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特集1 初心者のための 新生児・小児の フィジカル アセスメント 小児は成長発達の途上にあるため,身体的特 徴を理解することが重要である。年齢や個人の 成長によってバイタルサインの基準値が異な り,また,言語機能や認知機能においても発達 途上にあるため,問題の本質をとらえることが 難しい。さらに,予備力が小さいために,病態 の変化が早く重篤化しやすい。また,呼吸不全 から心停止に至る可能性があるため,心停止を 来す前の呼吸窮迫や呼吸不全の徴候を早期に発 見し,対処することが重要である。 本稿では,小児における呼吸の特徴,正常と 異常について述べる。 小児の呼吸器系の特徴 頭部・顔面 頭部が大きく,特に後頭部が大きいため,臥 床時には気道が屈曲しやすい。さらに,舌が大 きいため気道狭窄を容易に生じやすい(図1)。 また,鼻腔が狭いため軽度の鼻汁でも気道閉塞 を起こしやすい。特に新生児~生後6カ月頃 は,鼻呼吸がメインであり,鼻汁による気道閉 塞に注意が必要である。 気道 小児は成人に比べて気道内径が小さいため, 感染などで気道粘膜の浮腫や分泌物の貯留が起 こると,容易に気道狭窄を起こす。 1回換気量が少ないため,呼吸数の増加で有 効換気を補っている。成長が激しい時期ほど基 礎代謝が亢進し,酸素摂取量,二酸化炭素生産 が多い。酸素消費量は成人の2倍以上と多い が,機能的残気量が少なく容易に低酸素に陥る。 横隔膜・肋骨 乳幼児は肋骨が水平に走行しており(図2), 胸郭の断面が円形筒状になっていることから, 呼気と吸気の容量差が少ない。また,横隔膜も ほぼ水平であることから,横隔膜運動による腹 式呼吸を行っている。 腹部 相対的に肝臓が大きく,肝臓の上方は横隔膜 直下に位置するため横隔膜が挙上し,その動き が制限されると換気障害を起こしやすい。腸管 ガスなどが原因で腹部膨満などによって横隔膜 の動きが妨げられると,容易に呼吸困難に陥る。 呼吸中枢 小児は呼吸障害が生じた場合,呼吸回数を増 やすという努力をして,必要な酸素量を保とう とする。しかし,延髄にある呼吸を調節するた 大垣市民病院 小児科・第2小児科外来  岩田ユミ 小児救急看護認定看護師         いわた・ゆみ 1999年大垣市民病院に入職後,外科 病棟勤務を経て,2003年救急外来に配属となる。2012 年小児救急看護認定看護師資格を取得。ICU勤務を経 て,現在,小児科・第2小児科 外来で勤務し,市内の 保健センターや子育て支援センターで開催される市民 講座にて講習会を行っている。 呼吸 小児は舌が大きく,気道狭窄が容易に生じる 図1 気道の特徴 8 こどもと家族のケア vol.14_no.1

初心の ための 呼吸めの呼吸中枢が未熟なため,呼吸回数を増やす ことでかえって呼吸中枢が抑制され,無呼吸に 陥り低酸素状態を悪化させる。小児の呼吸の正常を知ろう

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Page 1: 初心の ための 呼吸めの呼吸中枢が未熟なため,呼吸回数を増やす ことでかえって呼吸中枢が抑制され,無呼吸に 陥り低酸素状態を悪化させる。小児の呼吸の正常を知ろう

