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広島県立福山特別支援学校 自立活動だより
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1 はじめに
本校には,様々な実態の児童生徒が在籍しており,約8割の子供が自立活動を主とする教育課程で学習しています。
その中では,上肢を使った学習の場面も多く見られます。ところが,スイッチに手が伸びにくい,何を触らせても反応の違
いが見られにくい…といったことが課題になっている児童生徒は少なくありません。手が伸びにくい,反応に乏しい,という
困難さの原因は何でしょうか?これらを明らかにし,適切な支援をすることが児童生徒の確かな学びに繋がります。
そこで,今年度は,「上肢の初期発達」をテーマに,発達の成り立ちや,その指導等についてお知らせしていきます。
2 上肢の発達の流れ〈初期〉
上肢の発達の流れの概観を次に図で示します。今年度は,この流れに沿って自立活動だよりを発行する計画です。
3 上肢の活用の発達において重要な感覚
私たちは,外界からの情報を触覚,視覚,聴覚,固有覚等の感覚から受容し,それらを組み合わせて活用しています。
複数の感覚を組み合わせて活用することを統合といいます。様々ある感覚の内,触覚,固有覚,前庭覚は,生まれた時か
らある程度は備わっています。まずは,これら3つの感覚を使って,刺激を正しく受容すること,さらには,これら3つの感覚
を統合することが,その後の上肢の発達において重要な役割を果たすことになります。
1,触覚
触覚は,身体の皮膚や粘膜への刺激によって生じる感覚です。皮膚や粘膜では,圧迫や振動,温度,痛みを感じ取っ
ています。発達の初期では,触覚刺激を「敵」と感じたら防御する原始系の働き(反射的な行動)が見られます。発達と共
に,反射的な行動ばかりではなく,触れた物の形や素材を判断する識別系の働きができるようになっていきます。
平成 29年度 No.1 平成 29年7月7日 広島県立福山特別支援学校 教育研究部 発行
自立活動だより 「上肢の初期発達」~外界への気付き~
感触の変化に気付く
自分の手に気付く
物があることに気付く
単純な因果関係を理解する
探索的操作をする
因果関係を理解する
操作性が高まる
< 触覚の働き >
識別系の働き
素材の判断
形の判断
原始系の働き
空間認知が芽生える
始点と終点を理解する
外界からの刺激(触れられていること)に気付く
物を握る
物に手を伸ばす
痛みを感じて手を 引っ込める(防御)
単純な操作をする
びっくり!
広島県立福山特別支援学校 自立活動だより
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<前庭覚の働きの一例>
触覚が正しく働かないと,次のような触覚防衛反応や,自己刺激行動が見られる場合があります。
触覚防衛反応…原始系の働きが強いために見られる反応。例:手に何かを持たせようとすると反射的に手を引く。
自己刺激行動…触覚が鈍麻なために見られる反応。例:特定の強い刺激を好む,手をなめたり噛んだりする。
このような反応を示すことが多い子供は,周囲の働き掛けや環境によっては,不快な状態になることが多く,情緒的に不
安定な状態になることがあります。
2,固有覚
固有覚は,筋肉に力を入れたり,関節を曲げ伸ばししたりする
ことで生じる感覚です。関節や筋肉の動きから,身体の各部分の
位置や運動の状態,身体への抵抗,重量を感知します。私達が
手足を動かす時,その部分を見ていなくても思うままに動かせるの
は,固有覚の情報を活用しているからです。
固有覚は,自発的・能動的な動きでないと感じ取りにくい感覚で
す。しかし,運動機能障害があり,身体を自分で動かすことが難し
い子供は,身体を他動的に動かされたことへの気付きが,固有覚
刺激の最初の段階になります。固有覚が正しく働かないと,身体
動作がぎこちなくなり,動作に多くの努力を必要とします。
3,前庭覚
前庭覚は,揺れや回転,加速や減速等の刺激によって生じる
