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スルホ基(-SO 3 - )を用いた機能性有機アニオンの開発 〜対カチオンの選択により、水にも有機溶媒にも溶けます〜 物質理学研究科 物質科学専攻 助教 あくつ 広樹 ひろき 有機ラジカル,フェロセン,電子アクセプター,電子ドナ ー,有機アニオン,有機伝導体 私達は十年来、機能性有機アニオンの開発を行ってきている。以下にその例を示す。 これらのアニオンは、相手に無機カチオン(H + , Na + , K + , etc.)を選んだ場合は水に良く溶 け、有機カチオン(PPh 4 + , Bu 4 N + , etc.)を選んだ場合は、有機溶媒に良く溶けるようにな る。我々は、これらの機能性アニオンと有機ドナー分子(TTF, BEDT-TTF (図の右下に 示している))を組み合わせることにより、多機能性有機伝導体の開発を行っている。 CONHCH 2 SO 3 Š CONHCH 2 SO 3 Š Fe SO 3 Š SO 3 Š Fe CONHCH 2 SO 3 Š Fe CHNHCOCH 2 SO 3 Š CHNHCOCH 2 SO 3 Š Fe CH 3 CH 3 S S S S S S S S S S S S TTF BEDT-TTF N O O N H N O O N H SO 3 - SO 3 - N O NH O SO 3 - N O O SO 3 - A1 A2 ラジカル 誘導体 アニオン フェロセン 誘導体 アニオン 電子 アクセプター 誘導体 アニオン 電子ド ナー 誘導体 アニオン S S S S O SO 3 Š S S S S O SO 3 Š S N Š O 3 S SO 3 Š O O O O C N C N C N C N SO 3 Š Š O 3 S O O Cl Cl Cl SO 3 Š N N SO 3 Š Š O 3 S 有機 ド ナー 分子 我々が開発したアニオンの一部はすで に応用されている。例えば A1 アニオンは、 京都大学の齋藤軍治教授(現 名城大学) のグループにより、磁性イオン性液体に応 用された。右に示したように、 1-alkyl-3-methylimidazolium カチオンと A1 との塩は、n = 3 の塩 57℃が融点の固体であったが、n ≥ 4 の塩は常磁 性のイオン性液体であった。 また A2 アニオンは、岡山大学の田中秀雄教授 のグループにより、アルコールの電解酸化の時の メディエーターとして用いられた。右に示したよ うに、 A2 の酸 HA2 を加えることにより、 58-92 % の収率で電解酸化反応が進んだ。 このように、我々が開発したアニオンがこれからも様々なところで応用されることを期待している。 Y. Yoshida, H. Tanaka, G. Saito, Chem. Lett. 36 (2007) 1096 N N H 2n+1 C n N O O SO 3 - A1 n = 3, 4, 5, 6 K. Mitsudo, H. Kumagai, F. Takabatake, J. Kubota, H. Tanaka, Tetrahedron Lett. 48 (2007) 8994 Cl OH N O NH O SO 3 H HA2 , 室温, 白金電極, 30mA Cl O

スルホ基(-SO )を用いた機能性有機アニオンの開発 - …...スルホ基(-SO3-)を用いた機能性有機アニオンの開発 〜対カチオンの選択により、水にも有機溶媒にも溶けます〜

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スルホ基(-SO3-)を用いた機能性有機アニオンの開発

〜対カチオンの選択により、水にも有機溶媒にも溶けます〜

物質理学研究科 物質科学専攻

助教 圷あくつ

広樹ひ ろ き

有機ラジカル,フェロセン,電子アクセプター,電子ドナ

ー,有機アニオン,有機伝導体

私達は十年来、機能性有機アニオンの開発を行ってきている。以下にその例を示す。

これらのアニオンは、相手に無機カチオン(H+, Na+, K+, etc.)を選んだ場合は水に良く溶

け、有機カチオン(PPh4+, Bu4N+, etc.)を選んだ場合は、有機溶媒に良く溶けるようにな

る。我々は、これらの機能性アニオンと有機ドナー分子(TTF, BEDT-TTF (図の右下に

示している))を組み合わせることにより、多機能性有機伝導体の開発を行っている。

CONHCH2SO3Š

CONHCH2SO3Š

FeSO3

Š

SO3Š

FeCONHCH2SO3

Š

FeCHNHCOCH2SO3

Š

CHNHCOCH2SO3Š

Fe

CH3

CH3

S

S

S

S

S

S

S

S

S

S

S

S

TTF

BEDT-TTF

NO

O

NHNO

O

NH

SO3-

SO3-

NO NH

O

SO3-NO O

SO3-

A1 A2

ラジカル

誘導体

アニオン

フェ ロセン

誘導体

アニオン

電子

アクセプター

誘導体

アニオン

電子ド ナー

誘導体

アニオン S

S

S

S O SO3Š

S

S

S

S OSO3

Š

S

N

ŠO3S SO3Š

O

O

O

O

CN

CN

C NCN

SO3Š

ŠO3S

O

O

Cl

Cl

Cl

SO3Š

N

N

SO3Š

ŠO3S

有機

ド ナー

分子

我々が開発したアニオンの一部はすで

に応用されている。例えば A1 アニオンは、

京都大学の齋藤軍治教授(現 名城大学)

