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Expired - Kobe Universityuchida/textbook/ch1.pdf · 2014-04-14 · 1.2 貨幣の機能 経済学では、以下の三つの機能を果たすものを貨幣と呼びます。これらはいずれも経済

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第1章 金融と貨幣

第1章 金融と貨幣 ................................................................................................... 1 1.1 金融と貨幣 ........................................................................................................ 1 1.1.1 貸し借りすることと貸し借りされるもの ................................................. 1 1.1.2 おカネとは何か ......................................................................................... 2

1.2 貨幣の機能 ........................................................................................................ 3 1.2.1 一般的交換機能(決済手段) ................................................................... 3 1.2.2 価値尺度機能 ............................................................................................. 3 1.2.3 価値貯蔵機能 ............................................................................................. 5

1.3 日本の貨幣 ........................................................................................................ 6 1.3.1 現金通貨 .................................................................................................... 6 1.3.2 預金通貨 .................................................................................................... 7 1.3.3 マネーネスと金融技術 .............................................................................. 8 1.3.4 日本の貨幣量 ............................................................................................. 9

1.4 支払指図手段 .................................................................................................. 10

----------------コラム1‐1をこのあたりに挿入------------------

1.1 金融と貨幣

1.1.1 貸し借りすることと貸し借りされるもの

金融とは何でしょうか。答えは簡単で、「金」の「融」通、簡単に言えばおカネを貸し借

りすることが金融に他なりません。金融は難しそうだ、金持ちやプロのやることで自分に

は縁がない、と考えている人もいるかもしれませんが、たとえば財布を忘れて友達や同僚

に昼食代を借りたら、それはもう立派な金融です。また、銀行に預金していないでしょう

か。あなたが銀行に定期預金をすれば、それは満期になった時点で返済してもらうという

条件で銀行におカネを貸したことになります。同じように、個人向け国債を購入すると、

その満期まで政府におカネを貸すことになります。預金や国債など、それを購入すること

でお金を貸すことになるものを金融商品といいます。コラム1‐1にはこうした身近な金

融商品の例が示されています。こうした金融商品を使えば、大きな資金を持たない個人で

も簡単に、貸手になったり借手になったりできます。金融に関するニュースは毎日のよう

に伝えられており、どれもとても難しく感じますが、こうしたニュースはどれも基本的に

はおカネの貸し借りに関わるものです。この基本を出発点として、この本では次第に複雑

な金融の世界を説明していきたいと思います。 ただし、金融の話に入る前に考えておくべき重要なことがあります。金融はおカネの貸

し借りだ、といいました。では、そのおカネとは何でしょう。答えは簡単なように思われ

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Page 2: Expired - Kobe Universityuchida/textbook/ch1.pdf · 2014-04-14 · 1.2 貨幣の機能 経済学では、以下の三つの機能を果たすものを貨幣と呼びます。これらはいずれも経済

