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Meiji University Title Author(s) �,Citation �, 11(1): 89-100 URL http://hdl.handle.net/10291/20669 Rights Issue Date 2019-03-31 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

近代日本語における「信ずる」を中心とする 語彙体系の変化...神仏を信仰する、信仰する心」の2つがあると整理することができよう。なお、「信」の④は、

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Page 1: 近代日本語における「信ずる」を中心とする 語彙体系の変化...神仏を信仰する、信仰する心」の2つがあると整理することができよう。なお、「信」の④は、

Meiji University

 

Title近代日本語における「信ずる」を中心とする語彙体系

の変化

Author(s) 田中,牧郎

Citation 明治大学国際日本学研究, 11(1): 89-100

URL http://hdl.handle.net/10291/20669

Rights

Issue Date 2019-03-31

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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【献呈論文】

近代日本語における「信ずる」を中心とする 語彙体系の変化

Change of Vocabulary System in Modern Japanese Focused on Synonyms of Shinzuru(Believe)

田 中 牧 郎

1.はじめに

明治期には多くの新しい漢語が登場し、そのうちのあるものが定着して現代でもよく使われ、

またあるものは定着をみないまま淘汰されていく。この時期に語の盛衰が目立つ背景には、語彙

体系の変化があったと考えられるが、その具体相は明らかにされていない。筆者は、国立国語研

究所によって整備されてきた『日本語歴史コーパス』に含まれる、近代雑誌のコーパスを用い、

語彙頻度の推移を分析することによって語の盛衰の全体像をとらえる研究(田中 2013、2015b)と、

特定の類義語群を取り上げて語彙体系の変化をとらえる研究(田中 2015a、2016)とを行ってきた。

本稿は、後者の研究の一環として、「信ずる」をめぐる語彙体系の変化を考察するものである。

2.「信」を構成要素に含む漢語

『日本語歴史コーパス』全体で、短単位検索により、語彙素に「信(シン)」を含む語を検索す

ると(コーパス検索ツール『中納言』の「短単位検索」で、語彙素「%信%」、語彙素読み「%シン%」

と指定。検索実行は 2018 年 10 月 2 日)、延べ語数で 11,350 語が得られる。これを、語彙素と語

彙素読みが同じものを同語(そのいずれかが異なれば異語)と扱って、異なり語数を集計すると

110 語になる。この 110 語のうち、総頻度が 20 以上あるものが 40 語ある。

その 40 語を、国立国語研究所(2005)『分類語彙表 増補改訂版』(以下、『分類語彙表』と記す)

と突き合わせ、そこに収録されているものを番号順に一覧にしたものが、表 1 である。なお、「信

用する」など 2 字漢語サ変動詞は、『分類語彙表』において、名詞とは別語の動詞として掲出さ

れているが、『日本語歴史コーパス』の短単位では、「信用」「する」のように、名詞と動詞に分

割されるので、ここでは、『日本語歴史コーパス』に従い、名詞にまとめて集計した。上記 40 語

の中にあった「忠信」「盲信」は、『分類語彙表』に掲載されていないため除外し、『日本語歴史コー

パス』で「インシン」「オンシン」の 2 つの語彙素読みに分かれていた「音信」は、実際の用例

では読み分けが困難であるため、同語にまとめた。その結果、表 1 は 37 語のリストとなった。

表 1 には、複数の分類項目に掲出される多義語は重複して表示し、当該の語彙素の右肩に「*」

を付した。『日本語歴史コーパス』は多義語の区分はされていないので、「*」が付された語は、

すべての語義を合わせた頻度が重出していることになる。『日本語歴史コーパス』の時代別の頻

( 94 )

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90 『明治大学国際日本学研究』第 11 巻第 1 号

表1 『日本語歴史コーパス』における「信(シン)」を含む語(総頻度20以上)の時代別頻度及び『日本国語大辞典』の初出時代

分類語彙表 語彙素 平安 鎌倉 室町 江戸 明治・大正 総頻度 日国初出

1.2440 相対的地位信者 1 191 192 鎌倉信徒 209 209 明治・大正

1.3021 敬意・感謝・信頼など

信用 * 951 951 平安信頼 196 196 明治・大正信憑 * 23 23 明治・大正信任 444 444 明治・大正不信 * 10 49 59 平安

1.3040 信念・努力・忍耐信念 * 197 197 室町所信 * 87 87 江戸

1.3041 自信・誇り・恥・反省 自信 * 240 240 江戸

1.3046 道徳

信 2 43 1 496 542 奈良以前信実 21 21 江戸信義 45 45 平安不信 * 10 49 59 平安

1.3047 信仰・宗教

信仰 3 7 2 800 812 鎌倉信心 2 2 5 63 72 平安信教 31 31 鎌倉信奉 * 27 27 明治・大正迷信 * 249 249 明治・大正