のグループにより、磁性イオン性液体に応

用 さ れ た 。 右 に 示 し た よ う に 、

1-alkyl-3-methylimidazolium カチオンと A1 との塩は、n = 3 の塩

は 57℃が融点の固体であったが、n ≥ 4 の塩は常磁

性のイオン性液体であった。

また A2 アニオンは、岡山大学の田中秀雄教授

のグループにより、アルコールの電解酸化の時の

メディエーターとして用いられた。右に示したよ

うに、A2 の酸 HA2 を加えることにより、58-92 %の収率で電解酸化反応が進んだ。

このように、我々が開発したアニオンがこれからも様々なところで応用されることを期待している。

Y. Yoshida, H. Tanaka, G. Saito, Chem. Lett. 36 (2007) 1096

NNH2n+1Cn

NO OSO3

-

A1n = 3, 4, 5, 6

K. Mitsudo, H. Kumagai, F. Takabatake, J. Kubota, H. Tanaka, Tetrahedron Lett. 48 (2007) 8994

Cl

OHNO NH

O

SO3H

HA2

水, 室温, 白金電極, 30mA Cl

O

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SQUID を用いたジョセフソン効果の高感度検出 〜超高感度(10-12V)の電圧計でみる超伝導の量子効果〜

物質理学研究科 物質科学専攻

教授 住山昭彦すみやまあきひこ

超伝導,ジョセフソン効果,量子効果,SQUID,希土類化

合物

我々の研究室では,希釈冷凍機によって到達可能な 1K 以下の極低温で,超伝導の

様々な性質を調べてきた。中でも私が特に注目しているのは,2つの超伝導体の間

に薄い常伝導金属を挟んだ時に,超伝導体間を超伝導電流(抵抗零の電流)が流れ

る現象(ジョセフソン効果)である。これは,下図のように,本来電気抵抗を示す

はずの常伝導金属に,両側の超伝導体から超伝導電子がしみ出て,零抵抗という超

伝導の性質が現れたことを意味しており,超伝導の量子力学的な波としての性質(量子効果)が現れた現

象である。ただ,この現象を検出するには厚み 1 m 以下の常伝導金属膜の持つ 程度の抵抗の消失を検

出する必要があり,SQUID(超伝導量子干渉素子)を用いた pV(10-12V)レベルの感度を持つ電圧計の使用

が不可欠である。 さらに,零抵抗で流れる最大の電流(臨界電流)は,下図に示したように,磁場をかけると特徴的な図

形を描いて増減を繰り返す。この図形は,幅の狭いスリットにレーザー光を入射したとき,スリットより

広い部分,またその外側にも明るい部分が観察される現象(光の回折現象)において,光の強度を表すフ

ラウンホーファー回折図形と一致しており,超伝導電子の波の性質が直接的に検出されたことになる。 我々は現在,希土類化合物(Ce 化合物)やアクチノイド化合物(U 化合物)のうち,量子力学的な波の

状態がこれまでとは異なる超伝導体の性質を調べており,ジョセフソン効果を通じた研究では,このフラ

ウンホーファー回折図形に特徴的な変化が現れることが期待される。

超伝導の応用は,零抵抗を利用した磁石,送電などの重電

分野と,量子効果を利用したジョセフソン素子,SQUID(超

伝導量子干渉素子)などの弱電分野に分けられる。我々の研

究は,後者の量子効果を通じて,最近見つかった特異な超伝

導体の性質の解明を目指しており,基礎研究に属するもので

あるが,超伝導の量子効果の新しい応用を考える上での土台作りとなることも期待

している。 また,我々が使用している SQUID は,ここで述べた電圧の高感度測定以外に,

試料の磁性の測定にも応用されており,我々の研究室でも右図の市販のシステムに

より,1 テスラの磁場中で室温から極低温(~2K)まで,高感度で材料の磁性を測定

分析することが可能である。このシステムは自動化されており,24 時間運転可能で,

学内の共同利用に供されている。

レーザー光

超伝導体 超伝導体

常伝導金属

–8 0 80

40

臨界

電流

( A

)

磁場 ( T )

スリット 超伝導電子

ジョセフソン効果

光の回折現象

フラウンホーファー回折図形

磁場( T)

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ナノ粒子の精密合成・光機能性に関する研究 〜ナノ化学:簡単かつ精密に行うナノスケールの「ものづくり」〜

物質理学研究科 物質科学専攻

准教授 八尾浩史 や お ひ ろ し

金属ナノ粒子,魔法数クラスター,有機ナノ粒子,光機能

性物質,サイズ効果,強発光,不斉

「ナノ」とは 10–9 を表す接頭語であり、10–9 メートル = 1 ナノメートル(nm)の関

係を満たす。これがどの程度の大きさであるかを知るための物差しを始めに準備して

おこう(図1)。原子・分子よ

りもサイズが大きく、従って、

これらを巧みに操作してナノ

スケールの「ものづくり」を行う必要がある。また

それが、抗体やウィルスの様に「集合体」としての

特徴的な機能が発現する必要もある。最近、化学的

な方法でナノ構造体を作製するボトムアップの手

法(ナノ化学)が市民権を得てきた。本研究者も、

種々のナノ粒子(金属ナノ粒子・有機ナノ粒子)の精密合成、それが示す新規な物性、特に光機能性の発掘・

機構解明に注力して研究を進めている。ここでは、「表面保護金属ナノ粒子の合成・サイズ精密化・不斉応

答」及び「有機ナノ粒子の新規作製法開発と強発光現象」について、その概要を述べる。 (i) 表面が有機分子で保護された金属ナノ粒子の化学的合成法が大きく進歩し、サイズの揃ったナノ粒子

