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1 2016.5 アジアリスク情報 2016 No.1フィリピンとインドネシアの地震リスク 本号では、フィリピンとインドネシアにおける地震リスクに関して、両国周辺のプレートの概要と 過去の主だった地震災害について説明します。 1.INFORM の評価 ASEAN 地域の自然災害リスクについて、 European Commission Inter-Agency Standing Committee Task Team (IASC) が中心となって作成した INFORM の評価結果を【表 1】に示します。 【表 1】に基づけば、 ASEAN 地域の中で地震リスクが特に高いと考えられるのは、フィリピン、 ミャンマー、インドネシアの 3 ヵ国になります。この 3 ヵ国の地震リスクが高いと評価されてい る要因の一つとして、3 ヵ国がプレートの境界線近くに位置しているため、地震・火山活動が活 発であることが挙げられます。(【図 1】参照) 【表 1INFORM – ASEAN の自然災害リスク評価 COUNTRY Earthquake Flood Tsunami Tropical Cyclone Drought Natural Philippines 10.0 7.4 9.8 9.8 3.3 8.9 Myanmar 9.3 9.8 9.3 7.0 0.0 8.2 Indonesia 8.5 8.1 9.9 2.5 2.3 7.4 Malaysia 4.2 6.6 6.0 0.6 2.6 4.3 Lao PDR 3.7 9.1 0.0 2.8 1.4 4.4 Thailand 3.4 9.3 7.3 2.6 5.3 6.3 Viet Nam 3.1 10.0 7.0 8.3 3.3 7.3 Brunei Darussalam 0.1 1.6 0.0 0.2 1.1 0.6 Cambodia 0.1 9.4 0.9 1.8 3.5 4.4 Singapore 0.1 0.1 0.0 0.0 0.0 0.1 【図 1】地震の発生箇所とプレート (出典:気象庁) No.16-008

アジアリスク情報 2016 No.1 フィリピンとインドネシアの地 …msadglobal.jp/asia/asia_bosai/Asiariskinfo2016_01.pdfNo. 1 2016.5 アジアリスク情報 <2016

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    2016.5

    アジアリスク情報 <2016 No.1>

    フィリピンとインドネシアの地震リスク

    本号では、フィリピンとインドネシアにおける地震リスクに関して、両国周辺のプレートの概要と

    過去の主だった地震災害について説明します。 1.INFORM の評価

    ASEAN 地域の自然災害リスクについて、European Commission と Inter-Agency Standing Committee Task Team (IASC) が中心となって作成した INFORM の評価結果を【表 1】に示します。 【表 1】に基づけば、ASEAN 地域の中で地震リスクが特に高いと考えられるのは、フィリピン、

    ミャンマー、インドネシアの 3 ヵ国になります。この 3 ヵ国の地震リスクが高いと評価されている要因の一つとして、3 ヵ国がプレートの境界線近くに位置しているため、地震・火山活動が活発であることが挙げられます。(【図 1】参照)

    【表 1】INFORM – ASEAN の自然災害リスク評価

    COUNTRY Earthquake Flood Tsunami Tropical Cyclone

    Drought Natural

    Philippines 10.0 7.4 9.8 9.8 3.3 8.9 Myanmar 9.3 9.8 9.3 7.0 0.0 8.2 Indonesia 8.5 8.1 9.9 2.5 2.3 7.4 Malaysia 4.2 6.6 6.0 0.6 2.6 4.3 Lao PDR 3.7 9.1 0.0 2.8 1.4 4.4 Thailand 3.4 9.3 7.3 2.6 5.3 6.3 Viet Nam 3.1 10.0 7.0 8.3 3.3 7.3 Brunei Darussalam 0.1 1.6 0.0 0.2 1.1 0.6 Cambodia 0.1 9.4 0.9 1.8 3.5 4.4 Singapore 0.1 0.1 0.0 0.0 0.0 0.1

    【図 1】地震の発生箇所とプレート

    (出典:気象庁)