1.3061 思考・意見・疑い

所信 * 87 87 江戸信用 * 951 951 平安確信 355 355 明治・大正信憑 * 23 23 明治・大正自信 * 240 240 江戸過信 22 22 明治・大正妄信 34 34 明治・大正迷信 * 249 249 明治・大正信念 * 197 197 室町信奉 * 27 27 明治・大正尊信 45 45 江戸不信 * 10 49 59 平安

1.3075 説・論・主義 信条 79 79 明治・大正1.3121 合図・挨拶 信号 146 146 明治・大正

1.3122 通信

通信 576 576 平安逓信 323 323 明治・大正音信 3 61 64 平安信書 23 23 明治・大正書信 32 32 明治・大正電信 464 464 明治・大正送信 33 33 明治・大正受信 270 270 明治・大正発信 89 89 明治・大正

1.3142 評判 信望 37 37 明治・大正1.3422 威厳・行儀・品行 威信 49 49 室町1.3780 貸借 信託 115 115 明治・大正2.3047 信仰・宗教 信ずる * 8 98 20 1 3,674 3,801 平安2.3061 思考・意見・疑い 信ずる * 8 98 20 1 3,674 3,801 平安

コーパスの時代別総語数 1,013,024 972,674 415,573 218,248 13,967,069 16,586,588

( 93 ) ( 92 )

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91近代日本語における「信ずる」を中心とする語彙体系の変化

度のほか、小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第 2 版』(以下『日本国語大辞典』と記す)

