが多いのですが、ぜひ接種の確認をお願いします。

国立感染症研究所感染症情報センターでは、「予防接種歴・罹患歴調査票」を作成しまし

た。

「予防接種歴・罹患歴調査票」の特徴は、

(1)保育園に入園から、卒園までの期間を通して利用することができます。毎年決まっ

た時期に調査をし、更新をして、記載日を記録することができます。

(2)予防接種と罹患状況を両方把握することができます。

(3)母子手帳で確認したのか、保護者の記憶による確認なのかをはっきりさせることが

できます。

(4)インフルエンザについても記載することができます。5歳児の記録の更新ができる

ような設計にしました。多くの予防接種が0歳または1歳で接種が行われているの

で、2歳以上のクラスでは、予防接種の記録が更新されていないことがあるようで

す。一方で、インフルエンザは毎年の接種ですので、インフルエンザワクチンの接

種歴の調査をきっかけにして、全ての園児を対象にワクチン接種歴を記載すること

ができ、情報を更新することができます。また、インフルエンザの予防接種、罹患

状況を記載することで、インフルエンザ対策の評価も可能となります。もちろん、

MR2回目を卒園までにしているかどうかを把握することができます。

この調査票を利用して東京都新宿区のある保育園では、毎月計測する身長・体重の記録

◯2 →

2011.11-保育界 38

麻しん対策と保育園サーベイランスの活用③

Page 9: 保育園の麻しん対策syndromic-surveillance.com/jirei/pdf/mashin_0103.pdf45 2011.9-保育界 麻しん対策と保育園サーベイランスの活用① ← 3 そして、発熱があった期間に、誰と接触したのかを確認します。登園していた場合、登

2011.11-保育界37

麻しん対策と保育園サーベイランスの活用③

◯3←

表とあわせることで、毎月保護者が予防接種記録も確認し、更新することができるように

しています。そして、この記録表を卒園時に、園児一人ひとりに渡すことになっています。

とてもよいアイデアだとおもいます。

保育園を卒園するときにはMRワクチンの2回接種が完了している状態で、小学校へ送

り出してあげてください。接種可能なワクチンをしっかりとすませた予防接種歴は、子ど

もたちの将来にわたっての財産となるはずです。

そして最後に、保育士の先生方をはじめ、職員の皆さんの予防接種歴も同様に管理をお

願いします。子どもたちとの接触が最も多い先生自らを守るために、そして子どもへ感染

させないようにお願いします。

●最後に

ある保育関係者の方から、「保育園サーベイランスは、記録、連携、早期探知が一体化し

たシステムということですが、これまでも感染症対策をおこなってきて、問題になったこ

とはありません。連携をして感染症対策ができるとは思いません。」というメールをいただ

きました。

ここまで読んでくださった方は、感染症対策における連携の重要性はおわかりいただけ

たとおもいます。今まで、本当に問題が無かったのであれば、それは幸運です。問題が起

こってからでは、多くの手間暇、お金がかかるうえに、患者数を減らすことは極めて困難

です。問題が起こる前に、「問題がない」と思うのは、2009年の新型インフルエンザや2011

年の原発事故と同じです。問題が起こらなかったから、何もしなくていいのではなく、今

後も問題が起こらないように、ベストを尽くさなければなりません。

「保育園サーベイランス」は保育園に通う子供を感染症から守るためのツールです。麻

疹対策以外での有効な使い方もたくさんあります。保育園サーベイランスについては、下

記サイトをご参照ください。

http://www.syndromic-surveillance.net/hoikuen/index.html

お問い合わせは、hoiku@nih.go.jp まで。

私ども国立感染症研究所感染症情報センターでは、子どもを感染症から守る役割を果た

してくださっている保育関係者の皆様を支援し続けていきます。