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62 日本機械学会誌 2007. 1 Vol. 110 No. 1058 ─ 62 ─ モータの電磁加振力発生要因と低減技術 1. はじめに 日常生活に不可欠な存在であるモー タは,快適性向上の観点から,低振動・ 低騒音化が強く要求される.家電製品 や車載機器で多く用いられる小形モー タの場合,電磁加振力の半径方向成分 の影響でロータ軸の曲げ振動が発生し て,機械系と共振すると騒音が問題と なる.そこで本稿では,電磁加振力の 発生要因について実験装置を用いた検 討結果を示し,また電磁加振力の低減 技術について紹介する. 2. 実験装置 モータの電磁加振力測定用に開発し た実験装置の写真を図 1 に示す.本装 置の特徴は,半径方向の電磁加振力を 測定できること,ロータとステータの 偏心量を設定できること,また整流子 片の電圧を測定できることである. ロータ軸は軸受で支持しており,高剛 性の力センサを介してベースに固定し ている.またステータは微動テーブル 上に設置している.このような実験装 置構成とすることで,電磁加振力の半 径方向成分を検出でき,またロータと ステータの偏心状態を定量的に設定で きる.また,直流電動機では電機子が 回転するため,巻線電流を測定するの は困難である.そこで本装置では,ス リップリングを用いて整流子片の電圧 を測定して,計算により電機子巻線の 電流を把握している. 3. 誘導電動機の電磁加振力 (1) 換気扇用の誘導電動機を用いて,電 磁加振力の発生要因を検討した.電磁 加振力の周波数は,モータ回転数と ロータの溝数および電源周波数に依存 する.そこで実験装置でモータの偏心 状態を設定し,歪 ひず みのある電圧波形を 印加してモータを駆動して,主な周波 数の電磁加振力を測定した.半径方向 の電磁加振力と偏心率の関係を図 2 に 示 す.240Hz と 360Hz は 電 源 周 波 数 に依存した加振力であり,537Hz と 777Hz はモータ回転数と溝数に依存し た加振力である.図 2 より,モータの 電磁加振力はいずれも偏心率にほぼ比 例して増大することがわかる.このよ うにモータが偏心している場合,磁束 分布が非対称になるため半径方向の電 磁加振力が発生し,その大きさは偏心 率にほぼ比例する. 次に電磁加振力の低減方法を検討す る.モータの電磁加振力低減には偏心 を小さくすることが最も効果的である が,量産モータの偏心を完全になくす のは困難であり,また製造ラインの経 年変化などにより偏心が大きくなる可 能性がある.一方,同じ製造ラインで 量産されるモータの偏心状態は同じ傾 向にあると考えられる.そこで,モー タの量産開始時あるいは例えば数ヶ月 ごとに偏心状態を測定して,磁束分布 が対称になるように容易に変更可能な 巻線数を微調整して電磁加振力を低減 する方法を提案している. 4. 直流電動機の電磁加振力 (2) 電動パワーステアリング用の直流電 動機を用いて,電磁加振力の発生要因 を検討した.供試モータの極数は 4, スロット数は 22 であり,重巻方式を 採用している.実験装置のスリップリ ングを用いて各整流子片の電圧を測定 した結果,各ブラシと整流子の整流タ イミングにはばらつきがあることがわ かった.また電機子内の巻線電流を求 めたところ,整流タイミングずれ発生 時には巻線電流の差が大きくなること がわかった.本モータは電機子内に 4 個の並列回路が存在する構造であり, 巻線電流が異なると磁束分布が非対称 になる.したがって,ブラシと整流子 の接触タイミングずれにより半径方向 の電磁加振力が発生すると考えられ る.なお,電磁加振力に対する偏心の 影響は小さいことがわかった. 次に電磁加振力の低減方法を検討す る.モータの電磁加振力低減には,ブ ラシと整流子の接触ばらつきをなくす ことが最も効果的であるが,事実上困 難である.そこで,対称位置の整流子 片を結ぶ対称位置短絡線を提案した. 本方式により,ブラシと整流子の接触 タイミングが異なる場合でも電流分布 および磁束分布は対称になるため,電 磁加振力が低減できる.モータを 120r/min で回転時の加振力波形を図 3 に示す.モータ回転数とスロット数 の積で計算される電磁加振力が 23ms 周期で発生するが,対称位置短絡線に より大幅に低減できていることがわか る.本方式により,電磁加振力を約 5 分の 1 に低減できた. 5. おわりに モータによる振動・騒音問題に対し て,電磁加振力の発生要因および低減 方法について記述した.このような低 振動・低騒音化技術は人類の快適性向 上に貢献できるため,今後ますます重 要になると考えられる. (原稿受付 2006 年 10 月 31 日) 〔吉桑義雄 三菱電機(株)〕 ●文 献 ( 1 )吉桑義雄・今城昭彦・米谷晴之・岡田順二, 小形誘導電動機の電磁加振力発生要因およ び低減方法の検討,日本 AEM 学会誌,14-1 (2006),102-107. (2)吉桑義雄・今城昭彦・大穀晃裕・田中俊 則・岡崎正文,対称位置短絡線による電動 パワーステアリング用直流機の低騒音化, 電気学会論文誌 D, 122-7(2002),736-743. 図 2 誘導電動機の半径方向加振力と偏心率の関係 図 1 実験装置の写真 図 3 直流電動機駆動時の半径方向加振力の波形