の初出例の時代も示した。

表 1 を見ると、『日本国語大辞典』の初出例が江戸時代以前であるのに、『日本語歴史コーパス』

では江戸時代以前に例が見られないものが多い。これは、このコーパスの江戸時代以前は、漢文

訓読系の資料や文語資料があまり収録されていないことに起因するものである(田中 2014)。そ

こで、『日本国語大辞典』の初出情報によって、江戸時代以前からある語か、明治・大正時代になっ

て登場した語かを見ると、江戸時代以前からある語が多い分類項目として、「1.3046 道徳」「1.3047

信仰・宗教」が指摘できる。また、明治・大正時代に登場する語が多いのは、「1.3021 敬意・感謝・

信頼など」「1.3122 通信」である。そして、「1.3061 思考・意見・疑い」は、江戸時代以前から語

が多いが、明治・大正時代にも新たな語が多く加わっていることがわかる。分類項目によって、

古来多くの語があったところと、明治・大正時代になって語が増加したところがあることや、古

来の語に意味の近い語が、明治・大正時代に新たに加わった場合があることなどが見て取れる。

以下、上に指摘した、明治・大正時代に語が増えた分類項目の語彙体系の変化について調査し、

その要因について考察していくが、「1.3122 通信」は、近代においては、それ以外の分類項目と

系譜を異にしていると考えられるので、この分類項目は考察の対象から除外する。

3.「信ずる」の変容

3.1 古来の「信」「信ずる」

「信」をめぐる語彙体系の中心には、名詞「信」と、動詞「信ずる」(「信じる」も含む)がある。「信」

「信ずる」は、それぞれ、奈良時代以前、平安時代から存在が確認でき、「信」をめぐる語彙の中

で、歴史的に最も基本的な語であったと思われる。ところで、木村(1987)が述べるように、漢

字「信」には、歴史的に定まった訓が結びつかなかった。名詞としては、『古事記』『万葉集』には、

「まこと」と読まれてきた「信」があるが、「まこと」の表記は、後の時代、「信」よりも「真」「実」

「誠」が定着する。また、動詞としても、『古事記』『日本書紀』『万葉集』には、「うける」「たのむ」

「まかせる」などと読まれてきた「信」の例がいくつかあるが、これらの語の表記は、やがて「受」

「請」、「憑」「頼」「恃」、「任」「委」などが定着する。つまり、漢字「信」は、特定の和語と結び

つきにくく、中国からもたらされた「信」の意味概念が、字音「シン」によって、漢語「信(シ

ン)」、および混種語「信(シン)ずる」として、日本語に定着したのだと見ることができる。

『日本国語大辞典』における、「信」「信ずる」の意味記述は、次の通りである。用例は省略し、

「信」に掲載される、漢文にのみ見られる意味は除外した。

信 ①あざむかないこと。いつわらないこと。まこと。誠実。儒教では、五常(仁・義・礼・

智・信)の一つとされている。②疑わないこと。信用すること。まことと思いこむこと。信

頼。③帰依(きえ)すること。信仰すること。信心。信仰心。④おとずれ。たより。音信。

信ずる ①物事を本当だと思う。また、信頼する。信用する。②神仏を信仰する。帰依する。

「信」の①②と「信ずる」の①が対応し、「信」の③と「信ずる」の②が対応していることから、

( 93 ) ( 92 )

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92 『明治大学国際日本学研究』第 11 巻第 1 号

名詞・動詞のいずれにも通じる意味としては、「(Ⅰ)本当であること、対象を本当と思う」「(Ⅱ)

神仏を信仰する、信仰する心」の 2 つがあると整理することができよう。なお、「信」の④は、

本稿では考察対象外とした意味である。

『日本語歴史コーパス』で用例が確認できる最古の時代である平安時代には、「信」2 例、「信ずる」

8 例が存在する。

(1)僧俗、「げに説経・説法多くうけたまはれど、かく珍しきことのたまふ人は、さらにお

はせぬなり」とて、年老いたる尼・法師ども、額に手をあてて、信をなしつつ聞きゐたり。

(大鏡・天・地の文)

(2)他の朝廷にも、夢を信じて国を助くるたぐひ多うはべりけるを、(源氏物語・明石・入

道の詞)

(3)また、人の知らざらんことの、心にしるく思ひ出でられぬべからむを言へ。さてなむ、

いささかにても信ずべき。(源氏物語・若菜下・光源氏の詞)

「信」の例は、(1)の「信をなす」のほか、「信をいたす」という例があり、いずれも動詞句と

して用いられ、法会などで語られる内容を対象としている。「信ずる」の 8 例も、これと類似し

ており、(2)の「夢」のような、内容をもった何かを対象とする場面か、(3)のような、誰かが

何かを語るのを受ける場面のいずれかの文脈で使われている。上記の(Ⅰ)(Ⅱ)の意味区分は、

本当と思うか、神仏への信仰かという区分であったが、平安時代の例は、すべて(Ⅰ)で解釈で

きる。ただし、信じる対象になる話が、法会などで語られたものの場合は、(Ⅱ)の要素も加わっ

ており、(Ⅰ)(Ⅱ)いずれにも入る例もある。

動詞の方が例が多く、名詞の 2 例も動詞句として使われていることから、日本語における「信」

は、動詞性を色濃く持つ語として始まったと考えられる。そこで、以下では、「信ずる」を中心

に考察していく。

なお、平安時代における 10 例について注目すべきこととして、8 例までが男性の発話部分に

用いられており、文体的な偏在があるという事実がある。「信」「信ずる」は、平安時代において

は、中国語由来の外来要素として、異質な語感を伴って使用されていたと推定される。

3.2 「信ずる」の変化

「信ずる」の意味分析には、格助詞への注目が有効であると考えられる。前掲(2)は、格助詞

「を」によって、実質名詞「夢」を対象語に取る例であるが、『日本語歴史コーパス』全体に範囲

を広げると、次のように、「を」「と」を介して、対象となる形式名詞句や引用句を取る場合もある。

(4)此ヲ聞ク人、皆涙ヲ流シテ、法花経ノ霊験ノ新ナル事ヲ信ジケリ。(今昔物語集・巻 13-

38)

(5)道雅ノ朝臣此レヲ聞テ、「雅通ノ中将往生ハ実也ケリ」ト信ジテ、其ノ後ヨリハ不疑ズ

シテ謗ル事無カリケリ。(今昔物語集・巻 15-43)

表 2 は、『日本語歴史コーパス』から得られた「信ずる」の用例について、対象語句を取る際

( 91 ) ( 90 )

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93近代日本語における「信ずる」を中心とする語彙体系の変化