を大量に作製する事ができる様になった。本研究者は、金属ナノ粒子の精密合成と不斉機能化に取り組み、

世界に先駆けて金・銀ナノ粒子が有する大きな不斉電子状態を明らかにした。一例として、アキラルボロン

酸保護金属ナノ粒子(直径 1.1 nm)の作製とその不斉変換(ポストキラル変換)の研究を図2に示す。表面

フェニルボロン酸(Ph-B(OH)2)は、キラル単糖類のグ

ルコースやフルクトースなどと結合して安定なボロン

酸エステルを形成する。これを利用し、金・銀ナノ粒子

の不斉応答(円二色性)・コントロールに成功した。金

属ナノ粒子を機能性新材料と捉え、例えば、バイオセン

シング・医療診断等への応用が期待される。 (ii) 有機材料は、目的の物性をもつ分子構造の探索が可能であり、また、最近は照明やディスプレイを始めとする

発光現象をベースとした製品の開発の鍵を握る有望な物質

である。本研究者は、その様な有機材料にも着目し、新

しい化合物を合成するのではなく、既知の有機材料を利

用して発光効率を高めるナノ粒子化の手法を開発した。

イオン性の有機化合物と疎水的な対イオン(例えばフェ

ニルホウ酸イオン誘導体)を水中で「混ぜる」だけでナ

ノ構造を有する有機材料(有機ナノ粒子)が作製でき、これを「イオン会合法」と名付けた。作製される粒

子のサイズも溶液中のイオン強度で制御可能である。さて一般に、有機物は溶液中ではたとえ強発光であっ

ても固体にするとその多くは光らなくなる(濃度消光)。本手法でカルボシアニン色素(JC-1)のナノ粒子

を作製し、その発光挙動を調べたところ、濃度消光の問題が解決され、サイズが小さくなるに従って緑色の

発光強度が増加するという、有用かつ有機物では珍しい現象を見出した(図3)。 種々ナノ粒子は、次世代の電気・電子や医療・化粧品産業を担う高機能物質として注目

されているが、その開発のキーポイントは、低環境負荷の下、如何に精密に、如何に簡

単に「ものづくり」を行うか、と言う点にある。本研究者は、この条件を満たすべくナ

ノ粒子をベースとする「ナノ化学」の研究に取り組んでおり、その技術を日々向上・洗練させ、世界的にも優

位性を保っていると自負する。尚、本シンポジウムでは「強発光性有機ナノ粒子」に関する発表を行う。

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高平行度X線マイクロビーム用

ベントシリンドリカルミラーの集光特性評価

物質理学研究科 物質科学専攻

教授 篭かご

島しま

靖やすし

シンクロトロン放射光,SPring-8(スプリングエイト),

X線分析,X線顕微鏡,マイクロビーム

兵庫県は、第三世代大型放射光源 SPring-8(スプリングエイト:佐用町光都)に硬

X線アンジュレータ型挿入光源のビームライン(兵庫県ビームライン;BL24XU)を

設置した(Y. Tsusaka et al., Nucl. Instrum. & Methods A 467-468 (2001)

670-673.)。これは、SPring-8 で得られる高輝度X線を用いて初めて達成できる高

輝度マイクロビームに関する装置技術の開発等の研究を中心に据え、放射光関連の

新産業の創造や革新的な医療技術の開発と、高輝度放射光利用研究の産業界への普及を図ることを目的と

している。また、SPring-8 の特色を生かした研究課題を材料とバイオ・メディカル分野から選択して、産

学官の研究者・技術者の参画を得たプロジェクト研究を実施し、放射光研究者・技術者層の拡大も目指し

ている。本X線光学研究室は、兵庫県より同ビームラインの技術的管理運営を委託されている。

兵庫県ビームラインを用いて,①X線顕微鏡の開発と物質・生命科学への応用研究,②電子材料等の局

所構造に関する研究などに取り組んでいる。ここでは,②の研究に必須の高平行度X線マイクロビームの

形成に関する研究成果を報告する。

現在 BL24XU の B1 ハッチでは、高平行度 X 線マイ

クロビームを形成し、微小領域高精度X線回折を用

いて半導体試料などの局所領域の結晶性評価を行っ

ている。その光学系を右図に示す。X 線のビームサイ

ズは空間分解能に、平行度は評価試料の歪み感度に

対応し、ともに小さいことが望まれるが、現在の光

学系では、水平方向のビームサイズと発散角の積(エ

ミッタンス)は X線の波長以下であり、すでに回折限

界に達している。しかし評価試料には、結晶性の高

いものや低いものがあるため、それに応じたビーム

形成が重要である。そこで、本研究では、ビーム整

形用スリットの開口制御により集光ミラーへの照射

面積を変化させることで、ビームサイズ、発散角を

制御することを目的とした研究を行った。詳しくは

ポスターにて説明する。

兵庫県ビームラインは,SPring-8 の高輝度放射光の産業利用を目的に設置された。

BL24XU(アンジュレータ光源)に加えて BL08B2(偏向電磁石光源)も有しており,

それぞれ特徴的な実験装置群を備え,毎年多数のユーザーが利用実験を行っている。

平成 23 年度の利用機関数

BL08B2:20 機関(産業界 17 社、大学 2、国公立研 1)

