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提言論文 新・流通戦略(差別的チャネル戦略) -流通再編を活かした高収益チャネルシステムへの転換- 1.問題の所在 製造業(メーカー)の収益は、製造と販売に依存している。とくに、消費財メーカーで は「良い物を安く」の製造だけでなく、卸、小売の系列化を通じた販売によって高い収益 性を維持してきた。その原理は、産業組織論で「二重マージン」と呼ばれる製造と流通の 独占状態によるものであった。 しかし、小売段階の組織化と寡占化の進展によって、メーカーが持続的な収益性を維持 することは極めて困難になっている。 メーカーは、従来の系列化した小売業との取引関係を維持しながら、広域化、大型化し た組織小売業への積極的な取引拡大をすすめてきた。その結果、品揃えの総合性と価格競 争力で優位に立つ組織小売業は、小売市場におけるシェアを拡大した。だがその一方で、 メーカーの数量リベート制が取引数量の多い組織小売業の値引きの源泉になることによっ て、系列店での売上比重を落としながら組織小売業との取引でも高い収益を上げられない というジレンマに陥った。とくに、昨今の市場成長率の低下と製品競争の同質化がメーカ ーの収益性低下に拍車をかけている。また、収益性の低下は、研究開発力の低下と提供サ ービスの劣化を引き起こし、製品の同質化を招いた。さらに組織小売業の小売市場でのシ ェアが拡大し、自社の系列基盤を崩していくという悪循環に陥っていかざるを得なくなっ た。メーカーが、流通段階で自社製品の販売数量、価格、販売コストという戦略変数をコ ントロールできなくなった結果の所産である。 メーカーは、どうすれば高い収益性を回復し、消費者にとってより価値のある製品サー ビスを開発・製造し、提供することができるのであろうか。その原則を経済モデル分析に よって探ってみたい。 その帰結は、今後の小売市場をどうみるか、そして自社の製品差別化能力によっても異 なってくる。まず、小売市場のさらなる寡占化を前提にした場合、二つの選択肢がある。 第一は、シェアを拡大する組織小売業との情報共有を通じて、自社製品の販売情報を正確 に掌握し、在庫リスクの軽減とより良い製品開発に活かすことで小売との協同利潤を最大 化する「情報共有戦略」である。この場合、利潤はバーゲニングパワーによって分配され ることになる。第二は、特定市場における製品差別化戦略を強力に推進する「独占的市場 copyright (C)2004 Japan Consumer Marketing Research Institute. all rights reserved. 1

新・流通戦略(差別的チャネル戦略)Q1b Q1a Q2a Q2b w1a w2a w2b w1b p1b p1a p2a P2b ブランド内・ブランド゙間競争 時代区分 業種小売業主導期

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  • 提言論文

    新・流通戦略(差別的チャネル戦略)

    -流通再編を活かした高収益チャネルシステムへの転換-

    1.問題の所在

    製造業(メーカー)の収益は、製造と販売に依存している。とくに、消費財メーカーで

    は「良い物を安く」の製造だけでなく、卸、小売の系列化を通じた販売によって高い収益

    性を維持してきた。その原理は、産業組織論で「二重マージン」と呼ばれる製造と流通の

    独占状態によるものであった。

    しかし、小売段階の組織化と寡占化の進展によって、メーカーが持続的な収益性を維持

    することは極めて困難になっている。

    メーカーは、従来の系列化した小売業との取引関係を維持しながら、広域化、大型化し

    た組織小売業への積極的な取引拡大をすすめてきた。その結果、品揃えの総合性と価格競

    争力で優位に立つ組織小売業は、小売市場におけるシェアを拡大した。だがその一方で、

    メーカーの数量リベート制が取引数量の多い組織小売業の値引きの源泉になることによっ

    て、系列店での売上比重を落としながら組織小売業との取引でも高い収益を上げられない

    というジレンマに陥った。とくに、昨今の市場成長率の低下と製品競争の同質化がメーカ

    ーの収益性低下に拍車をかけている。また、収益性の低下は、研究開発力の低下と提供サ

    ービスの劣化を引き起こし、製品の同質化を招いた。さらに組織小売業の小売市場でのシ

    ェアが拡大し、自社の系列基盤を崩していくという悪循環に陥っていかざるを得なくなっ

    た。メーカーが、流通段階で自社製品の販売数量、価格、販売コストという戦略変数をコ

    ントロールできなくなった結果の所産である。

    メーカーは、どうすれば高い収益性を回復し、消費者にとってより価値のある製品サー

    ビスを開発・製造し、提供することができるのであろうか。その原則を経済モデル分析に

    よって探ってみたい。

    その帰結は、今後の小売市場をどうみるか、そして自社の製品差別化能力によっても異

    なってくる。まず、小売市場のさらなる寡占化を前提にした場合、二つの選択肢がある。

    第一は、シェアを拡大する組織小売業との情報共有を通じて、自社製品の販売情報を正確

    に掌握し、在庫リスクの軽減とより良い製品開発に活かすことで小売との協同利潤を最大

    化する「情報共有戦略」である。この場合、利潤はバーゲニングパワーによって分配され

    ることになる。第二は、特定市場における製品差別化戦略を強力に推進する「独占的市場

    copyright (C)2004 Japan Consumer Marketing Research Institute. all rights reserved.