に「を」を示すもの、「と」を示すもの、「それ以外」のものに分類し、それぞれの数を掲げたも

のである。用例数の非常に多い明治・大正時代については、無作為抽出した 100 例を調べた結果

である(1 例は誤解析)。なお、「それ以外」とは、係助詞や無助詞、被修飾語など、別の形式で

対象語句を示した例や、そもそも対象語句を取らない例などをすべて含めたものである。

表 2 「信ずる」が対象語句を取る際に示す形式(通史)平安 鎌倉 室町 江戸 明治・大正

を 2 64 11 1 37と 0 10 1 0 43

それ以外 6 24 8 0 19計 8 98 20 1 99

表 2 から、格助詞を示す場合は「を」が一般的であったところから、明治・大正時代になって、

「と」が優勢になるように変わっている様子を見て取ることができる。

表 3 「信ずる」 が対象語句を取る際に示す形式 (明治 ・大正時代、 各年次 20 例の調査)

1874-75 1887-88 1895 1901 1909 1917 1925 総計を 11 12 4 9 6 6 2 50と 4 10 10 13 11 14 62

それ以外 9 4 6 1 1 3 4 28計 20 20 20 20 20 20 20 140

表 3 は、明治・大正時代の「信ずる」の用例から、各年次 20 例ずつを無作為抽出して、同様の

調査をした結果である。なお、無作為抽出の母体から、女性雑誌群は除外した。なぜなら、『日本

語歴史コーパス』の「明治・大正編Ⅰ雑誌」の設計においては、経年的な変化を見る目的で作成さ

れているのは、『明六雑誌』『国民之友』『太陽』の総合雑誌群の部分であり、女性雑誌群はそれら

との位相的な相違を見るために一部の年次にのみ収録されているものだからである(田中 2006)。

表 3 によると、明治・大正時代においては、「を」を用いる例が次第に減少し、代わって「と」

を用いる例が次第に増加し、特に 19 世紀末にその変化が顕著であることがわかる。格助詞で対象

を明示する場合、(6)の「其帝たり王たる者」のような何らかの存在を「を」格に取るのが一般的

であったところから、(7)の点線部のように、心内に思う内容を「と」格に取るのが一般的になる

ように、「信ずる」の用法が変容し、その交替の時期が 19 世紀末であったと考えられるのである。

雑誌コーパスの挙例には末尾にサンプル ID を付す。

(6)然りと雖ども政府其人民をして其帝たり王たる者を信ぜしむる(明六雑誌・1874 年・

西周「教門論(二)」・60M 明六 1874_05002)

(7)明治の大御世の普通文も、遂には此新しき文法に支配されて、そして始めて一の新文學

の期を開くことと信じまする。(太陽・1895 年・上田万年「国語研究に就て」・60M 太陽

1895_01007)

( 91 ) ( 90 )

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94 『明治大学国際日本学研究』第 11 巻第 1 号

「を」から「と」へという、中心的な用法の交替の背景には、「信ずる」主体にとっての対象を

志向するところが、外部の存在から、主体自身の心内に思い描くことがらへと、移行していく変

容があったと考えられる。

4.「1.0361 思考・意見・疑い」に属する漢語

前節で見た、明治・大正時代における「信ずる」の変容は、この時期に多くの漢語が登場する、

「1.3061 思考・意見・疑い」、「1.3021 敬意・感謝・信頼など」の分類項目に属する、「信」を含む

漢語の変容に関与する。そのことについて、順次、調査結果を述べ、考察を進めていこう。

まず、「1.3061 思考・意見・疑い」の分類項目について見ていく。表 1 で、この分類項目に配

されている 12 語のうち、「信用」「信憑」は、「1.3021 敬意・感謝・信頼など」にも含まれており、

明治・大正時代では、その意味の方が中心的だと考えられるので、次節で扱う。また、否定表現

の「不信」は、別に意味分析が必要になることから、今回は除外する。残った 9 語について、年

次別に、品詞別の頻度を集計すると、表 4-1、表 4-2 のようになる。品詞分類に際しては、複合

語の場合も、動詞か名詞に分類した。品詞に着眼して分類するのは、明治・大正時代の漢語語彙

の動向には、品詞性が深く関与するからである(間淵 2016)。

表 4-1 明治・大正時代の「確信」「過信」「妄信」「信奉」「尊信」の品詞別・年次別頻度

確信 過信 妄信 信奉 尊信動詞 名詞 動詞 名詞 動詞 名詞 動詞 名詞 動詞 名詞

1874-75 1 8 4 21887-88 35 4 2 2 1 6 31895 33 5 4 7 4 4 8 31901 25 9 1 2 4 8 1 4 11909 39 18 2 2 1 11917 56 26 7 3 5 2 41925 26 30 4 1 1 3 3総計 215 92 16 3 18 15 21 6 30 9