    No.16-008

  • 2

    2.地震のメカニズムについて ここでは、日本の地震調査研究推進本部及び気象庁が作成・公表している資料を参考にして、地

    震発生のメカニズムについて概要を記載します。

    (1)プレートテクトニクス 地震は地下で起きる岩盤の「ずれ」により発生する現象です。地球は、核、マントル、地殻とい

    う層構造になっていると考えられています。地殻と上部マントルの地殻に近いところは硬い板状

    の岩盤になっており、これを「プレート」と呼びます。地球の表面には、十数枚のプレートがあ

    ります。 プレートは地球内部で対流しているマントルの上に乗っており、マントルの動きによってプレー

    トも少しずつ動いています。そのため、地球の表面ではプレート同士がぶつかったり、すれ違っ

    たり、片方のプレートがもう一方のプレート下に沈み込んだりしています。プレート同士がぶつ

    かっている地点付近では強い力が働いており、この力により地震が発生します。

    【図 2】地球の内部構造 【図 3】プレート運動の模式図

    (出典:気象庁)

    (2)断層運度による地震

    たとえば、日本の南海トラフでは、太平洋側のプレート(フィリピン海プレート)が陸側のプレ

    ート(ユーラシアプレート)の下に沈みこみ、陸のプレートが常に内陸側に引きずり込まれてい

    ます。この状態が進行し、蓄えられたひずみがある限界を超えると、フィリピン海プレートとユ

    ーラシアプレートとの間で断層運動が生じて、ユーラシアプレートが急激に跳ね上がり、地震が

    発生します。これをプレート間地震とい

    います。 また、フィリピン海プレート内部に

    蓄積されたひずみにより、フィリピン

    海プレートを構成する岩盤中で断層運

    動が生じて地震が発生することがあり、

    これを沈み込むプレート内の地震とい

    います。 陸のプレート内にも、プレート運動

    に伴う間接的な力によってひずみが蓄

    えられ、そのひずみを解消するために

    陸のプレート内で断層運動が生じて地

    震が発生します。陸のプレート内で規

    模の大きな断層運動が生じると地表付

    近にまでずれが現れます。

    【図 4】プレートと地震の発生場所(出典:気象庁)

  • 3

    規模の大きな地震は、非常に長い時間で見れば、同じ場所で繰り返し起こる傾向があることがわ

    かっています。 海溝やトラフなどのプレート境界付近で発生する地震は、平均すると数十年から数百年程度の比

    較的短い時間で発生します。一方、陸側の活断層で発生する地震は千年程度から数万年という長

    い間隔で発生します。これらの間隔は、プレート運動によって岩盤中にひずみが蓄えられる速さ

    や、岩盤が耐えられるひずみの大きさの違いによって、断層ごとに異なります。 (3)活断層とは

    断層運動によって地震が発生しますが、地下深部で地震を発生させた断層を「震源断層」、地震

    時に断層のずれが地表まで到達して地表にずれが生じたものを「地表地震断層」と呼びます。こ

    れら断層のうち、特に数十万年前以降に繰り返し活動し、将来も活動すると考えられる断層のこ

    とを「活断層」と呼びます。 地下で地震が発生しても地表までずれが及ばないことがあります。また、地表にずれが生じても、

    長い間の侵食や堆積によって地表付近に残された痕跡が不明確になることがあります。そのため、

    地下に隠れていて地表に現れていない活断層が存在しており、将来地震を発生させる可能性があ

    ります。 (4)津波について

    地震が起きると、震源付近では地面が隆

    起したり、沈下したりします。震源が海

    底下で浅い場合、海底が隆起したり、沈

    下したりすることがあります。その結果、

    周辺の広い範囲にある海水全体が短期間

    に急激に持ち上がったり、下がったりし

    ます。海底の隆起や沈下により発生した

    海面のもり上がりまたは沈み込みによる

    波は、周辺に広がっていきます。これが

    津波です。

    通常の波浪とは異なり、津波は海底から海面までの海水全てが移動する、大変スピードのあるエ

    ネルギーの大きな波です。津波の波長は数キロから数百キロメートルと非常に長いです。このた

    め、津波は勢いが衰えずに連続して押し寄せ、海底での津波の高さ以上の標高まで駆け上がりま

    す。浅い海岸付近に来ると、波の高さが急激に高くなる傾向があります。また、津波が引く場合

    も強い力で長時間引き続けるため、破壊した家屋などの漂流物を一気に海中に引き込みます。

    【図 6】津波 海底から海面までの海水全体が押し寄せる

    【図 7】波浪 海面付近の海水だけが押し寄せる

    (出典:気象庁)