モータの電磁加振力発生要因と低減技術なる.そこで本稿では,電磁加振力の 発生要因について実験装置を用いた検 討結果を示し,また電磁加振力の低減

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Page 1: モータの電磁加振力発生要因と低減技術なる.そこで本稿では,電磁加振力の 発生要因について実験装置を用いた検 討結果を示し,また電磁加振力の低減

62 日本機械学会誌 2007. 1 Vol. 110 No.1058

─ 62 ─

モータの電磁加振力発生要因と低減技術

1.はじめに 日常生活に不可欠な存在であるモータは,快適性向上の観点から,低振動・低騒音化が強く要求される.家電製品や車載機器で多く用いられる小形モータの場合,電磁加振力の半径方向成分の影響でロータ軸の曲げ振動が発生して,機械系と共振すると騒音が問題となる.そこで本稿では,電磁加振力の発生要因について実験装置を用いた検討結果を示し,また電磁加振力の低減技術について紹介する.

2. 実験装置 モータの電磁加振力測定用に開発し

た実験装置の写真を図 1に示す.本装置の特徴は,半径方向の電磁加振力を測定できること,ロータとステータの偏心量を設定できること,また整流子片の電圧を測定できることである.ロータ軸は軸受で支持しており,高剛性の力センサを介してベースに固定している.またステータは微動テーブル上に設置している.このような実験装置構成とすることで,電磁加振力の半径方向成分を検出でき,またロータとステータの偏心状態を定量的に設定できる.また,直流電動機では電機子が回転するため,巻線電流を測定するのは困難である.そこで本装置では,スリップリングを用いて整流子片の電圧を測定して,計算により電機子巻線の電流を把握している.

3. 誘導電動機の電磁加振力(1)

 換気扇用の誘導電動機を用いて,電磁加振力の発生要因を検討した.電磁加振力の周波数は,モータ回転数とロータの溝数および電源周波数に依存する.そこで実験装置でモータの偏心状態を設定し,歪

ひず

みのある電圧波形を印加してモータを駆動して,主な周波数の電磁加振力を測定した.半径方向の電磁加振力と偏心率の関係を図 2に示す.240Hz と 360Hz は電源周波数に依存した加振力であり,537Hz と777Hz はモータ回転数と溝数に依存した加振力である.図 2より,モータの電磁加振力はいずれも偏心率にほぼ比例して増大することがわかる.このようにモータが偏心している場合,磁束分布が非対称になるため半径方向の電磁加振力が発生し,その大きさは偏心率にほぼ比例する. 次に電磁加振力の低減方法を検討する.モータの電磁加振力低減には偏心を小さくすることが最も効果的であるが,量産モータの偏心を完全になくすのは困難であり,また製造ラインの経年変化などにより偏心が大きくなる可能性がある.一方,同じ製造ラインで量産されるモータの偏心状態は同じ傾向にあると考えられる.そこで,モータの量産開始時あるいは例えば数ヶ月ごとに偏心状態を測定して,磁束分布が対称になるように容易に変更可能な巻線数を微調整して電磁加振力を低減する方法を提案している.

4. 直流電動機の電磁加振力(2)

 電動パワーステアリング用の直流電

動機を用いて,電磁加振力の発生要因を検討した.供試モータの極数は 4,スロット数は 22 であり,重巻方式を採用している.実験装置のスリップリングを用いて各整流子片の電圧を測定した結果,各ブラシと整流子の整流タイミングにはばらつきがあることがわかった.また電機子内の巻線電流を求めたところ,整流タイミングずれ発生時には巻線電流の差が大きくなることがわかった.本モータは電機子内に 4個の並列回路が存在する構造であり,巻線電流が異なると磁束分布が非対称になる.したがって,ブラシと整流子の接触タイミングずれにより半径方向の電磁加振力が発生すると考えられる.なお,電磁加振力に対する偏心の影響は小さいことがわかった. 次に電磁加振力の低減方法を検討する.モータの電磁加振力低減には,ブラシと整流子の接触ばらつきをなくすことが最も効果的であるが,事実上困難である.そこで,対称位置の整流子片を結ぶ対称位置短絡線を提案した.本方式により,ブラシと整流子の接触タイミングが異なる場合でも電流分布および磁束分布は対称になるため,電磁加振力が低減できる.モータを120r/min で回転時の加振力波形を図3に示す.モータ回転数とスロット数の積で計算される電磁加振力が 23ms周期で発生するが,対称位置短絡線により大幅に低減できていることがわかる.本方式により,電磁加振力を約 5分の 1に低減できた.

5. おわりに モータによる振動・騒音問題に対して,電磁加振力の発生要因および低減方法について記述した.このような低振動・低騒音化技術は人類の快適性向上に貢献できるため,今後ますます重要になると考えられる.(原稿受付 2006 年 10 月 31 日)〔吉桑義雄 三菱電機(株)〕

●文 献( 1 )吉桑義雄・今城昭彦・米谷晴之・岡田順二,

小形誘導電動機の電磁加振力発生要因および低減方法の検討, 日本 AEM 学会誌, 14-1

(2006),102-107.( 2 )吉桑義雄・今城昭彦・大穀晃裕・田中俊

則・岡崎正文, 対称位置短絡線による電動パワーステアリング用直流機の低騒音化, 電気学会論文誌 D,122-7(2002),736-743.

図 2 誘導電動機の半径方向加振力と偏心率の関係

図 1 実験装置の写真

図 3 直流電動機駆動時の半径方向加振力の波形