表 4-2 明治・大正時代の「所信」「自信」「迷信」「信念」の品詞別・年次別頻度

所信 自信 迷信 信念動詞 名詞 動詞 名詞 動詞 名詞 動詞 名詞

1874-75 1 11887-88 3 5 13 11895 5 3 10 2 49 11901 30 6 23 3 64 281909 23 4 71 37 401917 11 2 33 3 33 491925 10 2 48 2 19 67総計 0 80 20 190 10 216 0 186

( 89 ) ( 88 )

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95近代日本語における「信ずる」を中心とする語彙体系の変化

表 4-1 には、動詞用法が優勢である「確信」「過信」「妄信」「信奉」「尊信」の情報を示した。

年次を通じて際立って頻度の高い「確信」が増加傾向にあり、他の 4 語は、「尊信」がやや減少

傾向を見せるほかは、目立った増減傾向はない。表 4-1 の 5 語の動詞用法について、「信ずる」

を分析したのと同じ観点、すなわち、対象語句を取る場合の形式が、「を」なのか、「と」なのか、

その他の形式なのかを調査して集計すると、表 5 のようになる。なお、本節では、対象語句が当

該文中に表示されていない例は、「他」にも算入していない。

表 5 明治・大正時代の「確信」「過信」「妄信」「信奉」「尊信」の動詞用法が対象語句を取る場合の形式

確信 過信 妄信 信奉 尊信年次 を と 他 を と 他 を と 他 を と 他 を と 他

1874-75 1 3 5 2 11887-88 15 11 6 2 1 61895 16 5 8 4 3 3 3 6 1 11901 16 5 4 1 4 1 2 21909 18 16 4 2 2 11917 18 25 6 5 1 2 1 2 1 1 1 21925 5 17 4 2 2 3総計 89 79 32 11 3 1 5 12 0 11 0 7 21 2 6

表 5 によれば、「過信」「信奉」「尊信」は、「を」の方が多く、「妄信」は、「と」の方が多いこ

とがわかる。そして、高頻度の「確信」は、「を」「と」ともに多いが、どちらかというと「を」

が優勢であったのが、1917 年から「と」優勢に転じ、1925 年でそれが顕著になっている様子を

見て取ることができる。この「確信」が示す「を」から「と」へという変化の方向は、前節で見

た「信ずる」の変化の方向と共通するものであることが注目される。現に、(8)(9)のように、

相似た文脈で用いられ、「信ずる」行為を強めたのが「確信」だと解釈できる例を指摘すること

ができる。

(8)第一は岩倉、三條大久保、木戸——西郷は終りを誤つたから——で第二は伊藤第三は桂、

是れだけが國葬に値ひするものと吾輩は信じて居るのぢや。(太陽・1917 年・前田蓮山「内

大臣問題」60M 太陽 1917_01004)

(9)後繼内閣は必ず西園寺に持つて行くに違ひないが、西園寺は必ず受けないと吾輩は確信

するね。(太陽・1917 年・前田蓮山「枢密院、將來の首相、總選擧」60M 太陽 1917_04003)

「過信」「妄信」「尊信」「信奉」は、例えば次のように使われるが、いずれも、類似の文脈で使

われた「信ずる」の例を指摘でき、例示は省略するが、それぞれ「信ずる」の例が多様に取って

いる対象や内容を、何らかの点で限定した用法で用いられていると見ることができる。

(10)公使の朴を過信せしは、獨り公使一人の罪にあらず、(太陽・1895 年・川崎三郎「朝

鮮問題」60M 太陽 1895_07003)

(11)吾人自ら製作したる道徳を全能なりと妄信するの日は、(太陽・1901 年・高山樗牛「姉

( 89 ) ( 88 )

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96 『明治大学国際日本学研究』第 11 巻第 1 号

崎嘲風に與ふる書」60M 太陽 1901_07010)

(12)彼等は常に孜々として宗教を尊信し、(太陽・1895 年・吉村銀次郎「國民の政治思想」

60M 太陽 1895_08003)

(13)恰も二三世紀以前のマーカンチリズムを信奉する論者少なからざるのみならず(太陽・

1917 年・堀江帰一「自給自足の經濟生活を排す」60M 太陽 1917_06009)