るかもしれません。しかし、以下で見るように、よく考えてみるとこの答えはそう簡単で

はありません。金融、つまりなぜおカネを貸し借りするのか理解する前には、そもそもそ

の貸し借りの対象となるおカネというものがなぜ存在し、使われているのかを知る必要が

あります。そこで、貸し借りすること(金融)については次の章から考えることにして、

この章ではまず貸し借りされるもの(おカネ)について見ていくことにしたいと思います。

1.1.2 おカネとは何か

では改めて、「おカネ」とは何でしょうか。たとえば財布の中に入っているお札や硬貨は

間違いなくおカネです。しかし、少額の取引や貸し借りを除いて、多くの場合にはお札や

硬貨を直接やり取りすることはありません。たとえば銀行振込を使えばお札や硬貨の現物

をやりとりすることはありません。また企業の場合、紙幣や硬貨の代わりに手形や小切手

といった紙ベースの支払い手段も使います。1 このように、おカネという言葉が何を指すの

かはあまりはっきりしません。 実際に、おカネという言葉はさまざまな意味で用いられていますし、類似・関連した言

葉もたくさんあります。たとえば「財布のおカネが足りない」といった場合には、確かに

お札や硬貨、いわゆる現金を指しているといってよいでしょう。お札は紙幣、硬貨は貨幣

(鋳造貨幣)とも呼ばれます。ただし、同じような意味で通貨という言葉が使われること

もあります。金銭もよく似た言葉ですが、辞書で「金銭」の意味を調べると、かね、通貨、

貨幣、などと出てくるのでややこしくなります。 他方、たとえば「おカネ持ち」といった場合の「おカネ」には、現金に限らず財産ある

いは資産が含まれます。また、貸し借りの際にはよく資金という言葉が使われます。これ

は何かの目的のために使われる金銭、という意味です。似た言葉で、それを持っていれば

モノやサービスを購入するだけの資力・能力を持つもの、という意味で、購買力という言

葉もあります。このように、おカネにまつわる様々な言葉は、場合によってよく似た、し

かし微妙に異なるさまざまな意味で使われているため、必要に応じてその意味を明確にし

て使う必要があります。 とはいえ、どの言葉を使ってよいのかわからないままでは議論が進みませんから、上記

のような曖昧さのない言葉として、経済学では、貨幣、を用います。「おカネ」が経済の中

で重要な役割を果たしているのは明らかです。経済学ではそうした役割、機能を果たして

いるものは何か、と考え、貨幣という言葉を定義します。このため、経済学における貨幣

の定義は抽象的です。なお、同じ「貨幣」といっても、硬貨(政府が発行する貨幣)とは

意味が異なります。経済学上の貨幣と政府が発行する貨幣とを区別するために、後者のこ

とは「政府発行貨幣」と呼ぶことにしましょう。そのうえで、経済学でいう貨幣とはどの

ようなものを指すのか、次の節で見ていくことにしましょう。

1 手形・小切手の仕組みについては第 2 章のコラム???を参照。

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Page 3: Expired - Kobe Universityuchida/textbook/ch1.pdf · 2014-04-14 · 1.2 貨幣の機能 経済学では、以下の三つの機能を果たすものを貨幣と呼びます。これらはいずれも経済

1.2 貨幣の機能

経済学では、以下の三つの機能を果たすものを貨幣と呼びます。これらはいずれも経済

活動になくてはならない重要な機能です。言い方を変えれば、以下で説明する機能は、貨

幣が無ければ困る三つの理由、ということになります。ただし、これらの機能は互いに密

接に関連し合っています。三つを完全に切り離して議論することは難しいことにも注意が

必要です。

1.2.1 一般的交換機能(決済手段)

貨幣の第一の機能は、一般的交換機能です。これは、どのような商品とも交換可能であ

るということ、言い換えれば最終的な決済手段として用いられる、ということです。モノ

やサービスが欲しい場合、ただでもらえることはそうありません。たとえば本屋で本を買

いたいのであれば、その本の価値に見合った債務を負う、つまり対価を支払う義務が発生

します。逆に、本屋さんはその対価を受け取る権利、債権を持ちます。このような場合に、

資金等の受け渡しを行うことによって自分と相手の間の債権・債務関係を解消させ、取引

関係を終了させることを決済と呼び、そのための手段は決済手段と呼ばれます。つまり、

それを受け渡すことによって取引が完了したと認められるもの、が決済手段です。一般的

交換機能を持つものは、経済的な取引において、どのようなものとも交換することができ

ます。一般的交換機能は、法律によって裏付けられていることもあります。法律によって

強制的な通用力が付与された貨幣は法貨と呼ばれます。 一般的交換機能を果たすものがない場合、あらゆる取引は直接的な交換でしか行えませ

ん。しかし、たとえば頭の切れる弁護士が空腹のためパンを買いたいと思っていても、誰

かに訴えられていて弁護士を必要としているパン屋さんはそう簡単には見つからないでし

ょう。このように、貨幣が存在しない状況では、自分が欲しいものを相手が持っていて、

しかも相手も自分が持っているものを欲しい、という欲望の二重一致という条件が満たさ

れなければ取引が起きません。しかし、貨幣があることで、弁護士はパン屋さんでなくと

も誰か訴えられた人を弁護することで貨幣を手に入れ、それを使ってパンを買うことがで

きるのです。

----------------図1-1をこのあたりに挿入------------------

1.2.2 価値尺度機能

貨幣の第二の機能は、価値尺度機能です。これは、様々なモノやサービスなどの価値を

その数量で表す、という役割です。価値尺度としての貨幣が存在すると、様々なモノ・サ

ービスを交換するときの基準が明確になり、取引が促進されます。たとえば、極端な話と

して、世の中には図1-1のように、リンゴ、本、金(きん)、自動車、という 4 つのモノ

しか存在しなかったとしましょう。すると、それぞれを持っている人が別のものを手に入

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れたがっている場合、交換によって取引が行われるためには、世の中には 6 つの交換比率