BL24XU:16 機関(産業界 12 社、大学 3、国公立研 1)

兵庫県ビームラインで可能な実験 (※1,2)

BL08B2:X 線小角散乱実験,XAFS 実験,粉末 X 線回折実験,X線トポグラフィー実験

BL24XU:微結晶構造解析実験,高平行度マイクロビーム X 線回折,X 線顕微イメージング(CT,X 線マイク

ロビーム利用[広角散乱,小角散乱,蛍光分析])

※1)兵庫県ビームラインの利用には,(公財)ひょうご科学技術協会と研究支援業務委託や共同研究等の

契約を結ぶ必要があります。その際,研究費をご負担頂きます。

※2)技術相談には随時対応します。また,本契約前のトライアル実験も可能てす。

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超音速窒素分子線で誘起される Al(111)表面の

窒化反応解析 〜高輝度軟 X線放射光による高分解能光電子分光〜

物質理学研究科 物質科学専攻

客員教授 寺岡てらおか

有ゆう

殿でん

光電子分光法,シンクロトロン放射光,窒化アルミニウム,

超音速分子線,Al(111),窒素, 熱変性

窒化アルミニウム(AlN)はヒートシンク材としての用途のほかに、紫外フォトダイ

オード、圧電センサーなど多機能材料として注目されている。N2 分子と金属アルミ

ニウムは反応しないため、AlN の製造にはスパッタリングやプラズマ CVD など様々な

方法が研究されている。我々は超音速 N2分子線(SSNMB)を用いて金属アルミを室温で

も N2 分子のみで直接窒化できることを見出した。この方法により、従来は困難であ

った AlN 極薄膜の形成制御が安全・安価に可能となりつつある。また、この AlN 極薄膜形成過程を軟 X 線

シンクロトロン放射光を用いた高分解能光電子分光法(SR-XPS)により分析した結果、反応温度が 473 K の

場合に最表面から 1 nm 程度の深さまで N原子が拡散することが分かり、膜質は反応温度に依存することが

分かった。本研究では、反応温度が 300 K から 623 K の範囲で SSNMB を Al(111)単結晶面に照射し、膜質

が反応温度にどのように依存するかについて調べた。さらに各反応温度で作製した極薄膜を段階的に 773 K

まで加熱して薄膜の熱変性についても評価した。全ての実験は SPring-8 の BL23SU に設置した表面化学実

験ステーション(SUREAC2000)で行った。まず、Al(111)清浄表面を 300 K から 623 K までの温度範囲の中で

所定の温度に保ち、並進運動エネルギー:2.0 eV の SSNMB を段階的に照射し、その都度 SR-XPS で Al2p、

O1s、N1s 光電子スペクトルを測定した。その後、そのようにして作製した AlN 極薄膜を 300 K から最大 773

K まで段階的に加熱し、SR-XPS 測定を行

うことで極薄膜の熱変性を評価した。図

1 に各反応温度における AlN 膜の成長と

N原子回りのAl配位数のN2供給量依存性

を示す。全ての温度で 3配位の N3-成分が

支配的である。4配位の N4-は高温で低比

率になる傾向がある。熱変性について

は、成膜時よりも高温にしたとき膜質に

顕著な変化が見られた。すなわち、N1-と

N4-成分が減少し、N2-成分が保持され、N3-

成分が増加した。これは、N 原子の回り

に Al 原子が三個配位する構造が最も安

定であることを表している。反応温度が

473 K の場合には N1-成分は界面近傍に分

布し、N4-成分は表面近傍に多く存在する

ことが分かっている。反応温度以上の加

熱によって N 原子分布の均質化が進行

し、最安定な 3配位構造が支配的になる。

図 1 各反応温度(423 K, 473 K, 573 K, 623 K)における N

原子回りの Al 配位数の N2供給量依存性

本実験装置では半導体・金属などの固体(板状、粉状)の高分解能光電子分光分析

が可能です。さらに、それらの表面が酸素ガスや窒素ガスと化学反応して時々刻々

薄膜が形成されていく様子をリアルタイムでその場観察することもできます。試料

温度を 1000℃程度まで上げて表面化学反応や薄膜の変化を解析することができま

す。光電子分光法は、電子・光デバイス、触媒、真空材料、太陽電池、水素貯蔵材

料などの開発に非常に有効な表面分析方法です。さらに、この装置で可能となる高温状態でのガスとの化

学反応ダイナミクスにまで立ち入った反応メカニズムの検討は薄膜の高品質化に貢献します。

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イムノクロマトグラフィーへの電気化学定量法の融合 〜どんな病気にかかっているの?速く,簡単に,確実に測定したい〜

物質理学研究科 物質科学専攻

教授 水谷みずたに

文ふみ

雄お

イムノクロマトグラフィー,免疫反応,抗体,酵素反応,

電気化学計測,アンペロメトリー

健康診断における血液検査では,血糖,血球をはじめとし,心臓,肝臓,腎臓,

消化器等の多項目の検査が行えます.これらの診断のための測定法の一つに酵素免

疫測定法があります.この方法では,測定対象物質と反応して捕捉できる抗体と「捕

捉」という現象を検出可能な信号に変換できる酵素を利用しています.すなわち,

抗体を固定化した基板上に,測定対象物質を含む溶液(血液や尿)を添加します.