表 4-2 の、名詞用法が多い「所信」「自信」「迷信」「信念」は、表 4-1 の「確信」以外の語に比べて、

いずれも頻度が高い。(14)信じているということ、(15)(16)信じている内容、(17)正しくな

い内容を、それぞれ表しており、「信ずる」行為や、その行為の結果を概念化した意味を表して

いると考えられる。こうした名詞表現の多くが次第に頻度を増していくのも、語彙体系の変容の

反映と考えられる。

(14)余の主張を以て時弊を救濟する適藥なりとする自信はないが、(太陽・1917 年・林田

亀太郎「選擧法改正意見」60M 太陽 1917_06019)

(15)本書は紡織用諸纎維に關し、學説及び著者の所信を叙述したもので、(太陽・1917 年・

無署名「新刊紹介」60M 太陽 1917_14037)

(16)今次の歐洲大戰は余をして益〻世界統一必至の信念を強からしむるに至れり(太陽・

1917 年・野中勝明「平和と世界の統一(強國論)」60M 太陽 1917_04012)

(17)宗教的には單に民を愚にする固陋なる迷信を扶植し得たに過ぎなかつた。(太陽・1917

年・浅田江村「露西亞革命の弱點」60M 太陽 1917_14004)

5.「1.3021 敬意・感謝・信頼など」に属する漢語

続いて、「1.3021 敬意・感謝・信頼など」の分類項目に属する漢語を見よう。否定表現の「不信」

を除く 4 語について、品詞別に、年次別頻度(女性雑誌を除く)をまとめると、表 6 のようにな

る。本節では、複合名詞と名詞とを分けて集計した。表 6 から、1874-75 年は「信用」が 1 回用

いられるのみだが、1887-88 年から「信任」「信憑」が現れ、遅れて 1901 年に「信頼」が登場し

ていることがわかる。頻度の増減傾向としては、「信憑」が 1909 年以後減少するところ、「信頼」

が 1909 年以後増加するところが目立っている。品詞構成に目を移すと、「信用」と「信任」は名

詞や複合名詞が多く、「信頼」は動詞が多く、「信憑」は、動詞と複合名詞が多いことがわかる。

そうした全体的趨勢のなかで、「信用」は動詞が増加傾向にあり、「信任」は複合名詞が増加傾向

にあることも読み取れる。

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表6 明治・大正時代における「信用」「信頼」「信任」「信憑」の品詞別頻度

信用 信頼 信任 信憑

動詞 名詞 複合名詞 動詞 名詞 複合

名詞 動詞 名詞 複合名詞 動詞 名詞 複合

名詞1874-75 11887-88 6 56 7 6 8 1 2 1 31895 9 9 53 10 10 12 3 31901 31 79 252 14 3 13 45 10 14 1 151909 13 42 132 48 13 3 12 26 161917 23 13 58 27 18 20 14 176 1 11925 33 20 66 41 18 3 2 12 20 1 1総計 116 219 568 130 52 6 63 115 235 21 2 23

動詞用法が多い「信憑」と「信頼」の用例を見ると、次の (18)と(19)、(20)と(21)のよ

うに、相似た文脈で使われているものを指摘することができる。

(18)是等の事項に關して最も信憑す可き「ナチヲナールツァイトング」新聞の言ふ所に依

れば(国民之友・1887 年・無署名「比斯馬克公家居の樂事」60M 国民 1887_07001)

(19)一般家庭の常備として信頼するに足る參考書の不足が一層深く感じられて來た、(太陽・

1925 年・無署名「全集・叢書・新刊書の紹介」60M 太陽 1925_12070)

(20)さはれ彼等は帝が性行に信憑し寛容的開放と道義的自由との光明は早晩露國全土を照

らして彼等の希望は終に充實せらるるの時あるべきを確めぬ、(太陽・1901 年・日下逸人

(訳)「露國の宮廷」60M 太陽 1901_10024)

(21)日本國民は殆んど一言の不平もなく其の指導者の所見に信頼し安じて彼等の决斷せる

所に從ひ敢て反對せず(太陽・1909 年・無署名「彙報」60M 太陽 1909_10060)