(図中(1)から(6))が必要です。 ここで、たとえば金が価値の尺度として使われ始めたとしましょう。すると、図中①か

ら③の 3 つの交換比率さえわかっていれば、一旦金の価値に置き換えることによって、ど

の商品の価値も簡単に分かります。数学的には、N 個の商品が存在すると,取引するには

N(N-1)/2 個の相対価格が必要ですが、そのうち一つを貨幣にすれば、N-1 個の価格が分か

ればよいことになります。世の中には数えきれないほど商品がありますから、N(N-1)/2 と

N-1 の差は非常に大きなものになります。たとえば商品が 100 個になっただけでも、必要

な価格はそれぞれ 4950 と 99 です。この大きな差が、貨幣の存在意義の大きさを表してい

るわけです。2 貨幣が価値尺度となるためには、その価値が安定していなければなりません。しかし、

貨幣と他の財やサービスとの交換比率、つまり価格が変動すれば、貨幣の価値は変わりま

す。たとえば、1000 円で買えるリンゴが今日は 8 個、明日は 1 個、明後日は 100 個などと

頻繁に変わるようでは、安心して貨幣を使えません。このように、物価の変動によって貨

幣価値が安定しない状況は、インフレーション(インフレ)あるいはデフレーション(デ

フレ)と呼ばれます。インフレーションは一般的な物価水準が継続的に上昇する状況、デ

フレーションは下落する状況です。モノの値段が継続的に上昇(下落)していれば、同じ

だけの貨幣で買えるものが時間を追うごとに減って(増えて)いくため、貨幣の価値は安

定しません。

----------------図1-2------------------ ----------------コラム1-1------------------

ただし、ここでいう物価は特定の財やサービスの価格ではありません。たとえば近所の

スーパーで肉の特売があれば、同じだけの貨幣で買える肉は増えますが、こうした変化は

日々起きています。インフレ・デフレはこのような個別の価格ではなく、一般的な物価水

準の変化、つまり経済全体としての物価の動きをいいます。たとえば図1-2は全国の世

帯が購入する財やサービスの価格の全体的な動きを2010年の値を100とした場合の指数と

して示した消費者物価指数をグラフにしたものです。図からわかるように、日本では 1998年以降、緩やかな物価下落が続いており、デフレが大きな経済問題として注目されました。

世界の国々を見ると、いわゆるハイパーインフレーションと呼ばれる極端なインフレが発

2 なお、価値尺度機能は厳密に言えば一般的交換機能とは別の機能です。したがって、価

値尺度でないものが最終的な決済手段として用いられることも考えられます。たとえば図

1-1では金を価値尺度としましたが、それ以外の、たとえばリンゴが決済手段になるこ

とも、少なくとも理論上は考えられます。しかし、取引のたびに決済手段の価値を価値尺

度機能を持つ財の価値に置き換えるのは面倒です。同じ財に二つの機能を持たせる方が効

率的であることは明らかですね。

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生し、貨幣の価値が紙切れ同然になった国もあります(コラム1-1を参照)。過去におい

ては日本においても、1970 年代のいわゆるオイルショックの時期に、インフレが急速に進

んだ経験があります。 こうした「一般的な物価水準」は誰か特定の人や企業が決めているわけではありません。

近所のスーパーも含め、経済の中で数えきれない数の売り手がそれぞれ価格を決め、その

結果として全体的な物価水準が決まります。このため、インフレやデフレで貨幣価値が一

定しない状況が発生したとしても、物価自体を調整して貨幣価値を安定化することは容易

ではありません。このような状況を改善したくても、無数の売り手にお願いして価格を上

げてもらう、などと訳にはいきません。 ただし、だからといって貨幣価値をコントロールすることが完全に不可能なわけではあ

りません。世の中には一般的な物価水準を操作し、貨幣価値の変動を押さえることを目的

とした機関が存在します。貨幣の発行元である世界各国の中央銀行、日本では日本銀行(日

銀)です。日本銀行は、「我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び

金融の調節を行うことを目的」(日本銀行法第 1 条第 1 項)とし、その「通貨及び金融の調

節」を行うに当たり、「物価の安定を図ることで国民経済の健全な発展に資する」(同法第 2条)ことを理念としています。一般的には、「通貨及び金融の調節」などというよりも、金

