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Student Essays of Osaka University Strategic Management Seminar 大阪大学経済学部中川功一ゼミ論文(20142188-202188 アパレル産業における O2O の可能性 大阪大学経済学部経済・経営学科 井崎 祐太 窪 ひとみ はじめに 「平成24年度我が国情報経済社会における基盤整備」(電子商取引に関する市場調査) によれば、日本の BtoC-EC 市場規模は、9.5 兆円となり、前年比 12.5%増となった。さら に、EC の浸透を示す指標である EC 化率についても、約 3.1%、前年比約 0.3 ポイント増 と上昇している。毎年成長を続けているにもかかわらず、約 280 兆円ある民間消費支出に 占める割合が 3%ほどしかなく、今後の拡大が期待される分野である。また、業界別に見た 場合ほとんどの業界で EC 市場規模は上昇している。特に小売業のうち、衣料・アクセサリ ー小売業においては、対前年比で 21.5%と最も高い伸びを示している。 スマートフォン・タブレット端末の普及により世の中のネット化が急速に進む中で、 今後も継続的な成長が予測される EC 市場で勝ち残っていくために O2O という概念が重要 となる。現在、多くの企業が O2O を重要な戦略課題として取り組んでいるが、まだまだ試 行錯誤の段階である。 本稿では、インターネットの活用が盛んであるアパレル業界に対象を絞り、導入事例の 研究とアンケートの分析を通して“アパレル業界における有効な O2O 導入のかたち”を提 言する。 第1章 小売業・アパレル業界の実態 第1節 1 ショールーミングを恐れる小売業界 インターネット販売が拡大してきたことにより、消費者はより安く、手軽に商品を手に 入れることができるようになった。それを背景に、実店舗がショールームと化し、実際の 店舗で商品の現物を確認してから、ネットでその商品を購入する「ショールーミング」。 この現象は、特に家電量販店などで顕著に表れている。 アパレル業界もこのショールーミング現象が起きることを恐れており、「オンラインの売 上増加はオフラインの売上減少に繋がるのではないか」と思われている。そういった心理 的要因から、EC 販売に積極的でないブランドが多い。

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大阪大学経済学部中川功一ゼミ論文(2014)2,188-202.

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アパレル産業における O2Oの可能性

大阪大学経済学部経済・経営学科

井崎 祐太

窪 ひとみ

はじめに

「平成24年度我が国情報経済社会における基盤整備」(電子商取引に関する市場調査)