    【図 5】津波のメカニズム(出典:気象庁)

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    3.フィリピンの地震について (1)フィリピン周辺のプレート

    フィリピン近辺には、フィリピン海プレ

    ート、ユーラシアプレート、スンダプレー

    トがあります。フィリピン周辺のこれらプ

    レートは、複雑に活動しています。 フィリピン諸島東部の Philippine Trench

    からルソン島東部の East Luzon Trough にかけて、フィリピン海プレートはスンダプ

    レートの下部に沈み込んでいます。一方で、

    ルソン島西部の Manila Trench 周辺ではスンダプレートがフィリピン海プレートの下

    部に沈み込んでいます。 また、フィリピン諸島の中央部には、全長

    1,200km 以上で地震活動も活発な Philippine Fault と呼ばれる断層があります。

    (2)過去に発生した地震による被害

    フィリピンで発生している自然災害に関して、EM-DATに登録されている 1990 年~2014 年のデータを基にして作成したグラフを【図 9】【図 10】に示します。(*1) 地震の発生件数は、自然災害全体の 3%を占めており、死亡者数では全体の約 7% を占めています。

    【図 9】災害形態ごとの発生件数の割合 【図 10】災害形態ごとの死亡者数の割合

    フィリピンの自然災害における地震の発生件数と死亡者数の割合が少ないということは、地震に

    よる大規模な被害が発生していないということを意味しているというわけではありません。

    EM-DAT に登録されている、過去の地震による死者数をグラフ化したものが【図 11】です。1976年と 1990 年に多数の死亡者が記録されています。

    *1: 地震(Earthquake)の数値に関して、地震(Ground Movement)と津波(Tsunami)は同時に発生した場合であってもそれぞれ別の災害として、件数登録および死者数が計上されている場合があります。

    Storm39%

    Flood24%

    Landslide5%

    Earthquake3%

    Volcanic Activity

    3%

    Other26%

    Occurrence

    Storm68%

    Flood5%

    Landslide5%

    Earthquake7%

    Volcanic Activity

    2% Other13%

    Total Deaths

    【図 8】フィリピン周辺のプレート (出典: U.S. Geological Survey /

    海溝名等をインタアジアにて加筆)

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    【図 11】フィリピン - 過去の地震による死亡者数

    1976 年:ミンダナオ地震 1976 年 8 月 17 日、フィリピンのミンダナオ島南方沖でモーメントマグニチュード 8.0 のミンダナ

    オ地震が発生。地震発生の数分後にモロ湾・セレベス海沿岸一体に津波が押し寄せ、ミンダナオ島

    南部等に大きな被害を与えました。津波の高さは最大で約 4m 超でした。

    1990 年:ルソン島地震(バギオ大地震) 1990 年 7 月 16 日、モーメントマグニチュード 7.7 を記録したルソン島地震(バギオ大地震)が発

    生。この地震では、110km以上におよぶ地震断層が地表に現れ、横ずれが最大で 5mに達しました。この地震により建物の崩壊や土砂崩れなどが発生し、被害を受けた範囲は約 20,000km2と、ルソン島の広範囲に影響を与えました。

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    4.インドネシアの地震について (1)インドネシア周辺のプレート(スマトラ島沖)

    スマトラ島沖のスンダ海溝(Sunda-Java Trench)ではインド-オーストラリアプレートとスンダプレートがぶつかっています。スンダ海溝では、プレート間地震や沈み込むプレート内の地震等によ

    り、度々巨大地震が発生しています。 また、スマトラ島には、スマトラ島を縦断するスマトラ断層(Sumatra Fault)があります。

    【図 12】スマトラ島周辺のプレート、海溝等 (出典:U.S. Geological Survey/

    断層名等をインタアジアにて加筆)

    (2)インドネシア周辺のプレート(ジャワ島沖)