特集1初心者のための新生児・小児のフィジカルアセスメント

 小児は成長発達の途上にあるため,身体的特

徴を理解することが重要である。年齢や個人の

成長によってバイタルサインの基準値が異な

り,また,言語機能や認知機能においても発達

途上にあるため,問題の本質をとらえることが

難しい。さらに,予備力が小さいために,病態

の変化が早く重篤化しやすい。また,呼吸不全

から心停止に至る可能性があるため,心停止を

来す前の呼吸窮迫や呼吸不全の徴候を早期に発

見し,対処することが重要である。

 本稿では,小児における呼吸の特徴,正常と

異常について述べる。

小児の呼吸器系の特徴

頭部・顔面 頭部が大きく,特に後頭部が大きいため,臥

床時には気道が屈曲しやすい。さらに,舌が大

きいため気道狭窄を容易に生じやすい(図1)。

また,鼻腔が狭いため軽度の鼻汁でも気道閉塞

を起こしやすい。特に新生児~生後6カ月頃

は,鼻呼吸がメインであり,鼻汁による気道閉

塞に注意が必要である。

気道 小児は成人に比べて気道内径が小さいため,

感染などで気道粘膜の浮腫や分泌物の貯留が起

こると,容易に気道狭窄を起こす。

肺 1回換気量が少ないため,呼吸数の増加で有

効換気を補っている。成長が激しい時期ほど基

礎代謝が亢進し,酸素摂取量,二酸化炭素生産

が多い。酸素消費量は成人の2倍以上と多い

が,機能的残気量が少なく容易に低酸素に陥る。

横隔膜・肋骨 乳幼児は肋骨が水平に走行しており(図2),

胸郭の断面が円形筒状になっていることから,

呼気と吸気の容量差が少ない。また,横隔膜も

ほぼ水平であることから,横隔膜運動による腹

式呼吸を行っている。

腹部 相対的に肝臓が大きく,肝臓の上方は横隔膜

直下に位置するため横隔膜が挙上し,その動き

が制限されると換気障害を起こしやすい。腸管

ガスなどが原因で腹部膨満などによって横隔膜

の動きが妨げられると,容易に呼吸困難に陥る。

呼吸中枢 小児は呼吸障害が生じた場合,呼吸回数を増

やすという努力をして,必要な酸素量を保とう

とする。しかし,延髄にある呼吸を調節するた

大垣市民病院 小児科・第2小児科外来 岩田ユミ 小児救急看護認定看護師        

いわた・ゆみ 1999年大垣市民病院に入職後,外科病棟勤務を経て,2003年救急外来に配属となる。2012年小児救急看護認定看護師資格を取得。ICU勤務を経て,現在,小児科・第2小児科外来で勤務し,市内の保健センターや子育て支援センターで開催される市民講座にて講習会を行っている。

呼吸

小児は舌が大きく,気道狭窄が容易に生じる

図1 気道の特徴

8 こどもと家族のケア vol.14_no.1

Page 2: 初心の ための 呼吸めの呼吸中枢が未熟なため,呼吸回数を増やす ことでかえって呼吸中枢が抑制され,無呼吸に 陥り低酸素状態を悪化させる。小児の呼吸の正常を知ろう

めの呼吸中枢が未熟なため,呼吸回数を増やす

ことでかえって呼吸中枢が抑制され,無呼吸に

陥り低酸素状態を悪化させる。

小児の呼吸の正常を知ろう

呼吸回数 月齢や年齢によって,正常な呼吸数が異なる

(表1)。また,入眠時や覚醒時,哺乳時や入浴

などによっても異なるため,どのような時に呼

吸数が変化するのかを見極める必要があり,で

きる限り安静時に観察することが望ましい。年

齢にかかわらず,呼吸数が1分当たり10回未

満または60回を超える状態が持続する場合は

異常であり,重篤な障害の可能性がある。

呼吸音と深さとリズム 正常な呼吸は吸気時間より呼気時間が長く,

リズムと深さは一定である。呼吸音は正常で聞

こえる呼吸音と正常では聞こえない副雑音に大

きく分けられる。副雑音については後述する。

体位・姿勢や胸腹部の動き 正常時は,自然な体位や姿勢で,胸腹部は左

右対称に動く。呼吸補助筋を使用したり,胸部

の陥没が見られたりする場合は異常である。

小児の呼吸の異常を知ろう

呼吸数の異常 急性期の乳児や小児における呼吸数の異常や

不規則な呼吸は,良くない臨床徴候であり,切

迫した心停止を示唆していることが多い。

①頻呼吸

 呼吸数が年齢相応の正常値より多く,浅く速

い場合を頻呼吸と言う。乳児では呼吸窮迫の初

期徴候であることが多い。肺炎など肺のコンプ

ライアンスが減少するために1回換気量が不足

し,呼吸回数で補おうとする状態である。新生

児は60回/分以上,乳児は50回/分以上,幼児は

40回/分以上が診断の目安である。また頻呼吸は

乳幼児の肋骨

肋骨がほぼ水平に走行

学童期の肋骨

肋骨は約45度の傾きで走行

図2 胸部の特徴

年齢 毎分回数(安静時)