によれば、日本の BtoC-EC 市場規模は、9.5 兆円となり、前年比 12.5%増となった。さら

に、EC の浸透を示す指標である EC 化率についても、約 3.1%、前年比約 0.3 ポイント増

と上昇している。毎年成長を続けているにもかかわらず、約 280 兆円ある民間消費支出に

占める割合が 3%ほどしかなく、今後の拡大が期待される分野である。また、業界別に見た

場合ほとんどの業界で EC 市場規模は上昇している。特に小売業のうち、衣料・アクセサリ

ー小売業においては、対前年比で 21.5%と最も高い伸びを示している。

スマートフォン・タブレット端末の普及により世の中のネット化が急速に進む中で、

今後も継続的な成長が予測される EC 市場で勝ち残っていくために O2Oという概念が重要

となる。現在、多くの企業が O2O を重要な戦略課題として取り組んでいるが、まだまだ試

行錯誤の段階である。

本稿では、インターネットの活用が盛んであるアパレル業界に対象を絞り、導入事例の

研究とアンケートの分析を通して“アパレル業界における有効な O2O 導入のかたち”を提

言する。

第1章 小売業・アパレル業界の実態

第1節 第 1 節 ショールーミングを恐れる小売業界

インターネット販売が拡大してきたことにより、消費者はより安く、手軽に商品を手に

入れることができるようになった。それを背景に、実店舗がショールームと化し、実際の

店舗で商品の現物を確認してから、ネットでその商品を購入する「ショールーミング」。

この現象は、特に家電量販店などで顕著に表れている。

アパレル業界もこのショールーミング現象が起きることを恐れており、「オンラインの売

上増加はオフラインの売上減少に繋がるのではないか」と思われている。そういった心理

的要因から、EC 販売に積極的でないブランドが多い。

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第2節 アパレル販売の現状

アパレルはネット通販の売上のトップを占めていると言われる。楽天では、ファッショ

ンカテゴリーの売上が全体の 35~40%を占めている。そのほとんどは手頃な価格を売りに

した中小ショップであり、購入者の多くはブランドをさほど気にしていないと言われてい

る。

拡大してきたネット通販に対し、百貨店やファッションビルで展開してきたアパレルメ

ーカーやセレクトショップは興味を持ってきたものの、本腰を入れているところは決して

多くない。「実際に見てもらわなければ商品はわからない」「単に販路を広げて売上が伸び

ればいいとは言えない」という思いから脱しきれず、ブランドイメージに大きく影響しか

ねない EC 戦略に進んで手を出そうとするところはなかなかない。

また的な抵抗だけでなく、百貨店などの伝統的な販売チャネルとの強い結びつきが、新

しいチャネル参入の障壁にもなっている。

アパレルメーカーの懸念材料となっているショールーミングであるが、それでは、顧客

は実際どのような場合においてショールーミングを行うのだか、また店舗とオンラインを

どのように使い分けているのだろうか。

第3節 オンライン購入と店舗購入の実態

【店舗とネット(オンラインショップ)での比較検討】、【「ショールーミング」経験】、【購

入を検討する差額】などについてのアンケート

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■オンラインでの買い物頻度・衣料品のオンライン購入頻度

衣料品に関わらず、何かしらの商品をオンラインで購入する事について、『経験がある』

と回答した人は 86.7%であった。 うち、45.3%が『月に 1 回以上』オンラインで商品を購

入していると回答。

“衣料品のオンライン購入”については、購入経験者は全体の 69.2%と 7 割近くに上るが、

『月 1 以上』と頻繁に購入している人は 9.4%と低めである。

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<スマートフォン使用者との比較>

(商品全般のオンライン購入頻度) スマホ・タブレットを使用している人と、使用して

いない人では、【スマホ使用者】の方がオンラインでの購入経験者、購入頻度、共に【非使

用者】よりも高い割合である。【スマホ使用者】は 90.7%がオンラインでの商品購入経験が

あり、半数の 52.7%は『月 1 以上』と回答している。

(衣料品のオンライン購入頻度)

【スマホ使用者】は 77.1%が『購入経験がある』と回答。一方、【非使用者】は 65.7%で

あった。"

■実店舗・オンラインで比較検討をするか?

実際のショールーミング経験はどのくらいなのか。実際の店舗とオンラインで商品を比較

検討する「買い物パターン」について、経験のあるものを尋ねた。

◆自身の衣料品購入では…

【実店舗下見→オンライン購入】が最も多く 27.7%、③【オンライン下見→実店舗購入】

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26.5%と続いた。

実店舗とオンラインで商品を比較する人は 46.3%と半数である。

■「オンラインで購入」を選んだ理由

なぜ実際の店舗では購入せず、オンラインで購入したのか。その理由については、「オンラ

インの方が価格が安かったから」が 71.3%と圧倒的であった。次いで「オンラインショッ

プのポイントを貯めていたから」28.0%、「オンラインだと自宅まで配送してもらえるから」

26.4%、と続いた。

■「店頭で購入」を選んだ理由

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一方、実際の店舗とオンラインを比較して、最終的に店舗で購入した人に、“店舗で購入