融政策という言葉を使った方が分かりやすいかもしれません。3 日本銀行が行う金融政策の

手段は様々ですが、基本的には日本銀行自らが大量の貸し借りを行うことで、経済の中で

用いられる貨幣の量などを調整し、貨幣価値を安定させようとしています。4

----------------図1-3をこのあたりに挿入------------------

1.2.3 価値貯蔵機能

貨幣の最後の機能は、価値貯蔵機能です。これは、貨幣を保有することにより、一定量

の価値(購買力)を一時的に貯蔵することができる、という機能です。たとえ上記二つの

機能を持つものがあったとしても、価値貯蔵機能を持たなければとても不便です。仮に、

リンゴが価値尺度であり、決済手段として使われたとしましょう(図1-3)。この場合あ

なたは自分が持っているものを売って、その価値に見合ったリンゴを手に入れます。その

リンゴを持っていけば、買いたいものが手に入ります。しかし、リンゴはそのうち腐って

しまいます。すると、早く使わなければ価値がなくなってしまいます。時間が経てば、せ

3 日本銀行のもう一つの重要な目的は、金融システムの安定、つまり「銀行その他の金融機

関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資すること」(日

本銀行法第 1 条第 2 項)です。日本銀行は、金融機関に対する決済サービスの提供や「最

後の貸し手」機能の適切な発揮等を通じて、この目的の達成に努めています。この点につ

いては決済に関する第●章で説明します。 4この本では金融政策については詳しく触れませんが、金融政策の目的や手段、効果などに

関しては、白川(2008)、翁(2013)などを参照してください。

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っかく手に入れた貨幣でモノを買えなくなってしまうわけです。貨幣が価値貯蔵機能を果

たしてくれるおかげで、モノやサービスを売る時点と買う時点が同じでなくてもよくなる

のです。 ただし、価値貯蔵機能は貨幣の重要な機能の一つですが、価値貯蔵機能を持つものは貨

幣以外にもたくさんあります。先に、1.1節においていくつかの金融商品を紹介しまし

たが、金融商品と呼ばれるものはすべて、それを持つ人にとって価値貯蔵機能を提供して

います。これは、考えてみれば当たり前のことです。金融商品は将来時点で資金を返済す

ることを約束するものですから、その買手(貸手)からすると、返済されるまでの間、価

値が貯蔵されているわけです。 すると、もし金融商品の中に、貨幣の他の二つの機能も同時に果たすものがあれば、そ

れは貨幣だといえます。そして、金融商品の中には確かに貨幣として用いられているもの

があります。しかし、金融商品の中には貨幣ではないものもたくさんあります。貨幣と金

融商品の違いを明らかにするためにも、現実にどのようなものがここでいう貨幣として使

われているのかを確認したほうがよさそうです。そこで次に、日本において何が実際に貨

幣として使われているのかを見てみることにしましょう。

1.3 日本の貨幣

----------------図1‐4をこのあたりに挿入:著作権要確認------------------ ----------------図1‐5をこのあたりに挿入:著作権要確認-------------------

----------------コラム1-3 各国の通貨 denomination(単位)の違いについて:書ければ書

く-----------------

1.3.1 現金通貨

おカネとしてまず思い浮かぶ現金(あるいは通貨)は、お札と硬貨、正式には日本銀行

が発行する日本銀行券と政府発行貨幣です。これらは当然のことながら既にみた貨幣の三

機能を果たしており、経済学でいう貨幣にあたります。現在日本で発行されているお札は 1万円券、5 千円券、2 千円券、千円券(図1-4)で、政府発行貨幣は 500 円、100 円、50円、10 円、5 円、1 円です(図1-5)。ただし、国や時代が異なれば、通貨の単位は異な