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  • 提言論文

    形成戦略」である。次に、小売市場の多元化を前提にした場合には、主力チャネルと補助

    チャネルにセグメントし有効活用するという「差別的チャネル戦略」を採用することであ

    る。前者は流通主導に対する効率的な取引と製品差別化によるバーゲニングパワーへの対

    抗であり、後者(差別的チャネル戦略)はメーカー主導で小売業との協調を目指すもので

    ある。我々のスタンスは後者である。価格競争力を武器とする大手組織小売業に対抗し、

    非価格競争で成長する都心スーパー、コンビニエンスストア(CVS)、専門店が存在して

    おり、小売市場が多元化する条件が整ってきているからである。

    本稿では、メーカー主導の差別的チャネル戦略による収益性回復が可能かどうかを経済

    モデル分析によって明らかにする。はじめに、メーカーが販売を通じて高い収益性を維持

    してきたメカニズム、及び組織小売業との取引拡大によって収益性低下がなぜ起こったか、

    現在のジレンマの構造について確認する。そのうえで、差別的チャネル戦略の可能性を検

    証する。さらに、そこで得られた帰結をもとにチャネル戦略の新原則と実践的方法論を提

    案したい。

    2.チャネル戦略の基本モデル

    はじめに、産業組織論におけるチャネル戦略の基本モデルについて解説する。メーカー

    のチャネル戦略は、産業組織論では次のように定義される。財が生産され消費者の手に渡

    るまでには原材料加工、部品生産、最終製品生産、卸、小売といった数多くの段階がある。

    これを垂直的取引関係と呼び、チャネル戦略は、この関係を中心に議論される 1 。

    メーカーの垂直的取引関係の議論は、メーカーより下流の流通経路についてどうするか

    である。通常、メーカー、卸、小売の三段階で捉えられるが、単純化のためにメーカーと

    小売の関係に着目する。同質的市場を前提にメーカーのチャネル戦略の基本モデルを整理

    すると、メーカー、小売段階で競争が起きているか否かによって、図表1のように四つの

    基本モデルに整理できる。

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    一のモデルはメーカー、小売とも独占状態にあるモデルである。メーカー段階、小売

    占だが小売は複数あり、小売間の競争が起きているモデルで

    図表1 同質的市場における垂直的取引競争の基本モデル

    モデル

    メーカー段階

    モデル

    概念図

    (卸は省略)

    二重マージン

    市場

    メーカー

    小売

    ブランド内競争

    小売段階

    独占

    独占

    市場

    メーカー

    小売1 小売2

    市場市場

    独占

    完全競争

    競争

    ブランド間競争

    市場

    メーカー1

    小売

    市場市場

    完全競争

    独占

    ブランド内・ブランド間競争

    市場

    メーカー1

    小売1 小売2

    市場市場

    完全競争

    完全競争

    メーカー2

    メーカー2

    *矢印  は競争が発生していることを示す

    階ともに競争はなく、二段階で独占が起きていることから「二重マージン」といわれて

    いる。詳しくは後述する。

    第二は、メーカー段階は独

    る。同一ブランド商品について小売間で競争をしているため「ブランド内競争」と呼ば

    れる。製品差別化がない同質的市場においては、小売段階でのベルトラン型の価格競争が

    展開され、小売収益はゼロとなる 2 。

    ーカーは複数あり、小売への販売をめぐって競争

    ーカー、小売段階とも競争状態にある「ブランド内・ブランド間競争」

    第三は、小売段階は独占であるが、メ

    起きているモデルである。メーカー間の競争であることから「ブランド間競争」といわ

    れる。この場合、メーカー間でのベルトラン競争が展開されることになり、メーカー収益

    はゼロとなる。

    そして第四がメ

    ある。メーカー、小売双方ともにベルトラン競争をしている状態となる。この場合の帰

    結は、メーカー、小売ともに収益はゼロになるということである。現在、多くの業界、と

    くにメーカーが収益性低下に苦しんでいる一因は、ブランド内・ブランド間競争という同

    質市場における価格競争にあり、産業組織論では「あらかじめ見えていた帰結」である。

    以下では、こうしたモデルに陥った歴史的経緯を経済モデル分析によって詳細に述べてい

    く。

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    3.チャネル戦略にみるメーカー収益性の低下メカニズムとジレンマ

    上記の基本モデルを応用し、メーカーが高い収益性を維持できたメカニズム、組織小売

    との取引拡大がそのメカニズムを崩壊させた要因を、経済モデル分析によって説明する。

    チャネル戦略における競争を歴史的に区分し、基本モデルとの対応関係を整理したのが

    表2である。以下では、このモデルを用い、メーカーがどのように収益性低下に陥った

    かを、歴史的な段階に従って分析する。

    (1 種小売業主導期(戦前~1950 年代)

    前からスーパーマーケット業態(SM)が誕生するまで、百貨店を除けば日本の小売

    業とは、品揃えの幅が酒、米、薬といったカ

    推奨が有効であっ

    図表2 メーカーのチャネル戦略モデル

    流通環境

    モデル

    概念図

    (卸は省略)

    年代 戦前~1950年代

    多数の零細業種店

    推奨販売力あり

    メーカー系列店

    対面販売市場

    M1

    業種店

    Pp

    Wp

    Qp

    モデル 二重マージン

    対面販売市場

    スーパーマーケットの誕生

    セルフ販売方式の導入

    市場全体では業種店が優位

    M1

    業種店

    1960~1970年代

    組織小売

    セルフ市場

    p1p p2p

    w1p w2p

    Q1p Q2p

    ブランド内競争

    (メーカー制限あり)

    既存店売上げダウン

    大手5社体制の崩壊

    カテゴリーキラーの成長

    熾烈なベルトラン型価格競争

    メーカー・小売競争の同質化

    1980年代~現在

    M1 M2

    組織小売

    組織小売

    Q1b Q1a Q2a Q2b

    w1aw2a

    w2bw1b

    p1a p2ap1b P2b

    ブランド内・ブランド゙間競争

    時代区分 業種小売業主導期 組織小売業成長期 組織小売業主導期

    )業

    流通は業種小売業が主流であった。業種小売

    ゴリー単位であることに加え、独立自営の経営者がほとんどであり、経営規模的には零

    細であることを含んでいる。長らく日本の流通の特質として指摘されていた零細性、過剰

    性を象徴するものである。この時期はまたメーカー主導力の大きい時代であった。古くは

    資生堂のチェーンストア制度、松下電器産業のナショナルショップに代表されるようにメ

    ーカーは卸、小売段階の系列化によって高い収益性を維持していた。

    そのメカニズムを経済モデル分析によって説明する。市場環境は物的経済の普及期にあ

    り、消費者の情報量は少なく、市場の大半は対面販売であり、小売店の

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  • 提言論文

    者である業種小売業1社というように単純化できる。分析

    と理解できる。メーカーは差別的製品を取り扱う独占的競争状態にあり、小売段階は系

    列化政策によって地域市場において独占のような状態にあったと考えられ、モデルは二重

    マージンモデルが該当する。

    この場合のメーカー収益を経済分析によって説明する。モデルは独占的メーカー1社、

    地域市場における独占的流通業

    あたっては、第一段階でメーカー卸価格の決定がなされ、第二段階で小売価格が決定さ

    れるという、二段階ゲームを定式化、バックワードインダクションによって利潤最大化の

    ための均衡を求めていく。なお、モデルを単純化するために、メーカーの生産費用、小売

    の販売費用はゼロと仮定する。

    第一段階における業種小売業の需要関数は、以下のように定義できる。

    (1)

    qi は需要量、 pi は小売価格である。αはメーカーの潜在的需要を表し、α > 0 であ

    る。小売の利潤関数(πr)は次のように定義できる3 。

    (2)

    wi は卸価格である。小売業は(2)式において利潤最大化となる小売価格を決定する。小

    売価格は自己の利潤を最大化するように、

    (3)