した理由”を尋ねた。「今すぐに商品を入手したかったから」が最も高く 35.6%であった。

次いで「オンラインよりも価格が安かったから」30.6%、「手にとった商品の風合いが良か

ったから(デニムの色落ち具合など)」29.8%と続いた。

衣料品購入において、実店舗下見→オンライン購入が 27.7%、オンライン下見→実店舗

購入 26.5%というデータを踏まえると、オンラインとオフラインは切り離せない関係にあ

ることが明らかである。

第2章 アパレルとオンライン

第1節 O2O

アパレル業界で信じられていた「EC で買う顧客は店頭で商品を買わなくなる」という仮説

に反するこの結果を踏まえると、アパレルメーカーはオンラインとオフラインを切り離し

て考えることはできないだろう。そこで、オン・オフを連動させる O2O 戦略を取るのが有

効であると思われる。

O2O とは、「オフラインからオンラインへ」、「オンラインからオフラインへ」という考え

方で、オン・オフ両者の購買活動を連携させ双方の売上拡大を狙うものである。

オンラインとオフラインの相乗効果をねらって、新しく自社管理の EC サイトを展開する

ブランドも現れているが、商品の展開数は店舗に及ばなかったり、購入者の使い勝手が良

いサイトであるとは言い切れなかったりという場合が多い。さらに自社管理の EC を持つた

めの物流コストは決して小さくないため、自社のみでオンラインチャネルの充実を図るの

は相当な収益がなければ厳しいことが伺える。

第2節 アパレルの EC 販売

そんな中で台頭してきたのが、ファッション通販サイトの ZOZOTOWN を手掛けるスタ

ートトゥデイである。それまでにもアパレルを扱うショッピングモールサイトはいくつか

あったが、ゾゾタウンの成長が目覚ましい。ゾゾタウンは、18~43 歳の顧客を対象とした

ブランドを取扱うモールサイトで、2012 年度の利用者数は約 294 万人。会員数は、2009

年 3 月時点での 126 万人から 2013 年 3 月時点で 539 万人にまで大きく成長している。こ

の対象顧客層の人口は 4,000 万人であり、そのうちの 25%(1,000 万人)にまで利用者を

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拡大させるのを当面の経営目標としている。

なぜそれまでのモールサイトと違い、ゾゾタウンが受けているのか。オンラインストア

に関して簡単なアンケートを取った結果、まず利用者がオンラインを利用する目的は、

「店舗に行く前にカタログとして下見する」「店舗で買うとかさばるものを買う」「店舗

より安く買えることが多い」「ネット限定の特典がある」

などであった。

次に、利用者がゾゾタウンを選ぶ理由は、

「店舗にもない商品まで取り扱っている」「商品の展開数が多い」「見やすい」「着用画像が

多い」「他のサイトと違うブランドが多い」

などであった。

同社の展開しているブランドにも特徴がある。感度の高いニッチなブランドを数多く取

扱い、顧客の微妙なニーズの違いにも応えようとする。顧客は 1500 を超えるブランドから

自分の好みに合ったものを探し出すことができる。一般的なブランドで満足できない、マ

ニアックなブランド好きの消費者にも受けるのである。

ただし、ブランドを単純に展開するだけではなく、自分で納得して初めてモノを選ぶよ

うな消費者のために、通販でも気軽に購入できるような工夫を徹底的に施している。ゾゾ

タウンでは、すべての商品を採寸しなおし、ブランドごとに異なる寸法を統一する。加え

て、商品を見比べやすいように、角度を変えて数カットの写真を撮る。自分の目で確かめ

手で触れることができない不安を払拭できるように、最大限の配慮をしている。それだけ

でなく、手に取ってもらい言葉をかけて伝えることができないオンライン商品の魅力を伝

えるために、ひとつひとつにコメントをつけている。

しかし、サイトの見やすさや商品イメージのしやすさという工夫をしているのはゾゾタ

ウンだけではないし、優れたセンスのブランドが集うモールサイトであるという点だけで

ゾゾタウンが成功したのではない。ゾゾタウンの成長を支え続けてきたのは、自社独自の

物流システムである。

大量生産されておらず希少であり、かつ多品種に及ぶゾゾタウンの商品ラインアップに

は、素早く効率よく回すための物流システムが不可欠となる。入荷された商品はすぐに採

寸・撮影を済ませ、データがサイトデザイン担当者に送られるという工程が 1 日以内とい

うスピードで進む。そのため入荷された商品は即日でサイトに掲載することができる。ま