ります。日本でも、過去に遡れば 500 円、100 円、10 円、1 円といったお札が発行されて

いました。たとえば 1 円券は明治時代から発行されはじめ、昭和の時代まで使われていま

した。昭和 33年には日本銀行が支払いに使うことを停止したため流通しなくなりましたが、

現在でも通用します。 しかし、考えてみるとお札は精巧な印刷がなされた上質の紙、硬貨は丸くくり抜かれて

きれいな彫刻が施された金属です。もし紙や金属として素材の価値だけで見るとすれば、

お札や硬貨の価値は、その表面に書かれた金額が表す価値よりも小さくなってしまいます。

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これらが額面通りの価値で通用する大きな理由は、先に述べたとおり法貨であるからです。

『通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律』という法律の第7条には、「貨幣は、額面価

格の 20 倍までを限り、法貨として通用する」とあり、また『日本銀行法』の第四十六条に

は、「日本銀行が発行する銀行券(以下「日本銀行券」という。)は、法貨として無制限に

通用する」、とあります。5 これらの法律があるおかげでこうした紙と金属は何にでも交換

でき、我々もありがたく持ち歩いているわけです。このように、素材の価値よりも高い価

値を持つ貨幣を名目貨幣と呼び、その価値の差は貨幣発行益という形で発行者の利益とな

ります。

1.3.2 預金通貨

先に述べたとおり、現金以外にも貨幣はあります。その代表が、銀行などの金融機関が

発行する代表的な金融商品である、預金です。たとえばインターネット上で買い物をした

場合、買ったお店に行くわけではないので、現金書留でも使わない限りは現金で支払うこ

とができません。その代わりに一般的に使われているのは、預金振込やクレジットカード

でしょう。振込の場合、購入した分の金額があなたの預金口座から引き落とされ、買った

お店の口座に振り込みます。クレジットカードを使う場合でも、その代金は後で預金口座

から引き落とされることになります。購入代金の分だけ預金残高が減ったら、相手がそれ

を現金で引き出したかどうかとは無関係に、取引は終了です。つまり、預金はそれ自体が

決済手段(一般的交換手段)として用いられているのです。しかも、預金は現金と同じく

円単位ですから価値尺度機能を持ち、腐らないので価値貯蔵機能も持っています。つまり、

預金は貨幣なのです。 ただし、預金を貨幣だとする法律はありません。法貨としての現金と違い、国が貨幣と

しての機能を保証しているわけではないのです。では、なぜ預金が貨幣として通用してい

るのでしょうか。預金は、任意の時点において、予め定められた比率で、法貨である現金

と交換できます。少なくとも金融機関がそう保証しています。すぐに現金と交換できるも

のを持っているということは、現金自体を持っているのとほとんど変わりがありません。

つまり、法貨との交換が保証されていれば、実際に交換しなくても、(いつでも交換できる)