    ジャワ島南部でも、スンダプレートとインド-オーストラリアプレートとがぶつかっています。

    スマトラ島周辺と違って、ジャワ島周辺のプレ

    ート境界における地震活動は比較的低いとされ

    ています。しかし、2006 年に発生したジャワ島中部地震のように、スンダプレート側の断層に

    起因した地震が発生しています。また、オース

    トラリアプレート内でも地震が発生しています。 (3)過去に発生した地震による被害

    インドネシアで発生している自然災害に関して、EM-DATに登録されている 1990 年~2014 年のデータを基にして作成したグラフを【図 14】【図 15】に示します。(*1) 地震(Ground Movement)の発生件数は、自然災害全体の 23%を占めており、津波(Tsunami)は 1% 程度です。一方で、死亡者数では、津波(Tsunami)で全体の約 88% を占めています。

    【図 13】ジャワ島周辺のプレート、海溝等 (出典:U.S. Geological Survey/

    海溝名をインタアジアにて加筆)

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    【図 14】災害形態ごとの発生件数の割合 【図 15】災害形態ごとの死亡者数の割合

    地震(Ground Movement)と津波(Tsunami)の両方を含めた、地震(Earthquake)による各年の死

    者数と被害額をグラフ化したものが【図 16】です。また、地震(Earthquake)による各年の被害額をグラフ化したものが【図 17】です。

    【図 16】インドネシア - 過去の地震による死亡者数

    【図 17】インドネシア – 過去の地震による被害額

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    2004 年:スマトラ島沖地震 2004 年 12 月 26 日、スマトラ島北西沖のインド洋で発生。地震の規模はモーメントマグニチュー

    ド 9.1~9.3。震源域はミャンマー領ココ諸島とアダマン諸島北端の間付近から、ニアス島の北西に位置するシムルー島北部までの約 1,320 km とされています。スンダ海溝で発生した地震であり、この地震により大津波が発生し、インド、スリランカ、タイ、マレーシアなど東南アジア各国で津波に

    よる被害が発生しました。

    2006 年:ジャワ島中部地震 2006 年 5 月 27 日、ジャワ島中部を南北に走る活断層の活動と考えられる地震が発生。地震の規

    模はモーメントマグニチュード 6.3。震央はジョグジャカルタ南南西 25km。直下型地震であり、多くの家屋が倒壊しました。

    2006 年:ジャワ島南西沖地震 2006 年 7 月 17 日、ジャカルタから南へ 355km の沖合で地震が発生。モーメントマグニチュード

    は 7.7。 地震の揺れと共に、海岸に最大 7m の高さの津波が押し寄せ、多数の死者や被害を発生させまし

    た。 2009 年:スマトラ島沖地震 2009 年 9 月 30 日、スマトラ島パダン西北西 45km で発生。地震の規模は、モーメントマグニチュ

    ード 7.6。プレート境界の地震ではなく、オーストラリアプレート内(沈み込むプレート内)の地震とされています。この地震では津波による被害は報告されておらず、パダンでホテル等の建物の

    倒壊などが報告されています。

    5.最後に 地震はいつ襲来するか予測が難しい災害の一つです。地震リスクがある地域においては、日頃か

    ら地震へ備えた緊急時対応計画や非常用物資などを準備しておくことが求められます。 地震を対象とした緊急時対応計画の策定のためには、まずは所在地の地震リスクに関する情報を

    確認することが必要になります。参考資料に記載する USGS (U.S. Geological Survey) の資料などもご参照いただくことで、より詳細な地震リスクに関する資料を確認することが可能になります。

    インターリスク・アジア 工藤信介

  • 9

    ■参考文献・資料■ 地震調査研究推進本部 「地震が分かる」(http://www.jishin.go.jp/resource/pamphret/) ■Web■

    EM-DAT – The International Disaster Database http://www.emdat.be/ (最終アクセス 2016 年 4 月 24 日) INFORM – Index for Risk Management http://www.inform-index.org/ (最終アクセス 2016 年 4 月 24 日) U.S. Geological Survey – World Seismicity Map http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/world/seismicity_maps/ (最終アクセス 2016 年 4 月 24 日)

    気象庁 – 地震発生の仕組み http://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/jishin/about_eq.html (最終アクセス 2016 年 4 月 24 日)

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