感覚です。重力に対して自分がどのような姿勢にあり,どれくらい
の速さで動いているかを知ることができる,いわゆる平衡感覚とい
われるものです。
前庭覚は,耳の内部にある三半規管が回転を,耳石器が重力
や直線加速を感じ取っています。発達が進むと,固有覚と統合し,
身体の動きに対して筋肉を緊張させたり,弛緩させたりすることで,
姿勢を調節し,バランスをとる働きが起こります。前庭覚が正しく
働かないと,重力に対して身体の軸を維持・調整することが難しく
なり,姿勢が崩れやすくなります。
4,触覚,固有覚,前庭覚の統合
<触覚,固有覚,前庭覚,視覚の感覚を統合した動作の例:積み木を倒す>
認知の発達を支える触覚,固有覚,前庭覚の働き
< 固有覚の働きの一例 >
重さを感じる
手を 見なくても 玩具を 振って遊ぶ
揺れや 回転を 感じる
前庭覚+固有覚
座位姿勢を保とうと,
姿勢を調節する。
触覚+固有覚
積み木の固さ,抵抗を
感じながら,積み木を押す。
固有覚+視覚
積み木に向けて,
右手を伸ばす。
加速度を 感じる
姿勢のコントロール
認知の高まり
見る力 (視覚) 手の運動
固有覚・触覚・前庭覚
プールの中で 歩行したときに 両足で感じる抵抗
これら触覚,固有覚,前庭覚の3つの感覚を活用し,
統合されていくことで,自分の身体についての理解が深ま
ります。特に,固有覚,前庭覚が統合されると,バランスや
筋緊張が適度に保たれるようになり,自分の姿勢をコント
ロールしやすくなります。そこに,触覚も統合され,併せ
て,手の運動や見る力が高まることで,目的のためにどう
身体を動かすかを計画立てられるようになります。
左に示す図のように,運動発達と認知発達は,相互に
作用し,関わり合いながら発達していきます。
『重複障害教育実践ハンドブック』全国心身障害児福祉財団(2009)第 2章第 5節 P67より
広島県立福山特別支援学校 自立活動だより
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4 上肢の発達の流れ ①外界への気付き(触覚,固有覚,前庭覚)
1,発達の流れ
上肢の発達において最も初期段階となるのは,触覚や固有覚,前庭覚に働き掛けられたことへの気付きです。この段
階では,心拍数や身体の筋緊張,表情の変化等で,子供が刺激に気付いたかを判断していきます。
次に,本校の指導事例から,感覚ごとの刺激への気付きの一例を示します。
※個々の児童生徒によって,表出の仕方は大きく異なります。
2,指導について
(1)環境設定
触覚や固有覚,前庭覚からの刺激は,視覚や聴覚からの刺激に比べて受容しやすい刺激といえます。しかし,安
楽な状態でないと,姿勢保持に注意が向いたり,不快感が高まったりして,指導者が子供に気付いてほしいと考える
刺激に注意が向けにくくなります。さらに,発達の初期段階では,複数の刺激を同時に受容することが困難です。
上の図に示す状況のように,指導者の意図に反し,回転盤での揺れに子供の注意が向いてしまうことがあります。
複数の刺激を一度に働き掛けた場合,子供はその時に優位な刺激のみを受容したり,どの刺激も受容できなかった
りする可能性があります。すると,子供がどの刺激にどんな反応をしたのか,指導者が見取ることが難しくなります。
そのため,発達の初期段階にある子供に対しては,気付いてほしい刺激のみが子供に働き掛けられるように,
環境や働き掛けの方法を整える必要があります。
(2)指導事例
前庭覚刺激に気付いてほしいときに活用できる教材・教具として,トランポリンやハンモック,回転盤等の遊具があ
ります。しかし,発達の初期段階にある子供達に対する指導では,遊具や物を教材・教具として活用するよりも,支
援者の身体を活用した方が,子供が安心しやすく,快反応を引き出しやすい場合があります。
次に,外界への気付きを課題とする子供に対する指導事例を示します。
目標:手に触れられたことに気付く。
手への触覚刺激
回転盤の揺れ(前庭覚刺激)
子供:ゆらゆらするな~
支援者:表情が変わったから,
手を握ったことに
気付いたんだ!