預金を受け渡すことによって、取引が終了したとみなされるようになっているのです。こ

のように、預金は事実上の決済手段として社会的に認められている、別な言い方をすれば

社会的信認を得ているために、貨幣として用いられているのです。しかも、預金は現金以

上に便利な決済手段です。現金を持ち歩くのは危険ですが、預金での支払いは銀行間ネッ

トワークを通じて低コストかつ安全に処理されます。こうしたメリットが、現金でなく預

5 前者の条文を良く読めばわかるように、厳密には額面の 20 倍を超える貨幣は法貨ではあ

りません。たとえば 2100 円のモノを買う場合、お客が 100 円玉 21 枚で支払おうとしたら、

お店は拒否することができます。ただし、実際には慣行として、こうした支払いも受け付

けるケースが多いでしょう。

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金が用いられる理由です。

1.3.3 マネーネスと金融技術

ただし、すべての預金が貨幣だというわけではありません。正確には、必要な時にいつ

でも引き出せる要求払預金が貨幣であり、代表的には一般の人が預け入れる普通預金と、

一般の人には馴染みが薄いですが企業が預け入れて代金の支払い・受取に用いる当座預金

がこれに当たります。6要求払い預金以外の預金としては、例えば定期預金があります。定

期預金は、予め定められた満期が来るまで現金と交換できませんから、価値貯蔵機能は有

するものの、いつでも現金と交換できる現金の代替物とはみなせません。ただし、定期預

金を持っていれば、普通預金の残高がゼロでも現金を引き出せます。これは、定期預金を

担保として、その一定割合まで銀行が貸付を行うという当座貸越というサービスを銀行が

行っているからです。そうすると、普通預金ほどではないものの、定期預金もある程度現

金との交換が容易な金融商品であり、貨幣に近いものとみなせます。 このように、ある金融商品が貨幣であるか貨幣でないかは、二者択一で決められるもの

ではありません。貨幣かどうかはむしろ連続的なものであり、境界線を引くことはできな

いと考えるべきです。明らかに貨幣とみなせるもの(現金、あるいは要求払預金)との交

換が低費用・迅速でかつ安定した比率で行われる限り、その金融商品の「貨幣らしさ」は

高いといえます。どの程度貨幣に近いかを表す言葉として、マネーネスという言葉が使わ

れることがあります。この言葉を用いれば、定期預金は普通預金と比べればマネーネスが

低いが、それ自体はそれなりにマネーネスの高い金融商品と言えます。 金融商品のマネーネスは、金融技術の進歩によって大きく変わります。定期預金のマネ

ーネスは、同じ預金者の定期預金と普通預金を一括して管理する、総合口座というサービ

スにより当座貸越が可能になったために高まりました。また、身近な金融商品として、多

くの人から少額ずつ資金を受け入れ、そのお金で様々な金融商品に投資する投資信託があ

りますが、投資信託の中でも預けた資金が国債等の安全な債券に投資されるMMF(マネ

ー・マネジメント・ファンド)などは換金が容易です。しかも、こうした投資信託を証券

会社の口座に持っている場合には、換金した資金をあらかじめ登録していた銀行口座に簡

単に移せるようになっています。このことは、こうした投資信託のマネーネスを高めてい

ます。 なお、マネーネスとよく似た言葉として、流動性があります。金融商品の流動性とは、

その商品を、損失を伴うことなく、しかも迅速に、どれくらい容易に貨幣に交換できる(換

金できる)か、という程度を表し、また実際に換金することを流動化する、と言います。

たとえば普通預金は価値を損なわず迅速に貨幣(正確に言えば現金通貨)に換えられるた

め、非常に流動性の高い資産であり、普通預金と比べれば定期預金の流動性は低いと言え

6 当座預金は企業間の貸し借りである企業間信用を決済するのにも用いられます。企業間信

用については第 2 章のコラム2-3を参照してください。

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ます。ただし、「マネーネス」は金融資産に対してのみ用いられるのに対し、「流動性」は