    を解くことによって求められ、利潤最大化条件より、小売価格

    (4)

    が得られる。

    第二段階におけるメーカーの利潤関数( πm)は、次のように定義できる。

    (5)

    (5)式に(1)式と(4)式を代入した上で、メーカーの利潤最大化条件を解くと、卸価格及び

    メーカー利潤は、次のように求められる。

    (7)

    (6)

    この結果を(3)及び(4)式に代入することによって、小売価格、小売利潤、需要量は、

    (8)

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  • 提言論文

    (10)

    (9)

    となる。

    以上が産業組織論で「二重マージン」と呼ばれるメカニズムである。後に比較検討する

    売業主導期と比較すると、販売価格、利潤ともに高い水準を維持できていた。

    期(1960~1970 年代)

    53 年に紀ノ国屋が日本初のセルフ販売店として誕生した。その後セルフ販売方式の西

    し、1960 年代以降成長を続けた。

    組織小売

    が、組織小

    ーカーは系列化政策によって小売の独占状態を創り出し、高い収益性を確保できたメカ

    ニズムである。

    (2)組織小売業成長

    19

    友、イトーヨーカ堂などの組織小売業が誕生

    モデルはブランド内競争に適用できるが、市場は同質的ではなく、対面販売市場とセル

    フ販売市場に分割されていたと考えられる。業種小売業 (R1) は対面販売市場、

    (R2) はセルフ販売市場で独占的競争状態にあったと仮定し、小売段階の需要関数を次

    のように定義する。

    (12)

    (11)

    p1m は業種小売業、 p2m は組織小売業の小売価格である。第一段階での小売価格の決定

    は、それぞれの小売業者が独立して利潤最大化行動をとる。利潤最大化条件から、それぞ

    れの小売価格を求めると、

    (14)

    (13)

    となる。( w1m は業種小売業への卸価格、 w2m は組織小売業への卸価格)

    第二段階でメーカーは、小売価格を与件として自社利潤の最大化を図る。利潤関数は次

    のように定義できる。

    (15)

    利潤最大化条件から卸価格、メーカー利潤、需要量を解くと、

    (16)

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  • 提言論文

    (18)

    (17)

    となる。小売価格と小売利潤は以下の通り。

    (20)

    (19)

    なっていることが確認

    業種小売業主導期と比較すると、小売段階では変化はないが、メーカー段階では需要量、

    利潤ともに2倍に できる。新たな小売流通の登場と消費拡大期にあ

    種小売業が淘汰され、組織小売業間の競争の時代に入る。とくに、1990 年代後半以降、

    になり、小売間競争は激化した。事実、日本

    格競争を展開し、卸価格はメーカーの限界費

    武器に卸、小売段階の系列化政策をすすめたことが「二重マージン」

    の売上比重を落としながら、組織小

    てメーカーがうまく対応した結果と考えることができる。

    (3)組織小売業主導期(1980 年代~現在)