このことと、上述の頻度の増減傾向とをあわせ考えると、「信憑」から「信頼」へという交替

があったことを思わせるが、「信憑」と「信頼」とでは、異なる特徴も見えている。(22)の例の

ような、格助詞「を」によって対象語句を示す例は、「信頼」にはとても多いが、「信憑」には皆

無である。また、(22)のように、「信頼」は、人を対象にする例が非常に多いが、「信憑」には、

人そのものを対象語句に明示する例はなく、あっても、(20)のように、人そのものではなく、

性質や行動であったり、(23)のように、前文など文脈からそれ(前文の点線部「レナード」)と

わかる場合に限られる。

(22)この一事を以てして寺内伯が如何に西原氏を信頼してゐたかを知る事が出來るのであ

る。(太陽・1925 年・北山々人「現代怪傑傳の一」・60M 太陽 1925_05037)

(23)レナードは頼む可き人物なり、信憑して差支なし、(国民之友・1888 年・森田思軒(訳)

「隨見録(二)」・60M 国民 1888_23007)

そして、「信頼」が「を」を用いる例や、人を対象にする例は、年次を追って増加していく傾

向がある。「信憑」に代わって頻度を増していく「信頼」は、「信憑」にはなかったこうした特徴

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を持ったことで、定着できたのではないかと思われる。

名詞用法や複合名詞用法が多い点で通じ合う、「信任」と「信用」も、類似の文脈で使われる

場合がある。例えば、(24)(25)は、同一記事内で、ほぼ同じように使われた例である。

(24)宇多法皇が、斯ばかり道眞を信任し給ひしは、畢竟何の基づく所ぞ。(太陽・1901 年・

大町桂月「藤原時平」・60M 太陽 1901_01034)

(25)而して宇多天皇が道眞を信用し給ひしは、この一事にもとづけり。(太陽・1901 年・

大町桂月「藤原時平」・60M 太陽 1901_01034)

「信用」「信任」にも、年次の進行にともなって動きが認められる。表 7 は、「信用」「信任」お

よび「信頼」の動詞用法が、対象語句を取る際に、格助詞「を」、格助詞「に」、その他の形式(係

助詞や無助詞、被修飾語など)のいずれによっているかを、年次別に整理したものである。対象

語句が文中に示されない例は「他」にも算入していない。表 7 によると、「信頼」「信任」は「を」

か「に」かでゆれるが、全体として、「信頼」は「に」、「信任」は「を」を選好する傾向が認め

られる。あわせて、年次の進行にしたがって、「信任」は「を」に限られるようになり、「信頼」

も 1925 年では「を」が急増していることもわかる。一方、「信用」は、「に」を全く取らず、格

助詞を用いる場合は「を」に限られている。

表 7 明治・大正時代における「信用」「信頼」「信任」の動詞用法が対象語句を取る形式

信用 信頼 信任年次 を に 他 を に 他 を に 他

1874-75 11887-88 4 2 21895 4 3 5 4 11901 11 15 2 7 4 8 1 41909 8 5 3 22 20 3 1 61917 2 15 3 16 7 19 11925 19 7 12 15 12 2総計 49 0 45 20 60 43 39 6 14

「信用」が「を」を用いる場合、その対象に取る語句に注目すると、前半の年次では、(26)の

ように、人以外の抽象概念を表す語句が多かったのが、後半の年次になると、(27)のような、

人を表す語句が多くなってくるという、変容が認められる。この変容は、先述した「信頼」の変

容と同じ方向のものである。

(26)彼の英國の人士は多く眞面目に此論を(少なくとも戰爭の始めに於て)信用するぞ憫

なれ(太陽・1895 年・飯田旗軒「日本と歐米」・60M 太陽 1895_05005)

(27)更に彼は大橋家の仕事まで委託されたが、大橋氏は何事につけても、氏を厚く信用し

てゐた。(太陽・1925 年・羽田如雲「拔擢されて成功した羽田福太郎氏 拔擢されて失敗

したルンド・バーグ氏」・60M 太陽 1925_07011)

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「信任」は、前半の年次では、動詞用法で「を」を用いる語句のほとんどは、(28)のように対

象語に人物を取るものであったが、1917 年には、そのほとんどが、(29)のように組織を取るも

のになり、1925 年には、動詞用法は急減し、(30)のような名詞用法が中心になるなど、変容が

大きい。

(28)故にヲツトウビスマルクも亦博士を信任し眞心を以て博士に報ひたりき。(太陽・1895

年・無署名「ヲット、フォン、ビスマルク公」60M 太陽 1895_07026)

(29)若し又た之に反して政府を信任せざる議員が多數であるならば内閣の總辭職は止む可

からざる事であらう。(太陽・1917 年・浮田和民「總選擧の意義 附 議會再解散説の可否・

60M 太陽 1917_04001)