すると,測定対象物質のみが抗体と反応し基板上に捕捉されます.さらに,抗体と酵素の複合体を添加し

て基板上に抗体-測定対象物質-抗体酵素複合体の構造を作製します.ここに,酵素の基質(酵素反応の

原料)を加えて酵素反応を進行させて,色のついた発色性の生成物を作ります.よって,発色の程度から,

捕捉された酵素量,すなわち,測定対象物質量がわかります.しかし,お気づきの通り,この手法では,

基板上に捕捉された酵素量が測定対象物質量を教えてくれるため,溶液中に残った抗体酵素複合体を洗い

流さなければなりません.また,固定化された分子と溶液中の分子の反応(不均一反応という)ですから,

十分反応するまでにかなりの時間を必要とします.2-3 回の洗浄操作と 2-3 時間の測定時間が必要です. これを速く,簡単に,そして,コンパクトにした方法が,イムノクロマトグラフィーです.冬に風邪の

症状で町医者にかかり,インフルエンザの検査をしたことはありませんか?鼻腔の粘液を採取されて 15分後位に細長いカートリッジの中央部に赤いラインが発色していると,医者に「インフルエンザですね」

って診断されます.これがイムノクロマトグラフィーです.図に,イムノクロマトグラフィーの測定原理

図を示します.左側のサンプルバッドにサンプル溶液を滴下します.溶液は金コロイドと抗体の複合体が

配置してあるコンジュゲートパッドを通過し,毛細管現象によりサンプルと複合体が一緒に細長い膜中に

準備しておいたテストラインに到達します.ここで,免疫反応によりサンプルと複合体が捕捉され,金コ

ロイドが凝集されるために赤い色が付きます.ここで,反応し

なかった金コロイド複合体は,自動的に下流へと流され吸収パ

ッドに到達します.すなわち,洗浄工程が不要なためサンプル

を滴下するだけで測定が行え簡単なのです.イムノクロマト法

は,いつでも,どこでも,誰でも検査を行うことができ,迅速

(15 分程度)に結果を得ることができる点に魅力的な特長があ

ります.しかし,この手法の欠点は,半定量的であることです.

すなわち,測定対象物質がサンプル溶液中にあるかないか(あ

る程度の濃度以上)しか知ることができません.そこで,この

簡単さと速さを保ったまま,イムノクロマトグラフィーに電気

化学的な定量法を組み込む研究開発を行っています.

これまでに,イムノクロマトグラフィーへの電気化学的な定量性の付与について,

学術論文や特許で報告がある.しかし,溶液を送液して免疫反応を完了させた後に

膜を切り取る必要や,電極と膜との接触に問題があった.膜と電極基板を接触させ

ると膜中を流れる溶液が表面張力により電極基板上を流れて漏れ出てしまい,安定

した電流応答が得られない.そこで,基板上に膜の支持体として直径 1 mm のポール

アレイを作製し,そのポールの中に電極を埋め込んだ.これにより,漏れ出すことなく膜中を安定して流

れ,さらに,安定した電流応答を得ることがでる.世界で初めて,膜中を流れる分子を電気化学的に検出

することができた.シグナル分子の生成に酵素反応を利用しているため,サンプル溶液導入後に酵素基質

を添加する必要があるが,2 ステップ,15 分で溶液中に含まれる測定対象物質濃度を定量することができ

る.現在,高感度化に取り組んでおり,この成功は簡便,迅速,高感度な免疫測定法の達成へとつながる.

この成果は測定対象物質の拡充をもたらし,酵素免疫測定法の代替として幅広く利用され,医療診断分野

のみならず,食品衛生管理,環境モニタリングの分野でも拡く活躍できると期待している.