    出店競争も限界に達してオーバーストア状態

    ェーンストア協会の統計では店舗数は 2000 年以降、減少に転じている。

    メ-カ-段階では、市場成長率及び技術的差別化余地の低下にともなう製品競争の同質

    化が起こり、ブランド間競争が激化した。

    モデルはブランド内・ブランド間競争モデルが該当する。このモデルにおいては、メー

    カー段階、小売段階ともにベルトラン型の価

    にまで低下し、小売価格は卸価格と一致するのが均衡点となり、メーカー、小売ともに

    利潤はゼロとなる。

    以上の分析結果を比較すると、図表3のようになる。戦前から 1950 年代にかけて、メー

    カーは製品差別化力を

    ような価格維持と高い収益性を生むメカニズムを創り出した。組織小売業が誕生し、成

    長する組織小売業との取引拡大をすすめていった 1960 年代以降、メーカーの利潤が倍増し

    た背景には、需要量の増加がある。すなわち、市場成長が続いていたこと、メーカーの製

    品差別化力が維持されていたことにより、価格はある程度維持することができたのである。

    この間、メーカーは数量リベート制など数量拡大のための取引制度によってシェアを拡大

    することで収益につなげることができたのである。

    しかし、1980 年代以降、組織小売業が小売市場でのシェアを拡大するにつれて、数量リ

    ベートが値引き原資になることにより、系列チャネル

    業との取引でも、次第に収益が上げられなくなっていくというジレンマに陥ったのであ

    る。とくに市場成長率が低下した 1990 年代以降、数量リベート制は限界に達し、そのジレ

    ンマはより大きくなった。収益性の低下がメーカーの研究開発力を弱体化させ、製品競争

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  • 提言論文

    は同質化し価格競争に頼らざるを得なくなってしまったのである。この結果、収益性の低

    下→製品競争の同質化→系列店比重の低下と組織小売業の小売シェア拡大→収益性の低下

    という悪循環に陥っていかざるを得なかったのではないだろうか。メーカーが維持してき

    た、流通段階での自社製品の販売数量、価格、販売コストという戦略変数のコントロール

    ができなくなった結果の所産である。

    図表3 メーカー利潤の比較

    主導期

    組織小売業成長期

    組織小売業主導期 限界費用と一致 卸価格と一致

    4 2 8 4 16

    α2

    α2

    2α4

    α34

    2α16

    00 0α 0

    業種小売業 α需要量 卸価格

    αメーカー利潤 小売価格 小売利潤

    2α2α α3

    4.差別的チャネル戦略の仮説と分析モデル

    の悪循環からどう抜け出し、どうすれば高い収益性を回復し、消費者にとってより良

    い製品サービスを開発・製造し、提供することができるのであろうか。

    その帰結は、今後の小売市場の見方と自社の製品差別化能力によって異なり、三つの解

    示している 4 。

    策がある。その第一の解決策は、今後の小売市場はより寡占化が強まり小売独占にすす

    む、という前提に立っている。この場合のひとつの解答を丸山(2002)が提

    山は、流通構造はメーカー主導から小売主導に転換したこと、そのなかで情報技術革新

    を取り入れた「在庫投機の延期化」が流通効率を向上させていることを見出した。在庫投

    機の延期化とは、販売情報に基づく需要予測と多頻度小口配送に代表される取引システム

    である。メーカーは価格決定権を小売業者に委ね、この在庫投機の延期化という取引ルー

    ルを前提に小売業との情報共有を通じて、自社製品の販売実績を正確に把握し、在庫リス

    クを回避すること、そしてその販売情報を製品開発に活用し、より良い製品開発につなげ

    ることで小売との共同利潤を最大化し、製品差別化力を武器に利潤を分配することがメー

    カー利潤の拡大につながるとしている。ただし、理論上はメーカーの利潤が確保できても、

    小売のバイイングパワーにより、実際のメーカーの利潤は圧迫されているのが現状である5 。

    同じく小売市場の寡占化を前提とするが、第二の解決策は、特定市場での「独占的市場

    形成戦略」である。圧倒的な技術的優位性や情報サービスを含めた製品差別化により、メ

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  • 提言論文

    ーカー段階の独占的競争状態を作ることである。この場合、特定市場における徹底した投

    ある。我々はこのスタンスに立った戦略を提案したい。その戦略仮説

    売単価を高止まりさせる戦略かに大別できる。だが、販売数

    に特化することによる規模的限界を突破するために、販売数量が見込め

    る。各メーカーは双方の小売企業を同等に扱うか、いずれかを主

    が必要になる。

    第三の解決策は、小売市場は大手組織小売業による寡占化ではなく、非価格競争で勝ち

    残る小売業も存在し多元化に向かうという前提に立ち、製品差別化により価格決定権をメ

    ーカーが持つもので

    、流通をいくつかの市場にセグメントし、その市場において主力チャネルとなる小売企

    業に重点を置きつつ、販売数量の見込める小売企業を補助チャネルとして活用する「差別

    的チャネル戦略」である。

    メーカー利潤は、売上高から販売コストを差し引いたものである。売上高は「販売数量

    ×販売単価」とに分解できる。これまでのチャネル戦略は、その戦略目標に着目すれば、

    販売数量を伸ばす戦略か、販

    を伸ばそうとすれば開放的チャネル政策が必要であるが、その結果はブランド内・ブラ

    ンド間競争となり、価格競争の激化が起こり、販売数量は伸ばすことができるが、販売単

    価は下がり、販売コスト増によって高成長・低収益率、つまり利益なき繁忙を招く。逆に

    販売単価を維持しようとすれば、チャネルは選択的にせざるを得なくなり、数量は伸びず、

    低成長・高収益率とならざるをえない。いわば、成長性と収益性のトレードオフ関係が成

    立しているのである。我々が提案する仮説は、こうしたトレードオフ関係を打破する戦略

    の提案である。

    具体的な戦略展開の一例を挙げると、次の通りである。はじめに、主力チャネルとなる

    特定の小売企業に対し、自社商品の販売にインセンティブを与える営業政策をすすめる。

    次に特定小売企業

    チャネルに対しては補助チャネルとして配荷していくということである。例えば、主力

    チャネルへは商品の値入れ率を 40%で卸し、補助チャネルには 25%で卸す。主力チャネル

    と補助チャネルの価格競争は、合理的に考えれば値引率 25%まですすむ。理論上、主力チ

    ャネルは 15%の利潤を確保できるが、補助チャネルは利潤ゼロである。メーカーは十分な

    利潤確保ができると同時に、両者に値入れ率 40%で卸したときよりも値崩れ防止、ブランド

    力維持が可能となる。

    この仮説を簡単な経済モデル分析によって検証を試みる。モデルを単純化するためにメ

    ーカー2社(A社とB社)、小売企業2社( R1 と R2 )を想定し、小売企業は同一市場で

    競争をしているものとす

    チャネルとして他を補助チャネルとすることができる。A社、B社の競争という観点か

    ら、両社が採り得るチャネル戦略のオプションは九つに整理できるが、競争パターンとし

    ては以下の四つに集約できる(図表4)。

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  • 提言論文

    開放的チャネル政策を想定しており、現在多くの取引がこれにあてはまると考えられ

    る。

    ) 1社集中取引:A社、B社ともにいずれか1社の小売企業を主力チャネル化した場

    (4)

    サービス

    ものと

    表4 組織小売再編期におけるメーカーのチャネル政策のモデル 図

    (1) 通常取引:A社、B社ともに主力チャネル・補助チャネルを設定していない状態。

    W1b∧

    W2b

    W1b=

    W2b

    W1b∨

    W2b

    A B

    R1 R2

    A B

    R1 R2

    A B

    R1 R2

    A B

    R1 R2

    A S

    R1 R2

    A B

    R1 R2

    A B

    R1 R2

    R1重視

    R1=R2

    R2重視

    B社の戦略

    1-1

    1-2

    1-3

    2-1

    2-2

    2-3

    3-1

    3-2

    3-3

    1社集中

    1社集中

    差別的取引( B社)

    差別的取引( A社) 差別的取引( A社)

    棲み分け

    棲み分け

    通常取引(現在)

    差別的取引( B社)