た、受注した品の情報が毎朝 8 時半~8 時に一気に処理され、発送までを 12 時に完了され

る。受注から発送まで、最短 3 時間というスピードが可能になる。これらの物流業務は、

自前の物流センター「ZOZOBASE」で管理されている。

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第3節 オンラインと相性のいいブランド形態

ゾゾタウンの取扱ショップランキングは、2014 年 1 月現在、1 位 URBAN RESEARCH、

2 位 BEAMS WOMAN、3 位 nano・universe、4 位 Spick and Span、5 位 IENA、6 位 SHIPS

for women、7 位 BEAUTY&YOUTH UNITED ARROWS、8 位 green label relaxing、9

位 JOURNAL STANDARD、10 位 Another Edition と、驚くことに上位 10 ブランドすべ

てがセレクトショップなのである。ゾゾタウンの取り扱いブランドの中には、日本のアパ

レル売上上位のワールドやオンワード、サンエー・インターナショナル、ポイントなどの

有するブランドも取り扱うにも関わらず、ここでの主要な売上はセレクトショップに明け

渡されている。

セレクトショップは、ひとつのブランドやデザイナーの商品だけを置くのではなく、そ

の店のオーナーやバイヤーのセンスで仕入れたものを陳列・販売している店舗である。セ

ンスが価値の源となるセレクトショップは、オンラインとは相容れないように思われるが、

ユナイテッドアローズの出店が他のショップやブランドにも大きく影響し、ゾゾタウンの

高感度ブランド展開を可能にした。セレクトショップの担当者にも満足してもらえるよう

なサイトのセンスと物流システムを実現したからこその成果である。

セレクトショップは、実際に全国の店舗ですべて同じ商品を扱えるわけではなく、また 1

店舗あたりの陳列数にも限界があるため、顧客が手に取ることができない商品の割合が他

のオリジナルブランド店舗よりも大幅に高いのではないかと予測できる。しかし、オンラ

インショップを展開し、リアル店舗の在庫とともに一元管理していれば、どこにいてもす

べての商品にアクセスすることができる。

第3章 O2O 導入の成功事例

第1節 アパレル業界での成功例「ユナイテッドアローズ」

アパレル業界は前述の通り、最もインターネット活用の盛んな業界の一つで、ユニクロ

や無印良品の EC 化率は全業種平均の 2.83%を上回る 4~6%である。しかし、これを大き

く上回る EC 化率 11.2%のブランドがある。ゾゾタウンを始め Amazon やスタイライフ、

自社 EC サイトを展開し、オンライン売り上げ約 120 億円の「ユナイテッドアローズ」で

ある。ユナイテッドアローズは、「オンライン」と「オフライン」双方で売上を伸ばし好調

な業績をあげている。この売上アップは巧みな O2O 施策によるものであった。(同社は、

全社戦略としてオンラインを強化し、“O2O リーディングカンパニーへのチャレンジ”を挙

げている。)同社のオンラインの取り組みには「オンラインストアの運営」「公式サイトで

の店舗案内やブランド紹介」「コミュニティサイトの運営」「ソーシャルメディアを使った

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情報配信」などがある。

第2節 注目点

同社のオンラインストアには、展開するすべての商品が掲載されており、すべてをオン

ラインで購入することができる。購入の際に参考にするサイズや色、コーディネートとい

った商品情報も豊富である。在庫や物流の都合から、オンラインストアでは特定の商品だ

けを提供するという企業が多い中、同社のようにオンラインストアで実店舗に近いサービ

スを提供するケースは珍しい。こうなると、利用者の購買行動がネット店舗で完結するた

め、実店舗への誘導につながらず、さらには実店舗の売上を奪ってしまうように思われる。

だが、実際にはオンラインストアの利用を促進することは、決して実店舗の売上を奪うこ

とにはならず、むしろ実店舗とオンラインストア双方の売上向上につながるのだ。実店舗

とオンラインストアを併用客の年間買い上げ金額は、実店舗だけの利用客の 2.3 倍、ネット

店舗だけの利用客の 1.8 倍であった。

•店舗のみ利用の顧客の場合⇒42,950 円

•店舗とEC併用顧客の場合⇒128,322 円(店舗 107,254 円 ※店舗のみ顧客の2倍)