複数の刺激がある中で働き掛けを行うと…
前庭覚刺激への気付き(C君の例) 固有覚刺激への気付き(Bさんの例) 触覚刺激への気付き(A 君の例)
顔や手に人の手で 触れられたことに気付く
揺れや回転に気付く(瞬きをする)
揺れや回転に気付く (穏やかな表情をする)
揺れや回転に気付く (笑顔を見せる)
身体の一部を 動かされたことに気付く
顔や手に 冷たい物が触れたことに気付く
顔や手に 振動するものが触れたことに 気付く
顔や手以外の部分に 触れられたことに気付く
抱き方の違いに気付く
(補足) 抱き方の違いに気付くとは, 抱き方によって安楽になったり,不快になったりすることです。
広島県立福山特別支援学校 自立活動だより
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①前庭覚刺激への気付きを課題とする場合
②触覚刺激への気付きを課題とする場合
触覚防衛反応を示す場合は,ぶつぶつや冷たい物のように触った感触がはっきりしている物より,人の手が教
材として有効です。手は子供の手とほとんど温度差がなく,触れるものとしては低刺激であり,圧をかけて,しっかり
手を握ることで触覚防衛を抑制できます。また,子供の手のわずかな動きも感じ取ることが可能となります。
上記で示した初期の発達段階にいる子供達に指導する際のポイントを3つにまとめると,次のようになります。
※本校 HP では,過去の自立活動だよりを掲載しています。ぜひご覧ください。
【主な参考文献】
・『脳と障害児教育』加藤俊徳・坂口しおり(2005)
・『重複障害教育実践ハンドブック』全国心身障害児福祉財団(2009)
・『障害の重い子どもへのかかわりハンドブック~マルチアレンジングサポートの観点から~』全国心身障害児福祉財団(2016)
・『動きづくりのリハビリテーション・マニュアル 上肢編』松本和子 リハビリテーション技術研究会(1997)
・『270動画でわかる 赤ちゃんの発達地図 』木原秀樹 メディカ出版(2011)
①子供にとって安楽な姿勢で行う。 ②複数の刺激で,複数の身体の場所に同時に働き掛けをせず,1つの刺激で働き掛けを行う。 ③まずは,子供と関わる人の身体そのものを教材として活用する。
目標 揺れに気付き,穏やかな表情をする
指導の流れ①子供が安楽になりやすい抱っこの姿勢をとる。
②子供の表情を見ながら,揺れを加える。
③子供の反応に合わせて,縦・横・斜め等,揺らす方向や強さ,
抱き方等も細かく変化させる。
目標 手に触れられたり,何かに触れたりすることに気付く
指導の流れ①子供が刺激を受け入れやすいように安楽な姿勢をとらせる。
②手を意識できる様に掌を握ったり指一本一本を擦ったりする。
③子供の表情を見ながら,具体物を触らせる。
触らせる物の例…冷たいジェリーボール,温かいお湯,
振動するマッサージ器,トゲトゲやぐにゃぐにゃのボール等。
※冷たい物の次は温かい物等,刺激の慣化・脱慣化を繰り返す。
コラム① ペンフィールドのホムンクルス
左の図は,カナダの脳外科医であるペンフィールドが作成
した図です。身体の各部位での刺激の受容が,脳(感覚野)
のどの部分と対応しているかを示しています。描かれている
大きさは,脳がどの程度その身体の部分を支配しているかを
表しています。
この図を見ると,顔(特に唇)や,手(特に親指)を支配する
面積が多く,触れられたことに気付きやすい,触れることで物
事を認知しやすい,敏感であると捉えることができます。
そのため,初期の発達段階にある子供たちに対しては,他
の身体の部位と比べて,顔や手に働き掛けた方が,触覚や
固有覚への刺激に気付きやすいといえます。
腹腔内
咽頭
舌 歯,歯肉,下顎
下唇
唇 上唇
顔
鼻
脚
足指
性器
足
手