金融商品以外の様々な資産に対しても用いられます。たとえば都会の繁華街にある土地は

流動性が高い資産でしょうが、誰も住まないような辺境の土地は流動性がほとんどないで

しょう。また、次の1.3.4節で登場する「広義流動性」のように、「流動性」という言

葉は貨幣への交換の容易さ(程度)ではなく、「貨幣」そのものを意味する形で使われるこ

ともあります。さらに、「マネーネス」がどちらかというと技術的な交換可能性を指して使

われるのに対し、「流動性」は技術以外の環境的な要因による換金可能性の違いも含みます。

たとえば金融技術の進歩によりある金融商品のマネーネスが高まったとしても、その金融

商品を持っている人が換金したいと思ったときにその金融商品を買いたいと思う人が誰も

いなければ、実際に換金はできません。この状況では、この金融商品の流動性は低いと言

えます。

1.3.4 日本の貨幣量

以上のような貨幣は、日本ではどのくらい存在するのでしょう。日本全体の貨幣の量は、

日本銀行が集計するマネーストック統計を見れば分かります。マネーストック、とは文字

通り貨幣の残高であり、日本銀行が調べて集計しています。ただし、上記の議論からわか

るように、どの程度のマネーネスを持つものまでを貨幣と考えるかによって、貨幣の量は

変わります。実際に、日本銀行も、複数の貨幣の定義を使い、それぞれの額を示していま

す。 最も狭い意味での貨幣、つまりある程度高いマネーネスを持たなければ貨幣と呼ばない

場合の貨幣は、M1と呼ばれるものです。これは、現金通貨と預金通貨を合計したもので

す。現金通貨は、その時点で発行されている日本銀行券の残高と、経済で流通している政

府発行貨幣の残高を合計したものです。預金通貨は、要求払預金、ここでは普通預金や当

座預金に加え、普通預金と定期預金の中間的な性質をもち、いつでも引き出し可能だが残

高が多いほど金利が高くなる貯蓄預金も含めたものを、日本銀行と民間・政府系金融機関

全体で集計したものです。 もう少し低いマネーネスを持つ金融商品を含む貨幣の定義は、M2です。M2にはM1

に加え、定期預金や外貨預金など準通貨と呼ばれる預金と、満期前に譲渡できる(人に売

ることのできる)定期預金である譲渡性預金(CD(certificate of deposits))が含まれま

す。貨幣の定義はM2と同じですが、統計を集める金融機関の範囲が広くなるM3もあり

ます。 最も広い定義の貨幣、つまり、もっとマネーネスが低い金融商品をも含む場合の貨幣が

広義流動性です。広義流動性にはM3加え、金融債や銀行発行の普通社債など、金融機関

が資金を集めるのに使う他の金融商品や、投資信託、国債などを加えたものです。このた

め、集計対象となる金融機関もさらに増えます。

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----------------図1‐6をこのあたりに挿入------------------

図1-6は、マネーストック統計が示す様々な定義の貨幣の量を 2003 年以降で示してい

ます。この期間を通して見ると、M1は大体 400 兆円弱から 600 兆円程度、M2は 650 か

ら 850 兆円、M3は 1000 兆円強の残高があることが分かります。当然のことながら、広い

定義を使うほど残高は大きくなります。全体的に、2008 年以降はやや増加傾向にあります

が、それぞれの貨幣の割合はそれほど変わっていません。 なお、以下の章での議論の準備として、ここでは預金通貨と現金通貨の残高が大きく違

うことに注意しておいてください。現金通貨は 70 兆円前後であるのに対し、預金通貨は 400兆円前後であり、5 倍以上です。先に、預金通貨が貨幣として使われるのは、現金通貨と容

易に交換できるという社会的信認があるためだ、と説明しました。しかし、この数値から

明らかなように、すべての預金通貨を一度に現金通貨と交換することは不可能です。この

点に、預金という金融商品の特徴が現れています。この特徴は、銀行という金融機関の特

殊なビジネスに裏付けられており、一方で経済活動を円滑にする反面、他方で大きな問題

を引き起こす原因ともなっているのです。しかし、この話をするにはまだ説明が足りませ

ん。詳しくは第 8 章で説明することにしましょう。

----------------図1‐7(表?)をこのあたりに挿入------------------ ----------------図1‐8 をこのあたりに挿入------------------

1.4 支払指図手段

この章の最後に、改めて日常の経済活動における支払いの方法について考えてみましょ

う。ここまでみたとおり、貨幣は主に現金通貨と預金通貨から成ります。しかし、日常の

経済活動でおカネを支払う状況を考えてみると、財やサービスを購入したときに、一見こ

れらを使っているようには見えない支払い方をしていることがよくあります。 たとえば、近年では鉄道に乗る場合、券売機に現金を入れて切符を買うよりも、鉄道会

社が発行した電子カードを改札機に読み取らせて入場することの方が多いでしょう。また、

こうしたカードはジュースの自動販売機やコンビニのレジなどでも使えることがあります。

こうしたカードはいわゆる電子マネーと呼ばれるものの一部です。図1-7のとおり、電

子マネーは鉄道会社が発行するもの以外にもたくさんあります。図1-8からわかるよう

に、電子マネーの利用は近年増加しています。現金通貨と比べるとまだ小さな額ですが、

2011 年度では約 2 兆円が決済に使われ、2012 年 3 月末時点の残高は 1446 億円です。 同じく身近な支払手段として、クレジットカードもあります。クレジットカードはプラ

スチック製のカードに記録された情報を専用の機械に読み取らせることで支払いに代える

ものです。クレジットカードは電子マネーよりもかなり前から利用されており、その利用

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Page 11: Expired - Kobe Universityuchida/textbook/ch1.pdf · 2014-04-14 · 1.2 貨幣の機能 経済学では、以下の三つの機能を果たすものを貨幣と呼びます。これらはいずれも経済