第3節 ユナイテッドアローズ O2O 施策の成功の要因

① オンラインサイトへの注力と実店舗との連動性

ユナイテッドアローズでは、展開するすべての商品をオンラインストアでも扱っている

ために全商品ついての情報を検索することができ、さらにその商品を扱う店舗の一覧と在

庫情報も確認することができる。これによりオンラインストアの利用者は、ネット上で購

入することはもちろん、効率よく情報を得ることができ、店舗に出向く際も効率よく買い

物をすることができる。

また、同社ではスマートフォンの普及に伴うスマートフォン経由のシェアの伸びを想定

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し、2014 年 1 月 14 日より自社オンラインスマートフォンアプリの提供を始めた。オンラ

インストアで展開する全 8 ストアブランドの商品閲覧や購入はもちろん、品番による商品

検索や店舗在庫確認、近隣店舗検索、スタッフスタイリングなど、オンラインストアでも

人気のコンテンツを搭載。さらには好みのストアブランドやよく立ち寄る店舗を「フォロ

ー」して、欲しい情報を自分好みにカスタマイズできる機能も追加した。さらに、店頭の

会員組織と直営オンラインストアの会員組織を繋げて、双方のポイント付与などで相互利

用を促進している。

② 組織体制

ユナイテッドアローズでは、実店舗とオンラインストアを区別せず、「ユナイテッドアロ

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ーズ」をはじめとした各ブランドがそれぞれ事業体として一体運営する組織体制になって

いる。その上で、各ブランドの事業部とは別組織としてブランドを横断した EC 統括チーム

が構築されている。

これは実店舗とオンラインストアを別々の事業として運営した場合、売上や事業への貢

献などに関して部門間で対立や競争が起きやすくなることを避けるためである。こうした

組織体制をとることにより、「EC が伸びると店舗の売り上げが下がってしまう」などとい

った議論はあがらず、実店舗とオンラインどちらにも注力しながら、相互的にプラスとな

る策を採りやすくなる。実際に実店舗からオンラインストアへ誘導するという施策も取ら

れている。店頭で試着したが購入に至らなかったという顧客に、商品の品番をメモしたカ

ードを渡して持って帰ってもらい、顧客はそのメモをもとに、オンラインショップで同じ

商品を即座に探すことができるといったものである。「迷ったが購入に踏み切れなかった」

という客に対し、このようなフォローをすることで、機会損失を減らすことができる。

③ 在庫の共有

ユナイテッドアローズは、店舗とオンラインストア(自社オンラインストア、ゾゾタウ

ン)の在庫のデータベースを連動させている。両サイトに配分された在庫が完売しても自

社の物流倉庫に在庫がある場合は取り寄せすることができる。この取り組みにより、販売

機会の損失を最小限にすることができ、在庫の効率活用がなされている。

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第4節 東急ハンズの O2O 例

2012 年、東急ハンズは自社のネットストアをリニューアルした。リニューアル最大の特

徴は、「店舗在庫の表示」と「店舗での売れ行きの表示」。ネットストアでチェックしたア

イテムを “すぐ買いたい” と思った際、店頭での在庫を 15 分間隔のリアルタイムで確認

できるというものである。各店舗の POS システムと連動させることで、店舗で売れた商品

をリアルタイムで表示し、ネットで詳細を見ながらそのまま購入できるシステムを構築し、

店舗ごとに何が売れ筋なのかの確認もできるようになった。リアル店舗での売れ筋はトッ

プ 100 まで掲載し、買い物に出る前の参考にできるようにした。また、会員が利用できる

「マイページ」では、気になる商品をブックマークできるほか、買い物履歴にネットスト

アのみならずリアル店舗での買い物も一覧確認が可能となるなど、利便性が向上されてい

る。

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東急ハンズに行くと、面白い新商品との出会いがあり、ワクワクする。そういった店舗