    A B

    R1 R2

    A B

    R1 R2

    チャネル政策 R1重視 R1=R2 R2重視

    A社の戦略

    W1a<W2a W1a=W2a卸価格 W1a>W2a

    (2

    合で大手組織小売業に特化したケースを想定。例えば、現在、高い成長力を持つとみ

    られるイオン、マツモトキヨシ、ヤマダ電機などを両社が主力チャネル化するケース

    である。

    (3) 棲み分け:A社、B社で主力チャネル化する小売企業が異なった場合。

    差別的取引:A社、B社のいずれかが主力チャネルを設定するが、他社はそうでな

    い場合。

    また、メーカーは主力チャネルに対し、小売間の差別化を促進するような情報

    提供でき、主力チャネルとなった小売企業はメーカーと協調し、非価格競争を展開する

    する。

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    10

  • 提言論文

    5.各ケースの分析結果

    以上をもとに経済モデル分析を試みる。各社製品の小売段階の需要関数が次の式で与え

    られているものとする。

    (21)

    (22)

    (23)

    (24)

    小売 1 の需要関数は A 社製品については(21)式、 B 社製品については(22)式で定義さ

    れる(小売 R2 については(23)(24)式)。 p1a 、 p2a 、 p1b 、 p2b は小売価格である。αは

    メーカーの潜在的需要を表し、α > 0 である。δは各製品間の代替可能性の程度を示すパ

    ラメターであり、 0

  • 提言論文

    メーカーはチャネル戦略と出荷価格を決定し、小売業者は小売価格を決定する。価格決

    定に関する決定変数はメーカー、小売ともにマージンであると考える。

    ーカーの生産費用、小売業者の販売費用はゼロと仮定すると、出荷価格

    小売価格と出荷価格との差が小売利潤となる。

    メーカーのチャネル政策と卸価格及び小売業者の小売価格の選択については、次のよう

    な三段階のゲームとして分析をすすめる。第一段階でメーカーによるチ

    が行われ、第二段階でメーカーによって卸価格が決定され、第三段階で

    て小売価格の決定が行われるという多段階ゲームの定式化をとる。

    各ケースについて、バックワードインダクションによって均衡を求めていく。はじめに

    第三段階の小売価格の均衡を求め、それに応じたメーカー出荷価格の均

    に、メーカー利潤を求めて、第一段階におけるチャネル政策の均衡を求める。

    また、上記分析モデルは、厳密な補助チャネル効果を含意していない。補助チャネル効

    果とは、小売業者独自のロイヤル顧客の存在や、立地的都合から小売価

    定の小売でしか購入しない(できない)顧客への販売効果である。以上

    析を試みる。

    単純化のためにメ

    がメーカー利潤、

    ャネル政策の選択

    は小売業者によっ

    衡を求める。最後

    格がどうであれ特

    の前提の上で、分

    (1

    与とし、小売価格がともに卸価格と一致

    )通常取引のケース

    第三段階における小売価格の均衡からみてみる。小売業者はベルトラン型の価格競争を

    通じて、各小売の利潤はゼロとなり、小売価格は卸価格と一致する。

    次の第二段階では、他メーカーの出荷価格を所

    ることを与件として自社利潤の最大化を図るように出荷価格を設定する。利潤最大化問

    題は、 A 社については、

    (25)

    と設定できる。ここで、は A 社の卸価格である。同様の利潤最大化問題は、 B 社につい

    ても設定できる。各社が満たすべき利潤最大化条件を連立させて解くと、利潤最大化のた

    めの卸価格は、

    (26)

    となる( B 社についても同様)。小売価格は(26)式と一致する。(26)式を(25)式に代入す

    ると、メーカー利潤は、

    (27)

    となる。このとき得られる販売数量は、

    (28)

    となる。

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    12

  • 提言論文

    (2)1社集中取引のケース(両メーカーとも小売 R2 を主力チャネルとした場合)

    小売 R2 は A 社、 B 社両製品について R1 より安く仕入れることができる。したがっ

    大化のために、

    て、 R2 は自社の仕入れ価格よりわずかだけ低い価格設定をすることで多くの需要を獲得

    できる。このとき、 R1 の小売価格は仕入れ価格と一致することから利潤はゼロとなる。

    小売 R2 は利潤最

    (29)

    を最大化するように、小売価格を設定する。(29)式から利潤最大化のための小売価格

    (35)

    (30)

    (31)

    が得られる。

    メーカー A 社は、(30)(31)式で得られる小売価格を想定しつつ、利潤最大化のために、

    (32)

    を最大化するように卸価格を設定する。 B 社についても同様である。各メーカーの卸価格

    が満たすべき利潤最大化条件から、

    ができる(価格は競合の卸価

    (33)

    が得られる。メーカー利潤及び販売数量は、

    (34)

    となり、最終的な小売価格及び小売 R2 の利潤は、次のようになる。

    (36)

    (37)

    B 社は R1 を主力チャネル化)

    小売 R1 は B 社製品、小売 R2 は A 社製品について低価格設定が可能となり、多くの

    需要を獲得すること 格より低く設定可能。 R1 の A 社製品、

    、 R2 の需要関数は次のように変形できる。

    (3)棲み分けのケース( A 社は R2 、

    R2 の B 社製品の需要はゼロ)。このとき、 R1

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    13

  • 提言論文

    (38)

    (39)

    の帰結として p2a =

    w1a かつ p1b = w2b となることを考慮すると、利潤最大化のための小売価格は、

    各小売の利潤最大化条件を連立させて解き、更に小売間での価格競争

    (40)

    引のケースが

    (41)

    となる。

    格を設定する。卸

    各メーカーは上記の小売価格を与件として、利潤最大化の図れる卸価

    格、利潤、販売数量について解くと、以下の通りである。

    (42)

    (43)

    (44)

    (4)差別的取引のケース( A 社のみ主力・補助チャネルを設定)

    この場合のメーカー利潤は、 A 社は棲み分けケースが適用でき、卸価格、利潤、販売数

    量は(42)(43)(44)式で求められる。

    また、 B 社については通常取 適用され、卸価格、利潤、販売数量は

    8)式で求められる。

    (26)(27)(2

    6.分析結果と考察

    以上の分析結果をまとめると、図表6の通りである。四つのケースごとの利潤を比較す

    るために、α = 1/2(すなわちメーカー間の潜在的なユーザーが同等であること)、δ = 1

    (製品差別化がやや強く効いている)と仮定し、メーカー利潤を求めると図表7になる。

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    14

  • 提言論文

    図表6 メーカーのチャネル政策の分析結果

    R1=R2

    R1=R2

    2-2通常取引

    (現在)