(30)今日に於ては、議會は既に國民の信任を得て居ない。(太陽・1925 年・永田秀次郎「日

露國交と普選實施」60M 太陽 1925_11034)

述べてきたように、動詞用法の「信憑」と「信頼」、同じく「信任」と「信用」は、それぞれ

類義対を構成しており、いずれも、前者の語が淘汰され後者の語が定着していく。淘汰された

「信任」は名詞用法を主とするように質を変えて生き延びていく。定着に向かう「信頼」は、「を」

を用いるようになったことで、「信用」と類似性を強めていき、現代語においては、「信用」と「信頼」

の使い分けが問題になっている(馬場 1979)。「を」「に」を用いることの多い「1.3021 敬意・感

謝・信頼など」の意味は、外部の存在を志向していた、古来の「信ずる」の意味に近い。「信ずる」

の意味が、内面に思い描くことがらを志向するとことに拡張したのに伴い、旧来の意味を担う近

代的な動詞表現として、「信用(する)」や「信頼(する)」が、勢力を伸ばしたのだと考えられる。

6.おわりに

以上、「信」を含む漢語の語彙体系の変容が、中核にある「信ずる」という語の変容と連動す

る形で明治・大正時代に進行し、それが、新しい語の登場から定着へ、さらには淘汰へという語

史の現象となって現れてくることを見てきた。こうした見方での語彙史記述を、広範囲の語彙に

及ぼしていくことが求められる。

今回示した「信ずる」を中心とする語彙の事例では、信ずる対象が、信ずる主体の内面にある

のか外部にあるのか、品詞性が動詞性か名詞性かという、二つの軸からなる座標上に各語を位置

づけることで、語彙体系を把握することが可能であることがわかった。その体系を考慮して、意

味記述、品詞性記述、用例提示などを行うことで、例えば、辞書記述の向上などにも貢献するこ

とができるだろう。体系の中で、通時的に動いた部分と動かなかった部分を明らかにしておくこ

とは、歴史辞典だけでなく。現代語辞典の記述の安定性の確保にも役立つだろう。もっとも、大

正時代までの用例だけからの考察では、現代語辞典の記述にとっては不十分であり、昭和・平成

時代の用例を得ることができるコーパスの整備も、不可欠である。

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参考文献

木村紀子(1987)「古代日本語における「信ず」の成立まで」『奈良大学紀要』16

国立国語研究所(2005)『分類語彙表 増補改訂版』(大日本図書,https://pj.ninjal.ac.jp/corpus_

center/goihyo.html)

小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第 2 版』(小学館、https://japanknowledge.com)

田中牧郎(2006)「『近代女性雑誌コーパス』の概要」『科研報告書 「20 世紀初期総合雑誌コーパス」

の構築による確立期現代語の高精度な記述』https://pj.ninjal.ac.jp/corpus_center/cmj/woman-

mag/

田中牧郎(2013)『近代書き言葉はこうしてできた』(岩波書店)

田中牧郎(2014)「日本語歴史コーパスの構築」『日本語学』33-14

田中牧郎(2015a)「近代新漢語の基本語化における既存語との関係―雑誌コーパスによる「拡大」

「援助」の事例研究―」『日本語の研究』11-2

田中牧郎(2015b)「明治後期から大正期に基本語化する語彙」斎藤倫明・石井正彦編『日本語

語彙へのアプローチ』(おうふう)

田中牧郎(2016)「近代における「期待」の基本語化―雑誌コーパスによる記述―」『国語語彙史

の研究』35

馬場彰(1979)「意味分析試論―「信頼する」と「信用する―」『岡山大学教養部紀要』15

間淵洋子(2016)「近現代漢語におけるサ変動詞用法の変化―形態論情報付きコーパスを用いて

―」『明治大学大学院国際日本学論集』4

使用コーパス

国立国語研究所『日本語歴史コーパス』https://chunagon.ninjal.ac.jp/(2018 年 10 月 2 日確認)

付記

本稿は、第 54 回語彙・辞書研究会(2018 年 11 月 10 日)におけるシンポジウムで「近代漢語

の変容と辞書記述―「信」をめぐる語彙を事例に―」と題して発表した内容の一部に基づいてい

る。また、国立国語研究所共同研究プロジェクト「通時コーパスの構築と日本語史研究の新展開」

及び JSPS 科研費 18K18514 の成果を含むものである。

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