乳児(~1歳)

幼児(1~3歳)

就学前(4~5歳)

学童(6~12 歳)

思春期(13~18 歳)

30 ~ 60

24~ 40

22~ 34

18~ 30

12~16

表1 年齢別呼吸数の正常範囲

9こどもと家族のケア vol.14_no.1

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ストレス(高体温,脱水,糖尿病性ケトアシドー

シスなど)に対する生理的反応の場合もある。

②徐呼吸

 呼吸数が年齢相応の基準値より少ない場合を徐

呼吸と言う。呼吸は遅いだけでなく,不規則であ

ることが多い。考えられる原因としては,呼吸筋疲

労,脳圧亢進,低体温症,薬物などが挙げられる。

③無呼吸

 新生児期には周期性呼吸(1分前後の規則的

な呼吸の後,短時間呼吸を止めること)が見ら

れるが,20秒以上の呼吸停止,もしくは20秒

以内でも徐脈(心拍数100回/分以下)やチア

ノーゼを伴う呼吸停止を,無呼吸と言う。呼吸

中枢の未熟性に起因することが多い。

呼吸のフォーム異常(呼吸努力) 呼吸努力の増加は,酸素化または換気,ある

いはその両方を改善しようと,呼吸補助筋を

使った精いっぱいの呼吸である。

①肩呼吸

 肩の上下運動を伴った呼吸を肩呼吸と言う。

呼吸補助筋である大小胸筋,前鋸筋の収縮の効

果を大きくするために,肩の上下運動が起こる。

②起座呼吸

 仰臥位では呼吸困難が増強するため,自発的

に上体を起こしてしまう状態を起座呼吸と言

う。気管支喘息発作や肺水腫などで見られる。

③鼻翼呼吸

 吸気のたびに鼻孔部分を拡大することを鼻翼

呼吸と言う。鼻孔が拡大するのは,気流を最大

化するためである。

④陥没呼吸

 吸気時に胸部組織,頸部,胸骨が内側に向

かって動く状態を陥没呼吸と言う。直ちに呼吸

補助が必要な場合もあるため,観察が重要とな

る。狭窄部位に応じて,胸骨上窩,鎖骨上窩,

季肋部,肋骨腔,剣状突起などに認められる

(図3)。肋骨弓下,肋間の陥没呼吸は下気道閉

塞,胸骨上窩は上気道閉塞を示唆する。陥没呼

吸は,陥没部位が重症度の目安となる(表2)。

⑤頭部の上下首振り呼吸

 吸気時に顎先を上げて頸部を伸展し呼気時に

は顎先を前方に落とす状態を頭部の上下首振り

呼吸と言う。これは,呼吸補助筋である斜角筋と

胸鎖乳突筋が働くために起こる。乳児に最もよ

く見られ,呼吸不全の徴候である可能性がある。

⑥シーソー呼吸

 吸気時に横隔膜が上がり,呼気時に下がるた

胸骨上 鎖骨上

肋間

胸骨下 肋骨弓下

図3 陥没の部位

重症度

肋骨下

胸骨下

肋骨間

鎖骨上

胸骨上

胸骨

軽度~中等度

重度

部位の詳細陥没の部位

肋骨縁直下の腹部

胸骨直下の腹部

肋骨と胸骨の間

頸部,鎖骨の直上部

胸部,胸骨の直上部

胸骨の背骨方向の陥没

表2 陥没呼吸の重症度

10 こどもと家族のケア vol.14_no.1

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