    A社 B社ケースタイプ

    メーカー段階試算ケース

    成果変数 A社 B社小売段階

    成果変数 R1 R2

    卸価格

    販売数量

    利潤

    小売価格

    販売数量

    利潤 0 0

    卸価格

    販売数量

    利潤

    小売価格

    販売数量

    利潤

    卸価格

    販売数量

    利潤

    小売価格

    販売数量

    利潤 0

    卸価格

    販売数量

    利潤

    小売価格

    販売数量

    利潤

    R1∧R2

    R1∧R2

    3-31社集中

    R1=R2

    R1∧R2

    1-2差別的取引

    (A社)

    R1∨R2

    R1∧R2

    1-3棲み分け

    αδ 

    2-

    αδ

    2(2- )

    R1 R2α α εδ δ

    +: :2- 2-

    2( )α

    δ2-2

    22( )α

    δ2-

    ( )2( )( )α δ

    δ δ3-2

    2- 1-

    A社B社ともに

    R1R2ともに

    R1R2ともに

    A社B社ともに

    ( )αδ2-

    2

    2( )αδ δ22- (1- )

    A社B社合計

    R1 α δδ δ2

    (2+):4--2 ( )

    α δδ δ δ

    2(3- ) 

    2-(4--2)

    *ケース3-3、1-2のサブチャネルとなる小売に対する卸価格、小売価格についてはモデル上解いていないが、他よりも高くなる意味でεをつけている

    R1 R2α α εδ δ

    +: :2- 2-

    ( )2( )( )α δ ε

    δ δ3-2

    +2- 1-

    ( )( )( )

    α δδ δ δ

    2-

    2- 4--2

    A社B社ともに

    A社B社合計

    A社B社合計

    αδ 

    2-

    αδ 

    2-

    αδ 

    2-

    αδ 

    2-αδ 

    2-

    αδ 

    2-αδ 

    2-

    αδ

    2(2- )

    2( )α

    δ2-2

    22( )α

    δ2-

    ( )( )( )

    α δδ δ δ

    2- 

    2- 4--2

    ( )( )( )

    α δδ δ δ

    2-

    2- 4--2

    A社B社ともに

    R2 α δδ δ2

    (2+):4--2

    ( )( )( )( )α δ δδ δ δ

    2 2

    22

    2+ 2-

    2- 4--2

    ( )( )( )( )α δ δδ δ δ

    2 2

    22

    2+ 2-

    2- 4--2

    ( )α δδ δ δ

    2(3- )

    2-(4--2)

    ( )( )( )

    α δδ δ δ

    2-

    2- 4--2

    ( )α δδ δ δ

    2 22

    2 22

    (2-) 

    2-(4--2) ( )α δδ δ δ

    2 22

    2 22

    (2- )

    2-(4--2 )

    R1

    R2:

    α δδ δ

    α δ εδ δ

    (2+ ):  4- -2

    (2+ ): +4- -2

    αδ2-

    ( )( )( )

    α δδ δ δ

    2-

    2- 4- -2

    ( )( )( )( )α δ δδ δ δ

    2 2

    22

    2+ 2-

    2- 4- -2

    αδ2-

    αδ

    2(2- )

    A社 B社αδ 

    2-( )α δ

    δ δ δ

    2 (3- )

    2-(4- -2 )

    A社 B社αδ2-( )

    α δ εδ δ δ

    2 (3- )+

    2-(4--2 )

    A社 B社αδ

    1( )22-

    ( )( )( )

    α δδ δ δ

    2-

    2- 4- -2

    B社のみ

    αδ

    1( )22-

    ( )α δδ δ δ

    2 22

    2 22

    (2- )

    2- (4- -2 )

    R1R2ともに

    図表7 メーカーのチャネル政策の利潤比較

    通常取引(現在)

    A社 B社

    1社集中

    差別的取引(A社)