サンプルパッドサンプルを滴下する

コンジュゲートパッド

金コロイド-抗体複合体が仕込まれている

テストライン

ここに免疫複合体が形成されて発色する

吸収パッド

未反応物質を吸収する

測定対象物質を流すと

図.イムノクロマトグラフィーの原理図

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フラストレート磁性体の理論的研究

〜大規模数値シミュレーションに基づく物性解明〜

物質理学研究科 物質科学専攻

助教 中野なかの

博生ひろき

量子スピン系,ハイゼンベルク反強磁性体,

フラストレーション,数値対角化法, 大規模並列計算

「あちらを立てればこちらが立たず」ということわざが示している,相互関係が

ままならない状況は人間社会に限らず、自然現象の中でも同じようなことがしば

しば発生している。その典型的な事例にフラストレート磁性体がある。

磁性体は一般に,小さな磁石の集まりと見なせる。その小さな磁石の1個ずつは,

電子が持つ特性の一つであるスピンが担っている。物質中には、アボガドロ数程度という非常に多数の電

子が存在しており,互いに影響を受け合いながら全体として状態が決まる。それに

よって、磁性体の性質が決定される。絶縁性磁性体物質は,電子が何らかの理由で

動きまわることが出来ずに,固体中の原子配置で決まる特定の箇所に局在化した結

果として出来たものであるが、電子が局在化していてもスピンの向きに関する自由

度は残り,そのスピンの向きの状況によって絶縁性磁性体の性質が決まる。このよ

うな系は量子スピン系と呼ばれている。量子スピン系の反強磁性体相互作用ボンド

が右上図のような正三角形を形成する場合には、冒頭の「あちらを立てれば…」の

状況が実現し、どのようなスピン状態となっているのか、非自明で解析の難しい問

題となっている。上下の向きだけでなく様々な方向を取り得るハイゼンベルク模型

を古典スピンとしてこの三角形の系を考えると、三方一両損の大岡裁きのような右

下図のスピン状態が実現していることが分かっている。

そのような状況で、三角形の形状を含むカゴメ格子や三角格子上の量子ハイゼンベ

ルク反強磁性体を中心に、我々は、系を記述する行列を数値的に対角化する計算を

並列型コンピュータの大規模活用によって実現し、固有値や固有状態を得て、その性質解明を進めてきた。

最近では、S=1スピンの空間異方性がある場合の三角格子ハイゼンベルク反強磁性体の基底状態秩序につ

いて調べ、我々の結果が、これまでに近似的アプローチによって得られていたものとは異なる様子を示し

ていることを明らかにした。

我々が行っている数値対角化法の計算は、実行しようとする計算機システムの中

の利用可能な計算資源をぎりぎりまで活用するものとなっていて、取り扱った行

列の規模(約7000億)が世界最大記録となっている。異なる計算機システム

への移植が容易なことも特徴となっている。

発表論文:

H. Nakano and T. Sakai: J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 083709.

H. Nakano, S. Todo, and T. Sakai: J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 043715.

H. Nakano and T. Sakai: J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) 053704.

H. Nakano, T. Shimokawa, and T. Sakai: J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) 033709.

H. Nakano and T. Sakai: J. Phys. Soc. Jpn. 79 (2010) 053707.

H. Nakano and A. Terai: J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 014003.

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ナノメートル領域を流れる電流の基礎 ~将来のエレクトロニクス・スピントロニクスに向けて~

物質理学研究科

物質基礎解析学部門・数理解析学分野

教授 馬越ま こ し

健次け ん じ

固体表面、ナノ系、電気伝導、エレクトロニクス、スピントロニクス

既に半導体デバイスのサイズは、30ナノメートル (nm) 程度まで小さい物

ができている。このような微小サイズの領域を流れる電流には量子力学の効

果が出てくる可能性がある。本当に1nmというサイズになれば、量子効果が顕

著に現れる。典型例は、走査トンネル顕微鏡や原子・分子で電極間を架橋し

た系、固体表面に人為的に作成した表面層および吸着原子系である。これらで起こる現象、特に電

気伝導度の量子化やスピン-軌道相互作用に起因するスピン流のような新規な現象は、エレクトロ

ニクスの将来あるいはスピントロニクスの発展に必要と考えられている。これらを正しく記述する

には、量子力学に従った定式化が必要であり、物理的内容がはっきりするLCAO強束縛近似を用いて

定式化を進めている。

図1.理論構築の模式図

各種現象には相関があり、統一的な記述を必要としている。

それを LCAO 強束縛近似により実現する。

LCAO 強束縛近似を用いると、局所状態と試料全体に広がった状態のどちら

も表現可能であり、物理的内容が明確になる。また、表面に作成したナノ系

におけるラシュバ効果にも適用でき、スピン偏極電流さらにはスピン流の議

論も可能である。これにより、現象の本質を理解し、将来に向けた改善の指

針が得られる。

量子力学の散乱問題

S-行列

走査トンネル顕微鏡・分光法

非弾性効果

吸着分子の特定 原子・分子操作

固体表面系

空間反転対称性の破れ

スピン-軌道相互作用

スピントロニクス

原子・分子架橋系

電気伝導度の量子化

エレクトロニクス

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金属表面におけるラシュバ効果に対する合金の効果 ~合金における巨大ラシュバ分裂の解明に向けて~

物質理学研究科物質科学専攻

数理解析学講座

准教授 島しま

信のぶ

幸ゆき

表面系、タイトバインディング、スピン軌道相互作用、スピントロニクス、ラシュ

バ効果

固体内部と比べて固体の表面では空間反転対称性が破れ、表面垂直方向に有効

的な電場がかかった状態とみなせる。この有効電場の存在によって、ラシュバ

型のスピン軌道相互作用が働き、エネルギーバンドが分裂する。特定の合金の

表面における巨大なラシュバ分裂の原因を探るべくタイトバインディングモデ

ルによるバンド計算を行っている。

(a) (b)

図 1. 2次元金属におけるバンド計算の結果

(a)自由な場合、(b)表面に存在する場合

(a)に比べて(b)は、2枚に分裂しているのがわかる。

この分裂の大きさは、表面垂直方向の電場の大きさによって変化する。

この現象の面白い点は、外からかける電場によりスピンなどの電子の状態を変え

られることである。このことはエレクトロニクスやスピントロニクスに応用でき、

高速・高効率な半導体の開発が期待されている。そのために基礎的な理論構築を行

っている

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圧力によって変わる Yb価数~重い電子超伝導体物質 YbAlB4