体験の提供を、東急ハンズは強みにしている。O2O においても同様の考え方である。世の

中の O2O の主流であるクーポンなどの「お得感」ではなく、消費者の商品に関する「課題

解決」や「ワクワク感」といった点に力を入れる。東急ハンズでは、クーポン施策はハン

ズのお客には有効ではないため、ほとんど実施していないというのも興味深い。店頭在庫

をネットで公開する。顧客は、電話で問い合わせなくても在庫の有無がわかる。欲しい商

品があるとわかれば、顧客は急いでその店舗に向かう。そうやって、店頭在庫から顧客を

誘導するのも立派な O2O であると考え、東急ハンズはそれを実現した。

東急ハンズのITコマース担当の緒方氏は、「店頭の在庫情報を公開すれば、来店喚起に

つながる。消費者の反応も非常にいい」「<ネット→リアル>という一方向からの、いわば

一般的な O2O の流れでのシームレス化と言えるが、次のステップでは<リアル→ネット>

のシームレス化を目論んでいる」と話す。

第5節 東急ハンズのリアル店舗対応

スマートフォンの普及、ネット通販の成長とともに、さらに拡大していくと言われるシ

ョールーミングに、東急ハンズはどのような対策を打っているのか。

2013 年秋、東急ハンズはスマートフォンアプリをリリースした。東急ハンズに来店し、

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アプリを立ち上げる。店頭で気になる商品を見つけたら、アプリに気軽に記録できる。店

では購入を迷って買わなかったとしても、帰宅後「やはり欲しい」となった場合は、アプ

リのマイページからアクセスし、ネットストアから簡単に決済が完了する。もちろん、各

店舗の在庫状況も確認できる。

東急ハンズの自社ネットストアに消費者を積極的に誘導することで、アマゾンや楽天の

ような他の EC ストアへの顧客の流出を防ぐ。ショールーミングが一般的になっている現状

の中、逆に自社内でショールーミングを活発化させようという逆の発想である。

しかしリアル店舗側から見ると、オンライン施策を推進することで、オンライン部門に

売り上げを奪われてしまうという不安がある。東急ハンズではその対応策として、店舗へ

の売り上げの“付け替え”を打ち出した。ネットストアで決済された場合でも、リアル店

舗に売り上げをつけるという仕組みである。先の例のように、店舗の商品をアプリに記録

し、後でネットストアから購入する場合を考えよう。アプリを利用する際に、商品が記録

された店舗情報も記録しておけば、店舗に売り上げを付け替えることができる。

おわりに:O2O 施策における提言

社内の店舗事業部と EC 事業部が別々のままでは、足並みを揃えて O2O を推進していく

ことは困難だ。

小売業の O2O では、最新の仕組みやメディアを取り入れることそれ自体ではなく、ネッ

ト施策を行うことに対するリアル店舗側の不安に配慮した策を考えたり、施策に対する理

解を社内全体で共有したりすることが課題であると言える。しかしショールーミングに代

表されるように、技術革新の波は、小売業にも大きな影響をもたらしてきている。そのよ

うな現状下で、社内で分裂し顧客の争奪戦をしている場合ではない。

O2O を成功させるためには、O2O の価値を社内でいかに理解してもらえるか、リアル店

舗の協力を得られるか。そういった視点に立って施策を進めていくことが必要となるだろ

う。

出典:

ネットリサーチ DIMSDRIVE

http://www.dims.ne.jp/timelyresearch/2013/130411/

株式会社ユナイテッドアローズ 公式サイト|UNITED ARROWS LTD.

http://store.united-arrows.co.jp/

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経済産業省 HP

http://www.meti.go.jp/

D-VISION NET

http://www.d-vision.ne.jp/

東急ハンズオンラインストア

https://hands.net/