    棲み分け

    α δ1= 、 =1のケース2

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    2

  • 提言論文

    ここから確認できることは、次の三つである。

    は、1社集中取引は通常取引と比較して利潤は半減すること。1社集中取引の状態

    とは買い手独占の状況と考えてよい。卸価格は通常取引時と同等であるものの、販売数量

    は小売段階が独占であるため半減している。メーカーにすれば十分な利潤が確保できない

    保できないような状況となる。買い手独

    ケースと考えられる。仮に大手組織小売

    、メーカーは需要開発のためのチャネル

    メーカーが採用している取引先の選択と

    に留まっていることである。モデルでは、

    階ではベルトラン型価格競争が起きてい

    の価格競争が本格化している状況を念頭

    の状態がさらに発展したケースがメーカ

    スである。このときメーカー利潤もゼロ

    となる。ブランド内・ブランド間競争の帰結である。多くのメーカーが採用している開放

    的 れなければ、販売数量は確保すること

    ような状態に陥っているのではな

    第一

    ばかりか、固定費を回収するだけの販売数量も確

    占が意図しない選択的チャネル政策になっている

    業への集中化をすすめると買い手独占状態になり

    開拓の必要性に迫られるであろう。現在、多くの

    集中政策はこうした危険性を孕んでいるともいえる。

    第二は、通常取引時の利潤は棲み分け時の 1/3

    メーカーが開放的チャネル政策を採用し、小売段

    ることを想定しており、現在の大手組織小売業間

    に置いている。当然、小売利潤はゼロである。こ

    ー段階もベルトラン型の価格競争に移行したケー

    チャネル政策の行き着く先は、製品差別化がなさ

    できても利潤ゼロとなる危険性を孕んでいるといえよう。

    第三は、棲み分け、差別的取引時にメーカー利潤が最大化することである。この場合、

    卸価格は3倍になるものの販売数量は変化しないことが高利潤の要因となっている。選択

    的チャネル政策における販売数量の規模的限界、開放的チャネル政策が持つ卸価格の下落

    懸念を打破していることが確認できる。この結果、開放的チャネル政策を採用しながらも

    主力チャネルと補助チャネルを効果的に使い分けることが適正利潤を確保する最適なチャ

    ネル戦略であることが検証できた。

    多くのメーカーは、利潤が最小となる1社集中取引の

    か。1990 年代以降、多くの企業が採用してきた「広域営業本部」は、大手組織小売業に

    よる寡占化に対応するひとつの解答とみられてきた。事実、「選択と集中」という名のもと

    に、大手組織小売業への集中的対応と小規模取引先の選別を行ってきた。しかしながら、

    そこから得られたものは、「売上はある程度稼げるものの儲からない」というジレンマであ

    る。各社が同一小売企業へ集中化したため、メーカー間での典型的なベルトラン型価格競

    争に陥ってしまったと考えられる。この間、メーカーの販売コストは膨張し、それらの多

    くは大手組織小売業に吸収されたものと思われる。

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    16

  • 提言論文

    7.チャネル戦略の新原則

    ャネル戦略の均衡を求めるためにゲームの利得表を整理したのが図表8である。各メ

    ) 原則1:ブランド内・ブランド間競争の条件下、製品差別化が可能ならば、メーカ

    合、多くの消費財市場では製品差別化の余

    図表8 メーカーのチャネル政策の均衡分析

    R1重視

    R1=R2

    R2重視

    R1重視 R1=R2 R2重視

    B社

    A社

    カーは他社のチャネル戦略を所与として、自社利潤を最大化するチャネル戦略を選ぶも

    のとする。この場合、二つの均衡が存在する。いずれも分析ケースの棲み分けにあたる。

    以上から導き出される帰結は、企業間競争を通じて選択されるのは、棲み分け、すなわち

    両社が異なる小売企業を主力チャネル化する戦略である。以上の分析と考察から、以下の

    ような新たなチャネル戦略の原則を導き出すことができる。

    (1

    ーが主力・補助チャネルを活用する差別的チャネル戦略を採用するのが均衡点となる。

    モデルの需要関数は製品差別化を前提としている。したがって、市場条件が同質市

    でない場合、この戦略は有効となる。

    製品開発上の技術的障壁を保有しない場

    は少ない。しかしながら、差別化余地は、製品そのものではなく情報やサービスに

    あると考えることができる。つまり、売り方や提供サービスを含めた差別化を考慮す

    べきである 6 。

    (2) 原則2:小売市場が多元化に向かうならば、差別的チャネル戦略が高い利潤をもた

    ャネル化の条件は、非価格競争を志向していることが大前提である。したが

    する方が有効

    らす。

    主力チ

    て小売市場は多元化することを前提にしている。ある程度の規模を要し、売り方の

    提案性やサービスで差別化を模索する小売企業を主力チャネル化しないと、メーカー

    が小売企業へ分配したマージンは、値下げ原資にまわるだけである。

    その意味では大手組織小売業よりも中堅クラスの企業をグループ化

    いえる。価格で勝負しない中堅SMなどは好調であり、チャンスは大いにあるとみ

    ることができる。

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    3

  • 提言論文

    (3)