物質理学研究科 物質科学専攻 量子物性学分野

教授 小林こばやし

寿夫ひさお

重い電子系化合物-YbAlB4は、Yb系重い電子系化合物において初めて超伝導が確認

された物質(Tc=80mK)である[1]。結晶構造は斜方晶Cmmmで、Yb原子はB原子のつく

る七角柱に囲まれている。常伝導状態における物性は、常圧・極低温・零磁場下に

おいて非フェルミ液体性を示す。また、圧力下電気伝導測定の結果から、低温・2.5GPa

で電気抵抗の異常が発見されている[2]。さらに、低温・高圧力下X線構造解の結果、対応する温度・圧力に

おいて圧縮率の変化が観測されている[3]。

今回、Yb価数の圧力変化を調べるために、SPring-8の BL39XUにおいて低温・高圧力下 X線吸収・発光分

光測定を行った。測定は、Yb の L3吸収端近傍(2p →5d 遷移、E =8.9~9.0keV)で行った。圧力印加にはダ

イヤモンド・アンビル・セルを用い、5.4GPaまでの加圧に成功した。Yb価数 Fig.1に、測定で得られた 300K・

5.4GPa における吸収スペクトルとその解析結果を示す。X 線吸収測定結果から決定した、各圧力における

Yb価数の温度依存性を Fig.2に示す。これより、1.8 GPaと 3.0 GPaの間において、Yb価数が全温度範囲

で約 0.03 上昇し、3 価に近づいていることがわかる。したがって、圧力下電気伝導測定で異常が観測され

る 2.5GPa以上において、Yb価数揺動状態が大きく変化していることがわかる。さらに、3.0GPa以上では、

電気抵抗の異常が観測されている温度以下において、価数が 2価に近づいている振る舞いも観測された。

YbAlB4は Yb系重い電子系化合物で初めて超伝導が観測された物質であるため、その

物性は広く研究されている。しかし、低温・高磁場・高圧力を組み合わせた多重極

限環境下における微視的な測定はほとんど行われていない。したがって、今回紹介

した高圧力下における Yb価数の温度変化はとても重要な情報となり得るだろう。さ

らに、今後は、磁場下における Yb価数の測定も行う予定である。

[1] S. Nakatsuji, et al., Nature Phys. 4, 603(2008). [2] T. Tomita, et al., 2011年秋日本物理学会