金額も大きなものになっています。2011 年にクレジットカードを使って行われた購入額の

合計は、49 兆 6 千億円(日本クレジット協会「消費者信用実態調査」より)であり、電子

マネーの 25 倍にものぼります。 電子マネーやクレジットカード以外にも、実際の経済活動においては様々な支払手段が

用いられています。では、こうした支払手段は貨幣なのでしょうか。結論から言うと、こ

れらは貨幣とは言えません。それは、これらだけを使って決済を完了させることができな

いからです。たとえば多くの電子マネーは先払い(プリペイド)方式で、予め支払ってお

いた現金や、預金口座から移しておいた資金を裏付けとし、それを支払う代わりにサービ

スを受けます。一部の電子マネーは後払いですが、その場合はあらかじめ登録していた預

金口座から代金が後日引き落とされます。クレジットカードも同じです。これらの場合、

使った時点では自分の資金は減らないのですが、支払が不要になったのではなく、貨幣に

よる支払いを後日行うことにしただけです。また、支払を行った時点で預金の引き落とし

が行われる、デビットカードと呼ばれるカードもあります。 このように、電子マネーやクレジットカード、デビットカードといった支払手段は、最

終的な決済を現金通貨の授受あるいは預金の移転によって行います。つまり、こうした支

払手段は貨幣(現金や預金)による決済を指図(命令)するものだといえます。そこでこ

れらは、支払指図手段と呼ばれます。支払指図手段は貨幣そのものではなく、貨幣を使っ

た決済を容易にするための手段なのです。多くの支払指図手段は、限られた場所、あるい

は時間でしか使用できません。たとえばある店で電子マネーやクレジットカードを使おう

と思っても、その店にそれらに対応した機械が導入されていなければ使えません。この点

も、支払指図手段と貨幣の大きな違いです。 デビットカードを例外として、ほとんどの支払指図手段は先払いまたは後払いです。こ

のため、それらを用いれば必然的に、財やサービスを購入する時点と、現金の授受や預金

引落としの時点が異なることになります。つまり、こうした手段を用いることによって、

代金の貸し借りが発生するわけです。先払い方式の電子マネーの場合、利用者は電子マネ

ーの運営会社にあらかじめ現金あるいは預金を貸し(預け)、支払いを行った時点で運営会

社がその資金を売り手に渡します。後払い方式の電子マネーやクレジットカードの場合、

利用者は買った時点では運営会社やクレジットカード会社に資金を借りたことになり、そ

の返済は後日預金の引き落としを通じて行われます。 このように、実際の経済活動においては、貨幣の役割と、その貨幣の貸し借り、つまり

金融は、密接に関連しています。この章は貸し借りされるモノ、つまり貨幣に関する説明

を行いました。次の章以下では、再び金融の話に戻り、貨幣を貸し借りすることにはどの

ような意味があるのか見ていくことにしたいと思います。

練習問題 「おカネ」という言葉の様々な使われ方を挙げ、それぞれこの章でいうどのような意味

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Page 12: Expired - Kobe Universityuchida/textbook/ch1.pdf · 2014-04-14 · 1.2 貨幣の機能 経済学では、以下の三つの機能を果たすものを貨幣と呼びます。これらはいずれも経済

で用いられているのか考えなさい。 あなたが最近さまざまな支払い手段を用いて行った支払をいくつか挙げ、あなたから支

払先に対してどのような貨幣がどのような仕組みで支払われたのか、その支払いは金融を

伴っていたかを説明しなさい。 参考文献 貨幣・決済一般 日本銀行金融研究所編『新しい日本銀行』有斐閣 2000. 貨幣について: 岩村充『貨幣の経済学』集英社 2008. 金融政策について 白川方明『現代の金融政策―理論と実際』日本経済新聞出版社 2008. 翁邦雄『金融政策のフロンティア: 国際的潮流と非伝統的政策』日本評論社 2013. 決済・支払指図手段について: 箕輪重則『日本の決済システム』経済法令研究会 1994. 小塚荘一郎・森田果『支払決済法』商事法務 2010.

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