    有し、自社製品の販売インセンティブをよ

    。これまで、PB政策は採用すべきではない、というのが通説で

    とつは差別化ソフトの提供である。主力チャネル化する企業に対し、競争優

    原則3:差別的チャネル戦略を採用するためには、小売企業との戦略共有が条件と

    る。

    主力チャネル化する小売企業と戦略を共

    強いものにしなければならない。今回の分析では、価格差別化、すなわち卸価格を

    戦略変数として採用したが、卸価格以外の戦略オプションも考えられる。ひとつは専

    用商品の供給である。ダブルチョップ(共同開発ブランド)、PB(プライベートブ

    ランド)などである

    あったが、有効な時代に入ったとみるべきである。

    もうひ

    となるような情報サービスを提供し、売り方を提案していくことである。

    .差別的チャネル戦略の成功の鍵

    重要となる。主力チャネルは非価格競

    組織

    つの方 岐点は、今後の流通市場への見方と自社の差別化能力にある。

    ネルと補助チャネルを活用する差別的チャネル戦略の有効性を提案してきた。

    この戦

    第一

    見方は

    たして

    食品S

    ともそ カーとしては、意図的に多元化

    シナリオ

    第二 まで

    の取引規模を中心とするセグメンテーションから、小売企業が採用する戦略によるセグメ

    ンテーションへの移行である。そのうえで、主力チャネルとなるセグメントを発見するこ

    とが 争志向が大前提である。こうした小売企業を一

    規模が得られるようグループ化することが求められる。単一企業への主力チャネル化は、

    サポート

    部 頭における付加価値を増すよ

    小売業との取引拡大による悪循環、ジレンマから脱却するには、前述したように三

    向がある。戦略の分

    々は小売市場の多元化と自社の製品差別化能力を発揮するというスタンスで、主力チャ

    略を成功に導くための鍵は、以下の五つである。

    は、今後の流通市場は多元化する、というシナリオを持つことである。おおかたの

    、価格競争を武器とする大手組織小売業の寡占化、独占化というものであるが、果

    そうであろうか。クイーンズ伊勢丹に代表される都心SMや、接客回帰で成長する

    Mのフレスタ、あるいはCVSをどう説明することができるのであろうか。少なく

    ういう志向性を持った小売企業は少なくない。メー

    を描き、それを実現する戦略を推進すべきである。

    は、流通市場のセグメンテーションと主力チャネルのグループ化である。これ

    ほどの規模がない限り、高い収益性を確保できないからである。

    第三は、小売企業間の差別化を促進するような戦略オプションを開発することである。

    価格差別化、専用商品供給という手立てを現実的に採用している企業は多いが、これから

    求められるのは情報的プロモーションやサービスによる差別化である。リテール

    門もPOSデータを中心とする効率的売り場作りから、店

    な売り方やサービス提供、あるいはその実践部隊の導入といった転換が必要となる。

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    18

  • 提言論文

    第四は、他社よりも先駆けて主力チャネルを確保することである。主力チャネルを早期

    に見極め、対応していく機動力が求められる。仮に競争相手が後発参入してきても、それ

    以前に協調関係を構築できていれば参入が阻止できるからである。

    第五は、新たなチャネル開発の可能性を追求することである。道の駅に代表される地産

    地消型チャネルや独自の差別的サービスで評判を得ている専門店がある。こうしたチャネ

    ルをいち早く発見し、主力チャネル化させる営業活動が求められる。

    流通再編期、単なる勝ち組に対応するのではなく、将来の主力チャネルと補助チャネル

    を効果的に活用することが求められる。EDLP(エブリディ・ロープライス)を標榜す

    る大手組織小売業のみにシフトすると売上高は確保できても利潤は残らない。主力・補助

    チャネルを活用する差別的チャネル戦略へ移行するシナリオ作りと布石が求められている。

    9.ケーススタディ

    最後に、差別的チャネル戦略の可能性を実証する事例を取り上げ、我々の提案する戦略

    が現実の戦略としてどのように展開できるかを確認したい。

    ひとつは医薬品業界の事例である。中堅ドラッグストアである「くすりの福太郎」を中

    心にした取り組みがある。ドラッグストアは価格競争の激しい業界であり、典型的なベル

    トラン型価格競争を繰り広げている。そのなかにあって、同社は3年前に発足した「十社

    ている。完全買取

    という。

    社独自の取り組みも面白い。NB(ナショナルブランド)商品の推奨販売を強化する

    ためのプロジェクトチームが編成されているのだ。単品あるいはシリーズで年間 5,000 万

    以上の粗利が確保できるNBを対象に7人1チームの販促チームが店舗を巡回し、陳

    ョップ商品を提供した。一

    」の仕入れ力を武器に大手ドラッグチェーンで力を入れていない差別化商品や収益力の

    高いオリジナル商品の品揃えを充実させ、推奨販売を強化して実績に結び付けている。「十

    社会」のオリジナル商品は小売が販売責任をとるため完全買取制になっ

    であるため、たとえ希望小売価格の3割引きで販売しても4割程度の粗利が得られるこ

    とになり、在庫はほとんどないという。一方、メーカーは宣伝投資を必要とせずに十分な

    利益が確保できる。例えばコーセーと共同開発したヘアケア商品「スーパーモイスト」は

    初年度 12 万本の販売目標を掲げていたが、実際には 70 万本、今期は 100 万本を突破する

    ・販売の指導をしている。現段階で9品目ある。

    また、あるメーカーでは特定企業グループに対してダブルチ

    の販促コストをかけずに、その企業グループで年間 30 万個、またオープン取引している

    他の小売企業へのNBも5万個売れているという。ここに主力チャネルに力を入れながら

    補助チャネルを有効に活用できる可能性が示されている。

    もうひとつの事例は、江崎グリコである。同社は組織小売業でマスブランドを確立しな

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    19

  • 提言論文

    がらも、新たなチャネルネットワークを構築している。ひとつはサブブランド化による、

    いわゆるご当地商品である。JRのキヨスク、道の駅あるいはサービスエリアの「グリコ

    屋」などの地域限定商品のチャネルを形成した。また、もう一方で「オフィスグリコ」と

    いうダイレクトチャネルを構築することに成功している。

    さらには「タイムスリップグリコ」を投入し、CVS等EDLP業態ではないチャネル

    網の再活性化を図ろうとしている。いずれも非価格競争チャネルであり、我々の解釈でい

    えば、主力チャネルはこうしたチャネルである。

    にライバル店がフリーライドするこ

    詳しい。

    く、消費者は1円でも安いチャネルで購入する同質的市場において、価格を戦略変数

    この場合の均衡は完全競争と一致し、企業の利潤はゼロとなる。

    経済モデル分析上の利潤は経済学上の利潤であり、資本の正常な支払いを含めたすべての費用を控除

    「Japanese Wholesale Distribution」(2002)参照。

    6 松田久一「情報ディファレンスによる差別化戦略」(2003)参照

    大手組織小売業への集中化ではない、主力・補助チャネル政策の考え方に類似する事例

    はすでに出てきている。メーカーはチャネル戦略の新しい原則に則り、戦略転換すべき時

    期にきている。

    【附 注】

    1 本稿では垂直的取引関係を中心に議論するが、関連する問題としてリスク分担、外部性、モラルハザ

    ードがある。リスク分担とはメーカーと小売の間でどのようにリスクを分担するかの議論で、一般に

    契約主体間でリスク性向に差がある場合には、より中立的な方が多くのリスクをとることが良いとさ

    れている。返品制、委託制などが代表的方策である。

    外部性とは、ある小売店が販売努力(情報提供等)をしたとき

    とを排除できないといった水平的外部性に基づくフリーライド問題が代表的な議論である。その回避

    策として再販制やテリトリー制、フランチャイズ制等が議論されている。フリーライドについては、

    松田「情報ディファレンスによる差別化戦略」(2003)が

    モラルハサードとは、小売店の販売努力が売上に大きな影響を及ぼす場合にインセンティブをどう

    与えるかの問題で、リベート、報奨金、小売間競争の促進、内部化等の方策がある。

    2 製品差別化がな

    とする競争をベルトラン競争という。

    詳しくは小田切「新しい産業組織論」(2001)参照。

    3

    したものであり、会計上の利益とは異なる。

    4 丸山雅彦

    5 実証分析として、西村(1990)による流通マージン率の時系列分析がある。「日本の流通」東大出版会所

    収。弊社の分析でも一貫して流通マージン率は上昇していることが確認でき、なかでも小売マージン

    は 1960 年の 13%から 2002 年には 29%にまで上昇している。

    copyright (C)2004 Japan Consumer Marketing Research Institute. all rights reserved.

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  • 提言論文

    【主

    小田

    keting)の提案

    要参考文献】

    田久一 (2003)「情報ディファレンスによる差別化戦略」JMR 生活総合研究所

    山雅彦 (2002)「Japanese Wholesale Distribution」

    切宏之(2001)「新しい産業組織論」有斐閣

    生達彦 (1994)「流通の経済理論」名古屋大学出版会

    丸山雅彦 (1992)「日本市場の競争構造」創文社

    参照コンテンツ】

    言論文

    「戦略的マーケティングの経済学」(Economics of Strategic Mar

    情報ディファレンスによる差別化-情報のマーケティング

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