[3] Y. Sakaguchi, et al., 2013年春日本物理学会

超伝導体、重い電子系、Yb価数、圧力、

X線吸収・発光分光測定

Fig.1:5.4GPa・300Kにおける吸収スペクトル。

Yb2+とYb3+の吸収ピークが合わさった状態で観測

される。Yb価数はその比から決定している。

Fig.2:各圧力におけるYb価数の温度依存性

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超音速酸素分子線による Ni単結晶表面の

酸化膜形成ダイナミクス 〜高輝度軟 X線放射光による高分解能光電子分光〜

物質理学研究科 物質科学専攻

客員教授 寺てら

岡おか

有ゆう

殿でん

光電子分光法,シンクロトロン放射光,酸化ニッケル,

超音速分子線,Ni単結晶,酸素

図 1 Ni(111)表面における酸素分子の初期吸着速度

の並進運動エネルギー依存性

Niは高価で資源の尐ない Ptの代替触媒材料として注目され、ナノニッケルが Pt並みの触媒

特性を示す例も報告されて販売されている。さらに、NiOには電界誘起巨大抵抗変化(Colossal

Electro-Resistance:CER)効果があるため、抵抗変化型メモリ(Resistance Random Access

Memory:ReRAM)へも応用され、DRAMに代わる不揮発性 RAMとして開発が進んでいる。一方、

Ni酸化物は単純に NiO組成だけではなく、膜質はデバイス特性を左右するため、膜質制御の研究は大きな興味が持た

れている。我々は Ni 単結晶の(111)面と(001)面を試料とし、それらの酸化反応に与える酸素分子の並進運動エネル

ギー効果を研究している。表面酸化速度は酸素ガス圧や基板温度ばかりでなく、酸素分子の持つスピードにも大きく

影響を受けるため、酸素分子の並進運動エネルギーは反応制御パラメータになる。実験は大型放射光施設 SPring-8

の原子力機構専用軟 X線ビームライン:BL23SUの表面化学実験ステーションを用いて行った。酸素分子の並進運動エ

ネルギーを最大 2.3eVとして Ni 清浄表面に超音速酸素分子線を照射し、酸化膜が成長する過程を単色軟 X線放射光

を用いた光電子分光法でその場観察した。Ni(111)面の初期酸化速度が酸素分子の並進運動エネルギーに依存する様

子を図 1 に示す。室温の酸素ガスに曝した場合が最も反応速度が小さく、1eV 付近で一旦極大を示し、2.3eV 付近で

さらに大きな反応速度を示した。Ni(001)面の場合は、酸素

ガスに曝した場合が最も反応速度が大きく、2.3eV付近での

増大現象は見られない。実験結果は、Ni(111)面では活性化

吸着機構により反応確率が大きくなり、ポテンシャルエネ

ルギー障壁が 1eVと 2.3eV以上の領域に存在することを示

唆し、Ni(001)面では低並進運動エネルギーでは物理吸着状

態を経由した解離吸着が起き、並進運動エネルギーが大き

くなると活性化吸着が主になるが、ポテンシャルエネルギ

ー障壁は 1eV 付近にひとつ存在することを示唆している。

酸素分子の並進運動エネルギーを大きくすることで活性化

吸着を起こすことができ、酸化膜厚や膜質を変化させるこ

とができることが見出された。

本実験装置では半導体・金属などの固体の高分解能光電子分光分析が可能です。さらに、そ

れらの表面が酸素ガスや窒素ガスと化学反応して時々刻々薄膜が形成されていく様子をリア

ルタイムでその場観察することができます。試料温度を 1000℃程度まで上げて表面化学反応

や薄膜の変化を分析することもできます。光電子分光法は、電子・光デバイス、触媒、真空

材料、太陽電池、水素貯蔵材料などの開発に非常に有効な表面分析方法です。さらに、この装置では高温状態でのガ

スとの化学反応ダイナミクスにまで立ち入った反応メカニズムの検討が可能となり、薄膜の高品質化に貢献します。

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10 20 300

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1

テルルの 330 GPaまでの X線回折実験:bcc-fcc 相転移 ~放射光を用いた元素物質の超高圧下の結晶構造解明~

物質理学研究科 物質科学専攻

教授 赤浜 裕一

超高圧, ダイヤモンドアンビル,元素物質,テルル,

X線回折, SPring-8放射光, 相転移,結晶構造解析

物質を構成する元素が高密度状態となる超高圧力下では“どのような性質そして結

晶構造”を持つのか?この疑問は古くから物質科学者を引き付けてやまないテーマで

あり,これまでに数多くの実験的理論的研究が展開されてきた。16族元素(酸素,硫黄,

セレン,テルル)では,系統的な結晶構造の転移が観測されており,それらの最高圧相

の構造は体心立方格子(bcc)と考えられていた。

我々は本研究で,原子番号 52 番テルル(Te) の結晶構造と構造相転移を SPring-8

の高輝度放射光を用いた X 線回折法で 330 万気圧(GPa)の超高圧力領域まで探索し

た。テルルは常温常圧では螺旋鎖状分子から成る構造を持ち,電気的には半導体であ

るが,圧力を印加していくと,約 30 万気圧で金属状態の体心立方構造へ相転移し,

さらに加圧したところ,約 100 万気圧で歪んだ面心立方構造(distorted-fcc)へ,さ

らに約 255万気圧で完全な面心立方構造(fcc)へと相転移することを発見した。これ

らの構造と X線回折パターンを下図に示す。

1 気圧 30万気圧 300万気圧

螺旋鎖状分子 体心立方格子(bcc) 面心立方構造(fcc)

半導体 金属 金属

我々の研究室では、ダイヤモンドアンビル圧力発生装置を用いて地球中心圧力(365

万気圧)を上回る世界最高圧の 410 万気圧の圧力発生に成功している。この装置と

SPring-8 の高輝度放射光 X線を合わせることで,世界に先駆け超高圧力下での物質の

構造や物性を調べることができる。今日,水素は超高圧力下

で金属化することが理論研究より提唱されており,常温で超

伝導転移を示すと考えられている。我々は金属水素の実現を

目指し日夜超高圧実験に取り組んでいる。

ダイヤモンドアンビル 加圧中のダイヤモンドアンビル

あかはま ゆういち

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新しい核スピン偏極物質の開発

〜 核磁気共鳴信号を大きくする 〜

物質理学研究科 物質理学専攻

准教授 石川いしかわ

潔きよし

レーザー,光ポンピング,核スピン,核磁気共鳴,スピン

偏極,スピン偏極移行,スピン輸送,スピン緩和

核磁気共鳴(NMR)は基礎(タンパク質の構造

解析など)から応用(医療診断など)まで広

く利用される計測法で,物質の機能や構造に

ついて多彩な情報を与える。 一方,従来法は

熱平衡状態のスピン集団を検知するので,感度が低いのが欠点であ

る。 その短所を長所に変えるのが,レーザー核スピン偏極である。

レーザー光を照射し,右図のように物質内の原子核のスピンの向き

をそろえると,物質が大きな磁気共鳴信号を発生する。 非平衡状態

の信号なので,注目する相互作用や構成要素のみを強調して観測す

ることができる。 我々は,光により気体・液体や固体の核スピンを偏極する汎用的な手法の開発をめざ

している。 光を吸収する物質だけでなく,吸収しない物質をスピン偏極するために,光によりスピン偏

極が容易な原子を介し,光の角運動量を目的物質に移す。 光誘起スピン偏極が物質に移る過程,物質内

の輸送や緩和の過程を詳しく調べ,核スピン偏極率を向上させる。 これまでに,気体のアルカリ金属原

子と希ガスの混合系の核スピン偏極,偏極希ガス溶液でスピン緩和機構を調べてきた。 最近,アルカリ

金属原子と固体アルカリ塩の組み合わせが有望であることを見いだした。 希薄な気体から注入した角運

動量が,イオン結晶に蓄積し,長時間にわたり保持されるのである。

強磁場や極低温など,大きくて高価になりがちな装置を使わず,光により磁気共鳴

信号を大きくするところが特徴です。

参考文献

Hyperpolarisation of Cs salts by optical pumping of Cs atoms in a random scattering medium at high magnetic field, K. Ishikawa, Micropor. Mesopor. Mater. 178, 123-125 (2013).

Hyperpolarization of Cs nuclei enhanced by ion movement in a cesium salt, K. Ishikawa, Phys. Rev. A 84, 061405(R) (4 pages) (2011).

図 核スピン偏極した物質中

では,多数の小さな磁石の向

きがそろっている。